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「闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば――中村天風試論」における「珈琲時間」の統合

「闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば――中村天風試論」における「珈琲時間」の統合

 

「珈琲時間」0 【中村天風試論」における「珈琲時間」の改編】

 

「闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば――中村天風試論」における「珈琲時間」

 

 

20220801日投稿済

「珈琲時間」0 【中村天風試論」における「珈琲時間」の改編】

 

はじめに

 「珈琲時間」は、議論の本筋から若干離れるが、示唆的な叙述を意味している。語学教材、例えばドイツ語の入門書において、ドイツ語文法とは無関係であるが、ドイツの学問事情、ドイツ人気質等が「珈琲時間」として記述されている。ドイツ語初級者は、ドイツ語文法の理解困難な本文よりも、「珈琲時間」を楽しみにしている。

 しかし、中村天風試論における「珈琲時間」と中村天風試論が混在しており、通読が困難になっていた。「珈琲時間」における論稿が長くなりそれ自体としての価値を持っていると考えているからである。今後、両者を大幅に改訂し、かつそれを分離して『田村伊知朗 政治学研究室』に掲載する。その内容は、45年前に執筆したものとほとんど変わっていない。バラバラであった内容を「珈琲時間」の全体の中に位置づけたこと、誤植等を修正しただけである。

今後、「珈琲時間」を先に1記事毎に、それぞれ、独立させて掲載していく。その後、まとめて、中村天風試論をまとめる所存である。私的体験と密接に関連している「珈琲時間」を纏める過程で、中村天風試論がより正確になるであろう。

 

20220802日投稿済

「珈琲時間」1 【他者の存在と闇の夜に鳴かぬ烏の声を聞くために】

中村天風試論「3. 道具としての肉体と精神 3.1 人間の本質」補論

 

 ここで私的体験を述べておこう。201972415時半前後にJR札幌駅から地下鉄東豊線札幌駅への徒歩での移動中のことであった。久しぶりの札幌であり、讃岐うどんを食したいという肉体的欲求に従って、地下鉄東豊線札幌駅近くの讃岐うどんの店を訪れた。しかし、その行為は肉体の欲求に応じただけであった。真我の欲求に従えば、握り飯を食するべきであった。あるいは何物も食さないことが、真我の欲求だったかもしれない。事実、かけうどんの中を注文したが、ほとんど食べ残してしまった。御百姓様に申し訳なかったが、真我がこのうどんを拒否していたように思えた。

 また、現在交通論に取り組んでいるが、必ずしも既存の交通論研究の範疇に属することを考察しているのではない。近代思想史の範疇として、近代公共交通論を議論している。この議論を構想することは、私の使命を形成しているはずであるが、それを忘れていることに気が付いた。東豊線の車中であった。隣に座った二人の老婦人が、かなり上品であるが、些細なことに夢中で議論していた。彼女はこのような生活の利便性、JR東のスイカは札幌の地下鉄で使用できるか否かに関して、激論を交わしていた。このような議論をするために、彼女は生まれて来たのであろうか。生活の利便性ではなく、まさに烏の声が聞こえたのであろうか。このときに、私はなにか、烏の声を聴いたような気がした。彼女たちの議論には感謝しなければならない。

 

20220803日投稿済

「珈琲時間」12 【闇の夜に鳴かぬ烏の声と現在の確認】

中村天風試論「3. 道具としての肉体と精神 3.1 人間の本質」補論

 

ある時、田村伊知朗はこの宇宙霊と交感する機会を得た。2019年から2022年にかけてである。今現在、取り組んでいる労作を仕上げることである。それは契機でしかない。現在の課題を認識して、一歩踏み出そうとしている方向性が明瞭になったときである。この瞬間は必ずしも、中村天風の思想における現在ではない。ベクトルとは近未来への方向性であり、第1歩を歩む方向であろう。ベクトルは現在の位置とは無関係である。なぜ、この第一歩を歩みだそうとしているのか。現在において近未来への方向性がエネルギーとして溜まっている。その根拠を問うことが、宇宙霊との対話であろう。暗黒の宇宙が一瞬であるが、眼前に現れた。闇の夜に鳴かぬ烏の声が、聞こえたような気がした。

 

20220804日投稿済

「珈琲時間」2 【胆力は、環境世界の変化を看過する力である】

中村天風試論「4. 人生建設のために必要な生命力 4.2 周章狼狽」補論

 

前もって、段取りをつけていたにもかかわらず、実際にその段になると、右往左往することがある。とりわけ、親族の危篤状況、死去に際して、それが現実化したときに段取り通りすることは、稀である。段取りあるいは計画を忘れて、想定外の選択肢を選びがちである。しかし、その思い付きの選択肢は、段取りの段階において消去されていた場合も多い。胆力がない場合、この思い付きの選択肢を取りがちである。とりわけ、小賢しい理性を有する人間は、段取りにしたがって行為できない。段取りに従って行動することは、環境世界の小さな変化を無視する力を必要としている行動と精神が一致していない状態に陥ることは、中村天風になかったかもしれない。しかし、周章狼狽状態に陥った場合、私のような凡人は、前もって想定されていた段取りに従った方が、良いように思われる。

例えば、親族危篤あるいは死去に際して実家に移動する場合、鉄道を使用するのか、航空機を使用するのか、段取りの段階において精密に検討されていたはずである。しかし、緊急事態に現実に陥ったとき、この事前の段取りを忘れて、別の選択肢を採用しがちである。状況の仔細な変化を無視する胆力が要請されている。胆力は、状況の微細な変化を無視する力である。

但し、段取りに拘りすぎると、良くない結果をもたらす場合もある。予定された時間が切迫しているときに、周囲が見えなくなる。特に雪道を急いでいるときには、下を向いて歩いている。その場合、信号が見えていないことも多い。正面の信号が赤である場合、歩行者は停止しなければならない。にもかわらず、横の信号が緑であり、停止せず、そのまま横断歩道を渡っていた。交通事故に寸でのところで遭遇するかもしれなかった、20222月のことであった。自動車運転者が私の存在に気づき、交通事故を回避できた。交通事故に遭遇すれば、段取りなど無になる。数分の遅れは、次の電車を待てば解決する。気が散っている証拠であろう。

 

20220807日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

中村天風試論「4. 人生建設のために必要な生命力 4.3 一つのことへの集中――柳生但馬守と沢庵禅師の問答」補論

 

「珈琲時間」3.1【電源配線とUSB配線の分離】

 

職場の配線について述べてみよう。PC周りの配線を整理した。新しい機械を導入するたびに、USB配線と電源延長コードが、既存の配線の上に設置された。配線が複雑怪奇になっていた。その整理をしていて、気が付いたことがある。

