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中村天風哲学の実践例として中途失明者の潔さーー原因追及なし、反省なし、後悔なし

中村天風哲学の実践例として中途失明者の潔さーー原因追及なし、反省なし、後悔なし

 

1 永遠の正義ではなく、暫定的正義

 

 ある友人は、戦後の混乱期、1950年に生まれ、2021年現在、71歳である。彼は、所謂、団塊の世代に属しており、小学校では50人学級に属していたそうである。小学校の同学年では、400人程度の同期生がいたそうである。長じて、日本大学に進学し、ここで学生運動の洗礼を受けたようである。

 ところで、彼は、10数年前から、糖尿病の診断を受け、インシュリン注射器のお世話になっていた。この数年前から、とうとう失明してしまった。重度の糖尿病者が失明することは、ほぼ必然的である。現在、彼は光の濃淡を認識できるそうであるが、文字をほとんど読解できないそうである。新聞紙の活字も、大きな文字、例えば『朝日新聞』の文字が、かすかに見えるそうである。手元にある新聞が『読売新聞』とは違うということが、かすかに了解できるだけである。通常であれば、中途失明者は人生に絶望し、過去のあるときに、いちいち拘泥したはずである。あの時、糖尿病の進行を阻止できれば、インシュリン注射をしなくてもよかったはずであった・・・。

 事実、私も数年前、グリコヘモグロビンの値(基準値6.4)が、7.0になり、投薬治療を主治医から勧められた。薬は一般に工業的に精製された毒物の機能を持っており、身体によい影響ばかりではない。副作用が必ずある。私は投薬治療を断固拒否し、体重減少を指向した。当時、アルコールを摂取すれば、心拍数が上がり、不整脈も頻出していた。明らかに、身体の異常を自覚していた。また、ビールロング缶500ml2本飲酒しても、数時間、尿がほとんど出ないこともあった。腎臓、膵臓の異常を自覚していた。

 体重を数年かけて、75キロから15キロ(身長170センチ)ほど減少させ、2019年には60キロ弱になっている。2022年現在、起床時、55キロほどになっている。2019年以後、グリコヘモグロビンも、6.0以下であり、基準値に収まっている。糖尿病と診断を受けた2016年夏を除いて、その治療のために、それほど極端な運動をしたわけではない。私は、スポーツする人を暇な人とみなしているからである。ダイエットに苦労したわけでもない。もともと、野菜とりわけ根菜類と豆類は好物の一つであり、家族よりも多めに摂取するだけであった。[1] 玄米100%は無理であるが、玄米6割、雑穀そして黒米3割、小豆、黒豆1割入の玄米雑穀100%は、白米よりも美味である。グルメを徹底することによって、減量することも可能である。旨いものをたらふく食らい、減量する極意は、主食の内容に依存している。家族も白米よりも、玄米・雑穀を30%含む白米を摂取している。因みに、拙宅には、電気釜が2個ある。いつもは、別々の種類の米を食しているが、最後は、両方の窯から取っている。少なくとも、2022年現在、糖尿病への危惧は、ほぼ消滅している。

 この友人の事柄に戻れば、客観的に言えば、体重減少の機会は彼にもあったはずだ。しかし、彼はそれ以外の仕事、特に会社経営等に従事しており、その機会を逸したようである。しかし、彼から最近メールが届くようになった。中途失明者が通う職業訓練校に通い、PCに習熟した。彼は、小説家になろうとしている。中途失明者がその体験を小説に書けば、かなり面白いかもしれない。失明者がPCに習熟できるような環境になったのは、今世紀になってからである。数十年前から音声読み上げソフトはあったが、下層市民がそれに接近できるようになったのは、早くとも、後期近代になってかかである。彼は、少なくとも過去と比べ、より文筆業に近い位置にいる。それは二重の意味で、好機である。彼が中途失明したこと、そしてPCソフトを使用して、容易に文章を執筆できるようになった。

 

2 中途失明者の愉快、原因追及なし、反省なし、後悔なしーー中村天風哲学の実践例

 

 彼の偉大さは、中途失明者になっても、その原因を追及せず、過去の生活態度を反省せず、そして過去を後悔しないことにある。原因追及や反省や後悔などして、視力が回復するはずもない。生来の視覚障害者は、その原因をほとんど追求しない。生まれつき失明しているので、視界を有するということを認識できない。彼らにとって、環境世界は暗黒であり、光なき世界である。それ以外の様態を認識できない。対照的に、中途失明者の場合、事情は異なる。環境世界は光り輝く世界であり、それが当然であった。にもかかわらず、現在では、環境世界は暗黒である。この落差が中途失明者の憤怒の源である。

 中途失明の原因は数ある。そして、中途失明者はそれを認識できる。あの時、別の選択肢を採用すれば事態は別様に展開したはずである。失明には至らなかったはずである。酒の量を少なくとも半分にしていれば、失明時期を10数年ずらすことも可能であった。ああ、なぜ、そうしなかったか・・・。このような原因の追求は、妄想的思念のうちでいつしか追及になり、他者を攻撃することになる。なぜ、友人はあの時、病院代を工面してくれなかったか。より専門的な医師と遭遇しなかったのか。主治医は、××大学卒であった。自分の母校よりもはるかに偏差値の低い大学であり、ボンクラ医師に遭遇した自分は、不幸である・・・。原因追及、反省、後悔、それらは高じて、煩悶にいたるのが関の山である。対照的に、彼は現在できることに従事するだけである。視覚障害者としてできることを為そうしているだけである。中村天風哲学の三行のうち、「愉快」を体現している。

 過去ではなく、現在に固執する生活態度は、未来の事象にもあてはまる。現在、会社の経営は長男に任せている。長男は現在では立派に社長業を全うしている。もっとも、社員は彼一人であり、彼以外の労働者は数人しかおらず、全員、所謂アルバイトである。父親の助言を受けながら、彼が会社の差配をしているようである。会社の将来に対して、悲観することはこの視覚障害者にとって無縁である。

 また、失明の程度もこれから、悪化する一途である。失明の度合いが改善された事例は、ほぼ想定外である。現在の彼は、光の濃淡を認識できるが、将来的にはほぼ無理である。将来、漆黒の闇の中を歩かねばならない。通常であれば、光無き漆黒の世界に恐怖し、悲嘆に暮れても不思議ではない。しかし、自分の将来を悲観することはない。将来の苦労を現時点でする必要ないとのことである。そして、実際その時が訪れれば、また対処法を見つけてくるであろう。この生活態度は、中村天風の哲学にも通じる偉大な点である。彼は中村天風を毛嫌いしている。たんなる経営者の哲学を講じているとみなしている。中村天風にはそのような側面もあるが、それだけであれば、ここで論じる理由はない。1968年世代の狭隘性があるのかもしれない。しかし、彼は中村天風哲学の実践者の一人である。私は、中村天風の哲学に親しんでいるが、彼の哲学の実践に関して、この知人には敵わない。あるいは、中村天風の著書をほぼすべて保持しているが、その内容を理解し、実践しているか、疑わしい。

 中村天風と同様に、彼から学習した事柄をここでまとめてみよう。困難の原因を探求するのではなく、現在の環境世界を認識する。これが、肝要であることである。人生はつねに順風満帆にあるのではない。むしろ、強風に出会い、難破するかもしれない事態に陥ることも稀ではない。困難に陥ったときには、その原因がある。しかし、その原因を探求することが、困難を克服するのではない。そこから、逃れる、あるいはそこから脱出することである。原因は時間的過去に属しており、それを糾弾しても始まらない。この点をこの知人から学んだ。困難の原因を探求するのではなく、現在の環境世界を認識することが、活路を見出すことにつながる。

 問題は、現在の状況を引き起した過去の原因を探求することではなく、現時点での自己の環境世界を考察することである。環境世界の資源を活用することによってしか、窮地から脱出する方法はないであろう。窮地から脱出する方法は、必ず存在している。本当に難破してしまえば、困難はない。そこには、永遠の涅槃寂静の世界が存在するだけであろう。冷静沈着して、環境世界を見回せば、火中ですら、活路つまり「逃げ道」はある。窮地から脱出する方法は、必ず存在している。「宇宙の絶対的な実在の世界から、この現象世界を観ずれば、真実『困ったこと』などありえないのです。・・・『すべてはよくなる』のです」。[2] 「困ったこと」は、この世では生じない。本当に難破してしまえば、そもそも困難はない。そこには、永遠の涅槃寂静の世界が存在するだけであろう。

 その事例を彼から教示された。もちろん、彼も困難に出会う。ある時、ライターを見つけることができなかったそうである。この喫煙用具を捜すために、数時間を要したようである。探し物は、煙草盆の廻りではなく、その下にもぐっていたようである。探している間、煙草を吸いたいにもかかわらず、吸えない。イライラが高じたことは確かであろう。その時でも、彼はライターを捜すことに夢中で、そもそもなぜ、失明したかという「そもそも論」は感じなかった。そもそも、失明していなければ、ライターをすぐさま探し出したであろう。なぜ、自分は失明したのか。このような「そもそも論」=「原点回帰主義」は、現状の改善には寄与しない。悲嘆、詠嘆そして煩悶に至るだけである。より、小さな問題=眼前の問題に集中するだけである。そもそも論に依拠するかぎり、ライターを探し出すことはできない。もっとも、折角、探し出したライターは、ほとんどガス切れの状態であった。数回、試行してやっと一服できたようである。その煙草の旨かったこと、生涯で一番思い出に残ることとであった。その幸福の余韻に浸ること、数分あったようである。まさに、「愉快」を体現していた。このように旨い煙草は、彼しか味わえなかったであろう。

 さらに、彼の偉大さは、喫煙だけではなく、飲酒も止めないことにある。糖尿病にとって、飲酒も喫煙も悪いことは、自明である。飲酒と喫煙を糖尿病患者に勧める医者は、ほぼゼロに近いであろう。飲酒と喫煙も、この疾病を悪化させこそすれ、改善させる要因にはなりえない。しかし、一般的に言って、健康に悪いことは沢山ある。コカコーラを毎日、1リットル飲めば、健康になるのであろうか。焼肉、ロースやカルビ、500グラムを毎日、摂取すれば、健康になるのであろうか。食事だけではない。人間の健康にとってより重要なことは、大気である。新鮮な大気に満ち溢れた山村に居住することと、高速道路の近辺に居住すること、どちらが健康を改善するのであろうか。発話の正当性は、前提を持っている。より巨大な前提の下では、飲酒も喫煙も五十歩百歩である。悪という概念は、多様である。選択可能であれば、そこから精神の栄養になるものを摂取すればよいだけである。自然医食を提唱している森下敬一によれば、煙草や酒を摂取することは、白砂糖を摂取することよりも被害が少ないようである。「野菜に含まれているビタミンやミネラル、酵素などが、有害物質を分解する作用をもっており、タバコに関して有効ではないか・・・・穀物・菜食の『自然医食』を日頃から実行していれば、タバコの有害性は消去される」。[3] タバコの煙には有害物質が含まれている。しかし、有害物質を除去する作用を持つ穀菜も数多い。もっとも、それは全体として考察すべきである。白砂糖100グラムが、煙草1本よりも、健康を害することは当然である。常識で判断すればよいだけである。「愉快」を実践するためには、少々の悪には眼を瞑っているようである。

