『函館新聞』(2017年12月01日)掲載ーードイツ連邦議会選挙

「2017年のドイツ連邦議会選挙におけるAfDの躍進――政治学の錯誤と難民政策」という講演を函館フェロークラブ(2017年11月21日)で実施した。その講演内容が、『函館新聞』(2017年12月01日、15面)に掲載された。その記事を掲載する。
20171201

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AfDの躍進と難民政策――2017年のドイツ連邦議会選挙に関する政治思想的考察(その1)

AfDの躍進と難民政策――2017年のドイツ連邦議会選挙に関する政治思想的考察(その1)

                                  田村伊知朗

第一節 選挙結果

  2017年9月24日にドイツ連邦議会議員選挙が実施された。前回の選挙は、4年前の2013年に実施されていた。この選挙は、定期的に4年毎に実施される。慣例として、第一党が首班を形成する。投票日までは、CDU/CSU(Christlich Demokratische Union Deutschlands/ Christlich-Soziale Union in Bayern キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟)と、SPD(Sozialdemokratische Partei Deutschlands 社会民主党)が連立政権、つまり大連立を形成してきた。現首相アンゲラ・メルケルが、四選を目指していた。
  事前予想によれば、前者の得票が5.2ポイント減の36.3ポイント、後者の得票が3.2ポイント減の22.5ポイントであり、両者をあわせれば、58.8ポイントあるので、大連立の継続も可能という見方もあった。しかし、 前者が8.6ポイント減の32.9ポイント、後者が5.2ポイント減の20.5ポイントという歴史的敗北を喫した。 1   両者をあわせても、過半数ぎりぎりであった。
  CDUの得票率26.8%は、1949年の25,2%に次ぐ敗北であった。通常は、30%代であった。 2  CSUも、6.2%であり、1949年の5.8%以来の敗北であった。通常は、7~10%を維持していた。 3   今回の得票率は、戦後の混乱期つまり既成の支配政党の基盤が緩んでいた時期以来であった。
  SPDの敗北もまた、衝撃的であった。大連立に対する政党下部からの批判は、これまでにもあった。社会民主党は、選挙結果が判明した当日に、連立解消を発表した。この発表に対して、党首シュルツの演説を政党本部(Willy-Brandt-Haus in Berlin)において聞いていた下部党員は、大喝采をした。 4  選挙結果はこの政党の大敗北にもかかわらず、下部党員は党首の今後の政治的方針決定つまり下野を歓迎していた。この政党は、EU水準での社会民主主義という政治潮流に対する不信を払底できなかった。
  選挙結果は、CDU/CSUが第一党であり続けたことにより、メルケル首相が続投することを前提にした連立協議が始まった。連立政権樹立のための交渉対象は、FDP(Freie Demokratische Partei自由民主党)とGrüne(Bündnis 90/Die Grünen 緑の党)であった。CDU/CSUのシンボルカラー黒、FDPのシンボルカラー黄、Grüneのシンボルカラー緑の組み合わせは、ジャマイカ国旗の配色に似ているので、ジャマイカ連立政権と言われている。

