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討論 ドイツ連邦議会選挙

12月25日09時17分、締切ました。

以下の主題に関する討論会を実施する。

「現代ドイツの様々な現象、たとえば2017年ドイツ連邦議会選挙等の意義を思想史観点から論述する」

1、締切:12月24日24時
2、1500字以上2000字以内(PCで計算する)。
3、投稿者は、四文字熟語を自己の名前とする。本名を書かない。
4、投稿論文の最初の行に、タイトル、字数、四文字熟語を記入する。
5、投稿者は、まず、ワードで文書を作成し、それをコメント欄にはりつける。

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難民の受け入れを軸とした政治レジームの転換 1904字 入間失格

1.2017ドイツ連邦議会選挙の概要
2017年ドイツ連邦議会選挙ではメルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟が246議席を獲得し、中道左派の社会民主党が153議席で第2党になった。引き続き与党が4期目の政権を握ることになる。しかし、これまでの選挙と比べて、これらの2大政党はいずれも大幅に議席を減らしている。一方、難民の受け入れに反対する新興の右派政党「ドイツのための選択肢」は94議席を獲得し、連邦議会で第3党に躍進した。ヨーロッパでは、フランスやオランダで国税選挙が実施されたが、いずれも難民や移民に厳しい対応を求める右派政党が支持率を伸ばしている。
EUの中で難民の受け入れに寛容だった与党にも関わらず、移民の排斥を求める右派の政党に政権を脅かされている。また、第2席の中東左派の社会民主党が次の政権に加わらず、野党になる方針を表明した。与党4期目の党首は他に候補者が表明していないため、引き続きメルケル首相だと予想される。次の選挙から与党の政権維持が厳しいことが予想される。
2.ドイツ連邦議会選挙の特徴
ドイツでは国政選挙が4年に一度しか実施されない。現在の与党は16年もの長期政権に就くことになる。この長期政権には、戦後ドイツの歴史的な背景がある。大日本国憲法はドイツのプロイセンを参考にしたように、先進的な成文法を確立し、民主的な制度を規定していた。しかし、WW1後のドイツではハイパーインフレや賠償金などで政治が混乱していた。その混乱の中で右派のナチスが政権を握ることとなった。ナチスはユダヤ人の強制収容、虐殺を引き起こし、再び戦争に負けるまでそれが続いた。その反省から戦後ドイツの制度は、安定を求める傾向がある。その傾向は、政治運営にも同様にみられる。戦後ドイツの首相を務めた人物はメルケルを含めわずか8人しかいない。政権が安定し、長期政権になりやすい政治制度があるということがわかる。しかし、メルケル首相の政権が過半数の国民から支持を受けているわけではない。戦後、ドイツの連邦議会で、ある政党が単独過半数を占めていたことはほとんどない。第1党と各党の連立によって国民意思をまとめている。
3.なぜ難民問題が注目されているのか。
日本でも同様のことが言えるが、ある政党が1つのマニフェストで国民の支持を受けることはない。移民問題、税制、経済、医療、社会保障、社会福祉など総合的なマニフェストが考慮される。今回の連邦議会選挙で与党が議席を減らした原因は移民を巡る問題だけではない。これまでの政治運営が審査されている。12年間の長期政権は政策の失敗が蓄積してくる。政治的な問題への処理能力が高ければ支持率は伸びる。反対に政策の失敗が続けば支持率は低下する。今回の選挙ではことさら難民問題が注目されているのだろうか。
2017年連邦議会選挙の特徴として、連立与党(メルケル政党とシュルツ政党)が獲得議席数を減らし、「ドイツのための選択肢」(AFD)が獲得議席数を増やしている。メルケル政党は難民の受け入れに賛成であり、難民や移住者の多くが支持者になることが予想される。一方で、国内の治安の乱れやテロがおこる可能性が示唆されている。実際に、移民による犯罪が増加しており、IS戦闘員によるテロ事件が起きている。このような問題に対して具体的な対策を発表していないことがドイツ国民の不安をますます助長している。また、AFDは難民の受け入れに反対であり、国税調査によるとホワイトカラーや年金受給者など労働者階級が主な支持者である。一方で、AFDは右派であり、WW2以来初めて連邦議会選挙で議席を獲得した。世界的にヒトラーの政策は人道的な理由から非難されている。しかし、戦後ドイツを経済的に立て直したという実績がある。ゆえにドイツではヒトラーの政治を肯定する人も多い。世界では右派政党AFDが急速に影響力を増しており、ナチスの再来という意見も上がっている。
4.難民の受け入れを軸とした政治レジームの転換
これらのことから難民の受け入れの賛否を巡って、ドイツの政治レジームに変化が起きることが予想される。メルケル政党は難民の流入により、一国一宗教の原理が崩れ、第2のイスラム国が生まれる危険が示唆されている。一方で、AFDは右派政党の台頭により、難民への風当たりが強くなり、ヒトラーの人種差別が再来する危険が示唆されている。これらはメルケル党とAFDが独自の強い影響力を持った場合の仮定である。戦後ドイツでは連立政権を組むことで戦前の政治的失敗を回避してきた。これからの与党第1党であるメルケル党、与党第2党であり、次期選挙は野党第1党に戻ることを表明したシュルツ党、難民受け入れを拒否する第3党これらの政党がどの政党と連立を組んでいくのか動向を見たい。

投稿: 入間失格 | 2017年12月25日 (月) 02時26分

現代ドイツにおける2017年ドイツ連邦議会選挙の意義  1520字      教育大愛

 2017年9月24に日にドイツ連邦議会選挙が行われた。この選挙では、メルケル首相が率いるキリスト教民主・社会同盟が第一党となり、社会民主党が第二党となったが、これまで大連立を組んできたこの二党は今回の選挙によって多くの議席を失ってしまった。
一方で、ドイツのための選択肢は今回の選挙で初めて議席を獲得し、第三党となり大躍進したのである。
 ドイツのための選択肢とは、2013年に結成された政党であり、メルケル首相が現在行っている移民の受け入れに対して否定的な政党である。また、欧州連合の縮小をするべきという考えを持っていて、共通通貨であるユーロの廃止なども唱えている。その他にも、反イスラムの考えを強く示している政党の一つである。
首相四期目となるメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟にとって今回の選挙の結果は、第一党を獲得したとはいえ、深刻な問題となっている。連立政権を組んできた社会民主党からは連立を解消され、メルケル首相の考え方とは反するドイツのための選択肢の台頭は、国民にとっても今後のドイツの在り方を改めて考えるきっかけとなり、ドイツが大きく変わるきっかけとなりうるのである。
 なぜ2017年ドイツ連保議会選挙において、それまであまり支持されていなかったドイツのための選択肢が第三党を得るところまで躍進できたのかというと、その大きな理由の一つがドイツのための選択肢が掲げている、移民、難民に対する強い反対の考えである。
メルケル首相は移民難民の受け入れを推進しているが、実際にドイツ国民のすべてがそのような考えを持っているわけではない。むしろ移民や難民の受け入れに対してあまり良い印象を持っていない国民も多く存在している。ドイツのための選択肢が移民難民の受け入れに対して強く反対している理由の一つは、犯罪の増加の懸念である。ドイツのための選択肢によると、難民としてドイツに来る人々の多くは豊かなくらいを求めてくる経済難民であり、そのような経済難民の増加とともにドイツ国内での犯罪の増加や治安の悪化を招いてしまうと主張している。メルケル首相による移民難民受け入れの姿勢はたしかに人道的にみると正しい主張のようにも見えるが、実際に移民難民がドイツ国内にたくさん流れてきたとして、同じ環境で生活を共にする国民にとっては、ドイツのための選択肢が懸念しているような犯罪の増加などの問題が起こった場合被害を真っ先に受けてしまうのである。また、移民難民を受け入れてドイツ国内にはいってしまってからそのような問題が起こってからではすでに遅く、問題の収拾がつかなくなる可能性が高いのである。それならば、移民難民は最初から受け入れを拒否していくことがドイツにとっての一番良いことであるというのが、ドイツにとっての選択肢とその政党を支持している国民の考えである。
 今後のドイツにおいて、国民がメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟による移民受け入れの考えやそのほかの政策に対してついていくのか、または今回のドイツ連邦議会選挙によって大躍進を遂げたドイツのための選択肢による移民の受け入れ拒否の考えに賛同する国民が増え、支持率が急増してドイツのための選択肢が第一党となる時代が来るのかは分からないが、ドイツにとって2017年ドイツ連邦議会選挙の結果の意義はとても大きなものであり、今後のドイツの在り方に大きな影響を与えたのである。

投稿: 教育大愛 | 2017年12月25日 (月) 00時03分

現代ドイツにおける2017年ドイツ連邦議会選挙の意義  1520字      教育大愛

 2017年9月24に日にドイツ連邦議会選挙が行われた。この選挙では、メルケル首相が率いるキリスト教民主・社会同盟が第一党となり、社会民主党が第二党となったが、これまで大連立を組んできたこの二党は今回の選挙によって多くの議席を失ってしまった。
一方で、ドイツのための選択肢は今回の選挙で初めて議席を獲得し、第三党となり大躍進したのである。
 ドイツのための選択肢とは、2013年に結成された政党であり、メルケル首相が現在行っている移民の受け入れに対して否定的な政党である。また、欧州連合の縮小をするべきという考えを持っていて、共通通貨であるユーロの廃止なども唱えている。その他にも、反イスラムの考えを強く示している政党の一つである。
首相四期目となるメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟にとって今回の選挙の結果は、第一党を獲得したとはいえ、深刻な問題となっている。連立政権を組んできた社会民主党からは連立を解消され、メルケル首相の考え方とは反するドイツのための選択肢の台頭は、国民にとっても今後のドイツの在り方を改めて考えるきっかけとなり、ドイツが大きく変わるきっかけとなりうるのである。
 なぜ2017年ドイツ連保議会選挙において、それまであまり支持されていなかったドイツのための選択肢が第三党を得るところまで躍進できたのかというと、その大きな理由の一つがドイツのための選択肢が掲げている、移民、難民に対する強い反対の考えである。
メルケル首相は移民難民の受け入れを推進しているが、実際にドイツ国民のすべてがそのような考えを持っているわけではない。むしろ移民や難民の受け入れに対してあまり良い印象を持っていない国民も多く存在している。ドイツのための選択肢が移民難民の受け入れに対して強く反対している理由の一つは、犯罪の増加の懸念である。ドイツのための選択肢によると、難民としてドイツに来る人々の多くは豊かなくらいを求めてくる経済難民であり、そのような経済難民の増加とともにドイツ国内での犯罪の増加や治安の悪化を招いてしまうと主張している。メルケル首相による移民難民受け入れの姿勢はたしかに人道的にみると正しい主張のようにも見えるが、実際に移民難民がドイツ国内にたくさん流れてきたとして、同じ環境で生活を共にする国民にとっては、ドイツのための選択肢が懸念しているような犯罪の増加などの問題が起こった場合被害を真っ先に受けてしまうのである。また、移民難民を受け入れてドイツ国内にはいってしまってからそのような問題が起こってからではすでに遅く、問題の収拾がつかなくなる可能性が高いのである。それならば、移民難民は最初から受け入れを拒否していくことがドイツにとっての一番良いことであるというのが、ドイツにとっての選択肢とその政党を支持している国民の考えである。
 今後のドイツにおいて、国民がメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟による移民受け入れの考えやそのほかの政策に対してついていくのか、または今回のドイツ連邦議会選挙によって大躍進を遂げたドイツのための選択肢による移民の受け入れ拒否の考えに賛同する国民が増え、支持率が急増してドイツのための選択肢が第一党となる時代が来るのかは分からないが、ドイツにとって2017年ドイツ連邦議会選挙の結果の意義はとても大きなものであり、今後のドイツの在り方に大きな影響を与えたのである。

投稿: 教育大愛 | 2017年12月25日 (月) 00時01分

ドイツ連邦議会選挙について 1640字 千年原人
2017年9月24日に投票が行われた2017年ドイツ連邦議会選挙は、連邦議会議員の任期満了に伴って行われた選挙である。第3次メルケル内閣に対する評価が問われた。選挙の結果、全709議席の内、メルケル首相与党のCDU/CSUが246議席(前回311議席)を獲得して第1党となり、メルケルは首相4期目の続投が確実となった。続いて、中道左派の社会民主党が153議席(前回192議席)で第2党となった。両党とも、前回から議席を大幅に減らす格好となった。続いて、難民の受け入れに反対する新興の右派政党「ドイツのための選択肢」が94議席を獲得し、連邦議会に初めて議席を確保すると同時に、第3党に躍進した。又、自由民主党は先の選挙では当選しなかったため、4年ぶりに連邦議会に臨席する事となった。こういった結果に基づいて1953年以来初の7党議会が存在する状態となった。すべての党のなかで、私が注目したのは「ドイツのための選択肢(AfD)」である。ドイツ・ナチ政党の歴史を抱えるドイツで、極右政党のAfDが連邦議会入りを果たしたというニュースは国内外でさまざまな反応を呼び起こしている。2013年、ギリシャ経済危機を契機に反EUを掲げて結党され、ドイツのEU離脱を最大の目標として掲げている。EU加盟国で議論となっている移民問題についても強く反対している事から右派政党とされる。同党にはさまざまな政治信条をもつ支持者が集まっている。共通点は反移民、外国人排斥傾向が強く、特に反イスラム傾向があることだ。EUに対しては一時、離脱を主張する声が強かったが、ここにきて離脱よりEUの刷新、加盟国の主権尊重に重点を置く現実路線に修正してきた。ドイツでは2015年夏以降、シリア、イラク、アフガニスタンから100万人を超える難民が殺到したことを受け、国民の間にイスラム教徒への嫌悪感や不安が生まれてきた。AfDは国民の不安、恐れを巧みに扇動し、選挙戦では難民歓迎政策を実施してきたメルケル首相を激しく批判し、有権者の一定の支持を得た。また、反エリート、反移民の力が強かったこともあげられる。経済が好調なドイツでも、地方の低所得層は都市部の高所得層並みの生活に手が届かず、高GDPと低失業率の恩恵を感じられない。AfDはポピュリズムの力でエリート層を重視する経済への批判と、民衆の声を聞かない政治の在り方への批判を結び付けている。事実、移民と同じ地域に暮らしているのは低所得者であり、エリート層は都市部の住宅街で移民とかかわらずに暮らしている。エリート層が低所得者の暮らしぶりを理解しないまま移民政策を決めている実態に対して、反エリート、反移民の感情がポピュリズムとして大きな力を持ったのである。アンゲラ・メルケルは、無計画に移民や難民を受け入れすぎたと思う。ドイツが他国にとって希望の国家となるよう移民・難民の受け入れを進めてきたわけだが、他国のドイツに対する視線は厳しいものであった。ドナルド・トランプは移民に関してメルケルが非常に大きな過ちを犯したと述べた。もし移民問題が直ちに賢明にそして全力で処理されなければ、欧州は想像できないほどの大惨事となるだろうとトランプは警告した。トランプによる警告から約2週間後、難民13万人の所在がわからなくなっていることドイツ政府が認めた。行方不明となっている難民申請者のなかにイスラム過激主義者や犯罪組織の者が含まれている恐れがあり、どこかに不法潜伏している可能性がある。難民・移民の特性を理解しないまま無計画な受け入れを繰り返し、あたかも難民・移民にとってドイツが希望に満ち溢れた国家だと思われていると勘違いでもしているのだろうか。彼らにとって、ドイツは母国ではない。一つの避難場所に過ぎないし、住む場所は確保されていても母国の状況がどうであるか気が気でない生活は、彼らに多大なストレスを感じさせてしまうのではないだろうか。移民・難民を受け入れるという一見きれいな考え方に対する過度な期待がもたらした惨状にどう向き合っていくのか、これから深く考えていく必要がある。

投稿: 難民問題 | 2017年12月24日 (日) 22時51分

2017年ドイツ連邦議会議員選挙の意義と日本の課題 1659字 重力定数

 2017年9月24日にドイツ連邦議員議会選挙が行われた。以前に同選挙が実施されたのは4年前の2013年である。事前予想では、第1党が保守主義的政党であり、戦後支配的であったUNION CDU、第2党が社会民主主義政党であるSPD、第3党が経済的自由主義・リバタリアン政党のFDPであった。しかし、実際の結果は、第1党、第2党はUNION CDU(議席数246)、SPD(議席数153)で予想通りの順位となったが、第3党は事前予想に反してAFDが獲得した(議席数94)。AFDは、ドイツマルク復活(ドイツのEU離脱)を目標に掲げ、移民・難民問題に対して厳しい見方をしている。すなわち、反グローバリズム的な立場をとる政党と捉えることができるだろう。また、UNION CDUは第一党を獲得したものの、投票率は26.8%とこれまでで2番目に低い結果となった。これは同盟の歴史的敗北である。2017年ドイツ連邦議会議員選挙における、AFDの躍進とUNION CDFの歴史的敗北という専門家の予想を覆すことになった結果は、果たして何を示唆しているのだろうか。
 今回の選挙では、主に移民政策に焦点が当てられていた。そしてそこからは、世論調査の対象である社会的階層が偏向していたのではないかという疑惑が浮かび上がる。つまり、日常生活において移民と接する機会は、社会的階層によって大幅に異なるため、彼らに対する評価も違ってくるということだ。社会的下層市民は、アパートや交通機関、買い物などの際に移民・難民と接する機会が多く、そこで彼らの迷惑行為やマナー違反を目撃する。ましてや、彼らの多くはドイツ語という文化資本を十分に獲得していないため、それらの行為を指摘しても、改善は見込めない。よって下層市民の日常的不満は高まるばかりだ。それに対して社会的上層移民は、自家用車を用いて移動し、高級なデパートやレストランで時間を過ごすであろう。すなわち、彼らの行為を直接目にする機会は下層市民よりも少なく、彼らを現実問題としてよりも、理念的に考えざるを得ない。そこで、移民・難民により不満を持っているだろう社会的下層市民が世論調査のターゲットから多数排除されることで、選挙の事前予想と実際の結果に大きなズレが生じたことが推測できる。それと同時に、この選挙結果からは、移民・難民に否定的、又は彼らの行動の一部を制限すべきであると主張するドイツ市民の割合が増加していることを読み取れる。換言すれば、イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領の当選という一連の反グローバリズムの流れに、ドイツが参入する可能性を示唆しているのである。
 最後に、私は、このドイツ連邦議会議員選挙の結果が、日本における移民政策と多文化共生を見直す機会をもたらしているのではないかと考える。2016年度末時点での日本の全人口に占める在留外国人数の割合は1.88%であり、これは他の先進国に比べると低い数値となっているが、その数は年々増加している(総務省統計局、法務省入国管理局のデータに基づく)。近年の日本の移民政策では、福祉の担い手の補完や、高度な専門知識、技術を持った人材を導入するために、EPAスキームを通した移民受入れや高度人材ポイント制での高技能移民の受け入れを行っている。また、難民に対しても2010年より第三国定住制度によって、年間30人の上限を設けた上で受け入れている。しかし、これらの政策とは裏腹に、彼らは地域に溶け込んで定住できているのかが疑問である。つまり、居住している地域やコミュニティに対しての帰属意識は確立できているのだろうか。また、それを実現するための教育、訓練を日本は保障できているのだろうか。多文化共生について議論する際、日本は彼らにどこまでの統合を求めるのかをしっかり考える必要があるように思われる。また、多文化共生とは何を指し示すのかを、国際比較を通じて考察しなければならないのではないか。移民第2世代への権利保障、トランスナショナル・アイデンティティの受容などを含め、早急に取り組まなければならない課題は山積しているのである。

投稿: 重力定数 | 2017年12月24日 (日) 22時39分

ドイツ連邦議会選挙 一石二丁 1509字

今回私はこの討論会の説明文にもあったドイツ連邦議会選挙について、その中の難民受け入れ政策についての関連から意見を述べることにする。
そもそもドイツ連邦議会選挙とは、ドイツ連邦共和国の立法府であるドイツ連邦議会を構成する議員を選出するために行われた選挙で、2017年9月24日に投票が行われた。 連邦議会議員の任期満了に伴って行われた選挙で、第3次メルケル内閣に対する評価が問われた(Wikipedia より)。
ドイツは元々難民の受け入れが活発な国だったが、2015年にシリア難民が大量にヨーロッパに押し寄せた事に対してメルケルは難民の人々への支援として難民を受け入れる政策を維持して、2015年だけで約90万人の難民がドイツに流入した。ドイツ国内で急増した難民による犯罪が増加し、難民の受け入れに対して反対する世論が高まったが東欧の国々が国境の出入国管理を厳しくしたことなどによって2016年には難民のドイツ入国者数が28万人に減少した。難民認定されたら国がドイツ語・習慣を学ぶコースを受けるのだが、ドイツ語ができなければ仕事を得ることが難しいと思われる。
ドイツ連邦議会選挙は4年に1度行われ、メルケル首相が率いる中道右派「キリスト教民主・社会同盟」が優位になってはいるものの、メルケルが単独で過半数の議席を獲得するのは難しいと思われていた。「社会民主党」は厳しい戦いで、新興右派政党「ドイツのための選択肢」が初めて議席を獲得すると思われていた。
「難民の受け入れ」という我々が住む日本にはあまり縁のないテーマであるように感じるが、実はそうでもないのかもしれない。というのも、日本に出稼ぎに来た外国人や留学生の方々も難民とは全く違うが少し、当てはめて考えられる点があるのではないだろうか。
上述したように、ドイツでは難民はドイツ語を勉強してものにしなければ仕事に就くことが難しいのである。日本でも日本語や日本の常識・マナーなどをある程度会得しないと定職に就くことは難しいのではないかと思う。
当たり前のことだと思うが自分に置き換えて考えてみると、自分の生まれ育った国ではどうしても生活が困難なため他の国に移住することにしたものの自分の国の言葉は通じないしお金もないため八方塞がりになってしまうのでは?という恐怖を感じた。そう考えると、難民に国の言葉・慣習を教えるという支援だけでも非常に手厚いサポートだと言えるのではないか、と思った。
しかし、 今回の選挙の結果としては「ドイツのための選択肢」「ドイツ社会民主党」が勝利したと言える結果で、難民政策で考えるとNHK NEWS WEBによると「ドイツのための選択肢」は難民の受け入れに最も強く反対しており、難民として来る人のほとんどは豊かな暮らしを求める経済移民だと主張し移民・難民が犯罪を急増させていると懸念している。ドイツ国境での審査の厳格化・難民と認められない人の迅速な強制送還を求め、反イスラム・モスク建設や女性のスカーフ着用への制限を訴えている。しかし「ドイツ社会民主党」はこれもまたNHKのサイトからの受け売りだが、難民受け入れには賛成で、キリスト教民主同盟と政策の大きな違いはなく、人道的理由で難民を受け入れる姿勢を維持し受け入れ数に上限を設けないとする一方で、経由地のトルコと協力するなどで難民の数を減らす措置も行う。難民申請が認められない場合は、本国への強制送還を強化。
ドイツ国内で難民受け入れに対してまだまだ賛否が分かれているようで、難民による犯罪などが発生している以上、みんな仲良くとは決して言えないが難民受け入れ政策を維持していく必要がドイツに限らずあるのだと思う。

