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複雑怪奇なPC配線と人生ーー複雑な配線の単純化と生きる意味

 職場のPC周りの配線を整理した。新しい機械を導入すたびに、USB配線と電源延長コードが、既存の配線の上に設置された。配線が複雑怪奇になっていた。その整理をしていて、気が付いたことがある。

 

 無用な延長コードを多用して、配線を複雑にしていた。配線は、電源配線と、USBによるPC結合配線の2種類しかない。今まで、PC結合配線を必要とする機械、たとえば印刷機やスキャナー等を数か所に分割していた。2本の電源延長コードと、3本のUSB延長コードがあった。整理する過程において、これらが除去された。分量的には、延長距離は約半分になった。また、コンセントを一本化した。冷蔵庫の電源を除いて、職場を夕方退去するときに、コンセントをすべて抜いていた。今まで、その数が3本あった。それを1本に纏めた。まず、USB配線も1本にだけに整理した。複雑になった事柄は、分割されねばならない。単純化されることによって、人間に認識しやすくなるからだ。この世の複雑な事柄は、単純化される。デカルトから学習した法則である。複数の機械を同じ本棚の同じ段に設置することによって、PC結合配線が1本になった。次に、機械電源コードだけを整理した。複数の機械電源も1か所に纏めた。電源延長コードも1本になった。USB配線コードも1本になった。

 また、複数の電源とUSB配線の分岐点を本棚の最下段に集約した。そこは、グチャグチャである。絶望的なほど、グチャグチャである。どうしようもない。しかし、そのすぐ上に、本棚の板を設置した。外からは、このグチャグチャが見えなくなった。あたかも配線がないかのようである。また、配線を下段にたらす際、本棚と壁の間を通すようにした。本棚上段に本を配架することによって、この配線もみえなくなった。今まで、本棚は壁に隙間なく接合すべきということに拘っていた。この拘りをなくすることによって、配線を本棚の後ろに配架することができた。もちろん、最上段だけは壁に接合されている。安全を確保するためである。

追記

20191225

  2019年12月の大掃除の時に、プリンターを本棚最下段に置いた。配線は本棚の下に通したので、グチャグチャはなくなった。また、机の離れたところに、本棚を置き、そこにこの機械を設置していた。しかし、机に隣接して本棚を置いて、そこにプリンターを設置した。配線は1メートルになった。電源とUSBの延長コードは、不要になった。本体からの配線だけで十分であった。部屋の中がすっきりとして、心もすっきりした。中村天風の思想の影響かもしれない。

 

 さらに、巨大な電話機があった。FAX装置を維持するためである。しかし、この機能を10年来使用していない。この機械を除去した。また、この電話機には、留守電機能がついていた。メール以外で留守電に入った情報は、ろくなものがなかった。マンション等の購入を薦める営業用のものを除けば、私の心の平穏を掻き乱すものばかりであった。私が決裁した大学行政に関する書類に、細かな言いがかりをつけるものばかりであった。因縁をつけるのは、大学教授に特有な現象である。他者を批判して、自分は悦に入っている。他者なくして、自己同一性を維持できない。このような教授は精神科を受診したほうがよいであろう。

20191225

  他者を省みる必要などない。自分の課題、生まれぬ先の親から与えられた課題だけを追求すればよい。この点も、中村天風の思想を体現しているような気がする

 

 留守番電話機能を除去することによって、快適な精神状態を維持できる。電話機は、電源を必要としない災害用電話機だけを残した。電話配線1本だけですみ、電源配線を除去した。

 

 人生は、簡単なことかもしれない。つまらない拘りと全体を考えない状況によって、困難に陥っていた。自分で、自分の状況を複雑怪奇にしていた。自分の困難な状況を、自分でつくっていたのかもしれない。

 

20191225

 自ら直面している困難の原因は、自分が過去において播いた種にある。この点も中村天風、そして一休禅師から学んだような気がする。

 

 

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