第二節 政治学の敗北

  この選挙結果の主要論点は、既成政党の没落ではない。むしろ、右翼主義政党とみなされていたAfD(Alternative für Deutschland ドイツのための選択肢)の予想外の躍進であった。事前の予想では、第五党であったが、実際は第三党に躍進した。前回の選挙では、4.9%の得票率で議席を獲得できなかったが、今回は専門家の予想を超えた結果を示した。
 ユーロ救済策への反対を表明するために、2013年にベルリンで設立されたこの政党は、当初ユーロ離脱とドイツマルク再導入を第一義的政策に掲げていた。ギリシャ等への資金提供をドイツの利益に反するとしていた。当初の政党に対する評価は、ドイツマルクへの郷愁を持った高齢者中心の政党とみなされていた。この政党はEUの利益ではなく、ドイツ第一主義を掲げていた。その意味で、イギリス第一主義を掲げてEUから離脱したイギリス、アメリカ第一主義を掲げていたアメリカ合衆国と親近性を持っていた。むしろ、両者の先駆的形態であった。
  2014~2015年前後に、経済政策の転換を求めた集団は離党しており、反移民政策がその政策の中心になった。AfDは、メルケル政権によって推進されてきた難民・移民政策に対して拒否反応を示していた。今回の選挙において争点になった難民・移民政策は、ドイツ的文化の存立基盤的意味を問題にしていた。この政党は移民そのものには、反対していない。しかし、イスラム教独自の服装たとえば全身を覆う女性専用の黒色服を禁止しようとしている。配偶者の定義も、イスラム的文化圏と西欧的文化圏では異なる。前者において第二夫人が容認されているが、西欧において理念としては一夫一妻制を掲げている。このような難民・移民が厚遇されていた。対照的に、ドイツ人同胞たとえば屋根のない人々へのほとんど無慈悲な政策に対する批判である。批判というよりも、独自の文化を持つイスラムという価値観への民衆レベルにおける嫌悪感である。
  移民・難民への連帯という思想は、キリスト教を指導理念とするCDU/CSUによって担われていた。この会派は、世俗化したキリスト教の普遍的理念を党綱領に掲げている。メルケル首相は、2015年当時、無制限の難民受け入れを表明していた。しかし、この政策がAfDという政党の支持基盤を拡大した。
  選挙運動期間まで、この政党は過小評価されていた。事前予想によれば、AfDの得票率は9.5ポイントにすぎなかったが、結果的には12.5ポイントに増大していた。 5   この錯誤の原因をここで考察してみよう。まず、現代政治学の主要構成要素である世論調査の方法論的錯誤が、問題にされるべきであろう。世論調査の対象である社会的階層が、偏向していた可能性がある。世論調査は主として電話によってなされている。一般的に言えば、世論調査における電話回答率が、今世紀になって著しく下落している。アメリカ合衆国の世論調査の一般傾向について述べてみよう。1997年には、電話到達率は90%、回答率は36%であったが、2012年にはそれぞれ62%、9%に下落している。 6   この数字自体はほぼ後期近代において一般的であろう。もちろん、世論調査研究者は直截な電話調査によって得られた数字に様々な係数をかけて、政党支持率を提示するのであろう。しかし、集計された原初的な数字自体の正当性に対して疑問が付されている。
  第二に、電話による世論調査の対象者が、自らの政治的信条を正確に回答していない可能性も否定できない。この推定は、アメリカ合衆国大統領選挙において近年話題になったトランプ現象に基づいている。世論調査対象になった市民が、外面的にはトランプ不支持を表明しながら、内面的には支持していた現象と似ている。AfD支持を社会的に公言することは、右翼とみなされる可能性もあった。少なくとも、大学という空間でこの政党を支持することは、かなり危険性があった。電話調査に対して、正確な情報を提示しない社会的階層もあったであろう。
  第三に、この問題は世論調査の正当性だけではなく、政治学自体の正当性に対しても疑義を呈している。有権者の投票行動に対して、政治学はその選択肢に対する強度を考慮しない。本稿ではこれまで、この選挙における争点を難民・移民に対する選好を第一義的なものとしてきた。しかし、選挙における争点は単一ではない。今回の選挙の争点も、難民・移民問題だけではなく、CDU/CSU によって主張された欧州統合のさらなる進化、SPDによって主張された教育・家族制度改革、Grüneによって主張された環境保護政策の転換とりわけ石炭火力発電所の廃止、FDPによって主張された規制緩和と減税等多岐にわたる。しかし、政治学は、投票行動においてどの争点を有権者が選択するのかという問題を考慮しないし、できない。「事実上、多数決決定原理は、個人的選好の計算に基づいているが、投票者の選好を代表する強度を考慮できない」。 7  政治学が考察する事象は有権者の投票行動における結果であり、その決定過程ではない。争点すべてに対して網羅的に回答しようとする包括政党(CDU/CSU、SPD、FDP)と、ほぼ単独の課題に対してしか回答しようとしない専門政党(Grüne、AfD)に対する選択肢を考察するためには、選挙民の特定の政策に対する強度の差異が問題になるが、政治学はそれを学問的体系において位置づけることに成功していない。政党選択の過程において、どの争点が有権者にとって最重要であるのか、あるいはそもそも争点志向的に有権者が行動するのであろうか。政治学は、このような問題設定に対して解答できない。
  最後に、本事案に関して次の点が指摘されねばならないであろう。政治学を講じる大学教授、政治の現状分析を領導するジャーナリストが信仰する理念と、難民・移民と日常的に接触しなければならない庶民すなわち都市下層市民の日常感覚との間の齟齬が生じていたことである。後者にとって最重要の課題設定が、難民・移民問題にかなり傾斜していた。
  大学教授、政党指導者、職業的政治従事者、マス・メディア関係者は、難民・移民政策を人道的連帯という観点から考察していた。対照的に、庶民すなわち都市下層市民は、この問題を理念としてではなく、日常感覚として考えていた。その差異が、世論調査の結果を操作する方法論を間違った方向へと領導した可能性を否定できない。
  庶民すなわち都市下層市民は、アパートの隣室、公共交通機関、買物、外食等において難民・移民と接しなければならない。アパートの隣室において窓を開放したまま、祖国の音楽を大音量で戸外に響き渡らせ、電車のなかで体臭を漂わせ、1ユーロ店で傍若無人に振舞い、安い食堂においてドイツ人によって定義されたマナー違反を繰り返す難民・移民と日常的に接する機会は、庶民すなわち都市下層市民のほうが多い。彼らを注意したところで、馬耳東風に聞き流されるだけに終わるであろう。彼らはドイツ語を解さない。庶民すなわち都市下層市民は、その傍若無人に耐えるしかない。
  社会的エリートすなわち都市上層市民は、難民・移民と居住地域を異にしているし、自家用車で移動し、高級デパートで買物し、高級レストランで食事をとる。ドイツでは同一のデパート、レストランという概念において、購入者と利用者の社会的階層が明白に区別されている。彼らはその購買力に応じて、購入先と利用先を決定している。社会的エリートすなわち都市上層市民は、民衆レベルにおける日常的接触を経験することが少ない。また、小学校でも、旧来のドイツ人が多く通学する小学校と、難民・移民の多い小学校では、生徒の理解度が異なる。後者では、教科別授業の成立が困難といわれている。たとえば、社会科学系の授業をしようとしても、それはほとんどドイツ語の学習に費やされてしまう。前者と後者を比較するならば、平均的ドイツ市民は、前者を選択するであろう。
  このような人々の意識をAfDが代弁した。専門的な政治学研究者、ジャーナリストは、このような意識を無意識のうちに過小評価してしまった。社会的エリートすなわち都市上層市民は、庶民すなわち都市下層市民の日常的皮膚感覚の強大性を知覚していなかった。

