末端公務員組織における前例主義と役所文書のお笑いIT化――JPEGファイルの送信か、書類原本の郵送か

20150520
末端公務員組織における前例主義と役所文書のお笑いIT化――JPEGファイルの送信か、書類原本の郵送か

 住民基本台帳および国民背番号が電子情報化され、国家管理されるようである。その導入によって、どのような利益が国民の側にあるのかはわからない。いずれにしろ、国家官僚は、すべての情報が電子化されるべきである、と考えてよかろう。
 しかし、末端の官僚機構、たとえば市町村役場、あるいは第3セクターでは、未だに紙の形式にこだわっている。ある文書、定期報告の類に関する事柄である。この文書が他者に影響を行使することは、ありえない。ただ、保存すべき文書であるにすぎない。しかも、年度が替われば、廃棄されるべき文書にしかすぎない。
 このような文書の現物を郵送するのではなく、スキャンしJPEG文書としてある役所に送付した。しかも、「ペイント」で開くことができるという文言も添付した。この文書を電子情報として送付するときに、担当者と電話で話した。担当者は絶句していた。「スキャン?」、「JPEG ?」。私は、この年配の担当者に、簡単にこの文書を開けることを説明し、若い担当者にお願いする方法を教えた。
 しかし、最終的にこの電子情報は受け取れない、と回答してきた。郵送しろ、とメイルがきた。電子情報として受け取ったことがないからである。ここでも、前例主義である。国家官僚が電子情報を好むことと対照的に、末端の組織ではそのような事例はないと拒否される。国家の意向すら、末端官僚組織は拒否する。このような官僚組織と国民は対峙しなければならない。国民は、中央の高級官僚と対峙できない。国民に対して役場の窓口しか対応しない。

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官僚世界における学歴重視――環境世界への順応性と批判的精神の欠如

20150216 官僚世界における学歴重視――環境世界への順応性と批判的精神の欠如
官僚機構は、形式的合理性を問題にする。それは、対象だけではなく、主体つまり自らを正当化する際、その学歴と成績を問題にする。どの大学に入学し、どのゼミナールに所属し、どのような成績を取得したかが問題になる。もちろん、それなりの大学、最低でも早慶卒業が前提になる。そして、法学部でも著名なゼミナールに所属しなければならない。著名なゼミナールに所属するためには、成績が問題になるからだ。専門課程における優の数も20個以上、ほぼ全優である(ちなみに、10数年前までは、4単位制であった)。卒業後、30年以上経過した本省勤務の50歳前後の課長、及び課長級と話をしていると、最後に問題になるのは、大学時代の成績と上級職試験の順位である。それだけではないにしろ、彼らの現在の地位、つまり本省の課長であることの正当性は、大学時代の成績である。
 それを哀しいとみる向きもある。人間の価値は学齢に還元されない。もちろん、正しい。しかし、彼らが少なくとも青春時代、学校という対象世界において順応してきたことも事実である。その順応性は、役所の仕事においても大いなる役割を果たしてきたことも事実である。
 しかし、このことは彼らがその環境世界に対して批判精神をもっていなかったことも証明している。環境世界における致命的欠陥を洞察する力をもっていなかったか、あるいはそのような力を有していた人間は、大学時代においてその片鱗を見せていたはずである。少なくと、優の数を競う世界から逸脱する傾向を持っていた。

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ドイツのサッカーワールドカップ優勝――サッカー協会におけるドイツ官僚制の優秀性と日本官僚制の馬鹿性

20140714 ドイツのサッカーワールドカップ優勝――サッカー協会におけるドイツ官僚制の優秀性と日本官僚制の馬鹿性  

 本日2014年7月14日、ドイツ連邦共和国代表がサッカーワールドカップで優勝した。これは、ドイツのサッカー協会――民間組織ではあるが、官僚化している――の勝利であると同時に、ドイツの官僚機構総体の勝利である。  