無用な延長コードを多用して、配線を複雑にしていた。配線が整理できなかった現状は、配線の種類と量を把握していなかったことに由来する。2種類しかない配線をそれぞれ1か所に纏めた。配線は、電源配線と、USBによるPC結合配線の2種類しかない。今まで、PC結合配線を必要とする機械、たとえば印刷機やスキャナー等を数か所に分割していた。2本の電源延長コードと、3本のUSB延長コードがあった。整理する過程において、これらが除去された。分量的には、延長距離は約半分になった。また、コンセントを一本化した。

冷蔵庫の電源を除いて、職場を夕方退去するときに、電源コンセントをすべて抜いていた。今まで、その数が3本あった。それを1本に纏めた。まず、USB配線も1本にだけに整理した。次に、機械電源コードだけを整理した。複数の機械電源も1か所に纏めた。電源延長コードも1本になった。USB配線コードも1本になった。複数の機械を同じ本棚の同じ段に設置することによって、PC結合配線が1本になった。複雑になった事柄は、分割されねばならない。単純化されることによって、人間に認識しやすくなるからだ。この世の複雑な事柄は、単純化される。デカルトから学習した法則である。

 

20220810日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.2【分岐点の集中と機械の除去】

 

 また、複数の電源とUSB配線の分岐点を本棚の最下段に集約した。そこは、グチャグチャである。絶望的なほど、グチャグチャである。どうしようもない。しかし、そのすぐ上に、本棚の板を設置した。外からは、このグチャグチャが見えなくなった。あたかも配線がないかのようである。また、配線を下段にたらす際、本棚と壁の間を通すようにした。本棚上段に本を配架することによって、この配線も見えなくなった。今まで、本棚は壁に隙間なく接合すべきということに拘っていた。この拘りをなくすることによって、配線を本棚の後ろに配架することができた。もちろん、最上段だけは壁に接合されている。安全を確保するためである。

 その後、「ケーブルボックスコード」を購入した。長さ、30㎝ほどの黒い箱であり、両端に穴が開いており、箱のなかに、グチャグチャになった配線を収納できる。1000円から2000円前後で購入できる。配線は完全に整理された。

 さらに、巨大な電話機があった。FAX装置を維持するためである。しかし、この機能を10年来使用していない。この機械を除去した。また、この電話機には、留守電機能が付属していた。メール以外で留守電に入った情報は、碌なものがなかった。マンション等の購入を薦める営業用の留守電は問題なかった。消去するだけであった。これ以外の留守電は私の心の平穏を掻き乱すものばかりであった。2011年当時、大学行政の仕事をしていたが、私の決定に難癖をつけるものばかりであった。留守番電話機能を除去することによって、快適な精神状態を維持できるであろう。電話機は、電源を必要としない災害用電話機だけを残した。もちろん、この機械には余計な機能、つまり留守番電話機能が搭載されていない。私が不在の時の電話を後日、聞く必要はないからである。本当は、50年前の黒電話を購入したかったが、なかなか探すことができなかった。現在では災害用に売られている電話が容易に購入できる。黒電話と比べて、小型であり、プッシュボタン式であり、便利であろう。それで充分であった。電話電話配線1本だけですみ、電源配線を除去した。

 また、スキャナー機能と印刷機能が1台において搭載されているプリンターを購入した。今まで2台の機械が本棚にあったが、1台になった。今では、この機械1台で用が済むようになった。機械のための本棚は1段になった。つまり、プリンターだけが、本棚の最下位棚において唯一つの機械として鎮座している。

 

20220812日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.3 【コンセントの集中】

 

 書斎には、コンセントが東西に二箇所ある。今まで、それを目一杯使用していた。また、電源延長コードを南北の壁に沿って張り巡らしていた。この部屋には、9個の電気機器(携帯充電器、電話子機、枕元照明、机照明、パソコン[日本語OS]、パソコン[ドイツ語OS]、プリンター、ラジカセ、空気清浄器)があった。ほとんど使用していなかった固定電話の子機を書斎から排除した。リビングにある親機のそばに再配置した。携帯電話だけで十分であった。また、携帯電話の充電配線を押入れにしまった。毎日、携帯電話を充電する必要はないからである。

 それでも、残り7個の電気機器が残った。それらをすべて南側の本棚1個に纏めた。北側の本棚から電気機器とその配線が消えた。南側の壁に沿って机があったので、机の下に配線を纏めた。コンセントからの延長コードは1本になった。東側のコンセント1個だけを使用することになった。配線がすべて机の下に位置することになり、視界から消えた。机の幅は140cmである。東壁側のコンセントだけから1本の配線によって接続された。

 これまでは、南側の壁に長い配線が1本、北側の壁にかなり長い配線が1本、そして東側の出窓にもプリンター用の配線が1本あった。すべての配線が視野から消滅した。清々した気分になった。

 

20220814日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.4 【可能性の拡大】

 

 さらに、東側の出窓にあったプリンターを南側の本棚に配置したことによって、出窓全体から物品が消えた。机と同様に使用することが可能になった。机の幅は140cmであるが、出窓の30㎝を机として使用できることになった。実質170cmの机に変貌した。机の上から余計な書類と机上照明が消えた。現在使用している書類だけが、机上にある。未来において使用する書類は出窓に置くことができる。広い机は快適である。

 人生は、配線と同様に簡単なことかもしれない。つまらない拘りと全体を考えない状況判断の欠如によって、困難に陥っていた。自分自身によって自分の状況を複雑怪奇にしていた。自分の困難な状況を、自分でつくっていたのかもしれない。自ら直面している困難の原因は、自分が過去において播いた種にある。現在の課題だけに集中すること、未来と過去の課題を追求しないことを中村天風から学び、そしてこの課題を実践するための配置にした。

 

20220815日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.5 【会議資料の廃棄――過去は未来に役立たない

 

今まで多くの会議資料を職場の本棚に保存していた。将来において役立つからもしれないという想定に基づいていた。しかし、多くの過去の会議資料は、現在そして未来において役に立たない。過去と未来において環境世界が相違している。もちろん、自分のノート等は保存するが、状況依存な書類とりわけ会議資料は、廃棄している。所有物に関する身辺整理の過程において、捨てるべきもとと、保存すべきものが分類される。この過程において、自らにとっての重要性が認識される。その意味で今後の方針が得られる。あまつさえ、本棚を二重にしていた。結局、後段の本棚にあった資料は、私の視野から消えていた。本棚の数を減少させ、すべての資料を可視化した。

 

20220817日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.6 【筆記用具と書籍の限定性――現在と未来の分離】

 

