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討論 路面電車

12月25日09時16分、締切ました。

下記のテーマで討論会を実施する。

「後期近代における路面電車の意義を思想史的観点から論述する」

1、締切:12月24日24時
2、1500字以上2000字以内(PCで計算する)。
3、投稿者は、四文字熟語を自己の名前とする。本名を書かない。
4、投稿論文の最初の行に、タイトル、字数、四文字熟語を記入する。
5、投稿者は、まず、ワードで文書を作成し、それをコメント欄にはりつける。

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路面電車
の意義 1556字 難民問題

路面電車の意義を考える上で、路面電車の利便性や路面電車の抱える課題ついて先に考える必要がある。路面電車がある街は、なぜ路面電車を残しているのか。一方、路面電車がない街ではどうして路面電車がないのか、また、どうしてなくなったのか考えることで路面電車の意義というものが捉えやすくなると考える。路面電車は、モータリゼーション以前の市内交通の主役であり、全国ほとんどの主要都市で走っていた。しかし、1960年代以降、慢性化した渋滞の邪魔ものとされた路面電車は多くの街から姿を消し、一部の都市で存続したのみであった。首都圏や京阪神といった大都市では、代替公共交通として地下鉄、民鉄、バスが十分に機能したが、地方では公共交通への追加投資をする余力もなかったため、モータリゼーションが取って代わることとなった。中でも、80年代以降、地方に分散した製造業を誘致して雇用を創出したタイプの都市は、クルマへの依存度を高めた。工場は中心市街地ではなく、周辺郊外部に立地するため、共働きが多くなった住民の生活動線は、郊外にある自宅と郊外にある勤務先の往復となり、中心市街地を通る必要はなくなった。中心市街地のにぎわいは、そこを中心とした放射状の生活動線が前提であり、公共交通の維持が条件となる。地方の中心市街地は、路面電車(公共交通維持への意思)を捨てたときから、その衰運は不可避だったと言っていいだろう。活性化のために、周辺に駐車場を設けるといった小手先の対策は無意味ではないが、本質的な問題解決にはならないということになる。それでは、路面電車の利便性について一つ一つ確認していきたいと思う。バスと同じように、路上から気軽に乗ることが出来るということ。渋滞に巻き込まれないため、自家用車やバスと違い、比較的定時制が保たれるということ。建設費が安く、場所と条件によって異なるが、地下鉄建設の10分の1ということ。編成を長くすれば、バスよりも多くの乗客を運ぶことが出来るということ。一般の鉄道より、多くの駅(停留所)が設置出来るため、様々な場所で乗降出来るということ。車やバスと違って排気ガスなどを殆ど出さないため、路面電車に乗客がシフトすれば、CO2削減と都市の空気が綺麗になるということ。これらが、路面電車の利便性である。続いて、路面電車の課題についてあげていこうと思う。相次ぐ廃止によって路線が短く、乗ることが出来る場所が限られているということ。一般の鉄道やバスとの連携があまり考慮されておらず不便だということ。廃止予定の岐阜市のように、行政が路面電車を嫌っている場合、軌道内に自動車乗り入れを可能にさせられ、渋滞に巻き込まれ定時制が確保出来なくなるということ。電停に屋根がない場合が多く、雨の日は電車を待つのが面倒だということ。また、夏は暑いということ。運賃支払いに手間がかかり、なかなか発車出来ないということ。路面電車現存都市が少なく、外から観光に来た人の場合、乗り方が解らず躊躇してしまうということ。ホーム(安全島)が狭い場合が多く、車椅子での利用が不便の場合が、さらに、直ぐ側を通る車が結構怖いということ。これらが、路面電車の抱える課題である。利便性と課題をくらべて気になった点が、バスや自動車とどのように連携をとっていくかということである。路面電車はその街の道路形態によってその存在意義を左右させられると思う。路面電車が衰退していない街というのは路面電車に合った道路形態、街並みが存在するのだと私は考える。路面電車が観光と結び付けられて紹介されている点もこのことと関わりがあり、街、観光地が路面電車とセットなのは、路面電車に合った街並みが存在していないと路面電車自体がその街で成立し得ないことを暗に示しているからではないだろうか。

投稿: 難民問題 | 2017年12月24日 (日) 23時48分

タイトル:社会権思想からアプローチする路面電車および地域公共交通と交通まちづくり
四字熟語:浪人至高
文字数:1616文字
本稿では思想史の観点から近代交通における路面電車の意義を論じる。しかし、思想史の中で具体的に交通を取り上げている思想家はあまり存在しないだろうと予見、さらに路面電車も地域公共交通のカテゴリーの一部であるだけに過ぎないので、非常に論じにくい。そこで、論じる際に「路面電車」→「地域公共交通」と、広義なカテゴリーに再設定する。さらに、本国では70年代からのモータリゼーションの流れの中で、現代の地域公共交通はどういった立場で在るのか、現状確認を行いながら論じる。
モータリゼーションが進行している中で、路面電車が存在する理由として、正当性が確立している状態で云えると私が思うのは「生存権」に基づくものだと私は捉えている。日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とされており、木村(2016)は、「住民にとって、衣食住に関わる日常生活を営む上で、買い物、医療施設への通院、教育施設への通学を始め地域内の「移動」行為が不可欠」と述べられているように、路面電車に代表される近年の地域公共交通はその市民、住民がその街で快適に最低限で生活ができる権利のもとに成り立つべきである。例えば都市部と住宅街がわかれていて、それらを結びつける交通がないことは生存権に反する行為である。住民が都市部まで移動する権利を所持しているのに対し、街の交通が社会保障そのものにあたるのではないか、と私は論じる。また、宇都宮(2015)は、交通需要マネジメントは上から目線のマネジメントで、モビリティ・マネジメントのように一人一人に目を向けた交通まちづくり、市民参加が積極的にできる交通まちづくりを展開していこうと云っており、この交通手段を使用する権利(交通権)を一人ひとりが考えて行く必要性も述べられている。
海外の路面電車の実例としては、例えばドイツでは人口20万都市の規模であれば、ほとんどの都市で路面電車やLRTが導入されており(宇都宮,2015)、これらは1990年代以降でもトラム交通が興隆している様子もみられる。日本と同じく自動車の使用割合は高いが、例えば古い路線は廃止し、中心部だけ残し、郊外から都市部までは車できてもらう、という仕組みのもとに交通まちづくりが行われている。しかしながら、先述したように一人ひとりが交通を使用できる、社会保障であるといった点はあまり見られなかった。なぜかというと、郊外→都市部に移動するまでに車を使用できない人はどのように移動するのか、といったことがここでは言われていない。デマンド型交通、コミュニティバスによってその地域ニーズ、交通権を補完せざるを得ないのが現状である。海外の事例を日本で適応させるとなると、郊外→都市部はこのようなデマンド型交通、市バスなどを使用し、都市部では路面電車を使用するというような移動形態が出来上がるのではないだろうか。
 「交通が生まれる」という第一弾会のプロセスが沸き起こるところに、専門家も市民も政治家も共通して「なぜ交通が生まれるのか」を考えた時に「人々が移動する手段がないため」というという答えが導き出されるだろう。それは元来の自然権が人々の交通に対する意識に影響を与えているのではないだろうか。しかし、答えが一緒に出る筈なのに政治家、専門家、高所得(いわゆるブルジョア)と一般市民ではLRTなどの公共交通を使用する頻度がどのように違うか?といった検証を行わなければ、説得力がない。
海外の都市部では以前車の量が多いにも関わらず、トラム,LRTが使用されている様子が多い。これは交通まちづくりの最初の指針から共生を意識しているからである。移動する権利は観光客も所持しており、市民に関わらず様々な人々が交通権をもっていることを仮定して、モビリティ・マネジメントに基づいた交通まちづくりを行うべきだろう。

参考文献
宇都宮浄人著(2015)「地域再生の戦略―「交通まちづくり」というアプローチ」ちくま新書
木村俊介著(2016)「まちづくりと地域公共交通(上)」都市とガバナンス 25,66-86

投稿: 浪人至高 | 2017年12月24日 (日) 23時00分

函館における「にぎわい」の北上と路面電車
飛行機雲(1568字)
 後期近代における路面電車ルネサンスとは、1980~1990年代の西ドイツで生じたものである。ひとことでいえば、自動車中心主義から人間中心主義の都市へのシフトチェンジであり、交通手段の主役が自動車から路面電車を中心とした公共交通へと変化したのである。西ドイツにおいて、こうした変革が起きた要因は空気汚染や騒音、交通事故などの自動車による害悪であった。この問題意識は、のちに自動車による害悪と環境問題に結びつき、比較的現代に近い意識を生み出すことになる。
 東ドイツにおいても路面電車ルネサンスが起こったが、その要因は西ドイツと違い、エネルギー危機によるものであった。1970年代に起きた石油危機は、東ドイツに化石燃料の節約を強いると同時に、路面電車を中心とした都市への転換を迫ったのである。
 こうした背景で東西ドイツにおいては人間中心主義の都市への転換が起こった。都市計画においては、歩行者と路面電車が優先され、道路と駐車場の減少が起こった。路面電車ルネサンスによって、公共交通を中心とした都市計画がなされたことで多様な公共空間の形成が実現したのである。
こうした路面電車ルネサンスは決して海外においてのみ成立するものではない。日本においても路面電車が存在する都市がいくつかある。その一つが北海道は函館である。函館においては、路面電車は「市電」と呼ばれ、開業当時から路線の縮小はあったものの、現在も観光地と観光地をつなぐ交通網として、函館になくてはならない重要な公共交通の一端を担っている。
函館の都市構造を考える際、重要なキーワードとなるのが、「大火」である。函館の都市では、江戸~明治期にかけて大火が頻発し、そのたびに街の都市計画は練り直され、大火を防ぐ目的で坂道が多くつくられた。その名残として、元町公園などがある函館西部地区には観光PRポスターなどで有名な八幡坂をはじめとした10以上もの坂道が存在し、そのひとつひとつに名前がつけられている。大火に伴う都市計画の再編は、坂道の形成だけではなく、町のにぎわい、いわゆる「中心市街地」の変遷を生み出した。函館の街は、開港以来港がある西部地区から栄えたが、都市計画の変遷などにより、「中心市街地」は、元町⇒大門地区⇒五稜郭⇒美原と現在まで北上を続けている。
この街のにぎわいの北上には、「市電」も大きな影響を及ぼしていると考えられる。現在でもそうだが、市電沿いには商店街とまではいかないが、様々な店舗が軒を連ねている。市電の停留所(以下、電停)では人が乗り降りするわけだが、その電停の近くに店があるなら、そうした商店街が形成されても不思議ではないだろう。逆に、現在の函館において、なぜこんなところに商店街のような風景があるのかというような場所もある。なかには現在は栄えていないような商店街もある。それはまさに、市電の路線縮小による都市の変遷である。市電沿いに店があれば、電停の人の乗り降りで客は来る可能性はあるが、逆に市電が通らなくなってしまえば、商店街もろとも共倒れなのである。また、現在の函館には通常よりも道幅の広い道路があり、これも路線縮小の名残としてその歴史を今に伝えている。
こうした路線の縮小は、近代政治思想においては自動車交通への一元化と称される。理論は路面電車ルネサンスの逆で、自動車優先主義の都市への転換がなされ、自動車と駐車場が都市に増えるのである。路線が縮小され、現在の市電の路線図はまさに自動車優先主義を受け入れた公共交通の姿であるといえる。
東西ドイツにおける路面電車ルネサンスのきっかけとなった環境問題やエネルギー問題は現代日本においても決して無視できない重要課題である。なぜ、路面電車ルネサンスが起こったのかを現代において改めて検討し、現代の都市計画を考える上では不可避な課題とすべきである。