 本年は、1989年のベルリンの壁崩壊以後25周年というドイツ史における記念すべき年である。4分の1世紀が経過した。ドイツ語の日常用語において4分の1、2(半分)、4分の3という区切りは、日本人が考えられないほど意識下に刻印されている。日常会話において「8時が4分の1きた」といいう言い方がされる。7時15分のことである。

 ちなみに、20世紀最大の世界史的事件は、1989年のベルリンの壁の崩壊である。この事件によって、旧東欧社会主義国家が崩壊し、旧ソ連邦も崩壊した。それだけでは政治史の事柄にすぎないかもしれない。しかし、この政治史的事柄は、社会主義と共産主義という思想に対して、最後通牒を与えた。初期近代から残存していた社会の根源的変革という思想が、その命脈を絶った。

 本年は、この記念すべき年から25年である。この年に開催されるサッカーワールドカップで優勝することは、ドイツサッカー協会だけではなく、ドイツ国家の悲願であった。この年のために、少なくとも10年前から準備がなされたのであろう。10年後を見据えた布石が打たれた。少なくとも、監督レーヴは、ヘッドコーチを入れると10年間、代表チームの責任者であった。  10年後の本日、ドイツは優勝した。それは10年前に、すでに予定されていた。もちろん、優勝という事象には偶然的要素もあったとしても・・・。ここでは、もはや旧東独と旧西独の統一チームという概念すら問題にならない。代表選手のなかで、旧東独あるいは旧西独出身という区別はない。あったとしても、それは彼らが幼児の時の記憶でしかない。もはやその区別が消えた。まさに、統一直後のトラウマは消滅した。その表現が夏のドイツのサッカーワールドカップ優勝と冬のドイツ統一記念祝賀行事である。 本年でもって、統一問題、とりわけ旧東独問題に終止符が打たれる。

 それに対して、日本のサッカー協会は4年後のことしか考えていない。報道によれば、元メキシコ監督が一族郎党を引き連れて、来日するそうである。4年後また、新しい監督とヘッドコーチ、そして一族郎党が招請されるのであろう。そして、また8年後も。この繰り返しでは、組織力を誇るドイツサッカー協会に敗北するであろう。組織性は試合の戦術の問題だけではない。サッカー協会の問題であり、日本の官僚機構の問題である。 近視眼的な日本官僚制と、少なくとも10年後のことを考えて行為するドイツ官僚制の違いがある。4年後のことだけを考えて監督人事を考察している日本サッカー協会は、また4年後に同じことを繰り返すであろう。少なくとも、日本の優勝は100パーセントありえない。本田選手等の現場の選手の奮闘だけに基づく優勝という標語は、荒唐無稽である。竹槍でB29を撃ち落とすという標語とほぼ同義である。

 「メルケル首相とガウク大統領の同一のドイツ飛行機でのブラジル旅行」も 国家的リスク管理の観点からすれば、大いに問題があったかもしれない。そんなことは、ドイツ官僚機構は承知している。しかし、ドイツ国家の悲願という観点すれば、この勇み足も理解可能である。  

 

「ドイツ:「2トップ」W杯観戦へ…同じ飛行機、問題あり?」

『毎日新聞』20140712日 2122分(最終更新 0712日 2323分)

/mainichi.jp/select/news/20140713k0000m030054000c.html

 

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無責任体制としての官僚制――大学における懲戒解雇に関する裁判闘争における官僚の無責任

20140620 無責任体制としての官僚制――大学における懲戒解雇に関する裁判闘争における官僚の無責任

 

 通常の国家公務員ではあまり聞かないが、大学において教授に対する懲戒解雇は、かなり聞く。鹿児島国際大学3教授不当解雇事件は著名である。ある事案によって、懲戒解雇がなされたとしよう。対象教授、より日常用語を用いれば、まと(的)になった教授は、それに対して裁判に訴える。