第三節 難民政策の一端

  難民への厚遇の一端をベルリン市の事例に基づいて考察してみよう。「ベルリン市は、2016年に難民に対して総額、約11億ユーロが支出されている。それは、予定された予算よりも、4.6億ユーロも多い」。 8    もっともそのうち、4.15億ユーロは、連邦政府によって負担されているが、ベルリン市民の租税負担に対する意識は、厳しいと言わざるをえない。
  ここで難民・移民の生存権に対する具体的配慮の一例として、難民専用住宅についてふれてみよう。この住宅設備は、ベルリン市ではマールツァーンに建設された。「2017年1月31日以来、最初の難民がマールツァーン・ヘーラースドルフ区ヴィッテンベク通りに建設された新規の集合住宅に移住してきた。ベルリン市における難民専用の集合住宅形式として建設された最初の居住複合体が、それによって形成された」。 9  この地域は旧東ベルリンの東北部の新興住宅地であった。1970~80年代には、高層住宅が多く建築された。東西両ドイツ統一以後、多くの貧困者とりわけ移民が多く居住した。
  マールツァーンは、1920年になって初めてベルリン市に編入された。それ以前は村であった。 10   したがって、老人のベルリン市民にとってこの地域は、ベルリンの辺境という意識が強かった。ナチス時代には、この地にはジプシーの収容所が建設さていた。東ドイツ時代の末期に高層住宅が建設されたことによって差別意識は弱体化したが、旧西ベルリン市民にとってこの地域が辺境であることには変わりはない。ここに難民専用住宅が建設されようとしている。ベルリン市民にとって、辺境あるいは異郷という意識が支配的かもしれない。
  この区画において難民専用住宅が建設されることによって、同一人種たとえば、北アフリカ系、中央アフリカ系難民の民族別、使用言語別に、集合住宅が建設される。海に浮かぶ島のように、彼らの文化的同一性がドイツの文化的同一性のなかに形成される。彼らがドイツという広大な海に溶解するためには、数十年以上がかかるであろう。彼らが第一世代から第二世代、第三世代に移行したとしても、融和は困難であろう。親族、知人が彼らを頼り、次々に祖国からベルリン市に来ることが予想される。その先例が、ベルリン市民には意識化されていたからである。
  その先行事例として、ベルリン市ノイケルン区に目をむけてみよう。ベルリンの壁の南側に位置しているこの地域は、旧西ベルリンそして統一ベルリンの区を形成している。ここでは、ドイツ人ではなく、トルコ系、イスラム系人種が多数派である。1960年代から継続している移民が、ベルリン市ではこの地域に集中していた。ベルリンの壁の崩壊以前は、壁に面した地域の地価が低下していたからである。「ノイケルン区は移民の街である。ドイツ国籍を持たない住民は22%である。かつて移民であったドイツ国籍取得者の割合は、約33%である」。 11   全住民の過半数が移民あるいは移民の子弟である。
  したがって、住宅価格と家賃価格が安く、外国人に優しい街である。四つ星ホテルの宿泊価格でさえ、ベルリンの伝統的中心街と比較すればかなり安価である。しかし、ドイツ的なものを体験することは、まれである。地下鉄の駅たとえばノイケルン市庁舎駅周辺から次の駅までの通りには、トルコ系、イスラム系飲食店が途切れることはなく、連綿と連なっている。旅行者がドイツ的なものを体験するためには、裏通りのキリスト教の教会周辺に行くしかない。この周辺では、さすがにムスリム的なものは排除されている。
ただし、旧西ベルリンの高級住宅地に比べると、この地域の治安は悪い。ノイケルン区において生じた事態が、マールツァーンにも生じるのは自明であろう。この地域の住民は、明白に建設反対運動を組織している。 12 
  また、難民申請者用の仮設空間にも言及してみよう。申請者の暫定的居住のために、ベルリン市ではベルリン・テンペルホーフ空港に仮設空間が設けられている。 13 この空港は戦前の代表的空港であったが、戦後廃港になっている。旧西ベルリンの主要空港はテーゲル空港になった。ここに難民申請者用の仮設空間が建設された。東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故以後、多くの双葉町等からの避難民が、体育館でかなり長期間避難生活を余儀なくされた。そこでは段ボール箱によって区切られた空間で、多くの日本人が居住していた。それと比較して、この仮設住居は天国のように映る。壁の高さは、3メートルをはるかに超えている。
  申請審査期間はかなり長期にわたる。「難民申請の記録と同時に、難民申請者は収容施設に受け入れられる。それが彼らにとって宿泊施設であり、すべての必要物が供与される。収容施設における宿泊の長さは、早くとも6週間から、遅くとも6か月かかる」。 14 その間小遣いをもらい、医療施設無料使用証明書等を使用できる。とくに、治療目的のため、東欧、南欧からの難病患者が、この申請制度を利用している。難民申請が却下されることを前提にして、自国では治療不可能な医療行為を目的にしている。難民・移民のための滞在費用の負担が増大し、最終的に市民の租税負担が増大する。
  このような難民と旧来からのドイツ人との文化的溝と摩擦は、庶民すなわち都市下層市民には切実になるであろう。投票行動においてこの日常的な文化的摩擦が、より大きな役割を演じた。しかし、キリスト教人道主義を展開しようとしている社会的エリートすなわち都市上層市民は、このような皮膚感覚を理解しようとしない。ドイツで生じている分裂は、重層化している。ドイツ人と難民・移民の対立だけではない。庶民すなわち都市下層市民と社会的エリートすなわち都市上層市民の間の矛盾も拡大している。


