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「北海道新幹線・新函館北斗駅をめぐる政治思想」に関する講演会

     「北海道新幹線・新函館北斗駅をめぐる政治思想」に関する講演会を、202078日北海道北斗市において実施した。本講演は、拙稿、「国家と地方自治体の関係――北海道新幹線の新駅、新函館北斗駅の建設とその名称問題をめぐる政治思想的考察」(北海道教育大学編『国際地域研究』第2巻、大学教育出版、2020年、74-87頁)に基づいている。とりわけ、その第3節、「新函館北斗駅という名称問題と地方公務員の無作為」に基づいている。その模様が、『北海道新聞』と『函館新聞』に報道された。その記事をここに公開する。(クリックすると、JPGファイルが、拡大されます)。

 

 

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「いつも一人 浮浪雲から学ぶ人生論(二)」 

「いつも一人 浮浪雲から学ぶ人生論(二)」 

ジョージ秋山『浮浪雲』第19巻、小学館、1982年、168頁。

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©Jyoji Akiyama

 

 浮浪雲はいつも一人である。他者の存在、他者との関係は、労働者、サラリーマンにとって、悩みの種である。労働者の途中退社理由は、ほとんど人間関係の悪化に由来しているであろう。それに対して、浮浪雲は、人間が一人であることを自覚している。すべての事柄、他者との関係、社会総体との関係、国家との関係、歴史総体との関係もまた、自分にとって疎遠である。この世に生まれてくるときも、一人、この世を去るときも、一人。この心境こそが理想である。怒ったところで、対象は変化しない。嘆き悲しんだところで、過去の状況そのものが、この世に存在しない。

 私は60年ほど生きてきた。世界の変動のなかで最大限に衝撃的であったことは、東独の崩壊であり、社会主義という概念の無効化であった。1989年以後、かなり悲しかった。しかし、人為的に国家を形成することが馬鹿げたことである。このような真理が認識された。これ以後、世界政治、世界経済に対して、感情的になることはほとんどない。もっとも、日常的に職場で、家庭で、地域社会で怒ることはある。しかし、後期近代が本格的に始まった時代精神の変容に比較すれば、ほとんど、どうでもよいことである。

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内容とその形式、あるいは実体とその外観ーーいしいひさいち官僚制論

内容とその形式、あるいは実体とその外観

 

いしいひさいち『ドーナツボックス』第5巻、いしい商店、2018年、11頁。

 

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  風車発電は、自然的世界に存在する風を利用してエネルギーを産出する装置である。自然界に存在しているエネルギーを別の形式のエネルギーに転換し、新たなエネルギーを人間が利用する。しかし、役人はそのように考えない。風車が回らなければ、電気エネルギーを使用して風車を回転させる。ここでは、新たな形式のエネルギーが産出されたわけではない。むしろ、電気エネルギーを浪費する。石油、石炭等の化石燃料の使用を減少させ、自然エネルギーを使用することによって、環境破壊を減少させようとする。この大目的は、彼らにとって考察対象外である。

 官僚的行為の目的とは、どこにあるのであろうか。風車を回転させるという外観を住民に認識させるだけである。実体的世界においてエネルギーを新たに利用可能にするという本来の目的を忘却し、外観だけを御化粧する。官僚は、実体的世界の改善つまり新たなエネルギーの獲得ではなく、風車が回転するしているという指標にしか問題にしていない。

 同様な事柄が株式市場において生じている。株価は、国総体の経済活動の指標と言われている。経済活動が活発になれば株価が上昇し、停滞すれば下落する。実体としての経済活動の指標の一つが、株価である。しかし、経済官僚は、そのようには考えない。株価を上昇させることに狂奔する。年金積立管理運用独立法人は、基本ポートフォリオの約50パーセントを国内株式と海外株式市場に投入している。世俗的表現をもちいれば、鉄火場に有り金をほとんどぶちんこんでいる。株価は上昇しないはずはない。この独立行政法人そして日本銀行が株価を維持していると言っても過言ではないであろう。そして、次のように弁明するにちがいない。株価の上昇によって、日本経済の実体も好影響を与えるであろうと。しかし、それは、火力発電によって得られた電気によって風車が回転し、新たな風力エネルギーが獲得されることと同様であろう。

  

 

 

 

 

 

 

 

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