異邦人ーー煙草による自己疎外の回復

 誰でも、自分はここにいるべきではないと感じることがある。それは、どのような華やかな場であれ、どのような熱狂に包まれようとも感じることがある。その時、一本の煙草に火をつける時、いつもの自己がまだ生きていると感じられることがある。

 外国に初めて行った時のことである。もちろん、知人も友人もいない。医療システムに対する情報もない。自分が属する組織もまだみえない。すべての世界が自分にとって疎遠であると感じられるときは誰にでもあるはずだ。

 その時、一本の煙草に火をつける。日本から持参したハイライトである。その一本の煙草に火をつけて一服したときだけ、まだ生きているという実感が生まれた。ここで死ぬわけにはいかないからだ。

 そのときの一本の煙草が私に与えてくれた恩義に対して、どのように報いることができるのか、まだ思案中である。

 そしてそのような一本の煙草を吸う場所がないことが、人間性を破壊しているのであろう。破壊された場所、破壊された人間性の回復の可能性は限りなく小さい。

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煙草の効用ーーまあ、一服と殺人の抑止力

  昔、ある青年が「あの野郎、ぶち殺したる」と無意識に叫びながら包丁を持っている姿を目撃したことがある。その姿は鬼気迫るものがあった。しかし、その姿をみたある老人が一本の煙草に火をつけ、その青年に渡した。その青年が煙草を一服した後、肩から力が抜けたようにして、包丁を落とした。

 もし、この青年にとって煙草がなければ、殺人罪で少なくとも10年位は刑務所暮らしを余儀なくされたであろう。このような情景が今でも目に焼き付いている。禁煙運動家はそのような青年の行動には無頓着である。

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昔、総評、今、禁煙ーー馬鹿が陸軍でやってくる

 昔、総評、すなわち日本労働組合総評議会という労働組合の連合組織があった。その是非はともかく、この総評はかつての日本陸軍と同様に独断専行するという性格が強かった。ある評論家がこの組織を評して、昔、陸軍、今、総評という有名な言葉を発した。一番有名な総評が為した行為のひとつは、「スト権スト」であった。労働組合の内部では、一定程度理解されたのであろうが、普遍的意義を持ちえないものであった。とりわけ、国労がこれに参加したことにより、国鉄解体の引き金を引いたと言っても過言ではない。つまり、このストによりすべての貨物列車もストに入り、多くの生鮮野菜を腐らせた。それにもかかわらず、総評、国労の執行部はストを止めなかった。その記憶は今もある。それ以降、農産物の鉄道からトラックへの移行が決定的になった。農家が腐敗する野菜を見て、涙ながらに抗議しても、幹部たちは無視していた。

 自らの組織を解体するような愚行の象徴として今でも記憶されている。この愚行を、数十年前の総評を見習った禁煙運動組織が行っている。禁煙もスト権ストも、ミクロ的に考察すれば、正しいかの外観を呈している。スト権ストも労働運動家においては当然=自然のことであった。しかし、その作用が別の領域においてどのような結末を生むのかに対して無頓着であるという点において両者は共通している。国鉄のストによって、国鉄そのものが解体し、禁煙運動によってより巨大な悪をもたらしていることが理解されないようである。昔、陸軍、今、禁煙である。 彼らはなぜ喫煙家が煙草を吸うのかについて全く想像力を働かせないし、その結末に無頓着である。

 

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煙草一箱1,000円?ーー馬鹿が馬鹿丸出しでやってくる

 雨の降る場外馬券場で警備員をやっていたころの話である。正確な時間を覚えていないが、確か45分警備を担当して、15分休憩室で休憩といって勤務形態であったと記憶している。そこでは、45分間、ただ立っていることが仕事であった。常に時計を気にしながら、休憩の時間がくることだけが楽しみであった。交代要員が来て、休憩室で一本のハイライトを喫煙することのみが唯一の希望であった。雨に濡れながら、一本のハイライトを思い浮かべていた。

 このような労働者の唯一の娯楽を剥奪しようとする者はだれであろうか。45分間の労働の唯一の楽しみが一本のハイライトである労働者であろうか。炎天下の自動販売機の前で、一本120円(当時は100円)の冷たいジュースを買おうか買うまいか思案したことがある人間であろうか。

 おそらく、そうではあるまい。このような人間の在りようとは無縁な冷酷慈悲のない人間であろう。すべての人生をほぼ計画通りに生きてきた人間であろう。そうでなければ、1箱1、000円の煙草という馬鹿げたことを想像すらできないであろう。

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大学における禁煙と大麻ーー馬鹿がミクロ的合理性でやってくる

 大学が綺麗になったと評判である。東京の主要大学からは、立て看板がほぼ撤去されている。そして、多くの大学内建物から煙草の灰皿が撤去された。多くの喫煙者は喫煙室という限定された空間においてか、あるいは雨風をきにしつつ屋外で煙草を吸うことを余儀なくされている。

 しかし、大学が綺麗になればなるほど、人間の精神も綺麗になるのであろうか。人間そのものが清潔になるのであろうか。かつての大学内において喫煙は講義室でも自由であった。ある刑法学の最高権威の一人は、講義中も喫煙していた。もちろん、流石にこの教授あるいは助教授は灰皿を持参していただろうが・・・。

