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世の中の流れに悲歌慷慨しない――浮浪雲の達観と市民の心の救済

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ジョージ秋山『浮浪雲』第103巻、小学館、2014年、22頁。

 このマンガの時代背景は、幕末というより、江戸城無血開城がまさに実現しようというときである。日本近代史において近代革命が生じるときである。西郷隆盛、伊藤博文等、有名な豪傑が排出したときである。革命家、政治家だけではなく、庶民もまた生活が一変しようとした。まさに、百家争鳴の時代である。

 このときでも、浮浪雲は達観している。「世の中なるようになるもんですから」と、悲憤慷慨しない。自己が悲歌慷慨したところで、世の中が変わることはない。かつて、ベルリンの壁が崩壊し、後期近代が始まろうとしたとき、世界の人が慌ただしかった。私も、社会主義と共産主義という理念が崩壊する現場にいるという興奮に包まれていた。しかし、私が興奮しようとしまいと、後期近代という巨大な歴史の潮流に掉さすことはできない。この感情は、30年経過した現在では理解できる。況や、150年以上前の明治維新に感情移入することは、21世紀の日本人にはほとんどいない。

 庶民の多くは、つねに何かに悲憤をいだいている。会社員であれば、上司の横暴と無理解に対して、夜明けまで眠れない経験をしたことは多いであろう。そのような身近な煩悶は、むしろ世界総体の矛盾に対する煩悶よりも多い。人生に絶望して、華厳の滝に飛び込む勇気もないし、人生それ自体をそのように真剣に思考したこともない。

 もっとも、このような無理難題には、のらりくらいに対応することに限る。正面切って、その不当性を糾弾することもない。たいていの場合、上司は34年で転勤する。別の上司がその椅子に座ったとき、前の上司の馬鹿さ加減など忘れている。おそらく馬鹿が会社の出世街道を驀進するかぎり、馬鹿な上司ではなく、馬鹿が上司になる。馬鹿な上司に悶々とする必要はない。会社の組織形式を変更することなど、労働者にはできない。自己の任務を全うするだけである。この任務は、会社から与えられた任務だけではない。鳴かぬ鴉の声から与えられて使命も含まれている。それに従って邁進するだけである。なるようになる、と諦観すべきであろう、浮浪雲のように。

 この漫画を見た労働者は、その魂が癒されてるであろう。何度見ても、癒される。しかも、中村天風の著作に取り組むように、読者が考え込むこともない。笑いながら、しかも、宇宙の真理に気付く。いい漫画である。浮浪雲の連載を許可した小学館に感謝する。

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