複雑怪奇なPC人生と配線

 職場のPC周りの配線を整理した。新しい機械を導入すたびに、USB配線と電源延長コードが、既存の配線の上に設置された。配線が複雑怪奇になっていた。その整理をしていて、気が付いたことがある。

 無用な延長コードを多用して、配線を複雑にしていた。配線は、2種類しかない。電源配線と、USBによるPC結合配線の2種類しかない。今まで、PC結合配線を必要とする機械、たとえば印刷機やスキャナー等を数か所に分割していた。2本の電源延長コードと、3本のUSB延長コードがあった。整理する過程において、これらが除去された。分量的には、延長距離は約半分になった。

 まず、USB配線だけを整理した。複雑になった事柄は、分割されねばならない。単純化されることによって、人間に認識しやすくなるからだ。この世の複雑な事柄は、単純化される。デカルトから学習した法則である。

 複数の機械を同じ本棚の同じ段に設置することによって、PC結合配線が1本になった。次に、機械電源コードだけを整理した。複数の機械電源も1か所に纏めた。電源延長コードも1本になった。USB配線コードも1本になった。

 また、複数の電源とUSB配線の分岐点を本棚の最下段に集約した。そこは、グチャグチャである。絶望的なほど、グチャグチャである。どうしようもない。しかし、そのすぐ上に、本棚の板を設置した。外からは、このグチャグチャが見えなくなった。あたかも配線がないかのようである。また、配線を下段にたらす際、本棚と壁の間を通すようにした。本棚上段に本を配架することによって、この配線もみえなくなった。
 
 今まで、本棚は壁に隙間なく接合すべきということに拘っていた。この拘りをなくすることによって、配線を本棚の後ろに配架することができた。もちろん、最上段だけは壁に接合されている。安全を確保するためである。

 また、巨大な電話機があった。FAX装置を維持するためである。しかし、この機能を10年来使用していない。この機械を除去した。また、この電話機には、留守電機能がついていた。メール以外で留守電に入った情報は、ろくなものがなかった。この機能も除去することによって、快適な精神状態を維持できる。電話機は、電源を必要としない災害用電話機だけを残した。電話配線1本だけですみ、電源配線を除去した。

 人生は、簡単なことかもしれない。つまらない拘りと全体を考えない状況によって、困難に陥っていた。自分で、自分の状況を複雑怪奇にしていた。自分の困難な状況を、自分でつくっていたのかもしれない。

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討論会の招請 2

「自由の意識はなぜ、現実態を変革しようとするのか」

という題目で、討論会を設定します。コメント欄に論稿を張り付けてください。2000字程度でお願いします。なお、個人名、大学名、会社名等が特定されるコメントは削除されます。

締切は、7月28日になります。なお、コメントはすぐには開示されません。安心して投稿してください。

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日常生活に関する思想史的考察

 哲学あるいは思想という学問が実生活において役に立たないという非難がある。しかし、あることを根源的に考えるという意味において哲学的思考、あるいは思想史的思考は役に立つこともある。もちろん、役に立たない場合も多いが・・・。

 その一例として「君を幸せにする」という命題を考察してみよう。よくテレビドラマで結婚を前提にしている若い男女がこのセリフを口にする。たいていの場合、このセリフを男がしゃべることは、いわゆるフェミニズムと関連している。この問題を除外しても、以下のような問題がある。

1、他者がなぜ私の幸福に関与するのか。幸福、あるいは幸福感は個人的領域に属する。なぜ、他者である男(女でもよい)が、私の幸福に関して絶対的力を持つのか。傲慢ではないのか。

2、幸福という観念は多岐に渡る。そこでは、どのような事態が幸福であろうか。3DKの公団住宅に住むことであるのか、4畳半のアパートに住むことなのか。住宅問題を例にとっても必ずしも一義的ではない。あるいは、物質的事態だけではなく、精神的事柄とも関係する。

3、時間という観念が重要である。もし、幸福観念で両者が一致しても、いつまでであろうか。生涯に渡って?そのような数十年後の未来を予想することが可能であろうか。あるいは、今夜だけのことであろうか。そのことを両者が確かめることはない。

4、もし、この命題をテレビドラマ風に解釈したとしても、それが成就されない場合、どのような保障があるのであろうか。この約束が履行されない場合どのような対価が用意されているのであろうか。

 ざっと考えてもこのような疑問が生じる。しかし、この言葉が発せさられる状況下においてどれほど人間がこのようなことを考えるであろうか。否、このようなことを考えもしないであろう。人間が理性を喪失し、感情に基づいて行動しないかぎり、第一歩を始めることはできないであろうから。人間理性は脆いものである。しかし、理性を喪失した場合のほうが良い結果をもたらすと言ってもよいかもかもしれない。保障のかぎりではないが・・・。

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