 ここで講義中の喫煙を主張しているのではない。受動喫煙は非喫煙者にとって喜ばしい状況ではないからだ。しかし、喫煙者は白眼視され、惨めな状況下で喫煙を許されているにすぎない。このような精神的不自由のなかで、喫煙という小さな逸脱を抑圧していることによって、大学は綺麗になった。しかし、このような小さな逸脱を排除することによって、大学はより巨大な悪を招き入れてしまった。大麻汚染である。小さな逸脱を許すまじ、というPTA的正義が幅をきかすことによってより巨大な悪を産出した。

 ミクロ的に見れば、煙草は多少健康に悪いことになるのであろう。それ自体を否定しているのではない。しかし、人間存在は逸脱を許容している。少なくともそれを意思することによってより巨大な悪から逃れる術を知っていた。少なくとも、煙草の吸殻の落ちていたキャンパスには、大麻はなかった。煙草に満足できなければ、葉巻を吸っていた。しかし、より匂いのキツイ葉巻を吸う環境は少なくとも綺麗な大学からは消えている。煙草から大麻である。あるいは非喫煙から大麻である。段階を踏まえておれば、そのような馬鹿げた飛躍は起きなかったであろう。マクロ的に考察すれば、馬鹿がミクロ的合理性を背負ってやってきたのである。

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共生ーー喫煙者と非喫煙者

 個人の恣意的自由は他者の自由を侵害しないかぎり、承認されるべきであるという思想がある。少数者の権利は多数者によって侵害されてはならない。社会を多数派の思考様式によって一元化してはならない。「清潔」な社会は、人間抑圧的である。しかし、近代社会はある原理によって社会を一元化しようとする。学問もまたそうである。市場原理によって社会を一元化しようする。共生という概念は知的障害者と健常者との共生として1950、60年代北欧で広まり、米国を経由して日本に輸入された。しかし、現実において共生はほとんど不可能になりつつある。嫌煙権運動は喫煙者と非喫煙者との共生をなぜ指向しないのであろうか。

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近代における初期近代と後期近代の時代区分

 

近代革命成立以後、現時点に至るまでの社会を近代社会と総称している。しかし、近代社会は1960-70年代を境として大きく変動する。端的に言えば、68年革命の世界的敗北をその分類のメルクマールとする。前期近代と後期近代という時代区分が必要になる。その、分別の根拠として以下のことを挙げることができる。近代革命は通常暴力革命として出現した。前期近代において暴力への一定の了解があった。しかし、後期近代において暴力への社会的承認力は無になる。この暴力革命への対応がこの前期近代と後期近代を分ける分水嶺になるが、それだけではなく、多面的な社会現象として出現してくる。

近代という枠組は不変ながらも、初期近代において想定されていない事柄が出現する。必ずしも、当該事柄が存在しなかったわけではない、たとえば、環境問題も前期近代、あるいは近代以前からに存在していた。鉱山開発は前近代からあったし、それに伴う鉱毒問題、空気の汚染、伐採過多による洪水等の問題もあった。環境問題は後期近代特有の問題として出現した。後期近代に普遍的なものとして一般に認識された。環境問題だけではなく、高齢者問題、高度医療問題、原子力問題等が出現した。このような新しく認識された問題として、生命倫理もある。初期近代において映画「この天の虹」(木下恵介監督、1958年松竹)において、八幡製鉄所からでる煙は「7色の煙」として肯定的に描かれていた。後期近代では、中華人民共和国における工場煙突として非難の対象になっている。

このような近代の一般理論において対応困難な問題が出現することが、後期近代という時代区分を必要にしている。しかし、これらの問題は必ずしもすべての国家に妥当する問題ではない。後期近代においても、このような問題が現象しない国家のほうが実は多い。後期近代という時代把握が生じるのは、西欧を中心とした高度資本主義国家においてのみである。

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タスポの馬鹿――JTも馬鹿

 タスポが未成年のたばこ購入を抑制するために導入された。この目的は誰もが反対できない。子供の喫煙を奨励することはできないからだ。しかし、この正義は別の側面を持っている。すなわち、個人商店の壊滅化である。近年、コンビニエンスストアー、スーパーマーケット等のチェーン店が個人商店の経営を圧迫している。本屋、八百屋、魚屋、煙草屋といった個人商店に関して、閉店の話はよく聞くが、開店の話などは聞いたことがない。新規参入しようとしても、巨大資本による寡占的状況を打破するだけの技術、販売技法を持った個人はほとんど存在しないからだ。

 この個人商店壊滅の一端を担っているのが、タスポである。この導入によって、個人商店は風前の灯になった。PTA的正義を振りかざすことによって、個人商店の経営が悪化することは、事前に承知していたはずである。巨大資本が地方の個人商店を壊滅させる手段として、これが導入された。もちろん、これは目的ではなく、結果であるという詭弁は承知である。現在の商品戦略を担う優秀な商品市場研究者は、このような結果は事前に承知しているし、していなかったとすればそれは自分の技能の低さを表明しているにすぎない。

 JTはこの事態をどのように説明するのであろうか。どれほど、このタスポ導入に反対したのであろうか。あるいは、JTからすれば、販売総数が落ちなければ問題ないーーコンビニに購入しようが、個人商店で購入しようが関係ないーーとすれば、それは自分の首を絞めることにつながるであろう。文化としての喫煙を自ら否定しているからだ。

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禁煙と一元化思想ーーJR東海の賢明とJR東日本の馬鹿

 旧国鉄が分割民営化されて20年の歳月が流れた。この民営化の是非については国労問題等を除けば、ほぼ社会的に承認されている。もはや国鉄復活という議論は少なくとも論壇に現れることはないであろう。建前的には、分割民営化によって競争原理が働き、サービスが向上したからである。この競争原理が働くという意味は、主として二つの異なる意味がある。それはJR各社間の競争と、JRと競合する他の交通手段との競争である。ここでは、新幹線に限定してその意味を考えてみよう。

