東日本旅客鉄道株式会社という官僚組織における責任倫理――品川駅の遅延証明を青森駅で発行するという感動的快挙ーー後日談における更なる感動

20151007
東日本旅客鉄道株式会社という官僚組織における責任倫理――品川駅の遅延証明を青森駅で発行するという感動的快挙ーー後日談における更なる感動

                                            田村伊知朗(北海道教育大学・教授)

 東日本旅客鉄道株式会社が巨大な官僚的組織であることは、世界的に知られている。鉄道の定時かつ大量運行という点において、その運行業績はドイツ鉄道を凌いでいる。欧州では、ドイツ鉄道の業績は群を抜いている。それを凌駕していることによって、この営利企業の業績は、世界に冠たる唯一無比である。
 この鉄道会社を2015年10月1日に利用した。その際の感動的快挙を本ブログで記しておきたい。その感動は、東京支社管轄下の品川駅における遅延証明を数日後、盛岡支社管轄下の青森駅で発行するという神がかり的快挙に基づいている。
 事実経過を記しておこう。当日の予定では、ドイツから帰国後、成田空港から成田エクスプレス32号(成田空港発15時18分)に乗車して、品川駅に16時22分到着する予定であった。品川駅からタクシーを使用すれば、20分弱(高速使用)で羽田空港に到着するはずであった。ロスタイムを考慮しても、17時前には羽田空港に到着する予定であった。17時15分締め切りの手荷物検査場通過時間には、悠々間に合うはずであった。17時30分発の函館行き最終便に搭乗できたはずである。
 ところが、この電車が品川駅に到着したのは、29分遅れの16時51分であった。タクシー乗り場に到着した時には、すでに17時を過ぎていた。17時15分前に羽田空港に到着することは、ほぼ不可能であった。その時点で、24時間以上ほとんど睡眠していなかった。これに由来するドイツから帰国後の心身疲労が、極度に達していた。数分の違いで羽田空港に到着できるかもしれないという考えもあり、ここで混乱していた。
 品川駅で、当日函館に帰ることができるか否か照会した。担当者の返事によれば、それは可能とのことであった。はやぶさ31号(東京駅発18時20分)に乗って函館に帰ることにした。新青森駅に到着したのは、21時37分であった。そこから接続普通列車(新青森発21時46分)に乗車して、青森駅に行った。到着したのは、21時52分であった。寝台急行「はまなす」(青森駅発22時18分)に乗車した。遅延証明を終点の函館駅で要求しようと考えていた。
ここからは後日冷静になって考えたことである。品川駅で特急券と乗車券を持っていたので、有人改札駅で、その特急券に29分遅延と手書きで書いてもらい、ハンコをもらえばよかった。しかし、その手続きを忘れた。この行為に気づいたのは、新幹線車内、仙台駅周辺であった。そのとき、車掌が検札にきた。巡回車掌の提案によれば、函館駅ではなく、青森駅で遅延証明を依頼すべきである。青森駅で乗り換え時間が26分ほどあったからだ。J東日本旅客鉄道株式会社と北海道旅客鉄道株式会社は別会社である。同一会社の方が、連絡体制は充実している。このような事実を車掌は教示した。巡回車掌の言説は、まさに的確であろう。本案件が自分の処理能力を超えている。しかし、どのようにすべきかを、的確に明示していた。
 青森駅で遅延証明を要求した。しかし、深夜でもあり、担当者も多忙であった。自分の住所と電話番号、及び成田エクスプレスの号数を書いたメモを緑の窓口担当者に渡した。遅延証明の郵送を青森駅担当者に依頼した。
 本日、2015年10月7日に郵送で遅延証明を受領した。「10月1日、成田エクスプレス32号、品川駅29分遅延」と明記されていた。書類の発行主体は、「青森駅」と明記されていた。東京支社管轄下の品川駅の遅延証明を、数日後、盛岡支社管轄下の青森駅でいただいた。
 このような事実は、日ごろ各種の官僚機構の末端と交渉しているビジネスマンにとって、驚愕の事実である。ある知人は、様々な国家官僚と日々交渉している。彼にこの事実を電話で話したとき、絶句した。彼の仕事の大半は、窓口を盥回しされることである。的確な担当官を見出すことが、彼の唯一の仕事である。複雑な社会的欲求に対応して、官僚機構も細分化されている。そのような仕事をしているビジネスマンが一言、電話口でつぶやいた。「ありえない」。官僚組織と悪銭苦闘しているビジネスマンを感動させた。
 以下は、筆者の推定である。つまり、青森駅担当者は、盛岡支社に連絡した。盛岡支社担当者は、東京本社運行管理部(推定)に照会し、その事実を確認した。そして、直接あるいは間接的に青森駅担当者に連絡した。
 膨大な時間と労力がこの間に費やされている。もし、ドイツ鉄道であれば、そのような仕事は管轄外であると、一蹴されて仕舞であろう。本邦でも、東日本旅客鉄道株式会社以外の官僚組織であれば、盥回しと先送り主義は得意技の一つである。「私の管轄外である」という言説は、末端の木端役人の常套句である。市民の立場からすれば、「誰の管轄か」ということは、わからない。多くの市民は、この言説に何度泣いたことであろうか。私も、数多く体験している。それは、「馬鹿役人」シリーズに数多く書いている。
 管轄外の仕事に対する役人の行為規範は、新幹線の巡回車掌の行為において的確に示されている。市民からの問い合わせに対して、管轄外であることを明示することは、重要である。しかし、それだけにとどまらない。とどまっているいるかぎり、馬鹿役人と同様である。その依頼に対応可能な部署を明示することが、重要である。この意味において、この感動的快挙の隠された主役は、巡回車掌であるかもしれない。否、彼こそがこの快挙の主役である。彼の的確な提案がなければ、青森駅における私の行為も存在しなかった。
 私が依頼した仕事は、どのようなマニュアルに従っても青森駅担当者の管轄外である。にもかかわらず、可能な範囲で市民の依頼に対応しようとした。私は僥倖を得た。この依頼は、砂漠の中からコンタクトレンズを探して欲しいということに等しかった。小泉純一郎元総理の言説を借りれば、感動した。
 このような僥倖は、青森駅担当者の組織全体に対する責任倫理が発現されたことに由来している。この責任倫理は、明治以来から連綿と続く旧国鉄一家を支えた責任倫理でもあろう。鉄道の運行とそれに付随する業務に対して、管轄マニュアルを超えて対応している。このような倫理を担う人間が存在する。
 本ブログでは、様々な組織に宿っている官僚制的無責任をたびたび批判してきた。しかし、このような官僚組織の構成員も存在する。もちろん、多くの官僚機構の構成員は、この青森駅担当者と異なるメンタリテートを持っている。彼は例外に属しているのかもしれない。


