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近代の理念の破壊――少数者としての喫煙者への抑圧

  近代は様々な美しい理念を形成してきた。自由、平等、連帯という近代社会の基本的理念を形成してきた。さらに、後期近代にはその美しい理念に加えて、美しすぎる理念を産出した。共生、少数者の権利の擁護等の理念を屋上架屋してきた。たとえば、同性愛者の婚姻を憲法上に認めるというまさに、少数者保護は極限までに進行してきた。
 しかし、そこには選別が働いている。喫煙者という少数者は、初期近代では多数者であった。少なくも、1950~60年代までは、非喫煙者は受動喫煙を蒙ってきた。しかし、かつての少数者は、いまでは多数者になった。とりわけ過去の喫煙者は、多数者であるために、今では非喫煙者を抑圧する。どの時代でも、彼らは多数者であり続ける。
   ここで、少数者の権利つまり喫煙の権利は、保護されない。少数者は保護されない。理念上の共生は、強制に通じる。まさに、反対物に転化している。後期近代の美しい理念を唱える多数者は、現実社会において少数者を弾圧する。すべての屋内から紫煙を追放しようとする馬鹿もいる。多数者である彼らは、少数者の自由を抑圧することによって、近代の理念そして後期近代の美しすぎる理念を破壊していることに気が付かない。

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