 JR東海は主として東京と大阪を結ぶ路線が主要収益源である。関西の空港が、ほぼ和歌山県に近い関空のみであれば、東京―大阪間の交通をほぼ独占できたかもしれないが、この路線は大阪都心に隣接しているから伊丹空港が残存しているため、常に飛行機と競争しなければならない。

 それに対して、東京と仙台間の交通はJR東日本がほぼ独占可能である。この路線では競争原理がほとんど機能していない。

 競争がほとんどない路線では、どのような独善的サービスを提供しようとも営業収益に影響しない。禁煙という問題からその意味を考えてみよう。両者はともに禁煙を標榜している。しかし、JR東海は禁煙を標榜しながら、喫煙車両を残存させている。3号車と15号車が喫煙自由な車両である。また、のぞみ号には喫煙空間がある。禁煙といいつつも分煙である。そして、3号車がほぼ満席に近い状態であることと対照的に、2号車は空席が半ば以上を占めていた(日中のこだま号)。

 それに対して、JR東日本はすべての車両が禁煙であり、喫煙可能な車両はない。独善的かつ一元的な禁煙である。このような馬鹿げた思想を実践しても、営利企業であるかぎり問題はない。しかし、この企業は移動の自由を保障する公益企業という性格を持っている。公益、つまり喫煙者の自由にも若干の配慮を必要とするはずである。しかし、競争原理が働かない場合には、独善的にふるまっても営利性を侵害することはない。その例がJR東日本の全車禁煙である。少しは喫煙者の自由も考慮すべきであろう。

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喫煙の権利と法――禁煙の思想と喫煙場所

 喫煙の権利を保障することにおいて問題になるのは、幸福追求権に属する喫煙権と所謂嫌煙権の両立性に関する事象であろう。まず、前者に関して、憲法13条は国民の幸福追求権を認めている。この権利は、基本的人権の一つであると承認されている。喫煙という行為がこの幸福追求権に属することは判例で認められている(最高裁昭和45916日大法廷)。この判決は被拘禁者の喫煙の権利に関する判例であるが、被拘禁者の人権を制限することの妥当性を主張している。国民の権利の一つあるとしても、被拘禁者の人権を制限することの正当性を主張している。

 逆に言えば、被拘禁者を除く成年の国民の権利として認められている。国民が労働者として規定された場合でも、この権利を保持していると考えられている。

 次に、所謂嫌煙権は1970年以降、新しい人権の一つとして社会的に承認されている。受動喫煙という概念が社会的に承認されてきたからでる。その法的表現として健康増進法25条がある。分煙が明確に規定されている。しかし、分煙が困難である場所において、禁煙が施行されている。飛行機等ではほぼ全面的に禁煙化されている。健康増進法の分煙が技術的観点から困難であるからだ。しかし、この禁煙という概念は法的なものではなく、ただ社会的なものでしかない。

次世代新幹線(JR東海)では禁煙が唱導されているが、喫煙部屋も残存している。全面禁煙という思想と限定された空間としての喫煙場所は、理念上両立しうる。

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労働は恥?--ニートの原初風景

 労働しない若者、中年、壮年、そして老人が増えている。そのうち労働しない若者が「ニート」と呼ばれている。この意味は単なる若者の怠惰性を表現しているわけではない。後期近代において、労働が社会的尊敬を受けなくなったことと関連している。労働するよりも、公営賭博、株式市場等における投機的行為や親族の遺産で暮らすほうが社会的により承認をうけることと関連している。汗水垂らして労働するよりも、財テク等によって稼ぐほうがより社会的に尊敬されることになった。

 一方で、後期近代において労働におけるサービス産業の役割が拡大したことによって、サービス産業に従事する労働者の割合が増大した。かつてのこの産業従事者に比較して現在の労働者の賃金はかなり下落している。とりわけ、巨大サービス産業、たとえば巨大スーバーマーケット、巨大ファーストフード店において、一部の管理職を除き現場でサービスに従事する労働者の賃金の下落は著しい。

 このような現代社会において、労働をすることは恥という意識が生じることもやむをえない。ある壮年男性が数十年まえに体験したことをここで披露してみよう。それは、彼があるガソリンスタンド労働者として働いている時の体験である。ガソリンスタンド労働者はガソリンを車に入れるだけではない。煙草の灰皿を代え、フロントガラスを拭かねばならない。客に対して愛想をふるまわねばならない。そこで働いている時、トヨタクラウンの最高級車に乗車した彼の同級生がガソリンを入れるためにそのスタンドに入ってきた。当然、彼はその同級生に対して、対等な口を聞く。「よ、元気!」それに対して対等な口をこの労働者がきけるはずもない。

 この同級生はいまどきの言葉を使用すれば、ニートであった。父親の車を乗り回していた。しかも、その車は日本の最高級車であり、助手席には今風の彼女が同乗していた。しかし、この労働者は、このニートに対して、卑屈な感情をもったのも事実であった。客観的に言えば、淡々と労働をするだけでよかった。しかし、この青年はそのボンクラに対して劣等感をもったのも事実であった。逆に言えば、今日のニート君もまた、労働者にその種の優越感をもっているのも事実であろう。