投稿: 一石二丁 | 2017年12月24日 (日) 22時32分

ドイツ連邦議会選挙 一石二丁 1509字

今回私はこの討論会の説明文にもあったドイツ連邦議会選挙について、その中の難民受け入れ政策についての関連から意見を述べることにする。
そもそもドイツ連邦議会選挙とは、ドイツ連邦共和国の立法府であるドイツ連邦議会を構成する議員を選出するために行われた選挙で、2017年9月24日に投票が行われた。 連邦議会議員の任期満了に伴って行われた選挙で、第3次メルケル内閣に対する評価が問われた(Wikipedia より)。
ドイツは元々難民の受け入れが活発な国だったが、2015年にシリア難民が大量にヨーロッパに押し寄せた事に対してメルケルは難民の人々への支援として難民を受け入れる政策を維持して、2015年だけで約90万人の難民がドイツに流入した。ドイツ国内で急増した難民による犯罪が増加し、難民の受け入れに対して反対する世論が高まったが東欧の国々が国境の出入国管理を厳しくしたことなどによって2016年には難民のドイツ入国者数が28万人に減少した。難民認定されたら国がドイツ語・習慣を学ぶコースを受けるのだが、ドイツ語ができなければ仕事を得ることが難しいと思われる。
ドイツ連邦議会選挙は4年に1度行われ、メルケル首相が率いる中道右派「キリスト教民主・社会同盟」が優位になってはいるものの、メルケルが単独で過半数の議席を獲得するのは難しいと思われていた。「社会民主党」は厳しい戦いで、新興右派政党「ドイツのための選択肢」が初めて議席を獲得すると思われていた。
「難民の受け入れ」という我々が住む日本にはあまり縁のないテーマであるように感じるが、実はそうでもないのかもしれない。というのも、日本に出稼ぎに来た外国人や留学生の方々も難民とは全く違うが少し、当てはめて考えられる点があるのではないだろうか。
上述したように、ドイツでは難民はドイツ語を勉強してものにしなければ仕事に就くことが難しいのである。日本でも日本語や日本の常識・マナーなどをある程度会得しないと定職に就くことは難しいのではないかと思う。
当たり前のことだと思うが自分に置き換えて考えてみると、自分の生まれ育った国ではどうしても生活が困難なため他の国に移住することにしたものの自分の国の言葉は通じないしお金もないため八方塞がりになってしまうのでは?という恐怖を感じた。そう考えると、難民に国の言葉・慣習を教えるという支援だけでも非常に手厚いサポートだと言えるのではないか、と思った。
しかし、 今回の選挙の結果としては「ドイツのための選択肢」「ドイツ社会民主党」が勝利したと言える結果で、難民政策で考えるとNHK NEWS WEBによると「ドイツのための選択肢」は難民の受け入れに最も強く反対しており、難民として来る人のほとんどは豊かな暮らしを求める経済移民だと主張し移民・難民が犯罪を急増させていると懸念している。ドイツ国境での審査の厳格化・難民と認められない人の迅速な強制送還を求め、反イスラム・モスク建設や女性のスカーフ着用への制限を訴えている。しかし「ドイツ社会民主党」はこれもまたNHKのサイトからの受け売りだが、難民受け入れには賛成で、キリスト教民主同盟と政策の大きな違いはなく、人道的理由で難民を受け入れる姿勢を維持し受け入れ数に上限を設けないとする一方で、経由地のトルコと協力するなどで難民の数を減らす措置も行う。難民申請が認められない場合は、本国への強制送還を強化。
ドイツ国内で難民受け入れに対してまだまだ賛否が分かれているようで、難民による犯罪などが発生している以上、みんな仲良くとは決して言えないが難民受け入れ政策を維持していく必要がドイツに限らずあるのだと思う。

投稿: 一石二丁 | 2017年12月24日 (日) 22時30分

2017年ドイツ連邦議会選挙から見えてくる歴史的背景 1520字 因果応報

2017年9月24日にドイツで連邦議会選挙が行われた。今回の連邦議会選挙では全709議席の内、メルケル首相与党のキリスト教社会同盟(CDU)が246議席(前回311議席)を獲得して第1党となり、メルケルは首相4期目の続投が確実とはなったものの、キリスト教民主同盟(CDU)はその議席を大きく減らして与党の影響力の低下が顕著となった。一方で、難民の受け入れに反対する新興の右派政党である「ドイツのための選択肢」(AfD)が94議席を獲得。一気に第3党に躍進し、与党にとっては非常に厳しい選挙となった。キリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党でホルスト・ゼーホーファー党首(バイエルン州首相)が率いるキリスト教社会同盟(CSU)の得票率は、前回(2013年)の選挙に比べて8.5ポイント減って、33.0%となった。これは同党にとって1949年以来、およそ70年ぶりにその記録をやぶる最低の得票率である。
 では、なぜ今回の連邦議会選挙はこのような結果となり、キリスト教社会同盟は歴史的大敗を喫することになってしまったのか。
 それは、メルケル首相の難民政策に対する有権者の強い不満が最大の原因であると考えられる。2015年9月にメルケル首相は、ハンガリーで行き場をなくしていたシリアなど中東からの難民に対してドイツ国境を開放した。しかしそれはEUの規則に反しておりドイツ国民の中には不満を抱く有権者も少なくなかった。国内の左派勢力やオバマ政権時代のアメリカのメディア、国連の難民高等弁務官は、メルケル首相の判断を称賛した。だが国内の保守勢力や、難民に滞在場所を提供しなくてはならない地方自治体の首長など、難民に接する人々や難民への対応を余儀なくされる人々はメルケル首相の判断を厳しく批判した。
 では、実際にドイツをとりまく難民問題はどのようなものがあるのか。ドイツ連邦移住難民局(BAMF)によると、今年の上半期までに亡命を申請した外国人の数は約22万人にのぼり、亡命を申請する難民の数は今年末までに100万人から150万人に達するという予想を発表した。去年の20万3000人の約5倍から約7倍となる。第二次世界大戦後、これほど多数の難民がドイツに流入するのは初めてのことである。
 自国の国民に加え100万人以上の人たちに対して手当を施さなければならないとなると、当然生まれる問題は難民対応のための予算、財政問題である。ドイツはヨーロッパの中でも最も多くの難民を受け入れている。それに伴いキリスト教民主同盟は、難民対応のための予算を100億ユーロ増額することを決めた。ドイツ連邦政府は近年の好景気と税収の増加により財政状況に余裕があるとはいえ、100億ユーロの負担は決して軽いものではない。
 ドイツはなぜそこまでの大きな負担を負ってまで難民の受け入れを拡大し続けるのか。
 それにはドイツの人口動態が関係している。ドイツの人口は現在から約50年後には1000万人ほど減少すると言われており、労働力人口の減少と少子化に直面している。
 また、第二次世界大戦時の大量迫害の時代背景も影響しておりその贖罪という意味合いも含められている。しかし前述したように、今回の連邦議会選挙にて国民の難民受け入れ政策に対する不満が浮き彫りになった。難民に対して嫌悪感を抱く国民は少なからず居る。彼らが難民たちを排斥しはじめたらどうなるだろうか。ナチス・ドイツ時代の再来である。
 現在のドイツは過去の反省を活かし、人道的配慮から多くの難民を受け入れているが、皮肉なことに新たな反発・軋轢を生み出してしまっていることを今回の連邦議会選挙の結果がはっきりと物語っている。メルケル政権はあの頃と同じ過ちを犯さないためにも今回の選挙結果を重く受け止め、ドイツのためにどうしたらよいのかもう一度考え直すときなのかもしれない。

投稿: 因果応報 | 2017年12月24日 (日) 22時12分

現代ドイツを選挙の観点から考察する 1614文字 全員野球
 ドイツの選挙といえば、直近ではドイツ連邦議会会議があげられる。結果からみるとメルケル首相が率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟が246議席を獲得して第1党となった。また、連立政権を組んでいた中道左派の社会民主党が153議席で第2党となった。ここから、中道右派左派の勝利だと思われるが、そういったわけでもない。新興右派政党である「ドイツのための選択肢」が多くの議席を獲得して、第三政党になったのだ。そこに焦点を当てていこうと思う。まず、政策の大きな違いとして、難民政策があげられる。キリスト教民主・社会同盟は難民を減らす措置や、難民申請が認められない場合には本国へ強制送還するなどの措置があるが、難民の受け入れ数の上限は設けないなど、積極的な移民政策を展開している。社会民主党もキリスト教民主・社会同盟とほとんど政策は変わらない。しかし、ドイツのための選択肢は難民受け入れについて否定的である。こういった政策を見てみると、ドイツ国民は難民政策に否定的であることが読み取れる。多くの難民を受け入れると国内における労働市場が難民の人々に奪われたり、国内における犯罪が増加したりなどの懸念材料が多くあげられる。また、パリやロンドンで多発している、テロ活動がドイツでも増える可能性があげられる。難民受け入れに対して、ドイツ政府も難民の人たちに対して身元の確認をしているが、おそらくすべての人を、完璧にチェックするのは不可能だと考えられる。テロリストは、完璧の偽造パスポートやその他の方法を使って不法に侵入しようとする。これは、難民受け入れが増加すると、テロ活動、テロリスト侵入のリスクが増加すると考えられているので、ドイツでは難民受け入れに否定的だと考えられる。また、ほかの政策に焦点を当てると、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党はEUについてより強い関係を築いていくべきだという考え方だが、ドイツのための選択肢はEUにとどまるかどうかを国民投票すべきだと考え方だ。キリスト教民主・社会同盟と社会民主党が議席を大幅に減少して、ドイツのための選択肢が議席を伸ばしたということを考えれば、ドイツ国民はEUに対して何らかの不満を持っていることが考えられる。同じヨーロッパの国である、イギリスのEU脱退が決まり、その流れや影響がドイツにもあるのではないかと考えられる。また、共通通貨ユーロによってユーロ導入国が経済難に至った場合にその影響がほかの国も受ける場合がある。実際にギリシャが財政難に至った際に、ドイツがギリシャにお金を貸すという事態が発生した。このような問題がEUには存在する。さらに、環境エネルギー政策という観点で見てみると、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党はパリ協定を全面的に支持すると表明している。パリ協定とは「京都議定書に代わる新しい地球温暖化対策の国際ルール。2015年12月に採択、16年11月に発効した。産業革命前からの気温上昇を2度より十分低く抑えることが目標。すべての国が削減目標を作り、目標達成義務はないが達成に向けた国内対策を取る」(朝日新聞 2017)というものである。しかし、ドイツのための選択肢は地球温暖化などの気候変動は人間によってだけのものと考えられないということから、パリ協定を脱退するという考え方をしている。これは、現アメリカ大統領のドナルドトランプ大統領も同じような政策を行っていて、環境政策にかけられていたお金を経済政策にまわすことで経済発展を促すというものである。ドイツのための選択肢はこのような政策に似ているように感じられる。議席を伸ばしたことから、ドイツ国民は経済政策の充実を望んでいると考えられる。フランスでは極右政党が議席を伸ばしたり、アメリカでのトランプ大統領当選など、今まで通りの保守派の政治ではなく、革新的な政治をドイツでも求められていると考えられる。

投稿: 全員野球 | 2017年12月24日 (日) 22時11分

2017年ドイツ選挙から考える現代思想 1567字 多肉植物

 今年9月、ドイツで連邦議会選挙が行われた。2000年から首相を務めるメルケル氏率いるキリスト教民主・社会同盟(以後CDU・CSU)は得票率33%と過去2番目の低さを記録し、続く社会民主党(SPD)から僅差で逃れる結果となった。驚くべきは9月の選挙から今日まで政権不在の状態が続いているということだ。支持率が十分でないメルケル氏のCDU・CSUは他政党との連立が不可欠であるが、選挙後から続けられている交渉は上手くいかず、未だ政権が確立していない。2016年にメルケル氏の地元州で行われた地方選挙では2013年に創設されたドイツのための選択肢(AfD)の得票率がCDU・CSUを上回り、支持体制に大きな変化が生じはじめている。このAfDは反EUの姿勢で人気を集めたことで急激に成長した極右派で、近年はメルケル氏が長年主張している難民受け入れへの反対や反イスラムを掲げている。また今年の連邦議会選挙ではSPDに次ぐ3番目に多い票を得る歴史的な結果となった。
 CDU・CSUの連立交渉の難航は、メルケル氏が主張し続けている難民受け入れ政策によるものではないだろうか。私のこの意見の背景には2016年にドイツで起きた2つのテロ事件が関係している。まず7月下旬の5件のテロ事件実行犯にはドイツへの難民が含まれていた。12月には首都ベルリンのクリスマスマーケットに大型トラックが突っ込み12人の死者が出た。逮捕された容疑者(のちに警官によって射殺)はチュニジア出身で、イタリアで服役後出国を命じられ、同年2月に難民としてドイツに入国した。メルケル氏が継続してきた難民への寛容な姿勢がこのような事件に繋がってしまったという見方ができる。また7月のテロ事件のうち2件はイスラム国が犯行声明を発表していることや、12月の事件の容疑者がイスラム国に忠誠を誓うビデオを残していたことも重要だ 。難民やイスラム国など国外からドイツへの流入体制に多くの課題があるように思える。
 また難民に関する法制度に疑問を持つドイツ国民も多いのではないだろうか。そもそも難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義されている (1951年の「難民の地位に関する条約」より)。この定義が制定されてから半世紀が経過した今日では「政治的な迫害のほか、武力紛争や人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々 」や、「紛争などによって住み慣れた家を追われたが、国内にとどまっているかあるいは国境を越えずに避難生活を送っている「国内避難民」 」も含まれるなど多様化が進んでいる。早くから先進国だったドイツは労働力として他国から移民の受け入れを行っており、2011年のシリア内戦によってドイツは難民の受け入れを開始した。昨年12月のテロ容疑者は1度難民認定を却下されたが、有効な身分証明書類を持っていなかったため容疑者を祖国へ強制送還することができず、ドイツ難民に認定されている 。受け入れ後の難民による問題も数多く起きている。真に庇護を求める純朴な難民だけではないことが証明されてしまい、新たな事件や治安の悪化を未然に防ぐためにも難民受け入れ態勢の規則の充実化が図られる必要がある。
 フランスの国民戦線やオランダの自由党のように、右派支持の風潮はドイツ国外にも見られる。現時点ではAfDとの連立はすべての党が拒否しているが、反イスラムや難民受け入れへの反対など、攻撃的ではあるが国民の賛同を得やすい主張を掲げるAfDは今後さらに支持を伸ばしていくと考えられる。イスラム国による新たな事件の発生やEUの動き、隣国の右派支持率が上がればその流れは加速するだろう。右派思想はトランプ大統領就任によって強まった保守的思想の背後にまで迫っている。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/09/04/merkel-dcu-afd_n_11862876.html
http://www.unhcr.org/jp/what_is_refugeeより引用
http://www.bbc.com/japanese/38425933

投稿: 多肉植物 | 2017年12月24日 (日) 21時51分

投稿: 多肉植物 | 2017年12月24日 (日) 21時38分

ドイツ連邦議会選挙 右往左往
1500 文字
・ドイツ選挙に関して
9月24日に行われた選挙では全709議席のうち246議席をメルケル首相の率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟が第一党の座を獲得した。社会民主党は第2党で153議席、この二党は大幅に議席数が減少した。この選挙で大きく変化したことは「ドイツのための選択肢」が大きく議席数を伸ばしたことである。この党は連邦議会に初めて議席を獲得し、一気に第三党まで躍進した。ドイツのための選択肢=AFDは2013年に設立された。2015年から中東などからの移民、難民の受け入れ反対や反イスラムの主張を前面に押し出す政党になり、支持率を伸ばしていった。党首であるペトリ氏はメルケル首相が率いる連立与党の議会活動を改めて非難した。今後の四年間、野党の立場として政権に対抗していく。   難民、移民の受け入れ問題は、今年行われたフランス、オランダ、イギリス、ドイツの国政選挙において大きな争点となった。
ドイツでは国政選挙は原則的に4年に一度のみしか行われない。それは政治を不安定にさせずに、政府を安定させることが目的とされているからである。そのためメルケル政権が変動することはあまりないのではないかと言われている。ドイツは連邦制を採っているため、二つの院から構成される国会は連邦議会と連邦参議院と呼ばれる。2005年9月に選挙で勝利して以来、メルケル首相は12年にその座にあり、今年は4年目の任期になり、16年もの長きにわたり首相であり続けている。
オランダでは下院の選挙が行われた。ルッテ首相が率いる中道右派の与党、移民の排斥やEUからの離脱を目標に掲げるウィルダース党首率いる極右政党の自由党が第一党を争った。結果として中道右派の与党が第一党を維持した。
フランスでは大統領選挙が行われた。現在のマクロン大統領と移民の制限、EUからの離脱に対し国民投票の実施を行った極右政党のルペン党首が決選投票に進んだが、マクロン大統領が勝利した。
・ベルリンの壁崩壊
ポーランドの民主化とハンガリーの改革が進み、東欧の社会主義国が民主化の動きに混乱が続いていた最中の1989年に、東ドイツ政府が、対応策として旅行及び国外移住の大幅な規制緩和の政令を「事実上の旅行自由化」と受け取れる表現で発表したことでベルリンの壁にベルリン市民が殺到し混乱を招いた。その中で国境検問所が開放され、28年間、東西ベルリンが遮断されてきた東西分断の歴史に終止符が打たれた。東西ベルリン市民が与転びに溢れながら壁をのぼり、東ドイツは西ドイツに吸収されドイツは統一を果たした。
もともとベルリンの壁とは、第二次大戦後、敗戦国のドイツは東西に分断され、東ドイツはソ連が占領し、その中のベルリンはさらに分けられ西ベルリンをアメリカ、イギリス、フランスが東ベルリンをソ連が統治することとなった。そのため西ベルリンと東ベルリンは経済格差が大きくなっていった。東ドイツは社会主義の影響に経済が悪く進み、西ドイツの経済は成長していった。東ベルリンから西ベルリンへ亡命する人も増えていったため、国家の危機を感じた東ドイツは、西ドイツへ逃げられないように壁を作った。
そのため、ベルリンの壁崩壊は、国境の開放に留まらない。東ドイツの社会主義体制が終わったともいえる。壁の崩壊後一日2000人の東ドイツの国民が西へ流出した。東ドイツマルクの価値は暴落していった。もともと経済が悪かったために、東ドイツ経済は崩壊した。ベルリンの壁崩壊に対して、ソ連、アメリカ、東ヨーロッパから祝福された。ベルリンの壁崩壊から満一年も経たない1990年、悲願の東西ドイツの統一が実現した。

投稿: 右往左往 | 2017年12月24日 (日) 19時53分

「ドイツ選挙の意義 歴史的思想からの考察」
生涯現役

 ドイツの選挙制度として、国民から選出された議員から構成される、ドイツ連邦議会が存在する。議員の任期は4年であり、ドイツでは、ドイツ連邦議会と各州政府の代表から構成された連邦参議院の二院制を執り、国民の直接選挙で選出されるドイツ連邦議会が優位となっている。ドイツ連邦議会は、小選挙区比例代表併用制を執っている。日本の小選挙区比例代表並立制とは異なっており、第一に比例代表制を掲げ、そこに小選挙区制の制度を加えている。議席数は、709議席(2017年9月)あり、各政党はシンボルカラーによって分けられている。例えば、ドイツキリスト教民主同盟は「黒」、自由民主党は「黄」、左翼党は「赤」となっている。
 現在のドイツの政治制度は、安定性があると言える。現首相、メルケル政権は、2005年9月の選挙で勝利して以来、現在まで首相の座を守り続けている。今年9月の選挙までの12年間にわたってメルケル政権が続き、さらに今年の選挙にも勝利したため、任期は16年にもわたる。ここまで安定してメルケル政権が続いた理由として、戦後のドイツの政治制度が関連している。ドイツでは民主的な制度を規定していたが、ナチスの台頭を許してしまい、大きな参加を招いてしまったと言う背景がある。(森井)この背景から、戦後のドイツの政治制度は、安定性を強く掲げているものになっている。
 ドイツの政治制度を歴史的思想から考察していく。デカルトは「人間は神によって創造された生物」と唱え、人間を理性的存在者として定めた。平等である、同質的な人間が構成され、人間が理性的な人間であることによって平等的な世界が成立するとした。この思想によって、一人一票制が成立され、現在までに至っている。
 モンテスキューの思想によると、政治制度を大きく分けて3つに分類できる。「民主制度では国民が主権となり、直接民主制を執ること」、「君主制では、一人の人間は法律によって統治すること」、「専制制では、一人の人間が故意によって統治すること」である。
 スピノザの代表作は、「エチカ」である。この哲学思想の原型は、デカルトから継承されたものである。実体は、そのものが存在であり、理解されるものである。実体が存在し、全世界はそれに対して元に戻ると言うことに関しては区別されない。しかし、精神と物体は限られたものであり、実体であるとは言えない。
 カントの政治理論では、社会契約説が含まれている。自然状態と社会状態の二つの状態から成っている。この二つの状態は、市民社会と政治国家に対応している。人間が最高の位であり、主権国家の主権は制限される。例えば、常備軍、他国への暴力的な干渉が禁止されていることである。カントの思想が、国際連盟、国際連合の基盤となったとも言える。
 ドイツの選挙制度には、安定性があると延べたが、中には問題点も提起されている。ドイツの選挙で当選するためには、連邦全体で5%以上の支持を獲得しなければならない。また、3つ以上の選挙区で勝利することの、いずれかの条件を満たさなければならない。これを「阻止条項」と言う。ナチスの復活を防止する策として国民の理解を得てきたのである。
 今年の選挙の観点にもなった、難民受け入れは、トルコとの協定によってドイツへ入国する難民を減少できたことから、次第に落ち着いてきている。現在も入国した難民の審査は執り行われている。しかし、ドイツ経済は依然と好調であり、連邦予算は赤字を出していない状態だ。好調である要因として、メルケル首相が2025年までに完全雇用を目指す公約を掲げており、その他にも少子高齢化に対する年金不足対策としての政策を全面的に主張していることにあると言える。

投稿: 生涯現役 | 2017年12月24日 (日) 19時50分

第3の性の認定
純米吟醸
1705字

最近、ドイツ憲法裁判所は染色体異常などに伴うトランスジェンダーの人々の性別を第3の性として出生届に記載することができるようにする必要があるとの判決を下した。これまでどちらの性にも属さない人々は戸籍上の性別を確定させる必要があり、また激しい痛みを伴う手術を半ば強制されてきた、という経緯がある。すべての人には基本的な侵害されない人権があるのであって、そうした人権を国家として守るというのが先進的な近代国家の考え方である。ドイツもまた先進国としての志向をもつ国民はそうした政策に批判はしないであろう。そうしたドイツにおいて第3の性が認められていないというのは基本的人権を侵害するものであるとした。ドイツのほかに、既にオーストラリアやインドでは第3の性が認められている。しかしヨーロッパでは前例がなく、ドイツで認められれば初となる。
近代ドイツは中世以来の伝統的な価値観を重んじながらも、フランスのような先進的な国家への憧憬を抱くという矛盾を抱えていた。こうした同時に存在しえない2つの橋渡しを担ったのが哲学であるという。今回の第3の性認定は伝統的な価値観からは離れている。男性名詞・女性名詞というように男女の自然な性を日常の言語から意識せざるを得ないドイツにとって、言語的な中性とは別に、中間的な性別が生まれることになる。これは中世だとか先進的だとか、そういった次元の話ではなくて、ひとえに基本的人権を尊重する基本法とその番人たる憲法裁判所の存在によるところが大きい。国家の制度として基本的人権の尊重を重視するドイツにとってその侵害が許されるわけにはいかない。ただ、ドイツの伝統的な価値観にはそぐわないであろう。そういういみでは伝統的価値観と基本的人権と、ここでもまた中世以来の価値観と近代の価値観の狭間で選択を求められるという近代以降の哲学的な流れが見て取れる。ただ現代のドイツには第2次世界大戦からの反省が国家の制度のなかに多く組み込まれている。それは国家として人間を差別し、その生命を含む基本的人権を侵害した、という経緯があるからだ。戦後何十年も経た現代でさえもナチスの党員が拘束されるほどの徹底ぶりを見せるドイツの反ナチスの思想は、こうした憲法の基本的な考え方にも表れている。つまり中世か先進的かという伝統的な対立軸に、「戦後」というあらたなファクターが現代ドイツには存在するし、むしろ「戦後」というファクターがもっとも強いかもしれない。第3の性認定をこうした文脈で捉えるならば、「戦後」というファクターによって認められたと考えられる。たとえ伝統的な価値観と対立しようとも、「戦後」と「反省」というだけで認められる。それを認めるだけの国民的な意志の統一があるとわたしは考えていた。しかし最近の移民問題では選挙でも顕著に表れているように国論が二分している。「戦後」というファクターである程度の方向性が定められていたドイツにとって、移民・難民問題は国民の意志が二分しているという点で問題である。先進的な志向として人権を守るという観点で難民・移民を受け入れていたわけだが、それは同時に伝統的なゲルマン民族によるドイツが失われてゆくということを表している。田村先生の講義にもあるように白人によるドイツは今はもはや存在しない。しかしそれは伝統的な価値観を重んじる人々にとっては耐えがたいことだ。ここでもまた伝統的価値観と先進的志向の対立が生まれている。
以上、取り挙げた第3の性と移民・難民問題にかんしてドイツでは伝統的価値と先進的志向の二律背反の状況にある。こうした対立はドイツ哲学の伝統的な対立軸であって、それはいまも続いている。基本的人権と第3の性、白人によるドイツと移民・難民を含めた多文化共生的なドイツ。こうした対立をどのようにのりこえてゆくのかということは再び哲学の登場する場面であろう。通常考えていれば乗り越えられないような対立に、橋渡しするのがドイツ哲学の始まりであったという。今再び、国民の意思が二分している状況において、国としての方向性を示せるのは哲学であろう。

