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近代思想史という学問――近代交通思想史という学問の構築ーー近代政治思想史と近代社会思想史

近代思想史という学問――近代交通思想史という学問の構築、そして政治思想史と社会思想史

 

 大学の講義科目において近代思想史という科目がある。おそらく、慶応義塾大学他、少数の大学でしか開講されていない。通常は、社会思想史、政治思想史、経済思想史等の科目が開講され、近代思想史という科目が開講されていることは少ない。また、開講されていても、社会思想史、政治思想史、経済思想史等の研究者がその科目を担当している場合も多い。既存の科目名称と代替したとしても、問題は生じないであろう。内容も大同小異である。デカルト、スピノザ、ヘーゲル、マルクス等の近代思想史において巨人とされている思想家が、時代順に講義の中で取りあげられている。もちろん、科目名称によって、あるいは講義担当者の専門の差異によって、取り扱かわれる思想家に関する取捨選択はある。経済思想史であれば、アダム・スミスやマルサスを除外することはありえないが、政治思想史であれば、まったく言及しないことも稀ではない。

 いずれにしろ、近代思想史が、近代思想の歴史であることは、ほとんど疑われることはないであろう。しかし、この科目を近代に関する思想史と解釈すれば、かなりの困難が生じる。近代とは何かについて、科目担当者が考察することになる。近代という時代精神を大学教授が自らの有限な知識を動員して、考察しなければならない。このような作業を実行すれば、例えばヘーゲルの哲学に相似した時代精神を体系化しなければならない。筆者もまた、このような科目を設置したことがある。地方国立大学、とりわけ教育学部では、科目の新設は科目担当者の裁量に任されている。英文法担当者であれば、変形生成文法概論という専門科目を新設し、チョムスキーの理論を30回にわたって講義することも可能である。他の教員、例えば自然科学の専門家は言語学に関して無知であり、その内容を想像することはできない。このような職場環境の中で、筆者も近代思想史を新設し、近代に関する思想を体系化しようとした。しかし、結局、ヘーゲルの哲学体系を中心にした思想を講義しただけに終わった。あるいは、別の年度では、社会思想史に似た思想家の思想を順に講義しただけであった。近代思想史を近代社会思想史に代替しただけで終わった。近代という数百年の歴史を15回の講義で体系化することは、有限な人間には不可能であった。

 そこで、近代という時代精神の一側面、交通という部分領域に限定して、近代交通思想史という科目へと変更した。近代という時代精神を考察することを断念し、その部分領域を討究することになった。筆者が本邦で初めて、近代交通思想史という専攻する研究者になった。ドイツでは、このような研究家は少数ながら存在しているが、日本では皆無であろう。また、大学の講義科目においてこのような専門科目を、筆者の勤務大学以外に見出すこともないであろう。橋のない場所に橋を架ける作業に関心がある。もちろん、先行研究が山ほどあるマルクス、ヘーゲルの思想を別の視点から考察するという伝統的手法が間違っているわけではない。しかし、近代交通思想史という学問体系を新たに構築する意思も、尊重されるべきであろう。

 最後に、近代交通思想史以外の筆者の担当科目に触れてみよう。現在では、この科目以外に、西洋政治思想史と西洋社会思想史を担当している。20年前、つまり前世紀末までは、大学講義の大半の専門科目は、4単位制がほとんどであった。世紀転換後、2単位制が主流になっていた。国際標準の9月入学が国際化された大学にとって愁眉の課題になったからである。そこで多くの政治思想史担当者は、政治思想史Ⅰ、Ⅱと衣替えした。それまで、多くの政治思想史担当者は、後期だけしか試験をしない豪傑もいたが、そのような豪傑は駆逐された。その後、時間が推移にしたがって、そのような曖昧な科目名称を変更することが、教務課から要請された。筆者の勤務校でも、西洋社会思想史の科目設定が要請された。西洋史概論の代替科目が必要であったかららしい。歴史科目である西洋史概論の代替科目が西洋政治思想史では、課程認定上問題であったようである。

 そこでこの二つの科目を二分割した。ただ、単純に時間によって二分割することもできなかった。4年生、5年生等が、科目名称は異なるが、内容上重複している科目を受講するからだ。そこで、西洋社会思想史を通常の社会思想史とほぼ同様に構成した。西洋思想史における巨人とされているイギリス経験論、大陸合理論、ドイツ観念論哲学へ至る思想史の流れ通りに講義している。西洋政治思想史は近代の政治的転換、つまり革命の歴史と解釈して、ドイツ宗教改革、イギリス革命、フランス革命、ドイツ三月革命の順に16世紀から19世紀の巨大な政治変動を支える事象を考察対象にした。個別的思想家の思想ではなく、巨大な社会的かつ政治的変動そのものの思想を考察した。たとえば、ドイツ宗教改革では、ルターの思想ではなく、プロテスタントの出現の意味を内面的自由の確立という観点から抽象的に考察した。

 この三つの科目、近代社会思想史、近代政治思想史、近代交通思想史はともに西洋の思想に基づいている。限定された知識しかない筆者が、方法論の異なる三科目を担当することになった。大過なきことを祈るしかない。

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