中村天風の思想と私的適用――2019年7月20日

中村天風の思想と私的適用――2019720

                               田村伊知朗

 

1節 一期一会と老教授との30年振りの再会:2013年七夕の東京再訪

                          

 この夏の思い出である。奇しくも、日時は七夕であった。七夕では織姫と彦星が1年振りに再会するという。物語では、二人の若者は老化しない。しかし、人間であれば、歳をとり、1年前の自分ではない。永遠に若いことはありえない。

2013年の七夕に、東京で学部時代にお世話になった老教授、大学院時代にお世話になった壮年教授、そして学部時代からの友人である少壮教授と会う機会があった。彼らはその独自の人生と学問的途を歩んでいる。当然のことである。とりわけ、30年間一度も会わなかった老教授と会うことができ、感涙の極みであった。もちろん、学会等で挨拶を交わしたり、講演会を聞いたりしたことはこの間にもあった。研究会で特定の学問的主題に関して議論したこともあった、しかし、自宅を訪れ、数時間を二人だけですごすことはなかった。

 この老教授の自宅を訪れたのは、生涯でそもそも二度きりであった。私の学部時代の血気盛んな時と、今回の訪問だけである。30数年前と街の風景も一変していた。住所はそのときと同じであったが、正確な場所を探し出すために小一時間を要した。私が初めて自宅を訪れて不躾なお願いをしたことを、老教授は今でも面白がっていた。赤面の至りであった。

 老教授は30数年前とほぼ同様な研究課題を追求していた。その主題に関して現在の私も、そして過去の私と同一の場所に立っているかのような錯覚に襲われた。しかし、現在の私は、同じ場所をほぼ正反対の視角から眺めている。一方は、近代の揚棄を自己の思想的基盤にしている。他方は、その不可能性を論じている。両者が思想的に交錯することはない。おそらく、老教授もそのことを感じていたに違いない。その後、電話で長く話す機会があり、涙が出そうになった。もはや、学問的立場が異なってしまったからだ。30数年前には、私の思想も萌芽的状況においてしかありえなかった。また、この30年の経験は私の学問的立場を決定的に変化させた。それでも老教授に対する尊敬の念を喪失することはない。そして、壮年教授と少壮教授に対しても。

人生はまさに一期一会である。過去の自分は、現在の自分と同一ではない。

 

2節 未来からではなく、現状からの活力の創生: 20196月初頭の高松再訪

 

すべての行為は現存在にありながらも、未来を志向する。しかし、未来から現代への逆照射という私の若き構想は、破綻している。未来の条件は、現代では構想できない。諸条件が異なっている。未来から見た現代の課題設定は、無意味になるのであろうか。否、現状において最善の選択肢を選ぶ。現代における最適化を目的にする。

すべての行為において、未来から考察された善悪の基準を設定できない。この命題が正しければ、行為の本質と我々は格闘している。行為は、現在から未来へと指向している。その活力は未来の環境世界ではなく、現存する環境世界にある。未来を指向する力の源泉は、現存する自分にある。

現存する環境世界こそが重要であるならば、現存する人間関係も永続しない。また、その関係がより濃厚になったり、より広大になったりすることもない。全人格的結合も夢物語である。機能的結合を支えている機能それ自体がなくなれば、機能的結合もなくなる。全人格的結合の象徴とも言える家族、とりわけ核家族内の関係すら、限定的である。ある特定の関係、金銭的関係、性的関係、教育関係、食事等の家事一般等に限定される。自分の家族構成員ですら、職場でどのような関係を締結しているかも、知る由もない。

 しかし、他者を道具的理性の対象にすべきという主張ではない。万物は現にそうあるような仕方で、現存している。そのような他者を変革しようとも思わない。現にそうある必然性において現存している。他者の関係性は、淡きこと、水の如し、という格言に凝縮されている。

 このような結論を2019年6月06日からの3泊4日の故郷滞在で学んだ。故郷では、私のことを知る人は、家族を除いて誰もいない。小中高すべての母校を訪問した。校舎はすべて鉄筋コンクリート化されていた。半世紀前の木造校舎は消去されていた。教員すら、同期生は、すべて退職年齢を超えている。在職しているはずがない。ドイツにおいて旅行しているような異郷感情を持った。

