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「珈琲時間」5 【贈り物と矜持】

「珈琲時間」5 【贈り物と矜持】

中村天風試論「5 理想的人間像への精進 5.5. 他者との関係、その一、三勿」補論

 

 自己の行為の対象である他者が、無反応であることもある。あるいは、逆効果になることもある。贈答という行為を題材にしてこの意味を考察してみよう。他者に対して贈り物を送付しても、相手が、私の贈り物を貶す場合もあろう。貶されても、怒り、怖れ、悲しみという感情は無意味である。そのような相手に贈り物をした自己の不明を恥じるだけである。あるいは、贈り物に対して、こんな安物と罵倒されれば、経済環境の差異を自覚すべきである。商品の価格に対する価値づけは、置かれている経済環境に異なる。毎日、高級ビールとされるエビスビールを飲んでいる男性に対して、発泡酒を贈呈してもあまり喜んでいただけるとは思えない。レミーマルタンしか飲酒しない女性に対して、コンビニで購入した数百円の安価なワインを贈呈しても、たいして喜んでもらえるとは思えない。貶した相手が悪いのではなく、自分が悪い。

 相互行為における齟齬は、恒常的にその発端になった自己の行為に責任がある。怒る根拠は、ないであろう。

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