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裁判員と後期近代

裁判員制度

 本邦において、司法過程に対して市民が参加するという制度が法的に要請されている。この論拠に対する基礎づけの方向は多様である。

 この問題は、初期近代において広義の政治参加、市民参加のコンテキストにおいて把握してみよう。行政機構としての司法過程に対する市民参加という観点から、この問題を考察してみよう。市民参加が善であり、参加する市民の理性性が前提にされている。はたして、参加する市民は理性的判断を下すことが理念上求められている。市民の理性が何らかの留保なくして前提にされていた初期近代の議論に基づいている。

 しかし、後期近代においてこの権利としての司法過程は、義務に転化する。この意味に対する討論を期待する。できれば、2,000字ほどの討論論稿を期待している。投稿期日等に関する詳細についてはのちに提示する。来月中旬を考えている。

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福祉の充実と社会的負の副作用

 福祉の充実が叫ばれている。しかし、福祉の充実はその負の副作用を持っている。たとえば、生活保護費の削減が叫ばれてる。しかし、生活保護費が最低賃金よりも豊かである場合、労働意欲の減退につながるであろう。仮に、生活保護費が月30万円を越えれば、労働者の負担は大きくなるであろう。この点に関するコメントを募集する。募集する日時はのちに記述するが、1月中旬を考えている。

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企画部と全体知

地方自治 8 企画部と全体知

1.

 著名な映画『生きる』(黒澤明監督、志村喬主演)においても、公園にブランコを作るという市民のささやか願いと自治体における部局の独立性の矛盾が描かれている。市民がその願いを持って市役所を訪れたとき、それぞれの部局の窓口はその願いを他の部局に回し、自分の部局では取上げようとしない。所謂、盥回しである。志村喬もまた、その部局における定年間近の末端の管理職であった。彼は自分に命令された事柄以外のことを進んでやろうとはしない。新たな仕事は別の部局に回す。他の部局も同様である。ところが、自己が末期癌に侵されていることを自覚したとき、この老管理職は、それぞれの部局を調整しながら歩く。公園にブランコを作るために。映画では公園に作られたブランコに乗りながら、生命の最期を迎える。「命短し、恋せ、乙女よ」という歌を口ずさみながら。

 

2.

このような老管理職の役割、部局の独立性を打破して、総合的観点からある政策を実行するための機関として、地方自治体において企画部、あるいは企画調整部という部局が、前世紀後半から出現してきた。それは、中央政府における内閣府の存立意義と相似している。それが形成された理由は、中央政府だけではなく、自治体においても各部局が独立してその利益を主張することにある。省益に対応する部局の利害が貫徹している。この独立性を廃して、重要な政策を実現するための機関として、企画部が創設された。

ここでの問題点は、何がその自治体における最重要事項なのかを判断することが可能か否かである。近代社会思想史において、否定された全体知が要請されている。果たして、そのことは可能であろうか。この問題が企画部の存在様式において問われているのであろう。

3.

  本ブログでは、読者が企画部長になったら、という設定のもとでコメントを募集します。コメント送信は特定の日のみになります。時期は1月上旬を設定しています。詳細はのちに記述します。

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3丁目の夕日

 この映画に対する多数のコメントをいただきました。感謝します。若干の個人情報(本名、職場名等)は削除してあります。ご了承のほどお願いします。本日をもって、このコメント欄への投稿を締め切ります(本日分までは有効です)。これ以後の投稿はご遠慮ください。

 ところで、家族を含めて共同体における個人化、つまり共同性の希薄化が進行しています。それが、後期近代という時代でしょう。この時代における共同性は、著しく機能主義化を進展させます。そして、ノスタルジーではなく、今どのような共同性を構築できるのか、それを考えています。家族ですら、解体までの練習期間でしかありません。

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社会国家と国民の媒介ーー協会

 

社会国家の間接性と直接性

社会国家の国民に対する作用形式は、以下の二つに大別される。両者の関係が直接的であるか、間接的であるかである。直接的である関係は明瞭である。何からの困窮状態にある国民が直接的に社会国家から援助を受ける。それに対して、間接的関係は多様である。ここでは、カール・ナウヴェルクの議論を紹介しよう。「ナウヴェルクは労働者個々人の最低限度の生活を直接的に保障しようとしたのではなく、近代における自由競争原理と、結果としての不平等の必然性について洞察していた。したがって、国家および地方自治体が直接的に個人の生計それ自体を援助すべきであると考えられていたのではない。労働者の自立的組織がその媒介項として設定されていた。つまり、「国家が失業者、つまり非自発的失業者を救済する義務を可能なかぎり負う場合・・・国家はまず何をすべきであろうか。国家は個々の非自発的失業者に対して一片の仕事を与えるのではない。むしろ、国家は全労働者の大きな自立的組織の保護者および推進者とみなされることによって、すなわち労働者相互保障の金庫の設立を促進することによって、その労働者全体の自立的組織つまり連帯組織全体に対して配慮を与える」。国家が国民の最低限度の生活を保障する手段は、労働者個人に対する救済ではなく、むしろ労働者によって自主的に結成された自立的組織という媒介を前提にしている」。(本書134頁)

その援助は直接的ではなく、労働者が形成した自律的組織を媒介にしている。国民自身が形成した自助組織が主導的役割を果たす。個別的な国民に対するものではなく、集合的国民に対する援助が中心になっている。さらに、援助が受動的なものではなく、積極的になる。国民自身がその媒介組織を形成している。