 文具、本、そして日用品も含めて、現在使用する物と、未来において使用する物が混合していた。まず、文具において同一種類を多数所持していた。同じ種類のボールペンを56本持っていた。1度に使用できるボールペンは、1本しかない。机上には1本のボールペンだけを置いた。ボールペンだけではなく、すべての筆記具も1種類だけを机上に置いた。ちなみに、現在では、シャープペンシル1本、青ボールペン1本、赤ボールペン1本しか机上にはない。それまでは、年に数度しか使用しない黒ボールペン1本も後生大事に、ペンケースに入れていた。それまで保持していたボールペン数10本は、まとめて押し入れに入れた。赤ボールペン、青ボールペンも、ブランドはラミーだけになり、かなり高価なボールペンだけに限定した。

万年筆も数種類、机上に置いていた。そもそも万年筆を使用する機会は、年間に数度しかない。その際、使用目的の差異、日本語署名用とドイツ語署名用と区別して使用していた。日常的に使用しない万年筆を押し入れに仕舞った。万年筆1本も、ラミーだけになった。結果的に、シャープペンシルを除いて、ボールペン2本、万年筆1本も、ラミーだけになった。シャープペンシルは、Graphlet 0.5 Pentel PG505 を使用している。鉛筆とほぼ同じ使用感覚を持っており、もともとは製図用のシャープペンシルである。色も黒であり、筆記用具として落ち着きを持っている。

同様に、書籍も現在使用するものと、未来において使用するものを分離した。未来において使用するものを別の部屋と書斎に隣接している廊下に集中した。書斎において必要な本は現在――それでも数週間という幅があるが――において必要なものに限定した。また、書庫を整理した。これまでも書庫に似たような場所はあった。それをかなり大雑把であるが、整理した。図書館のように番号までは振れないが、19世紀ヘーゲル左派関連の文献を著者別に整理した。

但し、コピーは銀ネズクルミ製本として製本しているが、数が交通関係だけでも、交通製本60冊、哲学40冊とほぼ100冊になり、自分でも認識できなくなった。エトガー・バウアー等のヘーゲル左派の思想家を単独に研究する場合、領域がほぼ限定されている。対照的に、現在、従事している交通思想史は、たんなる交通政策に限定されない哲学的な領域に及んでいる。例えば、ホッブスのラテン語原文から、交通政策の具体的問題に関するドイツ語論文まで及んでいる。また、アルヒーフ資料は特殊であり、標題と内容は、ほとんど関係がない。そのすべてを記憶しておくことは、ほぼ不可能である。すべての製本論文集に含まれているドイツ語論文をワードに記入して、それに対して1100までの数字を入れた。番号順に、本棚5段分を分類して並べた。現在、必要なコピー製本は、この程度である。

 現在という時間に、未来という時間を混入させてはならない。現在という場所には、現在に必要な場所しか提供しない。未来に必要な場所を、現在の場所に混入させてはならない。現在に必要なものを整理することが、重要である。未来を混入させることは、現在を乱雑にしてしまう。

 

20220820日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.7 【人生を思考する契機――定年という必然的未来】

 

このような人生の整理を決定づけた契機は、2019年現在、定年までの時間が5年しかない、という焦燥感である。実際には、4年と数か月しかない。限定された時間において、何ができるのか、あるいは何ができないのか、が問題である。

また、多くの知人と親族が、最近の数年間に死亡している。それも、かなり影響している。彼らの多くは年金生活者であった。しかし、後期高齢者の多くが、人生の目的を作れなかった。膨大な余暇時間を消費するために、株式投機、パチンコ等の私営賭博、違法博奕あるいは夜の接待場所に生き甲斐を見出していた。周知のように。夜の社交場に頻繁に通うようになると、現役世代と比べようにないほどの金銭を浪費する。

学生であれば、そもそも生活費は月額10数万にしかすぎない。博奕や夜の社交場に費やす金額は、数万円でしかない。しかし、後期高齢者の多くは、数百万、数千万の現金が手許にある。退職金を貰った直後であれば、数千万の現金が手元にある。小遣いや年金だけではなく、退職金や定期預金に手を付けた老人も数多い。家族から顰蹙を買うだけでは済まないことも、生じているようである。碌なことは生じなかったようである。彼らの轍を踏むまいという決意を具現化するために、現在の自己の状況を整理する必要が不可避であった。

 

20220823日投稿済

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.8 【他者の死確認】

 

人間の真我を考える契機になったことは、人間が死ぬという事実を垣間見たからである。2019年夏に、父親の死に遭遇したからである。人間が死ねば、死体を洗浄し、納棺し、そして石油を掛けて焼く。そして、最後に喉仏だけになる。この一連の過程を数日間かけて見た。そして、喪主として、彼の死体を焼くために、火葬の点火ボタンを押した。火葬すれば、肉体が復活することは100%ありえない。その儀式の最後の最終過程の責任者になった。

彼は何をしたかったのであろうか。何のために生を授けられ、そして火葬場に運ばれたのか。世界あるいは宇宙という究極の存在者から、どのような使命をいただき、生を全うしたのか。そのような課題を中村天風からいただいた。その大きな課題は私個人にとって未だ朦朧としている。ただ、以下のことは確実に私の行動規範を導いている。人間は一つのことしか、現在の時間にできない。限定された時間、限定された自分の能力という思想が、今の私を支配している。限定された時間のなかで、可能性は限りなく小さい。そのなかで何ができるかに関して、思い巡らしている。知人、親類の死も、中村天風論に親しむ契機になった。

 

20221122日投稿 中村天風「珈琲時間」への補遺

「珈琲時間」3 【現在の限定性を確認するための方法

「珈琲時間」3.9 【事柄を纏めず、それぞれ一個ずつ片づける】

 

 2022年後期に「西洋社会思想史」、「西洋政治思想史」そして「政治学概論」というオンライン講義を実施している。オンライン講義の講義資料は、内容上重複していることもあり、かなり混乱する場合もある。また、名前も類似している。2021年には、これら3個の講義をそれぞれ異なる曜日に配置されていた。その場合、曜日によって祝日が割り振られていることがある。順序が異なってくる。同じ週において、「西洋社会思想史」は、8回目であるにもかかわらず、「西洋政治思想史」は9回目になることもある。それゆえ、

1、

第一に、同一の曜日、月曜日にこれら3個の講義をまとめた。したがって、日曜日に3個の講義録音を完成させることになった。

 

2、第二に、この順列を崩さないことが、肝要である。講義資料作成は、講義原稿の作成、録音、YouTubeへのアップそして「教育支援総合システム(Live Campus U)」への投稿から成っている。今まで、「教育支援総合システム(Live Campus U)」への投稿だけを3個まとめて実施していた。その場合、最後の「政治学概論」を作成したときには、最初の「西洋社会思想史」の完成から24時間以上経過していることもままあった。講義原稿の作成に時間がかかるからである。

