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中島正の思想研究序説――その著作目録と都市論に対する序文

中島正の思想研究序説――その著作目録と都市論に対する序文

                                                                                                      田村伊知朗

第1節 都市という概念の歴史

  社会的な主要産業が農業であるかぎり、都市の発展は限定的である。もちろん、前近代においても商業は必然であり、統治機構は都市を必要としていた。しかし、大多数の農奴が農村に居住することは、社会的に必然的前提であった。前近代社会は、農業なくして存立しえなかった。都市住民が農村居住者よりも多くなることは、前近代社会を否定することと同義であった。

 他方で、都市という概念は、学問一般において不可避的なものして前提にされてきた。古代ギリシャの時代から、文明は都市と共に進展してきた。ポリスという都市がなければ、ソクラテス、プラトンそしてアリストテレスの政治哲学も存在しえなかったであろう。神の支配が都市において表現されていた。「都市は、究極的に完全な神の支配のシンボルである。神がある日、その民族を招集する場所、それが都市である」。[1] 都市空間がなければ、西欧における神の支配という概念も成立しなかったであろう。

 古代社会そして中世社会と同様に、近代市民社会という文明も、人間が密集した空間として都市において成立した。近代という時代精神と近代に関する表象も、都市において生じた。農村だけでは、文明も近代市民社会も成立しえない。現代都市もその歴史的傾向を継承している。「都市は、文化的中心、歴史的舞台そして人工技術的な遂行物である。この都市は、人間を飲み込むモンスターの悪魔という大都市―映画形象によって重層化されている」。[2] この傾向は、後期近代において極限まで昂進している。タワー型の巨大建造物が、都市において君臨している。

 大都市のこの巨大化傾向にもかからず、農村と都市の対立は現在でも残存している。「市民社会は私的身分として存立している。身分的区別は市民社会において、もはや自立的諸団体としての欲求と労働の区別ではない。唯一普遍的であり、表面的かつ形式的区別は、市民社会における都市と農村のわずかな区別だけである」。[3] 市民社会の社会的区別は、金銭と教養の差異に基づく社会的区別にすぎず、私的区別へと解消された。都市と農村の区別が、唯一の例外として市民社会において存在している。しかし、その差異はわずかでしかない。人口密度という自然的区別を除けば、後期近代において農村と都市の差異は、減少傾向にある。

 自然的区別以外の区別、たとえば農村独自の文化あるいは生活様式の区別は、ほとんど消滅している。「広大な農民文化とその伝統的生活様式が、19501960年代のドイツにおいてかなり解体した。農業は技術化され、産業化され、そして資本主義化した。ラジオとテレビという近代的コミュニケイション手段が、都市の生活スタイルを指導文化へとプロパガンダした」。[4] 都市文化は、後期近代において農村独自の文化をほとんど解体した。とりわけ、百姓という概念に残存していた自給自足的な生活様式は、都市化の過程においてほぼ消滅した。端的に言えば、農村は近代化されることによって都市化された。

 

2節 中島正の都市論

 本節では、中島正(1920-2017年)という哲学者の思想によって、この事態を基礎づけてみよう。近代の現実態と異なり、すべての都市を農村化することによって、中島はこの区別を解消しようとする。「都市は(都市機構は)断固として滅ぼさねばならない」。[5] 近代精神が農村を解体し、地上のすべての領域を都市化しようとしたことと対照的に、中島正は都市を解体し、すべての領域を農村化しようとする。後期近代ひいては近代の主要潮流と対照的な方法によって、彼の思想は農村と都市という空間を基礎づけようとする。「近代化ということは都市化ということを意味するのである」。[6] 中島正によれば、初期近代と後期近代を通底する近代化は、都市の拡大として把握される。近代それ自体そして都市それ自体を無化しようとする。近代思想が暗黙の前提にしている都市空間の限界性が、彼の批判という手続きを通じて逆照射される。

