高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その四)――自炊するヒッキーは、化学調味料も摂取する。煙草も吸う。但し、自然食を理想とする。

20140725 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その四)――自炊するヒッキーは、化学調味料も摂取する。煙草も吸う。但し、自然食を理想とする。

 安藤君(仮名、推定年齢45歳)は自炊する。多くの同時代の労働者が満員電車に揺られて、会社で働いている時間を、彼は人間の基本的営みに費やす。掃除をし、洗濯もする。家族の分もまとめてする。夜は家族と共にするが、朝昼兼用の食事は自分で作る。彼の料理は、自然食にだけに依存している。しかし、両親とくに母親は化学調味料をたっぷり使う。それが気に入らないが、子供の頃からの習慣で我慢して食う。自分の理想が実現されないことは、彼の人生のなかで珍しいものではない。正義は負けるという人生哲学を持っている。

 但し、11時過ぎにとる昼食は、彼の哲学に従って調理される。一人で飯を炊き、一人で食う。その中にも喜怒哀楽はある。玄米、大麦、小豆が入った雑穀米だ。米はさすがに普通の白米である。両親が購入している。雑穀もまた両親が購入しているか、自分で購入しているか不明である。  野菜と茸類は、自分で育成している。新鮮でかつ無農薬である。美味い。彼の料理時間は30分ほどである。いつも、味噌汁と野菜サラダだけである。サラダもドレッシング等の工業製品なしである。たまに、醤油をつけるだけである。  このような理想的食生活を昼間楽しむ。腹いっぱい食べる。夕食は工業製品たっぷりである。あまり食べないそうである。飯は昼炊いたものを食する。それだけは、家族とは別である。自分の炊飯器を持っている。

 理想は部分的に実現される。しかし、彼は家族に自分の思想を強制しない。禁煙論者がその思想を伝道しようとすることに比べれば、彼の態度は自分の世界だけで完結している。禁煙思想を神格化している馬鹿ではない。敷地内禁煙を推進してきた馬鹿教授とは、明確に区別される。  

 彼は煙草を吸う。煙草は工業製品である。しかし、人類の理想を実現した物として崇拝している。もちろん、一日一箱程度であり、それにこだわっていない。もっぱら、無添加の「チェ・ゲバラ」を愛飲している。  

 このように、彼は人類の歴史的成果を否定していない。安藤君も後期近代に生まれたことを自覚している。自己の思想の源泉をこの時代に求めているからだ。しかし、その悪弊に染まらないだけである。彼の思想は、どのようにして形成されたのだろうか。それは、マルクス、エンゲルスに匹敵するかもしれない。彼の思想形成過程は、学術的論文の対象になるかもしれない。もっとも、その論文の学会での評価は、無に等しいであろうが。

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高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その三)――恋愛するニート?

20140729 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その三)――恋愛するニート?

 

安藤君(仮名、推定年齢45歳)は、ニートである。しかし、34歳を超えても労働することはない。彼の生活信条からして、労働する人間は馬鹿である。彼は、それに対して、自給自足を対置する。もちろん、現代社会に生きているかぎり不可能であることも承知している。

 労働しなくても、彼は今まで生きているし、おそらく50歳になっても、働かないであろう。失業者が溢れている現状で、彼に新たに職が見つかるわけでもない。毎日職安に通っても無駄である。

 このような彼にも、恋人ができたそうである。きっかけは、彼によって生産された野菜である。この野菜――完全無農薬野菜の噂を聞いて、彼のところに買いにきた女性がいたそうである。彼女の経歴に関して詳しくは知らない。ただ、超有名な女子大学を卒業後、専業主婦になったそうである。現在は無職であるようだ。彼女もまた、働いるようには見えない。

 買い付けに来た女性に対して、彼は野菜を売ったのであろうか。彼は労働を否定するので、その女性に野菜を贈与したそうである。この点において彼の哲学が実現された。もっとも、その女性だけであろうが・・・・。いつもは金に結構終着している。それがきっかけで、二人の交際が始まったようである。