20151029――後日談、感謝の手紙の受領 

 この感動的快挙に関する感謝の手紙を、東日本旅客鉄道東京本社広報部長及び盛岡支社管轄下・青森駅担当者に送付した。さらに、このブログ記事を印刷して添付した。もちろん、返信は期待していなかった。御笑覧いただければ、それで幸いであった。
本日2015年10月29日、東京本社・サービス品質改革部から、それに対する感謝の手紙をいただいた。数千字に渡る長文の手紙であった。家宝にすべきである。神棚に飾って感謝した。小泉純一郎元総理の言葉を再び借用しよう。感動した。
 日々の日常生活は、様々な苦難に満ちている。楽しいことはほとんどない。それでも、感動するということはある。日常におけるささやかな喜びである。ここに記しておきたい。


追記
 サービスに関する感謝あるいはその反対の苦情も含めて、広報部ではなく、サービス品質改革部に連絡すべきである。もっとも、正常に機能している組織において、組織外からの連絡は、しかるべき部署に伝達される。それは、官僚組織の管轄とそこにおける責任倫理に基づいた行為である。外部からの広報部宛の文書は、サービス品質改革部に転送された。この意味でも、東日本旅客鉄道株式会社は、世界に冠たる鉄道営利企業である。

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函館の衰退――江差線(江差―木古内間)の廃止

20140511 函館の衰退――江差線(江差―木古内間)の廃止

 本日、2014年5月11日でもって、江差線の江差―木古内間が廃止された。この列車は、本日の最終列車であると同時に、江差行の最終列車である。昨日までは、この列車が翌日の始発電車になったはずである。しかし、本日の最終列車が函館に到着することは永遠にないであろう。  