それぞれの科目は、それぞれ固有のサイクルを持っている。この過程の最後の部分、つまり「教育支援総合システム(Live Campus U)」への投稿だけを抜き出し、まとめたことによって、かなり大きなミスが生じたこともあった。最初の「西洋社会思想史」の「教育支援総合システム(Live Campus U)」への投稿が、その後の作業の過程で消滅していた。

 したがって、オンライン講義のサイクルを個別的に分離させ、第一の「西洋社会思想史」を「教育支援総合システム(Live Campus U)」に投稿後に初めて、第二の「西洋政治思想史」の原稿作成を始めることにした。「西洋社会思想史」の構成している諸要素のすべてが片づけられて初めて、次の仕事に従事しなければならない。

 「禅師答えて曰く、『・・・数本もやはり一本一本扱うべし』」の真意をこのように理解した。「一本」という対象をその総体において片づけて初めて、その仕事が終了する。対象は、それぞれ固有の論理を持っている。その固有の論理のうち、最後の構成要素だけをそのままにしておくと、致命傷になることもある。

 

 

20220827日投稿済

「珈琲時間」4 【煩悶の対象として他者】

中村天風試論「5 理想的人間像への精進 5.5. 他者との関係、その一、三勿」

 

人間が煩悶する対象は、他者の関係性にある。人間の煩悩の大半はここにある。自分の意向に従って、他者を変革することはできない。他者への距離感が問題である。他者を変革しようする場合は、自分の内にその理想像がある。しかし、巨大な径庭が、他者に対する期待と他者の現実態の間において存在している。他者へ期待することが、煩悶の萌芽になる。一切期待しない場合、煩悶は生じない。そこまで、達観できないが・・・。

他者の範疇には、親、子供、配偶者、親族、友人、知人、機能的関係者等も含まれる。自分以外の人間すべてを意味している。自己は他者と何らかの関係を持っている。命令することもあれば、お願いすることもある。金銭を媒介にすれば、ほとんどの物を入手できる。しかし、この関係性は、なんかの限定された関係でしかない。他者、例えば子供に対して、私は影響を与える。しかし、それは部分的かつ狭矮な影響でしかない。ある人が死期を明示されて、それを子供に伝達することも不可能である。子供の人生を中断することでもない。親の死に反応する子供がいるだけである。

他者と自分の関係は、限定的である。にもかからず、この限定性を克服しようとするとき、煩悶が生じる。他者は、自分の思惑を超えて行動する。この限定性を認識すれば、他者との関係において摩擦が生じないであろう。

中村天風の思想を了解する鍵は、限定性という概念にある。

 

20220830日投稿済

「珈琲時間」5 【贈り物と矜持】

中村天風試論「5 理想的人間像への精進 5.5. 他者との関係、その一、三勿」補論

 

自己の行為の対象である他者が、無反応であることもある。あるいは、逆効果になることもある。贈答という行為を題材にしてこの意味を考察してみよう。他者に対して贈り物を送付しても、相手が、私の贈り物を貶す場合もあろう。貶されても、怒り、怖れ、悲しみという感情は無意味である。そのような相手に贈り物をした自己の不明を恥じるだけである。あるいは、贈り物に対して、こんな安物と罵倒されれば、経済環境の差異を自覚すべきである。商品の価格に対する価値づけは、置かれている経済環境に異なる。毎日、高級ビールとされるエビスビールを飲んでいる男性に対して、発泡酒を贈呈してもあまり喜んでいただけるとは思えない。レミーマルタンしか飲酒しない女性に対して、コンビニで購入した数百円の安価なワインを贈呈しても、たいして喜んでもらえるとは思えない。貶した相手が悪いのではなく、自分が悪い。

相互行為における齟齬は、恒常的にその発端になった自己の行為に責任がある。怒る根拠は、ないであろう。

 

20220903日投稿済

5. 理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】補論

「珈琲時間」6 【函館市という憂鬱と矜持】

「珈琲時間」6.1 【函館市の天気】

 函館という都市は、潜勢力に溢れた街である。しかし、経済界、医師会、行政等に携わる有力者の狭い了見によって、ことごとく発展の可能性を潰してきた町でもある。その否定的側面に目を向けると、この町の欠陥ばかりが気になる。

 しかし、為政者の根源的失政にもかかわらず、この街の気候と天然の良港は江戸時代末期と変わらないままである。とりわけ、地球温暖化によって、猛暑日が続いている西日本、首都圏に比べて、夏でもエアコンなしで過ごせる快適な気候を持っている。2022年の夏は、本州、四国で猛暑日をかなり記録しているが、函館市では扇風機を使用した日が、数日程度でしかない。冷房装置がない家庭が、圧倒的に多い。公営住宅では、住宅構造上、冷房装置を設置できない。

最高気温が25度以上になる日が夏日であり、最高気温が30度以上になる日が真夏日であり、最高気温が35度以上になる日が猛暑日である。2022624日、2022625日において、瀬戸内海地方、例えば高松市では、最高気温35度を記録した。6月下旬にして、すでに猛暑日である。[1] 地球温暖化の勢いはとどまることはない。

高松市の夏の平均気温は、2010年には、1950年と比較すると、3度ほど上昇している。夏の平均気温は現在では、26度前後であるが、60年前では23度前後である。[2]

猛暑日の夜には、エアコンなしに過ごすことは、ほとんど不可能である。通常よりも、多くのアルコールを摂取することになる。偶然、6月下旬に高松市の実家に滞在する機会があった。通常、350mlの缶ビール3本までとしているが、この猛暑日は、4本を摂取することになった。

 20226月末の北海道函館市では、最高気温22度であり、最高に過ごしやすい日々が続いていた。[3] 北海道の主要都市、例えば625日の札幌市では、最高気温30度を記録し、真夏日を記録している。北海道の夏は過ごしやすいという印象があるが、あまり当てはまらない。夏、過ごしやすい地域は、函館市、伊達市等の道南地域、釧路市等の道東地域、稚内市等の道北地域だけある。もっとも、道東、道北地域は、厳寒期には、24時間暖房を入れる必要があり、気候的に過ごしやすいとは言い難い。冬の結露対策及び水抜きは、必須である。

 

20220904日投稿済

5. 理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】補論

「珈琲時間」6 【函館市という憂鬱と矜持】

「珈琲時間」6.2 【三方を海に囲まれた地形】

 

