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ベルリン旅行者(九)ーー関係性と街の変化ーー原点は消滅している

  20170811

  ベルリンの街を歩く。この街を30年ほど歩いている。街自体が変化している。1989年のベルリンの壁崩壊という巨大な世界史的変換を別にしても、日々変化している。数年間贔屓にしていたレストランが、別の店に代わっていたこともあった。ヴィーナーシュニツェル(とんかつに似た食べ物)のうまい店があり、1週間に一度はは行っていたが、この春行ったときには、もはやなかった。私の贔屓の店は、安価でかつ静かな空間があった。喧噪とは無縁の店であった。もっとも、その評価が消滅することを意味している。

  また、店自体は残っていたが、取り扱い商品が無くなっていたこともあった。ECCOというブランドの靴を愛用していたが、ベルリンのその店では、もはや取り扱っていなかった。最近のことである。DDR(東独)時代の商品はもはや購入不可能であることは、自分では納得している。30年前の商品がないのは、当然である。しかし、数か月前まで陳列しており、毎年購入していた商品が販売停止になることは、想定していなかった。同様なことが文具にも生じている。エリーゼというブランドのボールペンを愛用しているが、その替え芯を購入しようとした。しかし、そもそもそのブランドを生産していた会社自体が消滅したようである。ネットでは、その替え芯を含めて、数万円の値段がついてる。喜ぶべきか、悲しむべきかわからない。ちなみに、「オンライン」というブランドも使いやすいが、やはりラミーの方が日本でも購入しやすく、文具はラミーをほぼ独占的に使用している。
  さらに、自分自身の変化、あるいは為替関係の変化による変化、つまり主体の側の変化もある。旧西ベルリンには、大都会という老舗の日本料理店がある。そこでは、最低30ユーロほどを使用しなけばならない。このごろは、ユーロ高つまりバカノミックスによる円安によって、4-5千円の日本円を使わざるをえなくなった。しかも、貸し切りの場合もあり、使いづらい。今後は贔屓にできなくなった。むしろ、寿司バーがベルリンに多く出店している。そこの方が、安価で満腹になる。

  また、人間そのものが死んでしまった場合もある。1960年代に渡独し、以後半世紀にわたってベルリンに居住した知人が、この春死亡した。3月に私が渡独した時には、元気であったが、数か月後に、死亡した。渡独するたびに、彼の住居を訪れていた。この夏にベルリンに行った時には、もはや彼の住居はないであろう。

 思想史としてマルクスの思想を討究することも、ほとんど無意味であろう。マルクスのドイデの一節を討究することは、共産主義論とは全く関係がない。マルクスは19世紀の政治状況に拘束されている。その状況がまったく変化していることを無視して、マルクスの思想を現代に適用することは無意味であろう。よく原点に帰れといわれる。しかし、原点と現時点とは関係がない。

  もっとも、私自身は変化することを想定していない。私もまた数年後には、今の職場から追放される。しかし、実感はない。永遠の職場のような気がする。
  

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