投稿: 純米吟醸 | 2017年12月24日 (日) 19時22分

ドイツの選挙 不良怖杉

ドイツの成功例として引き合いに出される小選挙区比例代表併用制だが、ドイツ型併用制は丁度よく理想的な選挙制度という見方が定着し、民主主義の発展に影響を及ぼす選挙制度についての論争に停滞していると考える。一般的に、選挙の制度がわかりにくいと感じるのは、複数の要素の構造を、すべて把握しなければならないからである。立候補者がどの定数枠に立候補できて、有権者がどの定数枠や立候補者に投票できて、多くある投票機のうちのどの機能を1票が持つのかなどを、同時に理解する必要がある。ドイツの選挙制度は、州単位のブロック制による小選挙区比例代表併用制である。候補者の種別とその種別の候補者に投票する有権者の種別の違いで立候補権と選挙権の作用する定数枠が違うのが特徴で、その結果として「選挙されない議席」がある。比例名簿投票と小選挙区投票の1人が2票いれる制度で、「仮総定数」の598議席が、人口比に基づいてそれぞれの州に割り当てられ、仮総定数の半分の299議席が小選挙区に割り当てられて、政党の仮総獲得議席を決めるための比例名簿投票で、仮総定数の全体の598議席をめぐって争い、政党の仮総獲得議席と無所属候補の議席を決めるための小選挙区投票では仮総定数の半分の299議席をめぐって争う。無所属の候補者は、小選挙区からしか立候補できないが、政党の小選挙区の候補者は、比例名簿にも登載される。無所属候補か政党候補かで、立候補できる定数枠が異なっていて、無所属候補の立候補権が制限される。小選挙区投票で無所属候補を当選させた有権者の比例名簿投票での1票は無効となり、選挙権が制限される。
小選挙区投票では、無所属候補と政党候補が仮総定数598議席の半分である299議席をめぐって争い、比例名簿投票では政党が仮総定数の598議席をめぐって争う。これは、比例名簿投票では、仮総定数の598議席から無所属候補の当選者数を差し引いた議席を政党が争うのでなく、598議席全てを政党が争う。つまり、政党が598議席を確保すること以外に、無所属候補の当選者数だけ議席が増えることになる。仮総定数の598議席は政党の独占になる。しかし、政党の獲得議席は598議席だけでなく、政党だけにさらに「超過議席」と「調整議席」がある。政党の獲得議席は原則として、比例名簿投票での得票率に応じて仮総定数の598議席の範囲内で比例名簿から比例配分されるが、小選挙区での獲得議席数が比例名簿投票による議席数を上回った場合、小選挙区での獲得議席数および当選者をその政党の獲得議席数および当選者となる。これにより増える議席を「超過議席」と呼ばれている。その結果、連邦レベルで政党間での得票率と議席占有率が一致しなくなり、連邦レベルで一致するように各党に「調整議席」を増やして、一致するよう調整している。そして、小選挙区投票で無所属候補を当選させた有権者の選挙権が及ぶのは小選挙区の299議席だけであり、これらの有権者にとって「仮総定数598議席+超過議席+調整議席」は選挙されない議席であり、ドイツでは2倍以上の投票価値の格差が生じてしまっている。ドイツが混合式を採用した理由は、社民党と自民党が比例代表を提案し、ドイツ党は小選挙区二回投票制を考え、キリスト教民主同盟・社会同盟はイギリス式の小選挙区制を主張したからである。またイギリス占領地区の地方選挙は、イギリス式小選挙区制で実施され、アメリカ、フランス占領地区では、比例代表制である。この制度は妥協してできたものであり、すぐれているからといって採用されたものではない。ドイツの政治制度は超安定しこうであり、ナチスの台頭を許し、大きな失敗を招いた反省から、戦後ドイツの制度は、安定を指向するものになった。政治を不安定にさせず、政府を安定することが重視されている。

投稿: 不良怖杉 | 2017年12月24日 (日) 19時14分

「ドイツの選挙制度」   盛岡冷麺  1509字
 ドイツは、連邦制をとる議会制民主主義国家である。国民は、連邦議員を選挙によって選ぶことができるが、米国のように直接、連邦首相を選ぶことはできない。連邦首相を選ぶのは、連邦議会である。
ドイツでは、単独で過半数を取るのは非常に難しい。それは、比例代表と小選挙区制が組み合わさった選挙制度が原因である。この制度は、小選挙区比例代表併用制と呼ばれる。日本には並立制があるが、ドイツは基本的には比例代表制なので別物である。
 有権者は、連邦議会選挙で2つの票を持っている。第1票は、小選挙区制で各選挙区の議員候補者の中から1人を選び、最多票を得た人が当選する。第2票は、比例代表制で行われ、有権者は政党を1つ選ぶ。小選挙区の当選者の数が比例で獲得した議席よりも多い場合、超過議席が発生する。つまり比例で獲得した議席数ではなく、小選挙区の当選者全員の議席数が確保される。これがドイツの選挙制度の難点である。
 さらに、ドイツには5パーセント阻止条項がある。比例で5パーセント未満しか獲得しない政党には、議席が与えられない。これによってあまりにも小さな政党が乱立する状態を防ぐようになっている。
 ドイツは、ナチスの台頭を教訓に、基本法の中で、政党設立は自由だが、国民の政治的意思の形成に協力するとし、また自由な民主的基本秩序の侵害を目的とする政党は基本法違反としている。事実、連邦憲法裁判所は、社会主義者帝国者党、ドイツ共産党などに違反判決を出し、解散させている。
上記のような選挙制度が用いられているのは、ドイツの政治制度が安定指向であるからだ。先進的な基本権規定を持ち、民主的な制度を規定していたものの、ナチスの台頭を許し、大きな惨禍を招いてしまった反省から、戦後ドイツの制度は、安定を強く指向するものになっている。
原則として4年に1度しか国政選挙がなく、議会の解散は、首相が自ら提出した信任動議が否決されるという例外的な状況でない限り行われないこと。また、野党からの不信任は次の首相を選出することでしか行えないことなど、政治を不安定にせず政府を安定させることが重視されている。
政治制度が安定指向であると述べたが、支持するドイツ国民も安定感重視である。そこでメルケル氏は国民から支持されている。メルケル氏は選挙において、派手な振る舞いをせず、謙虚さを維持し続けていた。また、派手なパフォーマンスをせずに、普通の市民であることをアピールしたことで人気を獲得した。さらに大きな危機を処理する能力を持つことも安定感に繋がり選挙に有利である。事実、ユーロ危機やウクライナ危機など、非常に落ち着いた様子で処理した。
 最近のドイツの状況としては、メルケル首相が安定感をアピールし四選を果たした。しかし、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟と緑の党、自由民主党の間で進められていた連立交渉が決裂した。そのことによって安定感は揺らいでいるが、それでもメルケル首相の支持率は高いままである。今後のドイツの選挙や政治に注目が集まるのではないか。

投稿: 盛岡冷麺 | 2017年12月24日 (日) 19時08分

 現代ドイツの選挙の意義について考える。まず、ドイツの政治制度はどのような制度なのか考える。ドイツはナチスの台頭を許して、悲惨な事態を招いてしまった。このような反省を生かして、現代のドイツでは「安定」を強く求める指向になっている。選挙制度も今のドイツの政治思考と照らし合わせて、「安定」を求めている。原則として4年に1度しか選挙はない。また、議会の解散は首相自らが提出した信任動議が否決されるという例外的な状況でない限り行われないこと、野党からの不信任は次の首相を選出することでしかもらえないことなど、政治を安定させるということに重点を置いている 。戦後ドイツは8人しかいないということからも、ドイツの政治の安定性を理解することができる。
 次に、ドイツの難民問題について考える。ドイツには2015年~2016年に約100万人もの難民が流入してきた。なぜ、このような事態が起きたのだろう。難民の主な出身地は中東やアフリカ大陸である。中東やアフリカ大陸の難民がドイツなどのヨーロッパに押し寄せたのである。ドイツの首相である、メルケルは、率先して難民を受け入れることにした。しかし、これが大きな失策となってしまったのだ。ではなぜ難民をここまで受け入れたのだろうか。難民をここまで受け入れたのはメルケル首相の個人的な思いがある、と言われている。ドイツに向かう難民の多くがハンガリーの鉄道の駅で動けなくなっていた。1990年まで東西に分かれていたドイツでは、旧東ドイツの住民は、西ドイツに亡命するためにハンガリーに出国し、そこから電車でドイツに向かったという。東ドイツ出身のメルケル首相は、どうにかしたいという思いがあった。難民が増えることで、将来の職業人口を増やすという案もあったが、実際に就職した難民は1割程度であった 。そんな時、反難民、反移民政党である「ドイツの選択肢(AfD)」という政党が州議会で議席を獲得した。しかし、この時期に連邦議会選挙が予定されていなかったため、AfDは連邦議会には1議席も獲得しなかったのだ。少数意見は排除されたが、これが広く国民に支持されるのである。
 このようにして、難民問題はひと段落し、ドイツ経済も安定してきた。失業率は全国的に6%を切り、南部ではほぼ完全雇用となっていた。メルケル首相は、保守系のキリスト教民主党(CDU)の公約として、2025年までに完全雇用(失業率3パーセント以下)を目指すことを訴えている。
 ドイツは安定性を求め政治を進めてきている。そのドイツがEUの立て直しに貢献するためには、他の国と連携するしかない。人気政党であるAfDの議席獲得はモズかしいことから、どの政党との組み合わせによって政治を進めていくかが、今後のドイツの政治のカギである 。
 ドイツの政治が、ここまで「安定」を求めているのは、ドイツの歴史が深く関係していると思う。長い歴史の中で数多くの失敗と呼ばれる事実があるからこそ、ドイツ国民が「安定」を求めていると言えるだろう。しかし、今後ドイツという国が今よりももっと発展していくためには、EUの中でしっかりと力を発揮しなくてはならない。力を発揮するためにはほかの国と協力体制を気づいていくしかない。人気政党は台頭しにくいドイツであるからこそ、ドイツの連立政権の組み合わせが重要になってくる。その組み合わせによってはうまくEUを指導していく力があると言える。それをドイツ国民がうまく選ぶことができれば、ドイツはEUの中で大きな力を発揮していくことができると思う。そのように考えることができると、ドイツの選挙はとても慎重なものになると言える。国民はドイツの状況をよく考えたうえで慎重に選ぶことが求められるだろう。

投稿: 有言実行 | 2017年12月24日 (日) 16時00分

今回の講議ではドイツの移民や難民の受け入れに積極的な介入を促している政策を中心に、ドイツやその他の西洋諸国の思想を取り上げてきた。
2015年以降、メルケル首相は中東やアフリカ大陸からの移民を多く受け入れてきた。これは、第二次世界大戦の頃に当時ドイツを統治していたナチスによるホロコースト(人種差別による大量虐殺)が背景にある。
移民を多く受け入れることでメリットとデメリットのふたつがうまれる。
メリットとして挙げられる点は、高齢化が進んだ現在のドイツで、国内が国民の高齢化のために労働者が減少しているため、その補完として難民を受け入れるケースが多い。これによって、企業が低賃金で労働力を得ることが可能になるのだ。移民や難民も自分の労働力を売り、稼ぐ目的で来ていることが多い。
しかし、移民や難民が受け入れ先の言語や文化を理解しているとは限らないことや、根本的に労働のスキルを持ち合わせていないことがある。
その場合、言語や文化を教えることに時間もかかり、その上仕事を教えるとなるとコストパフォーマンスも悪くなる。
さらに、企業からすると低賃金で労働力を買えるため、国民の雇用が減少することにも繋がる。当然、そうなるとドイツ国民からの風当たりも厳しいものになるのは想像し易いだろう。
また、文化の違いで国民と移民、難民が衝突することも当然ある。最近、テロが多い原因もその部分が大きいとされる。
労働力や過去のナチスの悲惨な政策を踏まえたうえで、ドイツは移民や難民を多く受け入れてきたが、これらのデメリットが受け入れを多くしてから数ヶ月ほど経った頃から顕著になり、メルケル首相も移民政策は失敗であったと認めている。
ドイツ以外でもアメリカなども移民に対して厳しい政策を行っており、移民や難民に対する風当たりが強くなっている。日本でも難民の受け入れには慎重な姿勢は崩しておらず、先進国でも難民を簡単に受け入れている国は少ないのが現状である。
このような風潮の中で、2017年9月24日に、ドイツ連邦議会選挙が行われた。
この選挙で、メルケル首相は大きく得票率を落とした。これは移民政策による影響が大きいとされる。さらに、ここで大きく得票を得たのが極右政党とされるAFDである。AFD(ドイツのための選択肢)はドイツマルクの復活と難民・移民に対して厳しい見方をしておりドイツの伝統を重んじている政党である。これにより、AFDが第3党にまで上り詰めたわけだが、この結果はメルケル首相の率いる連立政権に対する国民の不信任を表したものである。
ナチスによって過去に大きな過ちをした過去がある国なのにも関わらず、国民が三番目の政党として選んだのが排外主義のAFDであることは、再びメルケルも含めドイツの国民がドイツのあり方を見直す良いきっかけになったと言えるだろう。
選挙によってドイツのあり方を見直すとともに、多くの移民を受け入れて来た以上、この歴史は変えられるものではないので、うまく共生することが大事である。メルケル首相も政策で失敗したことを見直し、ドイツがしがらみのない寛容な国を作り上げるためにもう一度努力する必要があると私は考える。
今回の選挙はこれからのドイツに大きな変革をもたらす大きな分岐点であるはずで、国民全体がそのような意識を持って政策に取り組んでいくことが将来につながってゆくのだと思う。国民による政党選びがあるのだから、参政権を所有している国民は将来のドイツの行く末を想像して選挙に向かうべきである。また、ドイツ以外の欧州各国や、他の地方の国も同じ道を踏み出さないように、注意していくべきであり、その先導がドイツなのかもしれない。難民を受け入れることは人道的にも素晴らしい活動であるが、やはり一番優先されるべきなのは自国の国民であるだろう。移民と難民と国民がお互いの満足に共存できるために尽力すべきである。


投稿: 唯我独尊 | 2017年12月24日 (日) 15時15分

「2017年ドイツ連邦議会選挙について」 1600字  安室引退

 まず、今回のドイツ連邦議会選挙では、メルケル首相率いる与党が第一党を確保するもの、議席を大きく減らし、新興の右派政党が第三党になるという結果になった。全709議席のうち、中道右派のキリスト教民主・社会同盟が246議席を獲得し、第一党に、中道左派の社会民主党が153議席で第二党になったが、大幅に議席を減らしことになった。一方、難民の受け入れに反対する新興の右派政党ドイツのための選択肢は94議席を獲得し、議席を初めて確保するだけでなく、第三党という結果となった。政府の難民政策や、二大政党への国民の不満が、今回の結果の背景であると考えられる。
 今回の選挙での、大きな争点は、中東やアフリカなどからの難民・移民の受け入れや社会への統合となっている。さらに、財政運営やEUとの関係のあり方、国民間の経済格差への対策も争点となっている。
 キリスト教民主・社会同盟と社会民主党は難民を受け入れる姿勢で変わらない。一方、ドイツのための選択肢は、難民の受け入れに強く反対しており、難民のほとんどは豊かな暮らしを求める経済移民だと主張する。移民・難民がドイツでの犯罪を急増させていると考え、「違法に流入する難民は銃を使ってでも止めるべき」などと過激発言もしている。
 財政については、キリスト教民主・社会同盟は、国の借金を今後も増やさないという立場で、社会民主党は道路や橋などへのインフラ整備や、教育に使うべきとの考えである。
 EU統合については、キリスト教民主・社会同盟は、フランスと共にヨーロッパをけん引するという立場を取っている。NATO(北大西洋条約機構)を重視しつつ、EUを軸にヨーロッパ防衛の独自組織と防衛基金の創設案を支持する。社会民主党は、EUをより重視する立場を取っており、EUメンバー国間の経済的な不均衡の是正のためユーロ圏に経済政府や共通予算を創設することを提案している。ドイツのための選択肢は、EUは主権国家の連合体に戻るべきだと考え、EUに留まるかどうかの国民投票の実施を主張している。
 経済政策と格差について、キリスト教民主・社会同盟は、雇用情勢の劇的な改善や所得や年金の大きな伸びなどをメルケル政権下の成果と強調し、これまでの政策の継続を主張する。社会民主党は、国民の間に不公平感が広がっていると主張し、社会格差の是正を強調している。高額所得者への課税強化、低所得者に対する減税や子供手当の拡充、保育料の軽減などを主張している。
 環境・エネルギー政策について、キリスト教民主・社会同盟は、温暖化対策のパリ協定は大きな成果と強調し、協定実施に向けフランスなどと共に取り組むことを公約に、環境保護と経済成長は両立可能だとして、脱石炭と脱原発を主張。社会民主党は、パリ協定を支持し、完全なエネルギー転換を成功させると主張。ドイツのための選択肢は、脱石炭の立場を改めて、パリ協定を脱退すべきと考え、原発も耐用年数までは稼働させるべきとして、脱原発の政策を見直すべきと主張する。
 このように、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党はところどころ意見の食い違いはあるものの、ほとんど方向性は一緒だと考えられる。反対に、ドイツのための選択肢は、全く逆の意見であり、国民の意思が反映した結果になったと考えられる。今回の大きな争点となっている難民の受け入れについては、実際ドイツの犯罪件数も増加していて、外国人による犯罪の割合を考えると、ドイツ人による犯罪は減っているが、犯罪件数は増えているという事態になっている。つまり、難民が流入することと犯罪件数の増加が密接に関係していると考えられる。そのため、難民の受け入れへの、国民の関心が高まることによる、議席の獲得数の変化につながったと考えられる。今後は連立が、肝心になってくるが、ドイツのための選択肢は他政党からあまり受けいられていなく、難しい状況と言える。


投稿: 安室引退 | 2017年12月24日 (日) 13時10分

『ドイツ連邦議会総選挙』 字数2101  四文字熟語:瞬華柊凍

 「ドイツの現代政治について、思想家フィヒテの視点から考察する」

 今年ドイツの総選挙が行われた。これは日本のAKB48の総選挙神7を決めるときよりも熱を帯びた選挙結果となった。ドイツの選挙の結果は、メルケル首相の党が第一党となったが、第2党以下に日本の野党なる党が議席を大きく獲得した。これは、ドイツの選挙予想を180°転換させることとなった。(=コペルニクス転換)しかし、これは当たり前といえば当たり前の事なのである。
 少し持論を語ってみる。まず、ドイツの選挙についてである。私はあまり知識がないから、記述した内容に事実との誤りがあるかもしれないし、支離滅裂、極端な個人の意見を述べ客観的視点が欠けてしまうかもしれない。そのような場合には、優しく、そう優しく訂正していただきたいと思う。
 今年度のドイツ選挙は、移民・難民問題が争点となっていた。ドイツの生活の階級と人口数はピラミッド型になっている。つまり、財界で影響を与える富裕者層はピラミッドの上部で少数。生活においてそこそこの物を買い、子どもの教育費また将来の為にカネを貯金し一般的な生活を送る低所得者・及び中流階級のものが大多数を占める構造になっている。この、低所得者層は普段から難民、移民との関わりを持つ。それはもちろん、難民や移民がその移動してきた理由を見れば明らかであろうが、高級な指輪・バック・時計を扱う店に行くことが目的ではないからである。つまり、社会は分断されているのである。普段から難民・移民とかかわる低所得者層つまり生活の一部に難民・移民が存在する層と、しない層に。少し生活の一部に難民や移民が混じりこんでいる層に焦点を当ててみたい。
 生活の一部に難民・移民が入り込んでいる層は、生活に不安を感じ得るかもしれない。これは、私―一個人―の意見であり、根拠も明確ではないし、難民・移民が全て私の考えのような人々ではないということ、私の意見は何千・何万・何億とある意見の一つにすぎない事を最初に述べておく。ある低所得者の層は日常で、難民・移民と生活を隣り合わせにしている。食堂でご飯を食べる時、道を歩いているとき、バスに乗る時、スーパーで買い物をするとき。ここで、先ほど述べた不安について説明しよう。例えば、バスに乗ると何となく自分とは感じの異なる人が吊革につかまっていた。その人を、よくよく観察してみると言語や文化が異なり、話しかけられてもなんともコミュニケーションがとれなさそうである。そんな人が降りる場所に差し掛かった時に、お金の払い方が分からずバスの運転手とやりとりをしはじめた。そうこうしているうちに、話が通じず双方がイライラしてきたのが観察され始めたら。バスに乗っている人は、これから何が起こるのか不安でしかたないだろう。あくまでも一個人の意見である。さらに、買い物をしているときに食品をブニブニ触って新鮮か否かを確認している人を見ていた時。それを好んで買おうという人はいないであろう。このような事例を言い換えれば、文化や言語が異なる多鉱石の人と生活をするにあたっての不安があるということである。
 ここで政治思想家フィヒテの思想を紹介する。フィヒテは19世紀前半の哲学者である。この時代の国といえば、実質的には国民は統一されていないのにもかかわらず、理念上はすべての国民を同質とみなす文化が存在した。そして人は有限なものであるにもかかわらず、無限を認識しえる存在であるとフィヒテは語る。それは、自我によって無限を認識できるようになるという論理である。つまりは、人々は統一できる存在でないにも関わらず、人間を同質とみなし、一国家を形成していける。また、それが目指すべきゴールであり、われわれはその一歩を踏み出しているという理想論である。
 そして、ここでドイツの話に戻る。メルケル首相は、国民を統一できる・統一しなければならない存在だと考える。これは、移民・難民においても国民の一部と認めるということであり、彼らを国民と同質とみなした。そして、彼らをうけいれたうえで理想の国家が成立すると考えた。しかし、移民・難民と生活の一部をともにしている低所得者層は、そんな理想論はともかく、自分たちの生活の安心・安全を保障して欲しいと願っているのおである。ここで、高所得者層と低所得者層の意識のズレが生じ、今回のドイツ選挙の結果でも、理想主義を掲げるメルケルが大勝するという当初の予定から一転、低所得者層の意見を反映する党が勝ち、一人一票の選挙が現実を突きつけた。
 日本でも、もし低所得者層の意見を受け皿とする党が現れたら、安倍政権に対抗できるような党が存在すれば、先日の日本の選挙結果も変わっていたかもしてない。
 しかし、多様な主体がつまりあらゆる意見を持った人々が政治に関わるというのが、民主主義の本来の在り方である限り、今回のドイツの選挙も想定内である。今後、ドイツがどのように政治を進めていくのかが重要である。もし、なんらかの形でうまく政治が進めば、腐敗した日本の政治を立てなす一つのきっかけになるかもしれない。
snowsnowsnowsnowvirgo