 対照的に、道南地域では冬でも、ほとんど雪は降らないし、最低気温もマイナス10度を下回る日は、数日でしかない。10㎝以上の降雪量はほぼ想定する必要はなく、深夜も暖房をつけることはない。2重窓にしている場合、日中でも暖房を使用しない冬も珍しくない。とりわけ、旧函館市の中心街、地元の言葉で西部地区では、その傾向が強い。この地域は、南北に海に囲まれた半島であり、津軽海峡を見渡せる南海岸から、北海道北部を見渡せる北海岸まで、徒歩20分程度で到達可能である。海風が両方向から流れおり、大気汚染もその程度が緩やかである。西側には、函館山があり、その向こう側も海である。三方向海に囲まれた街は、日本でも函館市以外には、ほとんど思いつかない。対照的に、戦後、函館市と合併した旧亀田市では、函館旧市街と比較して、降雪量も多く、冬の厳しさもより強大である。旧市街で雪が完全に融けているときでも、数センチの残雪が、旧亀田市にある。戦後開通した産業道路沿いの大気汚染は、計測機器を使用することなく、人間の臭覚が知覚することができるほどある。旧市街の気候、自然環境は、申し分ない。

 おそらく、この道南地方の気温は、北ドイツの気候とかなり似ている。ローストック等の北ドイツでは気候も乾燥しており、過ごしやすい。ベルリンでも、冷房装置がない家庭が大半であり、気温が30度を超えると、市民は狂喜乱舞する有様である。函館市は、北ドイツと比べて、気候的には甲乙をつけがたい。

日本の避暑地として、軽井沢が有名であるが、夏にはかなり熱く、冬に暖房なしですごすことはほとんど不可能である。この意味で、函館市等の道南地域、つまり北海道南部の気候は日本で最高であると断言してもよいであろう。

 

20220905日投稿済

5. 理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】補論

「珈琲時間」6 【函館市という憂鬱と矜持】

「珈琲時間」6.3 【函館市から逃亡】

 

 このような本邦では最高の気象条件を備える函館市であるが、人口減少に歯止めがかからない。平成の大合併で中核市に昇格したが、その後、人口が減り続け、2022年現在では、25万人でしかない。昭和初期まで、上野以北で最大の繁華街を有していた大都市の面影は消え失せている。

21世紀初頭の20年間で、人口が5万人ほど減少した計算になる。日本最高の気候条件を有しているいるにもかかわらず、なぜ、人口減少が続くのであろうか。その一つが行政の存在形式であろう。この続きを書くことは、容易であるが、精神の健康上良い結果をもたらさない。馬鹿げた政策を実施しても、行政がそれを恥じることは少ない。

この都市は、路面電車に沿って多数の総合病院、デパート等の一定の社会的インフラストラクチャー構造を有している。このような気候で過ごせる都市は、日本有数である。軽井沢など歯牙にもかけない快適な街でもある。この町に居住している愉快を満喫しようとしている。今までは、その否定的側面に着目しがちであったが、この町の快適性に感謝しよう。これまで、この地方都市の消極的側面だけが着目されたが、積極的側面を保持しよう。この街の気候は、日本最高である。

 

20220906日投稿済

5.理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】

「珈琲時間」7 【地底国教授の憂鬱と矜持】

「珈琲時間」7.1 【地底国教授の憂鬱

 

 地底国というインターネット用語がある。地方底辺国立大学、大宅宗一の言葉を借りると、駅弁大学である。北海道教育大学函館校も、旧制北海道第二師範学校を母胎とする新制国立大学である。しかし、戦後70年が経過したことによって、地底国もその幾つかは様変わりしている。香川大学も最初は、旧制香川師範学校と旧制高松高等商業学校を母胎とする教育学部と経済学部の2学部体制であったが、1955年には、地元の香川県立農科大学を吸収し、農学部を設置して3学部となった。さらに、香川医科大学を吸収し、医学部を設置した。また、法学部と創造工学部を新たに設置して、教育学部、経済学部、農学部、医学部、法学部そして工学部という6学部体制になった。この駅弁大学は、総合大学として雄飛している。もはや、地底国とは言い難い。対照的に、北海道教育大学は単科大学のままである。

 地底国の教授も、学会ではそのような扱いを受ける。東京六大学、関西六大学の教授が綺羅星の如く集う東京の学会にいけば、どこか疎外感を免れない。私の研究態度も、研究方法も学会の主要潮流から逸脱している。私の著者など、研究書ではなく、雑本の扱いである。次の事例は、この地底国教授と旧帝国大学、つまり宮廷大学教授の落差を表している。

私が日本政治学会において、ある著名な東大法学部名誉教授に挨拶をした。彼の著書を教科書にしていることもあり、著書を彼に献呈したからだ。この学会の懇親会において彼に挨拶したとき、彼の第一声は、次のようなものであった。「なぜ、君がここにいるのか」。この言葉を今でも、明瞭に記憶している。二の句が継げないとは、このことである。懇親会において彼の廻りを、彼の弟子たちが取り囲んでいた。彼らもまた、著名な西欧政治思想史研究者である。地底国教育学部などは、いしいひさいちの用語を借りれば、雑学部扱いである。実際、教育学部の教授陣は、自然科学系、人文科学、社会科学そして芸術学とほぼすべての学問体系をその専門にしている。中学校主要9科目に対応した教授陣を擁している。この教授構成は、多種多様であるとも言えるが、多くの専門分野が雑然と並んでいるにすぎない。

 

20220907日投稿済

5.理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】

「珈琲時間」7 【地底国教授の憂鬱と矜持】

「珈琲時間」7.2 【地底国教授の勤務状況

 

 国立大学教授である限り、東京大学教授であろうと、地底国教授であろうと、若干の給与の差異を除けば、大差ない。もっとも、その微妙な差異が気になることもある。地底国教授は、おそらく東京大学教授の約半分ほどの収入しかない。海外研修を受ける機会も、東京大学教授に比較するとかなり困難である。人員削減の影響で、日常業務に差し障りが生じるからだ。知人が東京の有名大学において教授をしているが、彼が講義を免除され、半年間、海外研修を実施している。このような挨拶状を受け取ると、羨ましいと心底思う。地底国では、予算の関係もあり、数年に一度、数週間の海外研修ができるだけだ。もっとも、コロナヴィールス-19( Coronavirus SARS-CoV-2)の影響で、20212022年度には、海外に出張する機会、さらには国内での出張も皆無である。大学行政、学会に関しては言えば、すべての会議は、オンラインで開催することが、通例化している。国内の大学図書館ですら、学外者の入館は禁止されている。東京大学教授であろうと、地底国教授であろうと、この疫病は平等に作用している。

 また、東京大学教授であろうと、東京六大学教授であろうと、そして地底国教授であろうと、ベルリン大学哲学部教授の平均的意識によれば、大差はない。日本のマルクス主義哲学研究家が、アフリカ某国のマルクス主義哲学研究者を遇する態度とほぼ同様である。日本の哲学学会でどのような地位があろうと、