 さらに、中村天風哲学の三行のうちの「親切」について、述べてみよう。中途失明者は、国立障害者リハビリテーションセンター において、就労移行支援を受ける。もちろん、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律に基づく、就労支援である。しかし、60歳を過ぎた中途失明者にとって、これから就労移行を指向することはほとんど無意味であろう。彼は、老齢厚生年金も受給しているはずである。したがって、この就労移行支援のうち、現代社会では必須である情報処理が、多くの中途失明者にとって大切であろう。視覚障害者であれ、PCを駆使して、文章を執筆することも可能である。

 この学習過程において、彼は何人かの視覚障害者と交友関係を構築したようである。彼の下に、メール、電話等で相談が寄せられるようである。彼は、小さい会社を経営したことによって世間知に習熟している。対照的に、大企業労働者は、組織の中の歯車として小さな領域しか任せられていない。彼は、大企業に例えるならば、財務部長、広報部長、営業部長、総務部長、人事部長、資材管理部長、工場長等を一人で兼務していたからだ。小企業の経営者は、皆そうである。若い銀行員の前で土下座して、融資枠を拡大したこともあれば、仕事を取るために、銀座のクラブで、取引相手の希望に応じて、取引先の社長の靴に注がれたレミーマルタンを飲み干しこともあるという。このレミーマルタンを飲み干すことによって、数千万の仕事を取ってきたようである。その利益で、会社を存続させることも可能になった。個人企業の社長であれば、多かれ少なかれ、このような体験をしている。

 このような経歴において学んだ知識に基づき、中途失明者の相談にのっているようである。もちろん、無料である。このような行為は、中村天風哲学における三行の「親切」に値するであろう。少なくとも、中村天風の主張する三行のうち、「愉快」、「親切」の二行は充足しているであろう。「正直」に関しては、世間的配慮をする必要がないので、そうであろうと推定している。この要素は、内面と関係するので、第三者は推定するしかない。

 

[1] 食養生論に関しては、「中島正(1920-2017年)の人間論と食養生論への前梯――

専門知と素人知――減塩思想と大量の野菜摂取そして少量の肉の摂取」『田村伊知朗 政治学研究室』、http://izl.moe-nifty.com/tamura/2021/04/post-6c37a5.html、[Datum: 22.04.2021]参照。

[2] 沢井淳弘「天風式『自己暗示』のしかた」清水克衛他『実践 中村天風 困ったことは起こらない!』プロセスコンサルティング、2012年、38頁。

[3] 森下敬一『ガンは食事で治す』KKベストセラーズ、2017年、140頁。

 

日本最高の気候における人口減少――函館市という中核市の衰退

20220626 日本最高の気候における人口減少――函館市という中核市の衰退

 最高気温が25度以上になる日が夏日であり、最高気温が30度以上になる日が真夏日であり、最高気温が35度以上になる日が猛暑日である。2022624日、2022625日において、瀬戸内海地方、例えば高松市では、最高気温35度を記録した。6月下旬にして、すでに猛暑日である。[1] 地球温暖化の勢いはとどまることはない。

 猛暑日の夜には、エアコンなしに過ごすことは、ほとんど不可能である。通常よりも、多くのアルコールを摂取することになる。偶然、6月下旬に高松市の実家に過ごす機会があった。通常、350mlの缶ビール3本までとしているが、この猛暑日は、4本を摂取することになった。

 北海道函館市では、最高気温22度であり、最高に過ごしやすい日々が続いていた。[2] 北海道の主要都市、例えば625日の札幌市では、最高気温30度を記録し、真夏日を記録している。北海道の夏は過ごしやすいという印象があるが、あまり当てはまらない。夏、過ごしやすい地域は、函館市、伊達市等の道南地域、釧路市等の道東地域、稚内市等の道北地域だけある。もっとも、道東地域は、厳寒期には、24時間暖房を入れる必要があり、気候的に過ごしやすいとは言い難い。冬の結露対策及び水抜きは、必須である。

 対照的に、道南地域では冬でも、ほとんど雪は降らないし、最低気温もマイナス10度を下回る日は、数日でしかない。30㎝の降雪量はほぼ想定する必要はなく、深夜も暖房をつけることはない。2重窓にしている場合、日中でも暖房を使用しない冬も珍しくない。とりわけ、旧函館市の中心街、地元の言葉で西部地区では、その傾向が強い。この地域は、南北に海に囲まれた半島であり、どちら海にも、徒歩にて到達可能である。海風が両方向から流れおり、大気汚染もその程度が緩やかである。対照的に、戦後、函館市と合併した旧亀田市では、函館旧市街と比較して、降雪量も多く、冬の厳しさもより強大である。戦後開通した産業道路沿いの大気汚染は、誰もが知覚することができるほどある。旧市街の気候、自然環境は、申し分ない。

 おそらく、この道南地方の気温は、北ドイツの気候とかなり似ている。ローストック等の北ドイツでは気候も乾燥しており、過ごしやすい。ベルリンでも、冷房装置がない家庭が大半であり、気温が30度を超えると、市民は狂喜乱舞する有様である。函館市は、北ドイツと比べて、気候的には甲乙をつけがたい。

 日本の避暑地として、軽井沢が有名であるが、夏にはかなり熱く、冬に暖房なしですごすことはほとんど不可能である。この意味で、函館市等の道南地域、つまり北海道南部の気候は日本で最高であると断言してもよいであろう。

 このような本邦では最高の気象条件を備える函館市であるが、人口減少に歯止めがかからない。平成の大合併で中核市に昇格したが、その後、人口が減り続け、2022年現在では、25万人でしかない。昭和初期まで、上野以北で最大の繁華街を有していた大都市の面影は消え失せている。

この20年間で、人口が5万人ほど減少した計算になる。日本最高の気候条件を有しているいるにもかかわらず、なぜ、人口減少が続くのであろうか。その一つが行政の存在形式であろう。

 

[1] https://tenki.jp/past/2022/06/24/weather/8/

[2] https://tenki.jp/past/2022/06/24/amedas/1/4/23232.html

大正時代におけるサンカ第二世代の定住化過程――「渡りもの」から「とけこみ」へ

大正時代におけるサンカ第二世代の定住化過程――「渡りもの」から「とけこみ」へ

 

芥川龍之介は、歴史小説だけでなく、同時代小説も執筆している。文化人類学的観点からも、彼の小説を読み解くこともできる。彼の同時代的小説から、大正時代における国民生活の在り様を推測することもできる。

まず、この小説の舞台になった時代を推定してみよう。この時代に腸チフスが大流行したことが、記述されている。「お民は腸チブスにかかり、発病後八日目に死んでしまった」。[1] この記述は、歴史的にも根拠を持っている。「明治末期、約50だった日本全国の腸チフス罹患率 (対人口10万人)は、大正期後半には100くにまで上昇。その後昭和初期にはふたたび50前後の水準にまで低下したが、第二次大戦期およびその直後には再度上昇に転じた」。[2] 大正期に腸チフスが流行したことが、医学史的にも確定できる。この舞台になった時代は、大正期である。

芥川龍之介のある小説からある一文を引用してみよう。ある小説の主人公、お民に関する記述がここにある。「お民は不毛の山国からこの界隈へ移住してきた所謂『渡りもの』の娘だった」。[3] この一文から、いわゆるサンカの同時代的記述が彼の小説にある、と推測できる。彼の文章を読んでいると、サンカの定住が、この時代において進行したと推測できる。定住社会において、彼らは「渡りもの」と呼ばれていた。「この界隈」に属している農村生活において、彼らは完全な共同体の一員としてではなく、異端として取り扱われていた。

従来からの農村社会定住者は、サンカを「不毛の山国に住む」人種とみなしていた。この山国に住み、移動性を不可欠の職業的特質とみなしていた集団が、明治から大正にかけて、農村社会に定住するようになった。もちろん、移動生活から定住社会への溶け込みには、時間がかかる。三角寛が述べているような第二世代が、官界、財界等の社会的な上層階層に属していたという推測は、おそらく虚偽であろう。明治時代、大正時代においてすら、従来から一般的な定住者にとっても、官界、財界等に進出することは、かなり困難であった。旧制中学入学者が、社会的エリートであった時代である。もちろん、お民も中学受験から無縁であった。旧制高校など、多くの農民にとって夢想すらできない社会的存在者であった。

芥川龍之介『一塊の土』における主人公、お民は、明治中期あるいは後期に定住者になった第一世代の子供であり、その第二世代であると思われる。第二世代でも、農村社会においてその出自が問題になり、農村の一般的常識からすれば、異端視されていた。

 

[1] 芥川龍之介『一塊の土』芥川龍之介『戯作三昧、一塊の土』新潮社、2019年、256頁。

[2] 永島剛「大正期東京市における腸チフスの地区別分析」『日本医史学雑誌』第50巻第4号、2004年、66頁(66-67頁)。In: file:///C:/Users/edgar/Documents/%E8%85%B8%E3%83%81%E3%83%95%E3%82%B9%E3%80%8066-67.pdf. [Datum: 07.06.2022]

[3] 芥川龍之介『一塊の土』芥川龍之介『戯作三昧、一塊の土』新潮社、2019年、244頁。

 

中村天風試論の改訂版 2022年6月5日 

闇の夜に鳴かぬ烏の声――中村天風試論

 

20190515,0502,0504.0509,0610,0627,20210715,20220605

 

 

1. 中村天風の哲学の魅力

1.1 中村天風の哲学の継続性

 

 筆者が中村天風の哲学に出会った契機は、偶然の産物である。20世紀最大の哲学者の一人、マルクヴァルト(Odo Marquard 1928-2015年)が哲学に出会った契機も偶然出会った。「私(=マルクヴァルト)はどのようにして哲学に到達したのか。偶然である。哲学が私に衝突した。昆虫がコーラ瓶に衝突したことと同様に、私は哲学に衝突した」。[1] マルクヴァルトと同様に、偶然ではあれ、筆者にとって中村天風の哲学は宇宙の真理に到達しているように考えられた。もちろん、彼の哲学すべてが永遠の真理を有してしているはずはない。しかし、その一端に彼は確実に触れているのであろう。

中村天風(18761968年)の哲学が日露戦争前後から形成されていたことを考えると、ほぼ100年の歴史を有している。哲学を専門にしている大学教授は、日本のこの1世紀において、数千人、数万人以上いたからもしれない。彼らによって出版された哲学書あるいは哲学に関する研究書は、数万冊に至るかもしれない。しかし、現在でも読書界において確固たる地位を保っている書物は、非常に数少ない。しかも、その影響を受けた人々は、哲学者だけに限定されていない。