投稿: 舜華柊凍 | 2017年12月24日 (日) 12時18分

『ドイツ連邦議会総選挙』 字数2101  四文字熟語:瞬華柊凍

 「ドイツの現代政治について、思想家フィヒテの視点から考察する」

 今年ドイツの総選挙が行われた。これは日本のAKB48の総選挙神7を決めるときよりも熱を帯びた選挙結果となった。ドイツの選挙の結果は、メルケル首相の党が第一党となったが、第2党以下に日本の野党なる党が議席を大きく獲得した。これは、ドイツの選挙予想を180°転換させることとなった。(=コペルニクス転換)しかし、これは当たり前といえば当たり前の事なのである。
 少し持論を語ってみる。まず、ドイツの選挙についてである。私はあまり知識がないから、記述した内容に事実との誤りがあるかもしれないし、支離滅裂、極端な個人の意見を述べ客観的視点が欠けてしまうかもしれない。そのような場合には、優しく、そう優しく訂正していただきたいと思う。
 今年度のドイツ選挙は、移民・難民問題が争点となっていた。ドイツの生活の階級と人口数はピラミッド型になっている。つまり、財界で影響を与える富裕者層はピラミッドの上部で少数。生活においてそこそこの物を買い、子どもの教育費また将来の為にカネを貯金し一般的な生活を送る低所得者・及び中流階級のものが大多数を占める構造になっている。この、低所得者層は普段から難民、移民との関わりを持つ。それはもちろん、難民や移民がその移動してきた理由を見れば明らかであろうが、高級な指輪・バック・時計を扱う店に行くことが目的ではないからである。つまり、社会は分断されているのである。普段から難民・移民とかかわる低所得者層つまり生活の一部に難民・移民が存在する層と、しない層に。少し生活の一部に難民や移民が混じりこんでいる層に焦点を当ててみたい。
 生活の一部に難民・移民が入り込んでいる層は、生活に不安を感じ得るかもしれない。これは、私―一個人―の意見であり、根拠も明確ではないし、難民・移民が全て私の考えのような人々ではないということ、私の意見は何千・何万・何億とある意見の一つにすぎない事を最初に述べておく。ある低所得者の層は日常で、難民・移民と生活を隣り合わせにしている。食堂でご飯を食べる時、道を歩いているとき、バスに乗る時、スーパーで買い物をするとき。ここで、先ほど述べた不安について説明しよう。例えば、バスに乗ると何となく自分とは感じの異なる人が吊革につかまっていた。その人を、よくよく観察してみると言語や文化が異なり、話しかけられてもなんともコミュニケーションがとれなさそうである。そんな人が降りる場所に差し掛かった時に、お金の払い方が分からずバスの運転手とやりとりをしはじめた。そうこうしているうちに、話が通じず双方がイライラしてきたのが観察され始めたら。バスに乗っている人は、これから何が起こるのか不安でしかたないだろう。あくまでも一個人の意見である。さらに、買い物をしているときに食品をブニブニ触って新鮮か否かを確認している人を見ていた時。それを好んで買おうという人はいないであろう。このような事例を言い換えれば、文化や言語が異なる多鉱石の人と生活をするにあたっての不安があるということである。
 ここで政治思想家フィヒテの思想を紹介する。フィヒテは19世紀前半の哲学者である。この時代の国といえば、実質的には国民は統一されていないのにもかかわらず、理念上はすべての国民を同質とみなす文化が存在した。そして人は有限なものであるにもかかわらず、無限を認識しえる存在であるとフィヒテは語る。それは、自我によって無限を認識できるようになるという論理である。つまりは、人々は統一できる存在でないにも関わらず、人間を同質とみなし、一国家を形成していける。また、それが目指すべきゴールであり、われわれはその一歩を踏み出しているという理想論である。
 そして、ここでドイツの話に戻る。メルケル首相は、国民を統一できる・統一しなければならない存在だと考える。これは、移民・難民においても国民の一部と認めるということであり、彼らを国民と同質とみなした。そして、彼らをうけいれたうえで理想の国家が成立すると考えた。しかし、移民・難民と生活の一部をともにしている低所得者層は、そんな理想論はともかく、自分たちの生活の安心・安全を保障して欲しいと願っているのおである。ここで、高所得者層と低所得者層の意識のズレが生じ、今回のドイツ選挙の結果でも、理想主義を掲げるメルケルが大勝するという当初の予定から一転、低所得者層の意見を反映する党が勝ち、一人一票の選挙が現実を突きつけた。
 日本でも、もし低所得者層の意見を受け皿とする党が現れたら、安倍政権に対抗できるような党が存在すれば、先日の日本の選挙結果も変わっていたかもしてない。
 しかし、多様な主体がつまりあらゆる意見を持った人々が政治に関わるというのが、民主主義の本来の在り方である限り、今回のドイツの選挙も想定内である。今後、ドイツがどのように政治を進めていくのかが重要である。もし、なんらかの形でうまく政治が進めば、腐敗した日本の政治を立てなす一つのきっかけになるかもしれない。

投稿: 舜華柊凍 | 2017年12月24日 (日) 12時15分

投稿: あ | 2017年12月24日 (日) 12時13分

「2017年9月のAfDの支持と国民の思想の関連について」 1540字 常時胃痛
 2017年9月24日にドイツで行われた連邦議会選挙において、AfD(ドイツのための選択肢)が100近い議席を獲得し第五党から第三党までに上り詰めた。この政党の急激な躍進は世界的に大きな衝撃となった。AfDは現在のアンゲラ・メルケル首相が指導する政治政策とは真逆といっていいほどの排外主義的な極右政党だからである。AfDの主張であるUE離脱や難民政策に対しての批判、ドイツ第一主義は二〇世紀におけるナチスドイツ時代を彷彿とさせるものである。これまでドイツ政党の中で主要政党となることが全く予想されていなかったAfDが、なぜここまでのドイツ国民の支持を得たのか。
 ドイツ国民の意識を変えた最も大きな要因は『難民政策』である。現首相メルケル氏は15年9月に、ハンガリーで立ち往生していたシリアなどからの難民ら約89万人に対して国境を開放し、EUの規定に反してドイツで亡命を申請することを許した。イギリスやフランス、東欧諸国が難民の受け入れを拒否する中、メルケル首相は人道的な理由から超法規的措置に踏み切ったのである。当時、この決断に対してアメリカのメディアを中心とした多くの国々は称賛を送った。しかし、このメルケル首相の政策に対し多くの国民は不満を抱えることとなった。特にAfDに多くの支持を挙げたのは旧東ドイツの国民であった。旧東ドイツは統一直後に多くの国営企業が閉鎖され、多数の市民が路頭に迷った。旧東ドイツの失業率は今でも西側より高く、公的年金や基本給与、失業者への給付金は、西側よりも低く抑えられている。過去27年間に、才能のある若者を中心に多くの市民が、職を求めて西側に移住した。旧東ドイツの人口は、1990年からの10年間で、90万8000人減少した。旧東ドイツは経済的に自立しておらず、ドイツの全納税者が払う「連帯税」によって支えられている。東西間の格差は、今も歴然としている。これに対し難民達は、亡命を申請すれば審査中は宿泊、食事、医療サービスなど多くの面においての保障がされる。年々増加する難民に対して、その負担費用はドイツの社会経済を圧迫するのは明らかである。負担のしわ寄せは常に国民の税金であり、これに対し不十分な国民へのサポートがない事に対しメルケル首相への不満が増していくのは当然の帰結であるといえる。また、ドイツの階層的国民とイスラム系の民族との文化的な壁、ドイツ人のイスラム価値観への民衆レベルの嫌悪感がよりドイツ国民のドイツ国民を中心にすべきであるという思想を強くしているといえる。
更に、AfDが主張するEU離脱の目的として、ドイツの国家権力の回復である。EUに所属することで共通通貨ユーロの導入、EU所属国家間での移動の自由など多くの効果があるが、ドイツにおいてはそれらは負担の割合が高いとされた。その要因としてギリシャでの経済破綻がある。通貨統合を行いユーロを導入していたギリシャだが、独自の金融政策や経済政策を行う事が困難になった。その経済的影響がEU全体の問題となりドイツは大きな負担を負うこととなった。その為、AfDはUEによるこのような負担を回避しなければならないと主張した。経済的に弱い国の影響をドイツに持ち込まれて経済や生活に負担が掛かるのはドイツ国民にしても反対意識が生まれていった故に、現政権に対しての支持が揺らいでいったのであろう。
 ドイツ国民の意識は現代の複数の共同体的な形から、ドイツという国を一つの共同体として確立させ、国民中心の国家形態、政策を求めている。現在の首相の政策から過去のドイツ中心国家の思想的回帰をしようとしているものと思われる。近代において、その過激さがゆえに批判されたドイツ第一的思想が現代においてどのような形で形成されていくのか、国民の期待が今回の連邦議会選挙に現れてきたのかもしれない。

投稿: 常時胃痛 | 2017年12月24日 (日) 12時04分

AfDの躍進               1834字 日々進歩

ドイツは、連邦制をとる議会制民主主義国家であり、16の州を束ねる国会が、連邦議会(下院)である。定員は最低598議席、現在は630人の連邦議員が在籍している。連邦議員の任期は4年。ちなみに、連邦参議院(Bundestrat)の定員は69人で、州の代表によって構成されているので直接選挙は実施されない。日本では衆議院(480席)と参議院(242席)、合わせて722人の国会議員が在籍しているので、ドイツよりも100人以上多い計算になる。

ナチス台頭を教訓に、ドイツは基本法(憲法)の中で、政党設立は自由だが、国民の政治的意思の形成に協力するとし、また自由な民主的基本秩序の侵害を目的とする政党は基本法(憲法)違反だ、としている。事実、連邦憲法裁判所は、ネオ・ナチ政党である社会主義者帝国者党、ドイツ共産党などに違憲判決を出して、両党は解散させられて
いる。
投票日まで、CDU/CSUと、SPDが連立政権、つまり大連立を形成してきた。CDU/CSUの公約タイトルは「私達が快適に、喜んで暮らしたいと思えるドイツのために」。キリスト教の考え方を基本とした政党。市場の調整メカニズムと自由な競争を尊重しつつ、不公平が生じた際には政府が介入する「社会的市場経済」を推し進める。財政出動には消極的で、債務を極力減らすことを目標とし、政府主導型ではなく、企業による完全雇用の実現を目指している。姉妹政党CSUはバイエルン州を代表し、CDUがその他の州を代表しており、CSUはCDUより保守的と言われている。CDUとCSUは、連邦議会においては1つの党として活動している。SPDの公約タイトルは「今こそ、より平等が求められる時代:未来を保障し、欧州を強化」。ドイツ最古の政党で、150年以上の歴史を持つ。現在はCDU・CSUと並ぶ二大政党の一つ。CDU・CSUと大連立を組み、メルケル政権下でこの8年、重要な役割を果たしている。労働者のための政党という立場で、富の再配分など社会平等を訴える。事前予想によれば、大連立の継続も可能と言われていた。しかし、結果は、両者をあわせても、過半数ぎりぎりというものであった。
この選挙結果の注目すべき点は、右翼主義政党とみなされていたAfDの予想外の躍進であった。事前の予想では、第五党であったが、実際は第三党に躍進した。AfDの公約タイトルは「ドイツのための公約」。ギリシャ危機に揺れた際は、ユーロ危機問題を解決するため、ドイツはユーロ圏から脱退し、ドイツマルクを再導入すべきと主張した。2015年以降は、難民問題を最重要テーマに、移民の受け入れ制限などを掲げて支持率を最高で約15%へと急上昇させた。
AfDは難民やイスラムの排斥を訴える選挙戦術を展開。難民への不満や不安がドイツ社会に根強く存在することが浮き彫りになった。AfDはメルケル氏の難民受け入れ政策が社会を不安定にしていると主張。難民の強制送還やイスラム教の受け入れ拒否を訴えた。旧東独は難民受け入れへの経験が乏しく、反発も強い。経済成長の恩恵に取り残されたと感じる白人労働者層の支持を取り込んだ。AfDの大躍進は、今回の州議会選挙では各州それぞれの政策課題よりも難民政策が大きな争点となったことを示唆している。また、政治学を講じる大学教授、政治の現状分析を領導するジャーナリストが信仰する理念と、難民・移民と日常的に接触しなければならない庶民すなわち都市下層市民の日常感覚との間のズレが生じていたことも表している。下層市民は、難民・移民問題にかなり重きを置いていた。
これは、大学教授、政党指導者、職業的政治従事者、マス・メディア関係者は、難民・移民政策を人道的連帯という観点から考察していた。逆に、庶民すなわち都市下層市民は、この問題を日常という観点から考えていた。その差異が、結果として出てきた。エリートである上層市民が、下層市民の意識を無意識のうちに過小評価していたといえる。メルケル首相の「寛容な」難民受け入れ政策に対しては、同首相のCDU(キリスト教民主同盟)やその姉妹政党のCSU(キリスト教社会同盟)内からも厳しい批判の声が高まっているが、AfDは難民政策への不満や批判の受け皿となったのである。
これから求められるのは、既成政党がAfD躍進という警告を無視せずに、難民対策を打ち出し、無制限な難民受け入れが行われているとの国民の不安を低減させることであろう。

現在のドイツにおける問題は、ドイツ人と難民・移民の対立だけではなく、庶民すなわち都市下層市民と社会的エリートすなわち都市上層市民の間の矛盾も拡大している。

投稿: 日々進歩 | 2017年12月24日 (日) 11時46分

討論 ドイツ連邦議会選挙 1540字 明々後日

9月24日に実施されたドイツ連邦議会選挙、メルケル首相のCDU(キリスト教民主同盟)が比較第1党に選ばれた。しかしながらSPD(社会民主党)とともに選挙前よりも大きく議席を減らす形になってしまった。CDUのキリスト教信者の数が減少したことやSPDの基盤である労働組合員の数が減少したことで二大政党の伝統的な支持基盤の存在感が低下したこと、政策面の違いが見えにくくなったことが原因ではないかと考えられている。それでもCDUが多くの議席を獲得できたのは、CDUの政策により、失業率が低く景気が好調であることから経済・社会保障政策に対する国民の満足度が高いことや、難民の流入を抑制できたことが理由としてあげられる。他にもメルケル首相の国民人気、政権運用能力が高く評価されていることで政権の安定性があるというのも理由の一つである。この難民政策に拒否反応を示していたAfDは反イスラムであり、独自の文化を持つイスラムという価値観に嫌悪感を示し対立した。今後議会では孤立する可能性も考えられるが、このAfDが第3党の席を獲得したことがこれからのドイツ議会に大きな波紋をひろげるかもしれない。SPDが大連立を離脱したことで、メルケル首相が政権を継続させていくにはFDP(自民党)と緑の党との連立を目指さなければならない。この二つのシンボルカラーからジャマイカ連立と呼ばれるのだが、規制緩和と市場を重視するFDPと、環境政策などで規制強化を目指す緑の党の政策には対立的要素が多く、難民移民政策においても合意形成は簡単ではないだろう。政権合意ができた場合、多角主義や自由貿易などへのドイツの寄与は期待できるが、先日FDPとの連立交渉が決裂してしまったため、動きとしてはさらに難しくなってしまった。緑の党単体との少数連立政権も可能性としてはあり得るのだがいまだ動きはない状態である。そうなってくるとあと残された可能性としては、大連立を組みEUの信頼を取り戻すことではないだろうか。EUは世界金融危機のあとに大きく開いてしまった富者と貧者の二極構造の中で、経済的強者をさらに豊かにさせるだけのシステムだとみなされるようになってしまった。社会保障や教育を犠牲にした巨大バンクの救済、資産バブルを生みだした量的緩和、グローバル企業の悪質な租税回避を助けているのはEU加盟国の銀行や弁護士、公認会計士なのである。政治家もEU官僚もEUというネオリベラリズムを極端にしたシステムの中でますます権力を強大化させている。そうさせないためには、やはり大連立を継続させ、その間にドイツとフランスの協調を軸にイギリスのEU離脱を円滑にすすめる一方で、EUというシステム自体の信頼回復に全力を注がなければならないのではないだろうか。第1党を獲得できたCDUだが、今回の選挙において議席を大量に減らしてしまった。さらにSPDも議席を減らし、大連立からも離脱してしまった。難民移民政策などで多くの党が様々な主張を行い、大きな議論を行うことで、国内外から注目されたドイツだが、第3党に選ばれたAfDによる反イスラムの動きがどこまで内政に影響してくるのか、他の政党との連立交渉がどのような形になるのか。国内だけの問題もさることながら、SPDが大連立から離脱してしまった現在、どのようにしてEUの信頼を取り戻していくのか。国民から多くの信頼を得ているメルケル首相ではあるが、やはり自国だけで政治・経済運用をしていくのはかなり難しいことであると考えるため、ひとつの方法としては再度大連立を組みEUの信頼回復を目指しつつ、国内の小規模の党となんらかの連立政権をつくるべきだと考える。でなければドイツが崩壊してしまう可能性もあるのではないだろうか。今後の動向にかなり注目することが必要である。

投稿: 明々後日 | 2017年12月24日 (日) 09時47分

「教育制度の違いは是正されるのか」  1716字 右投左打

 現代ドイツには国内に3つの国が存在すると言っても良いだろう。その捩れた社会構造は深刻な教育格差と学歴格差を生んでいる。それを踏まえた上で私は、現代ドイツの学歴格差について考えたい。
 まず、現代ドイツの学歴格差について論じるうえで、現代ドイツの教育制度についての理解をしなければならない。ざっくりと言ってしまえば、ドイツの教育制度はシビアである。我が子に対して親が、「あなた、昨日、工場で働く達と飲んでいたでしょ。そんな事はするものではない。あなたは大学に進んだエリートなのだから。」などという発言を聞くことが珍しくない。それはなぜか。日本に比べ、ドイツは大学がほぼ国立であり、限られた数しかない。よって必然的に、限られた人々しか大学に進学することができない世の中である。
 そのため、幼少の時から、厳しい試験をくぐり抜ける必要がある。大学への関門は、小学校卒業時に決まると言ってよい。ドイツは小学校が4年生のため、わずか9歳の時に人生が決まってしまうようなものである。さらには、日本では大学生が自由な場所でアルバイトをすることが出来るが、ドイツでは、花屋さんのアルバイトは花屋の専門学校生が。パン屋のバイトは、パン屋の専門学生しか行ってはいけない。このように、現代ドイツでは、学歴が人生そのものであり、それに伴う格差も当然激しいということをまず頭にいれておく。
 では、なぜドイツにはこのような圧倒的な学歴による格差が生じているのかという問題について、ドイツという国の歴史的背景を基に考察し、それに対する私自身の意見も述べていく。周知の事実ではあるが、ドイツは1990年まで東と西に分裂していた。東西ドイツの統一は、東ドイツの西ドイツへの編入という形で行われたため、旧西ドイツの教育制度は従来のまま維持されたが、旧東ドイツは、旧西ドイツの教育制度に基づいて再編された。この時点で40年という期間の穴埋めは難しいため、様々な教育の差や問題を生んでいる。
 また、ドイツは現在三つの社会構造からなっている。①旧東ドイツが旧西ドイツに吸収合併されたドイツ ②多数の外国人と難民を抱え多民族国家化したドイツ ③EU統合へ向けて国民国家の枠を超えつつあるドイツ つまり、一つの国の中に三つの独自の性質を示している国が存在している現状のため、それぞれがそれぞれのスタイルに見合った教育制度の実現を目指しているため、根本的に平等で等しい教育がドイツ国内で行うことが困難な状況にあるということも、教育格差の大きな要因と言える。これに伴い、現在ドイツでは、「教育の公正」という面からその抜本的な見直しが迫られている。そのためにはまず、社会構造の再構築を図らなければいけないというのがドイツ国内の見方である。
 話を学歴格差に戻す。ドイツの歴史的な背景に注目したい。ドイツは中世からの貴族社会の流れを色濃く受け継いでいる。貴族の子は貴族であり、えらい。貴族になれない者は到底なれずに、下級な地位で生活せざるをえない。圧倒的階級社会の貴族社会が今も色濃く残っている国内の風潮の中で、小学生の頃に大学に進学することを諦め、エリートになれなかった者は、その後の人生は一生そのままの下級の人生を歩んでいくしか道が存在しないのである。つまり、立場の弱い人間が一発逆転で人生を変えるというようなアメリカンドリームが存在しない国なのである。よって、大学に進学できる選りすぐりのエリートは、社会的地位が高く常にエリートであり、その競争からこぼれ落ちてしまった人はエリートの下位の人として生きていかなければならないという圧倒的学歴格差が歴史的背景によって今もなお構築されているのである。
 しかし、これは批判すべき事ではないと私は考える。なぜなら、それがドイツという国であり、日本はそうではない。ゆえに日本という国なのである。どちらが良いのかという意見は人によって様々ではあると考えるが、現代ドイツのような、学歴格差がはっきりしていることが一概に良くないとは言えないだろう。なぜならドイツは産業連携が日本よりも遥かに成功しており、それにより、仕事の効率性が高く高利益を生んでいる。
 ならば、なおさら教育制度の違い及び、捩れた社会構造は国内にマイナスな効果を及ぼしている。今回の連邦議会選挙では、その社会構造と教育の公平性の是正に向けて一歩でも前進する結果が生まれることを私は期待したい。

投稿: 右投左打 | 2017年12月24日 (日) 07時55分

「現代ドイツの選挙の意義」 文字数:1683字 一苦二苦
 現代のドイツにおける選挙はどのようなものになっているのであろうか。2017年では8月から10月にかけて選挙が行われた。メルケル首相率いるCDU(キリスト教民主同盟のこと)とCSU(キリスト教社会同盟のこと)とが合わさった支持率は3割以上に及びこれを維持しており、最終的には企業寄りのFDP(中道保守政党のこと)が撤退した連立政権となっているが、緑の党と自由民主党(FDP)との連立政権を樹立できなかったことで新政権樹立協議が難航し、政権不在期間がいまだ続いている状態である。これより、ドイツでは政治空白が起きているということだ。2013年にも政治空白政治空白とは、政治がその機能を失い、政治課題に対応する政策を立案、施行できないでいる状態のことだ。これは政権担当者の指導力の欠如、国会の空転、総選挙などが原因で生じる。つまり、現在のドイツは不安定な状況下に置かれている。このような状況下に置かれているドイツではあるが、再選挙はしないとのことであり、現状は変わらない見込みである。
ここで選挙の意義を問うていきたい。今年のドイツの選挙後の状態を考えたうえで、選挙とは何のためになされるのかを整理していく必要がある。再選挙という選択肢を選ばない理由としては、9月の選挙で国政に初進出した極右政党「ドイツのための選択肢(AfDのこと)」がさらに得票率を伸ばすことが予測され、今暫定の政権を握っているCDU・CSUサイドにとっては不利ゆえ、これを避けたいと考えているからである。こうした大連立政権という状況にいつ終止符がうたれるのであろう。選挙という国の政治を決めるものがなされないことによって、一時的に国を動かそうとしている中途半端な権力たちが「我こそは。」と必死になっている様子を、国民たちは一生眺めることになる。選挙が政治家たちの自由を妨げる障害物として敬遠されている現状はよくないことではないか。ドイツが抱える問題として、移民・難民問題があり、それが今回の選挙のポイントともなったが、ドイツ国民は基本安定重視であり支持率が低迷してきたとはいえど、メルケル首相率いる政党が第一党として通過した、という背景もある。メルケル首相の長期にわたる政権が国民の信頼をいまだ勝ち得ているということがいえる。現代の国際情勢における国民の不安感から、国への安定感や安心感もとめて投票される選挙、動向としてはそうならざるを得ないのも想像の範囲内だっただろう。しかし、結果としての現状をみれば国内でさえ不安定な状態を作り出し、過去最大の政治空白を生み出してしまったのだ。メルケル首相の場合であるが長期政権であるゆえ、今後10年から20年後、EUをどうしたいのか、などビジョンを明確にしないタイプである。欧州の将来がどうあるべきかを発言していない。どのように動いていくのか、その都度成り行きによって、将来がどうなるかを待っている姿勢を保つその場しのぎであるやり方がメルケル首相のこれまで行ってきたやり方であり姿勢である。 しかし、このようなやり方を国民は支持している。今の安定を求め、将来の壮大なビジョンを描くことよりも、日々の政策の実行に専念して欲しいと思っているからだ。広い視野に欠けているのは国民性なのだろうか。しかたないこととして黙認されている問題であるならば、今後の解決が困難なきわめて深刻な問題であるに違いない。近代化において、ドイツの現代思想的にとらえるならば、イギリス・フランスに後れを取ったドイツの政治的・経済的事情はドイツ哲学の伝統を規定している。中世以来のゲルマン的伝統に対する誇りと近代的な先進国に対する憧憬という二律背反は、ドイツの思索を観念的・抽象的なものとするとともに、ロマン主義的・理想主義的なものとし、ドイツ哲学はきわめて内面的であるという特徴を保持しているようだ。これまでの政治面での歴史や、国民性、思想性を加味したうえで、ドイツという国民や政治家が選挙の意義を慎重に見つめなおし、今後の解決に向かって個人の幸せではなく国の幸せを真に考えた選挙が行われる必要性があると感じる。