 彼女の影響もあり、彼は野菜だけではなく、鶏卵を生産し始めたようである。朽ちかけてはいたが、庭隅に鳥小屋があった。それを修理しつつ、鶏を飼い始めたようだ。数羽の牝鶏が一日何個か卵を産むようになった。それを件の女性が売っているようである。受精卵であるので、女性の近所でも評判が良いようである。スーパーマーケットのように、110円では売買しない。1100円程度で分けているようである。

正確に言えば、その女性の交際範囲で贈与しているのかもしれない。ただ、贈与された側は、そのお返しを現金ではなく、別の機会にしているようである。実体は不明である。大都市であれば、食事を御馳走になっただけでも、数千円になる。都市ホテルであれば、5千円程度のランチはまれではない。もっとも、私の近所のホテルのランチは、972円である。税抜きであっても、少々高価とかんじる。

 ただし、安藤君もその詳細を知らない。その女性の歓心をかうことが目的かもしれない。あるいは、知っているのかもしれないが、私に言わないだけかもしれない。彼女との交際を始めたからといって、彼の生活が激変したことはない。相変わらず、10時前後に起床している。増えた仕事は、鶏のためにエサを確保するだけである。それも通常の業者のように、数百羽の鶏を飼っているのではないので、楽なものである。

 第三者の目から見て、彼の生活は優雅である。少なくとも、満員電車に揺られ、マックの安い中国産の挽肉を食べている労働者よりも、食生活は優雅である。完全無農薬の野菜を食べている。しかも、新鮮である。朝採ではなく、昼採ではあるが・・・。

 彼に聞くと、早朝の、しかも夏の3時、4時のトウモロコシは、格別だそうである。朝露が付いたトウモロコシを生でそのまま食うと、どんな高価な肉よりも美味だそうである。彼はそれに舌鼓を売った後、寝るそうである。

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高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その二)――――優雅な1日における優雅な農作業

記事編集の都合上、日付を変更する。

20120706 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その二)――優雅な1日における優雅な農作業

 

安藤君(仮名、推定年齢45歳)の毎日は、睡眠時間を削り、満員電車に往復3時間かけている労働者の神経を逆なでする。朝起きる時間は、10時から11時であり、遅い朝食兼昼食を12時までにとり、また寝るそうである。昼寝をするのは、生理上必要だそうである。2時過ぎは起きて近所の畑で自家用の野菜を作る。野菜を作るのは彼の役割である。しかし、その野菜はすべて自家用である。それを現金に換えようとは想像すらしていない。すべて無農薬、というよりもものぐさであるだけである。種をまいてほとんど手入れしない。時間にして毎日数10分程度である。でも、結構美味しい野菜ができるそうである。虫喰いでかつ不揃いである。しかし、味はよく、鮮度も抜群である。朝、正確には昼取りの野菜を夕餉にする。取れすぎた場合は、近所及びガソリンスタンド経営の遠縁に配るそうである。結構喜ばれる。

彼の主張によれば、すべては人為ではなく、太陽と空気と水、つまり自然の産物である。人間の力、科学の成果つまり化学肥料ならびに農薬を散布することは、愚の骨頂である。馬鹿である。害虫を化学薬品で殺すことは、土を殺すことにつながる。適度な害虫も必要である。もちろん、害虫や雑草は人力で少し間引く。これが彼の作業の大部分を占める。

 この作業を彼は労働とみなさない。商品経済に巻き込まれることを嫌うからだ。況やスポーツではない。スポーツをすることは、労働を前提にしており、労働しない人間には不要である。体を動かすことは、原始以来の伝統を継承しているだけである。少なくとも、太りすぎにはならない。

 

ここまでは安藤君の主張である。次回では、この主張を少し学問的言葉によって考えてみたい。

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高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その一)――――働く奴は馬鹿だ

記事編集の都合上、日付を変更する。

20120705 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その一)――働く奴は馬鹿だ

 