 私的体験ではあるが、ケーニヒスベルク(現カリーニングラード)大学哲学部においてカントの講座を継承しているという教授と会ったことがある。カント死後、2世紀に渡る著名な教授と彼の業績は同等であるらしい。彼は、博士論文、教授資格論文だけではなく、様々な論文審査において最優秀であったと、滔々と述べていた。初対面の日本の若い研究者に対して、そのエリート教授は流暢なドイツ語で自己の経歴を誇っていた。彼からすれば、日本でもほぼ無名の大学院生がどの大学に所属していようと、どうでもよい事柄に属していた。

しかし、地底国教授であれば、その勤務形態は社会的標準からすれば、かなり緩やかである。朝、8時集合ということは、1年間でほんの数日である。フレックスタイム制が採用されているからだ。裁量労働制によって、出勤時間はほとんど教授自身が決定することができる。しかも、社会一般の企業と異なり、その成果も自分で決定することができる。20年間かけて、論文1本も執筆せず、退職しても給与が下がることはない。近所の八百屋の大将から羨ましがられている。

もっとも、大学行政が佳境にいると、夜23時ころ、タクシーで大学に駆け付つけることもあった。朝の会議資料を作成するためである。部署によっては、夜20時から会議ということもあった。大学も、かつての象牙の塔ではないからだ。社会の一般企業と同様な側面を持っている。年度、役職によって落差が大きい。そのような事態を八百屋の大将は、知る由も無い。こちらも、説明しない。どのような職業にも、影の側面はあるからだ。八百屋の大将もまた、人に説明できない側面を抱えている。

 

20220908日投稿済

5.理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】

「珈琲時間」7 【地底国教授の憂鬱と矜持】

「珈琲時間」7.3 【地底国への感謝

 

現在の境遇、つまり地底国教授であることに、感謝しよう。生涯、非常勤講師の可能性もあったからだ。現在の地底国に助教授として採用されたときのことを今でも明瞭に覚えている。人事担当教授から採用確定の電話を受けた時、涙が少し溢れてきた。40歳をかなり超えていた。大学学部卒業以後、20年以上、学生そして非常勤講師として過ごしてきたからだ。世間的に言えば、ワーキングプアであったからだ。

非常勤講師は、年度末に憂鬱になる。毎年、1月、2月には、数コマの非常勤講師の枠をめぐって屈辱的かつ隠微な闘争が、非常勤講師の間で繰り広げられている。1コマ削減でも、月に3万円の減収は堪えるからだ。逆に、3コマ増大すれば、月額10万円近い増収である。年収に換算すれば、100万円の増収である。その逆もある。ちょうど現在の勤務校採用の通知を受けた同日午前中に、近所の専門学校で模擬授業をやらされて、屈辱的な批評を受けた直後であったからだ。もちろん、模擬授業に対して、金銭の授受はないばかりではなく、不採用がその場で通知されていた。徒労感が全身を覆っていた。

地底国教授は、このような屈辱的事態から免れている。年度末に履歴書と業務経歴書を専門学校事務長に送付する必要は、全くない。専門学校の事務長に卑屈になることから、国立大学教授は免れており、自分の事柄に集中できる。

 

20220908日投稿済

6.理想的人間への具体的方策 6.1 助けを求めない】

「珈琲時間」8 【受験生と自己責任】

 

このごろの大学受験生は、高校時代に塾や予備校に通学するようである。しかし、平均的学生は、塾の宿題をすることで終わってしまう。自分で勉強する習慣を喪失する。また、地元志向が強い傾向にある。東京圏や大阪圏は当然であろうが、地方都市でもその傾向があるようである。例えば、函館市のような30万人都市でも、その傾向は強い。しかし、自宅から通学すると、母親にすべてお任せになる。特に、炊事、洗濯をしたことのない男子学生、そして女子学生も多い。すべての生活を両親に任せることによって、責任を他者に押し付けるようになる。

しかし、人間は自分で考えて、自分で決断し、自分で責任を負う、そして自分一人で死んでゆく。もちろん、自分の思考、決断は完全ではない。ほとんど、間違っていると言っても過言ではない。しかし、他者つまり母親、塾と学校の先生に責任を押し付けるよりも、より良いであろう。

 

「珈琲時間」9 【中村天風の哲学の実践例として中途失明者の潔さ】

6.理想的人間への具体的方策 6.1 助けを求めない】補論

 

「珈琲時間」9.1 【中途失明という事態】

 

ある友人は、戦後の混乱期、1950年に生まれ、2021年現在、71歳である。彼は、所謂、団塊の世代に属しており、小学校では50人学級に属していたそうである。小学校の同学年では、400人程度の同期生がいたそうである。長じて、東京の私立大学に進学し、ここで学生運動の洗礼を受けたようである。

ところで、彼は、10数年前から、糖尿病の診断を受け、インシュリン注射器のお世話になっていた。この数年前から、とうとう失明してしまった。光の濃淡は認識できるそうであるが、文字はほとんど読解できないそうである。新聞紙の活字も、大きな文字、例えば『朝日新聞』の文字が、かすかに見えるそうである。手元にある新聞が『読売新聞』とは違うということが、かすかに了解できるだけである。通常であれば、中途失明者は人生に絶望し、過去のある時点に、いちいち拘泥したはずである。あの時、糖尿病の進行を阻止できれば、インシュリン注射をしなくてもよかったはずであった。もちろん、この反省は原因を探索することにつながるかもしれない。

 

「珈琲時間」9.2 【糖尿病罹患】

 

事実、私も数年前、2015年に、グリコヘモグロビンの値(基準値6.4/dl)が、6.6/dlになり、投薬治療を主治医から勧められた。2016年には、6.9/dlに上昇していた。2016年夏までこの健康診断の結果には拘泥していなかった。再検査の通知がきても、破り捨てていた。

薬は一般に工業的に精製された毒物の機能を持っており、身体によい影響ばかりではない。薬は毒であるという命題は、妥当性を持っている。副作用が必ずあるからだ。私は投薬治療を拒否し、体重減少を指向した。当時、アルコールを摂取すれば、心拍数が上がり、不整脈も頻出していた。明らかな身体の異常を自覚していた。また、ビールロング缶500ml2本飲酒して、合計1ℓの水分を摂取しても、数時間、尿がほとんど出ないこともあった。腎臓、膵臓、脾臓等の異常は、自明であった。

健康診断は、5月に実施される。2016年の健康診断の結果を受領した7月の困惑を今でも思い出す。糖尿病に起因している失明、手足の壊疽に関する情報がインターネット溢れていた。この知人の疾病も身近であった。以前から想定していた海水浴を思い出した。7月下旬から近所の海水浴場が、海開きした。このころ、掌蹠膿疱症にも罹患しており、海水に浸せばこの疾病も完治するのではないかという思惑もあった。ちなみに、この疾病も血液の汚れ、すなわち中性脂肪の過剰そして血糖の異常に由来していた。