投稿: 飛行機雲 | 2017年12月24日 (日) 22時31分

現代ドイツを選挙の観点から考察する 1614文字 全員野球
 ドイツの選挙といえば、直近ではドイツ連邦議会会議があげられる。結果からみるとメルケル首相が率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟が246議席を獲得して第1党となった。また、連立政権を組んでいた中道左派の社会民主党が153議席で第2党となった。ここから、中道右派左派の勝利だと思われるが、そういったわけでもない。新興右派政党である「ドイツのための選択肢」が多くの議席を獲得して、第三政党になったのだ。そこに焦点を当てていこうと思う。まず、政策の大きな違いとして、難民政策があげられる。キリスト教民主・社会同盟は難民を減らす措置や、難民申請が認められない場合には本国へ強制送還するなどの措置があるが、難民の受け入れ数の上限は設けないなど、積極的な移民政策を展開している。社会民主党もキリスト教民主・社会同盟とほとんど政策は変わらない。しかし、ドイツのための選択肢は難民受け入れについて否定的である。こういった政策を見てみると、ドイツ国民は難民政策に否定的であることが読み取れる。多くの難民を受け入れると国内における労働市場が難民の人々に奪われたり、国内における犯罪が増加したりなどの懸念材料が多くあげられる。また、パリやロンドンで多発している、テロ活動がドイツでも増える可能性があげられる。難民受け入れに対して、ドイツ政府も難民の人たちに対して身元の確認をしているが、おそらくすべての人を、完璧にチェックするのは不可能だと考えられる。テロリストは、完璧の偽造パスポートやその他の方法を使って不法に侵入しようとする。これは、難民受け入れが増加すると、テロ活動、テロリスト侵入のリスクが増加すると考えられているので、ドイツでは難民受け入れに否定的だと考えられる。また、ほかの政策に焦点を当てると、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党はEUについてより強い関係を築いていくべきだという考え方だが、ドイツのための選択肢はEUにとどまるかどうかを国民投票すべきだと考え方だ。キリスト教民主・社会同盟と社会民主党が議席を大幅に減少して、ドイツのための選択肢が議席を伸ばしたということを考えれば、ドイツ国民はEUに対して何らかの不満を持っていることが考えられる。同じヨーロッパの国である、イギリスのEU脱退が決まり、その流れや影響がドイツにもあるのではないかと考えられる。また、共通通貨ユーロによってユーロ導入国が経済難に至った場合にその影響がほかの国も受ける場合がある。実際にギリシャが財政難に至った際に、ドイツがギリシャにお金を貸すという事態が発生した。このような問題がEUには存在する。さらに、環境エネルギー政策という観点で見てみると、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党はパリ協定を全面的に支持すると表明している。パリ協定とは「京都議定書に代わる新しい地球温暖化対策の国際ルール。2015年12月に採択、16年11月に発効した。産業革命前からの気温上昇を2度より十分低く抑えることが目標。すべての国が削減目標を作り、目標達成義務はないが達成に向けた国内対策を取る」(朝日新聞 2017)というものである。しかし、ドイツのための選択肢は地球温暖化などの気候変動は人間によってだけのものと考えられないということから、パリ協定を脱退するという考え方をしている。これは、現アメリカ大統領のドナルドトランプ大統領も同じような政策を行っていて、環境政策にかけられていたお金を経済政策にまわすことで経済発展を促すというものである。ドイツのための選択肢はこのような政策に似ているように感じられる。議席を伸ばしたことから、ドイツ国民は経済政策の充実を望んでいると考えられる。フランスでは極右政党が議席を伸ばしたり、アメリカでのトランプ大統領当選など、今まで通りの保守派の政治ではなく、革新的な政治をドイツでも求められていると考えられる。

投稿: 全員野球 | 2017年12月24日 (日) 22時08分

「現代社会における路面電車の意義」1510文字 麻雀野郎

都市の交通問題を考察する上で、どのような過程でルネサンスが起こったのかを歴史を追って以下に論じていく。
都市の交通問題は様々な観点から考察することが可能であり、どのような時代も話題に上がる重要な問題である。交通問題は文明が発展して、都市構造や天災などによる人間の力では対処できないようなことなどにより変化していくことで、現在では数多くの種類の問題が浮かび上がっている。
人間の理性は有限であるために、このような問題を処理していくことは困難ではあるが、政治学、法学、経済学、という社会科学総体を必要とするだけなく、地理学、歴史学といった人文科学総体に関する見識も合わせて組み合わせる必要がある。
後期近代において資本主義社会は巨大技術を獲得し、この巨大技術は多くの人々の生活を豊かなものへと変化させた。人々は大量生産されたものを大量消費し、後に自分自身の生活を脅かす原因として対処することとなる。数多く種類のある交通媒体のなかで現在最も多く使用されているものは自動車であるだろう。自動車から排出される排気ガスは一台から出るガスの量はそれほどのものではないかもしれないが、自動車を保有している数自体が相当なものであるため、その分排気ガスの量も莫大な数字になってしまう。このような集合的な責任は個人では解決することは不可能であり、世間の人々が意識を変えることが重要になっていくはずだ。
路面電車ルネサンスが生じる以前は、公共的人員交通はバスのみに限定するという交通政策を貫徹していたが、第四次中東戦争による1974年の第一次オイルショックや1979年のイラン革命の成功による第二次オイルショックなどによってエネルギー危機が認識されたことをきっかけに個別化された自動車による輸送は転換を強いられた。そもそも外貨に乏しかった東ドイツにとって自動車という石油に依存する公共交通手段に一元化することは、問題の多いものであった。そのため、自然環境を保護するのではなく、石油、石炭などの化石燃料を節約すうることが国家的課題になった。
このようなきっかけがあったことにより、公共交通は自動車の使用から徐々に路面電車の使用にシフトしていく。路面電車ルネサンスの本質は自動車による害悪が都市の過剰負担になっていたことにあり、西ドイツの環境意識が増大したのも、この思想が確立されたこの時代からである。そしてこのルネサンスにより、歩行者と路面電車が優先されることになった。自動車のための空間、つまり道路と駐車場が大幅に減少した結果、公共的空間が増大し、交通混合が実現され、多種多様な交通手段が復権された。
そして21世紀においても石油の値段は高騰し続けている。外貨事情が悪化していない先進国ではまだほとんど問題になっていないが、かなりの第三世界におけるエネルギーがあり、都市内交通としての路面電車の意義は薄れていない。
公共交通において最も重要なことはやはり環境に配慮がなされた政策に基づいたものであるだろう。一方的に自分たちの生活を改善しようと勤めていても、過去に日本では公害が問題になったこともある上、世界的には環境破壊を引き起こしてしまうケースも見られる。石油や化石燃料も有限であり、今後人類が消費していく資源は無限である以上、考えて消費する必要があるのは当然だろう。増大している自動車と比べて、減少しているのが路面電車である。自動車の代用ができ、なおかつ歩行者の安全を守り、街の真ん中を走行する路面電車は、これらの問題を解決していることがわかる。このような事実を世間の人々にも伝えていく必要があるだろう。このままでは地球から資源が枯渇することにつながってしまうからである。