 

3節 明日そして本日にすること:20196月中旬の高松再訪

                          

 昭和一桁生まれの親族、知人が幽冥界を異にしている。昭和二桁に生まれた我々の世代が、次にその順になろう。明日あるいは近未来に黄泉の国へと旅立つことが確定している、という仮定が、私の意識において真実味を帯びてきた。もちろん、この近未来がいつであるか、確定していない。ちょうど、終末期医療の段階にある自然人、たとえば癌の第4ステージにある人間が、近未来に死ぬことが確定していたとしても、その時が数週間後なのか、数か月なのか、あるいは数年後なのか、確定しないと同様である。

 先週の金曜日に受診した定期健康診断の結果において、すべての項目がA評価であったとしても、近未来に死を迎えることは100%確実である。このような心境に至るようになった。朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり、という心境には未だ至らない。しかし、近未来において確実に死ぬという確証を認識することによって、通勤途上の風景が変わった。とりわけ、今は2019年6月下旬であり、北海道では新緑の季節である。仰ぎ見るニセアカシアの上部に群生する緑から漏れてくる陽の光ほど美しいものはない。木漏れ日の美しさに気が付いた理由は、人生観の転換にあろう。

 明日、幽冥界を異にするのであれば、私は本日何をするのであろうか、という問いが現実味を帯びてきた。その解答は、溌剌と生きたい、という希望にある。中村天風にしたがえば、積極的精神によって生きたい、という信念にある。少なくとも、本日は生きていることが、確実である。溌剌と生きて、寝る前には麒麟麦酒に酔いたい。

地球滅亡の日時が確定したとしても、私は大学において講義をするであろう。そして、論文を修正し、先行する論文を読むであろう。それだけである。但し、それ以外の時間は可能かぎり削除したい。溌剌性を浸食するような思考からは解放されたい。あるいは、それを排除するように生きねばならない。自分が意図した行為に集中する。朝に道を聞かず、夕べに死すとも、自分によって企図された行為を粛々と、そして溌剌と実行するだけである。

 

自己の行為に関する覚書

講義の意義は、草稿に基づく発話と、講義草稿の修正にある。今までは前者に偏りすぎていた。後者を排除してはならない。

講義において90分間、しゃべり続けねばならない。講義草稿に基づき、話続けるであろう。それだけの気力と体力はある。今までは講義中には、草稿の修正を殴り書きでしていた。今日からは前頁の裏の白い頁に、万年筆できれいに、ゆっくり書こうとしていた。心境を集中すると講義時間において余裕が生まれた。おそらく、聴講者にも生まれたのであろう。

5時限目の講義を終えれば、20分後のバスに乗車し、帰宅するであろう。そのためには、講義が始まる前に、部屋の片づけ、PCにおける日常業務、塵捨て等を完了していなければならない。今までは、講義終了後、これらの事柄に従事していたので、50分後のバスに乗車するしかなかった。

そして、帰宅後は夕飯に舌鼓を打つであろう。そして、本日、政治学概論の講義草稿(議会制度)を修正した。また、環境保護に関する論文を修正した。そして、次は、ドイツから持ち帰ったドイツ語論文の複写物を読み、読書ノートを作成しなければならない。

このような修正を具体例としてここでも記述しておきたい。

 

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細分化される知に対する反攻ーー市民的公共性の再獲得

 秋は学会の季節である。しかし、学会報告に対して議論が生じることは、ほとんどない。通常、一つの報告時間が30分であり、質疑応答の時間は、それを越えることはない(通常、5-10分程度)。学会の本大会における発表は、その多くがそれ以前の小さな研究会等で公表されているからであろう。しかし、それでは、より専門家の集まる小さな研究会での発表でことは済んでいるのであり、改めて発表するまでもない。多くの学会員は、拍手で応えるのみである。

 