1 Vgl. Bundestagwahl 2017. In: https://bundestagswahl-2017.com. [Datum: 15.10.2017]
2 Vgl. CDU. In: https://de.wikipedia.org/wiki/Christlich_Demokratische_Union_Deutschlands [Datum: 15.10.2017]
3 Vgl. CSU. In:
https://de.wikipedia.org/wiki/Christlich-Soziale_Union_in_Bayern[Datum: 15.10.2017]
4 Vgl. Bundestagswahl 2017: Statement von Martin Schulz nach der Wahlniederlage am 24.09.2017. In: https://www.youtube.com/watch?v=HLJ_YJmQABQ[Datum: 15.10.2017]
5 Vgl. Bundestagwahl 2017. In: https://bundestagswahl-2017.com. [Datum: 15.10.2017]
6  Vgl. Hrsg. v. Pew Research Center U.S. Politics & Policy: Assessing the Representativeness of Public Opinion Surveys. In: http://www.people-press.org/2012/05/15/assessing-the-representativeness-of-public-opinion-surveys/. [Datum: 15.11.2017]
7 C. Offe: Politische Legitimation durch Mehrheitsentscheidung? In: Hrsg. v. B. Guggenberger u. C. Offe: An den Grenzen der Mehrheitsdemokratie. Politik und Soziologie der Mehrheitsregel. Opladen 1984, S. 167.
8  Milliarden Euro für Flüchtlinge in Berlin ausgegeben. In: Berliner Zeitung, 20.01.2017. In: http://www.berliner-zeitung.de/25582774. [Datum: 04.04.2017]
9 Erste Unterkunft in modularer Bauweise in Marzahn-Hellersdorf fertiggestellt Pressemitteilung. In: Bezirksamt Marzahn-Hellersdorf vom 27.01.2017. In: https://www.berlin.de/ba-marzahn-hellersdorf/aktuelles/pressemitteilungen/2017/pressemitteilung.555439.php. [Datum: 04.04.2017]
10 Vgl. Berlin-Marzahn. In: https://de.wikipedia.org/wiki/Berlin-Marzahn. [Datum: 24.11.2017]
11 Hrsg. v. Bezirksamt Neukölln von Berlin. Abt. Jugend –Jugendhilfeplanung: Nationalitäten in Neukölln- differenziert nach Altersgruppen und Statistischen Gebieten. In: http://www.neukoelln-jugend.de/daten/nationalitaeten.pdf. [Datum: 04.04.2017]
12 Vgl. Demos gegen Flüchtlingsheime: Proteste in Hellersdorf und Buch Demos gegen Flüchtlingsheime Proteste in Hellersdorf und Buch. In: Berliner Zeitung, vom 14.11.2017. In: https://www.berliner-zeitung.de/127354. [Datum: 24.11.2017]
13 Vgl. Flüchtlinge in Berlin-Tempelhof Alle Hangars sind belegt. In: Berliner Zeitung vom 01.03.2017. In: http://www.berliner-zeitung.de/25941492. [Datum: 04.04.2017]
14 Hrsg. v. Willkommenszentrum Berlin: Asylverfahren, In: https://www.berlin.de/willkommenszentrum/ankommen/asylverfahren/. [Datum: 04.04.2017]

付記1 本稿は、2017年10月24日 に函館日独協会において開催された講演「2017年のドイツ連邦議会選挙――AfDの躍進と難民政策」の資料に基づいている。

付記2 本稿は、『公共空間X』に転載されている。

http://pubspace-x.net/pubspace/archives/4551


               
たむらいちろう(近代思想史専攻)

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ベルリン旅行者(11)ーー生活習慣の差異

ベルリンに関する記事をまとめるため、8月11日に変更する。

20171001

 2017年9月中旬からベルリンにいた。滞在したホテルは、地下鉄の駅から、20-30分の距離があった。公共交通機関の使用困難性からか、異様に安い値段であった。現在のユーロ高の現状でも、6000円前後であった。100円で計算すれば、1泊4000円代であった。もっとも、私は主要駅に通じるバス路線を知っていたので、案外便利であることを承知していた。
 このホテルは、最近建設されたにもかかわらず、鍵はドイツそして欧州の伝統的な形式を採用していた。通常のホテルは、鍵に電子情報を入力して使用する鍵形式を採用している。この鍵の開け方をわからず、ホテル従業員をわづらわせた。欧州の鍵は、開けるときに、右手で時計回りに2回まわして、最後に左手で引きながら、すこし捻じるようにあけねばならない。そのコツを忘れていた。日本の鍵は、開けるときに時計と反対回りに1回ほど回すだけである。このように、日常空間の間で、ドイツと日本では差異がある。この差異は、若者であれば、簡単に克服でるのであろうが、還暦の老人には、かなり困難であった。
 このような差異を前にして、半年ほどドイツに滞在する計画を持っている。どのようにするのか、楽しみであると同時に、恐怖でもある。聞いた話では、日本の有名な大学教授が、1年ほど大学行政の功労によってドイツに滞在していたようである。しかし、彼は順応できず、半裸で公道で奇声を発していたようである。友達も存在するはずもない。このような大学教授の話をきいていると、ドイツに滞在することも考えようかもしれない。

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ベルリン旅行者(十)ーー公共交通つまり鉄道、歩行そして飛行機

 20170810

  日本の鉄道、とりわけ新幹線は気候変動を別にすれば、ほとんど遅延することはない。しかし、欧州の特急列車は遅延することがままある。欧州の優等列車の多くが、国境をこえて運行されているためでもある。しばしば利用するローストック発ベルリン経由、スイスバーゼル行きの列車などは、短いほうかもしれない。
  10分、20分遅れなどアナウンスを聞いてから、駅のホームを移動すればよいであろう。とりわけ、ライプチヒ中央駅などの行き止まり式の場合、ホームがころころ変化する。大慌てに行く必要はない。乗り継ぎの列車に間に合わないことはない。待ってくれている。しかも、ドイツ鉄道に遅延の原因がある場合、たとえ乗継列車に乗れなくても、切符は有効である。問題は割引チケットの場合である。できれば、割引料金ではなく正規料金(ノルマールプライス)のほうが、自己都合で遅れても、後続列車に乗車できる。ちなみに、鉄道料金は2日前に購入するとかなり安くなる。バーゼル・ベルリン間の一等車の正規料金は、250E、二等車は150Eであるが、2日前では、150E~160Eと二等車並みの料金になる。備忘録として記しておきたい。一等車では、様々なサービスがある。食事も食堂車に行かなくとも座席でとることができる。新聞も読み放題である。トイレ等も比較的綺麗である。