投稿: 麻雀野郎 | 2017年12月24日 (日) 20時15分

「後期近代における路面電車の意義」
天地想像

 「交通」と言う概念を考えると、自動車、電車、飛行機など、多種多様な乗り物が現在はある。交通問題は特に大きな問題となっており、国際交通、都市間交通、都市内交通などに分類できる。
 まず、自家用車の歴史から見ていく。西ドイツや西側資本主義国家では、自家用車が唯一の交通手段として確立されていた。各家庭において、自家用車を持っていることが、生活の質の向上を意味していた。そこで、いかに自家用車を運転する際に、渋滞が無く走ることができるのか、また、交通の源とも言える道路を拡大すること、駐車場の拡大が主な交通政策として掲げられていた。この問題点を改善するために、アメリカの交通政策を模範として行っていた。当時アメリカでは、公共交通で重要な役割を担っていた路面電車を廃止し、その場所自体を車線へと変更した。交通道路から、路面電車の軌道が排除されたのである。
 また、モータリゼーション化されたナチスドイツの考えが最先端であったため、渋滞が無い走行というそのものが交通政策を支配していたとされている。よって、自動車以外の路面電車、走行、自転車などは、犠牲を生むものとなってしまった。
 第二次世界大戦後、個々人で持てる自家用車が圧倒的に増大した。そのため、他の交通手段である鉄道が批判対象となり、さらに路面電車も歴史的遺物として批判された。その背景として、自動車の場合、快適が得られたこと、自由が得られたこと、さらには、小さな空間ではあるが、そこでも自由であったことなどが挙げられる。また、公共交通とは異なり、自家用車は制限が失われた。
 中小都市においては、路面電車はバスへと転換された。しかし、バスが走行する道路内では、同じ空間として自家用車も走行が可能である。よって、バスも自家用車も同時に渋滞に巻き込まれることとなってしまった。バスが渋滞に巻き込まれることによって、遅延される。停留所で待つ人々は、バスが到着するまでずっと待ち続けることもあれば、複数のバスが連続で到着することもあった。バスによって、地域内の公共的人員交通が衰えてしまった。
 そこで、路面電車ルネサンスが、西ドイツにおいて誕生した。新しい公共交通は、多種多様な公共空間を確立することにあった。今までの自動車中心的な考えでは無く、人間中心的な考えへと転換された。
 また、本来の路面電車ルネサンスは、自動車による害が、都市の負担へとなったことにもある。環境的には、空気の汚染(環境汚染)、騒音、交通事故などが大きく占める。さらには、難民問題が政治的な問題では無く、環境破壊によって引き起こされたと考えられることもある。
 そのため、路面電車ルネサンスによって、歩行者と路面電車が優越されることとなった。自動車のための空間としてあった、道路や駐車場が減少した結果、公共空間が増大した。さらに、自動車を使用する場合、多くのエネルギーが必要となる。化石燃料である石油、石炭などの節約が国家課題であった。外貨不足によって、化石燃料の輸入が困難になった。そこで、エネルギー浪費を回避するために、路面電車の意味がある。

投稿: 天地想像 | 2017年12月24日 (日) 19時52分

魔人部宇 1647文字
路面電車と市街地
 現代、私たちは路面電車を使うことはあるとは思うが、頻繁には使わなくなっていると言えるだろう。
自動車の利用が活発でなかった頃に、一つの移動手段として誕生した路面電車は人々に大きな影響力と力を与えたであろう。
クルマ移動が主流となっている中での現在の路面電車と、路面電車から見られる地域の繁栄度について論じていきたいと思う。

クルマ移動が主流となって以降、中心部が空洞化した地方都市は多い。
しかし一方で、依然として中心市街地が存在感を維持している街もないわけではない。共通するポイントは「路面電車」の存在である。地方都市の中心市街地が衰退したと言われるようになって久しい。
実際、さまざまな地方都市を訪れてみても、場所によっては県庁所在地のアーケード商店街に人がほとんど通っていない、というケースも少なくないそうである。こうした風景を目にしたり、映像をテレビなどで見たりすることがあれば、地方都市は廃墟になりつつあるように感じられるかもしれない。ただ、冷静に考えれば、シャッター商店街を抱える街だからといって、人口が10分の1に減少している、ということではなく、人々が中心市街地を歩いていないだけなのである。なぜなら、街を歩いている人はいなくても、周辺道路を見れば、多くの車が周辺の道路を走っているのが見られるはずだからである。
見た目の街のにぎわいとは何か? それは単純に人が歩いているか否か、ということになる。歩いている人が多い、とは街に用がある人が多いという以上に、地域の公共交通が機能していて、交通ハブである中心市街地を経由して目的地まで行っている人がどれくらいいるかによって決まってくる。中心市街地の衰退とは、街の交通ハブ機能が失われたことによって、そこを通る人が減少した、ということなのである。
 そして、その主要因は、地方都市がクルマによる域内移動を承認したことである。元々、公共交通の利便性が低い地方においては、パーソナルな移動が自由なクルマが普及すれば、公共交通を利用する人は減少し、その影響から公共交通の運営基盤が傾き、利便性がさらに悪化し、利用者の減少に拍車がかかる、という負のスパイラルが進行し続けた。こうして、クルマ移動が主流となった地方においては公共交通のハブ機能が失われ、中心市街地の存在意義自体が希薄となったのである。ただ、その衰退度合いにはかなり差があり、中心市街地が存在感を維持している街もないわけではない。そうした街にある程度共通する要素とは、「路面電車」の存在である。
 クルマがそれほど普及していなかった頃では、路面電車に乗り人々が移動していたからそうした「路面電車」が通る中心市街地には人が溢れていた時もあっただろうし、多くの人が目的地の市街地を目指していた時は、今はシャッター街である商店街も賑わいを見せていただろう。しかし、人々は移動手段を車に大きくシフトしたことより、様々な市街地が活気を無くしている問題は多くの地方で見られるようになっている。
 ここで、地方自治体は様々な政策を考えるが、2040年以降の移動がすべて自動で行われるかもしれないという予測があり、それが実現化されるとなれば、交通に投資したお金が全く無駄になるというリスクがあり、なかなか一歩を踏み出せない現状である。
 ここまで、路面電車から見られる市街地の繁栄度について論じてきたが、時代は変わっていくものであり、それに伴い移動手段も変化していくのが当然のことである。そんな中でも市電を好きな人もいるが、それは少数であるように思える。非情な言い方であるかもしれないが、時代の変化によって不要になる乗り物もあるだろう。そう考えた時に、「市電がなくなったとして、この地域をどう活性化していこうか」といった、時代に応じたスムーズで柔軟な地域政策が、これからの時代には必要になってくるという示唆であるのかもしれない。
 参考文献
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1709/20/news017_3.html  ITmedia news 路面電車を残した地方都市の共通点
http://1188pooh3.com/st-car-rekisi.htm ちんちん電車の歴史

投稿: 魔人部宇 | 2017年12月24日 (日) 19時23分

路面電車の意義 1569 人生最高

1970年代初頭までは、地域の中の公共的人員交通をバスに限定するという交通政策が行われていたが、1974年の第一次石油危機、1979年の第二次石油危機によってエネルギー危機が認識され、その政策は厳しいものになった。自動車という石油に依存する交通手段に一元化することは、多くの問題があった。西ドイツにおいて、1980-90年代に路面電車ルネサンスが生じた。この新しい公共政策は1950-60年代の思想とは異なっていた。多様な公共空間をつくるために、都市構造の総体において交通そして公共交通を位置づけようとしていた。それは自動車中心主義ではなく、人間中心主義であった。路面電車ルネサンスの本質は、自動車による害が都市に大きく負担をかけたことにある。環境問題は大気汚染、騒音などに代表されるが、これらの問題が都市の市民の公共的意識において浮かんできた。難民問題が政治的問題だけではなく、環境破壊による気象変動に基づいて起こっているとも考えられた。個人交通の進展は、中心街における居住人口を減少させる。住民の郊外化が促進されて、中心街における人口の空洞化が進む。人間的生活にとって重要な歩行のための空間と自然が、道路とその周辺から消えていってしまう。路面電車ルネサンスによって、歩行者と路面電車が優先されるようになった。自動車の場所や空間、道路や駐車場が大幅に減少したことによって、公共的空間が増えた。交通混合が実現され、多くの交通手段が増えた。東ドイツでは、同じ時期に路面電車が交通政策において復権した。西ドイツとは異なっていて、東ドイツの路面電車に対する考え方の変化は、エネルギー危機に基づいていた。1970年代のエネルギー危機により、石油や石炭などの化石燃料の節約が国の課題ともなっていた。また外貨の不足により、その化石燃料の輸入はかなり困難であった。このエネルギーの浪費を回避するために、路面電車の意義が復権したと考えられる。21世紀になって、化石燃料の値段はどんどん高騰している。それにより、エネルギー危機を抱えている国が多くある。都市内交通としての路面電車の意義は重要なものである。路面電車の歴史をみると、古くからあり、世界初の路面電車が走ったのは1881年であった。路面電車は簡単に設置できて、安全に走行できると、世界各地の都市で走り始めた。しかし、自動車の登場によって路面電車は衰退し始め、路面電車よりも安く、融通性のあるバスや地下鉄が登場し、道路渋滞によって路面電車の運行が阻害され、運行効率が低下した。それで、ほとんどの都市から路面電車がなくなっていった。自動車の増加により、多くの都市にさまざまな問題をもたらした。道路渋滞による都市機能の低下、大気汚染等の環境問題、交通事故などです。このような自動車に頼っている都市を変えようと、再評価されはじめたなが路面電車である。路面電車のように車道と併用する道を走るものも多いが、路面だけではなく下も高架も走行できる。バスよりも多くの人を運ぶことができ、地下鉄に比べて建設、導入コストが安い。また超低床車両が使われて路面からすぐ乗れるため、お年寄りや車いすの人々にもやさしい。車に依存しないまちづくりが重要であるといわれているが、日本の路面電車は利用者の減少に苦しんでいるところがたくさんある。そして、日本でのLRTの導入事例は、いまのところこの富山の例しかない。欧米を中心に世界でLRTの導入が進んでいるが、日本は、関係主体間の合意形成、コストの制約などの問題でなかなか新規路線の整備が進んでいない。この状況を打開するためには、国土交通省でも地域の合意形成に基づくLRT整備計画に対し、LRT総合整備事業による補助と総合的支援をすることが重要である。環境対策として、また地域作りや地域の活性化の手段として、路面電車の意義をもっと考えるべきである。


