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田村伊知朗への連絡方法

 

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近代思想史という学問――近代交通思想史という学問の構築ーー近代政治思想史と近代社会思想史

近代思想史という学問――近代交通思想史という学問の構築、そして政治思想史と社会思想史

 

 大学の講義科目において近代思想史という科目がある。おそらく、慶応義塾大学他、少数の大学でしか開講されていない。通常は、社会思想史、政治思想史、経済思想史等の科目が開講され、近代思想史という科目が開講されていることは少ない。また、開講されていても、社会思想史、政治思想史、経済思想史等の研究者がその科目を担当している場合も多い。既存の科目名称と代替したとしても、問題は生じないであろう。内容も大同小異である。デカルト、スピノザ、ヘーゲル、マルクス等の近代思想史において巨人とされている思想家が、時代順に講義の中で取りあげられている。もちろん、科目名称によって、あるいは講義担当者の専門の差異によって、取り扱かわれる思想家に関する取捨選択はある。経済思想史であれば、アダム・スミスやマルサスを除外することはありえないが、政治思想史であれば、まったく言及しないことも稀ではない。

 いずれにしろ、近代思想史が、近代思想の歴史であることは、ほとんど疑われることはないであろう。しかし、この科目を近代に関する思想史と解釈すれば、かなりの困難が生じる。近代とは何かについて、科目担当者が考察することになる。近代という時代精神を大学教授が自らの有限な知識を動員して、考察しなければならない。このような作業を実行すれば、例えばヘーゲルの哲学に相似した時代精神を体系化しなければならない。筆者もまた、このような科目を設置したことがある。地方国立大学、とりわけ教育学部では、科目の新設は科目担当者の裁量に任されている。英文法担当者であれば、変形生成文法概論という専門科目を新設し、チョムスキーの理論を30回にわたって講義することも可能である。他の教員、例えば自然科学の専門家は言語学に関して無知であり、その内容を想像することはできない。このような職場環境の中で、筆者も近代思想史を新設し、近代に関する思想を体系化しようとした。しかし、結局、ヘーゲルの哲学体系を中心にした思想を講義しただけに終わった。あるいは、別の年度では、社会思想史に似た思想家の思想を順に講義しただけであった。近代思想史を近代社会思想史に代替しただけで終わった。近代という数百年の歴史を15回の講義で体系化することは、有限な人間には不可能であった。

 そこで、近代という時代精神の一側面、交通という部分領域に限定して、近代交通思想史という科目へと変更した。近代という時代精神を考察することを断念し、その部分領域を討究することになった。筆者が本邦で初めて、近代交通思想史という専攻する研究者になった。ドイツでは、このような研究家は少数ながら存在しているが、日本では皆無であろう。また、大学の講義科目においてこのような専門科目を、筆者の勤務大学以外に見出すこともないであろう。橋のない場所に橋を架ける作業に関心がある。もちろん、先行研究が山ほどあるマルクス、ヘーゲルの思想を別の視点から考察するという伝統的手法が間違っているわけではない。しかし、近代交通思想史という学問体系を新たに構築する意思も、尊重されるべきであろう。

 最後に、近代交通思想史以外の筆者の担当科目に触れてみよう。現在では、この科目以外に、西洋政治思想史と西洋社会思想史を担当している。20年前、つまり前世紀末までは、大学講義の大半の専門科目は、4単位制がほとんどであった。世紀転換後、2単位制が主流になっていた。国際標準の9月入学が国際化された大学にとって愁眉の課題になったからである。そこで多くの政治思想史担当者は、政治思想史Ⅰ、Ⅱと衣替えした。それまで、多くの政治思想史担当者は、後期だけしか試験をしない豪傑もいたが、そのような豪傑は駆逐された。その後、時間が推移にしたがって、そのような曖昧な科目名称を変更することが、教務課から要請された。筆者の勤務校でも、西洋社会思想史の科目設定が要請された。西洋史概論の代替科目が必要であったかららしい。歴史科目である西洋史概論の代替科目が西洋政治思想史では、課程認定上問題であったようである。

 そこでこの二つの科目を二分割した。ただ、単純に時間によって二分割することもできなかった。4年生、5年生等が、科目名称は異なるが、内容上重複している科目を受講するからだ。そこで、西洋社会思想史を通常の社会思想史とほぼ同様に構成した。西洋思想史における巨人とされているイギリス経験論、大陸合理論、ドイツ観念論哲学へ至る思想史の流れ通りに講義している。西洋政治思想史は近代の政治的転換、つまり革命の歴史と解釈して、ドイツ宗教改革、イギリス革命、フランス革命、ドイツ三月革命の順に16世紀から19世紀の巨大な政治変動を支える事象を考察対象にした。個別的思想家の思想ではなく、巨大な社会的かつ政治的変動そのものの思想を考察した。たとえば、ドイツ宗教改革では、ルターの思想ではなく、プロテスタントの出現の意味を内面的自由の確立という観点から抽象的に考察した。

 この三つの科目、近代社会思想史、近代政治思想史、近代交通思想史はともに西洋の思想に基づいている。限定された知識しかない筆者が、方法論の異なる三科目を担当することになった。大過なきことを祈るしかない。

「北海道新幹線・新函館北斗駅をめぐる政治思想」に関する講演会

     「北海道新幹線・新函館北斗駅をめぐる政治思想」に関する講演会を、202078日北海道北斗市において実施した。本講演は、拙稿、「国家と地方自治体の関係――北海道新幹線の新駅、新函館北斗駅の建設とその名称問題をめぐる政治思想的考察」(北海道教育大学編『国際地域研究』第2巻、大学教育出版、2020年、74-87頁)に基づいている。とりわけ、その第3節、「新函館北斗駅という名称問題と地方公務員の無作為」に基づいている。その模様が、『北海道新聞』と『函館新聞』に報道された。その記事をここに公開する。(クリックすると、JPGファイルが、拡大されます)。

 

 

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道路交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用――ドイツにおけるその具体的様態に関する考察

(本稿は、田村伊知朗「道路交通による自然環境と人間に対する否定的作用――その具体的様態」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第70巻第2号、2020年、13-22頁、として公表された論文である。行末に書かれた数字は、本稿の頁数を表している。ドイツ語要約も含めて完全な論稿として、一つの記事において掲載する)。

 

道路交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用

――ドイツにおけるその具体的様態に関する考察

田村伊知朗

 

Tamura, Ichiro:

Die negativen Auswirkungen des motorisierten individuellen VerkehrsDie Beschreibung der konkreten Eigenschaften der Schadstoff-Freisetzungen und Schadenswirkungen für die natürliche Umwelt und die menschliche Natur durch das verkehrliche Mobilitätsgeschehen

                                 

 

                                                                            Zusammenfassung

  Bis zum Wirtschaftswunder Anfang der 1960er Jahre, d.h., in der Übergangsperiode von der frühen in die späte Moderne wurde der Anstieg der Verkehrsquantität gemeinhin als einer der notwendigen, aus dem Wirtschaftswachstum entstandenen Erfolge betrachtet, der einen gelungenen Beitrag zum ewigen Fortschritt des menschlichen Lebens leisten können würde. Erst mit Beginn der späten Moderne der 1970er Jahre zogen die negativen Auswirkungen des motorisierten individuellen Verkehrs auf die natürliche Umwelt die höchste Aufmerksamkeit der breiten der bürgerlichen Öffentlichkeit auf sich. Diese Umweltprobleme stellten den wichtigsten Bestandteil bei der kritischen Betrachtung des Mobilitätsverhaltens dar. In der späten Moderne vermehrt sich der motorisierte individuelle Verkehr, der zum größten Faktor der Umweltbelastung innerhalb einer Stadt geworden ist. Deswegen war es die nachdrückliche Betonung des Kriteriums der Umweltverträglichkeit im Verkehr, welche das Mobilitätsverhalten zum Gegenstand der philosophischen Auseinandersetzung machte.

  Die kritische Verkehrsphilosophie hat sich in den letzten Jahrzehnten auf der Grundlage dieser Veränderungen des bürgerlichen Bewusstseins etabliert. Darüber hinaus bewirkte das in der Öffentlichkeit anwachsende bürgerliche Bewusstsein für die umfangreichen Umweltzerstörungen in einer Stadt durch den motorisierten individuellen Verkehr die Straßenbahnrenaissance in der späten Moderne.

                                                 13頁↑、14頁↓(S. 13

  Dieser Beitrag versteht sich als Einleitung für die Beschreibung der konkreten Eigenschaften der Schadstoff-Freisetzungen und Schadenswirkungen für die natürliche Umwelt und die menschliche Natur durch das verkehrliche Mobilitätsgeschehen, wobei einer der philosophischen Gründe für das geschichtliche Wiederaufleben dieses Verkehrsmittels ins wissenschaftliche Licht gerückt werden soll.