 さらに、問題は学会発表だけの問題ではない。すべての会議、公共的空間において、事前に発表者が詳細な報告書を作成し、参加者はそれに拍手で応えるか、あるいは反対するしかできない。そもそも、発表者の時間がその多くを占め、質疑応答の時間はほとんどとられていない。おそらく、この問題は、官僚が報告書を作成する審議会等でも起きているのであろう。審議会の委員、とりわけ学識経験者は、官僚によって作成された資料の字句を修正することだけにとどまっており、持論を展開する時間は与えられていないのであろう。報告書類の前提そのものに関する議論は、想定されていない。また、事前準備資料を根底から覆すような議論をもしすれば、その委員は今度からそもそも任命されないであろう。煙たがられるか、奇妙な意見を保持しているというレッテルを貼られてお仕舞であろう。

 

 しかし、それでは議論、とりわけ公共的空間における議論にはならないであろう。すべての案件を拍手で以って応えた旧社会主義国家の会議と同じ水準である。この意味において、我々は金王朝支配下の市民と同じ議論形式しか持ちえていない。もちろん、社会主義的ではなく、資本主義的であるという違いを持っているが・・・・。金王朝の市民も大変であるが、我々もそれを嘲笑して済ませるわけではない。金王朝と同じように拍手で以って、報告者あるいは官僚の意見を、拍手で以って応えているだけである。反面教師にしたいものであるが、精神構造が「金さん一家」と同様であるかぎり、それも無理であろう。

 

 この問題は、学問に従事する者、学者の精神構造が公共性に対する貢献を無視していることにある。官僚は自らの仕事領域を極限までに細分化する。組織が巨大化すればするほど、この傾向は強化される。細分化の強化によって、組織自体も強化される。

 この傾向は、後期近代の人間関係すべてにおいて適合している。機能主義的原理がすべての人間関係に適応される。

学者の仕事も、細分化されている。たとえば、マルクスの共産主義論という論文すら、社会思想史学会では受理されないであろう。『資本論』○○章××節の文言の解釈に関する論文が高い評価を受ける。しかし、それでもって、共産主義という未来社会の概略すらわからない。この潮流に掉さすためには、百科事典の記事を原稿用紙50枚から100枚にまとめる論稿が欲しい。今、それを構想している。

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集団的自衛権に関する新聞コメント(『北海道新聞』掲載)

『北海道新聞』(2014年11月28日、24面)に、集団自衛権に関する私のコメントが掲載されています。御照覧のほど、お願いします。この論点に関して、より詳細に論じます。
右クリックすると、より鮮明に見えます。

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北海道における札幌市と、函館市及び釧路市との関係――日本銀行支店が残存している理由と、実体なき優越的市民意識

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北海道における札幌市と、函館市及び釧路市との関係――日本銀行支店が残存している理由と、実体なき優越的市民意識