 もちろん、津軽海峡線(函館―木古内間)は残る。しかし、函館は鉄路として江差を結節することはできない。鉄道地図から、江差が消滅する。当然のことながら、この意味は江差にとって重要である。さらに、函館にとっても重要である。青函トンネルの開通によって、函館はすでに鉄路による松前との結合を喪失している。江差との結合を喪失したことによって、函館は、鉄道による日本海沿岸との結節点を喪失する。歴史的に考察すれば、函館は周辺都市、江差、松前を鉄道によって結合することによって繁栄してきた。その一端がなくなった。もちろん、青森、札幌等との鉄道による結合は残存しているが・・・。かつて田中角栄は「赤字ローカル線が集まって、新幹線が黒字になる」と言ったそうである。その赤字線がなくなった。2015年には北海道新幹線が新函館まで開通する。赤字ローカル線を廃止してきたJR北海道に未来はあるのであろうか。  

 識者は言うかもしれない。もはや、鉄道の時代ではなく、道路の時代である、と。江差と函館間には国道228号線があり、2019年には函館と木古内間には自動車専用道路も開通するではないか。それで十分ではないか。公共交通に限定しても、バスがあるではないか。自家用車も利用可能である、と。果たして、そうであろうか。

 北海道の交通は冬場を基本としている。豪雪の降るなかで、凍結した道路を高速で運行可能であろうか。鉄道は豪雪にもかかわらず、ほぼ定時に運行可能である。その選択肢が喪失された。  

 次に、バスという公共交通が鉄道に対して代替される。バスは自家用車と同様に道路を使用する。利便性という観点からすれば、バスは自家用車に対抗できない。また、自家用車と同様に、環境に対する負荷をかけるし、自家用車と同様な欠陥を持っている。渋滞すれば、使用不可能である。鉄路は道路とは本質的に異なる。  

 さらに、大間原発建設によって、函館市は避難計画を作成しなければならない。東京電力株式会社福島第一原子力発電所の問題も同様である。収束宣言が出されているが、近い将来の危機については少なくとも議論の対象になっている。 30万人という膨大な都市住民に関する避難計画が作成されねばならない。多くの選択肢を必要する。数日間で30万人を避難させねばならない。少なくも、その避難計画作成は、函館市行政の責任である。道路だけに依存する避難計画は無意味である。道路は一台でも自家用が止まればそれでお仕舞である。ガス欠等が多発するであろう。後続の自家用車は渋滞するだけである。JAFも到着できない。阿鼻叫喚する運転手とその家族に放射能が襲いかかる。もっとも、放射能を浴びても気が付かないし、すぐには健康被害もでないであろうが・・・。

 江差線があれば、事情は異なっていたであろう。大間原発あるいは東京電力福島第一原子力発電所において危機的状況が発生したとしても、偏西風によって、江差等の日本海側は安全である確率が高い。また、より西に位置している奥尻島への鉄道と船舶による避難も考慮されるべきであった。江差線の廃止によってその可能性もなくなった。 道路に一元的に依存する社会は、脆弱である。

(写真上は、最終江差行列車の函館駅における雄姿である。さすがに、この列車は3両編成であり、多くの乗客が乗車していた。写真下は、列車が去った後のホームである。函館の将来を暗示しているかのようである)。

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統一地方選の争点(全文)

 

統一地方選挙の争点(『読売新聞』200744日、29面)

                        

今春、北海道知事、北海道議会議員、函館市長、函館市議会議員を決定するための統一地方選挙が実施される。もちろん、その結果は今後4年間の道南地区の将来を決定するであろう。おそくらそれが争点になることは間違いないであろう。この短期的視点からすれば、争点は明瞭であり、その概念化が容易であろう。しかし、真の問題点は、今後4年間だけではなく、今後10年、あるいはその先の20年後の函館将来像が隠された争点の一つであろう。この4年間に実施される政策はそのほとんどが過去の4年間に議論され、決定された政策の実施でしかないであろう。もちろん、その微調整はあるにしろ、大枠を覆すことは困難であるからだ。したがって、今回の統一地方選挙は今後の4年間の議論を通じた10年後の函館圏の将来を決定する選挙になろう。況や、どれほど政治家個人の過去の政治的資質等がジャーナリズムにおいて喧伝されようとも、10年後の函館にとってほとんど問題にならない。そのようなことが争点になること自体、函館の将来に禍根を残すことにつながるであろう。