                          

 

はじめに

 環境保護に関する意識が、後期近代の西欧において急激に浮上した。大気、水、土壌、動植物等から構成される自然環境の保護が、主要な政策課題の一つになった。環境保護という人間的自然と関係する課題が、様々な政治的決定の前提を規定している。人間的活動による自然環境の破壊が重大になったからである。「環境保護問題が設定されている認識条件は、より古い社会が環境保護問題を解決しなければならなかった認識条件と比べてほとんど比較不能である」。[1] 近代化とそれに基づく自然環境に対する負荷は、後期近代においてそれ以前の社会と比べて比較にならないほど進展した。

近代社会は自然を労働によって加工することによって、生産力を増大させた。それに比例して、自然環境に対する負荷を増大させた。この人間的行為に対する反省的意識が、後期近代において生じた。「決定的な環境システム、つまり人間と、人間に対して地球によって産出された要求は、人間の社会システムによって産出された要求に対して優越している」。[2] もちろん、後者を否定しているのではない。しかし、両者が競合する場合、前者の優位性を認識する社会意識が醸成されつつあった。環境世界と人間的自然に対する社会的意識が、後期近代の公共的意識に刻印されつつあった。自然環境に関する配慮が、それ以外の政策課題に対してより優先するようになった。

 本稿は後期近代における自然環境と人間的自然に対する市民意識の鋭敏化を前提にしつつ、道路交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用に限定して、その概略を提示してみよう。環境保護と動力化された個人交通の連関構造の提示が、今後の研究、とりわけ1980年代の西ドイツ、1990年代の東ドイツの路面電車ルネサンスの生成に関する諸根拠の一つを解明することにつながるであろう。[3]

 それゆえ、本稿は、前世紀後半から今世紀のドイツ語文献ならびにその議論形式に依拠している。ここで議論対象になっている事象は、自然環境に対する破壊一般ではなく、交通とりわけ動力化された個人交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用にすぎない。もちろん、思想史的に考察すれば、両者は後期近代において普遍的現象である。本邦とドイツに限定しても、この問題は両者において共通する事象も多く、同一水準にあるとみなすこともできよう。この観点すれば、依拠する資料も、ドイツ語文献だけではなく、日本語文献にも拡大されるべきかもしれない。

                                                                                                         14頁↑、15頁↓

しかし、本稿に関する初発の研究契機は、ドイツにおける前世紀末の交通政策の転換を基礎づけることにある。環境問題に関する意義づけとその強度は、ドイツと日本の公共圏において同一位相にはない。さらに、環境問題一般だけではなく、動力化された個人交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用に関する認識も、両者においてかなり異なっている。したがって、本稿が依拠する文献は、前世紀末から今世紀のドイツ語文献に限定されている。

 

1節 本稿の目的設定とその限定性

 初期近代から後期近代の移行期、つまり19501960年代における環境破壊の主たる要因は、重化学工業施設からの有害物質の排出にあった。しかし、後期近代が始まる19701980年代において、重化学工業施設からの排煙と排水等ではなく、交通に起因している有害物質の排出が、都市内と都市周辺において環境保護政策の焦点の一つになった。都市内と都市周辺における重化学工業の施設は、後期近代においてかなり削減されていた。重化学工業の生産施設は、先進国から発展途上国へと移行しつつあった。また、後期近代において重化学工業の排煙と排水等に対する環境基準がより厳格化されたことにより、有害物質の除去装置の性能が向上していた。ドイツ、フランス等の先進国の重化学工業は環境基準を遵守することによって、市民社会の環境意識と調和しようとした。

 重化学工業施設ではなく、都市内交通からの有害物質の排出が、市民の環境意識を規定するようになった。「列挙された有害物質は、最大限の有意味な産出集団を交通において形成している。未来もまたそうであろうことは、高い蓋然性を持っている」。[4] 交通量の増大は、後期近代に移行するまで経済成長と一体とみなされ、人間生活の進歩に寄与すると考えらてれてきた。自家用車の個人的所有が、市民の幸福度を図る尺度になっていた。[5] とりわけ、動力化された個人交通の拡大に対する批判意識は、社会的に看過されてきた。

 しかし、交通とりわけ動力化された個人交通による否定的作用が、後期近代において初めて社会的に承認された。交通倫理、交通思想そして交通哲学等が、この市民意識の変容に基づき成立した。「交通に起因する否定的な環境作用が、主要なものとして知覚された。交通的移動性に関する人間的態度への決定的批判が、最近になって初めて始まった」。[6] 交通という人間の移動性態度に対する根底的批判が、学問的形式において開始された。環境問題は、移動性に関する批判的考察において主要な構成要素である。交通量の増大と自動車の高速化によって、都市内交通における動力化された個人交通が、自然環境に負荷を与える最大のセクターになった。

 交通に起因している環境破壊は多岐にわたるが、その概要は以下のように定義されている。「交通に起因している否定的なエコロジー作用は、地域浪費と地域分断、エネルギー浪費と原材料浪費、そして有害物質の排出、動物の破壊作用の四つに分類できる」。[7] 

                                                        15頁↑、16頁↓

限定された地下資源としてのエネルギー浪費と原材料浪費の問題等、そして地域浪費つまり都市内平面の使用も重要であろう。しかし、前者は自動車の生産様式および運転様式と、後者は都市構造総体と関連している。それぞれ、独立した論稿として討究されるべきであろう。本稿では、有害物質の排出と自動車交通それ自体による自然環境と人間的自然に対する否定的作用に限定して論述する。

 自然環境との調和的発展に関する問題に関する批判的考察の目的は、次のように設定されている。「移動性態度を影響づけるための措置は、自己目的に寄与するのではない。むしろ、この措置は、交通による期待されざる環境負荷を縮減することを意図している」。[8] 自動車交通とりわけ動力化された個人交通の縮減は、都市内の環境負荷を減少させることにある。この学問的意味を対自化するための前提が、環境負荷の具体的様態を提示することである。

 

2節 自然環境への否定的影響――その概観

 都市内交通における有害物質の排出に関して、道路交通が果たす役割についてより具体的に言及してみよう。諸交通手段において道路交通が、前世紀末時点での環境破壊において主要要素になっている。「全体排出量のうち、道路走行自動車が関与している割合は、一酸化炭素の55%、酸化窒素の48%、揮発性有機化合物の24%である」。[9] 道路交通が大気汚染に全体量において占める割合は、約半数と言ってよいであろう。もちろん、調査方法、調査前提、算出方法の差異に応じて、若干の差異はあろう。[10] さらに、交通媒体総体における他の手段、たとえば鉄道交通、軌道交通、内陸水運交通等による有害物質排出量が零であると想定しているのではない。しかし、これらの交通媒体によって排出される有害物質量は、道路交通によって排出されるそれと比較してほとんど論じるべき量ではない。少なくとも、人員数あるいはトン数基準で考察すれば、道路交通は、鉄道と内陸水運に比べて数倍の排出量を占めているのであろう。[11] 道路交通における有害物質の排出量の削減が、環境保護にとって最重要課題の一つであろう。

 さらに、道路交通は、常に問題になる二酸化炭素だけではなく、様々な有害物質の排出においても高い割合を占めている。道路交通に起因する有害物質排出を論じる際に、近年問題になっている二酸化窒素にも言及せざるをえないであろう。人間あるいは動物によって排出される二酸化炭素と異なり、この物質はその排出先が限定されている。「二酸化窒素は、燃焼過程における期待されざる副作用の産物である。二酸化窒素の主要源は、燃焼エンジンと石炭、石油、ガス、木材とゴミである。道路交通が、密集地域において最も有意味な二酸化窒素の排出源である」。[12] 

                                                       16頁↑、17頁↓

都市内の他の要因、たとえば工場からの排気ガス等は、削減されている。また、ドイツの家庭内暖房の多くは、地域集合暖房等に切り替えられており、二酸化窒素の排出は少ない。二酸化窒素は主として、ディーゼル自動車から排出される。その濃度もまた、道路交通の量と相関している。この環境破壊の元凶として、動力化された個人交通の増大が社会的問題になった。