投稿: 人生最高 | 2017年12月24日 (日) 19時10分

「後期近代における路面電車の意義を思想史的観点から論述する」  
1521文字 十人十色
第二次世界大戦後、自動車が一般家庭に普及したことによって、自動車と競合する公共交通が批判の対象となった。特に路面電車は自動車の走る道路同じ空間を共有することになるので軌道が道路から撤去された。個人所有の自動車と公共交通の大きな違いは個人的快適性にある。鉄道、路面電車は決まった線路、軌道を走るのに対して、個人所有の自動車は運転手と同乗者のいきたい場所に行ける。小さな空間だが車の中では個人的自由が行使できた。大都市では多くの軌道が残されたのだが、中小都市ではそれまで路面電車が担っていた役割をバスが代わりに普及し、担っていった。しかしそのバスでも自動車には対抗できなかった。自動車の普及によって道路で渋滞が発生するようになっていった。そしてその渋滞に自動車もバスも例外なく巻き込まれていった。この渋滞によってバスは、公共交通機関が一般的に求められる定時性と定期間性が確保できなくなった。しかしこのような公共交通をバスだけに限定し、個人所有の自動車によって人々を輸送するといった政策は転換を余儀なくされた。
オイルショックによってエネルギー危機が認知されるようになったからである。その結果、東西ドイツでは路面電車を見直す動き、路面電車ルネサンスが活発になった。東ドイツは元々外貨が乏しく、石油に依存する交通手段に一元化することは問題の多いものであった。東ドイツは自然環境の保護ではなく経済的な面から化石燃料の節約をしようという政策に転換していったのだ。対して西ドイツでは人間の道徳に訴える形で化石燃料の削減を進めていった。空気の汚染、騒音、交通事故等の増加によって西ドイツ市民の自動車に対する意識は変わっていった。これにより車のための空間、すなわち道路と駐車場の数が激減した。それに伴い公共的空間が増大し、交通混合が実現し、多種多様な交通手段が復権を果たした。1980年以降、このようにして東西ドイツでは路面電車が復権を果たした。
日本で初の路面電車は1895年、京都府において運行を開始した。その後京都での成功を見るや否や、全国で路面電車が次々と開業された。日本が日中戦争、太平洋戦争と戦争への道を歩むなか、路面電車は思わぬ盛況を迎えた。戦争によるガソリンの統制によりバス、タクシーなどの競合する交通機関が制限されていき、その利用客が路面電車に流入してきたのだ。しかしそういった盛況も束の間で戦争によって車両の焼失、軌道の破壊など甚大な被害に見舞われた。そういったなか、残った路面電車は輸送需要の増加などで、復興のシンボルとなっていった。高度経済成長が始まると、家庭用の自家用車が普及し始め、路面電車の規模は少しづつ小さくなっていった。
上記で説明したように路面電車を語るうえで外せない要素となってくるのがエネルギー問題と自動車の台頭という点だ。特に自動車の登場は路面電車にとっては致命的なものになった。そして自動車が広く普及しその欠点が見えてきて、その部分を補うために路面電車が有用とわかり再評価されていく。これが後期近代の路面電車の流れです。西ドイツと東ドイツでの路面電車再評価までの流れで違いは当時の経済状況によるものだ。比較的豊かだった西ドイツはより良い生活のため、空気の汚染、騒音、交通事故などを減らそうとしその代わりを路面電車に担わせようとした。対して東ドイツは貧しく、生活のために化石燃料の使用を減らさなければならなかった。その結果が自動車を減らし、路面電車を再び復権させようという動きにつながった。どちらも経緯が違えど、路面電車は後期近代において必要なものだったということだ。

投稿: 十人十色 | 2017年12月24日 (日) 18時10分

 「後期近代における路面電車の意義を思想史的観点から論述する」1563字
                                上原引退

まず、後期近代とは何かについて述べなくてはならないように思う。近代と中世の違いは何かと申せば絶対王政か否かという点であることが大きいと思う。そして絶対王政が終わり国王、皇帝あるいは法王の権利が絶対なものにならなくなり国民主権が誕生しそして近代へと時代は移ったと考えるのが適当かと思われる。
 では前期と後期で何が違うかを検討するとき、必ず出てくる言葉は「産業革命」という言葉である。農業効率や漁業の効率が飛躍的に伸びたことも学術的には「産業革命」と呼んでしかるべきであるらしいのだが、ここで述べている「産業革命」は産業が工業化したことについてである。その為本来であれば産業の工業化、または産業の分業化と呼ぶべきではなかろうかという疑問がある。
なお、この時の産業革命がはじまり英国の多くの人間が工場労働者になりそれまでの生活は多く変わることとなる。それまで農地で生活していた人間も工場での労働が増え、都市への移動も多くなった。そして都市での急速な移動により起こることは容易に想像がつくとは思うが環境の汚染である。環境学的な観点から述べれば人が集まるところというのは総じて汚染するというのが常識だそうだ。その論拠と言っても良いのだろうかこの当時の英国の平均寿命は十代にまでなった。もっと深く掘り下げれば急速な都市への流入に対し対策は取れておらず上下水道の整備が間に合わなかったというのが現在の見解である。
この後期近代の様々な生活の変化、豊かさの変化が人々への思想を変革させたことは自明ではないだろうか。
路面鉄道というのは元々馬車鉄道から登場したものであり、その歴史は19世紀前半まで遡る。そして電気動力での路面電車というのはドイツが発祥であることを私は本議題の調査により知ることとなった。
では、この路面電車は思想史的にどのような意味を持ったのか。本議題ではこれが問われているわけだが残念ながらその資料は少ない。世界中から情報がリークされるインターネットでも妥当な検索結果はあまり得られなかった。故に本議題あるいは田村教授の研究のテーマが特異なもののように思える。恐らくは当時の時代背景を考察し、そこから思想的な意味合いを考察、推論したものと思う。
私は思想史、特にドイツと言うものに焦点を当てたとき門外漢でありその為申し訳ないが田村教授の意見をそのまま引用させていただきたく思う。曰く路面電車の意味合いというのは「公共性の形成」にあるそうだ。引用サイトとしてこちらを利用したのだが、
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/3237
「近代社会はある思想を一元化しようとする。しかし、一元化すれば、自然そして人間的自然と矛盾する。たとえば、本邦における禁煙思想がその典型である。すべての社会的空間から紫煙を排除しようとする。しかし、ドイツは全面禁煙を標榜しながら、喫煙所を廃止することはない。当然のことながら、本稿が全面喫煙を主張しているわけではない。また、低床扉もすべて車両がそうである必要はない。ある思想は一元的に実現されるべきではない。人間的自然に配慮すべきであると、主張しているにすぎない。そのような思考形式をドイツの公共交通に関する政策から学ぶこともできよう。」
 私は、これを空間の一元化が思想を一元的にしようという誤りを生んだのかという様な疑問が生まれたのだが後日、当人に尋ねることにする。
 余談かもしれないが公共性というのも、定義がなされておらずというのも公共というのはみんなの空間と言うような認識であるがこのみんなが何を指すかということである。一人の人間がすべての人間を認識、包括することはできず範囲は限界がある上に、周囲の環境というのは刻一刻と変化していく。故に思想も一元化するのは難しい話であろうと思う。


投稿: 上原引退 | 2017年12月24日 (日) 14時33分

「路面電車」字数:1940  根室花丸

「交通の問題を、巨大な問題として考える」
 
 近年、一家に数台の車が存在する時代となった。自分はお金もないので、車も買えないが、どこかに出かけようとするたびに「あぁ、車が欲しいなぁ。誰か車かってくれないかなぁ、」と思ったりするものである。このような時代が到来する前は、公共交通機関の時代であった。人々は公共のバスを使い、電車を使っていた。今も大都市では、公共交通機関が整備されているから、一家に数台も車は必要ではないが、へき地、つまりJRが赤字になるような北海道、また各都道府県における地方では車は必須なのである。しかし、この便利な車もたくさんの課題を抱えていることを忘れてはいけない。そこで、公共交通機関の歴史を少し振り返り、一元化の歴史について述べ、車社会の課題、またその解決策について考察したい。
 先も述べたように、車が社会に普及する以前には公共交通機関が発達していた。それには、バス、電車のほかに路面電車も存在した。これらは、誰もが使えるという点から視て、公共財といっても良いであろう。この公共財が大部分の交通を占めていたのである。そして、金銭的に余裕のあるものだけが自家用車なるものを所有していたのである。しかし、産業の発展によりあらゆるものを作る技術が、ものすごい速さで革新されていった。これにより、1つ1つのモノを低コストで作れるようになったし、技術の発展によって世界とのモノのやりとりが可能になり、人々の所得が増加していった。そして、カネを持った人々は安くて誰もが乗れる路面電車から、自分の行きたいところに、そしてどこにでもいける車に移動手段をシフトしていった。これが、路面電車から車への第一段階のシフトである。さらに、この路面電車(公共交通機関)から車へのシフト・一元化を促進させたのが国家である。国家は、国民が路面電車から車へ移動手段をシフトさせるのをみて車に需要があると考える。これは当然のことであるが、今の車の課題をみれば先のことを考えていないようにも思える。国家は、車に発展可能性があるとみて、国民の所得を増やすべく公共政策として車が走る道路の整備を行った。これにより、国民は道路整備の面で所得を得ることができ、さらに完成したあともその道路を使用することによって時間の短縮やヒト・モノの移動という恩恵をうけることになる。このながれが、自動車への一元化への流れ都なっている。これは、歴史をみても宗教や民族、言語、通貨なども同じような歴史をたどることが見て取れる。
 さて、国が豊かになったと思われたが、物事は光の部分をもてば、必ず闇を持ち合わせるのが世の中の常となっている。自動車への一元化が進み、課題が多く見えてきた。一つには、CO2の排出、つまり地球温暖化の影響が挙げられるであろう。自動車は石油を燃焼させて走っている。この行為は空気中に二酸化炭素を排出するのは、誰もが知っている。しかし、それゆえ空気中のオゾン層が破壊され、紫外線が地表まで届き皮膚がんになるリスクが高まっているということを日々考えながら車を走らせる人はいないだろうし、CO2により世界の沿岸部の島が沈みそこに住む人々が生活の地を奪われており、さらにその環境問題によって世界のどこかで雨が降らなくなり食料を生産できる土地を巡って争いが起きていることなどこれっぽっちも考えて車を走らせてはいないだろう。ある、本ではあらゆる国の紛争も世界のあらゆる問題も巡り巡って環境問題に起因しており、環境問題を解決すれば世界の問題の8割から9割は解決できると述べていた。しかし、自分の運転している車が環境破壊を行っているとは到底思わない、またそれを実感するのが出来ないのが人間なのである。しかし、それは人間が有限である以上しかたないことかもしれない。つまり、人間が有限な存在であるのに対し、無限に近い環境問題を自分事としてとらえる事が本来困難であるということ。
 しかし、このような問題を放置しておけるほど地球の自浄作用は高くない。こちらも有限なのである。無限を有限で処理することはできない。環境問題、しいてCO2の削減という観点から述べるとすれば、自動車の一元化がなされる以前に戻り、公共財である路面電車などの比較的CO2排出量の少ない移動手に人々が立ち返る必要が出てくると考える。つまりは、政治と一緒で草の根から活動を始めていかなければ、つまり有限である存在は有限からとりくまなければ無限に変化を与えることはできないということである。それにしても、このような活動を数人で行っても意味がない。有限である存在が無限の数だけ行ってこそ、無限をかえることが可能“かもしれない”ということを考えなければならないと私は考える。
snowsnowsnowvirgo