投稿: 一苦二苦 | 2017年12月24日 (日) 07時02分

ドイツ連邦議会選について 早寝早起 1524字
2017年に行われたドイツ連邦議会選挙では、メルケル首相が率いる中道右派の与党「キリスト教民主社会同盟(CDU)」が第1党を確保したものの、大連立政権を組んでいた中道左派「社会民主党(SPD)」とともに歴史的な敗北を喫することになった。これに対して、事前予想では第5党であった右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が94議席を獲得し、CDU,SPDに次ぐ第3党へと大躍進を遂げた。EUでは最も安定した経済を維持し、難民や移民の受け入れに寛容だったドイツでも、この問題に厳格な対応を求める右派政党が、勝利はできなかったものの大きく支持を伸ばす結果となった。改選前の議席では右派政党は議席を獲得できず、CDU,SPDが全630議席中500を超える議席を確保していたことからも、衝撃的な選挙結果であったとわかる。
メルケル政権は2015年、多くの移民や難民に対して国の門を開け、受け入れることを発表した。当時、保守派のメルケル首相は何とかできるはずだと国民に約束し、今のところは実際にその通りになっている。しかし、これによって与党CDUは少なくとも、一時的には打撃を受けたと思われる。この選挙はそれ以降で初めての国政選挙であった。今回の選挙にはほかの欧州諸国からも大きな注目を集めていた。ドイツはその経済規模を以てどの国よりもEU予算を拠出しており、言うなればEUの支配者であるからだ。ドイツだけでなくヨーロッパにおいて、移民危機の問題は大きな争点だ。移民が社会になじんで定着できるかどうか、難民申請が不可となった移民の強制送還など、多種多様な論点を含んでいる。メルケル政権は基本的には移民政策に寛容であったが、2015年末にドイツ西部ケルンで発生した事件を受けて、強硬的な姿勢をとり始めた。実際に、2014年~2016年にかけてドイツへの難民申請者数は劇的な増加傾向を見せていたが、2017年の難民申請者数は大幅に減少している。これを受けて、移民危機の問題に関しては今でも本当に主要争点なのか、懐疑的な見方も存在する。
重要な争点はほかにも存在し、社会格差、社会福祉と貧困がその例として挙げられる。例えば、2014年の欧州における公的支出に占める教育費の割合で、ドイツはEU平均を下回っていたことが挙げられる。SPDの党首シュルツ氏は、これらの問題で有権者に訴えかけたが、CDUと連立政権を組んでいた、メルケル首相の従属的なパートナーであったことが足枷となり、思うように票を伸ばせなかったのである。
これに対して、新興の右派政党であるAfDは、連邦議会に初めて議席を確保しただけでなく第3党となった。AfDについて、メルケル氏やシュルツ氏は「ドイツの価値観と相いれない排他的政党だ」として有権者に支持しないよう訴えてきたが、これまでのCDU,SPD両党への不満を背景として逆に躍進を許してしまうことになった。AfDが第3党となり議会で大きな発言力を得たことで、政権の議会運営及び政策決定には、一定以上の影響をもたらすものだと思われる。選挙を終えたAfDのペトリ党首は、「今回の結果はドイツの民主主義に対する警告だ」と、連立与党を非難したうえで、「今後の議会活動を通じて2021年までに真の政治の転換を実現する」と述べて、次の政権に対抗していく姿勢を示した。ドイツでは、過去に少数政党が乱立して政権運営が不安定になったことを教訓として、議席獲得には一定の水準を上回らなければならない。比例代表の得票率が5%以上か、小選挙区で3人以上の当選者を出すことである。前回の選挙ではAfDは議席を獲得していない。その状態から第3政党になったのだから、ドイツ内で最も勢いのある政党だろう。EUの中心的な存在なドイツでも、フランスやオランダなどの諸国と同じように右派政党が台頭することとなった。今後の動向が注目される。

投稿: 早寝早起 | 2017年12月24日 (日) 05時29分

「神の不在と人間理性」1809文字 百蚊繚乱

 2017年9月24日、ドイツ連邦議会選挙が行われ、選挙の結果、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)が第一党となった。この政党は、その名の通りキリスト教を基盤として成り立つものである。全ての人間の尊厳、自由、平等を認める理由も、神が人間を自らに似せて想像したのであるから、人間の尊厳は守られるべき、といった様に、およそ現代の科学的なものの見方からすると、明らかに前近代的な思想を持っている。
 尊厳や自由を認めると掲げておきながら、CDU/CSUは、安楽死を認めない宗教・倫理ロビーに加担している。言うまでもなく、キリスト教の教えに則った結果である。自殺ほう助の倫理的是非はともかく、そこに神が介入する時点で、科学的に、説得力に欠ける。
 神が存在しないという思想を持つ思想家として、先ず、フォイエルバッハを取りあげよう。当時、神の無限性と人間やその他の自然の有限性の二元論が通説として考えられていたが、フォイエルバッハはこれに対し、自然を物質ではなく、命を生み出す霊魂、即ち精神であると説いた。人間は自然と和解し、有限な個人としての人間ではなく、無限な人類(新たに命を生み出すものであるが故に無限に続く)として捉えられる。フォイエルバッハはこのような神と人間の考察から、何故、有限な人間が無限性を求めるのかという問題を設定する。何故、キリスト教は神を無限、人間を有限とするのか。個人としての有限な人間は死という恐怖に悩まされる。人間は慰めを求め、人間自身に対する愛を対象化する(有限な人間から切り離された愛は無限化する)。この対象化された類的本質が神である。本来、人間が神を創造した。フォイエルバッハは、神学は宗教が本質的に人間的であると証明するべきと説いた。主語と述語の転換を修正するべきとし、人間が自分自身を他人の位置に置く事が出来る事を、修正が可能な事の根拠とした。人間にとって、自己自身ばかりでなく自己の類的本質も対象である。神は人間の道徳的本質が絶対的本質として置き換えられたものであり、人間的自己の疎外態である。神が完全で偉大であるほど、人間は不完全で卑小になる。人間は、神に譲渡し、疎外した類的本質を奪還しなくてはならない。神の認識は人間の自己意識であり、人間的本質と神的本質は同一である。この事を自覚しないままでは、神が人間を抑圧し、神が豊かになればその分人間が貧しくなるという事態が進むばかりである。
 次に、近代に於ける自由と宗教の揚棄についてエドガー・バウアーの思想を取りあげる。前近代に於いて、共同体は一体化されたものであり、後期近代に想定される様な分離されたものではない。とりわけ宗教共同体は国家にとって自己を基礎づけるものであり、宗教は他の共同体をも規制するものであった。全ての近代国家の基底には宗教国家という存在形式がある。宗教性とは、宗教と国家の根底にある、私的利益を追求する人間的感情であり、この本質を私的所得に還元し、利益追求の利己主義と私的所得を揚棄することで宗教性を揚棄出来るとする。それにより、宗教性の上部構造である宗教と国家が揚棄される。宗教の原理と自由の原理は両立不可能である。エドガー・バウアーは近代揚棄の主体を国民とみなし、自由の実現の為に宗教的原理を破壊する事を期待した。しかし、現実に於ける近代の主体は哲学者の考える国民ではなく、自己の特殊利益にとらわれて普遍的自己意識を受容しない大衆であった。故に、自由の原理が私的領域を覆うことは無く、宗教の揚棄が完成されることは無い。
 近代の現実的主体である大衆が選挙権を持つのであれば、非科学的で前近代的な宗教的理念に基づく政党が人気であっても、何ら不思議ではない。安楽死を望む人々の自由は、神の教えに反するとして否定される。では、万人が理性的存在であるとするデカルトの思想に基づく(もっとも、デカルトも神の存在が人間理性の前提としてはいるが、万人が理性的存在であるという思想の先駆けとなったのは間違い無いであろう)一人一票制は否定されるべきか。今のところ、民主主義よりも大勢の意思を反映可能な政治体制は存在せず、やはり一人一票制がより多くの自由の実現の為には妥当であると思われる。理性者と非理性者の区別は不可能である。しかし、現実と理念の相違はあっても、理念そのものの存在は、より良い現実の実現に必要なものである。

投稿: 百蚊繚乱 | 2017年12月24日 (日) 02時45分

現在ドイツの現象―難民・移民流入の問題について―
春夏秋冬 1504字
現代のドイツ問題の一つとして、「難民問題」が挙げられる。難民とは、1951年に成立した難民の地位に関する条約の中では、人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受ける、あるいは迫害を受ける恐れがあるために他国へ身を移した人々が難民であると定義されている。今日では、ドイツに難民が多く流入してきている。今年の9月24日に行われたドイツ選挙でも争点の一つとして難民・移民の受け入れがあった。難民を受け入れる際には国民と同等の対応をしなければならないが、税金の免除などの配慮を行わなければならない。また、難民申請期間中における申請者への配慮も欠かせない。申請審査期間は長期にわたるため、宿泊施設や生活必需品などのすべてのものが付与される。宿泊施設はプライベートの空間が尊重されており、一定の高さの壁が設けられていることが多い。難民申請者の中には治療目的のために移住してきた難病患者がおり、その場合は医療費や滞在費用を国が負担する。そのため、国民の税金が難民の人々に使われ、難民がさらに増加すれば国への負担が増大するということに納得がいかないという理由から、難民の受け入れを反対する人が多く存在する。難民の受け入れには費用も負担も必ずかかってしまうが、グローバル化が進んだ現在、ヒトがモノやカネと同様に移っていくという現象は当然のことであるという考えも少なくない。メルケル政権は批判も多くあったが、2015年に無際限の難民保護を示唆し、最終的に約110万人の難民を受け入れた。メルケル氏は難民保護に積極的であり、「ドイツは困っている人を助ける」という意思も示している。この意思表明によって難民たちは、ドイツを頼って難民としてドイツ社会に入り込もうと押し寄せて来る。この年の大晦日には集団性的暴行事件が発生し、ドイツの多くの女性が被害に遭ってしまった。私は難民の受け入れ自体には反対ではない。理由は何にせよ、自国にもう居場所がないということならば、救済しなければないと考えるからだ。しかし何かしらの制限を設けずに、際限なく受け入れてしまうことはリスクがあると考える。よく耳にするのは難民や移民によって、国民の失業率が高くなってしまうということや、治安が悪くなるという問題である。失業率が増加したという確実な研究結果は今のところ出ていないが、治安の悪化は前述したドイツの性的暴行事件が一つの例として挙げられるだろう。しかしこのような負の側面ばかりをみて、難民受け入れを全面的に拒絶するということには私は反対である。少子高齢化や人口減少が進んでいる国にとっては難民を受け入れることで、看護士や介護職などの空白であった雇用が埋まることや、人口減少を阻止することができるなど、プラスな面が多いだろう。また外国の人々が入ってくるということは、多くの文化も同時に流入してくるということである。互いに文化を尊重し、共有しあうことができる「多文化共生」が国全体に浸透すれば、外国人の受け入れに関して人々の中にある閉鎖的な考えは少なくなるだろう。メルケル政権のようなものは、国民の意思を把握しようとしていないと感じる。国民の意見も取り入れながら、国民が納得した上で難民政策を行なっていくことが大切であると考える。これらのことから、年ごとに受け入れの人数を定めたり、一定の条件を設けてその条件をクリアしなければならなかったり、具体的な制限を設けて許容できる範囲で受け入れるという形と、国民の意思の尊重ができるのならば、私は難民の受け入れに賛成したい。

投稿: 春夏秋冬 | 2017年12月24日 (日) 00時12分

2017年ドイツ連邦議会選挙等の意義-思想史観点から- 岩手県人 1529字
2017年9月24日にドイツ連邦議会議員選挙が実施された。この選挙までCDU/CSU(キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟)とSPD(社会民主党)が連立政権を形成していた。事前予想では、CDU/CSUの得票が36.3ポイント、SPDの得票が22.5ポイントで、合わせると58.8ポイントあるため、連立政権の維持も可能の見方もあったが、実際は合わせて53.4ポイントと過半数ギリギリだった。選挙結果はCDU/CSUが第一党のため、メルケル首相が続投する連立政権を形成する協議が始まっている。交渉対象はFDP(自由民主党)とGrüne(緑の党)だった。CDU/CSUのシンボルカラーが黒、FDPのシンボルカラーが黄、Grüneのシンボルカラーが緑の組み合わせがジャマイカ国旗の配色に似ているため、ジャマイカ連立政権と言われている。
この選挙で注目されたのは、右翼主義政党とみなされていたAfD(ドイツのための選択肢)が躍進したことである。事前予想では、第五党だったが、実際は第三党と躍進した。この政党は2013年に設立され、当初ユーロ離脱とドイツマルク再導入を掲げていた。当初この政党に対しての評価はドイツマルクに懐かしの感情をを持っている高齢者中心の政策とみなされていた。2014~2015年前後に反移民政策が中心となった。AfDが躍進した今回の選挙では移民政策が大きな焦点となっていた。第一党であるCDU/CSUは移民、特にトルコ系の流入、同化政策をとっており、2015年には無制限の難民保護も示唆しており、これは連立政権を構成していたCSUからも批判されていた。以上のことから、日常生活で移民と接している市民たちにとっては移民を受け入れる政策には反対するだろう。それに反して大学教授や政治指導者、上層市民は移民と接する機会も少ないため、移民受け入れの政策に寛容であると考えられる。移民と接する機会の多い市民たちと、AfDを過小評価していた大学教授や政治指導者といった人々の間の移民に対する考え方の違いがAfDの躍進が予想外と報じられた理由であると考えられる。他にも世論調査において対象が偏向してしまっていた可能性が考えられる。また、世論調査の回答者がAfD支持を回答することを避けてしまったことも考えられる。かつてのアメリカ大統領選挙でトランプ氏を不支持と回答した人の中にも内心ではトランプ氏を支持している人々がいたように、今回のドイツ選挙でもAfDを不支持と回答した人の中にもAfDを内心支持している人がいる現象が起こっていたと考えられる。AfDを支持していることを公言してしまうことは周りから右翼であるとみなされる可能性もあるため、選挙前の事前調査がAfDの得票数が下がってしまい、CDU/CSUの得票数が多かった理由と考えられる。2015年には100万人を超えるアジール(母国での政治的迫害に基づく亡命)申請者がいたため、この数字に恐怖を抱く国民が多かったことが、この躍進の理由のひとつといえる。
この選挙結果にはフィヒテの政治思想の特徴がみられる。フィヒテは19世紀前半の哲学、政治思想家であり、ドイツ観念論哲学において中心的役割を果たした。フィヒテの政治思想において重要なのが国家における同一性の原理である。近代において国民国家という理念が形成され、一つの国民国家において一つの民族であり、国民という同一性を追求することで、同質的な国民国家が形成されるという考え方が生み出される。ドイツにおけるユダヤ人、アイヌ民族などの少数民族はこの考え方において問題になっていない。後期近代においてこの同一性の原理は否定的側面が大きくなる。初期近代において同質性の追求が結果として少数民族の抑圧につながってしまう。難民、移民の流入によって同一性が失われることを恐れたことが今回の選挙結果につながったのではないだろうか。

投稿: 岩手県人 | 2017年12月23日 (土) 22時37分

「ドイツの選挙の意義と難民問題」1524文字 五弦一音

 思想史の観点から、ドイツの選挙の意義と移民問題を思想史観点から述べていく。主にカントの政治理論に焦点を当てていく。
カントの政治理論において、私法によって制御される自然状態と後方によって制御される社会状態の二つの様態から成立しており、市民社会と政治的国家の二元性に対応している。そのため、国民が全体的意思へとなるが故に自然状態から社会状態へと移行する。社会状態から法治国家が成立する。国家が法治国家となることによって国の統治者がどのような人物になったとしても支配の形式は変化しないという理論がある。
 かつてのドイツでは合法的にヒトラーのナチス政権を許してしまったことにより、ヒトラーの独裁政治が開始され、結果的にユダヤ人の大虐殺がという参加を生み出した。法的な拘束によって独裁政治を未然に防ぐことが可能となる。
 ドイツの政治は安定的な政治を目指す傾向があるという。その中で、政治の政局が安定して続けることが可能な元首を選択する。
 ドイツの選挙は、政治的な安定を求めるが故に長期政権になりやすい。原則として四年に一度の国政選挙を行うのみで、例外的なものを除けば政治を不安定な状況にさせることなく、政府を安定させることが重視されている。四年に一度の選挙をすることによって、安定した政治を行う為政者を選択することができる。それは国民の全体意思としての結果と捉えられ、カント理論における自然状態と社会状態が保持されていることとなる。
 自然状態から社会状態へと移行し法治国家が成立していく過程において、法治国家の最大のメリットとなるのは、法が人間を支配することによって為政者が変わったとしても、新しい為政者の政治に対し、法が制限をかけるために今まで通り安定した政治が行われることになる。
 ドイツでは連邦制を採用している。よって、それぞれの連邦と州には、立法、行政、司法の権限が与えられることになる。連邦制において法がなかったとしたならば、連邦制の分権は崩壊するであろう。各州が自由に政治を行うことで、国民の全体意思が崩れ、自然状態に戻っていく。
 ドイツにおいて選挙を行う意義は、政治を安定させ、不安定な政治を行わないようにするためではないだろうか。
 次にドイツの抱える難民問題についてである。
 ドイツでは移民の受け入れを行っている。二〇一五年の一月から六月までの半年間に、約十八万人もの移民がドイツに押し寄せた。その移民の大半がイスラム教である。ドイツは移民に対して寛大な政策を行ってきたが、そこで宗教の問題が発生する。ドイツは比較的宗教には関心が薄い国とされているが、半年の間に約十八万人もの移民が押し寄せ、ドイツ国内にイスラム教の人が増えるとイスラム教に侵食されるのではないかと考え始める人もいるだろう。
 ドイツの啓蒙主義者のレッシングの思想によると、公的領域において、宗教的人間ではなく、宗教などの自然性を問題にしない抽象的人間として振る舞うことが要請されるとある。
 レッシングの思想によるとドイツの抱える問題に対し、どのような宗教であろうとも人間として移民をどのように対応していくかということになるだろう。しかし、人間として対応してしまうと移民が信仰する宗教によって差別をしないということになる。それでは、今のドイツの問題に対応することはできないだろう。
 ドイツという国が他の宗教に侵食されないためにも危機感を覚える人はいるはずである。その状況下において移民の受け入れを続けていくのは国民からの反発があってもおかしくはない。
 レッシングの思想において、公的領域において抽象的人間であるべきであるという考え方においては今のドイツの抱える問題には対処できないのではないかと感じる。

投稿: 五弦一音 | 2017年12月23日 (土) 21時12分

忘却美学もしくは忘却彼方 1624文字
ドイツ連邦議会選挙についての見解

 今回のドイツ連邦議会選挙は、メルケル首相の与党が第一党の座を確保したが
議席を大きく減らし、求心力の低下が見られる結果となった。
また、その一方で大きく、難民受け入れに反対する新興の右派政党が一気に第三党に上り詰めたということが、今後のドイツ政治・政策にどのような影響を与えていくのかというのが今回の肝であると感じている。
そもそもドイツはもとより移民の受け入れが多かった国であり、1970年代から1990年代にかけての冷戦の終結や、バルカン半島情勢の悪化による東欧からの移民の受け入れなど2000年に入る前から移民に関しては、包括の姿勢をとっていることが伺える。
しかし、2003年に施行されるはずであった「新移民法」が違憲判決を下され、
2005年に「新移民法」が施行されるという結果から見て、この時期辺りから難民受け入れに関してドイツ国内では、受け入れ政策を進める側と、受け入れ政策に反対する側のそれぞれの勢力の政策的闘争があったのではないだろうかと予測している。
 そんな中で今回の選挙では受け入れ反対側の右派の政党が議席を伸ばしたことから、今後の移民政策の進め方にどのような進展があるか興味を持っている。
ドイツ選挙だけではなく、オランダ・フランス・イギリスでも国政選挙が行われたのだが、ここでも今回は右派が大きく勢力を伸ばしているそうだ。
このことより、欧州各国で難民・移民の受け入れに関して国民の不安があらわとなっていることが伺える。
この不満はもとより欧州に存在していただろうし、今回右派の勢力拡大が顕著ではあったものの今後もドイツや他の欧州の国が向き合うべき課題であると思う。
確かに、難民が流入することで、社会システムや警察システムが乱れ、国民には怒りがあふれ出すかもしれないが、だからといって受け入れ反対をするべきと言えるだろうか。
難民に関して、日本でも「条約難民」としてベトナム・ラオス・カンボジア・ミャンマーからの難民を受け入れ、日本語教室等を開き支援を行っている。
難民を受け入れるということは、国民にとって危機感を与えるかもしれないが、ポジティブにとらえると、国境なき文化の交流が活発になるのではないだろうかと自身は考える。
 このことを踏まえ、右派の勢力が拡大しているものの、依然第一党のドイツメルケル政権や、フランスのバルス政権らは、「移民の自由移動の尊重」を掲げているのであるといった見解が求められる。
また、「新移民法」の導入により、高失業率のドイツ国内の労働市場で25000人の労働重要があり、移民が適切に労働市場にマッチしたという成果もあり、「新移民法」の必要性も訴えられている。
これに対し、受け入れに強固に反対している、ハンガリー・ラトビア・ウクライナ等では人口の減少と高齢化が進んでいるという統計データがあり、必ずしも難民・移民を受け入れないということが国家の繁栄と安全をもたらすというわけではないように思える。
 ここまで、ドイツの連邦議会選挙を軸とし、欧州各国の移民・難民受け入れ政策の姿勢と、日本の移民の受け入れを交えて改めて、移民受け入れに関して検討してきた。
自身の見解ではあるが、欧州もそのほかの国も移民の受け入れに関して寛容になる必要があると言える一方、流入による、社会システムや経済システム、犯罪の増加等のデメリットもあることを意識して「移民・難民」についての政策の在り方を検討する必要があるだろう。
また、デメリットだけでなく、メリットとして「移民・難民」が労働市場にマッチした時の経済活発化や、国境をこえた文化の交流や帰属意識の育成等があることも認識すべきであり、国境関係なしに人々が幸せに暮らせる世界を作ることが求められていると考えている。

参考文献
・https://www3.nhk.or.jp/news/special/german-election-2017/german-election/
 NHK NEWS WEB

http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2004_11/germany_01.html
 独立行政法人 労働政策研究・研修機構

http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/04/refugees_n_8086674.html
 HUFF POST 欧州が難民を受け入れるべき理由

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/nanmin/qa1.html
 外務省


投稿: 忘却彼方もしくは忘却美学 | 2017年12月23日 (土) 19時45分


「思想史観点から論じるドイツの福祉国家」 1539字 色即是空

 ドイツは、19世紀から20世紀初頭にかけて西欧列強間の植民地獲得の抗争が第一次世界大戦に至り、軍事力による海外膨張の国家となった帝国主義国家の時期に、現代の福祉国家の形成に繋がる社会保障制度の創設や労働条件の改善といった社会改良が進んだ。しかし、福祉国家は1970年代以降危機的状況にある。そうした中で、不安定な労働者たちの生を支えるために、国家が果たすべき役割を理念的に要請するための思想も必要になってくると考えられる。また、労働問題のみならず障害者などの社会的不利な立場にある人々を捉え、普遍的に生を支える思想としての人格価値の問題意識についても考えていく必要がある。
 まず、講壇社会主義の代表としてシュモラーの社会改良思想について述べる。シュモラーは、自由放任主義に対抗し、もう一方では急進的な社会主義革命にも対抗するという立場から徐々に改良を唱えていった。「財産や所得のあまりに大きな不平等や、あまりに激しい階級闘争は、時とともにあらゆる自由な政治制度を否定することとなり、再び絶対主義的統治の危険のもたらすことになる」というように、社会主義革命の独裁転化に警鐘を鳴らしていた。また、「国民経済の自由という言葉はいまや、一般大衆を搾取するための大企業家や大資本家にとっての自由のみを、そして大企業にとっての自由のみを意味しているようにみえる」といった言葉は、労働を守るための諸制度が弱体化している現在にも響く言葉であるだろう。シュモラーは、国家による保護を求めていただけでなく、健全な中間層の発展と諸制度に支えられた個人の自由や自律を理想としており、個人の自由を守るためにこそ諸制度によって社会問題を解決していくという考えであった。
 シュモラーと同時代に見られた動きとして、新カント派社会主義がある。新カント派は、一般的に西南ドイツ学派とマールブルク学派の2つに分けられる。特に後者は、社会民主主義的な改良主義の政治思想を打ち出した。これは急進的な革命主義に反対し、国家による社会問題の解決を求めるような理想主義的な改良主義の社会主義思想であった。また19世紀後半のドイツ思想におけるカント主義の復興を跡付けたウィリーも、マールブルクの社会主義思想の実践性に目を向けさせた。カント的な社会主義の理念を作り上げたのはコーエンであり、宗教と国家を対比させながら、宗教は倫理に密接につながっており倫理を促進する上ではよいが、そこから離れると倫理にとって危険であると述べている。社会主義の中で虐げられた労働者を改善していくことも必要であり、その中心は倫理性の問題である。「人間を手段として扱わず、自己目的として扱うべし」というのが、社会主義の理念として掲げられている。コーエンの思想は具体的な政策提言はあまりなく、哲学の流儀で思想を展開している。
 このようなマールブルク派やコーエンの思想とシュモラーでは、倫理への志向などの面においては違いもあるが、社会民主主義的な志向としては新カント派と共通する部分もある。そして、労働者問題を中心とした政策をより具体的に提言したのはシュモラーであり、人格価値の強調においては新カント派の方が積極的だったということができる。
ここまでシュモラーや新カント派の思想について考察してきたが、社会全体で連帯性が希薄化し貧困などもより深刻となっている現在、国家政策として普遍的な支援を行うためにこれらのような思想を改めて考え、具体的政策のみでなく思想という観点から議論を行うことも必要であると考える。そして、普遍的な人格価値の倫理と社会政策の両面から考える際や福祉国家の倫理基盤を考える際に、思想とともに検討していくことが今後の課題となるのではないだろうか。