 二酸化窒素の排出をめぐって、2017年においてドイツ政府は欧州委員会から警告を受けた。「ドイツにおける28の地域が、二酸化窒素の限界値を超えている」。[13] 首都ベルリンを含む28都市が、二酸化窒素に関する欧州環境基準(年間平均、40μg/m3)を超過していた。さらに、欧州委員会はこの主要原因を、ディーゼル車を中心にする動力化された個人交通による排出と認定した。もちろん、ドイツ政府も、大都市の二酸化窒素の排出が欧州環境基準を超えていたことを認識していた。[14] 交通禁止が、欧州委員会の環境基準を超えている28都市の地域に対して要請された。ドイツ政府は2018年に、ヘルトリック環境省大臣、シュミット交通省大臣そしてアルトマイヤー首相府長官の三者によって署名された共同書簡を、欧州環境委員会長に送付した。ドイツ政府は欧州委員会の要請をこの時点で想定していなかったし、これまで二酸化窒素の限界超えに関して如何なる施策も実施していなかった。

 この共同書簡において関係閣僚は、旅客近距離公共交通の無料化の社会実験を実施するという提案をした。「私的に使用される自動車数を縮減するために、公共的旅客輸送を無料提供することを、州と市町村と協働して検討する」。[15] 動力化された個人交通から旅客近距離公共交通へのモーダルシフトを実施する提案がなされ、都市内の環境改善への政策転換が指向された。ディーゼル車を中心にした動力化された個人交通が環境破壊、とりわけ二酸化窒素の排出の主原因として特定された。二酸化窒素の過剰排出と動力化された個人交通の因果関係が、欧州委員会とドイツ政府によって公式に認められた。

 さらに、大気汚染は、都市空間における水の循環過程を通じて水質汚染につながる。雨や雪が、大気中に浮遊している有害物質を吸収し、湖沼や河川等に流れ込む。「大気汚染は、無数の環境問題、たとえば酸性有害物質と富栄養物質、つまり二酸化硫黄、酸化窒素、アンモニアによる水の酸性化と湖沼の富栄養化につながる」。[16] 大気汚染は、水の酸性化と富栄養化という水質汚染に対して影響を与えることによって、間接的に人間的自然を破壊する。水中における動植物の有機体的統一性が、水質汚染によって破壊される。これまで水中に生存していた動植物の多くが死滅し、それに代わってバクテリア等の極小有機体が過剰に繁茂する。大気汚染と水質汚染は、最終的に自然的生態系を破壊するであろう。

 また、大気汚染は、水質汚染につながるだけではなく、土壌汚染にもつながる。大気は、大地つまり地球の表層と連続している。とりわけ、大気汚染の程度が高い高速道路周辺において、土壌汚染はより顕著になろう。

                                                       17頁↑、18頁↓

「汚染物質は、道路に沿った土地へと集積する。高い割合の大気汚染は、部分的には転形的形式においてアウトバーン周辺においてほぼ二倍になっている」。[17] 大気汚染は、直線的に土壌汚染につながる。道路とりわけアウトバーンは、道路幅が広大であり、延長距離が長く、同一時間における自動車走行数が多い。アウトバーンは一般道路より多くの有害物質を輩出する。アウトバーンと一般道路の対比は、アウトバーンと鉄道との対比においてより鮮明になろう。「同一人数を輸送するためには、アウトバーンは鉄道に比べて2倍以上の平面を必要にする」。[18] 人員輸送ではなく、物資輸送においてアウトバーンが必要とする平面はより拡大するであろう。鉄道と異なり、アウトバーンにおいて単位時間の走行車両も途切れることはない。アウトバーン周辺において排出された有害物質の密度は、より高くなるであろう。大地において生きている動植物が、アウトバーン周辺の自動車交通に起因する汚染物質を取り入れる。人間がこの動植物を自己の肉体へと摂取することによって、有害物質を自らの肉体へ取り入れる。

 さらに、自動車走行のための空間つまり道路空間が拡大されることによって、都市空間が切り刻まれる。この現象は、既存の都市空間だけではなく、その周辺の空間においても見られる。人間化された自然つまり農地も、その一部がアスファルト舗装されることによって、分断される。本節では、人間的自然と動植物的自然と関連するかぎりで、平面分断に言及してみよう。道路の両側の人間的共同性が寸断され、道路面積の拡大による生活空間自体が破壊される。人間は、この分断という作用に一定程度対応できるかもしれない。しかし、人間以外の生物そして無機物としての自然的な環境世界は、この分断を補償することができない。

 生活空間の分断は、動植物の生存と世代交代という生活環境の破壊として現象する。アスファルト舗装によって平面が分断されることによって、動植物の個体間の世代交代の可能性つまり再生産機能が減少する。「交通によって分断されることによって、動植物の生活空間が失われ、生活空間がより縮小し、個体群の必然的な世代交代が妨げられる。本来、健全であった形態状態が、危機に陥る」。[19] 個体群の世代交代の可能性が縮小し、遺伝子の健全性が損なわれる。

 次に、土地平面が分断されることによって、地下水にも影響を与えるであろう。一般道路と自動車専用道路は、地下水というほぼ再生不可能な資源を破壊する。その作用は自明であるが、その結果によって破壊された自然環境に対する総決算書は、記述不可能である。大地がアスファルトとコンクリートによって覆われたことによって、多数の微生物の生存環境であった大地という生命体が、ほぼ死滅した。これらの生命体によって担われていた様々な自然的機能、たとえば保水力、保温力等が減少した。その全貌はまだ解明されていない。巨大都市とその周辺における微生物の減少が自然環境総体に対してどのような意義を持っているのかという問題に関して、未だ明白な結論は出ていない。

 交通だけには限定されない他の要因と複合して、水質汚染と土壌汚染が拡大している。その原因が他の社会的要因、たとえば生活排水や工業排水、農薬配布等と複合しているかぎり、交通による有害物質の排出問題として市民に認識されることは少ないであろう。動植物の有機的一体性の破壊と、人間的自然の破壊が直接的ものとして認識されないかぎり、この環境破壊は環境の変化として認識されるだけにすぎない。

                                                         18頁↑、19頁↓

「環境媒体物として喧伝され、人間の生活と存立に対して影響づける作用と人間的行為が結合する場合にのみ、このような間接的な社会作用は所与のものになっている」。[20] 人間的理性によって認識される環境媒体物しか、人間的意識に映現しない。逆に言えば、環境媒体物として宣言されていない環境破壊は、ほとんど研究対象にすらならない。自然環境に直接的に影響を与えないことによって、その間接的影響は社会的にほぼ看過される。

 環境保護システム総体に関する間接的影響を把握することは、都市住民の日常意識にとって不可能であろう。水質汚染と土壌汚染は、動力化された個人交通だけではなく、他の社会的要因にも起因している。もちろん、交通に起因する水質汚染と土壌汚染が、その総体においてどのような割合を占めているのか、厳密に算出することは不可能である。しかし、前者による汚染も看過できないであろう。

 

3節 人間的自然に対する直接的破壊(1)――交通事故

 本節では、道路交通による自然環境の破壊ではなく、人間的自然の破壊に触れてみよう。道路交通に起因する有害物質の排出による自然環境の破壊は、人間的自然にとって間接的であり、すぐさま影響するわけではない。先述のように、ドイツの都市における二酸化窒素の排出量はこの数年間、欧州の環境基準を超過していたが、人間的自然の明白な破壊につながっているわけではない。

 最初に言及しなければないことは、人間的自然への明白な侵害、つまり肉体の物理的破壊である。その一つが、道路交通の結果としての交通事故である。通説によれば、交通事故による人間的自然の破壊は、環境保護問題として認識されていない。市民が交通事故に遭遇することは、偶然あるいは不運として認識されるだけである。

 しかし、交通事故は、動力化された個人交通による直接的な人間的自然の破壊、つまり普遍的な環境保護問題である。「環境保護の本質的目的は、人間的健康に対する侵害を除去することにある。通常の環境保護として現象しないとしても、交通事故は交通による環境負担の最高のカテゴリーとして考察されねばならない。交通事故は直接的に人間的健康を破壊し、動植物と同様に人間の生命を否定するからである」。[21] 交通事故こそは、人間的自然に対する最大かつ本質的な破壊行為である。交通事故によって引き起こされた人間的自然の破壊は、その治療のコスト、たとえば救急車の手配、医師の労働等を必要とし、膨大な社会的コストを上昇させる。にもかかわらず、それが完全に支払われることはない。