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裁判員制度への基礎づけ

裁判員制度

 本邦において、司法過程に対して市民が参加するという制度が、法的に要請されている。この論拠に対する基礎づけの方向は多様である。ここでは、19世紀中葉のドイツの思想家、カール・ナウヴェルクの議論を紹介しよう。「同様の観点から、ナウヴェルクは司法官僚に対する国民による統制という問題を提起する。議会内自由主義者によって提起された司法改革案によれば、自治体の調停裁判所の裁判官は司法官僚からだけではなく、自治体の構成員からも選抜されるべきである。議会内多数派はこの市民参加型の裁判制度を、市民間の民事上の紛争を取り扱う第一審に限定していた。これに対してナウヴェルクは、この市民参加型の裁判制度をすべての裁判、つまり民事、刑事を問わず全審級の裁判に例外なく適用することを求めている。このような提案には市民武装と同様の観点から、国民自身による司法過程への参加という思想が含まれていた。この思想によれば、市民から選抜された参審裁判官の理性的判断が、司法官僚のそれよりも健全であり、より正確に国民精神における法と正義を発見することができるであろう。国民自身による国家への参加が、司法過程にも適用されるべきである。官僚制度は軍事的部門であれ、司法的部門であれ、国民の現実的な生活意識から乖離し、それを抑圧する。国民自身が司法過程に参加することによって、この乖離を減少させることができる。」(本書、128頁)

 この議論は、専門家つまり司法官僚の理性に対する市民的理性の優位を問題にしている。もちろん、知識と経験は司法官僚のほうが、格段にある。本邦において司法試験合格者、つまり法曹への社会的敬意の度合は、並の公務員の比ではない。その給与体系をみれば、数倍の違いがある。しかし、彼らがエリートであるがゆえに、国民の一般的理性から乖離していることは否めない。

 もちろん、本邦におけるこの制度がナウヴェルクの議論に由来しているということはない。おそらく、本法律を作成した根拠は別にある。しかし、カール・ナウヴェルクの議論も結果として、本制度を基礎づけることという観点からは同一である。

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映画「Always 3丁目の夕日」  後期近代の出現と近代の変容

 映画「3丁目の夕日」の第二部が本日(2007年11月3日)、全国公開される。それを論じる前に、第一部を論じることも意味のないことではないであろう。

 この映画は同名の西岸良平の漫画をもとにしている。原作と同様にこの映画の中心点は、万年芥川賞応募者、茶川が、縁もゆかりもない少年をひきとることにある。後期近代において、血縁関係のない少年の生活を支えるという行為はほぼ100パーセントありえない。しかし、前期近代においては、それはまれではあるが、成立可能である。

 また、この映画のもう一つの主人公、鈴木オートの社長もまた、集団就職で上京してきた六さんと、家族同様にくらす。この設定もまた、後期近代においてはありえない。従業員と経営者が家族的関係をもたらすことはほぼありえないからだ。

 このような後期近代においてはあり得ない設定が、少なくとも前期近代の終了目前の1960年前後、昭和30年代にはありえた。この現在ではありえない設定が感動をもたらす伏線になっている。

 このあり得ない設定の本質とは何か。それは共同体的連帯の思想である。家族的関係、つまり血縁関係と性的関係から逸脱する人間を、家族として抱擁する人間的余裕が存在していたことにある。もちろん、生産力の低さ、富の低さ等はこの時代にもあった。しかし、人間が共同体的連帯を抜きにして生きるこはできないとう前提があった。

 しかし、後期近代が出現する1960年代以降、このような連帯の思想はほぼ消滅する。映画の象徴を用いれば、東京タワーが出現することによって、前期近代の連帯思想、それは前近代から継承されたものであったが、この思想がほぼ命脈を絶たれる。すくなくとも、後期近代に生きるわれわれにとって、ほぼ異質な時代である。それが、感動を呼ぶ背景にある。

 

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社会国家と連帯 過剰と不足

連帯の間接性 過剰と不足

1.

近代と前近代の差異から連帯という思想を考えてみよう。前近代においてもちろん、連帯という思想は存在していた。ただし、それが様々な共同体内部に限定されていた。連帯は共同体の内部の人間に対して直接的に行使された。逆に言えば、共同体的関係から排除された人間、あるいはそもそもその共同体とは係わりのない人間に対して、連帯の思想が現実化されることはない。

それに対して、近代社会は直接的には国民同士が連帯しない社会である。もちろん、国民全体が共同体であるという擬制を、国民国家が保持している。しかし、直接的に遠い親族(たとえば、祖父の兄弟)、あるいは近隣の老人すらその経済的な連帯を直接的に行使するだけの金銭と時間は個々の国民にはない。その共同体的基盤が欠けている。しかし、この共同体的な直接的連帯が衰退することによって成立した社会国家が、間接的に連帯の思想を具現化する。言わば、間接的連帯が近代の社会国家の原理である。それは、共同体的連帯が衰微した結果の必然である。連帯なくして人間は生きられない。しかし、その連帯は前近代と異なり、直接的ではなく、間接的な緩やかである。

しかし、近代、あるいは後期近代に限定しても共同体的な直接的連帯が皆無になったのではない。直接的連帯も機能を縮小しながら、残存している。家族が消滅したわけでもなく、地域共同体が絶滅したわけでもない。ただし、それが中核的な連帯の場所から撤退したことを意味しているにすぎない。

2.

