『ドイツ路面電車ルネサンスの深層――再統一後のハレとベルリン』(論創社、2026年)が、9月に上梓される。装丁も含め、その入稿作業が完了した。いまや、路面電車ルネサンスに関する仕事も完了した。今後、何をすべきか、しばらく考える。その前に、肉体と精神を正常化しなければならない。
今回は前回と異なり、誤植も含めて校正をかなり実施した。最終的に、第五校まで実施した。約半年、論創社に原稿を渡す前から換算すれば、半年以上、校正ばかりしていた。それも、肉体と精神の病弊と関連していた。ただ、現在では、大過なきを祈念するしかない。
加えて、本書が路面電車ルネサンスに関する論稿の最後というのもあった。おそらく、70歳が迫っている老人にとって、最後の学術研究という気負いと諦念もあった。研究史的欠落を埋めることが、学術書の使命である。その最後の使命を果たさねばならないという精神的緊張も、私の肉体にとって辛いものであった。
また、本書が東ベルリンそして東ドイツへの挽歌という意味合いもあり、私の精神にとってかなり辛いものであった。もちろん、東ベルリンそして東ドイツが復活することはない。それは、歴史的事象であり、現在では歴史つまり物語にすぎない。それでも、私には私の青春時代と重なり、若き日々、そして健全な肉体への憧れを意味していた。現在、社会主義というだけで嘲笑の対象になることは、承知している。しかし、それが、現存していたことに変わりがない。晩年の廣松渉が、1989年から1990年にかけて東ドイツそしてソヴィエト連邦に示した思想的態度は、かなり批判されていた。それは、彼の錯乱と噂されていた。しかし、本書執筆中に、彼の錯乱的な精神的態度を理解できるようになった。
そもそも、社会主義が人類史において錯乱というべき物語にすぎない。18世紀から前世紀末まで存在していた逸脱にすぎない。もはや、近代そして後期近代がこの物語を受容することはない。近代はそれだけ成熟している。
最後に、この二つの都市は、最近の20年間、毎年のように訪れていた町である。人間関係だけではなく、昼飯、夕食を取っていた馴染の店も、脳裏から消えることはない。しかし、この都市を訪れることもできない。ドイツで収集すべき資料も、思いつかない。長旅に堪えるだけの肉体も、もはや有していない。その落胆も、辛いものである。