 交通事故は、人間の肉体の一部あるいはその全体を破壊する。一度でも毀損した肉体は、以前の状態に完全に復帰することはない。人間という有機体の自己回復能力は、限定的である。しかも、この環境破壊に遭遇する確率は、かなり少ない。「大気汚染あるいは騒音負担が広大な平面に渡ることと対照的に、交通事故に遭遇する住民は、つねにその一部にしかすぎない」。[22] 交通事故に遭遇する人数が限定的であることによって、交通事故に関する報道は、多くの住民にとって娯楽番組と同様に消費される対象でしかない。多くの住民は、自らが交通事故に遭遇すると考えていない。逆に言えば、実際に交通事故に遭遇した人間にとって、この出来事はそれだけ重大なものになる。遠い世界の物語としてしか認識されなかった事象が、突然、市民の個人的な生活全般を現実的に影響づける。

                                                       19頁↑、20頁↓

 道路交通に起因している重大な交通事故の多くは、農村ではなく、都市において生じている。「死亡交通事故の90%超が、道路交通によって引き起こされた。そのうちの四分の三は農村以外で生じている」。[23] なぜ、重大な交通事故の多くが都市内において生じるのであろうか。この問題に解答するための選択肢は無数に存在するであろう。本節では交通事故を、歩道を移動する歩行者と、車道を走行する自動車の衝突に基づく接触事故に限定して述べてみよう。都市内における両者の関係を考察する際に重要なことは、道路空間を使用する際の第一義的目的が、後期近代において自動車交通を優先させたことにある。現代社会における交通に関連する法規範の多くは、道路交通と関連している。「第一に、現代の交通法は、一面的に方向づけられた道路法と道路交通法である。正確に分析すれば、規範的形態化の企図は、自動車交通の諸欲求をさらに指向することにある」。[24] 交通法規の規範的形態化つまりその究極的目的は、自動車の渋滞なき走行にある。

 交通法体系の究極的目的がこのように設定された結果、都市内の一般的な道路空間が、自動車の走行空間とその駐車空間に侵食された。「自動車の駐車スペースが、他のすべての交通参加者、また自然、樹木、緑地、広場も排除する。・・・危険ゾーンと死亡ゾーンが、玄関から数メートル先から始まる」。[25] 玄関を出た直後すぐさま、歩行者の肉体は、走行している自動車車両との接触という危険に晒される。歩行者は、目的地に到着するまで、あるいは動力化された交通に乗車するまでこの危険性から逃れられない。自動車運転者は、自動車車両という防御手段を持っているが、歩行者は、人間的自然を自動車車両に対して無防備に晒している。

 玄関に面しているこの空間は、かつては市民的公共性が形成される場所であった。居住者と近隣からの訪問者が、この空間において言語を媒介にすることによって共同性を醸し出した。「市民は道路を、仕事場と世帯の機能を拡大するための平面として利用した。道路は主として、労働、遊び、祝祭、討論の目的に寄与した」。[26] 道路は、初期近代まで人間的共同性を拡大する空間であり、居住者と訪問者を相互に結びつける媒介物であった。この機能が、後期近代において減少しただけではない。自動車車両の停車空間として利用されることによって、この空間は、潜在的に人間的自然が破壊される領域になった。

 歩行者としての住民と都市訪問者の生命が危険に晒される理由は、自動車運転者の快適性が優先されたことにある。この問題は、その社会的費用が顧慮されることなく、既存の道路が駐車空間として使用されている事実から生じている。道路の歩道側の車線は、事実上、無料駐車場と化している。自動車運転者にとって最適な駐車空間を確保するために、建造物の前の空間は、歩行者にとってかぎりなく減少している。自動車運転者は、目的地から離れた空間ではなく、目的地にもっとも隣接した領域、つまり住居に近接した領域に自動車車両を停車させる。歩行者という無防備な存在が、その生命の危機に晒されている。「弱者を顧慮する人間社会は、このような生命に対する脅威と以前から長期間格闘し、それを除去してきた。対照的に今日では、自動車社会にとっての快適性が普遍的に優先されており、健康よりも重要である」。[27] 近代において自動車運転者の快適性が優先された結果、住民の市民的公共性が破壊されただけではなく、その生命すら犠牲に供せられた。

                                                        20頁↑、21頁↓

 しかし、このような状況の問題性は、市民の日常意識においてほとんど看過されている。その理由は、多くの市民が、歩行者であると同時に自動車運転者でもあるからだ。市民は、市民的公共性の侵害を甘受しなければならない一方で、他方でこの侵害の原因である特殊的利益の受益者でもある。個人的な特殊的利益が、都市全体の普遍的利益に優先している。普遍的利益は、特殊的利益の総和ではない。全体は、つねに個別的部分の総和と異なる。都市住民の特殊的利益という観点ではなく、その上位概念としての都市構造という観点からのみ、普遍性が考察される。

 

4節 人間的自然に対する直接的破壊(2)――騒音

 さらに、騒音にも言及しよう。動力化された個人交通が連続する場合、道路周辺において騒音が発生する。動力化された個人交通による環境破壊が自然環境の破壊に限定されていることによって、交通事故と同様に、騒音も環境保護の主要課題から排除されている。交通事故によって人間的自然がすぐさま破壊されることと対照的に、騒音によって人間的自然が徐々に破壊される。人間的自然にとって不快音が、聴覚を通じて恒常的に人間的自然に影響を与える。「騒音が心臓循環の疾病に関与している。そして夜間の睡眠障害が人間にとって否定的に作用する。これらのことは、学問的に議論の余地がない」。[28] 人間的自然の維持のために不可欠な睡眠という作用が、騒音によって妨げられている。

 騒音問題が自動車による環境破壊の主要要素であると、1950~1960年代において認識されていた。当時この問題が社会問題と化したとき、交通政策担当者は、この問題を自動車産業の生産技術的水準ではなく、自動車運転者の運転技術の未熟性およびその運転マナーの問題に還元した。彼らは、自動車産業の技術水準を無条件に信頼していた。自動車の生産技術は絶対不可侵の対象であった。大衆民主主義における大量生産の象徴が、自動車の生産であったからである。交通政策担当者は、最新の技術的合理性に基づく近代的な自動車産業に対して負荷をかけなかった。「自動車産業の見解によれば、交通騒音への責任は、・・・生産者に負担されるべきではなく、自動車運転者に委ねられる」。[29] 自動車産業は、騒音を自家用車運転者の運転技能の稚拙性に還元した。

 もちろん、自動車の走行による騒音は、19501960年代と比較して今世紀になってかなり緩和された。数十年の歳月が経過することによって、自動車の性能が向上し、騒音を軽減してきた。しかし、この環境破壊は、看過されるべき水準までには至っていない。一台当たりの騒音は減少した一方で、他方で自動車の総数は、半世紀前と比較して飛躍的に増大している。「ドイツ連邦環境省によって委託された研究が数年にわたって明らかにしたように、騒音問題の場合、交通がその第一義的原因である。総人口の70%超が、道路交通による騒音を苦痛として感じている」。[30] にもかかわらず、騒音による精神的苦痛、それによる肉体的苦痛は外部化され、環境保護の要素としてほとんど勘案されていない。

                                                      21頁↑、22頁↓

 さらに、騒音は人間的自然を一時的に破壊するだけではなく、人間的精神の破壊にもつながる。環境問題は、外部化された自然に対する侵害だけに限定されてはならない。むしろ、内部化された人間的自然に対する侵害として認識されねばならない。肉体の破壊は精神の破壊につながる。前世紀後半までの近代哲学は、人間を人間的精神とりわけ自己意識に解消してきた。肉体の破壊と精神の破壊が別であるという意識が醸成されている。しかし、精神と肉体の二元論的分離は、近代の日常意識において普遍化された幻想にすぎない。

 たとえば、騒音が、労働意欲の減退を引き起こし、人格破壊につながる場合もある。その影響は長期化し、道路周辺の居住者の精神を徐々に、しかし確実に破壊する。「さらなる健康負荷が、ストレスによって条件づけられたいわゆる強制注意に属する騒音結果を表現している。騒音はコミュニケーション可能性を制限することによって、関与者のフラストレーションとストレス感情を喚起する。それによって、精神的な受容能力と集中能力を減少させる」。[31] 動力化された個人交通が、道路周辺の居住者の人間的精神を破壊する。大気汚染や水質汚染と異なり、この環境負荷は複合的要因から構成されるではなく、道路交通に明白に一元化されている。もちろん、鉄道交通、軌道交通、内陸水運交通等による騒音も、近隣地域に影響を与える。しかし、公共交通の本質は同時的な大量輸送にある。都市全体における公共交通に基づく騒音総体は、動力化された個人交通のそれに比べ、比較にならないほど小さい。

