研究者人生の終点と、いしいひさいち、中島正そして中村天風
20200210
自然的人間と同様に、研究者人生の終点はある。最近数年間、それが意識されるようになった。田村伊知朗は、具体的な人間としてどのような存在であり、かつあったのかを認識しなければならない。その一環として、青年時代から私の本棚を占有してきた書物を再検討してみようと考えた。青年時代から愛読してきた思想家の何人かを対象にして、その意義を研究論文の形式において再確認しようとしている。
いしいひさいち、中島正そして中村天風もその一人である。この三人の思想家は一見、関連性はないように思える。いしいひさいちは、漫画家であり、しかも4コ漫画家である。思想史研究家がしばし取り上げる手塚治、白土三平等の長編漫画家ではない。中島正は自然卵養鶏家としては著名であり、農業養鶏を指向する養鶏家のなかでは教祖的存在であるが、ほとんど学術的対象になったことはない。また、中村天風の思想はしばし論じられてきたが、中村天風財団の創始者として知られ、実践家として有名である。
三人の思想家に共通している事柄は何であろうか。彼らは私の思想形成上、重要な役割を果たしたが、私はなぜ彼らに魅了されたのであろうか。彼らの思想の何が私を駆り立てたのか。再吟味してみたい欲求が生まれた。2020年現在、その解答は未だ曖昧模糊としている。しかし、もうすぐ、わかるような気がしている。その導きの糸は、三人とも、原理主義者であることであろう。対照的に私は、原理主義に対して魅力を感じながらも、自らの原理を確立することを断念している。
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