この1世紀に渡る時間のなかで、中村天風(18761968年)の哲学が東郷平八郎元帥等の著名人に対して影響を与えた。[2] 日本人だけが、彼の哲学に対する信奉者でもなかった。著名な外国人、たとえばロックフェラー3世も彼の思想に触れる機会を持った。[3] 偶然であれ、多くの人間が、彼の人格そしてその思想に触れ、より安楽な生を送ったであろう。

 

1.2 専門知と素人知の区別

なぜ、彼の哲学がほぼ1世紀近く、その命脈を保ってきたのであろうか。その根拠の一つは、彼が専門知と素人知を区別したことにある。彼の人間論や宇宙論が、たとえばハイデガーの哲学よりも優れていたからではない。専門知が素人知に加工されず、その存在形式が保持されているかぎり、彼の哲学書の大半は、国会図書館の書庫の奥にたまった埃にまみれていたであろう。彼は専門知の限界を明確に理解していた。「私の知れる限りをとことん説明いたしません。・・・この集まりがね、・・・基礎医学の知識ばかり持った人の集まりだというと、また説明はもっとずっと立体的に深くなっていくんですが、そういう説明になると、今度はあなた方が皆目わからなくなっちまいます」。[4] 中村天風の啓蒙対象そして講演対象は、専門知を理解しない素人である大衆である。専門家に対する説明と大衆に対する説明は、ここでは明白に区別されており、彼の思想は大衆によって支持されてきた。

 

1.3 理解の容易性

 たとえば、ハイデガーによって提起された本来的自己を自己のものにすることが、ある読者に必要不可欠であるとしてみよう。ドイツ哲学史において刻印された哲学を理解するために、大衆はその難解な書物を購入しなければならない。彼の哲学書をドイツ語で読解するためには、ドイツ語の初等文法から学習しなければならない。ドイツ語の文法構造を完全に習得したとしても、彼の叙述形式はドイツの知識人すら理解しがたい難解な構造を持っている。彼の全集を読むだけで数十年の年月がかかるであろう。途方もない時間がかかる。数十年後には、この読者の生命すら風前の灯になっているであろう。

 本来的自己に到達する方法は、ハイデガーの著作総体において見出し難い。対照的に、中村天風はその方法を日常的に実践可能な方法によって提示している。「いわゆる先哲識者はと称せられる人々は、種々の言葉をもって、理論の演繹方法を入念にしているが、肝心のそれを現実化する方法手段という一番大切なことに少しも論及していない」。[5] 彼は理論を提示したのちに、その実践方法を体系づけている。

 

1.4 思想と実践

 対照的に、中村天風の哲学は、多くの人の病気、煩悶、貧乏等の悩みを解消した。その実用的価値から、彼の哲学が現在でも影響を与え続けている。彼の哲学が人口に膾炙した根拠の一つは、日常的生活において実行可能な提言であることにある。中村天風は、それに至る一つの途として、日常生活において積極的言葉を使用するという誰でも実行できそうな提言をしている。「言語というものには、頗る強烈な暗示力が固有されている。従って特に積極的人生の建設に志す者は、夢にも消極的の言語を、戯れにも口にしてはならないのである」。[6] もちろん、厳密に考えれば、この命題を実行に移すことはかなり困難である。哲学的背景を持っているこの言葉を聞くことによって、多くの人が肩の荷を少し下ろし、煩悶から解放された。積極的言葉をより使用し、かつ快濶に、はっきりと発音することが肝要であろう。これだけでも、肩凝りの症状が軽くなった人は数多いであろう。

 あるいは、他人の悪口を言わない、できる限り他人の良い点を褒める、ということも実行できそうである。他人の悪口は、自分の心の清浄性を冒し、自分自身を貶めることにつながるであろう。宇宙霊から与えられた自己の生命、そして自己の心を汚すことにつながる。宇宙霊から活力を得ることは、できない。自分の心の汚濁は、疾病の素であろう。雑念や妄想を自己の心から追放すれば、このような心境になれる。その方法は次のようになっている。「雑念、妄想を除くのは、・・・無念無想になりゃいいんです。・・・いっさいの感覚を超越して・・・いっさいの感情、情念を心になかに入れないで、純真な気持ちになることが無念無想なんです」。[7] この心境に至るための道筋は、彼によって示されている。

しかも、中村天風の思想はこのような事柄に限定されない広大な背景を持っている。彼の思想は、巷に溢れている自己啓発に関する書物、あるいは軽薄短小なビジネス本と区別されるべき射程を持っている。多くの彼の信奉者と同様に、彼の哲学を纏めてみよう。しかし、彼の哲学書に関する解釈書は数多いが、その宇宙論から根源的に解釈した書物は数少ない。本稿がその一助に寄与すれば幸いであろう。

 

  1. 人間的自然と宇宙

2.1 闇の夜に鳴かぬ烏の声

「闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば、生まれぬ先の親ぞ恋しき」という有名な詩歌は、一休宗純(13941481年)によって作成された、とみなされている。この解釈は古来より多々あるであろう。中村天風もまた、この和歌を講演、訓話等で引用していた。[8] 本節では以下のように解釈したい。私という一回かぎりの生を現生に送り出したもの、闇の奥にあるものが存在しており、その声が聞こえるはずだ。私もたまに、聞こえるような気もするが、どうであろう。少なくとも、その声を聞こうとしている。

鳴かぬ烏の声とは何か。私という人格を送り出し根源的なものとは何か。私に何を託そうとしているのか。宇宙が進化するか、否かはわからないが、何かをするためにここにいることは、間違いないであろう。その根源的なものに関して考察してみよう。人間あるいは人類の歴史に関して、どのような寄与ができるのであろうか。

 

2.2  宇宙観とプランク定数h

この問題に解答するために、中村天風の宇宙観に言及してみよう。彼の世界観によれば、「人間は宇宙の進化と向上に順応するために生まれてきた」。[9] そして、「この宇宙の創造を司る造物主と称する宇宙霊」こそが、人間を創造した。[10] しかし、この宇宙は進化するのであろうか。「宇宙の本来が進化と向上にある」。[11] 宇宙は進化し、向上する、と断言している。宇宙が進化する根拠に関して中村天風は曖昧である。宇宙が根源的で絶対的であれば、進化も向上もする必要はないからである。現象界に送り出された人間は、宇宙に寄与することは何もない。

 しかし、次のように考えることによって、中村天風はこの難問に回答を与えている。中村は、宇宙霊を生命体とみなしている。「宇宙霊は、休むことなく働いている。創造に瞬時の休みもなくいそしんでいる活動体である。だからこそ、この宇宙はつねに更新し、常に進化し、向上しつつあるのである」。[12] 中村天風によれば、生命体つまり有機体として宇宙霊こそが、宇宙エネルギー総体である。この中村天風によって把握され、命名された宇宙霊が、自然的人間の環境世界を包んでいる。[13] 「宇宙霊なるものこそは、万物の一切をよりよく作り更える」[14]  宇宙霊は、現象界を改善する方向へと変化させる。人間がその用意をした場合、「造物主(宇宙霊)の無限の力が自然に自己の生命の中へ、無条件に同化力を増加してくる」。[15] 現象界において人間は、この宇宙の本質を無限に受容できる。

この思想は次のように要約される。「宇宙の最初は、ただ宇宙霊のみであった」。[16] ここまでは、私にも理解できる。しかし、なぜ宇宙霊は絶対的ではなく、進化あるいは変動するのか。この点が理解困難であった。

 

2.3  プランク定数h

 しかし、中村天風は宇宙霊を固定的に考察するのではなく、エネルギーと周波数の関係つまり超極微粒子のブランク定数hとみなしている。「万物能造の宇宙エネルギーは、この空間と俗に人々から呼称せられているものの中に、遍満している『絶対に人類の発明した顕微鏡は、分光器では、何としても分別感覚することの不可能な・・・見えざる光であるところの超極微粒子』だと論定している。しこうして、この『超極微粒子』を、今から半世紀以前にドイツのプランク博士が、これをプランク常数Hと名付けた。このプランク常数Hなるものこそ、ヨガ哲学者のいう宇宙霊なのである」。[17] プランク(Planck, Max 18581947)によって発見されたプランク定数hは作用量子(Wirkungsquantum)であり、つねに活動している。これは、この光子のエネルギーと周波数の関係であり、固定的なものではなく、常に流動している。共鳴子の振動は、その振幅と位相を変化交替させる。

 中村天風によれば、鳴かぬ烏の声あるいは生まれぬ先の親は、ブランク定数hである。「なにもかもすべて、あにあえて、人間ばかりじゃない。現象界に形を現わしている物質はみな、その根源は見えないElementary particle (素粒子) だ」。[18] 現象界において個別的肉体が生成する以前に、その根源は形成されていた。すべての肉体と精神は、この超極素粒子に還元される。

但し、この流動性は、以下のような作用量子に関する中村天風の独自の解釈に基づいている。「宇宙現象の根源をなすところの『気』というものは、(+)の『気』と(-)の『気』の二種類に分別される。そして、プラス=+の『気』は、建設能造の働きを行い、マイナス=-の『気』は、消滅崩壊の働きを行って、生々化々の現実化のため、常に新陳代謝の妙智を具顕しているのである」。[19] この中村天風の言説がプランク定数hにおけるどのような要素と関連しているのか、不明である。

 通常の宗教学によれば、宇宙霊とは唯一絶対神であり、固定的に思惟されている。たとえば、ユダヤ教あるいはキリスト教における唯一絶対神が、流動的であるはずがない。この常識に囚われていた私は、宇宙霊を固定的に考察していた。

 

2.4 宇宙の進歩

 もちろん、宇宙が進歩しているかどうかに関して異論はある。宇宙には進歩という概念がないという宇宙観もまた、真理である。もちろん、宇宙が固定的ではなく、流動的であるという断定に異論はない。しかし、その流動性に進歩があるか、否かに関してはわからない。

数千年における人間の歴史という尺度において、果たして宇宙には進歩がないかもしれない。「循環=繰り返しには『進歩』がない。・・・田舎(農業)は、この大自然の『永遠の循環』『進歩なき繰り返し』と共にあるべきものである」。[20] 進化あるいは進歩は自然において存在しない。中島正はこのような東洋的宇宙観に基づき、その思想を形成している。中村天風の宇宙観は、中島正の宇宙観から区別されている。しかし、どちらの宇宙観が正当であるかは、時間的尺度の差異に基づき決定される。中村天風は数億年単位で、中島正は数千年単位で宇宙を考察している。また、前者は惑星を含めた宇宙総体に基づき宇宙を考察していることと対照的に、後者は地球総体に基づき宇宙を考察している。

 

3.  道具としての肉体と精神

3.1 人間の本質

 中村天風の宇宙観によれば、生命体を含む物質の根源は素粒子である。したがって、自己の本質は、肉体でもなければ、精神でもない。「自己それ自身と自分のpossess (所有物)とはちがうはずだもの。体や心は自分ではない。自分というこの気体である真我の本質が、現象界にある生命活動をするために必要とする道具なんですよ」。[21] 心すら、自己の本質とは別物である。精神至上主義が否定されている。