近代国家は社会国家として現象する。しかし、そのすべてではない。その一つであるにすぎない。自由国家、市場制御国家、資本主義国家等、ほぼ無数に概念規定可能である。本書の根本的欠陥は第一部と第二部を結ぶ結節点的論文が欠けている事である。近代国家は自由を実現するために存立している。その点に関しては、本書第一部、12頁参照。自由の概念と連帯の概念は相補的であり、かつ矛盾的である。

 まず、相補的であるという点に論究してみよう。最低限度の生活を保障するという連帯の思想は、自由を実現するためには最低限度の生活を必要としているからだ。最低限度の物質的生活がなければ、憲法上の自由は絵空事になる。通信の自由を例にとれば、便箋、封筒、切手等が買えない生活であれば、通信の自由はそもそも問題にならない。最低限度の生活を維持することが自由の実現の最低保障になる。普遍的自由は物質的基盤を必要とする。

 しかし、両者は相補的であるだけではなく、矛盾的である。なぜなら、連帯は労働可能な人間が労働不可能な人間、あるいは何らかの理由で完全な労働かできない人間に対する援助であるが、この被援助者と被援助の量的拡大は援助者のそのものの存立基盤を破壊するまで大きくなれば、連帯そのものが成立しない。極端なリバータリアンが社会国家を否定することは有名であるが、連帯者の側の自由を完全に破壊するまでの負担を強いることはできない。労働する人間に対する租税負担と社会保障費負担が、その自由を破壊する程度にまで上昇することはできない。連帯にも限度である。自由を破壊する程度の連帯はできない。

3.

連帯という思想は、最低限度の生活を労働しない人間に対して保障する。つまり、自由が至高の原理であるかぎり、その最低程度に対して制限を加えてゆく。賃金、報酬を例にとれば、年間数億円を稼ぐ人間もいれば、200万円以下の低所得者もいる。人間の労働、活動に対する賃金、報酬に上限はない。なぜなら、上限を設けることは、人間の自由という理念に抵触するからだ。しかし、その下限は設定されている。最低賃金法によって、地域ごとの時給は決定されている。あまりに安い賃金は、労働者の健康を破壊するからだ。もっとも、それは賃金に関する事柄であり、それ以外の報酬に関する制限はない。たとえば、知的障害者施設における「日額1501500円の作業報酬」という事例は珍しいものではない。健全な経済活動を営むための最低限に関する下限を設定することは、必ずしも自由を抑圧することにはならない。

 しかし、連帯の思想を徹底すれば、下限だけではなく、上限も設定すべきであろうか。過剰を公共性の下に従属させるべきであろうか。この問題はたんに自由の原理を侵害するだけではない。むしろ、連帯の思想そのものを破壊する。なぜなら、この過剰こそが連帯、つまり社会国家の基礎にあるからだ。社会において過剰が存在せず、均等に不足していれば、連帯そのものが不可能になる。本邦においても、生存権が保障された終戦直後の状態において、憲法的規定において社会国家が成立していた。しかし、実態的にはそのような規定は意味をなさない。通常の労働者が飢えているときに、社会的連帯は絵に書いた餅でしかない。過剰こそが、社会国家の基礎にある。

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国民的同一性とプロレタリアート

国民的同一性とプロレタリアート

1

 国民国家において、国家市民としての共同性が生じる。それは、「我々」という意識である。その意識は様々な水準において構成される。同一の法規範に従うこと、最低限度の生活と何かについて、共同的意識を所有すること等様々である。たとえば、同じ法規範を共有することは、必ずしもその規範に従うことを意味するのではない。しかし、その規範に従わない場合でも、その規範が存在し、その規範から逸脱しているという意識を有していることである。たとえば、売春をしてはならないとか、大麻(マリファナ)を吸引してはならないという規範を持っていることである。これは、現代日本の法規範に従うかぎり、悪であるが、別の国家、たとえばオランダの法規範に従うかぎり、問題はない。

 最低限度の生活(日本国憲法第25条)も、また国民的共同性の水準においてしか構成されえない。国民的同一性が存在しない限り、最低限度の生活という概念も成立しえない。

2.

 プロレタリアートとは、近代において大量に発生した労働者の一形式である。通説として、プロレタリアートは工場労働者として訳されている。しかし、その雇用形式は現在の社会国家における一般的な工場労働者、あるいは労働者とは、異なる。それは山谷(東京)、釜ヶ崎(大阪)等に住む日雇労働者にかぎりなく近接している。現代日本風に翻訳すれば、非正規小規模工場労働者であろう。しかし、問題を複雑にしているのは、彼らは必ずしも「労働者」であることを保証された存在ではないことである。明日、労働現場を見出すことができるか否かは、資本家の意思と経済状況に依存している。

この国民的共同体の周辺にいるプロレタリアートをいかに社会統合の対象にしてゆくかが、ドイツ三月前期の課題であった。この課題は19世紀から20世紀初頭に至る初期近代における政治的、社会的課題であった。このプロレタリアートという社会的存在形式は、古代社会における奴隷に近い状態であった(初期近代日本を例にとれば、この事態は『ああ、野麦峠』等によって描写されている)。この労働者を社会内統合の対象にするのか、あるいはその外部化を目的にし、社会変革の主体にすべきであるか否かが、問われていた。もちろん、ナウヴェルクは前者を志向しており、その途は社会国家への途であった。

 後期近代において社会国家が制度化されることに、この論争に終止符が打たれる。プロレタリアートを社会内統合することによって、プロレタリアートを社会変革の主体にしようとする運動の基盤が破壊されることである。これを社会変革の主体、つまり個別化された大衆としての塊を階級に形成するためには、初期近代特有の精神的基盤が前提にされていた。それは、このプロレタリアートが個別的な利益を追求する主体でなく、共同的な利益を追求する主体として構成されていなければならなかった。