 なぜ、後期近代において騒音が主要な環境問題として認識されないのであろうか。騒音は、聴覚という感覚器官を通じて人間も含めた高等動物の内的自然を破壊するが、外的な環境保護システム総体とほとんど関連しない。「騒音排出という概念による選択的な書き換えによって、害悪物質の排出と比較可能な作用を問題にしているという印象が喚起される。騒音は、人間と、おそらく高度に発展した動物個体群にのみ作用し、環境それ自体には作用しない」。[32] 環境問題一般が、外部化された自然環境に対する侵害に歪曲されることによって、人間的自然にとっての騒音問題はほとんど看過されている。

 

おわりに

 動力化された個人交通による自然環境と人間的自然に対する否定的作用にもかかわらず、今世紀になっても、現実的社会において環境破壊を縮減しようとする試みは、ほとんど具現化への途を見出していない。「人間―自然に対する直接的に有意味な有害物質が減少したにもかかわらず、動力化された個人交通とりわけ道路交通がその人為的排出において今日なお高い割合を示している」。[33] エコロジーに関する都市住民の意識が先鋭化しても、動力化された個人交通による有害物質の排出は削減されなかった。この問題に対する解答は全面的に別稿に委ねられている。

                                                                                                         22頁↑

 

[1] Lübbe, Hermann: Ökologische Probleme im kulturellen Wandel. In: Hrsg. v. Lübbe, Hermann u. Ströker, Elisabeth: Ökologische Probleme im kulturellen Wandel. München: Wilhelm Fink Verlag 1986, S. 10.

[2] Korff, Wilhelm: Kernenergie und Moraltheologie. Der Beitrag der theologischen Ethik zur Frage allgemeiner Kriterien ethischer Entscheidungsprozesse. Frankfurt am Main: Suhrkamp 1979, S. 72.

[3] 田村伊知朗「後期近代の公共交通に関する政治思想的考察――ハレ新市における路面電車路線網の延伸過程を媒介にして」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第66巻第1号、2015年、213-223頁; 田村伊知朗「東西ドイツ統一過程における公共交通と公共性に対する市民意識――ハレ市・ハイデ北への路面電車の延伸計画とその挫折過程に関する考察」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第67巻第1号、2016年、73-83頁参照。

[4] Erl, Erhard u. Bobinger, Stephan: Umweltverbund im Nahverkehr. Entlastungspotentiale durch eine integrierte Förderung umweltschonender Verkehrssysteme unter Berücksichtigung der Straßenbahn. Berlin: Umweltbundesamt 1994, S. 5.

[5] 田村伊知朗「戦後西ドイツにおける自動車中心主義の形成――その政治的根拠」壽福眞美監修『知の史的探究―社会思想史の世界』八千代出版、2017年、259-276頁参照。

[6] Feldhaus, Stephan: Ethik und Verkehr. Ethische Orientierungsgrößen für eine verantwortliche Mobilität. In: Hrsg. v. Barz, Wolfgang u. Dicke, Bernhard: Umwelt und Verkehr. Symposium am 19. und 20. Juni 1995 in Münster. Landsberg: Ecomed 1996, S. 128.

[7] Feldhaus, Stephan: Verantwortbare Wege in eine mobile Zukunft. Grundzüge einer Ethik des Verkehrs. Hamburg: Abera Verlag 1998, S. 100.

[8] Rommerskirchen, Stefan: Verkehrssteuernde Maßnahme zur Minderung verkehrsbedingter Emission. In: Hrsg. v. Barz, Wolfgang u. Dicke, Bernhard: Umwelt und Verkehr, a. a. O., S. 133.

[9] Deiters, Jürgen: Verkehrswachstum und die Umweltbelastung des Verkehrs-Perspektiven für die Vermeidung und Verlegung von Gütertransporten. In: Hrsg. v. Deiters, Jürgen: Umweltgerechter Güterverkehr. Handlungsansätze auf staatlicher, kommunaler und betrieblicher Ebene. Osnabrück: Universität Verlag Rasch 2002, S. 14.

[10] Vgl. Plaßmann, Eberhard u. Waldeyer, Heinrich: Konzepte zur Versöhnung von Verkehr und Umwelt auf nationaler und internationaler Ebene. In: Hrsg. v. Plaßmann, Eberhard: Umwelt und Verkehr. Umweltgerechter Verkehr oder Recht auf Mobilität? Heidelberg: Decker 1996, S. 5.

[11] Vgl. Deiters, Jürgen: Verkehrswachstum und die Umweltbelastung des Verkehrs-Perspektiven für die Vermeidung und Verlegung Gütertransport, a. a. O., S. 15.

[12] Umweltbundesamt Umweltbundesamt v. 01.11.2019: Stickstoffdioxid-Belastung. In: https://www.umweltbundesamt.de/daten/luft/stickstoffdioxid-belastung#textpart-1. [Datum: 03.11.2019] 

[13] Europäische Kommission. Vertretung in Deutschland v. 15.02.2017: Luftverschmutzung durch Stickstoffdioxid: Kommission droht Deutschland mit Klage. In:

https://ec.europa.eu/germany/news/luftverschmutzung-durch-stickstoffdioxid-kommission-droht-deutschland-mit-klage_de. [Datum: 25.10.2018]

[14] Vgl. [Anonym]: Diesel-Abgase. Luftverschmutzung in deutschen Städten leicht zurückgegangen. In: Zeit Online v. 01.02.2018. In: https://www.zeit.de/wissen/umwelt/2018-02/diesel-abgase-luftverschmutzung-stickstoffdioxid-umweltbundesamt-muenchenDiesel-Abgase. [Datum: 25.10.2018]

[15] Doll, Nikolaus: Regierung plant kostenlosen Nahverkehr. Experten lachen. In: FAZ v. 13.02.2018. In: https://www.welt.de/wirtschaft/article173550351/OEPNV-Regierung-plant-kostenlosen-Nahverkehr-Experten-lachen.html. [Datum: 25.10.2018]

[16] [Anonym]: Luftverschmutzung. In: Wikipedia. In: https://de.wikipedia.org/wiki/Luftverschmutzung. [Datum: 25.10.2018]

[17] Holzapfel, Helmut: Verkehrsentwicklung und Verkehrspolitik aus wissenschaftlicher Sicht. In: Hrsg. v. Evangelische Akademie Baden: Mit Vollgas in die Sackgasse? Das Drama der Mobilität. Karlsruhe; Evangelische Akademie Baden 1992, S. 35.

[18] Rothengatter, Werner: Folgen für Umwelt und Verkehrssicherheit. In: Hrsg. v. Aberle, Gerd: Erstickt Europa im Verkehr? Probleme, Perspektiven, Konzepte: Beiträge zum Verkehrspolitischen Kongreß der Landesregierung von Baden-Württemberg am 5./6. Februar 1991 in Stuttgart. Baden-Württemberg: Staatsministerium 1991, S. 36.

[19] Dietmar, Scholich: Nutzungsanspruch Verkehr. In: Hrsg. v. Borchard, Klaus: Flächenhaushaltspolitik. Feststellungen und Empfehlungen für eine zukunftsfähige Raum- und Siedlungsentwicklung. Hannover: Akaddemie für Raumforschung und Landesplanung 1999, S. 65.

[20] Feldhaus, Stephan: Verantwortbare Wege in eine mobile Zukunft, a. a. O., S. 98.

[21] Kandler, Jakob: Grundzüge einer Gesamtverkehrsplanung unter dem Gesichtspunkt des Umweltschutzes. Berlin: Duncke und Humblot 1983, S. 24.

[22] Feldhaus, Stephan: Verantwortbare Wege in eine mobile Zukunft, a. a. O., S. 129.

[23] Deiters, Jürgen: Verkehrswachstum und die Umweltbelastung des Verkehrs-Perspektiven für die Vermeidung und Verlegung Gütertransport, a. a. O., S. 14.

[24] Feldhaus, Stephan: Verantwortbare Wege in eine mobile Zukunft, a. a. O., S. 12.

[25] Knoflacher, Hermann: Zur Harmonie von Stadt und Verkehr: Freiheit vom Zwang zum Autofahren. Wien, Köln u. Weima: Böhlau 1993, S. 92.

[26] Kokkelink, Günther u. Menke, Rudolf: Die Straße und ihre sozialgeschichtliche Entwicklung. In: Bauwelt. Berlin u. Frankfurt a. M. : Gütersloh: Bauverlag 1977, S. 354.

[27] Knoflacher, Hermann: Zur Harmonie von Stadt und Verkehr, a. a. O., S. 102.

[28] Holzapfel, Helmut: Verkehrsentwicklung und Verkehrspolitik aus wissenschaftlicher Sicht,

  1. a. O., S. 32.