 47都道府県の県庁所在地のほぼすべてに日本銀行支店があると、思っている人も多い。しかし、厳密に言えば、そもそも支店が置かれていない県庁所在地も多い。盛岡市、徳島市、宇都宮市等である。経済規模に応じて、支店網が設置されている。もちろん、この経済規模は、歴史的観点も加味されている。さらに、経済的観点だけではなく、政治的観点も考慮されているのであろう。
 県庁所在地にすべてあるわけではない支店が、北海道には3都市にも設置されている。道庁所在地の札幌市は当然のことであるが、その他にも函館市、釧路市にも設置されている。北海道を除けば、同じ県において支店が複数設置されているのは、福岡県における福岡市と北九州市だけである。この二つの都市は別個の経済的、政治的意義を持っていたし、現在も持っている。また、両者とも、政令指定都市である。現在でも独自の経済圏を有しているし、新幹線のぞみ号も停車する大規模都市である。
 翻って、北海道における函館市、釧路市を考察してみよう。前者は中核市であるが、その人口要件である30万人人口を持っていない。それどころか、20年後には20万人都市に転落することがほぼ確実である。また、後者は現在ですら、20万人都市ではない。にもかかわらず、日本銀行支店が設置されている。その理由は以下の二つが容易に思い浮かぶ。両都市とも、歴史的意義を有している。つまり、両都市とも遠洋漁業の中心的基地であった。また、釧路市の後背地には石炭産業があった。その繁栄の程度から考察して、昭和20-30年代には膨大な富が集積されたことは間違いないであろう。現在では、遠洋漁業、石炭産業とも衰退しているが、往時の富は残存している。
 さらに、両都市とも道庁所在地から遠く離れている。特急で札幌市からほぼ4時間前後かかる距離に位置している。両都市と並ぶ繁栄を誇った小樽市における日本銀行支店は、2002年に廃止されている。小樽市は札幌の通勤圏であり、その衛星都市的役割を担っているからだ。それと対照的に、函館市と釧路市は札幌市の通勤圏とは言い難い。日帰り出張はかなり困難である。いな、札幌市への旅行は、出張とみなされている。小樽市民あるいは小樽市の地方公務員が札幌に行くとき、宿泊費用をともなう出張手当を要求することはほぼ無理であろう。
 この両都市に日本銀行が残存している理由は、札幌市から地理的に離れており、経済的、社会的に札幌市との関係が希薄であることにある。逆に言えば、自立的意識が強い。函館市では、今でも札幌市から赴任してきた役人、大企業労働者を「奥地」からきたと呼ぶ習慣が残っている。西日本の日常用語を使用すれば、「札幌、なんぼのもんじゃい」である。旧来から函館市に居住している市民にとって、「おらの街が第一」という意識が根強い。
しかし、行政的、政治的観点からすれば、この二つの都市とも道庁所在地に従属している。もちろん、両都市にも北海道総合振興局が設置されている。日常用語を用いると、支店のようなものにすぎない。また、国家公務員の経済事情からすれば、札幌から函館、あるいは釧路に転勤になると給料が下がる。地域手当がなくなるからだ。また、子弟の教育、文化的生活から考えて、札幌在住を好む傾向にある。民間企業でも札幌本社勤務と地方支店勤務では、様々な点から、困難が生じるのはやむをえない。
両都市、とりわけ函館市民にとって意識上は自分たちが格上である。地理的観点から、札幌市から相対的に自立している。日本銀行支店も設置されている。にもかかわらず、政治、行政、経済、文化的観点すれば、函館市は札幌市に従属している。この問題が様々な観点からの問題になる。この跛行的現実態が北海道における様々な問題を喚起している。

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日本郵便=日本郵政の集荷サービスの素晴らしさ――「感動した!!」

20140221 日本郵便=日本郵政の集荷サービスの素晴らしさ――「感動した!!」

 

日本郵便=日本郵政のサービスに対して、様々な批判がある。しかし、私のささやかな体験からすれば、この会社のサービスは素晴らしい。本ブログは皮肉を多用しているが、今回の日本郵便=日本郵政の対応は、掛値なしに素晴らしかった。小泉元総理の言葉を借りれば、「感動した」。

 

1、

日本郵便=日本郵政に荷物の集荷依頼をした。「2時間以内に伺う」という担当者の返答があった。利用者からすれば、数時間後ではなく、すぐに仕事を終えることができる。ちなみに、電話をした時間は1030分であった。ほぼ午前中に仕事が終わることになる。14時から16時に集荷するという対応であれば、その時間に在宅しなければならない。顧客重視の精神が隠されている。実際には、5分後に集荷担当者が自宅に訪れた。こちらが慌てたくらいである。そのためには、多くの労働者の労働が隠されていることは、想像できる。利用者からすれば、最高のサービスを享受できる。

 

2、

 利用者のミスにより、伝票記載事項に少し落ち度があった。電話をすると、担当者はその意味をすぐさま理解し、的確な対応をした。この対応の背景には、以下のことが隠されている。すなわち、電話対応者の能力が高いことである。電話対応者は経験を積んだ正規労働者であることが推察できる。ある企業と顧客は、通常、電話等でしかつながっていない。顧客にとって、その企業の代表は社長ではなく、電話担当者である。一般の顧客が個々の事案に関して、社長と直に対応することはない。