  2015年9月27日にハレからライプチヒ経由で、ベルリンに行こうとした場合、いそいで乗継特急列車にのろうとして、すでに発車していた列車に乗ろうとした。もちろん、駅員に警告された。「危ない」。当然であろう。乗継列車がすぐに発車することはない。この乗継は、ドイツ鉄道の正規の情報ーーつまり切符を購入するときに、切符販売員が指示した切符に基づいている。堂々とすべきであった。

また、ドイツでは、動力化されていない個人交通、つまり徒歩、自転車走行への配慮が行き届いている。自転車道が整備されている。この自転車道は、歩道を削って設置された場合が多い。歩道と自転車道は近接している。ボーっとしていると、かなり危険である。40キロ前後で走行している場合もおおい。

  最後に、飛行機搭乗に関して述べてみよう。搭乗手続きは航空会社、ドイツでは主としてルフトハンザが代行している場合が多い。当然のことながら、エコノミーとビジネスは分離されている。しかし、ドイツ警察によって運営されいる手荷物検査の終了時間が迫ると、それも無視される。しかし、多くの日本人はエコノミーの窓口に並んでいる。しかし、東欧人等はそれを無視して手荷物検査を受ける。馬鹿正直に並んだ日本人が、手荷物検査に間に合わなかった。クレイムを言っていたが、後の祭りであろう。ドイツ警察は、乗客の不便等には関心がない。荷物検査だけを担当している。

  手荷物検査では、日本とことなり電子辞書もコンピューター扱いされる。鞄からそれを抜き出さねばならない。それを忘れて、ひどい目にあった。しかも、ドイツ語で皮肉をいったので、危うく別室に連行されそうになった。素晴らしい仕事ですね、と言った記憶がある。明らかに皮肉であり、検査官が激怒した。ドイツ語がよくわからないといって、難を逃れたが、冷や汗ものであった。つくづく、ドイツの治安維持は、日本と異なり厳格にならざるを得ないとおもった。移民政策の副産物である。


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ベルリン旅行者(九)ーー関係性と街の変化ーー原点は消滅している

  20170809

  ベルリンの街を歩く。この街を30年ほど歩いている。街自体が変化している。1989年のベルリンの壁崩壊という巨大な世界史的変換を別にしても、日々変化している。数年間贔屓にしていたレストランが、別の店に代わっていたこともあった。ヴィーナーシュニツェル(とんかつに似た食べ物)のうまい店があり、1週間に一度はは行っていたが、この春行ったときには、もはやなかった。私の贔屓の店は、安価でかつ静かな空間があった。喧噪とは無縁の店であった。もっとも、その評価が消滅することを意味している。

  また、店自体は残っていたが、取り扱い商品が無くなっていたこともあった。ECCOというブランドの靴を愛用していたが、ベルリンのその店では、もはや取り扱っていなかった。最近のことである。DDR(東独)時代の商品はもはや購入不可能であることは、自分では納得している。30年前の商品がないのは、当然である。しかし、数か月前まで陳列しており、毎年購入していた商品が販売停止になることは、想定していなかった。同様なことが文具にも生じている。エリーゼというブランドのボールペンを愛用しているが、その替え芯を購入しようとした。しかし、そもそもそのブランドを生産していた会社自体が消滅したようである。ネットでは、その替え芯を含めて、数万円の値段がついてる。喜ぶべきか、悲しむべきかわからない。ちなみに、「オンライン」というブランドも使いやすいが、やはりラミーの方が日本でも購入しやすく、文具はラミーをほぼ独占的に使用している。
  さらに、自分自身の変化、あるいは為替関係の変化による変化、つまり主体の側の変化もある。旧西ベルリンには、大都会という老舗の日本料理店がある。そこでは、最低30ユーロほどを使用しなけばならない。このごろは、ユーロ高つまりバカノミックスによる円安によって、4-5千円の日本円を使わざるをえなくなった。しかも、貸し切りの場合もあり、使いづらい。今後は贔屓にできなくなった。むしろ、寿司バーがベルリンに多く出店している。そこの方が、安価で満腹になる。

  また、人間そのものが死んでしまった場合もある。1960年代に渡独し、以後半世紀にわたってベルリンに居住した知人が、この春死亡した。3月に私が渡独した時には、元気であったが、数か月後に、死亡した。渡独するたびに、彼の住居を訪れていた。この夏にベルリンに行った時には、もはや彼の住居はないであろう。

 思想史としてマルクスの思想を討究することも、ほとんど無意味であろう。マルクスのドイデの一節を討究することは、共産主義論とは全く関係がない。マルクスは19世紀の政治状況に拘束されている。その状況がまったく変化していることを無視して、マルクスの思想を現代に適用することは無意味であろう。よく原点に帰れといわれる。しかし、原点と現時点とは関係がない。