 もちろん、彼の思想は、近代そして後期近代において現実化されえないであろう。しかし、彼の思想は近代思想の根底的基盤を明示している。どのような形式であれ、近代思想は都市という概念を暗黙の前提にしている。近代を根底的に揚棄しようとしている共産主義思想すら、都市という空間を前提にしている。彼の主著『都市を滅ぼせ』は英訳され、プロジェクト・グーテンベルクに採用されている。[7] 彼の思想が世界的に認知された客観的証明の一つでもあろう。

 彼の思想によれば、都市は空間的観点からだけではなく、産業的観点からも考察される。「都市のひろがりとは、いわゆる『都会』のひろがりだけをいうのではない。それは、・・・地域において田舎と区別されるだけではなく、産業別(階級別)の色分けにおいても田舎と峻別されねばならない」。[8] 都市は、第二次産業と第三次産業に供される空間と、この産業に従事する人間の居住空間である。

 都市と農村の関係を解明するために、自然卵養鶏に触れてみよう。自然卵養鶏は今世紀においてかなり一般化しているが、中島正は19501960年代においてその提唱者そして先駆者の一人であった。都市の解体が即自的には不可能であるがゆえに、農村と都市の関係を意図的に再構築しようとした。自家用に生産された農産物を都市住民に供給することによって、都市との関係を構築した。都市は、農民に対して関係を強制する。租税負担、教育負担等の名目で貨幣を都市に供与することを強制している。したがって、農民も都市との関係を整序するために、貨幣を最低限、準備しなければならない。

 自然卵を通じた農村と都市の関係は、通常の農村と都市の関係と表層的には近似している。農民が農産物を都市住民に提供する、という観点からすれば、両者における差異はないであろう。しかし、その目的は根本から異なっている。彼は自分とその家族の食料生産を目的にし、都市との最小限度の関係を自然卵売却によって維持しようとした。自家消費後の余剰農産物を都市に供給する。生産様式、生産物の質量は、農民自身によって決定される。「消費者不在の自然循環型農業に活路を求める」。[9] この過程において生じる余剰生産物があれば、それを都市に供給し、それがなければ供給しない。食料生産の主目的は、農民とその家族の生命を再生産することにある。都市との関係は、農民にとって余剰でしかない。

 中島正は、都市から自立した農村を構想する。究極的に言えば、農業は他の産業無しに自立可能である。都市は貨幣経済を前提にしている。自然的人間の再生産のために不可避な食料を、都市は貨幣を通じて農村に依存している。「貨幣がなければ、都市は滅ぶ――逆に言えば貨幣が農村から富を収奪して、都市を繁栄させているのである」。[10] 中島正は貨幣なき社会を構想している。「独立農業は貨幣からの独立であることを意味し、貨幣からの独立とはそのまま都市からの独立であることを意味する」。[11] 都市なき農村が、彼の思想の根底にある。都市は第二次産業と第三次産業から構成されている。都市には存在しない第一次産業を収奪するための機構である。[12] 都市との関係を断絶しても、農村は生き延びることができる。逆に、農村との関係を断絶すれば、都市は滅亡する。

 中島正の思想の根底には、蓑虫革命と命名された原理がある。「蓑虫革命とは――『自分の食い扶持は自分でさがすか、つくる』という人間本来の生存の原則にしたがって、大自然の掟に順応した自然循環型農業を営み・・・自給自足自立の生活に入ることをいうのである」。[13] 中島正は、究極的には民族皆農を主張する。「都市機構を潰し、都市活動をやめて、太古に存在した農耕社会に還る」。[14] 都市ではなく、農村に万人が居住する社会を理想とする。都市ではなく、農村において万人が、自分の食料を自分で探すか、生産する。

 

3節 都市と不耕貪食の民の拡大            

 しかし、多くの都市住民はこの原理と無縁である。不耕貪食の集団として農村から食物を、貨幣を媒介にして獲得する。それだけではなく、都市に居住する自然食品愛好家でさえ、農民に様々な指令を下す。農民は、彼らとどのような関係を結ぶべきであろうか。「いわく、話し合い、いわく、勉強会、いわく、農場見学、いわく、援農、いわく、資金援助――消費者グループによるこれらの農業介入は、・・・農民監視戦略なのである」。[15] 農民は蓑虫を目指しながらも、自然卵を媒介にして、都市の不耕貪食の集団と関係を持たざるをえない。自然卵を希求するこのような消費者集団は、都市住民のなかでかなり良質な階層を形成している。しかし、このような集団もまた、農民の収奪を目的とする集団と大差はなく、所詮、都市の不耕貪食の集団に属している。