安藤君(仮名、推定年齢45歳)は、優雅な生活な生活をしている。彼は生まれてから45年間ずっと労働しないで生きている。この安藤君は私の知人の子供である。私の知人からよくその子供、安藤君のことを愚痴られる。だから、彼のことはよく知っている。

安藤君は大学入学して1年ほどは在籍したようである。しかし、2回生のころからほとんど通学しなくなり、成人式のころに除籍されたようである。その時以来、自宅の自分の部屋で生活している。

家は親の所有物であり、住宅ローンの返済も終了している。親は安藤君から家賃を取ることを考えたことはない。その上、飯とオカズは、冷蔵庫に山ほどある。小遣いも少しもらっているようである。農村に住んでいるので、車は軽自動車ではあるが、自分専用である。ガソリン、自動車保険等は、遠縁が経営しているガソリンスタンド兼保険屋にお世話になっている。それも月末に親が支払っている。おそらく、親の名義の自家用車に乗って、つけで支払っているようである。趣味はパソコンによる音楽編集である。典型的な現代少年である。但し、年齢を除く、という条件が付く。通常の場合、20代前半でこのような生活をあきらめ、フリーターとして働くはずである。

しかし、安藤君はなかなかの論客である。彼にとって嫌いな物は、労働である。労働は人間を拘束し、その自由を剥奪する。後期近代は人間を労働から解放する物質的基礎を確立した。物質的条件のために労働することは、後期近代において非常に減少している。日本人そして西欧近代人もまた、平均年齢を80歳と仮定すれば、20歳までは労働しない。60歳からは年金生活者である。労働する年齢を20歳から60歳までとすれば、人生の半分は労働する必要がない。安藤君はこのような後期近代に関する哲学を近隣の人に吹聴しているようである。彼の哲学からすれば、労働する人間は馬鹿である。

彼の主張はどこかで間違っているようにも思えるが、なかなか魅力的でもある。今後、この安藤君の主張を取り上げてみよう。奇跡のように思えるし、またどこかおかしい。

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高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その零)――――労働は恥であるという思想との出会い

編集の都合上、日付を変更する。

 20080122 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その零)――――労働は恥であるという思想との出会い

 労働しない若者、中年、壮年、そして老人が増えている。そのうち労働しない若者が「ニート」と呼ばれている。この意味は単なる若者の怠惰性を表現しているわけではない。後期近代において、労働が社会的尊敬を受けなくなったことと関連している。労働するよりも、公営賭博、株式市場等における投機的行為や親族の遺産で暮らすほうが、社会的により承認をうけることと関連している。汗水垂らして労働するよりも、財テク等によって稼ぐほうがより社会的に尊敬されることになった。

 一方で、後期近代において労働におけるサービス産業の役割が拡大したことによって、サービス産業に従事する労働者の割合が増大した。かつての産業従事者に比較して現在の労働者の賃金は相対的にかなり下落している。とりわけ、巨大サービス産業、たとえば巨大スーバーマーケット、巨大ファーストフード店において、一部の管理職を除き現場でサービスに従事する労働者の賃金の下落は著しい。

 このような現代社会において、労働をすることは恥という意識が生じることもやむをえない。ある壮年男性が数十年まえに体験したことをここで披露してみよう。それは、彼があるガソリンスタンド労働者として働いている時の体験である。ガソリンスタンド労働者はガソリンを車に入れるだけではない。煙草の灰皿を代え、フロントガラスを拭かねばならない。客に対して愛想をふるまわねばならない。そこで働いている時、トヨタクラウンの最高級車に乗車した彼の同級生がガソリンを入れるためにそのスタンドに入ってきた。当然、彼はその同級生に対して、対等な口を聞く。「よ、元気!」それに対して対等な口をこの労働者がきけるはずもない。「いらしゃいませ」としか言えない。職場の規則で、客に対する挨拶は、決められているからだ。