[29] Klenke, Dietmar: Bundesdeutsche Verkehrspolitik und Umwelt. Von der Motorisierungseuphorie zur ökologischen Katerstimmung. In: Hrsg. v. Abelshauser, Werner: Umweltgeschichte. Umweltverträgliches Wirtschaften in historischer Perspektive. Göttingen: Vandenhoeck und Ruprecht 1994, S. 169.

[30] Plaßmann, Eberhard u. Waldeyer, Heinrich: Konzepte zur Versöhnung von Verkehr und Umwelt auf nationaler und internationaler Ebene, a. a. O., S. 10.

[31] Feldhaus, Stephan: Verantwortbare Wege in eine mobile Zukunft, a. a. O., S. 139.

[32] Ebenda, S. 98.

[33] Höpfner, Ulrich: Die Entwicklung der Luftbelastung durch den Verkehr. In: Hrsg. v. Barz, Wolfgang u. Dicke, Bernhard: Umwelt und Verkehr. Symposium am 19. und 20. Juni 1995 in Münster. Landsberg: Ecomed 1996, S. 1.

 

本稿は、『公共空間X』In: http://pubspace-x.net/pubspace/archives/7860 [Datum: 22.06.2020] へと転載されている。

 

Die negativen Auswirkungen des motorisierten individuellen Verkehrs

Tamura, Ichiro: Die negativen Auswirkungen des motorisierten individuellen Verkehrs: Die Beschreibung der konkreten Eigenschaften der Schadstoff-Freisetzungen und Schadenswirkungen für die natürliche Umwelt und die menschliche Natur durch das verkehrliche Mobilitätsgeschehen.

In: Bericht der Pädagogischen Hochschule zu Hokkaido in Japan, Bd. 70. H. 2, Sapporo-city 2020, S. 13-22.

 

Zusammenfassung

 Bis zum Wirtschaftswunder Anfang der 1960er Jahre, d.h., in der Übergangsperiode von der frühen in die späte Moderne, wurde der Anstieg der Verkehrsquantität gemeinhin als einer der notwendigen, aus dem Wirtschaftswachstum entstandenen Erfolge betrachtet, der einen gelungenen Beitrag zum ewigen Fortschritt des menschlichen Lebens leisten können würde. Erst mit Beginn der späten Moderne der 1970er Jahre zogen die negativen Auswirkungen des motorisierten individuellen Verkehrs auf die natürliche Umwelt die höchste Aufmerksamkeit der breiteren bürgerlichen Öffentlichkeit auf sich. Diese Umweltprobleme stellten den wichtigsten Bestandteil bei der kritischen Betrachtung des Mobilitätsverhaltens dar. In der späten Moderne vermehrt sich der motorisierte individuelle Verkehr, der zum größten Faktor der Umweltbelastung innerhalb einer Stadt geworden ist. Deswegen war es die nachdrückliche Betonung des Kriteriums der Umweltverträglichkeit im Verkehr, welche das Mobilitätsverhalten zum Gegenstand der philosophischen Auseinandersetzung machte.

 Die kritische Verkehrsphilosophie hat sich in den letzten Jahrzehnten auf der Grundlage dieser Veränderungen des bürgerlichen Bewusstseins etabliert. Darüber hinaus bewirkte das in der Öffentlichkeit anwachsende bürgerliche Bewusstsein für die umfangreichen Umweltzerstörungen in einer Stadt durch den motorisierten individuellen Verkehr die Straßenbahnrenaissance der späten Moderne.

 Dieser Beitrag versteht sich als Einleitung für die Beschreibung der konkreten Eigenschaften der Schadstoff-Freisetzungen und Schadenswirkungen für die natürliche Umwelt und die menschliche Natur durch das verkehrliche Mobilitätsgeschehen, wobei einer der philosophischen Gründe für das geschichtliche Wiederaufleben dieses Verkehrsmittels ins wissenschaftliche Licht gerückt werden soll.

討論会ーー公共交通無料化に関する討論会

20190109 旅客近距離公共交通の無料化という提案に関するメモランダム

0. ドイツのいくつかの都市において、旅客近距離公共交通の無料化という実験が開始されようとしている。
1. 都市内の自然環境の悪化――その原因として動力化された個人交通の増大――他の要因、たとえば工場からの排気ガス等は、削減されている。また、家庭内暖房の多くは、地域集合暖房等に切り替えられており、環境破壊の要素は少ない。
2. 個人交通から公共交通へのモーダルシフト――公共交通が大量交通を本質することによって、交通量の縮減――環境破壊の軽減
3. 旅客近距離公共交通の無料化という衝撃――議論を引き起こす――交通縮減が議論対象になったことは、別の観点たとえばエネルギー浪費の縮減と同様に、好ましい。
4. 旅客近距離公共交通の無料化は、モーダルシフトだけを目的にしていない。
  その歴史――貧困層の移動自由の確保――人権をより強度にする。この目的の一つは、地域経済の活性化にある。しかし、本来、移動できなかった人が、移動の自由を確保することによって何が生じるのであろうか。経済活性化に寄与しない。
  海賊党による提案――公共放送のように、事前に料金を徴収する。
5. モーダルシフトが生じる。しかし、どのような階層であろうか。従来、旅客近距離公共交通の料金の高さによって、歩行あるいは自転車走行を余儀なくされていた階層からのモーダルシフトが生じる。
5.1 徒歩によってしか、買物をしなかった階層を例にとれば、逆に、ベンツ等の高級車を運転していた階層、あるいは運転士付きの公用車を使用していた階層からのモーダルシフトは、生じない。無料化は、これらの階層にとって、無関心である。一日当たり数百円を節約するために公共交通を選択しないという階層しか、公共交通の無料化に関心を示さない。
6. 無料化という選択肢は、別の要素を孕んでいる。移動ではなく、別の目的が混入する。たとえば、麻薬密売人の商行為、あるいは冬場における暖房を取ることを目的にした家なき人々が乗車する。また、筆者がドイツの旅客近距離公共交通において目撃した光景によれば、外国人が公共交通の車両において酒盛りを始めていた。当然、アルコールによる異臭は、車両全体を充満していた。しかも、かなり風呂に入っていないようでもあった。このような光景が
これは、旅客近距離公共交通の質を低下させる。動力化された個人交通から公共交通へのモーダルシフトを阻害する要因になる。
7. 無料化されていない他の公共交通、たとえば自治体によって運営されていない都市高速鉄道の経営を圧迫する。

財源
1. 地方自治体によって運営されている旅客近距離公共交通は、地方税の増大。国家、州政府からの援助
2. 運営費用が増大し、税金がそれに対応しなければならない。国税であろうと、自治体の税金であろうと、州の財源であろうと
3. 旅客近距離公共交通の改善、たとえば路線の延長、車両の増大、運行間隔の短縮化、車両の快適性の拡大には、向かわない。
4. 旅客近距離公共交通の運営者の賃金が抑制される。交通技能の減少、研修機会の減少によって、交通事故が拡大する。モーダルシフトが実施されにくくなる。

交通縮減の思想――路面電車ルネサンスとしての宇都宮市電に関する政治思想

2018年08月20日、2018年12月16日

「交通縮減の思想――路面電車ルネサンスとしての宇都宮市電に関する政治思想」
(1)、(2)、(3)


0、世界総体ではなく、都市構造という表象

  1980~90年代において交通政策が、都市全体の公共性という存在形式において考察され始めた。ここで問題にしている全体知は、近代という時代総体に関する知ではない。世界の総体的把握とそれに基づく世界変革が、ほぼ無効になった。
  後期近代において、世界の存立構造そのものを問題にする知は崩壊してゆく。世界の総体的な領有は、いかなる形式であれ、疑義から逃れることはできない。古典的なドイツ観念論哲学はヘーゲルによって完成されるが、この哲学における世界概念は、19世紀後半においてすでに問題が多いものになる。学問における専門化と分業が進展したからである。世界そのものを問題にする知は、学問的世界から追放される。
  学問的営為に従事するかぎり、その主体は世界の存立構造そのものを問題にするのではない。世界領有にとって有効な知は、市民社会の諸システムの実践に有効な知にとって代わられる。世界観的知は、ドイツ観念論哲学の完成者、ヘーゲルとマルクス、エンゲルスも含めたヘーゲル左派でもって終了している。
  もちろん、伝統的哲学以後においても、それに代わる学問、たとえばコント、デュルケームによって代表される初期社会学、あるいはいわゆるマルクス経済学もまた、哲学とは異なる形式によって世界を領有しようとした。その試みはすべて、水泡に帰した。いかなる形式の学問であれ、伝統的哲学にとって代わろうとする試みは、少なくとも現在にいたるまで成功したとは言い難い。人間的理性は、どのような形式の学問的色彩を帯びようとも、世界総体を把握することはできない。
  さらに、世界、あるいは歴史的世界において理性、あるいは秩序性があるという前提も疑義から逃れられない。把握された世界における理性性に基づいて、自然発生的に世界を統御できるということは、あまりに楽観主義的見解に他ならない。理性性も秩序性も歴史的生成のうちにあり、絶対的なものではないからである。哲学、あるいは哲学とは異なる形式の学問が人間的理性による批判という手続きを用いて世界を解釈し、その変革を企図することは、不可能になる。このような思想的前提が崩壊していることは、少なくとも後期近代において思想史的領域においても、現実政治的領域においてもほぼ社会的に承認されている。
  1960~70年代における世界の総体的変革への指向が、その社会的承認力を後期近代においてほぼ喪失した。それに代わって公共圏において承認された知が、都市構造全体に関する知である。歴史的世界と共時的世界総体ではなく、都市という限定された空間に関する知である。前者を認識するためには、哲学的な体系化を必要としていた。前者に関するどのような知であれ、その真正性を討究する手段を有していない。

