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時間と共同性を共有するための紫煙――絞首刑前の三人による喫煙

時間と共同性を共有するための紫煙――絞首刑前の三人による喫煙

https://www.youtube.com/watch?v=X6p7eDaX7n8  [Datum: 19.05.2020]

 

 この映画は、ドイツ第三帝国において有名なレジスタント運動、白バラ運動の一側面を描いている。政治的に言えば、この運動は第三帝国の残忍性をプロパガンダするビラを撒いただけである。しかし、このビラはのちに連合国飛行機から、ミュンヘンに撒かれ、戦争終結にかなり影響を与えた、この運動そしてこの映画、原作に関してすでに多くの論者が描いており、筆者が屋上屋を架すこともないであろう。但し、この映画で表現された煙草に関しては、このレジスタント運動に対する敬意を表するために、少し言及してみよう。

その主人公、ミュンヘン大学生のショールが絞首刑される直前に、ある看守から煙草とマッチをこっそりもらい、一服するシーンがある。もちろん、彼女は絞首刑の前に喫煙できるとは考えていなかった。看守に「ありがとう」と短く感謝し、一服する。そして、このレジスタント運動において時間を共有した兄とその友人に、その煙草を渡す。三人がまさに、人生最後の煙草を共有しながら、生命の最後の時間を共有する。彼らは、共同性を確認するために、一本の煙草を喫する。

 ちなみに、絞首刑になる前に、調書を取る大学教授から一本の煙草を提供された。しかも、この教授から減刑の誘いを受けていた。もし、補助的役割しか果たしていなければ、減刑すると。そのように調書を書き換えることも可能であると。しかし、彼女はこの誘いを拒否していた。そして、彼から提供された煙草を彼ととも喫することを拒否した。たばこを飲むか、という問いに対して、「Gelegentlich しばし」と答え、煙草入れから提供された煙草に手を出すことをしなかった。まさに、彼女は、この審問官と喫煙時間を共有することを拒否した。

 対照的に、兄とその友人と一本の煙草を共有するとき、人生を共有していた。一本の煙草とともに、彼女は幸福であった。そして、一本の煙草とともに、短い生涯を終えた。断頭台と共に、紫煙も消えていった。しかし、彼女は、二人の人間と人生を共有し、煙草を共有した。このような美しい紫煙を未だかって見たこともないし、このように美味い煙草を喫することもないであろう。

 最後に、現在、禁煙運動がドイツだけではなく、本邦においても盛んである。第三帝国の主導者、ヒットラーも禁煙主義であった。禁煙運動はヒットラーの思想に追随し、ショールが共有した共同性を拒否しようとしている。もはや、他者と共同するという高揚感は、後期近代において消去されてしまったかもしれない。

 

追記

 人民法廷長官であったフライスラー(Roland Freisler)をアンドレ・ヘンニッケ(André Hennicke)が演じている。彼は、『ヒトラー 最期の12日間』ではモーンケを演じて、ベルリン攻防戦を指揮していた。ヒットラーに忠実なドイツ人を描かせれば、彼ほどの適任はないであろう。

 

 

 

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