  もっとも、私自身は変化することを想定していない。私もまた数年後には、今の職場から追放される。しかし、実感はない。永遠の職場のような気がする。
  

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ベルリン旅行者(八)ーー前泊ホテルと成田発着便

  20170808

  地方在住者は、海外旅行に行く場合、前日に宿泊をよぎなくされる。成田空港および羽田空港周辺には、多くのホテルがある。できるだけ、空港に近く、安価なホテルが望まれる。

  ホテル前泊の理由は、午前中の便であれば、地方の朝一便でも、ほぼ間に合わないからである。もちろん、最近では、25時羽田発フランクフルト・アム・マイン行き等の西欧便にのれば、午前中にフランクフルト・アム・マインにつく。地方在住者にとって朗報ではある。しかし、如何せん、高価である。
  逆に、午前に成田発の欧州便はより安価になっている。狙い目である。羽田発欧州便が認可されて以降、成田便は不便であるという認識が、広まったし、実際そうであろう。とくに、中東経由(イスタンブール、アブダビ)、アジア経由(北京、シンガポール)等の成田発着便は、かなり安価な航空券を入手可能である。

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ベルリン旅行者(七)ーー自己の状況の確認ーー職場、博士論文

  20170807

 外国に滞在すると、かなりの日常意識から解放される。拘束されていた日常意識を、対自化することも可能であり、そうなる場合もおおい。
  とりわけ、職場からの解放はおおきい。サラリーマン、労働者は、有能であればあるほど、会社の理不尽な命令とりわけ道徳的、法律的不法を行使しなければならない。自らの欲望を犠牲にすることもままあるであろう。家族の行事と職場の命令を天秤にかければ、後者の方が重いであろう。
  私も、そのような環境にいた。しかし、自分の研究を犠牲にしてまでも、所属組織に義理を感じる必要はないであろう。私は、自分の研究を市民公開講座として開放してる。もちろん、新聞社等にも連絡している。それだけでも、かなり貢献している。もっとも、その報酬はまったくない。新聞社に媚をうっていると、あからさまに批判されたこともある。とくに、読売新聞社の専務と仕事をしているとき、次のようにいわれた。「俺は、朝日新聞と赤旗しか読まない」と。もちろん、私が問題したことは、どの新聞社でもよい。職場の名前がでれば、少なくとも所属企業にとってはよいことである。宣伝効果を考えたことはない御仁の発言であろう。読売新聞のすべての編集方針が正しいとはおもわない。しかし、名前が出る効果は考えるべきであろう。

このような大学に忠誠心がだんだんと無くなってきた。2014年開校した新学科に対して、並々ならぬ時間と精力を使った。しかし、その報酬は無であった。深夜まで労働させられた。にもかかわらず、残業代すらなかった。昇給もなかった。だんだん、自分の研究を犠牲にしてまで、奉仕するという精神は減少した。

  いま、趣味として路面電車の研究に従事している。老後の趣味として、設定したが、かなりの研究時間と研究費を費やしている。それも、趣味の領域に戻そう。しかし、本にまとめねばならない。


 このような認識に至る条件として、職場あるいは日常的人間関係から断絶されていることとならんで、持ちものが少ないことが挙げられる。持ち物は、20キロに制限されたトランク一個だけである。かつての高僧が誇っていた起きて半畳、寝て一畳よりも少ない。もちろん、ホテルという空間を占有しているが、自分のものという意識は少ない。トランク一個に、数週間分の衣料品と文具が入っているだけである。自己の所有物という意識から解放されている。すべての空間は、そのとき占有しているだけである。
  しかも、生活は規則的である。朝食料金を支払っているので、朝飯を8時ごろ摂取する。したがって、12時以降に就寝時間がずれ込むことはない。11時ころから、就寝の準備を始めるという極めて健康的な生活をおくる。食事の準備、掃除等の用務から解放されている。自省する時間が増える。
  


201708010

 自己の状況の課題を発見することは、海外旅行の目的の一つである。最近、気が付いたというよりも、忘却していたと言ったほうがよいであろう。教授資格論文を執筆していない。どうするのか。論文はまだ、執筆していない。もし、交通論で書くのであれば、ハレ新市で書くのが筋かもしれない。その場合でも、「文献目録」が必要である。文献目録を整備しなけばならない。

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ベルリン旅行者(六)ーー完全性への諦念ーー食事とドイツ語