 気体である真我の本質が、自己の精神と肉体を統御する。宇宙の本質としての気体と個人が一体になることによって、精神と肉体の欲求すらも統御できる。真我は心ではない。

 しかし、多くの知識人は、精神と肉体の虜になっている。自己の本質ではない精神と肉体の欲求を制御できない。真我が現れなくなっている。精神も肉体も真我の声を聴くことができない。個別的個人としての私の存在意義を理解できなくなっている。

 

「珈琲時間」[22]

 ここで私的体験を述べておこう。201972415時半前後にJR札幌駅から地下鉄東豊線札幌駅への徒歩での移動中のことであった。久しぶりの札幌であり、讃岐うどんを食したいという肉体的欲求に従って、地下鉄東豊線札幌駅近くの讃岐うどんの店を訪れた。しかし、その行為は肉体の欲求に応じただけであった。真我の欲求に従えば、握り飯を食するべきであった。あるいは何物も食さないことが、真我の欲求だったかもしれない。事実、かけうどんの中を注文したが、ほとんど食べ残してしまった。御百姓様に申し訳なかったが、真我がこのうどんを拒否していたように思えた。

 また、現在交通論に取り組んでいるが、必ずしも既存の交通論研究の範疇に属することを考察しているのではない。近代思想史の範疇として、近代公共交通論を議論している。それを忘れていることに気が付いた。東豊線の車中であった。隣に座った二人の老婦人が、かなり上品であるが、些細なことに夢中で議論していた。彼女はこのような生活の利便性、JR東のスイカは札幌の地下鉄で使用できるか否かに関して、激論を交わしていた。このような議論をするために、彼女は生まれて来たのであろうか。生活の利便性ではなく、まさに烏の声が聞こえたのであろうか。このときに、私はなにか、烏の声を聴いたような気がした。彼女たちの議論には感謝しなければならない。

 

3.2 宇宙霊と自然的人間

この認識に基づくかぎり、これ以後は一瀉千里である。[23] 「わが生命は宇宙霊の生命と通じている。宇宙霊の生命は無限である」。[24] 宇宙霊と人間の精神が同一化される状況へと自己の精神を方向づけるだけである。「人間は、恒に宇宙原則に即応して、この世の中の進化と向上とを現実化するという、厳粛な使命をもってこの世に生まれて来た」。[25] 宇宙の進化と感応する人間的精神の目的が、明瞭に述べられている。ここからは、心を積極的にするための方法論の実践だけである。たとえば、怒り、怖れ、悲嘆ではなく、感謝と歓喜の感情に満ちた生活をおくることが重要である。「宇宙の神霊は、人間の感謝と歓喜という感情で、その通路を開かれる」。[26] 宇宙霊と自然的人間の精神が合体することによって、積極的感情が満ちる。自然的人間の運命も積極化する。このような消極的感情は、自然的人間の心にはない。

 

3.3 自然的人間の潜勢力

 このような積極的感情が生成する根拠は、人間には生命力が備わっていることにある。「人間の生命の内奥深くに、潜勢力という微妙にして優秀な特殊な力が何人にも実在している」。[27] 人間的自然の内に、宇宙霊の積極性を受容する力が備わっている。宇宙進化と同様に、人間も進化することが前提にされている。以下では、この進化へと至る具体的方法を列挙してみよう。この具体的実行例は、多くの信奉者が日々配慮しているのであろう事柄に属している。

 

3.4 自然的人間の目的

 自然的人間は、目的を持って存在している。そして、生まれる前から、何らの目的を持っている。闇の夜の鳴かぬ烏の声によって規定されている。「自分がある目的をもって生まれてきた」。[28] 造物主つまり宇宙霊によってこの世に出現した。理想を持つことが、重要である。生まれぬ先の存在者の目的、つまり理想をつねに明確にしなければならない。「常に気高い標準をもって、しかも人生理想を変更しないで心に描いている人は、・・・その理想を現実になしえる資格を自分でつくっている・・・宇宙霊の力がそれへドンドン注ぎこまれんだから」。[29] その理想は、つねに自己の精神において保持されねばならない。どのような環境世界に生きようとも、明るく、朗らかに、生き生きとして生きることによって、宇宙霊からのヴリル=活力を心身に取り入れることができる。この理想は、心が清浄である場合にだけ、実現される。「心の世界には人を憎んだり、やたらにくだらないことを怖れたり、つまらないことを怒ったり、悲しんだり、妬んだりするというような消極的なるものはひとつもない」[30] 

「やたらにくだらないことを・・・つまらないこと」に鈍感であること、私の表現方法によれば鈍牛になるべきであろう。情報は他者から自己に伝達される。生きているかぎり、電話もかかってくれば、メールを受信しなければならない。いちいち、返信するから心労も増えてくる。どうしようもないことは、どうしようもない。相手にしない。相手は、頓珍漢な要求を自己に課してくる。その頓珍漢な要求に対応しようとするから、事態はさらに複雑怪奇になり、頓珍漢は数十倍に増加するしかない。これを避けるためには、清々しい心境に至るしかない。清々しい心境、ひらがなで表現してみよう。すがすがしい。この心境こそが、中村天風がめざした心境のように思える。この心境に至るには、どのようにすべきであろうか。会社で同僚と論争になれば、相手に任せ、疾病になれば医者に任せ、そして宇宙に任せる。自己の肉体すら、宇宙に任せるしかない。人間的意識から独立して、自律神経は自己の役割を遂行する。真我は肉体の機能を自律神経に任せるしかない。人間の喜怒哀楽の感情は、もはや宇宙の法則の前には無力であろう。

もとより、相手を無視すれば社会的評価、会社内での立場も悪くなるであろう。しかし、死刑になることもなければ、解雇処分になることもない。いつものように対処すればよいだけであろう。

本来の人間の心には存在しないにもかかわらず、消極的心境に我々は陥る。どのようにすれば、その状態から逃れることができるのであろうか。そのような状態に陥っていることに気が付いている場合、「その思い方、考え方を打ち切りさえすれば、もう悪魔はそのまま姿をひそめる」。[31] まさに、禅宗の名言、「念を継がない」ことが重要である。悪魔を退散させるためには、どのようにすべきであろうか。中村天風は明瞭に示している。「俺はこの世の中で一番気高い人間だ、俺はいちばんこの世の中で心のきれいな人間だ、・・・それをしょっちゅう思い続けていくんだ」。[32] 先ほどの「鈍」という概念を用いれば、あらゆる情報、要求に鈍感になろうとも、これだけは鈍になれない情報、要求がある。この要求に対応することが、自己の本来的欲求になる。一筋の光が見えてくる。その光こそが、一休禅師が感じた「生まれぬ先の親」であろう。

心が汚れている場合には、それを拭うことが肝要である。人間は、怒り、悲しみ、妬み等、様々な消極的感情に捕らわれる。しかし、怒り、悲しみ、妬み等に拘泥すべきではない。「腹のたつことがあろうと、悲しいことがあろうと、瞬間に心から外してしまえばいいんだ。心を積極的にすることを心がけて、自分の心を汚さないようにするには、気がついたらすぐそれを拭いてしまえばいいじゃないか」。[33] 一時の感情に拘泥しない。打ち切る、念を継がない。しかし、凡人は自己の脳裏に最悪の事態を想定する。その心像に対して恐怖する。この心像も、過去の恐怖を針小棒大に考えているにすぎないことから生じている。「私は必要のないことは雲烟過眼(物事に執着しないこと)、太刀風三寸身をかわす。必要のないものはすーっとかわしちまえさえすればいい」。[34] 何度も消極的事象に対応する必要はない。いちいち反応しない。例えば、自ら感情を刺激する消極的メールが来れば、それに返信しない。返信するのではなく、ごみ箱に入れ、削除する。後生大事に馬鹿げたメールに反応するから、問題を引き起こす。数週間経過すれば、馬鹿げたメールを送信したものも、忘れているからだ。

しかし、なぜ、怒り、悲しみ、妬み等の消極的感情に捕らわれてしまうのであろるか。消極的感情が生じる根拠は、他者に対する過剰な感情移入にある。怒り、悲しみ、妬みの対象は、私の環境世界に存在している他者である。遠い世界に住む名前も知らない人々や過去の人間に対して、眠れぬほど煩悶することはない。例えば、私の知人は、地下鉄等の公共交通において大声で携帯電話によって話している人間に殺意を覚えたそうである。実際に口論になり、かなり不愉快な記憶が今でも、消えないそうである。このいかりは正当であろうか。しかし、自分が乗車していない別の車輛において、同様な行為があったとしても、彼の感情が不安的になることはない。また、キリスト教徒に対して残忍な殺人行為をしたローマ帝国のネロ皇帝や、比叡山焼き討ちをした武将、織田信長の行為に対して、煩悶することはないであろう。

視野に入った人間、職場の同僚あるいは家族等が、怒りの対象である。夫婦喧嘩などは、その典型である。なぜ、自らを取り巻く環境世界の人間に対して、怒り、悲しみ、妬むのであろうか。過剰の思い入れ、自ら主張に対する異見が、気に入らないからである。その背後には、対象になった人間こそ、自らにとって重要であるという過剰な感情移入がある。彼も、そして彼女も通りすがりの人間である。「列車がフルスピードは走っているときに、外の風景を気にしてはいないじゃないか」。[35] 他者は、「外の風景」にしかすぎない。流れゆく光景の一つでしかない。私の肉体も、そして私の精神も流れゆく風景として外から眺望できるとき、幸福になれるであろう。

この心境を中村天風は以下のように要約している。「急行列車の中で、窓に映るいろんな風景を、フーッ、フーッと雲烟過眼する気持ちが、とらわれのない、執着解脱の心境なのである。・・・不即不離、いらないことは、耳から入ってこようと、眼にふれようと、あるいは感覚に感じようと、つかず、はなれずでなければならない」。[36] 雲烟過眼の心境にあるかぎり、環境世界と不即不離の関係に入ることができる。 

自己の宇宙霊から与えられた使命に殉じることは、徹頭徹尾、自己本位に生きることにつながる。自己つまり真我の意志に従うことである。「意志とは、真我そのものが絶対純正のもので、その純正なるものの属性であるから、これまた絶対純正なものである」。[37] 真我の命令である意志が、精神的領域つまり心において生じたものを客観的に思量することが重要であろう。自己の心に生じた事柄が冷静に第三者の視点から考察されるべきであろう。「一切精神領域に発生するものは、心がそれを感じるのあると、丁度第三者の動静を看るようにすべての心的作用や心理現象を思量するという意識観念を習慣づけるのである」。[38] 自らの心に生じた雑念を真我の視点から考察することによって、意志の力が発現される。筆者なりに表現すれば、私の心が怒っていると、第三者的視点から考察する。真我が実現しなければならない本源的使命は、他者の言動、他者の振舞を真我の立場から見る。他者からどのように言われようと、他者からどのような評価を下されようと、自分には無関係である。「『わずらわされる』というのは、心が『物』かまたは『人』かに『役』せられる状態のことで、天風哲学のほうからいうと、自己の心が相対事象(それが物であれまた人であれ)に奪われた状態・・・詳しくいうならばその主位を乗っ取られたときのことをいうのである。・・・・自己の人生というものは、あくまでも自分のものであり、決して他人のものではない。しかし、心が物や人に対して主位にあり能わずして、これに役せられ、わずらわされたのでは、勢い大切な『心』が物や人に主座を奪われ、やむなく従座につかねばならぬこととなる」。[39] 例えば、食事という行為の最中には、食事に集中する。それ以外の煩瑣なことに気を奪われない。主座は食事であり、それ以外のことは従座にすぎない。環境世界にある他者あるいは物は、自己と本質的関係を結ばない。宇宙霊によって与えられた自己の使命にとって、移り行く風景にしかすぎない。