 都市化の拡大は、不耕貪食の民の拡大を意味している。都市住民は、自分の食料を自分で生産しない。中世社会において、農産物は都市へと収奪されたと言っても過言ではないであろう。武装集団である武士階級が統治に当たっており、農民が農産物を都市に送らないことは、農民の死を意味していた。農村から都市への食料の移動は、近代において金銭を媒介にしている。農産物は、合法的に農村から都市への移送されている。

 中島正は、この事態を『都市を滅ぼせ』において批判的に考察している。安藤昌益の思想を媒介にして、不耕貪食の民を滅ぼし、民族皆農を主張する。都市を廃棄して、すべての人間が自らの食料を生産することを主張する。中島正の思想は、江戸時代の思想家、安藤昌益、あるいは戦後その思想が周知された石原莞爾等によって唱導された万人直耕と大同小異という評価もありうる。しかし、彼の思想総体は、ありうべかりし農村論だけではなく、近代都市論でもある。先行する諸思想家と中島の差異は、彼の思想によって近代という時代精神の一側面が解明されることにある。現代農業の批判を通じて、近代という時代精神が依拠している無意識の前提を照射している。現在までの近代革命思想は、都市の存在を前提にしている。

 彼の人間論は、自然的人間に還元される。人間的活動は、自然的人間の再生産に限定される。「人間は空気と水と日光と大地と緑(食餌)とさえあれば、その生存に支障はない」。[16] それ以外の活動は、人間にとって余剰にしかすぎない。自然だけに依拠している人間が真に自立した人間であれば、百姓こそがその理想の存在形式になる。「百姓とは百の仕事をする意であり、衣食住のすべてにわたってセルフサービス=自前の労力で賄うことが可能であった」。[17] 百姓は人間の食料を自前で生産し、森林において採集する。衣食住すべてを他者に依存せず、生産した。それ以外の人間的活動は、余計なことになる。たとえば、子弟が東京の有名大学に進学し、有名企業に就職するという事実すら、中島正にとって余計である。否、反社会的である。

 中島正は、現代社会における大学の社会的役割を次のように、批判する。「大学は、汚染破壊集団の予備軍養成所である・・・・年々無慮20数万にも及ぶ大卒が、悉く農民の汗の上に居座って不耕貪食を企み、汚染農業を余儀なからしむるだけでなく、その過半数は工業化社会の活動の中心になり、・・・自然=環境に迫害を加え続ける」。[18]  大学生という社会的存在形式は、その価値が否定される。大学生そして都市住民は、農民と農村に対して害悪を加える存在でしかない。彼らが都市住民であるかぎり、彼らは農村から食料を供給してもらわねばならない。にもかかわらず、農民の子弟が社会的賞賛を受けるためには、農村ではなく、都市において居住しなければならない。ただの百姓であることは、社会的賞賛の対象外である。むしろ、農業に従事することは、社会的劣後者とみなされている。「今は農業はすっかり見捨てられバカにされながら、大量に搾取されている」。[19] 都市住民の意識からすれば、農村に居住することは、馬鹿げたことである。

 対照的に、中島正は、身を立て、名をあげることを拒否する。不耕貪食の都市住民という存在形式が、中島正によって根底的に批判される。この根拠は、現代社会における環境破壊の進展にある。「数ある危機の中でも、これは(温暖化にともなう氷解は)最大の喫緊事である」。[20] その都市の環境破壊の一因として、動力化された個人交通も問題になる。「あなた方がマイカーで、渋滞や交通事故に悩まされながら、温泉だ、祭りだ、イベントだと右往左往する度毎に、温暖化は加速され、海水面はじわじわと上昇し続けていくのである」。[21] 動力化された個人交通が、個人的自由を拡大させ、都市住民の快楽を促進すると同時に、自然環境に対する負荷を増大させ、環境破壊を拡大させる。