この夏には、1週間に2度ほど、近所の海水浴場に通い、9月の再検査に備えた。津軽海峡にあるこの海水浴場で30分ほど過ごした。自宅からこの海水浴場への道のり、直線距離で約4キロメータを歩くことになった。50分前後、散歩することになった。さすがに、帰りは20分だけ歩いて、路面電車停留所までゆき、そこからは路面電車で帰宅した。函館の外海は冷たく、10分以上、身体を海水に浸すことはできなかった。25m先のブイまで、2往復するだけであった。9月には、グリコヘモグロビンの値は、5.9/dlにまで下落していた。中性脂肪の値も、250/dlまで下落していた。血糖値と中性脂肪の値はその後、若干変化していったが、2019年以降、基準値を超えることは、まったくなくなった。

 

 

「珈琲時間」9.3 【中途失明者の現在の課題】

 

この友人の事柄に戻れば、客観的に言えば、体重減少の機会は彼にもあったはずだ。薬を除外すれば、医学的知識を持っていない素人がこの疾病に対処する方法は、体重減少しかない。玄米菜食もその選択肢の一つであったであろう。しかし、彼は糖尿病改善以外の事柄、特に会社経営等に従事しており、その機会を逸したようである。私も、2010年頃、中性脂肪が基準値の2倍、3倍あったが、放置していた。その頃、大学評議員を兼務しており、札幌出張、東京出張が月に数度あった。ホテルでの宿泊は、生活習慣病を増大させた。彼も、仕事に忙殺されており、自分の健康を省みる時間がなかったのであろう。

しかし、盲目になったこの友人から最近メールが届くようになった。中途失明者が通う職業訓練校に通い、PCに習熟した。彼は、小説家になろうとしている。中途失明者がその体験を小説に書けば、かなり面白いかもしれない。

失明者がPCに習熟できるような環境になったのは、今世紀になってからである。数十年前から音声読み上げソフトはあったが、下層市民がそれに接近できるようになったのは、早くとも、後期近代になってからである。彼は、少なくとも過去と比べ、より文筆業に近い位置にいる。小説を執筆したいという欲求は、青年時代から抱いていたようであった。彼が中途失明したことにより会社経営の実務から退き、時間を確保できたこと、そしてPCソフトを使用すること、この二つの要因により容易に文章を執筆できるようになった。

 

「珈琲時間」9.4 【中途失明者に、原因追及なし】

 

彼の偉大さは、中途失明者になっても、その原因を追及せず、過去の生活態度を反省せず、そして過去を後悔しないことにある。原因追及や反省や後悔などして、視力が回復するはずもない。生来の視覚障害者は、その原因をほとんど追及しない。生まれつき失明しているので、視界を有するということを認識できない。彼らにとって、環境世界は暗黒であり、光なき世界である。それ以外の様態を認識できない。対照的に、中途失明者の場合、事情は異なる。環境世界は光り輝く世界であり、それが当然であった。にもかかわらず、現在では、環境世界は暗黒である。この落差が中途失明者の憤怒の源である。環境世界が暗黒であるという驚愕は、私も体験している。北海道が地震による停電によって、暗黒の世界に変わった2018年に、この世界を体験した。月が出ていない深夜には、まさに暗黒の世界が広がっていた。ベランダから見えるはずの津軽海峡と陸地の境は、到底認識できない。まさに、環境世界は暗黒と化していた。暗黒世界は、人間を原始人の時代へと連れ戻す。彼らは、火を使用することができなかった。漆黒の日没後は、洞窟の奥深くで眠るしかなかった。

中途失明の原因は数ある。そして、中途失明者はそれを認識できる。あの時、別の選択肢を採用すれば事態は別様に展開し、失明には至らなかったはずである。酒の量を少なくとも半分にしていれば、失明時期を10数年ずらすことも可能であった。ああ、なぜ、そうしなかったか・・・。このような原因の追求は、妄想的思念のうちでいつしか追及になり、他者を攻撃することになる。なぜ、友人はあの時、病院代を工面してくれなかったか。より専門的な医師と遭遇しなかったのか。主治医は、××大学卒であった。自分の母校よりもはるかに偏差値の低い所謂Fランク大学であり、ボンクラ医師に遭遇した自分は、不幸である。・・・彼の周囲の多くの視覚障害者は、このような妄想に浸っている。このような妄想は無限に拡大するであろう。原因追及、反省、後悔、それらは高じて、煩悶にいたるのが関の山である。対照的に、彼は現在できることに従事するだけである。視覚障害者としてできることを為そうしているだけである。2021年前半まで、1人で自宅から最寄り駅まで行き、電車で都心に赴き、コンサートに行ったこともある。中村天風の哲学の三行のうち、「愉快」を体現している。

 

「珈琲時間」9.5 【中途失明者に、取り越し苦労なし】

 

過去ではなく、現在に固執する生活態度は、未来の事象にもあてはまる。現在、会社の経営は長男に任せている。彼は現在では立派に社長業を全うしている。父親に似て、恰幅のよい体格をしている。もっとも、社員は彼一人であり、彼以外の労働者は数人しかおらず、全員、所謂アルバイトである。父親の助言を受けながら、彼が会社の差配をしているようである。会社の将来に対して、悲観することはこの視覚障害者にとって無縁である。悲観しようが、楽観しようが、経営権は長男にある。視覚障害者が関与できる事柄は、ほとんどない。中村天風がしばし言及している取り越し苦労から、彼は無縁である。

また、失明の程度もこれから、悪化する一途である。失明の度合いが改善された事例は、ほぼ無と言ってよいであろう。現在の彼は、光の濃淡を認識できるが、将来的にはほぼ無理である。将来、漆黒の闇の中を歩かねばならない。通常であれば、光無き漆黒の世界に恐怖し、悲嘆に暮れても不思議ではない。しかし、自分の将来を悲観することは、彼にとってはその選択肢にない。将来の苦労を現時点でする必要は、ないとのことである。そして、実際その時が訪れれば、また対処法を見つけてくるであろう。この生活態度は、中村天風の哲学にも通じる偉大な点である。彼は中村天風の名前を知らないようであるが、中村天風の哲学を実践している。私は、中村天風の哲学に親しんでいるが、彼の哲学の実践に関して、この知人には敵わない。私は、中村天風の著書を私の書棚においてほぼすべて保持しているが、その内容を理解し、実践しているか、疑わしい。

 

「珈琲時間」9.6 【中村天風哲学の実践】

 