 個々人の利益ではなく、共同的利益のために闘争することが前提にされていた。しかし、社会国家はこの基盤そのものを破壊する。社会国家がその価値をしたことは、国民の生命と財産の保護という極めて個人主義的な思想的基盤を拡大したからである。社会国家の目的は、個々人の生活の向上であった。個々人の生活が向上することによって、この共同性への指向が破壊される。社会国家が制度化されたことにより、個々人は初期近代における大衆へと逆転する。

 ニートはこの個人主義化された大衆の上に咲いたあだ花である。もちろん、社会国家がこれを推し進めた。

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ベルリンのホテルと日本のホテルの差異ーー労働条件の差異

 ベルリンのホテルと日本のホテルとの差異を論じてみよう。もちろん、同程度、三つ星、あるいは二つ星程度の筆者が宿泊したホテルとの差異である。超高級ホテルとビジネスホテルのサービスの差異を論じても仕方がないからである。また、その知識も筆者の体験に依存している。普遍性はほとんどない。

 この両者の差異を論じるに際して、労働条件が問題になる。ドイツにおいて、基本的に年金のない労働は存在しない。あるホテルにおいて労働する労働者は、そのホテルに対して帰属意識を持つ。それにたいして、日本の場合、ホテルの中枢的労働、つまりフロント業務、営業等を除いて、多くの場合、派遣労働、パートタイム労働等の低賃金労働に依存している程度が高い。

 それに対して、ドイツの場合フロント労働者と同様な年金つきの労働者が多い。もちろん、賃金の差異は職種に応じてある。しかし、同一の企業体に属するという帰属意識は同一である。

 ところで、以下は全くの体験に依存している。ドイツのホテルに宿泊した日数も、日本の場合よりも多い。しかし、日本のホテルに宿泊した場合よりも厭な体験をした回数はすくない。最近も日本のホテルに宿泊したときにいやな体験をした。朝食のトマトジュースの中に、紙パックの蓋が入っていた。単純なミスである。しかし、このような単純なミスをドイツのホテルで体験したことはない。

その理由として、労働の在り方に関する両国の差異があるのであろうか。それとも、日本人はドイツ人に比べて勤勉ではなくなったのであろうか。私の個人的見解では、両者の勤勉性について差異はないであろう。

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ベルリンのホテルーーベトナム人労働者

 ベルリンのホテルで目につくのは、もちろん外国人ではなく、ドイツ人である。しかも、年金生活者である。彼らが圧倒的である。この年金生活者の問題を除外すれば、近年増大しているのが、(ラオス人等を含む)ベトナム人である。ここではインド支那半島出身者という意味で用いている。彼らは、10年前には、中級ホテルではほとんど目につかなかったが、最近では欧州国内、及び母国から団体で、あついはビジネスとして、大挙して進出している。

 その理由として彼らの経済状況の好転を除外すれば、欧州、とりわけドイツ、オランダ等で外国人差別が少ないことが挙げられる。もちろん、民族主義的排外主義は日本も含めてどこでも見られるが、少なくとも公共的圏域において彼らが排除される機会が少ないこともその原因の一つであろう。

 さらに、事態をより複雑しているのは、1989年のベルリン革命以前において旧東独、旧東欧に住んでいたベトナム人の問題である。彼らは革命以後、本国に召喚されたかもしれないが、全ての社会主義政権下のベトナム人が本国に帰還したわけではない。そして、その子弟が現在20代、30代の若い労働者として活躍している。彼らは、幼少、小学校、中学校からドイツで学び、彼らと同一の教育を受けている。親の世代とは異なり、ドイツ語もほど不自由なく喋れる。そのようなベトナム人が増えている。そのなかで、経済的に自立した階層が出現するのも当然である。

 しかし、多くの日本人は大学、大学院から留学している。彼らとは幾つかの点で、異なっている。日本人が専門知識という観点からドイツ人とほぼ同一であるとしても、生活者という観点では多くのベトナム人に敵わないと思われる。

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ベルリンのホテルーーシングルでツイン?ーー事柄の不可視性

 シングルのホテルを予約しても、ツインの部屋をあてがわれることもある。とりわけ、4つ星のホテルの場合が多い。4つ星以上のホテルでは、そもそもシングルの部屋が少ないからであろう。その場合、部屋は分不相応の広くなる。王侯貴族のような気分になる。5人用のソファがある。クローゼットには、100着の衣類を収納できそうだ。灰皿も、5つもある。トイレに1個、小さな机に1個、大きな机に1個、洗面所に1個、トイレに1個ある。もっとも一人しか宿泊しないので、ほとんどの灰皿が綺麗なままである。いつも、新しい灰皿を使用できるのは、快適である。

 このような幸運に出会えるのは、4つ星以上の高級ホテルか、星のないホテルである。3つ星、2つ星の中級ホテル、ビジネスホテルではありえない。そもそも、シングルの客しか想定されていない場合が多い。倹約旅行か、少し余裕のある場合にのみ、このような幸運に出会う。

 それは、多くの素人の場合、ホテルの経営状況まで把握できないからだ。おそらく、年に何回もベルリンに滞在する人は、稀である。多くの旅行者にとって、数日の滞在期間しかない。

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ベルリンのホテルーー星についてーー事柄の不可視性

 4つ星ホテルがかなりサービスの点で優れていることは、言うまでもない。ただ、非常に優れている点は、ベッドの大きさにある。多くの4つ星ホテルは、かなり大きめのベッドを用意している。それに対して、3つ星ホテルの場合、かなり狭いベッドを提供している場合も多い。これは、経験上の事柄であり、必ずしもすべてのホテルに当てはまることではない。