 この同級生はいまどきの言葉を使用すれば、ニートであった。父親の車を乗り回していた。しかも、その車は日本の最高級車であり、助手席には今風の彼女が同乗していた。若い労働者は、このニートに対して、卑屈な感情をもったのも事実であった。客観的に言えば、淡々と労働をするだけでよかった。

 しかし、この青年はそのボンクラに対して劣等感をもったのも事実であった。逆に言えば、今日のニート君もまた、労働者にその種の優越感をもっているのも事実であろう。「俺は客だ、お前は、ニートである俺にサービスする、わっはは」。さぞ、良い気持ちであったであろう。そして、以下のように言ったように、風の便りで聞いた。「中学校のころ、あいつは一番の成績、俺は最下位。でも、あいつは、俺の最高級セダンの窓ガラスをふいていたぜ、ワッハハ」。

 

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ニート論全文

近代思想におけるニート

Ⅰニート論総括

ニート論をここで総括してみよう。この問題設定は、拙著『近代の揚棄と社会国家』(萌文社、2005年)に依拠しながら、それを補完する形で行われている。本書が19世紀ドイツ社会思想に基づく初期近代の思考様式が中心になっているためである。当然の事ながら、本書の読者は、初期近代の思考様式に疎遠である。17世紀から19世紀西欧の思想が彼らの教養になっているとは言い難い。西欧という概念も彼らにとって疎遠である。彼らは後期近代において支配的な社会思想に影響されながら生きている。彼らにとって、後期近代における思想も研究者の問題意識とは隔絶している。研究者にとって自明な事柄も、読者にとってそうであるとは限らない。この断絶を埋める必要がある。この断絶を埋める媒介として、本年度はニート、少子化という論壇を席巻する課題をその媒介としてきた。

さらに、本書を読者に理解させる一助としてきたニート論、少子化論を纏めてもらいたいという読者からの要望もその機縁となっている。本書の一部を理解する媒介もまた、独立した対象として取り扱かわれるべきだからである。この講義註解におけるニート論、少子化論もまた、現在論壇、あるいはインターネットにおいて支配的な思想と微妙に異なっているからである。ニート論にしても定説があるわけではない。ここでは、近代思想の根幹と関連しているかぎり、ニート論をその媒介物として設定してある。ニート論の全体像を提起するつもりもなければ、その能力もない。

Ⅱ 労働しないことは、善である

かつて前世紀初頭、貧困は社会の責任か、個人の責任かという論争があった。その当時は階級対立が激化していたこともあり、貧困は資本主義という社会問題に還元された。本邦においても、現在の福祉という用語の前身である社会事業という概念が社会的に認知された。それは、初期資本主義国家が後期資本主義国家、つまり社会国家へと変態する契機になった。この変態は本邦において現行憲法が施行された時点で法的に承認されたが、現実的には196080年代に完成された。逆に、この完成が初期近代から後期近代へ、初期資本主義国家から後期資本主義への以降のメルクマールになる。

この社会国家は、思想としては初期近代において成立しており、後期近代においてその思想が現実化された。たとえば、カール・ナウヴェルクは、「非自発的な失業者に対して、自治体と国家が最低限の生活保障をしなければならない」という思想を19世紀中葉に表明している(本書133頁、以下では頁数のみ記す)。非自発的な失業者、つまり倒産による解雇、指名解雇、疾病と事故等による労働不能者に対して、国家と社会の責任を明確にしている。この思想が後期近代の福祉国家につながっている。

しかし、この非自発的失業者という概念が後期近代において制度化されることによって、変容する。もちろん、国家的に救済されるのは、非自発的な失業者だけである。しかし、労働から解放された国民が存在し、彼らが生存権を保障されることによって、社会的に以下のような事態が承認されることになる。すなわち、「働かざる者、食うべからず」という初期近代の社会的通念は、「働かざる者が、食う」へと変態する。非自発的失業者という概念は、自発的失業者、無業者、待業者(Arbeitsbesuchende)へと拡大される。