中村天風と同様に、彼から学習した事柄をここでまとめてみよう。困難の原因を探求するのではなく、現在の環境世界を認識する。これが、肝要であることである。人生はつねに順風満帆にあるのではない。むしろ、強風に出会い、難破する恐れに陥ることも稀ではない。困難に陥ったときには、その原因がある。しかし、その原因を探求することが、困難を克服するのではない。そこから、逃れる、あるいはそこから脱出することである。原因は時間的過去に属しており、それを糾弾しても始まらない。困難になったとき、恨み、辛みに拘泥してはならない。本当に難破してしまえば、そもそも困難はない。そこには、永遠の涅槃寂静の世界が存在するだけであろう。

 

「珈琲時間」9.7 【中村天風哲学の実践例】

 

現在の環境世界を認識することが重要であることを彼から教示された。もちろん、彼も困難に出会う。ある時、ライターを見つけることができなかったそうである。この喫煙用具を捜すために、数時間を要したようである。探し物は、煙草盆の廻りではなく、その下にもぐっていたようである。探している間、煙草を吸いたいにもかかわらず、吸えない。イライラが高じたことは確かであろう。その時でも、彼はライターを捜すことに夢中で、そもそもなぜ、失明したかという「そもそも論」は感じなかった。そもそも、失明していなければ、ライターをすぐさま探し出したであろう。なぜ、自分は失明したのか。このような「そもそも論」=「原点回帰主義」は、現状の改善には寄与しない。悲嘆、詠嘆そして煩悶に至るだけである。より、小さな問題、つまり眼前の問題に集中するだけである。そもそも論に依拠するかぎり、ライターを探し出すことはできない。

もっとも、折角、探し出したライターは、ほとんどガス切れの状態であった。数回、試行してやっと一服できたようである。その煙草の旨かったこと、生涯で一番思い出に残ることとであった。その幸福の余韻に浸ること、数分あったようである。まさに、「愉快」を体現していた。このように旨い煙草は、彼しか味わえなかったであろう。健常者である我々がこのような至福に至ることはない。

 

「珈琲時間」9.8 【中途失明者に反省なし】

 

さらに、彼の偉大さは、喫煙だけではなく、飲酒も止めないことにある。糖尿病にとって、飲酒も喫煙も悪いことは、自明である。飲酒と喫煙を糖尿病患者に勧める医者は、ほぼゼロに近いであろう。飲酒と喫煙も、この疾病を悪化させこそすれ、改善させる要因にはなりえない。しかし、一般的に言って、健康に悪いことは沢山ある。コカコーラを毎日、1本飲めば、健康になるのであろうか。焼肉、例えばロースやカルビ、100グラムを毎日、摂取すれば、健康になるのであろうか。

さらに、食事だけが、人間的自然の健全性を増大させるのではない。栄養学者の大半は、食事の改善だけが、疾病の改善に寄与すると誤解している。人間の健康にとってより重要なことは、大気である。さらに、生気溢れる水の摂取である。微生物とミネラルに富んだ清冽な水こそが、健康の原点となる。新鮮な大気と清冽な水に満ち溢れた静かな山村に居住することと、過剰なストレスを引き起こす騒音に悩みながら高速道路の近辺に居住すること、どちらが健康を改善するのであろうか。発話の正当性は、前提を持っている。より巨大な前提の下では、飲酒も喫煙もほとんど微々たる問題にすぎない。

悪という概念は、多様である。選択可能であれば、そこから精神の栄養になるものを摂取すればよいだけである。自然医食を提唱している森下敬一によれば、煙草や酒を摂取することは、白砂糖を摂取することよりも被害が少ないようである。「野菜に含まれているビタミンやミネラル、酵素などが、有害物質を分解する作用をもっており、タバコに関して有効ではないか・・・・穀物・菜食の『自然医食』を日頃から実行していれば、タバコの有害性は消去される」。[4] タバコの煙には有害物質が含まれている。しかし、有害物質を除去する作用を持つ穀菜も数多い。もっとも、それは全体として考察すべきである。白砂糖10グラムが、煙草1本よりも、健康を害することは当然である。常識で判断すればよいだけである。「愉快」を実践するためには、少々の悪には眼を瞑っているようである。この点も彼から学習した内容である。少々の悪には、拘泥しない。

 

「珈琲時間」9.9 【「親切」の実行】

 

さらに、中村天風の哲学の三行のうちの「親切」について、述べてみよう。中途失明者は、国立障害者リハビリテーションセンター において、就労移行支援を受ける。もちろん、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律に基づく、就労支援である。しかし、70歳を過ぎた中途失明者にとって、これから就労移行を指向することはほとんど無意味であろう。彼は、老齢厚生年金も受給しているはずである。したがって、この就労移行支援のうち、現代社会では必須である情報処理が、多くの中途失明者にとって大切であろう。視覚障害者であれ、PCを駆使して、文章を執筆することも可能である。

この学習過程において、彼は何人かの視覚障害者と交友関係を構築したようである。彼の下に、メール、電話等で相談が寄せられるようである。彼は、大企業ではなく、小さい会社を経営したことによって世間知に習熟している。大企業労働者は、組織の中の歯車として小さな領域しか任せられていないが、小企業経営者は組織すべてを現実的に統括している。彼は、大企業に例えるならば、財務部長、広報部長、営業部長、総務部長、人事部長、資材管理部長、工場長等を一人で兼務していたからだ。小企業の経営者は、皆そうである。社会的エリートを自負している若い銀行員の前で土下座して、融資枠を拡大したこともあれば、仕事を取るために、銀座のクラブで、取引相手の希望に応じて、取引先の社長の靴に注がれたレミーマルタンを飲み干しこともあるという。異常な臭気を放つこの酒を飲み干すことによって、数千万の仕事を取ってきたようである。当時、彼の会社の経営は危機的であったが、その利益で、会社を存続させることも可能になった。個人企業の社長であれば、多かれ少なかれ、このような体験をしている。

このような経歴において学んだ知識に基づき、中途失明者の相談にのっているようである。もちろん、無料である。このような行為は、中村天風の哲学における三行の「親切」に値するであろう。少なくとも、中村天風の主張する三行のうち、「愉快」、「親切」の二行は充足しているであろう。「正直」に関しては、世間的配慮をする必要がないので、そうであろうと推定している。この要素は、内面と関係するので、第三者は推定するしかない。

 

[1] https://tenki.jp/past/2022/06/24/weather/8/[Datum: 26.06.2022]

[2] https://www.jma-net.go.jp/takamatsu/3_bousai/shizengenshou/kikou/change_kagawa/temp/change_kagawa_t.html[Datum: 07.07.2022]

[3] https://tenki.jp/past/2022/06/24/amedas/1/4/23232.html. [Datum: 26.06.2022]

[4] 森下敬一『ガンは食事で治す』KKベストセラーズ、2017年、140頁。

 

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