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いしいひさいちから学ぶ政治学(3)――位階制組織における民主主義

いしいひさいちから学ぶ政治学(3)――位階制組織における民主主義

 

                                 田村伊知朗

 

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いしいひさいち『鏡の国の戦争』潮出版、1985年、76-77頁。

 

 この漫画の面白さは、軍隊に多数決原理が導入されていることである。この原理の導入は、現実的には想定不可能である。将校と兵隊の数は、通常、兵隊の数が多い。もし、軍隊という命令組織に多数決原理を導入すれば、軍隊という組織が崩壊するであろう。多くの兵隊は、徴兵された存在であり、戦意は将校に比べて低いからである。もし、多数決原理が導入されれば、戦争そのものが否定されるであろう。民主主義という原理は、命令組織には導入されない。位階制組織は命令組織である。とりわけ、官僚組織は位階制的組織である。この官僚組織のうちで、もっとも厳格な組織は軍隊である。上官の命令を否定し、前線から逃亡しようとすれば、前線の背後に控える督戦隊から銃弾を受ける。

 仮定の設定として軍隊に民主主義が導入されれば、前線で生命を賭けて戦うのは、将校のみになるであろう。その架空の設定をこの漫画は採用している。あるものの本質とは異なる要素を当該概念に導入することによる面白さである。いしいひさいちは、当該概念、ここでは軍隊の本質を把握しいている。その本質とは正反対の理念を導入することによって、その概念を鮮やかにしている。

 なお、命令組織は軍隊に限定されていない。名目的にはすべての官僚組織に妥当する。また、官僚組織に比肩する強度を誇る営利企業の組織にもあてはまるであろう。そこにおいて、民主主義の原理、多数決原理は適用されない。

 政治的領域において、多数決原理が適用される領域はかなり少ない。被選挙者間における平等性が前提になる領域でしかない。況や、社会的関係、家族的関係においてこの原理を導入しようとすることは、無謀という誹りを免れない。この原理が妥当する領域は、限定されねばならない。私的領域においてこの原理は、適用されてはならない。私的領域にこの原理を適用した場合、利害関係があまりに強く、少数者が多数者に従うことが困難である。もっとも、後期近代において公的領域と私的領域は交錯しており、その峻別が困難である。公的領域の本質規定が問題になる。私的領域における行為、たとえば私有地において住宅あるいは環境破壊的産業を建設することが、公的領域と交錯する。

 より一般化すれば、この原理は、政治的国家における平等原理を前提にしている。多数決原理は、官僚機構における命令原理とは相いれない。政治的領域に限定しても、その適用範囲は狭い。また、市民社会はこの原理を採用していない。たとえば、株式会社において、労働者は経営者の命令にしたがわねばならない。また、株主総会では、持ち株高に応じて、投票数が決定される。株券の数に応じて、投票行動が実施される。たとえば、1株、1 票であり、持ち株が多ければ、投票数も多い。多数決原理ではなく、当該企業の持ち分に応じて、投票数が決定される。

 さらに、この漫画の面白さは、将校と兵隊総体に平等主義的原理が導入されていることにある。多数決原理の前提である構成員全体が、平等であるかのようである。将校と兵隊との区別を別にして、兵隊の間に序列がないことである。現実的軍隊において、平等な兵隊という設定は存在しない。徴兵された兵士もまた、ヒエラルヒー化されている。その軍隊歴によって、差別化されている。軍曹、伍長等は軍歴の長さに比例して設定されるはずだ。より一般化すれば、軍歴の長い兵隊は、短い兵隊に対して優位にふるまう。ちょうど、市民社会における平等な市民ということがフィクションであると同様だ。

 

 しかし、本ブログで取り上げた漫画の設定においては、平等な諸兵が同盟罷業のようなことをしている。実際には、この同盟罷業、ならびその基礎にある兵隊同士の平等性は存在しない。にもかからず、市民社会の理念、つまり理想である平等性を持ち込むことによって、この漫画の面白さが成立している。

軍隊に民主主義あるいは多数決原理を導入することは、歴史的に言えば、必ずしも荒唐無稽でない。イギリス革命における水平派にその起源を求めることも可能であろう。

 ここで、17世紀に生じたイギリス革命の歴史的経緯に触れておこう。まず、この革命は国王と議会との憲法論争から始まった。この論争の中心は、今後のイギリスの政治体制を絶対主義的君主制のままとどめるのか、立憲主義的君主に改変するべきかということにあった。国王派が前者を、議会派が後者をそれぞれ代表する。1642年には、国王派と議会派の内乱が開始される。1649年、革命派は軍事的に勝利し、国王を処刑する。近代革命が成功する。革命派の勝利は、議会派内部の対立を明瞭にした。つまり、長老派、独立派そして水平派という派閥闘争が激化する。

 三つの派閥の指向性の差異が、明瞭になりつつあった。長老派は立憲君主制を、独立派は共和制をそれぞれ指向していた。共和制が、立憲君主制を超えて独立派によって宣言される。共和制は、長老派に対する独立派のヘゲモニーが確立されたことによる。同時に水平派も弾圧される。1653年、独立派のクロンウェルの軍事独裁が始まる。ローマ共和制に似た護民官政治が始まる。独立派が革命派のなかで全権を把握する。しかし、独立派による独裁政治は、長老派と水平派の支持ひいては国民一般の支持を喪失した。

 この革命の主流を形成することはなかったが、水平派の思想に触れておこう。ここには、近代揚棄の思想がみられる。彼らは軍隊内部に全軍評議会を形成しようとする。この評議会は軍隊内の意志決定を民主化しようとする。この党派は、軍隊という命令型組織に多数決原理を適用しようとする。もちろん、軍隊という官僚組織に民主主義を適用することは、明らかな矛盾である。結果的にこの試みは敗北する。上級将校を中心にした独立派によって、水平派は弾圧される。

 しかし、正規軍ではなく、反乱軍において民主主義的要素を導入しようという試みは、一定程度必要になる。イギリス革命における水平派は、荒唐無稽な存在者ではない。なぜなら、つねにその使命感が反乱軍において鼓舞されねばならない。革命軍は正規軍と異なり、金銭的裏付けがないにもかかわらず、軍への参加を鼓舞しなければならない。通常の場合、革命軍は敗北するにもかかわらず、なぜ、革命軍に参加しなければならないのかを参加者に理論的に説明しなければならない。既存の秩序を破壊することを、言語によって正当化しなければならない。長老派と独立派は、水平派に対して革命軍への参画を煽動した。結果的には水平派は弾圧されるが、水兵派がなければ革命は成就しなかった。反乱軍あるいは革命軍は、これまでの忠誠対象とは異なる対象にその忠誠心を要求する。

 この漫画に揶揄された命令組織における多数決原理の導入は、軍隊の例外的な存在形式つまり革命軍において妥当性を有しているのかもしれない。

 

(たむらいちろう 近代思想史専攻)

 

 

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