 近年、リストラ、経費削減等の理由で、電話対応者を非正規雇用者に代える企業が多いそうである。しかし、日本郵便=日本郵政はそのような削減策を取っていないようである。模範とすべきであろう。

 

3、

最近、天候が不順である。数日前には、北海道だけでなく、東京、埼玉等でもかなりの雪が降った。しかし、電話担当者は今後の天気も想定しながら、電話に対応をしていた。荷物の遅れは、天候等では考えられなかった。マニュアル通りの想定しかできなければ、「荷物が遅延することをご了承してください」という文言を利用者に言ったはずである。しかし、天気予報を熟知していれば、利用者を不安に陥れる文言を使用することもない。電話担当者は、想定可能な事態を的確に把握していた。

 

4、

 電話対応者だけではなく、集荷担当者も正規職員であった。少なくとも、日本郵便=日本郵政の制服を着ていた。利用者が玄関を開けるとき、つねに一抹の不安を持っている。誰が来るかも予想できないからだ。少なくとも、制服着用者が対応するだけでも、利用者の不安も減少する。この点でも、日本郵政の対応は素晴らしい。

 

5、

 最後にもう一度。日本郵便=日本郵政に「感動した」。

 

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記者クラブ制度の問題点――その一・マス・メディアと行政との癒着

20100617

「記者クラブ制度の問題点――その一・マス・メディアと行政との癒着」

 記者クラブ制度が問題になっている。中央官庁の情報を加工せずに、そのまま流しているではないか、という疑惑が問題になっている。また、このクラブに属していないマス・メディアを排除しているという疑惑である。巨大マス・メディアと行政機構が一種の癒着構造にある。とりわけ、野中元官房長官が暴露した巨大マス・メディアの政治部記者に対する利益供与も、その温床になったのが、記者クラブ制度と言われている。

 しかし、新聞記者がその記事を執筆する空間は必要であろう。その場所を提供することは、必ずしも悪いことではない。そのあたりに、解決策もあるのかもしれない。誰もが利用できる空間として再整備すべきであろう。 

 

(本記事は20100617に執筆されたものである。内容上の変更はない。しかし、編集上の都合から日付を変えて再掲載する)。

 なお、本記事は下記のブログに引用されている。

「閉鎖性が指摘され続けた記者クラブの存在意義」『清話会』http://ameblo.jp/seiwakaisenken/entry-10789753880.html20140204閲覧)

 

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『北海道新聞』の取材

「『自民圧勝 ねじれ解消』という新聞各社の一面の見出し」と関連する事柄が、『北海道新聞』(2013年7月23日29面)のインタビュー記事として掲載されています。


20130723

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全文 「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し」

これまで、分割されていた論稿全文をここに掲載する

 

「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し

――話し言葉を書き言葉に挿入すること」

 

 20130722  田村伊知朗

 

自由民主党が、2013721日における23回参議院議員選挙で圧勝した。翌日の新聞はほぼ同様な一面を飾った。もちろん、用語法には若干の相違があるが(「自公過半数 ねじれ解消」(『読売新聞』)、「自公圧勝、衆参過半数」(『朝日新聞』))、そのいずれもが、選挙結果を同一の概念で表現している。『毎日新聞』と『北海道新聞』においては、ほぼ同一の言語が表象されているという域を超えている。全く同じ言葉、「自民圧勝 ねじれ解消」という言葉が一面の見出しになっている。しかも、同一のレイアウトで。あたかも、一方の新聞が他方を「複写・貼り付け(コピペ)」をしたかのように。学生のレポートであれば、同一の見出しをつけることは、禁じ手である。コピペされたレポートは、レポートの価値すらない。

このような事態から、以下のことが推察される。新聞各社の見解によれば、衆参両院間の「ねじれ」の解消が本選挙の争点の一つであった。いわば、法案を成立させるための方法論が争点の一つになっていた。衆参両院の「ねじれ解消」は、国会運営の方法をめぐるものであり、本来の争点ではない。国民生活そして国家の存立に係わる重要な論争点が、他の小さい論点から区別されることによって、選挙の争点が表出される。