投稿: 根室花丸 | 2017年12月24日 (日) 13時14分

後期近代における路面電車の意義 1548文字 雷雨決行

自動車、電車、飛行機、船など現代に至るまでに様々な交通手段が技術の発展とともに普及してきた。そして、それらは人々の住むまち、ライフスタイルと密接に関わっており、多大きな影響を及ぼしている。歴史を辿っていくと、人々の環境、生活に変化をもたらした出来事がいくつかある。そのうちの一つが1980~1990年代に起きた路面電車ルネサンスである。この動きは全ての都市で起きたわけではなく、むしろ実現された都市の方が少ない。そんな中、ドイツでは後期近代において路面電車の再建がなされた。ここでは、路面電車ルネサンスが起きた経緯と、それがもたらした影響について述べ、後期近代における路面電車の意義について考えていきたい。
 路面電車ルネサンスが起こる以前の1950~1960年代は自動車が人々の移動手段の中心であり、まちも自動車利用の優先を前提としてつくられていった。道路の幅を広げるために路面電車の軌道が排除され、道路も延伸されていき、人々の移動範囲が広がっていった。また、まちの中心街は商業で栄えたため、自動車移動の範囲が広がった人々は郊外に住むようになり、都市における人口の空洞化が進んでいった。さらに、歩行のための空間や自然が消滅し、都市の景観や機能は多様性ではなく自動車による一元的な様相を呈していた。
 しかし、1980年~1990年代に入ると、自動車の排気ガスによる大気汚染や騒音、交通事故などの社会問題が人々の間で活発に議論されるようになった。これを受けて西ドイツでは路面電車を再建することでこれまで自動車のために使われていた道路や駐車場などの空間を減らすことで環境問題に対応した。また、多様な交通手段による公共空間の増大で、自動車中心ではなく人間中心のまちが形成されていった。一方で東ドイツでは環境という観点からではなく、エネルギーという観点から路面電車ルネサンスが起きた。当時、石油、石炭の節約が国家における重要課題として挙げられており、エネルギーの浪費を防ぐために路面電車が復活した。
 このように、後期近代において路面電車は環境汚染対策とエネルギー浪費回避としての役割を担っていた。また、ここでいう環境問題とは単なる大気汚染や騒音だけにとどまらず、人が人らしく生きていけるような環境という意味も含んでいる。具体的には、人間の最も基本的な移動手段である歩行のスペースの確保である。さらに、路面電車ルネサンスは都市の多様性を維持するという役割も担っている。自動車中心のまちづくりがなされてきた都市では人々は郊外に住むようになり、中心市では商業が発達するなど、都市としての機能が細分化されてしまっていた。これにより本来の都市の特徴である混合、凝集をはじめとした多様性が弱まりつつあった。しかし、路面電車の復活によってコンパクトなまちづくりが実現し、多様な交通機関やまちを歩く人など、多様性が再びもたらされた。
 路面電車の普及は後期近代に限らず、現代においても都市に影響を及ぼしている。ドイツではカールスルーエやフライブルク等で路面電車が発達しておる。また、日本では富山市でLRT(ライトレール・路面電車)を導入したまちづくりが行われ、2011年に低炭素社会への先駆的な取り組みで「環境モデル都市」に選定され、2012年にはOECDによってコンパクトシティの世界先進モデルに選出された。路面電車の普及によって富山市では高齢者の公共交通機関の利用も増え、まち歩きを誘発した。さらに、人々の自動車からの転換により12%もの二酸化炭素の削減に成功し、中心市街地の人口も2005年の11.8万人から2013年には13.5万人まで増加した。このように、後期近代に起きた路面電車の復活は現代においても都市へ多大な影響を及ぼしており、まちの環境向上や、都市の多様性の発展に多大な貢献をしているといえるだろう。

投稿: 雷雨決行 | 2017年12月24日 (日) 10時25分

後期近代における路面電車の意義-思想史的観点から- 勇往邁進 1513字
路面電車は後期近代において重要な公共交通としてヨーロッパや日本、アメリカなどでその役割を担ってきた。しかし、第二次世界大戦終結後の1950~70年代にかけて自家用車が広く普及し始め、自家用車を所有することが生活水準の向上を意味するようになった。すると、交通政策は「自家用車を渋滞させない」等の自家用車を中心とした目的となり、道路の拡張を行うようになった。路面電車、歩行、自転車といった自家用車以外の交通手段は交通政策の対象外となってしまう。また、モータリゼーション化された個人交通を政策の基軸に捉えることは戦前から行われていた。その最たる例がナチス・ドイツである。ドイツはアウトバーンという道路を建設し、モータリゼーション化を進めていた。1950年代になると路面電車は歴史的遺物であると批判され、道路拡張と共に路面電車の軌道は撤去されるようになった。多くの大都市圏では地下鉄が建設され、路面電車の主要な駅が地下鉄の駅に置き換わるようになった。対して、人口10万人から30万人程度の中小都市や地下鉄を必要としない大都市の周辺地域において、路面電車はバスに代替されることになった。人口増加が続く大都市は別として、人口減少の続く中小都市ではバスは自家用車に対抗することはできない。バスは自家用車と同じ道路を利用しているため、渋滞にも巻き込まれる。そうすると、バスの強みでもある定時性と定間隔性を確保することが難しくなった。公共交通がバスに一元化されたことによって、路面電車などの他の公共交通は衰退していくことになる。他にも地方都市では自家用車に合わせた郊外に大型スーパーなどを建てる郊外型都市構造が路面電車などの公共交通を衰退させるひとつの要因として考えられる。行政が主導した公共交通機関はある程度固定された路線しか使えないため、複雑化する傾向があり、郊外型の都市構造に対応しきれないことが多い。このような公共交通をバスに一元化するという交通政策は1970年代初頭まで続いていたが1974年の第一次石油危機、1979年の第二次石油危機等のエネルギー危機によって、公共交通をバスだけに依存する政策は転換することになった。1980~90年代の西ドイツにおいて路面電車ルネサンスと呼ばれる路面電車に対する認識の変化が生じた。自動車による空気の汚染や騒音、交通事故などの害悪が都市の過剰負担になったことが理由として挙げられる。このルネサンスによって、道路や駐車場といった自動車のための空間が減少した結果、公共的空間が増大し、多種多様な交通手段が復権した。石油価格の高騰など今現在でもエネルギー問題は続いている。この状況では路面電車の重要度も高まっていくだろうと考えられる。
上記で出ていた一元化というのは、初期近代から思想として出現していた。16世紀半ばで行われた宗教改革を主導したルターが唱えた万人司祭主義というものが宗教的世界においてはじめて一元化が生じたとされる。ルターが唱えた万人司祭主義において中世社会における神に奉仕する高位の存在だった聖職者の存在は否定され、最も神から遠い存在だった一般信徒が神に奉仕することになる。この万人司祭主義においては内面世界において神のもとに人々は皆平等であり、聖職者と一般信徒の間には違いはない。このことは教皇を中心としたキリスト教のピラミッド的位階制度が崩壊することになる。この宗教的世界における位階制的秩序の崩壊が、政治的世界の国家と国民の一元的支配関係に対応している。重層的支配形式から一元的支配形式への転換というのは宗教的世界においてルターの万人司祭主義が初めて生じたものである。

投稿: 勇猛邁進 | 2017年12月24日 (日) 03時32分

後期近代における路面電車の意義について
雪見大福 1504文字
 地球上で人間は環境と共存して生活しているため、環境への配慮も忘れてはいけないだろう。しかし後期近代では、人間社会が要因であると考えられる、環境問題が浮上してきている。環境問題の例としては、原子力問題や自動車の排気ガス問題などが挙げられる。原子力問題では原子力発電所で生産されるプルトニウムやダイオキシンは自然明きでは生成されない。これらは人間の活動によって排出されるものであり、廃棄物として処理されることで、環境に悪影響を及ぼす可能性が大いにあるのである。自動車の排気ガス問題では、排気ガスによって環境と同時に健康被害も想定される。技術が進み、有害物質を排出しない車の開発が進み実用化が実現している。しかし、環境問題は個人の力ではどうにもできない。近代になり技術が進歩したことで、資本主義社会は巨大技術を手に入れた。人間が商品を大量生産することで、必然的に大量に廃棄物が出てしまう。よって、環境問題が進行してしまうというサイクルなのである。このサイクルは多くの人間が引き起こす問題であるため、個人の力で解決することは不可能に近い。後期近代人々は物事を一元化するようになった。その例として交通問題がある。個人主義が強まり、公共交通機関が大幅に減少したのである。個人の空間の獲得のために移動が自動車化された。しかし、この個人化は1974年の第一次石油危機と1979年の第二次石油危機によるエネルギー危機によって転換を余儀なくされる。このエネルギー危機によって化石燃料の価格が高騰し、人々はこれらが有限であることを学び、公共交通機関の価値が再認識された。多様な公共交通機関が復活し、国家にとって化石燃料の節約が課題となった。近代は人口が増加し、交通機関がより必要となった。もしも近代で個人主義が採用され交通機関が自動車に一元化された場合、前述した化石燃料の消費は莫大な数となり、国家は成り立たなくなってしまう。よって人口が集中している近代都市には公共交通機関が必要不可欠なのである。交通機関の例として電車や地下鉄、路面電車、新幹線などがある。このような公共交通機関は社会的なコストがかかってしまうという問題や、自動車が増大していることもさらなる環境問題が懸念される。交通機関に注目したが、コストがかからず環境への負荷もほとんどない「歩行」が今では、否定されている。歩行は健康にもよく、エコなものとして人々に再認識されてもよいのではないかと考えるが、カネやモノ以上にヒトの移動が発達した近代では受け入れられない可能性があるだろう。私は交通機関が公共のものとして存在していることに関して賛成である。学生や自動車免許を取得していない人にとっては、移動手段が歩行しかないからである。交通機関を利用しなければ、学校や職場などの目的地に着くことができないという人は少なくないだろう。よって公共交通機関は必要であると考える。私は都市に限定して必要なのではなく、人口の少ない田舎にもなくてはならないものであると考える。路面電車に関しては、札幌や函館にもある市電が一つの例である。函館に住んでみても市電のありがたさは大いに感じる。市民にとって重要な交通手段の1つであり、雪や雨などの悪天候をも避けることができる。観光客にも人気があり、今では観光を盛り上げていくために欠かせない存在となっている。また、市のイベントによって料金がお手頃になったり、交通機関への集中を防ぐことができたりとプラスな面が多く存在する。以上のことから、私は路面電車を含む公共交通機関を近代に残しておくことに、賛成である。