参考文献
・山口宏、「ドイツ福祉国家思想の潮流と現代性―シュモラーとコーエンの社会政策思想を中心として-」
URL:rci.nanzan-u.ac.jp/ISE/ja/publication/se22/22-09yamaguchi.pdf
2017年12月22日閲覧
・加茂川益朗、「帝国主義から福祉国家へ」
URL:https://keiai.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&item_id=2657&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=21
2017年12月22日閲覧

投稿: 色即是空 | 2017年12月23日 (土) 18時34分

現代ドイツの基本的人権の捉え方
有言実行

ドイツの基本権解釈をめぐる争いの多くは、二つの基本的立場(zwei Grundpositionenの
違いに起因するものである。それは典型的にはワイマール時代の国法学により進展し、先鋭化させられたものであるが、今日に至るまで判例および学説に反映しているという(Vgl.LotharMichael/ Martin Morlok, Grundrechte, 4.Aufl., 2014, S.42.)。
一つの立場は、非政治的なものであり、リベラルな基本権理解であるが、基本権を「防御権」(Abwehrrechte)として把握する。例えば、カール・シュミット(Carl Schmitt)は、非政治的で、保守リベラル的な基本権理解をする重要証人(Kronzeuge)として君臨する。この立場によれば、基本権はもっぱら国家に対する防御権である(C.シュミット[阿部照哉・村上義弘訳]『憲法論』195頁)。したがって、基本権は、市民(B翰rger)の国家から自由な領域-そこへは国家は憲法上限定された権限をもってのみ介入(eingreifen)することが許されるが、国家は自由領域を促進的に形成することもなければ、私人(Privater)の攻撃からそれを守ることもしない-を記述するものである。この立場は、今日まで基本権の政治的機能に対し、給付権に対し、保護義務に対しそして私人間における第三者効力に対しての基本的な異議(Einwand)として持ち出される(Vgl. Michael/ Morlok, a.a.O.S.42.)。
もう一つの立場は、その反対の立場からの政治的、社会的な基本権理解であり、今日少なからず時宜にかなったものである。例えば、ルドルフ・スメント(Rudolf Smend)は、憲法(Verfassung)を統合秩序と認識し、その中で社会(Gesellschaft)が価値の実現を組織する。
それによれば、基本権の意義は、国家による「ブルジョア的」(bourgeoiser)自由の保護にはなく、むしろ政治的に動機づけられた「公民」(Citoyen)による国家の市民的な土台と正統性現代ドイツ基本権論の位相(3):(山岸 喜久治)38の中にある。またヘルマン・ヘラー(Hermann Heller)の場合、基本権の政治的機能がより強調されて明確に示される(H.ヘラー[安世舟訳]『国家学』1971年387頁以下参照)。基本権は、社会的なコンテクスト(文脈)の中で(例えばヘラーは婦人の平等をあげる)-その「変遷」により-ダイナミック(動態的)に解釈されることもある。こうした理解は、政治的領域(例えば、意見・集会の自由)および社会的領域(例えば、家族の保護)において今日まで基本権論に引用されるだけでなく、基本権の給付権的・保護権的な次元にとっての根拠となり、このダイナミックな統合理論は、新たな装いのもとで、今日のヨーロッパ統合プロセスにおける基本権発展に
とっても重要なものとなっている(Michael/ Morlok,a.a.O.,S.42.)。いずれの立場をとるにしても、少なくとも「自由」を中核とする基本権にとって「限界」はあるのかどうか、あるとしてもその限界線はどこに引かれるべきか(制約)、これを超える場合はどのような介入ないし規制が認められるかという問題は、現代ドイツの基本権論にとってだけでなく公民権・人権論一般にとっても重要なテーマである。基本法で保障された自由(基本権)は、結局は常に限定された自由としてのみ存在しうるのであり、その出発点において-構成要件としての枠組みを別とすれば-理念上は無制限に構想されるとしても、常に限界が伴うものと一般に考えられるからである。「限界」は、他者の同じ自由と権利から生じ、そしてまた自由享有資格者が共同生活を営む国家共同体の正当な公益目的からも生じるのである(Vgl.Bodo Pieroth/ Bernhard Schlink, u.a., Grundrechte, Staatsrecht II, 2014, S.59f. 山岸喜久治(2015), ドイツ基本権論の位相(3) -基本権「介入」とその憲法適合性-, 研究論文集120号 2015.6
以上のことから、現代ドイツの基本の権利には、「自由」と「限界」という相反する事象であるがそれらが関係するということが分かった。そして前提にはワイマール憲法があり、それが発展したということも同時に分かった。ブルジョア革命の過程で近代自然思想に基づく自然権が国家制度として確立されたもので、近代憲法の不可欠の原理である。日本では基本的人権を「人間が人間らしく生活するために生まれたときから持っている権利」として捉えられている。当たり前の権利と思ってもいいのかもしれない。
 現代ドイツでは、基本的人権を政治的、社会的といった多角的に捉えている。「自由」と「限界」の調和が重要であると考えられる。

投稿: 有言実行 | 2017年12月23日 (土) 18時11分

『ドイツの転換点となった今年の選挙』1501文字 啓蒙思想

現代ドイツの様々な現象を思想史観点から論述する上で、第一に、現在ドイツで起こっている様々な問題をそれに関わる歴史を踏まえて論じていく。
ドイツは2015年以降、アンゲルメルケル首相が中東やアフリカ大陸からの移民を多く受け入れてきた。これは、第二次大戦の頃に当時ドイツを統治していたナチスによるホロコースト(人種差別による大量虐殺)の影響が大きいとされている。移民を排斥したことによって世界的な視線も冷ややかなものだったのだったのだろう。
移民を多く受け入れることでのメリットも当然ある。
それは、高齢化が進んだ今、企業が低賃金で労働力を得ることが可能であるからである。国内が高齢化のために労働者が減少しているため、その補完として難民を受け入れるケースが多い。難民も自分の労働力を売り、稼ぐ目的で来ていることが多い。
こういった理由で、ドイツは移民や難民を多く受け入れてきた。
しかし、デメリットも当然ある。
例えば、移民や難民が受け入れ先の言語や文化を理解しているとは限らないことや、根本的に労働のスキルを持ち合わせていないことがある。
その場合、言語や文化を教えることに時間もかかり、その上仕事を教えるとなるとコストパフォーマンスも悪くなる。
さらに、企業からすると低賃金で労働力を買えるため、国民の雇用が減少することにも繋がる。当然、そうなるとドイツ国民からの風当たりも厳しいものになるのは想像し易いだろう。
また、文化の違いで国民と移民、難民が衝突することも当然ある。最近、テロが多い原因もその部分が大きいとされる。
これらのデメリットが受け入れを多くしてから数ヶ月くらいで顕著になり、メルケル首相も移民政策は失敗であったと認めている。
ドイツ以外でもアメリカなども移民に対して厳しい政策を行っており、移民や難民に対する風当たりが強くなっている。
このような風潮の中で、2017年9月24日に、ドイツ連邦議会選挙が行われた。
この選挙で、メルケル首相は大きく得票率を落とした。これは移民政策による影響が大きいとされる。さらに、ここで大きく得票を得たのが極右政党とされるAFDである。AFD(ドイツのための選択肢)はドイツマルクの復活と難民・移民に対して厳しい見方をしておりドイツの伝統を重んじている政党である。AFDが結果、第3党にまで上り詰めたわけだが、この結果はメルケル首相の率いる連立政権に対する国民の不信任を表したものであると私は考える。
ナチスによって過去に大きな過ちをした過去がある国なのにも関わらず、国民が三番目の政党として選んだのが排外主義のAFDであることは、再びメルケルも含めドイツの国民がドイツのあり方を見直す良いきっかけになったと言えるだろう。
ドイツ代表のエジルの話がよく講義の中で出てくるが、現在のドイツ代表にはボアテングやレノイ・サネなどもいる。移民といった理由で国歌を歌わないことに批判する人もいるだろうが国を背負って戦っている以上彼らはドイツ国民であることは変わらないだろう。
選挙によってドイツのあり方を見直すとともに、多くの移民を受け入れて来た以上、この歴史は変えられるものではないので、うまく共生することが大事である。メルケル首相も政策で失敗したことを見直し、ドイツがしがらみのない寛容な国を作り上げるためにもう一度努力する必要があると私は考える。
今回の選挙は歴史的に大きな変革をもたらす大きな分岐点であるはずで、国民全体がそのような意識を持って政策に取り組んでいくことが将来につながってゆくのだと思う。欧州各国や、他の地方の国も同じ道を踏み出さないように、注意していくべきであり、その先導がドイツなのかもしれない。

投稿: 啓蒙思想 | 2017年12月23日 (土) 17時18分

現代のドイツの教育 1788文字 籠球馬鹿
1.はじめに
近年の日本の教育現場では、教員が教科教育、進路指導、生徒指導など様々な役割を教師が任されるようになり多忙であるということで、教員の仕事は「ブラック」であると最近の新聞などで目にするようになった。また、いじめ問題は昔から継続して存在し、今でも多くの生徒が不登校や最悪の場合自殺に至るケースもある。いじめ問題は日本だけの問題ではなく、他の国々でも問題になっているが、日本の教育制度や仕組みはこのような現状から改善する必要があると考える。したがって、今回は「ドイツ」という国の教育の制度と仕組みに焦点を当てて論述していき、これからの日本の教育について考えたいと思う。
2.ドイツの教育制度と仕組み
まず、日本の教育と異なる点は「半日制」であることである。日本では、通常9時ごろから1時間目の授業が始まり、4時ごろ終わる「全日制」を取り入れ、その中に朝の会、全校集会、帰りの会そして、放課後の部活動指導などの構成となっている。それに対して、ドイツの学校の朝はかなり早く、地域によって異なるが、1時間目の授業は7時半〜8時の間に始まることが多い。先生が到着して鍵が開くと、まもなく1時間目の授業が始まる。全校集会や朝の会などはない。基本は13時までに授業が終わり、1日の授業がすべて終わるとすぐに生徒たちは下校する。今日1日を振り返るような帰りの会、掃除の時間、昼食の時間もない。校内の掃除は清掃員が行い、昼食は帰宅してから家で食べるのが一般的である。授業が終わると教員も含めて学校には誰一人いなくなる。したがって、放課後の部活動や委員会活動はなく、生徒たちは午後から各地域のスポーツクラブに通って、各種の団体に入って活動している。しかし、教員は教員自身の仕事は終わったわけではない。帰宅しても、宿題の添削やノートのチェック、授業の準備やプリントの作成、試験問題の作成や通信簿の記入など、午後からのんびりできるわけではない。また、日本では当たり前のことであるが、ドイツでは保健室に常駐する養護教諭といった職務がない。応急処置の資格持つ教員が対応する。さらに、心理相談に応じてくれる学校カウンセラーも配置されておらず、それに特化した相談教員が対応する。したがって、ドイツの教員は生徒に実質教科教育しか行わないということになる。
次に生徒の問題行動への対応の仕方である。日本では、いじめ問題や授業を妨害する生徒に対しての措置は決して十分ではなく、定まっていないため生徒に対する拘束力がない。しかし、それに対してドイツの学校では子供の問題行動として、授業を妨害したり、校内で他者に危害を加えたりした時に限って、処分を含めた措置がなされる。それは「教育的措置」または「秩序管理措置」と「懲戒」とは異なって位置づけられ、それらの枠組みの中で処分が規定されている。例えば、バイエルン州の場合、「問題行動が生じたとき、ます担当教員が書面で本人および保護者に警告する。ドイツでは保護者が学校側に訪問するのが一般的である。それでも解決しない場合、校長の判断でその子供を同学年の別のクラスに移籍される措置をとるか、その教科の授業だけ4週間以内の出席停止とする。あるいは3〜6日間での出席停止とする。さらに問題行動が深刻であれば、2〜4週間での出席停止、他校への転校、退学に向けた警告といった対応が決定される。」(世界の学校 教育制度から日常の学校風景まで)ということである。したがって、ドイツでは生徒の問題行動への対応の仕方が定めており、その規定に従って処分される。
3.まとめ
今回のドイツの教育制度や仕組みを通して、日本と比べて生徒への問題行動への対応の仕方が定められており、また、半日制であることによって、教師に対する負担を大幅に減らしていることがわかる。クラブ活動は各地域のスポーツクラブに各々が所属し、子供からの相談を担当する教員といったその事についての専門の教員がいるなど、日本では1人の教員が任される仕事をドイツでは分け合って行っていることがわかる。したがって、あまりの忙しさに休業や過労死が起きている日本の教員の現状を打開するために、ドイツの制度を少しでも採用することはひとつの手であると考える。
4.参考文献
 ・世界の学校 教育制度から日常の学校風景まで  二宮皓編著

投稿: 籠球馬鹿 | 2017年12月23日 (土) 17時03分

難民問題に揺れるドイツと首相 1910字、山形県民
 現代ドイツでは保守派の勢力が議会での権力を保持している歴史が続いているが、最近になり難民問題から端を発した自爆テロが発生するなど、ヨーロッパの中では安全と呼ばれていた国の中であっても破壊的な思想が混じる現状がある。その中で右翼系の政党が台頭するなどの政治的混乱が引きおこっているが、これらの要因となった問題はほぼ難民に対する支援の考え方の違いにあると考える。
 現在のドイツの首相であるメルケルは2005年に政党の大連立と協議のうえで第8代連邦首相に就任した。メルケル自身は旧東ドイツ出身であり、首相就任以前から保守派の中でもリベラル派に動くことが多く、保守は全ての者からの支持があったかと言われるとそうではなかった。その背景としてドイツは東西分断の時期があり、メルケルの出身である東ドイツは、民主化を求める運動が活発であった。それでも、対外政策を積極的に実行したこともあり、首相としての好スタートを切った。以後、国内外から多くの支援を受け現在では3期目の首相任期を進めている。
 そのメルケルにあって、2015年に100万人を超える難民の移入の許可を行った。EU諸国では難民の対応には否定的な国が多く、ドイツにあっても難民受け入れには否定的な民衆も多くいた。しかし、ドイツの東西分裂時に生活を送っていたメルケルは、自身の経験やドイツは誰にでも手を授けることのできる国であることを意味するために、大規模な難民受け入れを実施したと考える。これは、過去のドイツのファシズム政策や、二度の世界大戦ではなかった考えであり、自国の過ちを現代の難民問題に当てはめて考えた結果になると考える。弱者に対して寛容で、何時にも救済を行う国家でいること、つまりは、ドイツの戦前のファシズム思想から何人にも平等に、何事にも救いを与える考えへの転換がこの政策には詰まっているのである。
 その難民救済策であったが、結果的に東西分裂時のような国家を二分する政策となってしまった。メルケルはベルリンやバイエルンなどの大都市圏においても人口の数十パーセント強の難民受け入れを行い、都市経済のみならず、市民の負担増に影響が出ている。本来市民のためにあるべきである税金が難民に対する支援に回されるという事態には、市民の生活にも難民の影響が出ることになる。難民受け入れによって国全体の支援に対する意識向上につなげたいメルケルと、国の生活を保障することが第一であり、難民に対して国民の負担につながるものとしか考えない思想がぶつかることとなった。その影響がはっきりと出た出来事が、2015年ケルン大晦日集団性暴行事件や2016年のベルリンで発生したトラック突入事件であり、2017年の連邦議会選挙における与党連立政党の議席数急落と右派の勢力拡大である。
 2015年のケルンでの事件では、約1000人の難民等が集結し、無差別に性的暴行を行う事態になり、事件自体を隠蔽しようとした市長や地元放送局、警察が大きな批判を受けることにつながった。特に市長は、このような事件が他国でも発生しているなどというような発言をし、後に大きな批判を浴びた。また、2016年のベルリンで起きた事件は、クリスマスのマーケットに難民と思われるチュニジア人が引き起こした事件であり、死者・負傷者合わせて約70名に上る大惨事となった。これら二つの事件に関しては、難民排除の考えや、難民の中での支援がなされていないことに怒りが起き、現代の極右的思想が相まって発生した事件であると考えられる。
 また、2017年の連邦議会選挙では、メルケル首相率いるCDU/CSUとSPDの連立政党の議席数急落とともに、右翼主義政党とみなされていたAfDの躍進がみられる形となった。AfDは難民政策に関して反対の立場をとり、ドイツ国家を独立したものと考え、他国との比較ではなく、一国の幸せを目指す政党であると捉える。実際には政権を奪取するような権力はまだ持っていないが、今後メルケル首相にとって、ドイツ国家を揺るがす脅威になっていることは確かである。
 このように、現代ドイツでは、2度の世界大戦、東西分裂の時代を経て何人にも救済の手を与える国家づくりを目指していることは確かであるが、それらの政策によって以前のようなファシズム系の思想が再燃しているようにも思える。近年、世界的に右翼の考えが浸透し、住民運動で国を揺るがす出来事が多くなり、ドイツにおいてもその影響がはっきりと出ている。思想史から考えても、最近のドイツ国内はあらゆる考えが発生し、難民問題という大きな課題によって大きく広がりを持っていると考える。今後は、本来あるべき福祉国家の形を見つめなおし、国内外に広がる考えを理解した上で問題対処に取り組む必要がある。

投稿: 山形県民 | 2017年12月23日 (土) 13時08分

「ドイツの移民受け入れに伴う問題ついて」
強肉弱食 1582字

私は今回、現代ドイツの現象の中でも特に、移民の問題と課題をピックアップして論述する。なぜ、この話題を選択したかというと、私はドイツの社会事情や現状に関して全くと言っていいほど知識が無く、調べた結果、移民や難民問題に関する話題が多く見られ関心を持ったからである。加えて日本にも無関係な問題ではない。現在シリアの難民支援が日本では行われている一方で、移民政策までいかないが、労働の人手不足で海外から日本に在留する数も多い。移民・難民の問題は、グローバル化の推進を図る上で、避けられない重要な問題で、それを学ぶ良い機会だと考えた。

“難民は、迫害を受ける恐れがあり、自国外に逃れた人々のこと”
“移民は、経済的事情などで別の国に移り住んだ人々のこと”(※1)

そもそも、難民と移民の違いとは何なのだろうか。調べた結果上記の内容が、難民と移民の違いである。私は主に、ドイツの「移民」にスポットライトを当て、メリットを問題点と共に2つあげながら論述していく。
 メリットの1つ目は、労働力の増加がドイツ経済の成長につながることだ。ドイツ政府は、移民を多く受け入れることで、労働政策として移民の労働力に頼っている。ドイツの移民受け入れは世界的にみてもトップレベルだ。移民の中には、医師や教師、専門職など高いスキルをもった人間も多い。移民は労働力として経済に貢献しているのだ。しかし問題として、労働者が増えることは雇用する側からしたら良いことかもしれないが、全ての仕事がホワイトな職場であるとは限らないし、人権を無視した過酷労働している職場も実際多いのではないかと、私は考える。また客観的に考えると、他国から様々な文化や経済的な事情をもつ人々が集まっているため、治安の悪化はもちろん、文化や言語の異なる集団であるため争いも多いに違いない。
移民を多く受け入れるのは、労働力確保という政策的な理由も1つの要素であるが、私は地理的な要素も1つであると考える。日本は海に浮かぶ島国であり、他国とは接していないため日本国内にくるためには海を渡る必要がある。しかし一方で、ドイツは一部海に面しているものの陸続きで他国に囲まれている。加えてヨーロッパは紛争も多いため、移民として陸続きの国へ逃げるのも納得がいく。
メリットの2つ目として、人口減少の対策になることだ。さらに、メリットの1つ目にも関連するが、若くて優秀な人材を多く確保することもできる。若い世代の人も受け入れることで出生率もあげることが可能になるのだ。

ドイツの2016年の人口は移民や難民の流入により約60万人増え、
過去最高の8280万人となった。(※2)
ドイツは、移民を受け入れることにより、人口減少の対策をしながら経済も成長させている。しかし問題点として、私は子供たちが十分な教育環境で育てられているのか疑問に感じた。移民で同じ国、言語を話す人がいるにしても、教育施設はドイツの施設であるため、すべての子供が平等に言語教育を十分に受けることはできないのではないだろうか。また、すべての移民が安定した生活を保障されることはあり得ないだろう。
 ドイツは、「移民」の受け入れに積極的で、治安の悪化や多文化共生の問題を抱えながらも人口減少の対策や経済の発展に移民を活用している。一見、日本でも同じ政策をすれば少子高齢化や国家の赤字も多少改善されるかもしれない。私は、ドイツほど多くの受け入れを行う必要はないとないが、ある程度の移民の受け入れは日本の将来を考えると避けては通れない道なのではないかと考えた。ドイツの移民問題を考えることで、日本の在り方も自分で考えることができた。移民問題は世界的な問題であるため、ドイツ以外の国とも比較して考えてみたい。


参考文献
※1
出典:https://mainichi.jp/articles/20160114/mul/00m/030/00600sc
毎日新聞より(検索日:2017/12/20)
※2
出典:https://jp.reuters.com/article/germany-population-idJPL4N1FH2EA
東京外為市場ニュースより(検索日:2017/12/21)

投稿: 強肉弱食 | 2017年12月23日 (土) 11時28分

「ドイツの移民受け入れに伴う問題ついて」
強肉弱食 1582字

私は今回、現代ドイツの現象の中でも特に、移民の問題と課題をピックアップして論述する。なぜ、この話題を選択したかというと、私はドイツの社会事情や現状に関して全くと言っていいほど知識が無く、調べた結果、移民や難民問題に関する話題が多く見られ関心を持ったからである。加えて日本にも無関係な問題ではない。現在シリアの難民支援が日本では行われている一方で、移民政策までいかないが、労働の人手不足で海外から日本に在留する数も多い。移民・難民の問題は、グローバル化の推進を図る上で、避けられない重要な問題で、それを学ぶ良い機会だと考えた。

“難民は、迫害を受ける恐れがあり、自国外に逃れた人々のこと”
“移民は、経済的事情などで別の国に移り住んだ人々のこと”(※1)

そもそも、難民と移民の違いとは何なのだろうか。調べた結果上記の内容が、難民と移民の違いである。私は主に、ドイツの「移民」にスポットライトを当て、メリットを問題点と共に2つあげながら論述していく。
 メリットの1つ目は、労働力の増加がドイツ経済の成長につながることだ。ドイツ政府は、移民を多く受け入れることで、労働政策として移民の労働力に頼っている。ドイツの移民受け入れは世界的にみてもトップレベルだ。移民の中には、医師や教師、専門職など高いスキルをもった人間も多い。移民は労働力として経済に貢献しているのだ。しかし問題として、労働者が増えることは雇用する側からしたら良いことかもしれないが、全ての仕事がホワイトな職場であるとは限らないし、人権を無視した過酷労働している職場も実際多いのではないかと、私は考える。また客観的に考えると、他国から様々な文化や経済的な事情をもつ人々が集まっているため、治安の悪化はもちろん、文化や言語の異なる集団であるため争いも多いに違いない。
移民を多く受け入れるのは、労働力確保という政策的な理由も1つの要素であるが、私は地理的な要素も1つであると考える。日本は海に浮かぶ島国であり、他国とは接していないため日本国内にくるためには海を渡る必要がある。しかし一方で、ドイツは一部海に面しているものの陸続きで他国に囲まれている。加えてヨーロッパは紛争も多いため、移民として陸続きの国へ逃げるのも納得がいく。
メリットの2つ目として、人口減少の対策になることだ。さらに、メリットの1つ目にも関連するが、若くて優秀な人材を多く確保することもできる。若い世代の人も受け入れることで出生率もあげることが可能になるのだ。