解雇権の濫用、あるいは不当解雇が訴状の中心である。しかし、第一審で労働者が勝利したとしても、大学は高裁に控訴する。当然、一審判決が支持される。それでも、大学側が懲りない場合もある。上告する。最高裁は、高度な憲法判断が要求される事例、事実認定に重大な瑕疵がある場合にのみ、審理する。労働問題における解雇権の濫用等の判例が積み重なった事例の場合、上告棄却がされる。単純化すれば、門前払いである。

しかし、この間、労働者である教授は、6-10年裁判にかかわらねばならない。40代の少壮准教授であれば、もっとも油が乗る時期である。課程博士だけではなく、論文博士を目指す場合もある。老教授であれば、定年を迎える。その時間を裁判闘争にだけに集中しないといけない。第二審判決が確定したとしても、その時間が返ってくるわけではない。

他方、学長をはじめとする大学役員、そして懲戒事案を審理した懲戒委員会委員等の教授は、裁判に敗訴したからといって、何ら不利益はない。裁判費用は、運営交付金及び私学助成金等の税金、学費等から補填される。裁判その自体も勤務時間内に行われる。出張費用、日当まで支給される。誰も、個人的責任は問われない。冤罪として有名になった袴田事件においても当該捜査担当者、裁判官も退職金を受領し、年金生活を謳歌する。それに対して、労働者である教授はすべて自弁である。

袴田事件において、ある裁判官が自責の念に堪えかねず、裁判過程を反省している。しかし、それは稀である。多くは、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいる。大学における不当解雇に際して、関与した学長、役員、懲戒審査委員もほぼ同様である。彼らには、すでに退職している場合も多い。退職金を満額受給し、年金も十分な額を受領しているはずである。

解雇権の濫用あるいは不当解雇による労働法に関する裁判の場合、一審判決が出た時点で、大学は控訴を断念すべきである。もちろん、労働者は最高裁まで上告したければ、上告すればよい。自弁であるからだ。法人の資金をこのような事例に浪費すべきではない。また、上告することによって、損害賠償額も増大する。誰が、この費用を負担するのか。誰も負担しない。親方日の丸である。

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日本官僚制の問題点ーーいしいひさいち役人論(会議の無駄)

 日本的会議の特質は、どうでもよいことに反応し、大事なことに反応しないことであろう。会議は、会議に参加する構成員にとって重要なことを討論する舞台である。しかし、往々にして、些細なことの過剰反応して多くの時間を費やす。1時間の会議で、文章の間違いを30分以上話し合った会議があった。阻害という漢字を使用するのか、疎外を用いるのか、ということが論点であった。馬鹿ではないか、と多くの参加者は考えていたが、うんざりしながら、聞いていた。もちろん、漢字の使用法、あるいは句読点の一字によって、法解釈そのものが180度変わることは承知している。しかし、変換ミスが明らかである場合でさえも、糾弾の対象になる。

 それに対して、重要なことにはほとんど反応しない。たとえば、多くの大学で教員任期制が導入されている。任期制とは、簡単に言えば首切りである。そのような重大な問題に対しては議論せず、漢字の変換ミスには過剰に反応する。このような馬鹿が多く存在する会社、あるいは組織はつぶれてよいのであろうか。ただ、このような会議に参加する構成員もすべてが馬鹿ではない。まともな構成員は落城を阻止するために、獅子奮迅の活躍をしなければならないのであろうか。そして他の馬鹿構成員から次のように言われるに違いない。「勝手にやって。会議では承認されていない」と。

 

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日本官僚制の問題点ーーいしいひさいち役人論(無能な上司)

無能な上司、あるいは有能であっても担当部署の細部に明るくない上司の仕事とは何であろうか。仕事それ自体に情熱が涌かない場合、書類の重箱を穿ることが仕事になる。改行を是正したり、あるいは「てにをは」の改善に異常な情熱を傾ける。落城まじかの御前会議のように、「方角がよくない」、「書類提出の日付をどのようにしようか」という繁文縟礼に通じた人間が重宝される。そこでは、落城という事実は無いかのようにふるまう。書類作成の細かな慣例が、落城によって無に帰することは、無視される。