投稿: 雪見大福 | 2017年12月24日 (日) 00時15分

路面電車の存在意義について 二七四一 1215文字
まず、後期近代における路面電車の意義について自分は必要であると考えている。しかし、自動車が普及されていて尚かつ市電以外の公共交通も充実している現代社会において路面電車は交通面においてだけで存在意義があると言い切るのは難しいと思う。しかし、それでも自分が路面電車に意義を見出すのは路面電車を使っている地域の景観保全に貢献していると考えているからである。どのように貢献しているかと考えた時に自分が考えたのは「昔から存在する路面電車は昔の街並みの1つとして歴史的な価値があること」、そして「路面電車を運行するにあたって線路が必要なため余分な道路開発を防ぐことができること」という2つの点において路面電車は景観保全にしっかりと貢献していると思う。この内まず、前者から述べていきたいと思う。ここでいう昔は今も当時の生活を知っていると思われるだいたい大正から昭和初期を考えている。当たり前のことだが昔と今で路面電車の車両自体は異なっている(函館などでは昔の車両を観光資源として使うケースがあるが)。しかし、どんなに車両は変わっても路面電車が走っているという歴史は変わらない。その中で路面電車がある地域には他の路面電車を廃止した地域よりも歴史が残っているため、観光資源として扱いやすいと自分は考える。もっともこれは路面電車の意義が昔よりも薄くなっているため他の地域との差別化に成功しているだけだとも言えてしまう。それに、歴史的景観を守るという目的だけで路面電車を残すというのはそこでくらしている市民にとっては納得がしやすいと言えるものではないと思う。そこで2つ目の「余分な道路開発を防ぐ」という部分について述べたいと思う。道路開発を防ぐということ自体は線路が敷かれているため割と自明なことである。ここで言いたいのは線路を無くして道路にしてしまうことの問題について述べる。線路を無くしてしまうということはその分起こるはずだった渋滞がなくなり、自動車が道路をより快適に走行することができる。しかし、その分歩行者は減り(車での移動の際に問題であった交通渋滞が解消されてしまい移動が楽なため)車の排気ガスが以前より増えてしまう。さらに、歩行者が減ることによりそこ一体に店を構えていた人達の収入が減ってしまう。このように道路が増えてしまうことにより排気ガスなどの環境的な問題と地域住民の経済状況の悪化が起こる。それに、路面電車の線路を無くしても人通りが常に多い状態の都市部ならまだしも、田舎でそれをしてしまうと人は都市部への移動が簡単に感じられ田舎に住んでいても都市部でのみ経済が回るということが起きてしまう可能性もある。このような点において現代の路面電車は従来定義されていた人々を目的地へと運ぶ交通手段としての存在意義だけではなく、そこの地域が持つ街並みや自然環境を守る存在として存在する意義があると自分は考えている。

投稿: 2741 | 2017年12月23日 (土) 20時06分

路面電車の存在意義について 二七四一 1215文字
まず、後期近代における路面電車の意義について自分は必要であると考えている。しかし、自動車が普及されていて尚かつ市電以外の公共交通も充実している現代社会において路面電車は交通面においてだけで存在意義があると言い切るのは難しいと思う。しかし、それでも自分が路面電車に意義を見出すのは路面電車を使っている地域の景観保全に貢献していると考えているからである。どのように貢献しているかと考えた時に自分が考えたのは「昔から存在する路面電車は昔の街並みの1つとして歴史的な価値があること」、そして「路面電車を運行するにあたって線路が必要なため余分な道路開発を防ぐことができること」という2つの点において路面電車は景観保全にしっかりと貢献していると思う。この内まず、前者から述べていきたいと思う。ここでいう昔は今も当時の生活を知っていると思われるだいたい大正から昭和初期を考えている。当たり前のことだが昔と今で路面電車の車両自体は異なっている(函館などでは昔の車両を観光資源として使うケースがあるが)。しかし、どんなに車両は変わっても路面電車が走っているという歴史は変わらない。その中で路面電車がある地域には他の路面電車を廃止した地域よりも歴史が残っているため、観光資源として扱いやすいと自分は考える。もっともこれは路面電車の意義が昔よりも薄くなっているため他の地域との差別化に成功しているだけだとも言えてしまう。それに、歴史的景観を守るという目的だけで路面電車を残すというのはそこでくらしている市民にとっては納得がしやすいと言えるものではないと思う。そこで2つ目の「余分な道路開発を防ぐ」という部分について述べたいと思う。道路開発を防ぐということ自体は線路が敷かれているため割と自明なことである。ここで言いたいのは線路を無くして道路にしてしまうことの問題について述べる。線路を無くしてしまうということはその分起こるはずだった渋滞がなくなり、自動車が道路をより快適に走行することができる。しかし、その分歩行者は減り(車での移動の際に問題であった交通渋滞が解消されてしまい移動が楽なため)車の排気ガスが以前より増えてしまう。さらに、歩行者が減ることによりそこ一体に店を構えていた人達の収入が減ってしまう。このように道路が増えてしまうことにより排気ガスなどの環境的な問題と地域住民の経済状況の悪化が起こる。それに、路面電車の線路を無くしても人通りが常に多い状態の都市部ならまだしも、田舎でそれをしてしまうと人は都市部への移動が簡単に感じられ田舎に住んでいても都市部でのみ経済が回るということが起きてしまう可能性もある。このような点において現代の路面電車は従来定義されていた人々を目的地へと運ぶ交通手段としての存在意義だけではなく、そこの地域が持つ街並みや自然環境を守る存在として存在する意義があると自分は考えている。

投稿: 2741 | 2017年12月23日 (土) 20時05分

都市の交通問題は様々な観点から考察されうるものであり、いつの時代も議論が繰り返し重ねられた問題である。交通問題とは文明の発展、都市構造、その都市の気候や地形などの人間の理性では制御できない部分などにより形をかえ、現在では数多くの種類の問題が浮かび上がっている。
有限な人間的な理性によって、このような巨大な問題を考察し、把握することは不可能出るが、政治学、法学、経済学、という社会科学総体を必要とするだけなく、地理学、歴史学といった人文科学総体に関する見識も必要となる。
後期近代において資本主義社会は巨大技術を獲得した。そしてこの巨大技術は多くの人々の生活を豊かにし、人々は大量生産されたものを大量消費し、後に自分自身の生活を脅かす原因として対処することとなる。数多く種類のある交通媒体のなかで現在最も多く使用されているものは自動車であるだろう。自動車から排出される排気ガスは一医大から出るガスの量は微量かもしれないが、市民の自動車の保有数は非常に多いため、その分排気ガスの量も莫大な数字になってしまう。このような集合的な責任はは個人では解決することは不可能であり、消費者の意識を変えない限りは一向に解決することはないだろう。
路面電車ルネサンスが生じる以前は、公共的人員交通はバスのみに限定するという交通政策を貫徹していたが、第四次中東戦争による1974年の第一次オイルショックや1979年のイラン革命の成功による第二次オイルショックなどによってエネルギー危機が認識されたのをきっかけに個別化された自動車による輸送は転換を強いられた。そもそも外貨に乏しかった東ドイツにとって自動車という石油に依存する公共交通手段に一元化することは、問題の多いものであった。そのため、自然環境を保護するのではなく、石油、石炭などの化石燃料を節約すうることが国家的課題になった。
このようなきっかけがあったことにより、公共交通は自動車の使用から徐々に路面電車の使用にシフトしていく。路面電車ルネサンスの本質は自動車による害悪が都市の過剰負担になっていたことにあり、西ドイツの環境意識が増大したのも、この思想が確立されたこの時代からである。そしてこのルネサンスにより、歩行者と路面電車が優先されることになった。自動車のための空間、つまり道路と駐車場が大幅に減少した結果、公共的空間が増大し、交通混合が実現され、多種多様な交通手段が復権された。
そして21世紀においても石油の値段は高騰し続けている。外貨事情が悪化していない先進国ではまだほとんど問題になっていないが、かなりの第三世界におけるエネルギーがあり、都市内交通としての路面電車の意義は薄れていない。
公共交通において最も重要なことはやはり環境に配慮がなされた政策に基づいたものであるだろう。路面電車や自動車に限らず、便利に人やものを素早くかつ安全にはこぶのであれば、その裏付けには環境破壊という代償が生じてしまう。一人ではこのような環境問題を解決することは難しいため、政策として明確に示す必要があるだろう。この問題に加えて、化石燃料の値段の高騰を踏まえれば、数が圧倒的に多い自動車よりも一度にたくさんのひとを乗せることができる路面電車が優先されるべきではないだろうか。化石燃料のような有限資源は、今は便利に使用することができても、使用するスピードが速すぎてしまうと数十年後には底をつきてしまうかもしれないのである。さらに、化石燃料は生成するのに莫大な時間を要するため、なおさら節約する術を見つけなければならないだろう。自動車の代用ができ、なおかつ歩行者の安全を守り、街の真ん中を走行することのできる交通媒体は路面電車が最適なのである。