同時に、他者の言動、他者の態度ではなく、自らの言動、態度に批判的考察を加えることも重要であろう。他者を批判するなど、時間の浪費にすぎない。「真に自己省察なるものが、人生向上へのもっとも高貴なことであると自覚している者は、・・・他人のことに干渉する批判という無用を行わずに、常に自己を自己自身厳格に批判して、ひたむきに自己の是正に努力することを、自己の人生に対する責務の一つだと思量すべしであろう」。[40] 他者との関係ではなく、自己の現在を省みて、その正当な途を思量しなければならない。 

 

4.人生建設のために必要な生命力

4.1 6種の生命力

 生命力は、以下の6つに分類されている。体力、胆力、精力、能力、判断力、断行力の6つに分類されている。[41] この生命力は6つに分類されているが、それぞれ相関している。人間の生命の内奥には、崇高な使命を現実化するための潜勢力が備わっている。ここでは、2番目の胆力について言及してみよう。胆力は一般的な人間の生命力においてほとんど言及されない。胆力は後期近代の知識人にはほとんど顧慮されていない生命力の一側面である。単純化して言えば、右顧左眄しないことである。中村天風の思想の独自性として注目される。

周知のように、彼は武道とりわけ剣道において当時の一級の使い手であった。日露戦争直前の満州において、清龍刀の達人を殺したことが知られている。当時の軍事探偵としての使命を全うした。真剣で殺人を殺すという行為には、潜在的には自分が殺されることも含まれている。

 

 

4.2 周章狼狽

単なる思い付きで行動しないことである。思い付きは慌てるときに生じる。「慌てるというのは、またの名を周章狼狽というが、これは心がその刹那放心状態に陥って、行動と精神とが全然一致しない状態をいうのである」。[42] 通常、行動と精神はほぼ一致しない。通常、行為には前もってその選択肢が考察されている。ある状況における選択肢は、前もって用意されている。段取りという言葉によって表象される行為は、すでに考察済であったはずである。

 

「珈琲時間」――段取りの忘却

しかし、実際にその段になると、右往左往することがある。とりわけ、親族の危篤状況、死去に際して、それが現実化したときに段取り通りすることは、稀である。段取りあるいは計画を忘れて、想定外の選択肢を選びがちである。しかし、その思い付きの選択肢は、段取りの段階において消去されていた場合も多い。胆力がない場合、この思い付きの選択肢を取りがちである。とりわけ、小賢しい理性を有する人間は、段取りにしたがって行為できない。段取りに従って行動することは、環境世界の小さな変化を無視する力を必要としている行動と精神が一致していない状態に陥ることは、中村天風になかったかもしれない。しかし、周章狼狽状態に陥った場合、私のような凡人は、前もって想定されていた段取りに従った方が、良いように思われる。

たとえば、親族危篤あるいは死去に際して実家に移動する場合、鉄道を使用するのか、航空機を使用するのか、段取りの段階において精密に検討されていたはずである。しかし、緊急事態に現実に陥ったとき、この事前の段取りを忘れて、別の選択肢を採用しがちである。状況の仔細な変化を無視する胆力が要請されている。胆力は、状況の微細な変化を無視する力である。

但し、段取りに拘りすぎると、良くない結果をもたらす場合もある。予定された時間が切迫しているときに、周囲が見えなくなる。特に雪道を急いでいるときには、下を向いて歩いている。その場合、信号が見えていないことも多い。正面の信号が赤である場合、歩行者は停止しなければならない。にもかわらず、横の信号が緑であり、停止せず、そのまま横断歩道を渡っていた。交通事故に寸でのところで遭遇するかもしれなかった、自動車運転者が私の存在に気づき、交通事故を回避できた。交通事故に遭遇すれば、段取りなど無になる。数分の遅れは、次の電車を待てば解決する。気が散っている証拠であろう。

 

 

4.3 一つのことへの集中――柳生但馬守と沢庵禅師の問答

 人間は一つのことしかできない。「柳生但馬守が未だ修行中のおり、沢庵禅師に次のような質問をしたことがある。『一本の剣は扱いやすし、されど、数本ともなればいかになすべきや?』と。禅師答えて曰く、『・・・数本もやはり一本一本扱うべし』」。[43] 中村天風から学んだ方法論は幾つかあるが、この方法論は私を魅了した。瞬間、瞬間に人間ができることは、一個でしかない。そのときどきの課題に集中するしかない。

 

5. 理想的人間像への精進

5.1  価値ある人生

 人生は一回限りである。人間が現世において生きていることが、奇跡のようである。したがって、人間の本質は尊い。「価値ある人生を活きるには、先ず自分の本質の尊さを正しく自覚することが必要である」。[44] 何か使命あるいは意義を持って現世において生まれてきた。価値高い生き方が万人に可能である。その価値高い生を可能にするためには、「霊性満足」を指向するしかない。この目標をかかげるかぎり、失望や煩悶もないはずである。「『霊性満足』の生活目標なるものは小我的欲求の満足を目標とするものではなく、・・・自己の存在が人の世のためになるということを目標とする生活であるからである[45] 自己の存在理由が、人間の環境世界に寄与する。

 しかし、人の世にとって私の存在がどのように寄与するのか。あるいは、別の言葉によれば、世界における私の役割を自覚することは、簡単ではない。しかし、私の生が存在すること、出発点はそれ以外にはない。

 

5.2 自分の心の更新

 心は日々、更新されねばならない。「日々更新の宇宙真理に順応するためには、先ず自己の心を日々更新せしめざるべからず」。[46] 宇宙の目的が進化と向上あるか、否かは、現在の私には判断できない。しかし、宇宙の形態が変化していることは、異論がないであろう。その変化に私つまり私の心も変化する。宇宙霊に自己の本質があるかぎり、私の心もその変化に対応しなければならない。

 

5.3 積極的言葉の使用

 中村天風の偉大さは、この理想的人間像の形成への道筋を示していることにある。彼の死後、半世紀が経過しても、彼の思想が参照される理由もまた、この点にあろう。この実践的方法論をここで再録してみよう。自然的人間が生きる道標にとして、中村天風の哲学は価値がある。

 誰でも、無意識に使用している口癖がある。それを対象化する。使用している言語、とりわけ無意識に使用している言葉を意識化することが、中村天風の思想を理解するために必要である。「言語は自己感化に直接的な力を持っている」。[47] 言語活動が自己の心を影響づけるからだ。自己によって発話された言語が、自己の心境を影響づける。積極性を指向しない口癖は、彼の哲学が意識化されていない証拠である。厳に慎むべきであろう。

それは、山岸巳代蔵の主張にもある。「いつでも快適な状態、これが真の人間の姿だ」。[48] ここでも消極的ではなく、積極的な人生が真の人生であるとされている。「大変なことが起きたようなことでも、大変なこととは思わない」。[49] 積極的なこと、やるべきことが見つかれば、大変なことも大変でなくなる。現前の課題が追求されるべきであろう。

 

5.4 諸事万事気を込めて行う[50]

 自然人が行うすべて行為を、気を込めて行う。~をしながら行為することを慎む。たとえば、煙草を喫するという行為を私は、気を込めて行おうと思う。いままで、勉強しながら、あるいは音楽を聴きながら喫煙してきた。煙草それ自体を味わっていなかった。近年、喫煙所で煙草を喫することが強制されている。しかし、喫煙所では、煙草一本、一本を愛しむようにして喫するようになった。机の側で喫するときでも、煙草を味わってみたいと思う。

 そのためには、充分な時間と場所が必要だ。23分の空き時間ではなく、最低でも5分の時間を見出して、深呼吸しながら煙草を味わいたい。

 

「珈琲時間」

他者の関係性において、人間は煩悶する。悩みの大半はここにある。自分の意向に従って、他者を変革することはできない。他者の距離感が問題である。変革しようする場合は、自分の内にその理想像がある。しかし、自分の思いとやることは区別されるべきである。できないことをしようすることに、煩悶の原因がある。

他者の範疇には、親、子供、配偶者、親族、友人、知人、機能的関係者等も含まれる。自分以外の人間すべてを意味している。しかし、この命題は自分を絶対化することでもない。自分の現在の問い自体にも返答することはできない。そもそも、わからないから質問している。他者であれば、自己であれ、質問の内容もまた、要をえない。

 しかし、自己は他者と何らかの関係を持っている。命令することもあれば、お願いすることもある。金銭を媒介にすれば、ほとんどの物を入手できる。しかし、それはなんかの限定された関係でしかない。ゼミナールの学生に論文指導をすることは、卒論論文という限定された関係でしかない。そのうちの一人と酒を飲むこともある。しかし、飲み屋を出れば、他人である。酒を飲むという関係でしかない。

 他者たとえば子供に対しても、影響を与える。部分的な影響である。ある人が死期を明示されて、それを子供に伝達することも不可避である。子供の人生を中断することでもない。親の死に反応する子供がいるだけである。

 

5.5.1 他者との関係、その一、三勿

他者に対して、機能的関係に限定して交際すれば、煩悶が生じることはない。君子の交わりは、淡きこと、水の如し。この関係を他者とのどのような場面でも、貫徹できれば問題ないであろう。しかし、私は他者に対して、怒る。悲しむ。怖れる。「最後に必要な注意は、三勿の実行ということである。三勿とは何を意味するかというと、(1)、勿怒、(2)、勿悲、(3)、勿怖の三つの事柄である」。[51] 私は他者に対して、このような消極的感情に支配されている。過剰に他者に期待することによって、そのような感情が芽生える。煩悶すれば、生命維持のための活力が大幅に減少する。にもかかわらず、消極的感情に支配されている。中村天風を咀嚼していないからであろう。

人間は、激しい暴風雨に出会うこともある。その暴風雨に出会っているときには、環境世界を見据えることはできない。暴風雨が去り、冷静になると対処法があったことに気づく。後の祭りである。問題は、暴風雨に出会っているときに、冷静になれないことである。冷静になるには、どのようにすべきであろうか。どのようにして、消極的感情を制御するのであろうか。