22.2

労働の意味を前近代に遡れば、古典古代と比較すれば、以下のようになる。古典古代において、自由は労働しない市民に限定されていた。市民は労働から解放されることによって、市民的自由を享受していた。この都市国家における市民は、内面的にも外面的にも自由であった。市民はポリスという共同体において、この共同体が信仰する神を信仰し、政治的にも社会的にも自由な存在であった。それに対して、労働する人間は奴隷であり、人間以下の動物的存在であった。奴隷は労働することによって、市民の生活に必要なものを供給していた。市民の自由は、奴隷の労働によって維持されていた。ここでは、労働と自由は別物であり、対極的存在であった。人間的自由を享受することは、労働することと矛盾していた。

中世社会において、身分制社会が出現する。このでは、自由と労働は対極的存在ではなかった。ここでは、労働と自由は古典古代ほど、厳格に分離されていたのではない。身分の上昇によって、自由が上昇する。それに応じて、労働から解放される。身分が下降すればするほど、自由が消滅した。下降すればするほど、労働がより多く分配されていた。

近代社会において市民は労働する市民として現象する。その理念において、自由は市民間において平等に配分されており、労働することも自由と矛盾しない。労働しないことは、反社会的事柄になった。自由は労働を通じて獲得される対象になった。ここでは、労働は少なくとも侮蔑の対象ではない。しかし、近代において獲得された富の集積の自由、労働の結果としての富を用いて、労働から解放されるという事態が生じる。また、近代社会において労働時間は首尾一貫して、減少してきた。修学年限の延長と老齢年金の拡大によって、労働しない市民が拡大する。労働が自由とは結びつかない事態も、近代における労働の質の変化によって生じた。労働することは、能力の低い人間に当て嵌まるという社会的意識が醸し出される。

Ⅲ 後期近代における労働

また、老齢年金に代表されるような年金という制度が確立したことも、労働しない国民に対する社会的承認と関連している。もちろん、老齢年金は過去の労働の成果を積み立てたという側面もある。しかし、それは労働時間と時間当たりの労働賃金が直接反映されるわけでもない。労働に依存しない生活者という概念が社会的に承認される。もはや労働と生活は直線的に結合されるわけではない。

 また、後期近代において就学期間が延長される。たとえば、初期近代日本において、尋常小学校を卒業して労働に従事することは平均的な人生設計であった。旧制中学を卒業することは、少なくともエリートの入り口に立っていた。大正になっても、同世代のうち5%しか、大学を卒業することはなかった。この80年間で、労働を開始する平均的な時期は、10年以上も延長された。

さらに、後期近代が明白になるに従い、大学進学率だけではなく、大学院進学率もこの飛躍的に上昇した。30年前には、ほとんど聞いたことのない大学も、大学院を新設している。大学院進学を修士課程に限定しても、20歳代半ばまで、労働から解放されている。

 このように考察すると、一人の労働者の生存期間において、労働する時間は人生の半分にも満たない。20歳代なかばで労働に従事し始め、60歳前後で年金生活に入ると仮定すれば、労働に従事する時間は40年前後でしかない。人生80年としても、その半分ほどしか、労働に従事していない。

 近代社会は労働時間を減少させてきた。初期近代の西欧社会において12時間労働、週休一日は珍しいものではなかった。週70時間労働制であった。しかし、後期近代の西欧において週35時間は労働組合の基本的要求になった。少なくとも、年間労働時間は半減している。

 このように近代社会は生涯、一日、一週、一年あたりの労働時間を減少させた。他方で、労働時間を減少させることが善であるという思想は、労働そのものに対する社会的承認力を減少させた。端的に言えば、労働は尊いものではなく、むしろ卑しいものになった。若者の一部がニートとして労働を拒否することになる。労働が社会参加の形式として尊敬されないならば、それを拒否することも生じる。労働時間を減少させることが善であるという思想が、労働それ自体が悪であるという転倒した思想を産出した。初期近代と後期近代における差異は多々の論点にわたるが、労働に対する社会的承認の減少もまたその一つである。