 このような人間が多数を占める会社、あるいは組織の先はほぼ見えている。しかし、問題は落城という事実に気づいた人間がとる態度であろう。多数派がそのような議論に熱中しているときに、どのように振舞えばよいのであろうか。御教示いただきたい。

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日本官僚制の問題点ーーいしいひさいち役人論(馬鹿組織)

 この漫画は、現代社会における官僚制、あるいは官僚化した組織を揶揄している。問題は、このような重臣が決定権を保持していることにある。有職故実しか興味のない人間が、なぜ重臣になったのか、この問題こそが問われねばならない。彼らは、戦闘の場における業績を積んだわけではないはずだ。有職故実に業績を上げた人間である。このような人間を組織の上部においたことに問題点がある。危機に対応できない。彼らは政治家のような世界全体像を持たない。全体的視点を放棄した近視眼的人間しか、組織的には用がない。

 現代の役人組織においても同様である。誤植のない文章が書ける人間、退屈な会議が好きな人間が重宝される。誤植の指摘を生き甲斐にしている人間が部長、課長等の要職に就く。漢字を読み間違えたら、減点の対象である。つまらない人間が上に立つほど、組織にとって不幸はない。現代社会における有職故実は、江戸時代と同様に、規則であり、前例であり、横並びの知識である。この観点からすれば、現代社会の役人と、落城寸前の御前会議における役人の間には、差異はない。

 会議という時間が限られている以上、つまらない事柄に時間を割けば割くほど、重要な問題は議論されない。重要な問題は存在していないかのようにふるまう。本当の馬鹿は、自分が書いた文章を読み上げる。日本語で書かれた文章をなぜ読み上げる必要があるのか。議論を封じるためである。

 組織は組織の維持、管理が自己目的化する。なんのための組織であるかが忘却され、管理に強い人間が出世してゆく。営利企業であれば利益を上げる営業畑の人間ではなく、総務畑の人間が出世してゆく。同僚と仲良く喧嘩せず、という人間が頭角を現す。警察機構においても、犯人を捕まえることに執着する人間ではなく、法律と規則に通じた人間が出世してゆく。何時までも犯人逮捕のために靴底を減らしている人間よりも、試験に長けた人間が上司になる。現場の人間よりも、試験勉強が好きな人間が重宝される。

 役人化した組織は、崩壊の危機に陥っている。しかし、当人たちには気がつかないところに問題がある。

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中核都市の議会ーー長い、長い夏休み

 ある地方都市の議会、たとえば第三回定例議会は、9月25日に閉会している。第四回定例議会は、12月上旬である。この2か月以上の夏休みに、議員たちは何をしているのであろうか。11月は夏であるらしい。

 もちろん、本会議ではなく、常任委員会等は、別で開催されているのかもしれないが・・・。少なくとも、ホウムペイジには、何も記載はない。大学の教職員ですら、このような長い夏休みはない。

 公務員に対する非難が好きな人々は、どのように思うのであろうか。もちろん、研修等に従事している議員が大半であろうが・・・。さぞ、読書の秋にいそしんでいるのであろう。そのように信じるしかない。

 500字程度のコメントを募集する。期限は、12月13日木曜日16時である。コメントをしめきりました。

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東北地方、関東地方だけではなく、北海道東部、中部地方までの放射能汚染――九州産農産物の価格高騰

20111115 東北地方、関東地方だけではなく、北海道東部、中部地方までの放射能汚染――九州産農産物の価格高騰

『夕刊フジ』(2011.11.15)によれば、北海道東部から中国、四国地方にかけてセシウムが広範囲に沈着している。[1] この新聞がこの事実を公表したということは、多くの国民にとって驚きかもしれない。しかし、ドイツ気象庁等の情報を3月下旬から数か月間、ほぼ毎日受け取っていたものにとって驚きではない。福島県を含む東北地方、関東地方、中部地方、中国、四国地方にかけて放射性物質が流れたことは、周知の事実であった。