1、具体的な都市研究

  新幹線宇都宮駅周辺の宇都宮市中心街は、宇都宮市東部と芳賀町にある工業団地と15㎞ほど離れている。この区間を路面電車で結ぶため、宇都宮市電が建設されようとしている。この予定線の終点周辺には、本田技研、キャノン等の大規模工場、テクノポリス等が林立している。また、沿線には、作新学院大学、青陵高校等の文教施設、サッカーJ2の公式スタジアムである栃木県グリーンスタジアム、宇都宮清原球場、体育館等のスポーツ施設も数多い。また、この沿線では小中学校のクラスの増設が相次いでいる。若年労働力人口も、この地域に多く居住している。
  中心街から工業団地を結節している片側二車線の道路は、朝夕にはかなり渋滞していた。また、サッカー公式戦開催日等のイベントが開催される日には、その渋滞が加速された。宇都宮市電の建設が、このような事情で構想された。そして、その工事施行が、2018年3月に国土交通省によって認可された。その構想から数えて約半世紀を必要としていた。これまでの交通政策担当者の唯一の政策は、道路を拡幅するか、あるいは迂回路として高速道路を新設することでしかなかった。宇都宮市、栃木県そして国土交通省はこの常識を覆す政策を採用した。
  もちろん、宇都宮市の路面電車ルネサンスは、富山市の路面電車ルネサンスを前提にしている。(4) しかし、後者は既存の富山港線という赤字ローカル線を路面電車に転用した。また、北陸新幹線において新設される富山駅整備という国策とも関連していた。
対照的に、宇都宮市の路面電車新設という事業は、既存の鉄道施設を前提にせず、既存道路の片側一車線を廃棄して、軌道を敷設しようとする。この意味で、宇都宮市の路面電車ルネサンスは、富山市のそれを凌駕している。まさに、本邦の路面電車ルネサンスの精華というべきであり、ドイツの路面電車ルネサンスに匹敵する構想であろう。
  本報告の目的は、本邦における路面電車ルネサンスの意義をドイツの政治思想に基づいて跡づけることにある。

2、部分知に基づく道路の拡充と都市構造の破壊――私的利益と公共的利益の同一性という仮象(1950~60年代)

  1950~60年代の都市交通政策担当者は、自らの専門領域に関する部分知に基づき都市と都市交通の未来像を構想してきた。客観的に考察すれば、この時代の交通政策担当者は、一元化された部分知に基づき、動力化された個人交通の拡大しか考慮しなかった。動力化された個人交通が、都市交通一般と同義として考えられていた。部分知に基づく政策が、都市全体に関する全体知に基づく都市全体の利益と矛盾なく両立すると考えられていた。その妥当性が問われることなく、全体知への無邪気な信頼が、交通政策担当者の意識構造を規定していた。
  個人交通という私的利益は、交通全体あるいは公共性全体の利益と同一であると認識されていた。単純化すれば、私的利益と公共的利益は同一と考えられていた。あるいは、公共性を考慮しないことと同義であった。
この部分知と、彼らの職業的権限の拡大という部分的利益に基づき、道路の幅と延長距離が拡大された。これが交通政策担当者の唯一の政策にすぎなかった。道路交通のために使用される面積が、都市において拡大した。自家用車を使用するための空間が、都市内部とりわけ都市中心街において拡大された。他の交通媒体たとえば路面電車と比較することによって、この現象を考察してみよう。交通量が同一である場合、路面電車が必要とする平面は、自家用車が必要とする平面の数パーセントにすぎない。この考察結果に駐車場の面積を加えるならば、都市中心街における自動車関連の面積占有率は、膨大になろう。都市中心街が、道路と駐車場によって浸食された。
  動力化された個人交通に適した街という表象が、交通政策担当者の意識構造において支配的になった。この表象において、空間つまり都市構造全体に対するその影響、交通使用総体に対する批判的考察は、あたかも存在しないかのようであった。交通浪費的な生活様式と経済様式の原理的促進、立地計画における統御の強度の弱さが、現代的な交通使用構造と動力化された個人交通を指向している。動力化された個人交通の意義に基づき、部分的な専門知が都市全体を貫徹していた。このような部分知に基づき、都市とその郊外領域における道路空間が増大された。このような観点から都市中心街から路面電車の軌道が撤去された。

3、全体知としての都市構造を指向する政策――私的利益と区別された公共性あるいは公共的利益(1980~90年代)

  このような政策と異なる思想が、西欧とりわけドイツの1980~90年代において生じた。交通政策者の意識を規定している暗黙知の存在形式が、批判的手続きに基づいて再検証された。その媒介項が、上位概念としての都市空間の全体構造である。もちろん、全体という表象は、本稿で規定された都市空間とは異なる概念によっても再構成できる。都市という水準を超えた州という地域、その州を統合する国家、グローバル化された世界という表象によっても再構成可能であろう。
  本講義は、その曖昧性と非厳密性を内包している。しかし、上位概念としての都市という表象が、錯誤しているのではないであろう。都市は、社会的構造過程がその複雑的、矛盾的そして直観的現実性を持つ空間でありうる。全体知としての都市という表象を設定しうるであろう。
  世界ではなく、都市という表象を媒介にすることによって、この空間の全体性に対する人間的理性による把握と統御が、社会的に可能とみなされていた。この形式の知に対する承認形式は、今世紀になっても継続している。都市という空間は、社会の複雑性の結節点として、都市は意識化されやすい。都市という限定された空間において、世界総体が凝縮している。多数の人間が共同生活を営む都市空間は、限定されていることによって国家よりも市民の日常意識にとって可視化可能であろう。公共性一般を観照する空間は、国家ではなく、都市においてより具体性を帯びるであろう。都市構造全体に関する問題が、世界と歴史的世界に関する問題に代わって市民的公共性において意識化された。
  ここで前世紀中葉のように私的利益が公共的利益と同一である、という素朴な認識は、もはや消滅している。両者の分離を前提にしつつ、後者をどのように現実化するかという課題が全面に出てきた。

4、都市構造と歩行
 人間的自然に適応した交通という観点から、都市構造を考察してみよう。歩行が、最も自然環境に負担の少ない交通手段である。歩行を都市内交通の基盤と考えることによって、動力化された個人交通を増大させるインフラが減少する。歩行を都市交通政策の基礎に据えることによって、交通量総体が減少する。この人間の原初的交通手段は、前近代から継続している。歩行という人間の原初的行為に適した都市構造が、交通縮減のために不可避的に要求されている。
  都市機能の本質である凝集、高密度、多様性そして調和的混合性を確保するために、歩行という人間の原初的能力が都市機能をより改善する。近代都市においても歩行の意義は、看過されるべきではないであろう。都市構造が、歩行等の原初的な交通手段に適合しなければならない。
  都市構造がエコロジー基準に適合することは、化石燃料に依存する交通システムからそれに依存しない交通システムと同一的水準にある。都市構造の変容が、ポスト・化石燃料交通システムへの移行を可能にする。
 歩行者交通のための環境を整備することは、公共交通の充実と同義である。歩行のための装置が整備されることによって、公共交通の装置も整備される。地域内の公共的人員交通と歩行者交通は、相補的である。地域内の公共的人員交通の輸送能力を向上させるためには、歩行者交通を充実しなければならなかった。現在では、歩行という交通手段は1㎞前後の距離を前提にしている。それ以上の距離を移動することは、公共交通を利用しなければならない。両者のための交通環境を整備することによって、動力化された個人交通を縮減できる。
交通縮減という概念が、後期近代において出現してきた。環境問題が、都市政策における上位要因になった。交通が、都市における環境破壊の最大の源泉の一つである。このような認識が、市民の日常意識を規定するようになった。徒歩、自転車等の動力化されていない交通手段と、この交通手段を媒介にする高品質の地域内の公共的人員交通が、交通政策においても求められている。バスではなく、路面電車がこの課題をより遂行できる。   
  バスは、動力化された個人交通に対抗できない。個人交通の増大によって、都市機能とりわけ都市中心街おける都市機能が限界を超えつつあった。この事態に対応した交通政策と都市政策が、喫緊の課題として社会的に承認されている。この思想を実現するためには、都市構造の本質的変革が求められている。
  いかに困難であれ、全体知として都市構造全体が交通政策担当者の意識構造へと埋め込まれなければならないであろう。空間構造に関する全体知を指向することは、都市住民の交通意識と交通態度を水路づけることにつながるであろう。