  20170806

  外国にいると、私が日本人であるという意識を持たざるえない。その国の風習、しきたり、そして言語を未収得であるからだ。レストランで食事をしていても、その意識を持たざるをえない。多くの東洋人は、パンと、肉、チーズ等を別々に食べている。しかし、西欧人、そして東欧人もパンの上に、それをのせて食べている。食事の形態からも、東洋人であることがわかる。
  もっとも、西欧人のなかでもこの風習を覆す人がいることも事実ではある。あるフランス人は、そもそもパンを食していなかった。一つのさらに、スクランブルエッグ、ハム(薄い生ハム)、チーズ、そしてバターを入れる。肉と卵と乳製品だけの食事である。しかも、たっぷりとバターを5-6切れほどを入れている。エネルギーたっぷりの食事である。精力満点であろう。このような中年フランス人の夜の生活を想像して、楽しくなった。
  人種だけではなく、年齢の問題もある。若い時代であれば、100グラム、200グラムの肉を食べることも問題なかった。しかし、還暦を迎えようとする場合には、無理である。その場合、レストランで、スープと野菜サラダだけでもよいであろう。とくに、ドイツのサラダは、非常に分量がある。それだけも十分である。付け合わせのサラダではない。別注文のサラダであれば、十分である。また、肉が少しくいたければ、屋台のハンバーガーで十分である。パンも若いときには、黒ライ麦パンを常食としていた。しかし、歯が丈夫でなくなった今では、クロワッサンのほうが食べやすい。黒パンの端をナイフできり、端をすてることもできるが、少し面倒である。クロワッサンの上に、チーズと生ハムをのせると、至福の時間を享受することができる。小さな焼ソーセイジも美味である。
 また、ドイツ語の発音もどこかおかしい。発音が完璧であろうと、イントネーションがどこかおかしい。また、構文自体も文法的には完璧であったとしても、コンテキストにおいてどこかドイツ語として変である。
  ドイツに住むドイツ人と同じドイツ語を話す必要は、ない。所詮、数週間滞在する旅行者である。その限定で、ドイツ語をしゃべればよい。極東から人間として、外国語をできる範囲で話し、そして書ければよい。そのような諦念をもつことも重要であろう。ドイツ語研究者、通常はドイツ文学研究者がドイツ語をどれだけ話せるかも疑問である。文法書に忠実である必要はない。そもそも、大学教育や学問的世界の合理性、完璧性を日常世界において実現できると考える方がどうかしている。そのような精密性を生活世界に求めるとき、人は発狂せざるをえない。無菌状態に関する議論も、そのような精神状況から生じているのであろう。ドイツ人は、図書館では靴下のまま歩きまわる。鉛筆、ノートを床に落としても、塵紙で拭く人はいない。また、駅の列車の通路に座り込んでいる人も多々いる。それでも、彼らが病気になったという話を聞かない。

  ただし、それも限度がある。ベルリンの長距離電車は、「中央駅」、「東駅」そして「南十字駅」から出発するか、それを経由している。タクシーで行き先を告げたとき、「南」と言ったつもりであったが、「西」と言ってしまった。数分後に気が付いたが、かなり時間と金銭を消費してしまった。また、「9月」と言ったつもりが、「11月」と発音していたこともあった。ハレ中央駅で、2015年9月25日に、翌日のベルリン行きの切符を買うときであった。すぐ気が付いたが、大笑いされた。こちらは、緊張していて笑うことすらできなかった。時間、方角、数字は、原初的言語に属している。それゆえ、学術文書にはほとんどでてこない。しかし、日常用語では頻出単語である。

  私自身が老いている。加齢とともに、単語がでてこない。ドイツ語だけではなく、母国語ですらそうである。況や、外国語においてをや。苦笑するしかない。苦笑で済めばよいが、金がかかっている場合には、大変なことになる。どうしようもないこともある。まさに、孤独というよりも、途方に暮れることが多い。

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ベルリン旅行者(五)ーー煙草という幸福追求権

  20170805


 ベルリン旅行つまり西欧に旅行する楽しみの一つは、日本で購入できない品物を購入することにある。とりわけ、関税がかかる商品、酒、タバコ等が、それにあたる。
  ところで、西欧では現在、煙草のパッケージにグロテスクな写真をはりつけ、その購入意欲を阻害している。ドイツだけではない。フランスでもそうである。おそらく、EC加入国家のすべてがそうであろう。しかし、自動車は人間を殺し、障害者にする可能性を持っている。自動車の車体に、ひき殺された人間の写真をはるべきでろあう。
  いずれにしろ、あのグロテスクな写真を貼った煙草を購入しようとはおもわない。今後は、馬鹿げた規則を設定したEC以外の国々を訪問あるいはその国の空港をトランジット空港にしよう。
 
 2016年10月
 この時期には、このグロテスクな形態が法制化されていた。しかし、フランクフルト・アム・マインの免税店には、まだ在庫があった。馬鹿な私は、2017年3月に、フランクフルト・アム・マインではなく、パリ経由で帰国することにした。パリでは、もっと悲惨になっていた。ドイツでは、かろうじて煙草のパッケイジの一部がのこっていたが、フランスでは統一パッケイジであった。ここでも、購入することはできなかった。馬鹿な選択肢であった。この変換は、欧州共同体の決定に基づいてる。喫煙者という少数者の幸福追求権は、多数者の完全性の追求つまり健康な身体を維持するというパラノイヤによって侵害されている。


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ベルリン旅行者(四)――言語能力によって階層化された労働者階級――その例外

20170804 p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;">20140311 ドイツのホテル労働事情(一)――言語能力によって階層化された労働者階級

 ドイツにおいて、多くの老舗ホテルがその名称の変更を迫られている。地場に根づいてきたホテルが、全国あるいは国際的に展開するホテルチェーンの傘下に入っているからだ。そのため、労働者階級も複雑に階層化され、分断化されている。もはや、労働者階級という言説が、死語となっている。未だにこの概念に固執するものは、カルト集団とみなされるであろう。以下の言説において、ホテルチェーン総体と、ホテル(たとえば、ベルリンにある一個のホテル)という概念区別を用いる。

 ところで、全国展開されているホテルの労働者は、その言語能力によって下記のように階層化されている。

(1)英語あるいはフランス語しか理解しない。多くのホテルは、フランス系資本、たとえばアコールホテル・グループに統合されている。この領域において、フランス資本は欧州において想像を絶するほど強大である。

(2)英語とドイツ語を理解する。ベルリンにおいて支配的言語は、ドイツ語である。

(3)ドイツ語しか理解しない。

(4)ドイツ語とスラブ系言語を理解する。

(5)スラブ系言語しか理解しない。ドイツのホテルにおいて、最下層の労動力、たとえば清掃労働等は、スラブ系あるいはギリシャ系労働者によって担われている。

(1)(2)(3)(4)(5)の順に階層化され、指揮命令化にある。報酬もその秩序に対応している。(1)の人間が最高の命令権を持ち、最高の報酬を獲得する。(5)の人間は、年金賦与権すら怪しい。日本でいえば、派遣労働者に近い存在であり、そもそもこのホテルに帰属しているという意識を有していない。