 

4節 著作目録解題

 中島正の著作目録は公表年別に整序されている。未見のものは記載されていないが、『緑健文化』(2005年Ⅰ.)のいくつかの論説のように、掲載雑誌が特定され、その論説の存在がほぼ確実に推定される場合には、「@@頁」として記載されている。

 本著作目録は、完全性を断念した中間報告でしかない。著作目録の作成という作業の終焉を展望することは、有限な人間にとって困難である。本稿は、その基礎資料を提供することを目的にしている。彼の思想総体に関する学問的研究、とりわけ都市論、農村論、近代化論等は、彼の死後、その端緒についたばかりである。著作目録が整備されて初めて、中島正の思想を解読するための契機が構築されよう。

 

田村伊知朗「中島正の思想研究序説――その著作目録と都市論に対する序文」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第71巻第1号、2020年、1-16頁。

 

[1] Wulsdorf, Helge: Stadt ohne Grenzen-Utopie der Moderne. In: Hrsg. v. Droesser, Gerhard u. Schirm, Stephan: Kreuzungen. Ethische Probleme der modernen Stadt. Berlin u. New York: Peter Lang 2005, S. 47.

[2] Keul, G. Alexander: Wohlbefinden in der Stadt-Abriß eines Forschungsfeldes. In: Hrsg. v. ders.: Wohlbefinden in der Stadt. Umwelt- und gesundheitspsychologische Perspektiven. Weinheim: Beltz, Psychologie-Verlags-Union 1995, S. 2.

[3] Marx, Karl: Zur Kritik der Hegelschen Rechtsphilosophie. In: MEW, Bd. 1. Berlin: Dietz Verlag 1981, S. 284.

[4] Droesser, Gerhard: Ortangaben. In: Hrsg. v. Droesser, Gerhard u. Schirm, Stephan: Kreuzungen, a. a. O., S. 183.

[5] 中島正『都市を滅ぼせ 人類を救う最後の選択』舞字社、1994年、86頁。

[6] 中島正「都市を滅ぼせ(第一回) 第一章 都市のひろがり、第二章  都市の悪」公害問題研究会編『環境破壊』第155号、公害問題研究会、1984年、7頁。

[7] Vgl. Project Gutenberg. In: https://www.gutenberg.org/browse/titles/d. [Datum: 12.10.2019]

[8] 中島正「都市を滅ぼせ(第一回) 第一章 都市のひろがり、第二章  都市の悪」前掲書、6頁。

[9] 中島正「私の百姓自立宣言(最終回) 農民の生き甲斐ここにあり」『現代農業』第62巻第12号、農山漁村文化協会、1983年、347頁。

[10] 中島正『みの虫革命―独立農民の書』十月社出版局、1986年、41頁。

[11] 中島正『都市を滅ぼせ 人類を救う最後の選択』前掲書、159頁。

[12] 中島正「私の百姓自立宣言① カネのしがらみを解き放て!――小農にこそ大義あり」『現代農業』第62巻第1号、農山漁村文化協会、1983年、164頁参照。         

[13] 中島正「私の百姓自立宣言 『自然世』を近づける蓑虫革命とは」『現代農業』第62巻第7号、農山漁村文化協会、1983年、352頁。

[14] 中島正『都市を滅ぼせ 人類を救う最後の選択』前掲書、174頁。

[15] 中島正「私の百姓自立宣言(最終回) 農民の生き甲斐ここにあり」前掲書、347頁。

[16] 中島正『今様、徒然草』文芸社、2009年、79頁。

[17] 中島正「都市を滅ぼせ(第四回) 第三章 都市と田舎」公害問題研究会編『環境破壊』第158号、公害問題研究会、1984年、44頁。

[18] 中島正『みの虫革命――独立農民の書』前掲書、152-153頁。

[19] 同上書、129頁。

[20] 中島正『今様、徒然草』前掲書、13頁。

[21] 同上書、17頁。

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