ドイツの2016年の人口は移民や難民の流入により約60万人増え、
過去最高の8280万人となった。(※2)
ドイツは、移民を受け入れることにより、人口減少の対策をしながら経済も成長させている。しかし問題点として、私は子供たちが十分な教育環境で育てられているのか疑問に感じた。移民で同じ国、言語を話す人がいるにしても、教育施設はドイツの施設であるため、すべての子供が平等に言語教育を十分に受けることはできないのではないだろうか。また、すべての移民が安定した生活を保障されることはあり得ないだろう。
 ドイツは、「移民」の受け入れに積極的で、治安の悪化や多文化共生の問題を抱えながらも人口減少の対策や経済の発展に移民を活用している。一見、日本でも同じ政策をすれば少子高齢化や国家の赤字も多少改善されるかもしれない。私は、ドイツほど多くの受け入れを行う必要はないとないが、ある程度の移民の受け入れは日本の将来を考えると避けては通れない道なのではないかと考えた。ドイツの移民問題を考えることで、日本の在り方も自分で考えることができた。移民問題は世界的な問題であるため、ドイツ以外の国とも比較して考えてみたい。


参考文献
※1
出典:https://mainichi.jp/articles/20160114/mul/00m/030/00600sc
毎日新聞より(検索日:2017/12/20)
※2
出典:https://jp.reuters.com/article/germany-population-idJPL4N1FH2EA
東京外為市場ニュースより(検索日:2017/12/21)

投稿: 強肉弱食 | 2017年12月23日 (土) 11時27分

「思想史観点から論じるドイツの福祉国家」 1539字 色即是空

 ドイツは、19世紀から20世紀初頭にかけて西欧列強間の植民地獲得の抗争が第一次世界大戦に至り、軍事力による海外膨張の国家となった帝国主義国家の時期に、現代の福祉国家の形成に繋がる社会保障制度の創設や労働条件の改善といった社会改良が進んだ。しかし、福祉国家は1970年代以降危機的状況にある。そうした中で、不安定な労働者たちの生を支えるために、国家が果たすべき役割を理念的に要請するための思想も必要になってくると考えられる。また、労働問題のみならず障害者などの社会的不利な立場にある人々を捉え、普遍的に生を支える思想としての人格価値の問題意識についても考えていく必要がある。
 まず、講壇社会主義の代表としてシュモラーの社会改良思想について述べる。シュモラーは、自由放任主義に対抗し、もう一方では急進的な社会主義革命にも対抗するという立場から徐々に改良を唱えていった。「財産や所得のあまりに大きな不平等や、あまりに激しい階級闘争は、時とともにあらゆる自由な政治制度を否定することとなり、再び絶対主義的統治の危険のもたらすことになる」というように、社会主義革命の独裁転化に警鐘を鳴らしていた。また、「国民経済の自由という言葉はいまや、一般大衆を搾取するための大企業家や大資本家にとっての自由のみを、そして大企業にとっての自由のみを意味しているようにみえる」といった言葉は、労働を守るための諸制度が弱体化している現在にも響く言葉であるだろう。シュモラーは、国家による保護を求めていただけでなく、健全な中間層の発展と諸制度に支えられた個人の自由や自律を理想としており、個人の自由を守るためにこそ諸制度によって社会問題を解決していくという考えであった。
 シュモラーと同時代に見られた動きとして、新カント派社会主義がある。新カント派は、一般的に西南ドイツ学派とマールブルク学派の2つに分けられる。特に後者は、社会民主主義的な改良主義の政治思想を打ち出した。これは急進的な革命主義に反対し、国家による社会問題の解決を求めるような理想主義的な改良主義の社会主義思想であった。また19世紀後半のドイツ思想におけるカント主義の復興を跡付けたウィリーも、マールブルクの社会主義思想の実践性に目を向けさせた。カント的な社会主義の理念を作り上げたのはコーエンであり、宗教と国家を対比させながら、宗教は倫理に密接につながっており倫理を促進する上ではよいが、そこから離れると倫理にとって危険であると述べている。社会主義の中で虐げられた労働者を改善していくことも必要であり、その中心は倫理性の問題である。「人間を手段として扱わず、自己目的として扱うべし」というのが、社会主義の理念として掲げられている。コーエンの思想は具体的な政策提言はあまりなく、哲学の流儀で思想を展開している。
 このようなマールブルク派やコーエンの思想とシュモラーでは、倫理への志向などの面においては違いもあるが、社会民主主義的な志向としては新カント派と共通する部分もある。そして、労働者問題を中心とした政策をより具体的に提言したのはシュモラーであり、人格価値の強調においては新カント派の方が積極的だったということができる。
ここまでシュモラーや新カント派の思想について考察してきたが、社会全体で連帯性が希薄化し貧困などもより深刻となっている現在、国家政策として普遍的な支援を行うためにこれらのような思想を改めて考え、具体的政策のみでなく思想という観点から議論を行うことも必要であると考える。そして、普遍的な人格価値の倫理と社会政策の両面から考える際や福祉国家の倫理基盤を考える際に、思想とともに検討していくことが今後の課題となるのではないだろうか。

投稿: 色即是空 | 2017年12月23日 (土) 03時19分

「思想史観点から論じるドイツの福祉国家」 1539字 色即是空

 ドイツは、19世紀から20世紀初頭にかけて西欧列強間の植民地獲得の抗争が第一次世界大戦に至り、軍事力による海外膨張の国家となった帝国主義国家の時期に、現代の福祉国家の形成に繋がる社会保障制度の創設や労働条件の改善といった社会改良が進んだ。しかし、福祉国家は1970年代以降危機的状況にある。そうした中で、不安定な労働者たちの生を支えるために、国家が果たすべき役割を理念的に要請するための思想も必要になってくると考えられる。また、労働問題のみならず障害者などの社会的不利な立場にある人々を捉え、普遍的に生を支える思想としての人格価値の問題意識についても考えていく必要がある。
 まず、講壇社会主義の代表としてシュモラーの社会改良思想について述べる。シュモラーは、自由放任主義に対抗し、もう一方では急進的な社会主義革命にも対抗するという立場から徐々に改良を唱えていった。「財産や所得のあまりに大きな不平等や、あまりに激しい階級闘争は、時とともにあらゆる自由な政治制度を否定することとなり、再び絶対主義的統治の危険のもたらすことになる」というように、社会主義革命の独裁転化に警鐘を鳴らしていた。また、「国民経済の自由という言葉はいまや、一般大衆を搾取するための大企業家や大資本家にとっての自由のみを、そして大企業にとっての自由のみを意味しているようにみえる」といった言葉は、労働を守るための諸制度が弱体化している現在にも響く言葉であるだろう。シュモラーは、国家による保護を求めていただけでなく、健全な中間層の発展と諸制度に支えられた個人の自由や自律を理想としており、個人の自由を守るためにこそ諸制度によって社会問題を解決していくという考えであった。
 シュモラーと同時代に見られた動きとして、新カント派社会主義がある。新カント派は、一般的に西南ドイツ学派とマールブルク学派の2つに分けられる。特に後者は、社会民主主義的な改良主義の政治思想を打ち出した。これは急進的な革命主義に反対し、国家による社会問題の解決を求めるような理想主義的な改良主義の社会主義思想であった。また19世紀後半のドイツ思想におけるカント主義の復興を跡付けたウィリーも、マールブルクの社会主義思想の実践性に目を向けさせた。カント的な社会主義の理念を作り上げたのはコーエンであり、宗教と国家を対比させながら、宗教は倫理に密接につながっており倫理を促進する上ではよいが、そこから離れると倫理にとって危険であると述べている。社会主義の中で虐げられた労働者を改善していくことも必要であり、その中心は倫理性の問題である。「人間を手段として扱わず、自己目的として扱うべし」というのが、社会主義の理念として掲げられている。コーエンの思想は具体的な政策提言はあまりなく、哲学の流儀で思想を展開している。
 このようなマールブルク派やコーエンの思想とシュモラーでは、倫理への志向などの面においては違いもあるが、社会民主主義的な志向としては新カント派と共通する部分もある。そして、労働者問題を中心とした政策をより具体的に提言したのはシュモラーであり、人格価値の強調においては新カント派の方が積極的だったということができる。
ここまでシュモラーや新カント派の思想について考察してきたが、社会全体で連帯性が希薄化し貧困などもより深刻となっている現在、国家政策として普遍的な支援を行うためにこれらのような思想を改めて考え、具体的政策のみでなく思想という観点から議論を行うことも必要であると考える。そして、普遍的な人格価値の倫理と社会政策の両面から考える際や福祉国家の倫理基盤を考える際に、思想とともに検討していくことが今後の課題となるのではないだろうか。

投稿: 色即是空 | 2017年12月23日 (土) 03時18分

「ドイツ連立協議決裂と日本の2017年秋解散総選挙」
二石一鳥(1669字)
 2017年9月、ドイツでは4年ごとに行われる連邦議会選挙が行われた。結果としては、メルケル首相の支持母体であるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が勢力を失い、その分難民受け入れ反対を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD) が議席数を急激に伸ばした。右派勢力が議会進出するのはドイツでは初めてのことであるという。
 この選挙結果を受け、メルケル首相は自党キリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FPD)、90年連合・緑の党との連立協議に入ったが、難民受け入れ反対派のFPDの離脱により、交渉は決裂した。しかし、ここで止まらないのがアンゲラ・メルケル。CDUは新たにSPDとの連立協議を検討しており、年明けにも協議が開始されるという。
すべては9月の議会選挙において、AfDが議席数を伸ばしたことに起因するものである。極右政党の急進により、与党第一党であるCDUは更に勢力を増やす必要が出てきたのである。
こうした状況は日本の政治状況とはまるで対照的なものである。日本では現在2012年暮れより続く第二次安倍内閣が一党優位政党制ともいうべき政治を展開している。2017年10月に行われた解散総選挙でも安倍内閣率いる自民党が大勝を収め、与党第一党を固持し、来年以降2020年に向けて「数」の政治を擁し、「改憲」へと突き進むのではないかと懸念されている。
こうした自民党一強体制は日本では続いているが、これに待ったをかけるような出来事はここ数年で何度かあった。そのキーマンとなったのが、小池百合子東京都知事である。小池都知事の巻き起こした「百合子フィーバー」はあの都知事選から始まった。
2016年7月、前舛添要一都知事の辞任に伴い、東京都知事選が行われた。選挙は自民党の公認候補である元岩手県知事であり総務相を歴任した増田寛也氏と当時自民党員でありながら、党からの公認を得られず、無所属での出馬となった小池氏との一騎打ちの形相であった。のちに離党するも、選挙戦当時は自民党に籍を置いていたにも関わらず、党からの後任が得られず、当の自民党はというと、党員でもなかった増田氏を民主党との連立で公認候補としたために、小池氏への同情が票を伸ばした。更に小池氏は、選挙戦における自らのイメージカラーを「百合子グリーン」と定め、支持者らに緑の服やアイテムを身に着け、遊説に参加してもらうなど、気軽な「政治参加」の道を作った。これらの「小池劇場」が功を奏し、自民党公認候補の増田氏を大差で下し、見事東京都知事に当選したのである。選挙に大勝した小池都知事は、この勢いをそのままに都議会政党「都民ファーストの会」を立ち上げ、都議会選挙でも自民党や民進党の議席を抑え、都議会においては与党第一党となった。
その後、2017年10月の解散総選挙において小池都知事は国政における自民党一強に対峙する野党に新党結成を呼び掛け、各党の離党者らとともに「希望の党」を立ち上げる。しかし、結果的には民進党の事実上の「解党」を招き、そこからの離党者全員を「希望の党」には迎え入れず、「排除」の方針を明言し、それに反発した民進党の離党者らによって枝野幸男氏を代表とする「立憲民主党」が結成され、「希望の党」は「立憲民主党」以上の議席を獲得することはできず、百合子フィーバーは同時に勢い失った。
話題をドイツへ戻してみると、連立協議においてFPDが離脱したのは、難民受け入れ反対というCDUとは確固たる政策的な差異があったからである。もちろん、先の日本での解散総選挙における「希望の党」への離党者の合流において、政策内容の調整がまったくなされなかったかといえば、そうではないが、「立憲民主党」の結党と「希望の党」失速のきっかけとなったのは、政策的な差異というより、小池都知事の「排除」発言であると考えられる。この発言自体を批判するつもりはないが、「排除する」といわれたから、合流しない、別に党を作るという発想に行きつくあたりが、自民党一強体制による「数の政治」が行われている国の野党らしいと考えざるを得ない。

投稿: 二石一鳥 | 2017年12月23日 (土) 01時39分

ドイツの選挙の歴史を通して 1528文字         

 ドイツでは2017年ドイツ連邦議会選挙が行われた。比例代表での得票率、各政党の獲得議席数ともにキリスト教民主・社会同盟が多く獲得した。キリスト教社会同盟はドイツで最も保守的な政党とされている。「社会」という言葉が入っているが社会主義政党ということではなく、むしろ社会保守主義的政党である。キリスト教民主同盟と姉妹的関係になっている。キリスト教民主同盟は略称はCDUで旧中央党を母体とし、カトリック、プロテスタントの政治勢力を集め1945年に組織された。バイエルンだけは別の党組織であるキリスト教社会同盟である。略称はCSUである。1949年から1963年までK.アデナウアーを党首に政権を握りドイツの復興に大きく貢献した。1945年に第二次世界大戦でドイツは敗戦国となった。その後1948年に東西の卑劣が決定的になった。そのような時代でありながらキリスト教民主同盟はドイツの復興に力を入れた。1963年以降はL.エアハルトがアデナウアーの跡を継いだ。65年の総選挙で47.6%を得たが、エアハルトが66年に政権から離脱しK.G.キージンガーが後継として首相となった。69年の総選挙では野党になったが、83年、87年それぞれの総選挙で第1党の地位につき、党首はH.コールは首相になった。そして東西ドイツの統一を無事に成し遂げた。98年に敗れるまで16年間政権を握った。
 CDUは「神は人間を神の姿に似せて創造したのであり、そのことからすべての人間の尊厳・自由・平等は守られるべきである」という根本的な理念としてキリスト教を支持している。つまり自由主義を基本としている。他の政党がLGBTの人たちに対し寛容な政策を主張している中、CDUは同性婚に関してはキリスト教的な考えを主張している。例えば、同性愛カップルの民事婚開放には反対していることや同性愛者による養子縁組も反対している。CSUはCDUのバイエルン支部みたいのものだ。そのため、CSUはバイエルンで活動していない。
 2017年の選挙でCDU・CSUは無事に勝利したが、前回の選挙結果より得票率が大幅に下がっているのも事実である。難民受け入れの反対を主張する政党が初めて議席を獲得し第3党となった。今まで難民の受け入れを率先して行ってきた。人口の約1%難民である。国民の感情として2015年の秋の段階で他国の困っている人を助けているという認識が高く、「新しいドイツ」を誇りに思っていた。しかし、難民をたくさん受け入れるということは少子化が進んでいるドイツにとって後々違和感を覚えてくる。他国の人を助けたいという思いもあるがこのまま速いスピードで難民の受け入れを進めてしまうとドイツの人口が減少しているのと反比例して難民が多くなってしまうかもしれない。今すぐに起こる問題ではないがこのペースで受け入れを進めると近い将来そうなるかもしれない。ただ、ドイツにおいて難民を受け入れるのはいいことでもある。様々な分野に特化した人々が出現し、スポーツ界などいろいろな世界で活躍しているのも事実である。難民の受け入れはとてもいいことだが、私自身も自分の国でそのような取り組みをすると考えると悩んでしまう。助けたいという気持ちもあるが、日本も人口が減少している国のひとつである。そのような背景を考えるとすぐには受け入れがたい問題である。今後ドイツが難民に対してどのような対策を取るのかわからないが今回の選挙を考えると政権が変わる可能性も大きいのかもしれない。今後のドイツの選挙の動きに注目したい。また、私も選挙権を保持しているので自身の国の選挙についてもまた考えていきたい。民主主義なので国は国民で変えられることができる、またそれができるのが選挙という形である。ドイツの選挙の歴史を通して改めて投票するということの大切さを理解できた。

 

投稿: 平成元年 | 2017年12月22日 (金) 17時55分

ドイツ難民問題と難民の意義  1504字  御魚天国

ドイツにおける難民問題について考える。2015年以降100万人以上の難民を受け入れてきたドイツだが首相の意思に反して難民を受け入れることに対しての国民の反対は大きなものとなっている。その理由1つ目としてドイツにきた難民によって治安が悪化しているといった点であり、大晦日のパーティでは多くの暴行、強盗などが発生したにもかかわらず捕まったのがわずかであったことなどがドイツの国民の反感を大きく買った。800件を超える被害届に対し警察は機能せず、難民が全員そのような行いをするのではないのか、とみなされドイツ人と難民の間に大きな亀裂が生まれた。理由の二つ目として難民にかけている資金であり、ドイツは難民への配慮がとてもいい国であるため多額の資金がかかっているのだが、その資金は国民の税金からまかなわれている。名前を偽ってさまざまな自治体から資金をもらっている難民も出てきたりと国民が難民を受け入れないのもうなずける。三つ目の理由として難民に乗じて入国してきた危険人物である。難民に対して差別意識を持ってはいけない、と考えているドイツだがテロリストや凶悪犯が忍び込ませてしまったため何も知らされていなかった国民からは不満の声が多く出た。当然証拠などがなくいまだに普通に国内で生活している凶悪犯もいる。ドイツ国民の中にはなぜ自国だけ犯罪者を受け入れなくてはいけないのかという意識を持っている者も少なからずいる。
 ではなぜここまでデメリットのある難民を受け入れるのか、それはデメリットだけではないからであるがなぜ難民を受け入れるのか考える。「先進国として一定数の難民は引き受けるべきだ」と意見を聞いたことがある。確かに先進国のような余裕のある国が難民を受け入れないのは恥ずべき行いであるのが一般であり、日本は現在ほぼ0といっていいほど難民を受け入れていない、しかしこれも先進国としてどうなのかといったことで難民の受け入れ問題は連日議題に上がっている。このように難民を一切受け入れないというのは日本のような島国ならまだしもヨーロッパにあるドイツからしてみると難しい。アメリカが中東などからの入国を禁止にしたこともさまざまな国々から反感を買いドイツもこれには批判した。メリットとして移民を受け入れることは単純に労働人口が増加するといったことにもなりえる。現在の日本は人口減少による後継者問題などのさまざまな問題が起きている。人口が少ないことによって経済が悪化することを人口オーナスというが難民受け入れによってその問題が解決することもありえる。
 移民や難民は受け入れがたいものであるとされていることが多く、昔から自分と違った文化、感性の民族は反発される。しかし文化には「文化平等主義」「寛容主義」などといった文化の違いに採る差別や、自身の文化の押し付け強要はしてはならないといったものがあり、プラトンは理性によって人間を客観的に理解できると考えている。難民を受け入れることによって今まで触れてこなかった文化や感性に触れる機会になることもあり、移民や難民は受け入れがたいものであると決め付けてしまうのはいけないことというよりも、勿体ないことこの上ないのではないだろうか。
 ここまで難民の意義、問題点について考えてきたが最終的に難民は受け入れるべきなのだろうか、言語の違い、先住している自国の人々から迫害があるかもしれない戦争がないだけで何も変わらないかもしれない。ではドイツがこうするべきだったとは一概には言えないがひとつ確定的なのは難民を出さないことであり、戦争中の国々に対し先進国として仲裁に入るなど難民の出ないように配慮するのが最重要である。

投稿: 御魚天国 | 2017年12月22日 (金) 17時26分

美味甘味
下記にはドイツの難民問題ついて現状整理と自身の考察の2点を記載する。
1.自分が現段階で把握している『ドイツの難民問題』の現状
 まず、今回のテーマについて情報を集めるため、産経新聞のwebページや各種メディアのサイトでドイツの難民問題についての掲載ページを見た。その中で難民の受け入れに関して『少子化対策』や『労働人口の増加』など国内において利益があるとして肯定的見方が行われている一方で、難民の受け入れに対して消極的な見方をしている右派の政党が議席を増やしていく減少も起きている。これよりミクロな視点では難民支援の学生ボランティアが増えているのに対して難民収容施設に火炎瓶が投げこまれるという事件が過去に起きている。
 すなわち、ドイツ国内では難民受け入れに対して否定的な見方のみではないと言える。しかし、先程記述した『少子化対策』や『労働人口の増加』は難民が都市部に住むことを望んでいるため地方に人が移動せず国内の利益に繋がらないのではという考えもある。

2.『ドイツの難民問題』の今後の動きについての考察
「1」の現状を踏まえた上で自分はドイツ国民では難民受け入れに対してより消極的になっていくだろうと考えている。そう考える理由は2つある。1つはドイツ国内に難民受け入れるメリットが客観的に見てあまりないため。尚、『客観的』という言葉を使ったのは先程記述した学生ボランティアの増加など利益を図ることが難しいものが存在するからである。自分が把握している限りではドイツが難民を受け入れる政治的な利益としては『少子化対策』『労働人口増加』の2つであるが、その内の『労働人口の増加』に関しては致命的な問題があるのではないかと感じた。それは言語や文化の違いである。現段階で一般市民と難民の人々との日常生活の中でも様々な問題が起きている中で、仕事の説明をすることが可能なのか、また説明を理解することは可能なのかという疑問が生じる。こういった疑問はおそらくドイツ国内の人々も抱いていると思うし、国内の人々と難民の人々との日常生活の様々な問題が今後解消されていかなければ、『労働人口の増加』という考えはますます信憑性が無くなっていく自分は考えている。
 もう1つは現在国内にいる難民に対して政府が適切な対応を行えていないように見えるためである。自分がそう考えるのは現状把握に使ったwebメディアから情報を集めることができなかったからとも考えられるが、右派の議席が増えているところを見ると自分の考えは間違っていないと思う。しかしながら、国内で難民問題を実感しているのはドイツのいわゆる田舎の方の人々であるため、その人達の意見を政治に直接的に関わることができる人に伝達し難民問題に直面している国民にどういった政策を行うのか、またその政策が適切なのかと把握することはもちろん大変難しいことだとは思う。そう考えると、ドイツ政府に対する批判が強すぎるのは問題でもある。