中村天風自身は、この三勿と同時に、三行を挙げている。三行とは、正直、親切、愉快である。「三勿三行を厳格に実行して、自己の尊厳を冒瀆する消極感情の清算を現実にすべし」。[52] 彼の思想において、三勿三行と六つの概念が統一的に把握されている。しかし、彼と同程度の心境に達していない初心者からすれば、三勿を回避するために、三行を目標とすべきではないのであろうか。通常の人間は、三勿でなく、怒り、怖れ、悲しむ。しかし、より、三行を指向することによって、三勿の心境に到達できるように思われる。三勿三行は分離し、とりわけ後者の愉快――但し、単なる陽気な心境ではないーーの状態にいたれば、怒り、怖れ、悲しみから解放されるような心境に至るであろう。

怒り、怖れ、悲しみという感情は、通常、自己の行為を起点としている。自己の何らかの必然性に基づき、他者あるいは環境世界に働きかけた結果、生じる。例えば、他者に親切にした行為、他者に贈り物をした行為、これらは何らかの内的必然性に基づいた行為である。しかし、その反応は、想定した結果とは異なる。自己の行為は、行為を実施した時点で終了している。他者の反応に対する感情は、無意味である。むしろ、内的必然性の妥当性を問わねばならない。

 

「珈琲時間」

自己の行為の対象である他者が、無反応であることもある。あるいは、逆効果になることもある。相手が、私の贈り物を貶す場合もあろう。貶されても、怒り、怖れ、悲しみという感情は無意味である。そのような相手に贈り物をした自己の不明を恥じるだけである。あるいは、贈り物に対して、こんな安物と罵倒されれば、経済環境の差異を自覚すべきである。商品の価格に対する価値づけは、置かれている経済環境に異なる。毎日、エビスビールを飲んでいる男性に対して、発泡酒を贈呈してもあまり喜んでいただけるとは思えない。レミーマルタンしか飲酒しない男性に対して、コンビニで購入したワインを贈呈しても、たいして喜んでもらえるとは思えない。

 

5.5.2 他者との関係、その二、清濁を併せ呑む

 

 他者の悪い側面、すなわち自己にとって悪い側面が気になることがある。しかし、他者、より一般化して言えば、他の物を含めた環境世界全般には消極的側面がある。その側面のみを強調すれば、まさにそれを憎むことになる。まさに、怒りそして悲しむ。他者、他物そして環境世界一般を憎悪する。もちろん、その部分は憎むべき対象であるとしても、それ以外の側面もある。この心境が高じると、環境世界それ自体を憎悪するしかない。「清濁をあわせ呑まない心でこの混沌たる人生に活きると、自分の活きる人生世界が極めて狭いものになる。そして、その上に、ことごとに不調和を感じる場合が多くなって、しょせんは人生を知らず識らずの間に、不幸福なものにしてしまう」。[53] ある人間、ある物そしてある環境世界の一側面、それがよしんば消極的、否定的であろうとも、それを憎悪してはならない。それ以外の側面があるからだ。

 

「珈琲時間」

 函館という都市は、潜勢力に溢れた街である。しかし、経済界、医師会、行政等に携わる有力者の狭い了見によって、ことごとく発展の可能性を潰してきた町でもある。その否定的側面に目を向けると、この町の欠陥ばかりが気になる。

 しかし、為政者の根源的失政にもかかわらず、この町の気候と天然の良港はそのままである。とりわけ、地球温暖化によって、猛暑日が続いている西日本、首都圏に比べて、夏でもエアコンなしで過ごせる快適な気候を持っている。中堅病院、デパート等の一定の社会的インフラストラクチャー構造を有している町で、このような気候で過ごせる都市は、日本有数である。軽井沢など歯牙にもかけない快適な街でもある。この町に居住している愉快を満喫しようとしている。今までは、その否定的側面に着目しがちであったが、この町の快適性に感謝しよう。

 

「珈琲時間」

 地底国というインターネット用語がある。地方底辺国立大学、大宅宗一の言葉を借りると、駅弁大学である。北海道教育大学函館校も、旧制北海道第二師範学校を母胎とする新制国立大学である。しかし、戦後70年が経過したことによって、地底国もその幾つかは様変わりしている。香川大学も最初は、旧制香川師範学校と旧制高松高等商業学校を母胎とする2学部体制であったが、平成の世において工学部、法学部、医学部を擁する6学部体制になり、総合大学として雄飛している。もはや、地底国とは言い難い。対照的に、北海道教育大学は単科大学のままである。

 地底国の教授も、学会ではそのような扱いを受ける。東京六大学、関西六大学の教授が綺羅星の如く集う東京の学会にいけば、どこか疎外感を免れない。研究態度も、研究方法も学会の主要潮流からずれている。私の著者など、研究書ではなく、雑本の扱いである。次の事例は、この地底国教授と宮廷大学教授の落差を表している。

私が政治学会において、ある著名な東大法学部名誉教授に挨拶をした。彼の著書を教科書にしていることもあり、最初の著書を彼に献呈したからだ。政治学会の懇親会において彼に挨拶したとき、彼の第一声は、次のようなものであった。「なぜ、君がここにいるのか」。この言葉は明瞭に記憶している。二の句が継げないとは、このことである。

 しかし、国立大学教授である限り、若干の給与の差異を除けば、大差ない。もっとも、その微妙な差異が気になることもある。地底国教授は、おそらく東京大学教授の約半分ほどの給与しかない。しかし、地底国であれば、その勤務形態は社会的標準からすれば、かなり緩やかである。朝、8時集合ということは、1年間でほんの数日である。近所の八百屋さんの大将から、いつも羨ましがられる。夕方、買い物に行くと、暇でいいねと、言われる。私も少し癪にさわれるので、国家公務員は24時間、国民のために労働していると反論する。しかし、そのようなことは、ほとんどの公務員は考えていない。私も、笑いながら声音を変えて言っているからだ。研究する時間はかなり保証されている。

もっとも、海外研修を受ける機会は、東京六大学に比較するとかなり困難である。人員削減の影響で、日常業務に差し障りが生じるからだ。東京六大学教授が講義を免除され、半年間、海外研修を実施していると知らせを受け取ると、羨ましいと心底思う。地底国では、予算の関係もあり、数週間の海外研修ができるだけだ。

でも、地底国教授であることに、感謝しよう。生涯、非常勤講師の可能性もあったからだ。現在の地底国に採用されたときのことを今でも明瞭に覚えている。人事担当教授から採用確定の電話を受けた時、涙が少し溢れてきた。年度末の1月、2月には、数コマの非常勤講師の枠をめぐって屈辱的かつ隠微な闘争が水面下で繰り広げられている。1コマでも、月に3万円の減収は堪えるからだ。逆に、数コマ増大すれば、10万円近い増収である。その逆もある。ちょうど、近所の専門学校で模擬授業をやらされて、屈辱的な批評を受けた直後であったからだ。

 

6. 理想的人間への具体的方策

6.1 助けを求めない。

まず、運命の主人公になるためには、悲鳴を上げないことが重要である。「悲鳴を上げないことを第一に自分に約束しなさい」。[54] 悲鳴を上げたとこで、誰も助けてくれない。多くの人は口癖として、助けを求める言葉を発している。たとえば、「助けて、皆」あるいは「助けて、神様」という言葉を発している。しかし、そもそも皆あるいは神とは誰であろうか。この言葉を聞いている人は、自分でしかない。自分の人生を自分で決定するしかない。

共同体たとえば、『じゃりン子チエ』において描かれているような下町共同体が、このような言語を発する自然的人間の脳裏にある。この無意識に設定した前提は、間違っている。後期近代における社会において、他人は誰も自分の現状に関心がない。この漫画における竹本テツは、つねに両親、子供、地域社会の人々から慕われている。表題とは異なり、この漫画の主人公は竹本テツであろう。彼は、博徒、警官、両親、地域共同体の人と関係している。彼は、下町共同体の住民にとって迷惑な存在である。粗暴で、暴力的そして無教養である。彼らはこの主人公を迷惑な存在と認識しているにもかからず、両者は、終生関係づけられている。この下町共同体の主人公ですらある。この漫画の最終頁に登場人物の集合写真があるが、竹本テツがその中心に位置している。[55] 

近代人は、竹本テツことテッチャンにはなれない。他者に助けを求める人は、そこから過剰な期待を他者、たとえば地域社会の人々、あるいは会社の同僚に期待していた。彼らは、限定された時間、限定された空間そして限定された目的においてする人と関係しているにすぎない。家族ですら、その限定性から逃れられない。この条件下でしか、他者と私は関係を構築できない。この関係を超えた関係を突然築くことはできない。

もっとも、これ以上書くと、消極的思考に陥る。いずれにしろ、助けを求めず、自分のことを自分でする。助けを求めるような口癖をやめよう。心に隙ができよう。自分の関係のないことには、関与しない。宇宙から与えられた自分の使命を、つねに再認識してゆく。自然的人間はつねにこれを忘れがちである。

 

「珈琲時間」――受験生と自己責任 

このごろの大学受験生は、高校時代に塾や予備校に通学するようである。しかし、平均的学生は、塾の宿題をすることで終わってしまう。自分で勉強する習慣を喪失する。また、地元志向が強い傾向にある。東京圏や大阪圏は当然であろうが、地方都市でもその傾向があるようである。例えば、函館市のような30万人都市でも、その傾向は強い。しかし、自宅から通学すると、母親にすべてお任せになる。特に、炊事、洗濯をしたことのない男子学生、そして女子学生も多い。すべての生活を両親に任せることによって、責任を他者に押し付けるようになる。

しかし、人間は自分で考えて、自分で決断し、自分で責任を負う、そして自分一人で死んでゆく。もちろん、自分の思考、決断は完全ではない。ほとんど、間違っていると言っても過言ではない。しかし、他者つまり母親、塾と学校の先生に責任を押し付けるよりも、より良いであろう。

 

「珈琲時間」原因追及なし、反省なし、後悔なしーー中村天風哲学の実践例

田村伊知朗「糖尿病患者の生活態度ーー喫煙と飲酒、そして現在の課題」『田村伊知朗 政治学研究室』

http://izl.moe-nifty.com/tamura/2021/07/post-b47ee3.html [Datum: 13.07.2021]

 

 

 

1 永遠の正義ではなく、暫定的正義

 

ある友人は、終戦の年に生まれ、2021年現在、76歳である。同期生には、宮崎学、大谷昭宏等、個性的な人が多い。所謂、団塊の世代に属しており、小学校では50人学級に属していたそうである。小学校の同学年では、400人程度の同期生がいたそうである。長じて、関西大学に進学し、ここで学生運動の洗礼を受けたようである。もっとも、幼少のころより、柔道に親しんでおり、身長170センチ、90キロの巨漢であり、どちらかといえば、右翼的傾向を持っていたようである。

ところで、彼は、10数年前から、糖尿病の診断を受け、インシュリン注射器のお世話になっていた。この数年前から、とうとう失明してしまった。光の濃淡は認識できるそうであるが、文字はほとんど読解できないそうである。新聞紙の活字も、大きな文字、例えば『朝日新聞』の文字が、かすかに見えるそうである。手元にある新聞が『読売新聞』とは違うということが、かすかに了解できるだけである。