(1)この階層に属している人間は、ホテルチェーンの本部に属している。彼らは、当該ホテル、たとえばベルリンのホテルの最高責任者である。彼らは、英語あるいはフランス語しか解さない。欧州であれば、ドイツだけではなく他の国でも勤務する可能性がある。チェーン本部に対して責任を負う。

(2)この階層に属している人間は、英語とドイツ語を理解する。英語によって、(1)の人間の命令を(3)(4)(5)の人間に伝達する。但し、(3)の人間を介してである。また、ホテル業界という特殊性から、彼らの労働能力がとりわけ必要とされる。顧客の多くは、英語しか理解しない場合が多い。このホテルにおいて上層に属している。このホテルに対して、帰属意識を持つ。

(3) この階層に属している人間は、ドイツ語しか理解しない。ただし、彼らが、このホテルの実質的仕事を担う。食料等の物資の調達、監督官庁との折衝等は、ドイツ語を介して実行される。契約書はドイツ語で書かれている。

(4) この階層に属している人間は、ドイツ語とスラブ系言語を理解する。この階層の人間は (3)の人間の命令を受けて、(5)の人間の労働を監督する。ここまでが、このホテルに属しているという意識を持つ。

(5) この階層に属している人間は、スラブ系あるいはギリシャ系言語しか理解しない。したがって、文書を介した労働には従事しない。客室清掃等の単純労働に従事する。(4)の人間の命令を受けて、労働をする。その労働は(4)によって点検される。不備があれば、やり直しである。この労働は規格化され、交換可能である。彼らは毎日この労働に従事することは、まれである。

 

 従来の労働者階級は(5)によってイメージされていた。しかし、(1)(2)(3)(4)の人間もホテルを経営する際に、必要である。清掃労働だけでホテルが経営されていると考える学者は、もはやいない。労働者階級という言説が、その言語能力によってバラバラに階層化されている。清掃労働者にとって、英語とドイツ語を解する労働者を自分の仲間であるという認識はない。

 

 この意味はそれだけにはとどまらない多くの論点を含んでいる。本日は階層化された労働者階級という論点だけを押さえておこう。

20140311 ドイツのホテルにおける労働事情(二)――言語能力によって階層化された労働者階級――その例外

数年前、以下のようなブログ記事を執筆した。それは、本日執筆した文章と全く異なっている。概略的に言えば、本日のブログは、

(1)英語しか理解しない。(2)英語とドイツ語を理解する。(3)ドイツ語しか理解しない。(4)ドイツ語とスラブ系言語を理解する。(5)スラブ系言語しか理解しない。」という(1)~(5)の階層分化を前提にしている。しかし、チェーン店に属していない小規模の老舗ホテルの場合、

(2)英語とドイツ語を理解する。(3)ドイツ語しか理解しない。」という階層分化を前提にしている。このような例外的なホテル労働現場もある。2007年のブログ記事は、このような例外的なホテルに滞在した経験に基づいている。ここでは、清掃業務もまた、ドイツ人労働者によって担われている。それゆえ、その仕事も画一的ではなく、また臨機応変になされる。また、部屋の清掃に関して、ホテル顧客の細かな要求にも対応できる。

このようなホテルもまた、例外的には残存している。強固な顧客網に支えられた伝統的ホテルに当てはまる。少なくとも、戦後すぐ、あるいは戦前からの伝統を持つホテルに当てはまる。地方都市、とりわけ人口数万程度の都市であれば、このようなホテルに滞在することも可能である。そのようなホテルを筆者もいくつか知っている。とりわけ、1週間以上滞在する場合には、とりわけ快適である。清掃労働者と会話を交わし、冗談も言えるからだ。クリーニング等も外注されず、そのホテルで完結している。

このようなホテルは、今後生き残れるのであろうか。

 

 

20071015 ベルリンのホテルと日本のホテルの差異――労働条件の差異

 

ベルリンのホテルと日本のホテルとの差異を論じてみよう。もちろん、同程度、三つ星、あるいは二つ星程度の筆者が宿泊したホテルとの差異である。超高級ホテルとビジネスホテルのサービスの差異を論じても仕方がないからである。また、その知識も筆者の体験に依存している。普遍性はほとんどない。

この両者の差異を論じるに際して、労働条件が問題になる。ドイツにおいて、基本的に年金のない労働は存在しない。あるホテルにおいて労働する労働者は、そのホテルに対して帰属意識を持つ。それにたいして、日本の場合、ホテルの中枢的労働、つまりフロント業務、営業等を除いて、多くの場合、派遣労働、パートタイム労働等の低賃金労働に依存している程度が高い。

それに対して、ドイツの場合フロント労働者と同様な年金つきの労働者が多い。もちろん、賃金の差異は職種に応じてある。しかし、同一の企業体に属するという帰属意識は同一である。

ところで、以下は全くの体験に依存している。ドイツのホテルに宿泊した日数も、日本の場合よりも多い。しかし、日本のホテルに宿泊した場合よりも厭な体験をした回数はすくない。最近も日本のホテルに宿泊したときにいやな体験をした。朝食のトマトジュースの中に、紙パックの蓋が入っていた。単純なミスである。しかし、このような単純なミスをドイツのホテルで体験したことはない。

その理由として、労働の在り方に関する両国の差異があるのであろうか。それとも、日本人はドイツ人に比べて勤勉ではなくなったのであろうか。私の個人的見解では、両者の勤勉性について差異はないであろう。

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