地方自治体にとって最も重要なことは、交通をどのように整備するのかということにある。政治的に制御不可能な自然的条件を別にすれば、交通の形式が街全体の基礎を規定している。行政の役割は特定の産業を直接的に援助することではない。観光業を例にとれば、建物等の観光資源を作ることではなく、民間資本が進出しやすい環境を整備することが重要であろう。行政に求められていることは、商店、あるいは飲食店を税金によって整備することではなく、民間人が商店等を開業するための交通基盤、とりわけ歩道、アーケイド等の交通基盤を整備することにある。

この交通網の整備という観点から函館圏における10年後、20年後の政策決定において重要であることは、北海道新幹線の新函館駅建設である。この意味の重要性は、函館市民に共有されている。10年後の新函館駅開業までの経済効果、及び開業直後の特需効果はそれなり期待できよう。しかし、その効果は北海道新幹線が新函館駅に止まっているかぎりでしかない。20数年後には、札幌延伸は不可能だとしても、長万部延伸は十分射程内であろう。この問題が今回の隠された争点であろう。

しかし、この交通の整備を、自動車道の整備に短絡化させてはならない。むしろ、それ以外の交通形式、鉄道、自転車道、歩道の整備こそが重要であろう。新幹線新函館駅建設の問題に帰れば、新函館駅と、在来線現函館駅を中心にした函館市街とのアクセス網は現在高規格道路のみが議論されている。しかし、高規格道路の建設はその沿線に大型商店群を建設することにつながる。ひいては現存している函館市街、あるいは旧上磯町市街の商店群の衰微をまさに促進することと同義である。また、10年後には新函館駅と札幌とが高速自動車道で接続可能になっているはずである。新函館駅、あるいは新長万部駅と札幌が接続可能になり、必ずしも新函館駅から函館旧市街への人の移動が促進されるわけでもない。

ここでは、新函館駅と現函館駅との鉄道による接続をより容易にするための問題を札幌延伸に配慮しながら考察してみよう。現在の計画では、新函館駅周辺に単線部分が残されており、その輸送力に問題がある。残された単線部分(七飯駅と新函館駅間)の複線化が課題になろう。さらに、現在公表されているプラットホーム建設計画によれば、在来線、新幹線共用の1面しかなく、速達形式新幹線(たとえば、「はやて」号)と各駅停車新幹線(たとえば、「やまびこ」号)との接続用のプラットホームはない。早急な対策が必要であろう。

さらに、このような新幹線駅建設問題だけではなく、既存の交通網の整備に関しても、自動車道優先の思想が散見される。既存市街地における歩道、アーケイド等の整備が緊急の課題になる。また、幸いにも函館には路面電車が残存している。この電車を基礎にした交通政策が課題になろう。

このような街づくりの骨格を忘れて、個々の観光資源を建設するといった枝葉末節な政策に邁進するかぎり、函館市が数十年後に財政破綻した夕張市にならぬという保障はない。そのための時間は限られている。今回の選挙によってこの問題意識が市民の政治的共有財になって初めて、函館市の将来が開けるであろう。数年後の函館を基準にするのか、20数年後の函館を基準にするのか、つまりどのような政策期間を採用するかが、今問われようとしている。

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一元化的思考ーー鉄道、郵便局、学校の統廃合

 近代社会は一元的思考に染まっているようである。地方分権という思想は思想の世界では流行しているが、現実は初期近代における一元的思考に基づき、構想されている。本ブログでは、この意味を鉄道、郵政民営化という事例に基づき、考察してきた。もはや、小学校唱歌で唄われた「線路は続くよ、どこまでも、野を越え、山越えて・・・」という世界は、失われて久しい。この20年間の国鉄民営化の歴史は、鉄道の廃止の歴史である。確かに、鉄道の収益性の高い、首都圏、関西圏、中部圏において新線の建設が見られる。しかし、地方においては線路の撤去の話題ばかりである。整備新幹線建設という名の国策のもとで、地方路線の第三セクター化が推進されるであろう。最近も第三セクターによって運営されてきたふるさと銀河線が廃止に追い込まれた。

 昨年は、郵便局が民営化された。その将来は、国鉄と同様な運命をたどるであろう。確かに、東京圏、京阪神圏、札幌圏等の中心的な町における郵便局の利便性は飛躍的に拡充するであろう。しかし、地方において国鉄の廃止と同様な運命を辿ることは、自明であろう。

 そして、今後、10年において小学校、中学校という基礎的教育の現場にも、この近代的合理性の波は、押し寄せるであろう。現在、三位一体という名のもとで推進されている合理化は、地方僻地の破壊を一層推進するであろう。