Ⅳ ニートの定義

 ニートとは、厚生労働省の定義によれば、15歳から34歳までの就職活動もせず、学業にも従事しない青年層を主としている。政府の定義によれば、さらに既婚者、家事手伝い等も除いているが、明白な専業主婦を除いて、ここではニートと考えている。政府の定義では浪人もこの範疇に入れているが、かなり怪しいと考えている。なぜなら、大学浪人も5年以上もやれば、当然ニートの範疇に入るし、自称司法試験浪人もニートと考えられるからだ。音楽を修行中と言えば、現在のニートの人々は、ニートではなくなるからだ。また、大学院浪人も入れれば、ニートの範疇に属する人は、はかなり増減が予想される。

 さらに、35歳以上の就職経験もなければ、一時雇用の経験もない人はどのように定義すればよいのであろうか。また、婚姻関係に入っていても、家族にその生計を依存しながら自己の趣味に没頭している人も多い。また、青年期をニートとして過ごした元若者を採用する企業は存在するのであろうか。ニートは年金生活に入るまではニートであり、たとえ労働経験が無くとも、65歳になれば立派な年金生活者として社会的尊敬を受けることになる。したがって、ここでは、ニートを労働と学業から解放された青年、壮年層と再定義したい。

Ⅴ ニートと天職

 ニートの多くは自己に対する誇りを持っている。彼らの多くは、自己にとっての適職、つまり天職を探求している。ここでは、この意義を思想史的観点から考察してみよう。

まず、ある職業は前以って理解できないことを彼らは理解していない。ある職業、より一般化すればある物を先験的に理解することは不可能であるにもかからず、その彼らの浅薄な知識に従って、ある職業を了解している。たとえば、経営者は創造的な職業であり、単純な労働はニートにとって適職ではない、と考えている。しかし、経営者にとって労働時間という範疇はないことは、彼らの視野に入ってこない。経営者の家では、苦情の電話が、深夜早朝にかかわらず鳴ることもあるし、金策に駈けづりまわり、睡眠の時間もないこともある。金策のため、最終的には自己の生命を犠牲にして、借金を支払うことが視野に入ることも稀ではない。このような経営者の心労は彼らの適職観には入ってこない。ある職業の外観しか、彼らの視野に入ってこない。

彼らは、その職業の外見しか判断基準にならない。彼らにとって創造的な職業である弁護士を例に取ろう。もちろん、弁護士になるためには、通常法学部に入学し、卒業後もいつ合格するとも確証のない時間のなかで、睡眠を犠牲にしても法律体系を学習しなければならない。5年後とも、あるいは30年後とも時間の限定のない浪人期間を経ている。筆者の同期生には、まだ受験勉強に勤しんでいる者の噂を聞くこともある。そのような過酷な時期を経た後、晴れて一人前の弁護士として働くことが社会的に許される。このような修行期間は彼らの視野に入らない。

 このような考察から明らかになったように、ニーとは職業をその外観からしか考察しない。もちろん、このことはすべての人間にあてはまることである。事柄を理解する場合、その本質は外から理解することができない。優雅そうな外観を呈している社長業も、接待と銀行廻りで体を壊している場合も多い。

Ⅵ 賭博とニート

 百歩譲って、あるニート君が何らかの目的を持ったと仮定しよう。それは、音楽家でも良いし、弁護士でも良い。しかし、問題はその期限が明確になっていないことにある。ニートとして存在している若者はいつまでニートを継続するのであろうか。その期限を自分、あるいは両親と明確にしておく必要があろう。そのかぎり、ニート的な生活をしながら、夢を追うということも許されるのも知れない。しかし、この時間を限定するという行為は、自分あるいは両親との約束であるかぎり、守られない可能性もある。ニート的生活が永遠になり、死ぬまで(本人、あるいは両親)までニートという途も残されている。それは本人もまた幻想のなかで生活することになる。

