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地方国立大学教授の病理あるいは官僚制の病理:小さい事柄を先にし、大きなことを後回しにする習慣

  日々、日常的にこなさねばならない事柄が増えている。本日締め切り、今週締め切り、来月締め切り、来年締め切りの事柄が、日々堆積している。どうしても、本日締め切りの文書を作成しがちである。簡単だからである。簡単な事柄ばかりに目が向く。意識が目先の事柄に向く。大学教員の場合、日々の事柄はかなり多い。目先の事柄は、「きったはった」の事柄も多い。電話一本で片付く場合も多い。他の教員のなかには、「研究室トンビ」をやり、日々他人の研究室を訪問している場合も多い。「トンビ」だけは、やらないと肝に銘じているが、それもままならない場合もある。私は電話でやろうとする場合が多い。それでも、電話でもカッカする。夜の研究時間を浸食する。
 このような日々を送っていると、ふと気が付く。来年締め切りの文書の締め切りを、忘れていることを。来年締め切りの文書は、簡単にはできない。たとえば、原稿用紙50枚ほどの文書、たとえば学術論文は、一朝一夕にはできない。締め切りを数か月前にして、この計画を断念する。この習慣を断絶することは、可能であろうか。

1、細かい仕事に集中する時間を作る。大学のPCを開けるとメイルが山積みである。海外出張等によって数週間ほど留守にすると、メイルが数百通ほど堆積していることもままある。現在では、ほぼ毎日PCを開けている。したがって、「きったはった」の事柄を毎日やる。重要案件は、日々後回しである。特定の時間以外にPCを開けることを断念しよう。但し、特定の時間帯に片付かなくとも、徹底的にやろう。徹夜覚悟で実行する。


2、官僚機構の構成員の多くも、このような病理に冒されているいる。日々の事柄におわれて、大事な事柄は忘却の彼方にある。国会議員等の有力者の意見には、すぐさま対応しなければならない。電話も頻繁にかかってくる。その対応におわれて、自分の小さなその日の仕事に手一杯になる。自己の本来課題など、どこ吹く風にならざるをえない。

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