今回の参議院議員選挙における本来の争点は、「TPP参加」、「憲法改正」、「原発の再稼働」、「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉問題」、「消費税増税」等であった。「ねじれ」を除く、これらの争点の是非が問題になったはずであった。もし、「憲法改正」という争点が明確であったならば、見出しは「自民圧勝、憲法改正へ」であったはずである。しかし、新聞各社とも、このねじれの解消こそが問題の第一であったと考えていた。その結果が、多くのマス・メディアの一面の見出しが同一であるという結果を導いた。選挙結果が、同じ概念によって表現されていた。

ここで、「ねじれ」という概念とその用語法について述べてみよう。まず、概念について述べてみよう。衆議院と参議院の間に「ねじれ」があることは、憲法がそもそも想定していることである。「ねじれ」は存在しなければならない。二院制を採用することの目的は、一方の院の独走を抑制することにある。とりわけ、参議院の意義は良識の府として、衆議院の決定を大所高所から再検討することにある。両院の政党構成が同一であるならば、二院制を採用する意味がない。本来の争点であるはずであった「TPP参加」、「憲法改正」、「原発の再稼働」、「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉問題」等に関して、両院がほぼ同一の決定傾向を持つとするならば、参議院の存立根拠に対して、疑念が呈せられるであろう。「ねじれ」という言葉で表現される政治的事柄は、マス・メディアによって否定的に意味づけられていたにもかかわらず、政治的観点からすれば肯定的な事態である。

ここで、選挙結果という政治的な重要事項に対して、「ねじれ」という日常用語が使用されることの是非について、考えるべきであろう。通常の場合、政治的事柄を表現する場合、日常用語の使用は控えられている。にもかかわらず、マス・メディアは「ねじれ」という日常用語を使用してきた。文語中心の書き言葉に、日常用語としての話し言葉を導入した効果は大きい。数多くの争点のなかで、その用語が異彩を放った。「TPP参加」、「憲法改正」、「原発の再稼働」、「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉問題」等の論点は、必ずしも日常会話にはなじまない。「衆参両院のねじれ」転じて「ねじれ」であれば、日常会話においても違和感はない。たとえば、会社組織においても、本店と支店との意見の相違は、両者における「ねじれ」として表現される。それが国民の深層心理に浸透した。少なくとも、本来の争点が漢字、あるいは英語として表現されていることと対照的であろう。

また、「ねじれ」という用語は、日常会話において否定的に使用される。この用語の後には、「解消」という単語しか続かない。それには、暗黙のうちに述語が含まれている。日常会話において「ねじれ」に対して「素晴らしい」という用語が続くことはまれであろう。この用語の取捨選択において、まさに本日の選挙結果が想定されていたのであろう。もちろん、この選挙結果を自由民主党は願望していた。政党がより多くの得票を獲得しようとすることは、必然である。自民党の広報戦略の勝利であろう。「チーム世耕」は敢闘賞に値する。しかし、マス・メディアがこの用語を使用したことによって、自民党の願望を追随したことになった。政財官のトライアングル(三角形)ではなく、政財官とマス・メディアのスクエア(四角形)あるいはランバス(菱形)が形成されていたと推定できる。自民党の戦略を具現化したマス・メディアは、敢闘賞に値するのであろうか。

また、翌日の新聞がほぼ同様な一面を飾ったことの背景には、世論調査の精度が数十年前と比較して、格段に進歩したことが挙げられる。事前に予想された選挙結果予想は、選挙区に限定すれば、ほぼ99パーセント的中していた。唯一の例外は、東京選挙区(定数5)において4位当選した山本太郎に関する予測であろう(彼の当選に関しては後述する)。それ以外の候補者の当落予測に関していえば、新聞社の付属世論調査機関、世論調査研究所の予想はほぼ的中していた。それゆえ、新聞各社は、選挙翌日の新聞見出しを遅くとも、1週間前に書き終えていたであろう。その結果、ほぼ同一の見出しを打つことになった。新聞各社が想定していたことが、ほぼ同一の視角から検討されていたことが推定される。自らが争点の一つにしていた「ねじれの解消」が、実際の選挙において現実化された。個々の新聞記者は選挙結果に対して異なる見出しを付けたかもしれないが、少なくとも各社の編集委員長は、選挙結果に対して「ねじれ解消」と性格づけた。このような同質性が多くのマス・メディアに共有されていた。