 さらに、この天職を追求するという態度は、賭博者の心情と相似している。今は敗北しているが、明日には、勝つということを前提にしている。賭博者は、現在は負けていても、将来勝つことを前提にしている。10万円投資して勝てなければ、100万円投資するだけである。司法試験は最難関の国家試験の一つとされている。その合格のためには、多くの受験者が20歳代の人生を賭けている。もちろん、在学中に合格する学生もいるが、その多くは大学卒業後、数年間、ほぼニートと同様な生活をしている場合もある。

しかし、30歳、あるいは40歳を超えると問題は、複雑になる。その多くは、所得税免除という低収入に満足しなければならないからである。これらの受験生の多くは、名門大学、あるいは大学院の卒業者であり、気位も高い。同窓会に行けば、年収数千万円の同級生もいるし、その多くは家族を養い、子供の話題に花が咲いている。にもかかわらず、高校生のバイトとほとんど変わらない収入しかないニート君は、その輪の中にはいることはない。

しかも、40歳を超えると、就職もままならない。このような受験者は、いつかその途を断念しなければならないはずであるが、おそらく生涯受験するしか選択の幅はない。もちろん、50歳を超えて合格する場合もある。ちょうど、高校卒業後、10年以上予備校に通い、東大に入学する事例に似ている。合格は喜ばしいが、大学に入学して何を学ぶつもりであろうか、という疑問が生じてくるからである。

このように永遠のニートは、なぜ生じるのであろうか。自己の永遠性と無限性を信じているからである。そこには、自分自身が変化することを考慮にいれていない。司法試験合格に人生を賭けるニートは、自らの能力に絶大な信頼を置いており、能力が減少していくことに気がつかない。肉体、そして精神もまた摩滅していく。人間が老化し、屑鉄化してくる。

にもかかわらず、永遠に勉学、研究を続けることによって、目標が達成されると信じている。それは、結婚できない男女を表している負け犬と同様である。負け犬は言い寄ってくる異性が若いときには多くいたはずである。にもかかわらず、現に言い寄ってくる異性よりも、将来においてよりよい異性が言い寄ってくるという心情を保持している。今年は合格しなかった、あるいは目標が達成されなかった、あるいは言い寄ってくる異性は冴えなかったが、来年は良い結果が生じるであろうと自分自身に言い聞かせている。将来がなぜ、今よりもよくなると仮定できるのであろうか。10年立てば、容姿も衰え、記憶力も衰退してゆく。時間は限定されている。時間の限定性を忘れ、永遠に受験勉強をしている自己を想像している。人間の有限性を忘却している。

さらに、ニートは自己を固定したものと考えがちである。ニートは、自己の領域を可能な限り狭くしようとする。自己の環境の変化を極端なほど嫌う。職場で嫌いな音楽、たとえば演歌、軍歌が流れてくると、それだけでその職場を放棄する原因になる。また、今までと少し異なる仕事、たとえば事務職に代えてレジを担当することになっただけで、職場を辞める理由づけになる。もちろん、この背景には、職場を辞めても生活に困窮することはないという事情がある。自分の部屋は家賃なしで両親によって提供されているし、三度の食事もほぼ満足した形でとることができる。労働しようが、労働しまいがニート君の生活は不変である。ニート君は、周りの環境の変化することによって自己が変化することを恐れているようである。

しかし、精神、肉体を含めて自己は変化している。確実に言えることは、自己の肉体と精神も変化、そして老化している。変化している自己を認識することができない。いつまでも、家族の庇護のもとで、永遠の子供という役割を演じることができると信じている。30,40歳になれば、もはや世間は子供としてみなすことはないにもかかわらず、衣食住を両親に依存できると考えている。永遠の子供であると夢想しているし、両親もまたその幻想に酔っている。この酩酊状態がいつまで続くのであろうか。

