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「珈琲時間」7 【地底国教授の憂鬱と矜持】 「珈琲時間」7.1 【地底国教授の憂鬱】

5.理想的人間像への精進 5.6 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む】

「珈琲時間」7 【地底国教授の憂鬱と矜持】

「珈琲時間」7.1 【地底国教授の憂鬱

 

 地底国というインターネット用語がある。地方底辺国立大学、大宅宗一の言葉を借りると、駅弁大学である。北海道教育大学函館校も、旧制北海道第二師範学校を母胎とする新制国立大学である。しかし、戦後70年が経過したことによって、地底国もその幾つかは様変わりしている。香川大学も最初は、旧制香川師範学校と旧制高松高等商業学校を母胎とする教育学部と経済学部の2学部体制であったが、1955年には、地元の香川県立農科大学を吸収し、農学部を設置して3学部となった。さらに、香川医科大学を吸収し、医学部を設置した。また、法学部と創造工学部を新たに設置して、教育学部、経済学部、農学部、医学部、法学部そして工学部という6学部体制になった。この駅弁大学は、総合大学として雄飛している。もはや、地底国とは言い難い。対照的に、北海道教育大学は単科大学のままである。

 地底国の教授も、学会ではそのような扱いを受ける。東京六大学、関西六大学の教授が綺羅星の如く集う東京の学会にいけば、どこか疎外感を免れない。私の研究態度も、研究方法も学会の主要潮流から逸脱している。私の著者など、研究書ではなく、雑本の扱いである。次の事例は、この地底国教授と旧帝国大学、つまり宮廷大学教授の落差を表している。

私が日本政治学会において、ある著名な東大法学部名誉教授に挨拶をした。彼の著書を教科書にしていることもあり、最初の著書を彼に献呈したからだ。政治学会の懇親会において彼に挨拶したとき、彼の第一声は、次のようなものであった。「なぜ、君がここにいるのか」。この言葉は明瞭に記憶している。二の句が継げないとは、このことである。懇親会において彼の廻りを、彼の弟子たちが取り囲んでいた。彼らもまた、著名な政治思想史研究者である。地底国教育学部などは、いしいひさいちの用語を借りれば、雑学部扱いである。実際、教育学部の教授陣は、自然科学系、人文科学、社会科学とほぼすべての学問体系をその専門にしている。多種多様であるとも言えるが、多くの専門分野が雑然と並んでいるにすぎない。

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