山本太郎は、このような近代合理性を打ち破った。世論調査の多くは、彼を次点、あるいは次次点と予想していた。大方の予想によれば、巨大な組織票を持つ二人の候補者には勝てないと見られていた。多くの世論調査機関は彼の順位を、6,,8位と予想していた。しかし、彼は自民党と民主党の候補者をおさえて、堂々の4位当選であった。もちろん、「生活の党」等の支持者が、勝手連的に彼を応援していた。それを差し引いても、世論調査という合理的手段によって基礎づけれた学問的結論に対して、彼とその支持者は異議を申し立てた結果になった。

その要因は、演説のスタイルが従来型の政治家とは異なっていたことにある。彼は日常用語を駆使していた。脱原発という政策も客観的、合理的なものとして把握され、発話されていたのではない。その政策は、山本太郎という人格と密接に関連していた。脱原発であれ、原発容認であれ、多くの政治家はその政策がいかに合理的であるかを述べる。ある命題の妥当性が問われるとき、発話主体の個人的要素は捨象される。発話主体の学歴、家族構成、家柄、性、年齢等は問題にならない。その客観的な論理的合理性のみが問われるからである。ここでは、その発話主体の固有の問題等は捨象されている。

また、彼の学歴も他の候補者とは異なっている。彼は高校中退である。彼の現在の職業は俳優であるが、仕事を回してもらえない状況にある。俳優としての山本太郎は、仕事をしていない。彼の状況は、失業者とほぼ同一である。中卒の失業者という経歴は、現在の日本社会では否定的に把握されている。通常の政治家の場合、否定的側面は隠されるべき点として認識されていた。にもかかわらず、彼はその否定的側面を演説の前面に出していた。それが彼のスタイルであった。派遣労働者として生きている若者にとって、その言説内容とともに彼はよき仲間つまり「俺たち」であった。社会的に恵まれない層に理解可能な言語が、駆使されていた。その言説は、客観的かつ合理的ではなかった。それは山本太郎という個人と関連しており、日常用語の域を超えていない。

山本太郎とほぼ同一の言説を述べていた候補者が、三宅雪子(「生活の党」比例区で落選)であった。彼女は選挙期間中、東京において山本太郎と一緒に演説することが多かった。多くの有権者が、新宿歩行者天国、巣鴨地蔵周辺等で、この二人のコラボレーションを見ていたはずである。二人の演説内容もほぼ同一であった。にもかかわらず、獲得票数において両者の間に雲泥の差異があった。なぜ、彼女は山本太郎と同じカリスマ性を獲得できなかったのであろうか。解答は、彼女の言説が客観合理的でありすぎた点にあったように思われる。

通常の候補者とは異なり、彼女の経歴が山本太郎とは逆に作用した。彼女のパンフレットによれば、三宅雪子は石田博英元労働大臣の孫である。故人は保守派であったが、良識派として名声を博していた。また、彼女自身も著名な大学を卒業している。これらの要素は、通常の候補者の経歴として問題にならない。むしろ、好ましい。しかし、山本太郎を熱狂的に支持した労働者にとって、彼女は「俺たち」ではなく、「あなた方」に属していた。彼女の言説が客観的に合理的であればあるほど、空疎に響いたのかもしれない。

                             

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「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その五 山本太郎と三宅雪子)

「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その五 山本太郎と三宅雪子)

――話し言葉を書き言葉に挿入すること

山本太郎は、このような近代合理性を打ち破った。世論調査の多くは、彼を次点、あるいは次次点と予想していた。大方の予想によれば、巨大な組織票を持つ二人の候補者には勝てないと見られていた。しかし、彼は自民党と民主党の候補者をおさえて、堂々の4位当選であった。もちろん、「生活の党」等の支持者が、勝手連的に彼を応援していた。それを差し引いても、世論調査という合理的手段によって基礎づけれた学問的結論に対して、彼とその支持者は異議を申し立てた結果になった。