投稿: 百花繚乱 | 2017年12月23日 (土) 17時43分

一般理論によって対応不可能な問題が出現した後期近代。環境問題といった個人では到底解決しきれない問題が多く発生した。さらに、後期近代において資本主義の社会は、巨大技術が発展した。大量生産、大量消費という豊かな生活に欠かすことのできない巨大技術だが、この巨大技術は人間の近代的道徳を破壊する。そんな中、わが国では税金を鉄道破壊のためにつぎ込んでいる。そしてさらに、日本では税金によって道路交通網を整備している。道路交通は主に「個人交通」として利用されている。対照的に鉄道交通は「大量輸送手段」として有効性を持っている。しかし、国土交通省の交通政策では、道路交通を優先している。反対に西欧では、路面電車が大きな役割を果たしている。

近代社会は世界観だけでなく、人間観も一元化しようとする。自動車という石油に依存した交通手段に一元化することには問題が多い。自然環境の保護や、石油、石炭の化石燃料のエネルギー資源の問題など課題は尽きない。そこで1980~90年代の西ドイツにおける自動車社会からの転換に路面電車を活用した交通政策「路面電車ルネサンス」が発生した。路面電車ルネサンスは、都市構造の総体において公共交通を位置づけようとした。路面電車ルネサンスの本質は、自動車による害悪が都市の過剰負担になったことにある。このルネサンスによって、歩行者と路面電車が優先されるようになり、自動車のための空間の減少、さらに公共的空間が増大した。東ドイツでも、エネルギー危機がきっかけとなり、路面電車への意識が転換し意義が復権した。

そもそも、自家用車が普及した背景には、「自由の象徴としての自動車」というものがある。1950~70年代、自家用車を所有することは生活水準の向上を示すというパラダイムが存在していた。西側資本主義国家では、自家用車をスムーズに、渋滞なく走行させるため道路の拡張、駐車場の拡張を主に都市を造ってきた。そして1950年~60年代のアメリカ合衆国では地域内の公共的人員交通において重要な役割を担っていた路面電車を撤去し、道路を作った。モータリゼーション化された個人交通が基軸に据えられている時代だと、自動車以外の交通、つまり路面電車、歩行、自転車等は考慮の対象外となり、犠牲になった。大衆化した自動車は、地域内公共的人員交通の概念時代を破壊する。道路交通に重きを置く一般的思考様式は都市構造に密接に関連する。「交通の脳梗塞」ともよばれる、渋滞をなくすため、道路を拡張することは善とされており、待ちが変わることに関しての考慮がされていなかった。自動車は個人交通を可能にするだけでなく、車を持っているという「ステータス」として一気に普及した。しかし、自動車の普及率が高まると上記したとおり、環境問題、エネルギー問題に拍車をかけてしまう。地球温暖化等への関心が高まる中、「公共交通」というコンテンツが見直されているのではないだろうか。そして現在ドイツや日本でも路面電車は公共交通の役割を担っている。そしてさらに、ライトレールトランジット (Light rail transit, LRT)も活躍の幅を広めている。大部分を専用軌道として部分的に道路上を1両~数両編成の列車が電気運転によって走行し、誰でも容易に利用できる都市の交通システムとされており、高コストな建設費を避け、輸送力は高架鉄道や地下鉄よりは小さく、路面電車・路線バスとは異なり専用軌道を基本とすることで、ほぼ運行が道路交通に影響されない形態の都市旅客鉄道を意味し、多くの交通手段の長所を取り入れた第三の都市鉄道となっている。

自動車が普及している今、路面電車が広まるのは、課題も多くコストもかかるだろう。しかし、もう一度改めて路面電車を見直すべきである。

投稿: 酒池肉林 | 2017年12月23日 (土) 16時23分

後期近代における路面電車の意義 本文1990字 東京優駿

1.後期近代に至るまで
 17世紀、清教徒革命を皮切りにして市民革命が起きた。これにより従来の封建的・絶対主義的国家は影を潜め、個人の経済的自由および思想的な自由が認められていくことになる。また、産業革命によって資本主義が成立したことで工場制機械工業が主流となった。様々な技術革新が起きたが、中でも蒸気機関の発明は人々の生活に大きな変革をもたらした。それまで人々の移動手段といえば徒歩もしくは馬車しかなかった。しかし、蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船や鉄道が発明されたことで、社会における交通網は発達し、人やモノの流れは急速に盛んになっていった。
 この一連の流れは近世から近代への移行を意味しているが、近代は初期近代と後期近代に大別される。初期近代とは、とりわけ上で述べたような封建社会の崩壊による市民社会の出現や産業革命による技術の変革を意味している。一方、後期近代という時代区分は初期近代とは異なり、多くの国家はこれに該当しない。高齢者問題や高度医療問題、原子力問題、環境問題ならびに交通問題などの近代という枠組みを逸脱した問題の出現が後期近代という時代区分を造り出したといえる。そのため、このような時代把握が生じるのは、おおむね資本主義国家の中でも先進国に限られる。

2.自家用車の対等と公共交通の衰退
 近代社会の成立と同時に個人の自由が認められた反面、人々のコミュニティへの帰属は軽視されるようになる。初期近代においては諸個人の原子化傾向を促進すると同時に、家族や親族などの最も身近な共同体的機能は維持されていたが、後期近代ではこの人間的な自然的被規定性は大衆によって破壊されることとなる。経済的観点から推察すると、工場制手工業が進められていく過程で同時に分業が進められた。産業革命以前の職は神によって与えられるといったヒエラルキー的秩序が一掃され、水平な社会的役割にすり返られていった。そして、モノの大量生産に成功した社会は当然、モノの大量消費をよしとする社会を出現させた。やがて消費が労働を上回るようになり、個人化された大衆は無制限の自由を享受しようとしていく。
大衆の無制限の自由と技術革命によって交通社会も大きく変わっていくこととなる。すなわち、自家用車の所有が当たり前になったことで道路には車両が溢れるようなった。西ドイツおよび西側資本主義国家は1950年代~70年代において、アメリカ合衆国の交通政策をモデルとして自動車を最優先とする計画を遂行した。ただ、モータリゼーション化された交通手段を渋滞することなく運用していくためには道路の拡張と中心街に駐車場を要することからそれ以外の交通手段、つまり鉄道は排除され、路面電車の軌道も道路から撤去されるようになる。自家用車によって個人化された交通が、地域内の公共的な交通を破壊したのである。
大都市では、路面電車に取って代わり地下鉄が建設されるようになり、地方の中小都市ではバスが公共交通の役割を担うこととなる。だが、バスが走る道路にはすでに普遍的な交通手段としての地位を築いた自家用車が走行しているため、渋滞に巻き込まれることもあり、公共交通に要求される定時制と定間隔性が確保できなくなった。結果として自動車が都市中心外の道路と駐車場を占有したことで、それ以外の都市機能を阻害することとなった。

3.路面電車ルネサンス
ここまで個人化された自動車を主とし、公共交通をバスだけに依存した交通政策が行われてきたが、1980年代以降この方針は転換を余儀なくされる。1974年に第四次中東戦争によって第一次石油危機が発生すると、1979年にはイラン革命の成功により第二次石油危機が起こった。このころからエネルギー危機が認識されるようになり、自動車という石油に依存する交通手段に一元化したことが問題視されるようになる。そして、1980~90年代に西ドイツで路面電車ルネサンスが生じた。
この新たな公共政策は、多様な公共空間の形成を目的として、自動車を中心に交通を造っていくのではなく、人間を中心とした都市構造の創造を目指した。その背景には、自動車の排気ガスによる空気汚染や騒音などの環境問題や交通事故の危険性に市民が興味を示すようになり、意識が高まっていったからである。このルネサンスにより、路面電車ならびに歩行者が優先されたことで公共的空間が増大され、多種多様な交通手段の復権へと繋がっていったのである。

4.考察
 自動車の普及により一旦は消えかけた路面電車が、今日の環境問題解決のために再び復権したことは素晴らしいことだと思う。鉄道とは異なり、道路に軌道にあることが何よりの利点であり、より地域住民に密着した公共交通期間になっていると思う。ただ、昔は路面電車の軌道があったが、交通手段を自動車に一元化していた時代に撤去してしまった地域で再興することが出来るのか、また、地方の過疎化に伴う人口減少を加味し利益を上げることができるのか残された課題は多いと考える。