 ただし、星の数の少ないホテル、あるいはそもそも星の対象にならないホテルのベッドが狭いともいえない。かって宿泊したフランクフルト郊外のホテルは、1泊3000円程度であり、風呂もなかった。ただし、天井は高く、ベッドも広いし、部屋も広かった。おそらく、星の対象外のホテルであったかもしれない。しかし、そのホテルは非常に気に入っていた。数週間宿泊したにもかかわらず、文句を言った記憶はない。数日後には、有料のシャワーを使用できたこともあり、かなり満足していた。

 ただし、3つ星ホテルに宿泊したときのベッドの狭さには閉口した。現地通貨で直接支払えば、2万円以上したにもかかわらず、かなりの不満があった。これは運なのであろうか。それとも、ベッドの大きさを確かめる術はあるのでろうか。ベッドの大きさ以外の点では、さすがに3つ星ホテルであった。朝食は素晴らしかった。しかし、ベッドの狭さがそれを帳消しにしている。

 この点からすれば、星の多さと宿泊料金の高さは宿泊の快適性とほとんど関係のないものでしかない。もっとも5つ星ホテルには宿泊したことはないし、これからもないであろうが・・・。

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ベルリンのホテルーー安い4つ星ホテル?ーー事柄の不可視性

 航空運賃価格は正規料金の場合、異常に高い。ベルリンー東京往復で60万円近くするはずである。しかし、多くの旅行者は高い時期でも20万円以下で、閑散期であれば10万円以下でエコノミークラス座席を確保できる。10万円であれば、正規料金のほぼ六分の一である。このような価格落差は、通常の商品であれば、ありえない。たとえば、日産の同一車種の新車自家用車の販売価格が、隣の店では、半額以下であるとは、誰も考えていない。せいぜい、数万円の値引きしか期待できない。

 この航空運賃と同様なことが、海外ホテルの宿泊料にも当てはまる。直接購入すれば、3万円以上の料金のホテルの部屋が、代理店経由であれば、1万円位で入手可能である。インターネット取引による数パーセントの違いなど、ここでは問題にならない。直接取引では、かえって高くついてしまう。代理店経由であれば、かなり安価に購入可能である。おそらく、一括してホテルの数室を押さえているのであろう。航空機の座席販売と同じ論理が貫徹されている。大口顧客に対しては、安く売るからである。

 本当の値段という概念がここでは、ほぼ崩壊している。適正価格という考えも同様である。すべては、市場の論理が貫徹しているだけである。問題は、この論理と日常論理がかなり乖離していることである。そして、多くの素人にとって、市場論理とは疎遠なままである。ただ、この論理によって、多くの日本人が欧州を安価な価格で旅行できる。しかし、この論理を多くの人は知ることがないというのも事実である。

 逆も真なり、もありうることは、肝に銘じていなければならない。

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ベルリンのホテルーー豚肉とイスラム教徒ーー差別?

 ベルリン、そしてドイツはハム、ソーセイジの本場である。世界的に有名なハム、たとえばシンケン、ザラミ等は、ほとんど日本語になっている。このような著名なハムの多くは、豚肉から作られている。この豚肉を忌避しているのが、イスラム教徒である。敬虔であるなしにかかわらず、彼らは豚肉、及び豚肉から作られたハムを見ることすら、忌避している。たとえば、日本人は豚肉に対してアレルギーはないが、ウサギの肉、蛇肉に対してあまりよい印象を持っていない。たとえば、食事のメニューに蛇肉しかないレストランには、あまり行きたがらないであろう。

 このような食事に対しては、各国の習慣、宗教的事情が絡んでいる。ベルリンの中級、高級ホテルでも事情は複雑である。多くの世界からの旅行者は、ベルリンのホテルでハムを食べる。そして、多くのホテルは宿泊客に対して朝食をかなり安価でふるまっている。しかし、その肉類、ハム類の多くは、豚肉から作らている。本当にうまい。

 しかし、多くのベルリンの中、高級ホテルの朝食の場所で、イスラム教徒をほとんどみかけることはない。もちろん、五つ星のホテルには宿泊したことがないが・・・。これは、差別であろうか。イスラム教徒は豚肉追放運動をすべてのホテルに要求することができるのであろうか。そのような要求は、滑稽である。ベルリンのホテルの朝食から、全ての豚肉製品をなくすということは、ドイツの文化を無くすることである。そのようなホテルの朝食をイスラム教徒が忌避するだけである。逆にいえば、ベルリンのホテル業者は、イスラム教徒の宿泊客を減少させている。結果として、イスラム教徒はホテルで朝食をとることはほとんどない。この結果を彼らは、別に悲しんでいるようにはみえない。

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ベルリン、その栄光と矛盾

 しばらく、ベルリンに滞在していました。多忙ゆえ、本ブログの更新もできませんでした。今後、折をみてベルリンの抱える矛盾を一旅行者の観点から考えてみます。ホテルに滞在していましたので、ホテルからみる政治、経済という観点も大事にしてゆきたいと考えています。

 もちろん、旅行者の目が中心になりますので、ベルリン住人からすれば、滑稽なものかもしれません。しかし、旅行者の目も違った視点になるかもしれません。

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近代の抽象的人間あるいは抽象性

 

具体的人間は、様々な差異を持っている。性、収入、年齢、遺伝子等すべての観点から、同一の人間は存在しない。にもかかわらず、なぜ抽象的人間という範疇を設定できるのか。近代はなぜ抽象的人間という概念を設定したのか。自由とい