5、宇都宮市路面電車ルネサンスと都市構造

 これまで、ドイツの前世紀の議論を中心にして、都市構造に関する全体知を指向する必然性に関して論述してきた。宇都宮市電の建設もこのコンテキストにおいてより理解できるであろう。ただし、宇都宮市の路面電車ルネサンスはその構想からほぼ半世紀が経過しているが、工事施工の認可以後も未だに民主党(現 民進党、国民民主党、立憲民主党等?)、共産党、社会民主党等を中心にした反対運動も残存している。動力化された個人交通だけを指向し、公共性あるいは公共的利益を指向しない。本邦における左翼的な反対運動の本質あるいは限界が、本事業に対する政治思想において露呈しているのかもしれない。

 以下の文章を付け加える(2018年12月16日)。
 「従来型の左翼は、単なる既得権者層にすぎない。彼らは、既存の部分的利益、たとえば児童福祉を享受する児童扶養者、老人福祉を享受する老人層の部分的利益を都市全体の利益に優先させる。彼らが題目にしてる環境保護も題目にすぎない。もちろん、題目は自らの精神を安泰化させる。それだけにすぎない。左翼と看板は即刻下ろしたほうがよい。もっとも、1950年代から彼らは左翼とは規定されていない。既存の福祉に固執するエゴイストにすぎない」。

  伝統的な市民運動が指向する反対運動の本質は、現状維持にある。ここで問題にした公共交通の本質というコンテキストに基づけば、バスに一元化しようとしている。しかし、バスは動力化された個人交通に対抗できない。いずれ、バスだけに一元化された公共交通は、衰退する可能性が高い。もちろん、ここで路面電車に一元化すべきであると主張しているのではない。バスに一元化するのではなく、多元的な公共性そして公共交通を主張しているにすぎない。バスのトランジットセンターが、路面電車の主要電停において設置している。幹線としての路面電車、支線としてのバスという棲み分けを主張しているにすぎない。
  また、公共性あるいは公共的利益の本質は、ここでは公共交通の存在形式あるいはその存在それ自体と関連づけている。もちろん、別の観点から考察すれば、その存在形式に関する具体的表象も異なっているのかもしれない。


(1)本記事は、「公共空間X」にも転載されている。http://pubspace-x.net/pubspace/archives/5252 「Datum 21.08.2018」
(2) 本稿は、政治学概論の講義原稿(政治学原論12 公共性の存在形式――世界総体から都市へ――都市研究としての宇都宮市の公共交通政策)に基づいている。この2018年度政治学概論・第12回講義(2018年6月25日)は、市民公開講座として学生だけではなく、都市住民にも公開された。
(3) この公開講義の概要は、今井正一「宇都宮のLRT『路面電車ルネサンスの最高点』」『函館新聞』(2018年6月26日、第14面)、https://digital.hakoshin.jp/news/national/36104
[Datum 26.06.2018]

『北海道新聞・夕刊(函館版)』(2018年7月5日、第11面)等においてすでに紹介されている。
(4) 富山市の路面電車ルネサンスに関して、昨年度にすでに公表している。田村伊知朗「富山市、宇都宮市の路面電車ルネサンスと国土交通省都市・地域整備局――路面電車の建設をめぐる中央官庁と地方自治体の関係に関する政治学的考察」(未公表論文)および昨年度の講演「富山市の路面電車ルネサンス――富山市のLRT導入背景」今井正一」「富山市の路面電車ルネサンス」」『函館新聞』(2017年6月23日)、第15面参照等。
https://digital.hakoshin.jp/news/national/22157[Datum 23.06.2017]

田村伊知朗(近代思想史専攻)

新聞での紹介 『函館新聞』、『北海道新聞』「交通縮減の思想――路面電車ルネサンスとしての宇都宮市電に関する政治思想」

『函館新聞』

20180626

『北海道新聞』


20180705


20170622 『函館新聞』掲載――富山市の路面電車ルネサンスにおける残された課題

路面電車ルネサンスの日本版として、富山市の路面電車ルネサンスを研究している。残された研究史として、この交通政策史および都市政策史における国土交通省都市・地域整備局の役割を検討している。その成果の一部を北海道教育大学の市民公開講座として講演した。それが、『函館新聞』(2017年6月23日、14面)に掲載された。記事執筆者は、今井正一である。彼は、2013年6月22日の日独協会における路面電車に関する講演会に関する記事を書いていた。何か御縁を感じる。
(右クリックすると、大きくなる)。

20170622_2


Eine nähere Betrachtung des Plans, das Straßenbahnnetzwerk der Stadt Halle bis Heide-Nord auszudehnen, und dessen Scheitern

Der öffentliche Verkehr und das bürgerliche Bewusstsein von der Öffentlichkeit im Vereinigungsprozess der beiden deutschen Staaten – Eine nähere Betrachtung des Plans, das Straßenbahnnetzwerk der Stadt Halle bis Heide-Nord auszudehnen, und dessen Scheitern

 

                                                       Ichiro Tamura

 

 

                             Zusammenfassung

 

                                 

 

  Am äußersten nordwestlichen Rand der Stadt Halle an der Saale liegt Heide-Nord, wo in der letzten Phase der DDR im großen Maße Plattenbauhäuser für die Maschinenindustriearbeiter gebaut wurden. Dabei musste für die Einwohner im neuen peripherischen Gebiet zwangläufig ein öffentlicher personaler Nahverkehr zwischen diesem Stadtviertel und dem Stadtzentrum eingerichtet werden. Gerade nach dem großen gesellschaftlich-politischen Wandel entstand die Möglichkeit, den Plan, Straßenbahnnetzwerk bis Heide-Nord auszudehnen, zu verwirklichen. Das Gemeindeverkehrsfinanzierungsgesetz wurde auf die neuen Bundesländer ausgedehnt, um Förderungsmittel für die Erweiterung vorhandener Anlagen des öffentlichen Verkehrs zur Verfügung zu stellen. Durch die zukünftige Umsetzung dieses Plans wären die Einwohner dieses Stadtteils in der Lage, ohne umzusteigen mit der Straßenbahn direkt ins Zentrum zu fahren.
  Trotzdem wurde es in den neunziger Jahren des vorigen Jahrhunderts beschlossen, diese Richtlinie zur Verbesserung des öffentlichen Verkehrs nicht zu verwirklichen. Das Scheitern des Plans gründete sich auf der offensichtlich drastischen und massenhaften Bevölkerungsschrumpfung in dieser Stadt im Ganzen, besonders in diesem Stadtgebiet.
  Der vorliegende Bericht macht zum Gegenstand seiner Forschung die Diskussionsprozesse der Verkehrsplanungsbehörden über den Plan der Ausdehnung des Straßenbahnnetzwerkes vom Stadtzentrum bis Heide-Nord, die einen wesentlichen Bezug zur Idealvorstellung des öffentlichen Verkehrs und der Straßenbahn aufweisen. Der Grund für die sogenannte Renaissance der Straßenbahn besteht darin, dass sich das bürgerliche Bewusstsein von der Öffentlichkeit in der späten Moderne veränderte. Dabei spielte eine große und wesentliche Rolle das Bewusstsein für Umweltschutzpolitik in urbanen Ballungsgebieten und die zu verstärkende Sozialfürsorge für die zunehmend alternde Bevölkerung. So erklärt dieser Forschungsbericht, aus welchem Grund und in welcher Weise der Plan, das Straßenbahnnetzwerkbis Heide-Nord auszudehnen, in der Öffentlichkeit der Stadt gerade nach der Vereinigung der beiden deutschen Staaten diskutiert wurde und schließlich nicht verwirklicht werden konnte.

 

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