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郵便局、鉄道の廃止と地方破壊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060412-00000039-kyodo-bus_all

 地方の特定郵便局の幾つかが廃止されるようである。民営化された株式会社がその経営効率を向上させるためには、効率の悪い営業拠点を廃止することには、問題がない。株式会社は慈善事業を行っているからではないからだ。当然であろう。しかし、民営化に際して、小泉政権はこの点を否定したにもかからず、短期間でこのような結果になってしまった。

 同様なことが、鉄道の廃止によっても生じるであろう。大都市圏を除いて、鉄道問題とは、鉄道廃止問題である。地方では、新線を建設するという話は、整備新幹線以外にほとんど、聞かない。

 しかし、効率重視によって鉄道を廃止することは、同じ理由でもって郵便局を廃止することと同様である。両者の問題の根本において、同一の問題が伏在している。この結果、どのような魑魅魍魎が出現するかは、誰も予想していない。もっとも魑魅魍魎が出現するころには、小泉政権の面々は鬼籍に入っているであろう。その政治責任を問われることはない。むしろ、牛頭馬頭に苛まれるだけであろう。

なお、政治に期待することが不可能であるという点において、我々近代人は、江戸時代の住民とほとんどかわらない。牛頭馬頭に期待するしかないという点では、数百年前と現代との間には、ほとんど差異がない。

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鉄道の廃止と地方破壊ーーふるさと銀河鉄道の廃止

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060411-00000001-mailo-hok

 北見市長選挙が2006年4月9日に実施され、現職が当選した。もちろん、この投票に北見市民でないものは参加不可能である。しかし、もし、居住自治体の選挙権を放棄することを条件に、この選挙に参加することができれば、この選挙に参加するという人もいたであろう。なぜなら、北見市長は、ふるさと銀河鉄道の経営者でもあるからだ。この現職の当選によって、この鉄道は廃止され、鉄路そのものも撤去されることになった。もちろん、対立候補が当選しても、この状況は変わらなかったかもしれないが・・・。

 この問題は、特定自治体の選挙結果が当該自治体以外の住民にとって大きな問題であっても、非該当の住民には、選挙権がないことを今更ながらに、思い知らされた。もし、この市長選挙の争点として、鉄道問題が浮上していれば、参加する人は多かったにちがいない。少なくとも、この鉄道による利益を享受していた陸別町の人々は、陸別町の選挙権を放棄しても、この選挙に参加したにちがいない。北見市長選挙の結果によって、陸別町は鉄道から見放された僻地にすぎないことを、全国的に承認された。少なくとも、この町に子供を抱えた若い夫婦は、移住しようとは思わないであろう。鉄道すらない町は、教育、医療等の基礎的社会資本に恵まれているとは、到底考えられないからだ。

 もちろん、鉄道の廃止という状況に至るまでに、陸別町を中心とした反対運動、乗客増員運動等なすべきことがあったのかもしれない。これは時代の趨勢ではない。むしろ、戦後60年間の近代化政策の結論である。都市へ、中心へと情報、金銭、そして人間を集中させてきた政策の結果である。しかし、地方破壊の果てに、どのような魑魅魍魎があらわれるのかは、未だ明らかになっていない。

 

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道路の鉄道線路への転用ーー法律的根拠

「2006年3月30日 (木)、道路特定財源と鉄道建設ーー道路の鉄道への転用」

という記事を執筆した。この点について、補足したい。もちろん、線路へ道路を転用することは、原則的には禁止されている。しかし、その転用は法律的根拠を持っている。その詳細については、国土交通省のホウムペイジを参照すること。なお、この法律に付随する政令、省令もある。根拠無きものではない。
 なお、逆の事例、すなわち鉄道線路の道路への転用は、頻繁に起こっている。地方路線が廃止されているからである。

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札幌通勤圏

 現在、北海道では札幌への一極集中が進んでいる。
 しかも、札幌を広義の札幌通勤可能圏と解するならば、北海道の人口の約60%がこの区域に居住していることなる。面積は10%にしかすぎないにもかかわらずである。

 逆に言えば、それ以外の地域の地盤沈下が著しいことになる。このような政策を推進することは、もちろん行政効率を良くするし、多大な利益を生むことにもなる。他面で、どのような結果をもたらすかを精査しているのであろうか。疑問に満ちている。

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