通常であれば、中途失明者は人生に絶望し、過去のあるときに、いちいち拘泥したはずである。あの時、糖尿病の進行を阻止できれば、インシュリン注射をしなくてもよかったはずであった。事実、私も数年前、グリコヘモグロビンの値(基準値6.0)が、7.0になり、投薬治療を主治医から勧められた。薬は一般に工業的に精製された毒物の機能を持っており、身体によい影響ばかりではない。副作用が必ずある。私は投薬治療を拒否し、体重減少を指向した。当時、アルコールを摂取すれば、心拍数が上がり、不整脈も頻出していた。明らかに、身体の異常を自覚していた。

体重を数年かけて、75キロから15キロ(身長170センチ)ほど減少させ、2019年には60キロ弱になっている。2021年現在、53キロほどになっている。グリコヘモグロビンも、5.8であり、基準値に収まっている。糖尿病の治療のために、それほど極端なダイエットをしたわけではない。彼とは異なり、体育を嫌っており、スポーツする人を暇な人とみなしている。ダイエットに苦労したわけではない。もともと、野菜とりわけ根菜類と豆類は好物の一つであり、家族よりも多めに摂取するだけであった。[56] 玄米100%は無理であるが、玄米、雑穀そして黒米入りの玄米菜食は、白米よりも美味である。グルメを徹底することによって、減量することも可能である。家族も白米よりも、玄米・雑穀を30%含む白米を摂取している。

この友人の事柄に戻れば、客観的に言えば、体重減少の機会は彼にもあったはずだ。しかし、彼はそれ以外の仕事、特に会社経営等に従事しており、その機会を逸したようである。しかし、彼から最近メールが届くようになった。中途失明者が通う職業訓練校に通い、PCに習熟した。彼は、小説家になろうとしている。中途失明者がその体験を小説に書けば、かなり面白いかもしれない。失明者がPCに習熟できるような環境になったのは、今世紀になってからである。数十年前から音声読み上げソフトはあったが、下層市民がそれに接近できるようになったのは、早くとも、後期近代になってかかである。彼は、少なくとも過去と比べ、より文筆業に近い位置にいる。それは二重の意味で、好機である。彼が中途失明したこと、そしてPCソフトを使用して、容易に文章を執筆できるようになった。

 

2 中途失明者の愉快、原因追及なし、反省なし、後悔なしーー中村天風哲学の実践例

 

彼の偉大さは、中途失明者になっても、その原因を追及せず、過去の生活態度を反省せず、そして過去を後悔しないことにある。原因追及や反省や後悔などして、視力が回復するはずもない。生来の視覚障害者は、その原因をほとんど追求しない。生まれつき失明しているので、視界を有するということを認識できない。彼らにとって、環境世界は暗黒であり、光なき世界である。それ以外の様態を認識できない。対照的に、中途失明者の場合、事情は異なる。環境世界は光り輝く世界であり、それが当然であった。にもかかわらず、現在では、環境世界は暗黒である。この落差が中途失明者の憤怒の源である。

中途失明の原因は数ある。そして、中途失明者はそれを認識できる。あの時、別の選択肢を採用すれば事態は別様に展開したはずである。失明には至らなかったはずである。酒の量を少なくとも半分にしていれば、失明時期を10数年ずらすことも可能であった。ああ、なぜ、そうしなかったか・・・。このような原因の追求は、妄想的思念のうちでいつしか追及になり、他者を攻撃することになる。なぜ、友人はあの時、病院代を工面してくれなかったか。より専門的な医師と遭遇しなかったのか。主治医は、××大学卒であった。自分の母校よりもはるかに偏差値の低い大学であり、ボンクラ医師に遭遇した自分は、不幸であると。原因追及、反省、後悔、それらは高じて、煩悶にいたるのが関の山である。対照的に、彼は現在できることに従事するだけである。視覚障害者としてできることを為そうしているだけである。中村天風哲学の三行のうち、「愉快」を体現している。

過去ではなく、現在に固執する生活態度は、未来の事象にもあてはまる。現在、会社の経営は長男に任せている。彼は世間の基準によれば、落ちこぼれに属している。高校を中退して、ほとんど遊び惚けていたようである。にも拘わらず、長男は現在では立派に社長業を全うしている。もっとも、社員は彼一人であり、彼以外の労働者は数人しかおらず、全員、所謂アルバイトである。父親の助言を受けながら、彼が会社の差配をしているようである。ボンクラが後継者である会社の将来に対して、悲観することはこの視覚障害者にとって無縁である。

また、失明の程度もこれから、悪化する一途である。失明の度合いが改善された事例は、ほぼ想定外である。現在の彼は、光の濃淡を認識できるが、将来的にはほぼ無理である。将来、漆黒の闇の中を歩かねばならない。通常であれば、光無き漆黒の世界に恐怖し、悲嘆に暮れても不思議ではない。しかし、自分の将来を悲観することはない。将来の苦労を現時点でする必要ないとのことである。そして、実際その時が訪れれば、また対処法を見つけてくるであろう。この生活態度は、中村天風の哲学にも通じる偉大な点である。彼は中村天風の名前を知らないようであるが、中村天風哲学の実践者の一人である。私は、中村天風の哲学に親しんでいるが、彼の哲学の実践に関して、この知人には敵わない。あるいは、中村天風の著書をほぼすべて保持しているが、その内容を理解し、実践しているか、疑わしい。

もちろん、彼も困難には出会う。ある時、ライターを見つけることができなかったそうである。この喫煙用具を捜すために、数時間を要したようである。探し物は、煙草盆の廻りではなく、その下にもぐっていたようである。探している間、煙草を吸いたいにもかかわらず、吸えない。イライラが高じたことは確かであろう。その時でも、彼はライターを捜すことに夢中で、そもそもなぜ、失明したかという「そもそも論」は感じなかった。そもそも、失明していなければ、ライターをすぐさま探し出したであろう。なぜ、自分は失明したのか。このような「そもそも論」=「原点回帰主義」は、現状の改善には寄与しない。悲嘆、詠嘆そして煩悶に至るだけである。より、小さな問題=眼前の問題に集中するだけである。そもそも論に依拠するかぎり、ライターを探し出すことはできない。

もっとも、折角、探し出したライターは、ほとんどガス切れの状態であった。数回、試行してやっと一服できたようである。その煙草の旨かったこと、生涯で一番思い出に残ることとであった。その幸福の余韻に浸ること、数分あったようである。まさに、「愉快」を体現していた。このように旨い煙草は、彼しか味わえなかったであろう。

さらに、彼の偉大さは、喫煙も飲酒も止めないことにある。糖尿病にとって、飲酒も喫煙も悪いことは、自明である。飲酒と喫煙を糖尿病患者に勧める医者は、ほぼゼロに近いであろう。飲酒と喫煙も、この疾病を悪化させこそすれ、改善させる要因にはなりえない。しかし、一般的に言って、健康に悪いことは沢山ある。コカコーラを毎日、1リットル飲めば、健康になるのであろうか。焼肉、ロースやカルビ、500グラムを毎日、摂取すれば、健康になるのであろうか。食事だけではない。人間の健康にとってより重要なことは、大気である。新鮮な大気に満ち溢れた山村に居住することと、高速道路の近辺に居住すること、どちらが健康を改善するのであろうか。発話の正当性は、前提を持っている。より巨大な前提の下では、飲酒も喫煙も五十歩百歩である。

悪という概念は、多様である。選択可能であれば、そこから精神の栄養になるものを摂取すればよいだけである。自然医食を提唱している森下敬一によれば、煙草や酒を摂取することは、白砂糖を摂取することよりも被害が少ないようである。「野菜に含まれているビタミンやミネラル、酵素などが、有害物質を分解する作用をもっており、タバコに関して有効ではないか・・・・穀物・菜食の『自然医食』を日頃から実行していれば、タバコの有害性は消去される」。[57] タバコの煙には有害物質が含まれている。しかし、有害物質を除去する作用を持つ穀菜も数多い。もっとも、それは全体として考察すべきである。白砂糖100グラムが、煙草1本よりも、健康を害することは当然である。常識で判断すればよいだけである。「愉快」を実践するためには、少々の悪には眼を瞑っているようである。

さらに、中村天風哲学の三行のうちの「親切」について、述べてみよう。中途失明者は、国立障害者リハビリテーションセンター において、就労移行支援を受ける。もちろん、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律に基づく、就労支援である。しかし、70歳を過ぎた中途失明者にとって、これから就労移行を指向することはほとんど無意味であろう。彼は、老齢厚生年金も受給しているはずである。したがって、この就労移行支援のうち、現代社会では必須である情報処理が、多くの中途失明者にとって大切であろう。視覚障害者であれ、PCを駆使して、文章を執筆することも可能である。

この学習過程において、彼は何人かの視覚障害者と交友関係を構築したようである。彼の下に、メール、電話等で相談が寄せられるようである。彼は、小さい会社を経営したことによって世間知に習熟している。対照的に、大企業労働者は、組織の中の歯車として小さな領域しか任せられていない。彼は、大企業に例えるならば、財務部長、広報部長、営業部長、総務部長、人事部長、資材管理部長、工場長等を一人で兼務していたからだ。小企業の経営者は、皆そうである。若い銀行員の前で土下座して、融資枠を拡大したこともあれば、仕事を取るために、銀座のクラブで、取引相手の希望に応じて、取引先の社長の靴に注がれたレミーマルタンを飲み干しこともあるという。このレミーマルタンを飲み干すことによって、数千万の仕事を取ってきたようである。その利益で、会社を存続させることも可能になった。個人企業の社長であれば、多かれ少なかれ、このような体験をしている。

このような経歴において学んだ知識に基づき、中途失明者の相談にのっているようである。もちろん、無料である。このような行為は、中村天風哲学における三行の「親切」に値するであろう。少なくとも、中村天風の主張する三行のうち、「愉快」、「親切」の二行は充足しているであろう。「正直」に関しては、世間的配慮をする必要がないので、そうであろうと推定している。この要素は、内面と関係するので、第三者は推定するしかない。

 

6.2  不満なし

 自然的人間は、自らの現状に不満を持っているが、中村天風は自らの運命を悲嘆することを戒めている。「不平不満を言わないようにしろ」。[58] 宇宙霊がこのような現状に自然的人間を置いている。それは、自らが播いた種でもある。不平不満を言ったから、現状が変革されるわけではない。また、心が汚れる。現状においてできるかぎりの精力を使用することが重要である。さらに、この心境に至れば、現時点での状況配置をより冷静に考察することができる。

目的を定めず、現状においてできるかぎりのことをする。「心に従いながら、がむしゃらにファイトを燃やして行く」。[59] 自己の現状に不満を言うのではなく、現状においてできるかぎりのことをする。現前の課題を心から信じているかぎり、それに邁進するしかない。「結局、当たって砕けろです」。[60] 現存する課題だけに集中する。

 

「珈琲時間」――新左翼の狭矮性

1960~1970年代の新左翼の文献を読んでいたころ、彼らには判断力がないことに気が付く。見ている状況は他の党派――しかも限られた対立している新左翼、たとえば中核派と革マル派、良くて旧左翼、日本共産等の状況でしかない。自民党の状況など眼中にない。これでは、衰退することも必然であった。況や、国民の意思など問題にしない。