投稿: 美味甘味 | 2017年12月22日 (金) 09時13分

「現代ドイツの政治について―フィヒテの思想から」
品行方正 1624字

 2017年9月24日、ドイツ連邦議会選挙が行われた。そこでメルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主(CDU)・社会同盟(CSU)が246議席を獲得して第1党の座を確保し、中道左派の社会民主党が153議席で第2党になったが、これまで大連立を組んできたこれらの2大政党はいずれも大幅に議席を減らすという結果になった。メルケル首相は4期目の政権の発足に向けて各党との連立交渉に臨む考えを示しているが、求心力の低下は免れず、意見の異なる複数の少数政党との交渉が難航することも予想される。これに対して、難民の受け入れに反対する新興の右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は94議席を獲得し、連邦議会に初めて議席を確保しただけでなく一気に第3党に躍進した。「ドイツのための選択肢」について、メルケル首相や社会民主党のシュルツ党首はドイツの価値観と相いれない排他的な政党だとして有権者に支持しないよう訴えてきたが、政府の難民政策や2大政党への国民の不満を背景に逆に躍進を許す形になった。「ドイツのための選択肢」が議会で大きな発言力を得たことで、今後のメルケル首相の議会運営や政策決定に一定の影響が及ぶのは、避けられないものと見られる。
 そもそも右派と左派とはなんだろうか。右派は保守派とも呼ばれ、政治においては「より安定した社会を目指すための社会制度を支持する層」を指すとされる。一般に、社会秩序や社会的成層への支持を表すために使われ、保守、愛国心、国粋主義的な思想を含むとされる。左派は革新(リベラル)派とも呼ばれ、政治においては通常、「より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層」を指すとされる。「左翼」は急進的、革新的、また、革命的な政治勢力や人を指し、社会主義的、共産主義的傾向の人や団体をさすものである。「ドイツのための選択肢」は右派政党で、排外主義を掲げているにも関わらず得票率を2.7倍に増やして躍進したのは、ドイツの世論調査機関やメディアにとって想定外の事態だった。2017年6月の時点では、AfDへの支持率は6.5%に留まっていた。世論調査機関は、「CDU・CSUは得票率を減らし、AfDが5%の壁を越えて連邦議会入りするだろうが、大きな会派にはならない」と予想していた。だが9月下旬に入ってAfDへの支持率が急上昇し、CDU・CSUと社会民主党(SPD)は歴史的な敗北を喫した。
 また、この連邦議会選挙では投票率の低さも問題になった。前回に比べて4.7ポイント上昇して76.2%となったものの、これは多くの有権者が今回の選挙を「メルケル首相が率いる大連立政権への不信任投票の機会」と見なし、AfDに積極的に投票することによって、抗議の意思を表す市民が増えたため、投票率が上昇したものと推定されている。
 フィヒテの著書『ドイツ国民に告ぐ』の中では、国民が政治に対してどう働きかけ、祖国を再興していくか、教育論の観点からドイツ国民に対して警告している。また、彼は演説の中で次のようにも述べている。「独立を失った国民は、同時に、時代の動きにはたらきかけ、その内容を自由に決定する能力をも失ってしまっています。もしも、ドイツ国民がこのような状態から抜け出ようとしないなら、この時代と、この時代の国民みずからが、この国の運命を支配する外国の権力によって牛耳られることになるでしょう。」ドイツ人の、ドイツ人による、ドイツ人のための教育計画とその哲学を語ったフィヒテの意思は現代のドイツにおいてどう反映されているのか。今回の連邦議会選挙の結果として、「ドイツのための選択肢」が国民の意思によって第3党に立ったことは彼の言う「時代の動きにはたらきかけ、その内容を自由に決定する能力」を現代ドイツ国民は持つことができたと言えるのかもしれない。しかしその国民の答えが全国民の意思を反映したものなのか、一部の右派勢力の投票によって成り立った結果ではないのか、偏った意思によって形成された政治はフィヒテの望むドイツとは言い難いのではないのか。

投稿: 品行方正 | 2017年12月21日 (木) 17時51分

「ドイツの社会思想史を選挙の観点からみる」  飲食禁止 1549文字

2017年ドイツ連邦議会選挙は、9月24日に行われ、雇用の確保や個人の安全、経済の拡大、教育の向上、エネルギー政策、あるいはこれから関係するヨーロッパを超えた枠での動向を気にしていた。2008〜2009年に欧州各地で財政危機が起こり、近年は米国でトランプ政権誕生、英国でブレグジットが起こり、また、シリアのあつれきや紛争など、これらすべてが選挙に影響を与えたと考えられる。
選挙の結果としては、これまで大連立政権を組んで政権を担っていたキリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)、ドイツ社会民主党(SPD)は支持を大幅に減らす一方、リベラル政党であるFDP(自由民主党)は返り咲き、緑の党と左派党は議席をわずかに伸ばした。そして、躍進したのは右派のポピュリズム政党である「ドイツのための選択肢」であった。「ドイツのための選択肢」は13%得票し、初めて連邦議会で議席を確保し、第三の勢力となった。「ドイツのための選択肢」について、メルケル首相や社会民主党のシュルツ党首はドイツの価値観と相いれない排他的な政党だとして有権者に支持しないよう訴えてきましたが、政府の難民政策や2大政党への国民の不満を背景に逆に躍進を許す形となった。ヨーロッパではことし、フランスやオランダでも相次いで国政選挙が行われ、いずれも難民や移民に厳しい対応を求める右派政党が国民の不満の受け皿となり、大きく支持を伸ばす結果となっている。ドイツにおいては、「ドイツのための選択肢」が議会で大きな発言力を得たことで、今後のメルケル首相の議会運営や政策決定に一定の影響が及ぶのは、避けられないものである。
この「ドイツのための選択肢」が極右政党と評価される理由としては、難民の受け入れに関して寛容であるとされるドイツのやり方には反対しており、無制限に受け入れるのではなく数量制限を設けるべきであると主張しているところである。まず、彼らが目指すのはドイツの国家権力の回復である。現状、EUという一つの共同体を目指すために」国家の権利をEUに委譲している部分が数多く存在している。そしてEU域内では国によって大きな経済格差があり、格差を是正するための基準は設けられているものの上と下の差は大きい。そうした経済的に弱い国のために経済が豊かなドイツのような国が負担を負うことに不満を感じるのは自然なことであり、このような考えの政党がドイツでも出てきたということは、EU全体でもイギリスのような不満を抱え、独立したいと考えているということの表れとも捉えられる。この点に関して「ドイツのための選択肢」が望むのは、EUを1つの国とするのではなく、もっと緩やかなつながりを持った共同体にし、権限を各国に再び取り戻したいということである。これは、主権国家の人々からすれば当たり前のことであり、彼らの主張は十分まともであると考えられる。
このような考えを持つ彼らにドイツの市民が投票した理由として考えられるのは、難民が流入し始めてから明らかに欧州の治安が悪化し始めるという状況に直面し、生活に被害が出始めたことで、人々は大枠が見えなくなり、目先の問題を片付けたくなるという傾向が今回の難民への数量制限という提案を支、かつ主張もまともであるからである。
しかし、彼らが議席を獲得したといっても、与党になったわけではなく、ここで大切なのは今後のドイツの政権においてどれだけ力を発揮できるかである。ドイツの在り方はEUという共同体にも大きな影響を与えることは、先ほども述べたが、この影響が良いものになるか、悪いものになるかは、現与党及び、メルケル首相の双方にかかっており、今回の選挙をきっかけにドイツがどのように変わっていくのか注目すべきであると考える。

投稿: 飲食禁止 | 2017年12月21日 (木) 17時51分

「現代ドイツの教育」1644字 焼豚万歳
現代ドイツの教育を述べる上で、2つの「学力ショック」は必然的に取りあげなければならない。一つ目は、1995年に実施された「第三回国際数学・理科教育調査」(略称 TIMMS)による「TIMMSショック」である。TIMMSにおけるドイツの結果は、中学二年の数学で41か国中23位、理科は41か国中18位であった。二つ目は、2000年に実施された「PISA調査」による「PISAショック」である。このPISA2000の調査で、ドイツは、総合読解力が32か国のうち21位、数学的リテラシーは20位、科学的リテラシーは20位であった。では、ドイツの生徒の学力レベルの低さを露見させたこの二つの学力ショック以前のドイツにおける教育制度はどのようなものであったか。90年代前半のドイツの教育政策は、まず、第一にドイツ再統一後の旧東独地域における教育環境整備に費やされた。また、1993年に批准された「マーストリヒト条約」によるEUの発足により、外国からの移住者が増加した。EU諸国の結合が進むとともに、複雑な移民問題がドイツ社会の根底で進行していった。一方、カリキュラム改革においては、各州で作成される学習指導要領の一段の大網化が進む中、総合的学習の目標や内容が学習指導要領に示されていった。上記のような政策が展開されてきたなかにおいて、TIMMS1995とPISA2000の結果が公表されたのである。この2つの学力調査の結果は、まず、ドイツの生徒が保有する平均的な学力の低さが、だれの目にも見えるように明らかなランキングで示されたのが大きい。TIMMSショックが起きた直後、ドイツでは、東アジア型の一斉画一式・受験競争的詰め込み型教育は否定され、それは学校教育において有害なものであるという評価が大勢を占めていた。しかし、PISA2000の結果において、ドイツの学力は中の下のランキングに位置し、東アジア諸国はランキングにおいて高い位置を示したことは国民に衝撃を与えた。また、その2年後に行われたPISA補足調査では、ドイツでは大きな生徒間格差が存在すること、その生徒間格差の背景にある社会的要因(外国からの移住、親の学歴、親の職種、家庭の文化的所有物の4つの調査項目による)によってもたらされる階層間格差がほかの国より大きいこと、学校間格差(ドイツの四分岐型の選択型中等教育制度による)の三つの格差が明らかとなった。その後、ドイツにおける教育政策は、この3つの格差(構造的不平等問題)の是正に向けて取り組んでいくことになる。では、具体的にどのような内容であったのだろうか。1997年10月、KMK会議によって「コンスタンツ会議」が採択された。これは現在に至るまでの学力政策の形成の起点となっているが、具体的内容としては、学校教育の質の向上を図ること、国際比較調査に継続的に参加し続けることである。これにより、学力調査がドイツの教育政策の成否を判断することが可能となった。また2001年には「7つの行動分野」を決議し、優先的に取り組むべき教育改革の7つの課題を明確に示した。以上のことから、PISAショック後の教育政策で特徴的なことは、一つには、就学前教育の重視や全日制学校の充実など、他の管轄省庁や関係機関との連携を進めたことである。これは生徒間格差の是正につながる効果が期待される。二つには、教育スタンダーズや教員養成スタンダーズの導入による質の保障政策の浸透である。教育スタンダーズとは、具体的な学習目標に置き換えることができる教育目標、発達レベルを展望して生徒に習得が求められるコンピテシー、スタンダーズの達成度を検証する水準の三つによって構成される。そこには、各学校を共通の目標に向かわせること、学習成果の把握と評価基準の形成が求められる。そのために、州および地域単位での全国学力調査が義務付けられた。これらの政策がドイツの教育にどのような影響を与えるか、まだ把握しきれてはいないが、課題である「教育の機会均等の実現」を達成するために、カリキュラム評価を行っていくことが重要である。

投稿: 焼豚万歳 | 2017年12月20日 (水) 10時36分

「ドイツ 選挙と難民・移民について」
1501文字 幸福芸者

ドイツは第2次世界大戦後、移民国として発展してきた。旧ドイツ領土から強制的に追放された人々やその子孫には「帰還移住者」としてドイツ国籍を付与し、経済復興期にはトルコなどから多くの外国人労働者及びその家族らを呼び寄せた。政治的に迫害を受け、庇護を求める難民も積極的に受け入れてきた。こうした移民以外の、いわゆる「ドイツ人」の人口は、少子化などを背景に年々減少している。移民の割合が増加しているのは、このためである。少子高齢化、人口減少、労働力人口の減少が進むドイツでは、将来のためにこれからも移民を受け入れていかなければならない。そのため、移民の割合が今後も増えていくと考えられる。
難民・移民問題が今回の選挙に大きく影響を及ぼした。メルケル政権によって推進されてきた難民・移民政策に対してAfDは拒否反応を示していた。この選挙で争点となった難民・移民政策は、ドイツ的文化の存立基盤的意味を問題にしていた。移民そのものには反対していないが、イスラム教独自の服装を禁止しようとしている。また、配偶者の定義も、イスラム的文化圏と西欧的文化圏で異なる。前者において第二夫人が容認されているが、西欧において理念としては一夫一婦制を掲げている。このような難民・移民が厚遇されていた。対照的に、ドイツ人同胞たとえば、屋根のない人々へのほとんど無慈悲な制作に対する批判である。批判というよりも、独自の文化を持つイスラムという価値観への民衆レベルにおける嫌悪感である。
 今回の選挙では、AfDは94議席を獲得し、連邦議会に初めて議席を確保し、一気に第3党に躍進した。AfDが議会で大きな発言力を得たことで、今後のメルケル種層の議会運営や政策決定に一定の影響が及ぶのは避けられないものである。AfDが躍進しているのは、難民や移民への厳しい対応を求める右派政党が国民の不安や不満の受け皿となっているからだと考えられる。
  移民のうち中途退学率は13.3%で、「ドイツ人」(7%)の2倍、移民の失業率は12.4%で、「ドイツ人」(6.5%)の2倍となっている。ドイツ語ができないということや、十分な教育を受けていないなどの理由から就職できず、生活保護を受けて生活している移民が多いためである。
 移民がドイツで生活し、「ドイツ人」と同じ機会を得て、社会に関与していくためには、ドイツ社会に適合していく必要がある。それは、まずドイツ語の習得が大前提となる。そのために政府は、2005年から、外国人にドイツ語などを学ぶ総合コースの受講を義務付け、幼稚園からのドイツ語教育も徹底するようにした。
 現在のドイツはすでに、労働力不足、特にエンジニアや情報技術関連、医師などの専門家不足が深刻な問題となっている。この問題を解決するためには、さらなる移民の受け入れが必要となる。ドイツで教育や訓練を受けた資格のある人材を必要としている。政府は現愛、出身国で取得した学歴、職歴などの資格をドイツでも認可し、移民が就職できる可能性を高めていくことと、資格を持つ有能な人材を厳選し、国外から呼び寄せていくことを検討している。
 このように、今回の選挙で難民・移民の受け入れ反対を支持するAfDが躍進してきているものの、メルケル首相はなんとか移民・難民がドイツで学ぶ・働くということができるようにしていこうという政策を打ち出している。今後ドイツ国民からの移民・難民に対しての考えは、これらの政策がどの程度効果を発揮するかにかかっているように思われる。移民・難民を受け入れ続けることにより、一人でも多くの移民・難民が幸せな状態へなること、また受け入れたドイツにとってもプラスになるようになっていけば良いと考えた。

投稿: 幸福芸者 | 2017年12月20日 (水) 02時09分

現代ドイツの様々な現象 ドイツの選挙について~難民問題に関連づける~ 1540文字 四字熟語

ドイツの選挙戦にて、メルケル首相が率いる与党が第一党の座を確保したが勢力は弱まってる。その一方で、難民の受け入れに反対する新興右派政党が急躍進。第三党に躍り出た。ドイツは2015年以降、100万~120万人ほどの難民が入ってきている。メルケル首相は難民受け入れに積極的であり、しかし、ドイツ国民は難民受け入れに不安を抱えていた。27年前に旧東ドイツ政府は崩壊した。また、難民がドイツを変えてしまうのではないか。という不安があったに違いない。そういったこともあってか、2015年、2016年に難民たちの収容施設や住宅に右派が放火するという事件が立て続けに起こったのである。ドイツ国民は難民が入ってくることによって、自分たちの生活を奪われるのではないかという不安に襲われていたのではないかと考える。大都市では、公営で安く住める住宅に住みたい人が溢れかえる。その状況に難民が加わるのである。さらに安い住宅に住める確率が低くなるということは住まいを失い、生活が困難になるのである。これ以上難民が増えてしまえば、今までの生活を保てなくなる。「それでは、難民がいなくなれば今までの生活を送れるのでは…?」と考えたドイツ国民が選んだ手段が難民の暮らす施設や住宅に放火し、難民を減らす、または難民に「ドイツに来るとこうなる。」ということを示したかったのだろう。そういった暴力的な行動でしか難民受け入れに反抗出来なかった状況の中で、2017年ドイツ連邦議会選挙を迎えたのである。難民受け入れ反対派の国民が正当な方法で自らの意見を表明する場ができたのである。難民受け入れに積極的なメルケル首相を下ろして、新しいドイツを作る。今までの幸せな生活を邪魔させない。そういった考えをもった国民によって新興右翼政党「ドイツのための選択肢」が勢力を伸ばしたのである。
難民に対する考えが変わった出来事と言えば、「トランプ政権誕生」である。トランプ大統領は「アメリカとメキシコとの間に大きな壁をつくり、移民を受け入れず、アメリカ国民の生活を守る。」といった発言をした。この考えによって私は「他の国から人が移動してくることによって職業や住まいを失うひとがいるのか…。」という感想を持った。日本では外国人労働者を受け入れたりと、外国人を受け入れることに積極的な姿勢を見せていた。日本にとって、あまり悪影響を及ぼしているとは思わなかった。だが移民が外国人労働者と偽り、他国に入国してテロや盗難など様々な問題が引き起こされているということをある本を読んで知った。そのようなことを懸念したトランプ大統領は「壁を作る」という発言をしたのであろう。このトランプ大統領の言動がドイツ国民の耳に届いているだろう。その発言から、ドイツ国民は移民や難民に対し警戒心を抱いた可能性もある。
これらのことから、過去の出来事や権力者の言動は現在も多くの民衆の心に残り、そしてそれらは民衆を行動に導くのである。
メルケル首相率いる与党は難民受け入れに対して、新たな政策を展開しなければ第一党の座を保つことは厳しくなってくるだろう。世界情勢が不安定な現代では移民難民を受け入れると、自らの職、住まい、最悪の場合は命を失うことになる。そういった状況が世界中に広まっていく限り、難民移民を受け入れるという政策に反対するドイツ国民は増え続けるであろう。それに加え、世界トップクラスの力を持つアメリカが移民・難民抑制政策を展開し始めるのだから尚更だろう。今回の選挙はその始まりを予感いや、確信に変えるものであった。ここから、メルケル首相はどのような政策を展開するか、積極的に難民を受け入れ続けるのか、それとも支持の回復のために難民受け入れ政策を抑制するのか。今後のドイツ国家の動向に注目したい。

投稿: 四字熟語 | 2017年12月20日 (水) 01時18分

ドイツ初の女性首相として、3期12年にわたり高い人気を誇ってきたメルケル氏は「EUは難民を受け入れる責任がある」と発言した。しかし、難民受け入れの政策のため、苦境に立たされた市民たちは、難民受け入れに反対する新興の右派政党を支持し始めた。みずからが打ち出した難民政策で批判を受けるメルケル首相。今のドイツに難民を歓迎する雰囲気はない。与党内部からも、受け入れの上限を設けるべきだという声が上がっているが、それでも尚メルケル氏は寛容な難民政策を続ける。ところがここにきて、メルケル氏に強力な対立候補が現れた。社会民主党のシュルツ党首は「公正な社会」というスローガンのもと、格差の是正を訴え、支持を広げている。シュルツ党首が支持されている理由としては長く勤めているメルケル氏に対しシュルツ党首は、これまでドイツの国政レベルでの経験がないこともあって、多くの国民に新鮮に映っているという。また、メルケル首相は知的で実務的な印象があるのに対して、シュルツ党首は情熱的で親しみやすい印象となり支持を高めている。
しかし、ふたつの政党が対立している中、また新たな政党が台頭してきた。フラウケ・ペトリを党首とする新興右派政党『ドイツのための選択肢』である。この党が4年前に創設されたきっかけは、深刻な財政危機に陥ったギリシャをドイツが支援することへの反発だった。
その後、ドイツに多くの難民や移民が流入するのに伴って『難民受け入れ反対』を前面に打ち出して支持を広げ、ドイツの政治は、メルケル首相率いる中道右派『キリスト教民主同盟』と、シュルツ党首率いる中道左派『社会民主党』の2大政党が中心となっている中、まだ国政レベルでは議席のない『ドイツのための選択肢』だが、先週行われた最新の世論調査で支持率では3位につけており、初めての議席獲得を目指している。税金がドイツ人のためでなく難民のために使われているという不満を持つ人は少なくはなくまた、難民や移民によるテロや凶悪事件が相次いだことで治安への不安も高まっている『ドイツのための選択肢』は、こうした不満や不安の受け皿になってきた。
こうして三つ巴の戦いとなった2017年ドイツ連邦議会選挙。連邦議会選挙の開票が2017年9月に行われた。選挙結果としては、メルケル党首率いるキリスト教民主・社会同盟は33%、シュルツ党首率いるドイツ社会民主党は、20.7%、そしてペトリ党首率いるドイツのための選択肢は13%となった。今回の連邦議会選挙での国民投票率は75.6%と、2013年に行われた連邦議会選挙より国民の投票率は増え、今回の選挙に対する国民の関心の高さがうかがえた。第一党の、メルケル氏率いるキリスト教民主・社会同盟が33%の投票率で、引き続き第一党となり、並んで二大政党と呼ばれるドイツ社会民主党は20.7%の投票率で、こちらも第2党の位置を守った。ただ、この二大政党は前回の選挙より大幅に議席を減らし、大きな敗北を期す結果となった。この選挙結果は、国民が今までのキリスト教民主・社会同盟とドイツ社会民主党による大連立に満足していないことを示している。
移民問題、テロや凶悪事件に怯える、現代ドイツ。混乱の時代だからこそ、市民は政治に頼るしかない。長いドイツの政治の中に新しい風を吹きこむ政党の台頭が、混乱のドイツにどう作用していくのだろうか。これまで5政党しかなかったのが、今回の選挙時には7政党にまで増えた。議会に多くの意見が増えることは決して悪ではない。ただ、最終的に何が大切か振り返ってみれば、一番は“ドイツ市民が幸せに暮らせるかどうか”である。ドイツ市民のために、未来を見つめ最善を選択していくことが、市民も議員も重要であると考える。

投稿: 一宿一飯 | 2017年12月18日 (月) 21時56分

「選挙の意義~ドイツが直面している難民問題から~」(1656字)☆羽毛布団
 ドイツの連邦議会選挙では、メルケル首相が率いる与党が第1党の座を確保したものの、議席を大きく減らしてメルケル首相の求心力の低下が顕著となる一方、難民の受け入れに反対する新興の右派政党が一気に第3党に躍進し、今後の議会運営や政策決定にも影響を及ぼすものと見られている。難民に厳しい対応を求める右派政党が、国民の不満を背景に逆に大きく支持を伸ばす結果となったようだ。ここで、ドイツの難民政策について見ていきたい。2015年の1年間にドイツに来た難民は約100万人に達し、特に夏以後は一日に数千人がドイツにたどり着いた。彼らはシリアやイラクの内戦、アフガニスタンの騒乱を逃れて来た難民、アフリカなどの独裁国からの亡命者、より良い生活を求めてバルカン半島などから脱出してきた人たちである。2015年の夏以後、難民の数が急増した最大の理由は、シリアの内戦だったと見られる。大勢のシリア人がトルコを経由してギリシャに渡り、そこから北上してハンガリーにたどり着いたがハンガリー政府が対応しきれず、彼らに十分な飲み物や食べ物、泊まる場所を与えることができなかった。そこで彼らの一部は、自力でドイツの国境へと向かったのである。大勢の難民がドイツを目指してやって来た理由は他にもあり、ドイツには従来から政治的亡命者のために庇護権が用意されていることも理由の一つである。庇護権とは、政治的な迫害を受ける人が享受できる権利であり、ドイツは亡命者一人一人に、彼らの祖国の正規雇用者が受け取る賃金よりもずっと多い生活費を提供する。亡命の理由が正当だと認められた場合、彼らにはドイツ滞在の許可も出る。また、戦争犠牲者保護のためのジュネーブ条約を堅守し、戦火を逃れてドイツにやって来た難民を戦地に送還することもしない。そして、彼らにもドイツ滞在が許され、生活費が提供される。このような理由からドイツにやって来る難民が続々と増えていき、当初は彼らを快く受け入れていたドイツ人だったが、国民の間で次第に難民の増加に対しての不安が大きくなり、これ以上の難民は受け入れられないという意見が定着していったのである。このような実態を知ったメルケル首相は、難民援助の限界を悟ったドイツ住民の不安が大きくなっていったにもかかわらず、難民を救うためにドイツに入国させるなどの措置を取り、難民援助の姿勢を崩さなかった。そのような姿勢がドイツ住民の反感を買い、支持率低下にも影響したのだろう。難民問題は欧州全般の問題となっており、中には難民を徹底的に受け入れない国も現れ、問題解決は困難に陥っている。
 メルケル首相のような、難民援助を目指して様々な措置を講ずる姿勢には共感できるが、難民を重視するあまり、国民の意見に耳を傾けず、国民を蔑ろにしてしまったことには好感が持てない。今回の議会選挙では、難民の受け入れに対して限界を訴える国民の反感が、メルケル首相の支持率低下につながったことがいえる。選挙を行うことで世論が政治に反映されるので、政治家は従来のやり方を見直したり、国民の生活がより良くなるように新しい改革を模索したりするのである。このように、選挙の意義は大きいが、最近は若者の政治的無関心が大きく取り上げられている。それは日本でも注目すべき問題であり、法改正によって2015年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、翌年の国政選挙で施行されたが、10代・20代の若者の投票率は他の世代に比べると極めて少ない。若者に少しでも政治に関心を持ってもらおうという目的で選挙権年齢が引き下げられたが、効果はあまり見られないようだ。しかし、社会をより良くしていくためには選挙は欠かせない。選挙は投票することに意味があり、国民の意見を政治に反映させるための手段であるので、これからの社会を担っていく若者が現在のような保守的な姿勢ではなく、もっと社会の動きに敏感になり、政治意識を高めることが必要である。若者と年長者の間の政治に対する意識の差を縮小していくことで、選挙の意義も変わってくるのではないだろうか。

投稿: 羽毛布団 | 2017年12月18日 (月) 18時54分

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