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ベルリン旅行者(九)ーー関係性と街の変化ーー原点は消滅している

20170809、20181109

  ベルリンの街を歩く。この街を30年ほど歩いている。もっとも、1989年から2004年までの激動の15年間、この町を歩いたことはない。私が非常勤講師であり、日々の生活に追われていた。海外旅行をする余裕すら、なかった。
  2004年から今日までの十数年間は定職に就いたので、ほぼ毎年、2回ほどこの街を歩いている夏休みと春休みの2回は、ベルリンを訪問している。街自体が変化している。1989年のベルリンの壁崩壊という巨大な世界史的変換を別にしても、日々変化している。
 数年間贔屓にしていたレストランが、別の店に代わっていたこともあった。ヴィーナーシュニツェル(とんかつに似た食べ物)のうまい店があり、1週間に一度はは行っていた。小太りの中年の女性が、注文をとりに来た。愛想があり、冗談も通じる下町のおばさんであった。彼女と冗談を言うことは、図書館で沈黙の一日をすごした外国人研究にとって、ひとときの潤いであった。
 しかし、2017年の春行ったときには、もはやなかった。西ベルリンの旧市街にあるカント通りから左折した住宅街にこの店は位置していた。私が贔屓する店の条件は、安価でかつ静かな空間の存在である。この飲食店も喧噪とは無縁の店であった。もっとも、その評価が消滅することを意味している。広い店の賃料は高いにもかかわらず、客数が少ない。このような飲食店が閉店の運命にあることは、経営学の素人でも理解できよう。

  また、店自体は残っていたが、取り扱い商品が無くなっていたこともあった。ECCOというブランドの靴を愛用していたが、ベルリンのその店では、もはや取り扱っていなかった。最近のことである。DDR(東独)時代の商品はもはや購入不可能であることは、自分では納得している。30年前の商品がないのは、当然である。しかし、数か月前まで陳列しており、毎年購入していた商品が販売停止になることは、想定していなかった。同様なことが文具にも生じている。エリーゼというブランドのボールペンを愛用しているが、その替え芯を購入しようとした。しかし、そもそもそのブランドを生産していた会社自体が消滅したようである。ネットでは、その替え芯を含めて、数万円の値段がついてる。喜ぶべきか、悲しむべきかわからない。ちなみに、「オンライン」というブランドも使いやすいが、やはりラミーの方が日本でも購入しやすく、文具はラミーをほぼ独占的に使用している。
  さらに、自分自身の変化、あるいは為替関係の変化による変化、つまり主体の側の変化もある。旧西ベルリンには、大都会という老舗の日本料理店がある。そこでは、最低30ユーロほどを使用しなけばならない。このごろは、ユーロ高つまりバカノミックスによる円安によって、4-5千円の日本円を使わざるをえなくなった。しかも、貸し切りの場合もあり、使いづらい。今後は贔屓にできなくなった。むしろ、寿司バーがベルリンに多く出店している。そこの方が、安価で満腹になる。

  また、人間そのものが死んでしまった場合もある。1960年代に渡独し、以後半世紀にわたってベルリンに居住した知人が、この春死亡した。彼は、日本人社会の主という風情があった。年に数回、彼の自宅を訪問することは、ベルリン訪問のひそかな楽しみであった。いつも、焼きソウセイジを御馳走になった。味噌汁と炊いたご飯は、それだけで御馳走であった。2017年3月に私が渡独した時には、元気であったが、数か月後に、死亡した。この夏にベルリンに行った時には、もはや彼の住居はないであろう。

 思想史としてマルクスの思想を討究することも、後期近代においてほとんど無意味であろう。マルクスの『ドイデ』の一節を討究することは、共産主義論とは全く関係がない。マルクスは19世紀の政治状況に拘束されている。その状況がまったく変化していることを無視して、マルクスの思想を現代に適用することは無意味であろう。よく原点に帰れといわれる。しかし、原点と現時点とは関係がない。

  さらに、私自身も変化することを想定していない。私もまた数年後には、今の職場から追放される。しかし、実感はない。永遠の職場のような気がする。しかし、数年後に確実に定年退職する。その状況を先取りしようとと思う。日本の労働組合は、企業内組合であり、退職後、組合員はこの組合から追放される。また、企業は親睦組織を持っている。・・・会という親睦組織を持っている。冠婚葬祭にあたって、金一封が贈呈される。また、年度末には、送別会が実施される。市内の老舗レストランで集合写真をとり、会食する。これは写真を撮るために、継続してみよう。
  

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