その要因は、演説のスタイルが従来型の政治家とは異なっていたことにある。彼の演説方法が従来型の政治家とは異なっていた。彼は日常用語を駆使していた。脱原発という政策も客観的、合理的なものとして把握され、発話されていたのではない。その政策は、山本太郎という人格と密接に関連していた。脱原発であれ、原発容認であれ、多くの政治家はその政策がいかに合理的であるかを述べる。ある命題の妥当性が問われるとき、発話主体の個人的要素は捨象される。発話主体の学歴、家族構成、家柄、性、年齢等は問題にならない。その客観的な論理的合理性のみが問われるからである。ここでは、その発話主体の固有の問題等は捨象されている。

また、彼の学歴も高校中退である。彼の現在の職業は俳優であるが、仕事を回してもらえない状況にある。俳優としての山本太郎は、仕事をしていない。彼の状況は、失業者とほぼ同一である。中卒の失業者という経歴は、現在の日本社会では否定的に把握されている。にもかかわらず、彼はその否定的側面を演説の前面に出していた。それが彼のスタイルであった。通常の政治家の場合、否定的側面は隠されるべき点として認識されていた。派遣労働者として生きている若者にとって、その言説内容とともに彼はよき仲間つまり「俺たち」であった。社会的に恵まれない層に理解可能な言語が、駆使されていた。その言説は、客観的かつ合理的ではなかった。それは山本太郎という個人と関連しており、日常用語の域を超えていない。

山本太郎とほぼ同一の言説を述べていた候補者が、三宅雪子(「生活の党」比例区で落選)であった。彼女は、山本太郎と選挙期間中、東京において一緒に演説することが多かった。多くの有権者が、新宿歩行者天国、巣鴨地蔵周辺等で、この二人のコラボレーションを見ていたはずである。二人の演説内容もほぼ同一であった。にもかかわらず、獲得票数において両者の間に雲泥の差異があった。なぜ、彼女は山本太郎と同じカリスマ性を獲得できなかったのであろうか。解答は、彼女の言説が客観合理的でありすぎた点にもあったように思われる。

通常の候補者とは異なり、彼女の経歴が山本太郎とは逆に作用した。彼女のパンフレットによれば、三宅雪子は石田博英元労働大臣の孫である。また、彼女は著名な大学を卒業している。これらの要素は、通常の候補者の経歴として問題にならない。むしろ、好ましい。しかし、山本太郎を熱狂的に支持した労働者にとって、彼女は「俺たち」ではなく、「あなた方」に属していた。彼女の言説が客観的に合理的であればあるほど、空疎に響いたのかもしれない。

 

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「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その四 世論調査)

「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その四 世論調査)

――話し言葉を書き言葉に挿入すること

また、翌日の新聞がほぼ同様な一面を飾ったことの背景には、世論調査の精度が数十年前と比較して、格段に進歩したことが挙げられる。事前に予想された選挙結果予想は、選挙区に限定すれば、ほぼ99パーセント的中していた。唯一の例外は、東京選挙区(定数5)において4位当選した山本太郎に関する予測であろう(彼の当選に関しては後述する)。多くの世論調査機関は彼の順位を、6,,8位と予想していた。それ以外の候補者の当落予測に関していえば、新聞社の付属世論調査機関、世論調査研究所の予想はほぼ的中していた。それゆえ、新聞各社は、選挙翌日の新聞見出しを遅くとも、1週間前に書き終えていたであろう。その結果、ほぼ同一の見出しを打つことになった。新聞各社が想定していたことが、ほぼ同一の視角から検討されていたことが推定される。自らが争点の一つにしていた「ねじれの解消」が、実際の選挙において現実化された。個々の新聞記者は選挙結果に対して異なる見出しを付けたかもしれないが、少なくとも各社の編集委員長は、選挙結果に対して「ねじれ解消」と性格づけた。このような同質性が多くのマス・メディアに共有されていた。

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