Ⅶ 共同性の崩壊

初期近代において国民国家という擬制が生成する。この国民国家において、国家市民としての共同性が生じる。それは我々という意識である。その意識は様々な水準において構成される。同一の法規範に従うこと、最低限度の生活と何かについて、共同的意識を所有すること等様々である。たとえば、同じ法規範を共有することは、必ずしもその規範に従うことを意味するのではない。しかし、その規範に従わない場合でも、その規範が存在し、その規範から逸脱しているという意識を有していることである。たとえば、売春をしてはならないとか、大麻を吸引してはならないという規範を持っていることである。これは、現代日本の法規範に従うかぎり、悪であるが、別の国家、たとえばオランダの法規範に従うかぎり、問題はない。

ところが、後期近代においてその擬制はかなり衰退してくる。近代における同一性が衰退してくるからである。その要因は多数あるが、近代における個人主義の展開もその一つである。個人が我々という意識を解体しようとする。我々という意識ではなく、個人という意識が肥大化し、前者を凌駕しようとする。初期近代において、個人ではなく、その共同意識が先行していた。この共同意識は様々な水準において設定されていた。家族、親族、地域共同体、そして国家という水準において構成されていた。

 しかし、後期近代においてこの共同性意識が衰退することによって、個人は我々という意識も衰退する。初期近代において、20歳、あるいは30歳において、経済的に両親に依存することは、この共同意識に制約されることによって、不可能であった。親族共同体、あるいは地域共同体によって糾弾されたからである。しかし、この規制がほぼ消滅したことによって、ニートも出現してくる。30歳、あるいは50歳になっても両親の賃金、あるいは年金に依存することによって、生活可能な若者(50歳、60歳の若者?)が出現してくる。ニートは、おそらく70歳になっても年金生活者としてニート的生活を送ることになる。

 

Ⅷ 個人意識の拡大

 ニートと大衆的存在様式

 プロレタリアートとは、近代において大量に発生した労働者の一形式である。通説として、プロレタリアートは工場労働者として訳されている。しかし、その雇用形式は現在の社会国家における一般的な工場労働者、あるいは労働者とは、異なる。それは山谷(東京)、釜ヶ崎(大阪)等に住む日雇労働者にかぎりなく近接している。この国民的共同体の周辺にいるプロレタリアートをいかに社会統合の対象にしてゆくかが、ドイツ三月前期の課題であった。この課題は19世紀から20世紀初頭に至る初期近代における政治的、社会的課題であった。このプロレタリアートという社会的存在形式は、古代社会における奴隷に近い状態であった(初期近代日本を例にとれば、この事態は『ああ、野麦峠』等によって描写されている)。この労働者を社会内統合の対象にするのか、あるいはその外部化を目的にし、社会変革の主体にすべきであるか否かが、問われていた。もちろん、ナウヴェルクは前者を志向しており、その途は社会国家への途であった。

 後期近代において社会国家が制度化されることに、この論争に終止符が打たれる。プロレタリアートを社会内統合することによって、プロレタリアートを社会変革の主体にしようとする運動の基盤が破壊されることである。これを社会変革の主体、つまり個別化された大衆としての塊を階級に形成するためには、初期近代特有の精神的基盤が前提にされていた。それは、このプロレタリアートが個別的な利益を追求する主体でなく、共同的な利益を追求する主体として構成されていなければならなかった。

 個々人の利益ではなく、共同的利益のために闘争することが前提にされていた。しかし、社会国家はこの基盤そのものを破壊する。社会国家がその存立目的としたことは、国民の生命と財産の保護という極めて個人主義的な思想的基盤を拡大することである。社会国家の目的は、個々人の生活の向上であった。個々人の生活が向上することによって、この共同性への指向が破壊される。社会国家が制度化されたことにより、個々人は初期近代における大衆へと逆転する。

 ニートはこの個人主義化された大衆の上に咲いたあだ花である。もちろん、社会国家がこれを推し進めた。

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ニート論全文の掲載

 ニート論全文を掲載しました。自分でも何を書いたか忘れていたので、備忘録的意味で書きました。

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