投稿: 東京優駿 | 2017年12月22日 (金) 16時10分

後期近代における路面電車の意義を思想史的観点から論述する。 1649字 九十九盛
 後期近代の一人の思想家、オード・マルクヴァルト(1928-)は、世界と歴史的世界を相対的に把握できないという懐疑論の思想を持つ。彼の懐疑論に基づく時代認識では近代市民社会を必要としている。この、「懐疑論は近代市民社会を必要としている」ということは個人的自由を犠牲にするということである。近代社会はこうした多源性に基づいているため、一元的原理で近代社会を把握することは不可能である、というのがマルクヴァルトの思想である。初期近代の思想家として、ルター、デカルト、スピノザが代表的に挙げられる。ルターはそれ以前の聖職者による支配、重層的支配形式を批判し、万人が神と直接的に関係を持っている、という一元的支配形式を主張した。またデカルトは、二元論的な社会移送を生み出した。神と直接的な関係を持つのは有限的実体であり、これは精神と物体の二つに分かれる。認識する主体と認識される世界が成立することによって世界は二元論的に把握される、という考えだ。最後にスピノザの思想だが、デカルトの二元論、精神と物体を克服し、すべてを実態に還元することによって一元化論を主張した。デカルトとスピノザの実態の定義に差異はないが、デカルトは無限な実態を神、スピノザは有限な実態を神としたため、神と世界という二元論が消滅し再び一元論が表れる。こうして主張された一元的原理を否定したのがマルクヴァルトである。ここで先ほど述べた、懐疑論は「個人的自由を犠牲にする」という点を自家用自動車と交通機関にリンクさせる。初期近代において西欧をはじめとして世界的に技術革新があった。ペリーの黒船に日本人が驚愕し恐怖を抱いたように西欧の産業革命を契機として、鉄道や発電所など巨大技術などが生み出された。自動車もまた同じであり、自動車はバスだけでなく自家用車として機能した。自家用車は個人の所有物であるため、マルクヴァルトの主張する「個人的自由の犠牲」ということは自家用車を推奨しないということである。自家用車が使えないとなると需要が高まるのはバスや鉄道、市電などの交通機関である。これがまず後期近代における交通機関の意義である。次に、後期近代において発生した問題として「自然環境問題」が挙げられる。近代に発達した鉱山開発を例にしてみる。鉱山開発により金や銀、銅などがより手軽に手に入るようになり便利になった反面、そこにはそれに伴う鉱毒問題、空気の汚染、伐採過多による洪水など様々な環境問題が発生した。日本において有名な近代における公害事件として、田中昭三が尽力した「足尾銅山鉱毒事件」がある。このように、近代において人類は技術革新を進めることに力を注ぎ、自然環境の破壊、変化は気にしてこなかった。交通においても同様で、自動車は使うたび二酸化炭素や塵を含む排気ガスを発生させた。これが自動車1台など少数であれば大きな影響はもたらさないが、多くの人間が集合的に自動車を利用することでそれは大きな影響を及ぼし、莫大な自然破壊となるのだ。交通機関の一つである鉄道もまた自動車と同様である。当時鉄道は石炭を燃やして水蒸気を発生させる蒸気機関を主流としていたため、石炭を燃やす段階で二酸化炭素、塵が発生する。近代では鉄道の線路が各地に広がり多くの人が利用した。環境への影響は巨大である。そこで登場するのが路面電車である。路面電車は名の通り運転に電力を使う。電力を作る段階においては、発電所により二酸化炭素や有害物質が発生するが、単純に電気というのを使った運転は排気ガスが発生しない。また鉄道と同様線路を渡して利用するものであるため利便性も鉄道に劣らない。こうした理由により路面電車の意義が挙げられる。まとめとして、マルクヴァルトによる後期近代の一思想である懐疑論からなる「個人的自由の犠牲」は自動車を用いず交通機関を用いることを容認する。また自然環境的側面から、排気ガスの発生しない路面電車を用いることを容認する。

投稿: 九十九盛 | 2017年12月22日 (金) 02時13分

後期近代における路面電車の意義を思想史的観点から論述する。 1649字 九十九盛
 後期近代の一人の思想家、オード・マルクヴァルト(1928-)は、世界と歴史的世界を相対的に把握できないという懐疑論の思想を持つ。彼の懐疑論に基づく時代認識では近代市民社会を必要としている。この、「懐疑論は近代市民社会を必要としている」ということは個人的自由を犠牲にするということである。近代社会はこうした多源性に基づいているため、一元的原理で近代社会を把握することは不可能である、というのがマルクヴァルトの思想である。初期近代の思想家として、ルター、デカルト、スピノザが代表的に挙げられる。ルターはそれ以前の聖職者による支配、重層的支配形式を批判し、万人が神と直接的に関係を持っている、という一元的支配形式を主張した。またデカルトは、二元論的な社会移送を生み出した。神と直接的な関係を持つのは有限的実体であり、これは精神と物体の二つに分かれる。認識する主体と認識される世界が成立することによって世界は二元論的に把握される、という考えだ。最後にスピノザの思想だが、デカルトの二元論、精神と物体を克服し、すべてを実態に還元することによって一元化論を主張した。デカルトとスピノザの実態の定義に差異はないが、デカルトは無限な実態を神、スピノザは有限な実態を神としたため、神と世界という二元論が消滅し再び一元論が表れる。こうして主張された一元的原理を否定したのがマルクヴァルトである。ここで先ほど述べた、懐疑論は「個人的自由を犠牲にする」という点を自家用自動車と交通機関にリンクさせる。初期近代において西欧をはじめとして世界的に技術革新があった。ペリーの黒船に日本人が驚愕し恐怖を抱いたように西欧の産業革命を契機として、鉄道や発電所など巨大技術などが生み出された。自動車もまた同じであり、自動車はバスだけでなく自家用車として機能した。自家用車は個人の所有物であるため、マルクヴァルトの主張する「個人的自由の犠牲」ということは自家用車を推奨しないということである。自家用車が使えないとなると需要が高まるのはバスや鉄道、市電などの交通機関である。これがまず後期近代における交通機関の意義である。次に、後期近代において発生した問題として「自然環境問題」が挙げられる。近代に発達した鉱山開発を例にしてみる。鉱山開発により金や銀、銅などがより手軽に手に入るようになり便利になった反面、そこにはそれに伴う鉱毒問題、空気の汚染、伐採過多による洪水など様々な環境問題が発生した。日本において有名な近代における公害事件として、田中昭三が尽力した「足尾銅山鉱毒事件」がある。このように、近代において人類は技術革新を進めることに力を注ぎ、自然環境の破壊、変化は気にしてこなかった。交通においても同様で、自動車は使うたび二酸化炭素や塵を含む排気ガスを発生させた。これが自動車1台など少数であれば大きな影響はもたらさないが、多くの人間が集合的に自動車を利用することでそれは大きな影響を及ぼし、莫大な自然破壊となるのだ。交通機関の一つである鉄道もまた自動車と同様である。当時鉄道は石炭を燃やして水蒸気を発生させる蒸気機関を主流としていたため、石炭を燃やす段階で二酸化炭素、塵が発生する。近代では鉄道の線路が各地に広がり多くの人が利用した。環境への影響は巨大である。そこで登場するのが路面電車である。路面電車は名の通り運転に電力を使う。電力を作る段階においては、発電所により二酸化炭素や有害物質が発生するが、単純に電気というのを使った運転は排気ガスが発生しない。また鉄道と同様線路を渡して利用するものであるため利便性も鉄道に劣らない。こうした理由により路面電車の意義が挙げられる。まとめとして、マルクヴァルトによる後期近代の一思想である懐疑論からなる「個人的自由の犠牲」は自動車を用いず交通機関を用いることを容認する。また自然環境的側面から、排気ガスの発生しない路面電車を用いることを容認する。

投稿: 九十九盛 | 2017年12月22日 (金) 02時11分

「公共交通機関 -路面電車-」
1734文字 一言一苦

函館では路面電車が昔に比べ路線が短くなっている。これは、路面電車の利用者が減少していること、速度が遅いということ、維持費が高額であるということが考えられると思う。そのためよく使用される路線のみ残し、廃止されてしまったのだろう。しかし、私は現在函館で暮らしていて、かつてあった路面電車の路線で残っていればよかったのにと思うことは多々ある。なぜなら、函館は車を持っていない人にとって交通の便が悪いからだ。それこそ、路面電車で移動するには範囲が限られすぎているし、バスを利用するにもバスの路線が複雑で初めて行くところへ向かうためのバスを探すには相当な労力が必要となる。そして、タクシーは学生が使うにはコスパが悪い。そうなると、夏場は自転車を使い遠くても自力で行こうとするが、冬場となればそうもいかない。雪道を自転車に乗って進むわけにもいかないし、バスを待つにもバス停で待っている時間が運悪く長くなってしまえば寒さに耐えなければならないし、冬はバスの運行が遅れるということがよくある。タクシーは前提としてコスパがよくないということに加えて、ワンメーターの距離では断られてしまうこともあるし、タクシーを捕まえるのにも一苦労する。そう考えると、冬場は路面電車がもっと広い範囲で運航していれば良いのにと常々感じる。路面電車であれば運賃はバスと変わらないし、バスと違い路線は単純でわかりやすい、また他の公共交通機関に比べ一駅に来る電車の時間間隔が短いという特徴もある。5分も待てば次の電車が来てくれる。そう考えると、路面電車はなくてはならない公共交通機関だといえると思う。
 しかし、確かに普段路面電車を利用していて、利用者は通勤通学のピークの時間帯を除くと決して多いとは言えない。基本的に車内はガラガラであることが多い。そして、車内は暖房がきいていて、座席も座り心地がよく、車掌もとても丁寧な対応をしてくれる。こういったレベルの高いサービスを提供していくためには、路線を長くしさらに費用が必要となると考えると相当難しいことであると思う。函館市も現在、富を蓄えているわけでもないし、こういった廃れ始めている部分にお金を掛けれないというのが本音なのかもしれない。
 しかし、函館は今、将来を担う若者に重点をおいているというのをよく見かける。近年オープンしたシエスタも学生の活動を促進させるための施設がある。なのであれば、交通の面でももっと学生の意見を取り入れてほしい。車を持っている学生は非常に少ない。しかもそれは、函館に学びに来ていても、函館で一生を遂げるわけではないからという考えが根にあるからだと思われる。ここで就職するわけではないのだから、車はまだ買わなくていい。そう考えている人が多いように思う。それならば、もっと函館を住みやすくするため、函館の魅力を感じてもらうため、交通の便を良くするというところを考えていくことが必要だと思う。函館に残る気のない学生にとって都合がよくなるだけだと思われるかもしれないが、もし交通の便がよくなり、買い物をしに行ったり、観光地が多いのでどこかへ観光しに行ったりというのがしやすくなれば、学生はもっと函館に魅力を感じて学生生活を送る間に函館で就職するのもいいかもしれないという考えが生まれることも考えられる。私たち学生から見て、函館はせっかく観光名所があっても実際に訪れるには行きにくさがあるし、買い物をしようと考えても買い物ができる場所まで行くのが遠い、元々買い物ができる場所が少ない、特別な魅力を感じられないというのが本音だ。だから、将来どこで働きたいかと聞かれると大体の人が「札幌」と答える。札幌の交通の便が特別いいとは思わないが、地下鉄があるし、路面電車もあるし、バスもあるし、駅には広いショッピングモールが含まれているし、観光名所も函館に劣らず多くある。そう考えるとやはり、札幌に若者が捕られてしまうのは仕方がないように感じる。札幌に対抗するのは厳しいものがあるとは思うが、第一歩として今の函館を移動しやすくするというのは、効果的であるように思う。学生に重点を置いて考えてもらえるのなら、是非大学や高校の近くに路面電車を復活させてほしいと思う

投稿: 一言一苦 | 2017年12月20日 (水) 22時59分

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