 

6.3  とらわれからの脱皮あるいは取越苦労の排除

 多くの自然的人間は、こだわり、心配、取り越し苦労に、とらわれている。そこに拘るかぎり、心配事は永遠に尽きない。中村天風はそこから脱却するためには、別の思考様式を考察している。現存する心配事に意識を集中するかぎり、そこからの脱却はできない。むしろ、現在の課題、現前の課題に集中することを提起している。「自ら顧みて、今あなたたちの心にとらわれがあるとしたら、そのとらわれから抜けださなきゃだめだよ。とらわれから抜け出すのは難しくないんだ。・・・心を打ちこんで何事かをする習慣をつけると、今までとらわれていたはずのものが、向うから出ていってしまう」。[61] 有限な自然人が過去の状況、未来の状況を考慮しても、無意味である。時間は現在においてしか存在していない。「過去、・現在・未来といいって見たところで、それは畢竟、相対的考察に因由する想定(Einbildung)でしかないからであります。即ち、厳格に所論すれば、そのすべての一切は、現在の連続しかない。・・・人間の心というものは、油断をすると、現在からいつしか離れて、役にもたたぬ否、役にたたぬどころか、その結果が自己を或いは病難に、或は運命難という人生不幸に陥らすべく余儀なくされる様な、あらずもがなの方面へと執着せしめ易いという傾向性をもって居るものなのです。要するに、後悔するとか、煩悶するとか、または徒らに精神生命の力を消耗摩滅するに等しい『取越苦労』をするなどというのは、この心の因有する傾向性に適当な制約を与えることを知らぬ人が、その貴重な人生に物好きに味わせて居る愚にもつかない喜劇的の悲劇でしかないのであります。・・・『心は顕在を要す、過ぎたるは遂う可からず、来らざるは邀うべからず』というアノ言句の中の顕在というのは、要するに途上の消息を喝破せし言葉なのであります。・・・ふたたび来らぬものを けゆの日は ただ ほがらかに 活きてぞたのし」。[62] 人間にとって、過去もなければ、未来もない。現在しか存在しないという至言が、中村天風によって表出されている。

 にもかかわらず、多くの人は取り越し苦労に苛まれている。なぜ、心のエネルギーを消耗することを理解していても、この陥穽に陥らざるをえないのであろうか。「まだ現実に現れていない自己の想像や推定で、生命確保に必須なエネルギーを消耗するというのは、痴愚以上のものである。何のことはない自分で自分の心のスクリーンにお化けの絵を描いて、自分で驚いたり怖れたりしているのだから、実に噴飯至極といういうべきである」。[63] 自己の脳裏に描いた幻に恐れおののいているにすぎない。「私はいつも、取越苦労をする人のことを闇の夜道に提灯を高く頭上に掲げて、百歩二百歩の先きの方を、何かありはしないかと気にしてあるくのと同じだといっている。・・・心もまたこれと同様で、みだりに、未だ来たらざる将来のみに振り向けて、肝心の現在を疎かにしたのでは、到底、心そのものの働きさえ完全に行われぬことになる」。[64] 現在の課題に集中することが、取越苦労を回避する必須条件になる。

 

6.4  自分のことを自分でする

 中村天風は、夜具の上げ下ろしを自分でしている。自分のことを自分でする。その習慣化した作業工程、たとえば夜具の上げ下ろしの過程において、本日の課題を再認識してゆく。この意義は大きい。「寝具は・・・自身たたむ」。[65] 寝具をたたむことは、自己統御の原初的行為である。就寝中においてあらゆる動物は、自己統御力を回復する。寝具は、この神聖な時を演出した。人間はそれに感謝すべきである。

 睡眠に入れたこと、睡眠時間中に生きる力を回復したこと、そして目覚めたこと、これらは自己の意識によって遂行されたのではない。これらの行為は、人間の無意識の行為、つまり自律神経の作用によって実行された。

4 人間的自然としての肉体

4.1 睡眠と人間的自然

さらに、中村天風は、睡眠を宇宙のエネルギーを受容する過程とみなしている。「睡眠というものを科学的に結論すると、自然の力と人間の生命と交流結合する時だとえいえる」。[66] 睡眠によって自然的人間は活力を取り戻し、宇宙からヴリルを受容する。心身の積極性の根源は睡眠にある。その道具に対する感謝は必要であろう。

 

3.2 食生活論――中島正との同一性???

 

4.  自然的人間の活動とその目的

4.1 自然的人間の活動とその基礎づけ

現代人の多くは、職業に従事している。この職業を賃労働という狭義の意味ではなく、社会的活動あるいは人間的活動とみなしてみよう。

現代人が奴隷でないかぎり、この人間的活動に対してなんらかの意義づけをしている。以下の文書は、私の政治思想史講義資料からの抜粋である。「中世において世俗的職業に従事することは、神との関係において職業的聖職者の生活を支えるという点が主であった。聖職者の特権が廃止された結果、天職は聖職者だけではなく、すべての職業に適合する。世俗的職業に従事することが、神に仕えることと同義になる。たとえば、靴職人が靴を作ることが、神に奉仕することである」。[67] ヴェーバーの有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を敷衍することによって、ルターのプロテスタンティズムと社会関係の近代的意味を基礎づけている。

社会思想史におけるルターの思想に関する意義づけを離れて一般的に考察してみよう。もし、世俗的活動が宗教的に基礎づけられるならば、この世俗人は幸せである。世俗人の活動、たとえば靴職人が靴を作ることの目的は、生存のための費用を獲得するだけではない。この世俗人は神に対する奉仕活動して、その活動、職業に精励することができる。生計維持のための手段、つまり金銭の獲得以外の要素を人間的活動に見出せるなら、豊かな充実感を得られるであろう。神あるいは宇宙と一体になっているという感情がこの世俗人にあるならば、彼が活動している時間と空間において、積極的な精神しか入る余地はないであろう。自然的人間の活動と宇宙霊への奉仕が一体化することによって、世俗的活動が神聖な活動に転化する。中村天風の積極的活動に関する意義づけも、このような解釈に基づくのかもしれない。

 

食性論――中島正との関連性

中村天風「殺すときに声をだすもの、それから動くものは食っちゃいかんというのが、インド哲学の修行者の日々の生活モットーです」。[68]

 

[1] Marquard, Odo: Einwilligung in das Zufällige. In: ders. Endlichkeitsphilosophisches. Stuttgart: Reclam 2013, S. 19.

[2] 中村天風『君に成功を贈る』日本経営者合理化協会出版局、2010年、89頁参照。

[3] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、118頁:中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、253頁参照。

[4] 中村天風『心を磨く』PHP研究所、2018年、197頁。

[5] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、94頁。

[6] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、144頁。

[7] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、372-373頁。

[8] 中村天風『心を磨く』PHP研究所、2018年、61-64頁、340頁参照。森本暢『実録 中村天風先生 人生を語る』南雲堂フェニックス、2004年、201頁参照。

[9] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、87頁。

[10] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、87頁。

[11] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、93頁。

[12] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、83頁。

[13] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、67頁参照。

[14] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、90頁。

[15] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、137頁。

[16] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、80頁。

[17] 中村天風『叡智のひびき』講談社、1995年、71頁。

[18] 中村天風『心を磨く』PHP研究所、2018年、340頁。

[19] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、171頁。

[20] 中島正『都市を滅ぼせ 人類を救う最後の選択』舞字社、1994年、49頁。

[21] 中村天風『心を磨く』PHP研究所、2018年、47頁。

[22] 「珈琲時間」は、議論の本筋から若干離れるが、示唆的な叙述を意味している。語学教材、例えばドイツ語の入門書において、ドイツ語文法とは無関係であるが、ドイツの学問事情、ドイツ人気質等が「珈琲時間」として記述されている。ドイツ語初級者は、ドイツ語文法よりも、「珈琲時間」を楽しみにしている。

[23] 中村天風は、『叡智のひびき』においてプランク定数hに実在するエネルギー源泉としてヴリル(Vril)という概念を用いている。この概念がプランクの作用量子論におけるどの概念に該当するのかは、不明である。別の論稿においてこの概念は宇宙ではなく、その現象界における人間的自然の活力として考察されている。中村天風『叡智のひびき』講談社、72; 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、195頁参照。

[24] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、146頁。

[25] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、42頁。

[26] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、172頁。

[27] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、15頁。

[28] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、119頁。

[29] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、118頁。

[30] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、130頁。

[31] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、130頁。

[32] 中村天風『盛大な人生』日本経営合理化協会出版局、2009年、157頁。

[33] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、158頁。

[34] 中村天風『心を磨く』PHP研究所、2018年、139頁。

[35] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、158頁。

[36] 中村天風『運命を拓く』講談社、1998年、228頁。

[37] 中村天風『研心抄』天風会、2017年、84頁。

[38] 中村天風『研心抄』天風会、2017年、86頁。

[39] 中村天風『叡智のひびき』講談社、1995年、251-252頁。

[40] 中村天風『叡智のひびき』講談社、1995年、89頁。

[41] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、45頁参照。

[42] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、191頁。

[43] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、194頁。

[44] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、22頁。

[45] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、32頁。

[46] 中村天風『真理のひびき』講談社、2006年、92頁。

[47] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、140頁。

[48] 山岸巳代蔵「無数の愛人と共に/愉快の幾千万倍の気持ち」山岸巳代蔵全集刊行委員会編『山岸巳代蔵全集』第2巻、2004年、302頁。

[49] 山岸巳代蔵「本当の人間 当然の人生」山岸巳代蔵全集刊行委員会編『山岸巳代蔵全集』第2巻、2004年、304頁。

[50] 中村天風『折れない心』扶桑社、2019年、36頁。

[51] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、151頁。

[52] 中村天風『叡智のひびき』講談社、1995年、257頁。

[53] 中村天風『叡智のひびき』講談社、1995年、138-139頁。

[54] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、140頁。

[55] はるき悦巳『じゃりン子チエ』第47巻、双葉社、2004年、300-301頁参照。

[56] 食養生論に関しては、「中島正(1920-2017年)の人間論と食養生論への前梯――

専門知と素人知――減塩思想と大量の野菜摂取そして少量の肉の摂取」『田村伊知朗 政治学研究室』、http://izl.moe-nifty.com/tamura/2021/04/post-6c37a5.html、[Datum: 22.04.2021]参照。

[57] 森下敬一『ガンは食事で治す』KKベストセラーズ、2017年、140頁。

[58] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、141頁。

[59] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、156頁。

[60] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、169頁。

[61] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、237頁。

[62] 中村天風『哲人哲語』天風会、2019年、162-167頁。

[63] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、162-163頁。

[64] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、166頁。

[65] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、237頁。

[66] 中村天風『真人生の探究』天風会、1994年、129頁。

[67] 田村伊知朗『社会思想史講義草稿』(未公刊)第二章「ルターの宗教改革の政治思想的意義」参照。

[68] 中村天風『幸福なる人生』PHP研究所、2011年、258頁。

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