ただ、一般には北海道は、セシウム汚染から免れていると思われていた。この通説の虚偽性をこの記事が暴露したことは、ニュース価値があるかもしれない。東京電力株式会社福島第一原子力発電所からの放射性物質は、春から夏にかけて三陸沖を北上して、釧路、根室を通り、北方領土に流れていたことは周知の事実である。とりわけ、北海道東部の土壌、農産物、海産物が汚染されたことは、否定できない。もちろん、その汚染程度は福島県を含む東北地方、関東地方等に比べれば微々たるものであった。しかし、汚染から無縁とは言い難い。今後、この地方の汚染が問題になるはずである。事実、根釧台地で生産された牛乳からもセシウムが検出されている。[2] 北海道産であることが安全の証明ではもはやないことは、疑問の余地はないであろう。

この情報から明らかになったことは、北海道西部ならびに九州がこの汚染から免れていることだ。少なくも、この情報に依拠するかぎり、九州産の米、野菜、海産物への需要が高まり、かつその価格は高騰するであろう。もちろん、現在九州産の米等の顕著な価格上昇は見られない。しかし、数年後にはその価格上昇によって、九州産の農産物は庶民には手の届かないものとなっているかもしれない。

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福島米からセシウム137等の放射性同位元素の検出ーー福島米は安全であり、政府高官は毎日食べるのであろうか。

20111015 福島米からセシウム137等の放射性同位元素の検出ーー福島米は安全であり、政府高官は毎日食べるのであろうか。

               

2011年の夏、以下のようなセシウム137等が、福島県に隣接する宮城県、茨城県から稲、米から検出された。

しかし、20111015日現在、福島県から二本松市の米を除き、セシウム137等は検出されなかったと言われている。福島県に隣接する茨城県、宮城県からセシウム137が検出され、二本松市を除く福島県のコメから、セシウム137等は検出されなかったのであろうか。そのようなことは常識に反している。[1] 福島県の米からもセシウム137等は検出されている。福島県福島市の米から、暫定基準値を下回るものの有意な数字が表出されている。福島市の米から、セシウム137とセシウム134の合計136ベクレル/Kgが検出されている。[2] その値は、暫定基準値500ベクレル/Kgを下回っているが、311以前の基準値100ベクレル/Kgを超えている。また、WHO基準値10ベクレル/Kgをはるかに超えている。また、セシウム137が検出されれば、ストロンチウム90の検出も予想されるが、福島県庁の公表結果からストロンチウム90がどれほど検出されたのか、されなかったのかという表示をそのホームページからは読み取れなかった。

 暫定基準値以下ではなるが、セシウム137等を含有した福島米は、安全であり、出荷可能であるのか。農水省等の政府機関の職員食堂では、福島産米は飲食されるのであろうか。政府高官は、セシウム137とセシウム134の合計100ベクレル/Kg以上を含有した米を毎日食べるのであろうか。


[1] 

場所

種類

      放射性物質

茨城県鉾田市

 米

セシウム134 

茨城県鉾田市

 米

セシウム137

宮城県丸森町

 稲       

セシウム

宮城県白石市

 稲       

セシウム

福島県福島市(旧小国村)

米   

セシウム134  

福島県福島市(旧小国村)

米   

セシウム137 

 質量 

  日付

典拠         

23ベクレル/Kg 

2011.8.19

産経ニュース

29ベクレル/Kg 

2011.8.19

産経ニュース

23.1ベクレル/Kg 

2011.8.13

河北新報

3.87ベクレル/Kg

2011.8.13

河北新報

58ベクレル/Kg  

2011.9.12

福島県庁

78ベクレル/Kg  

2011.9.12

福島県庁

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