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参議院選挙の争点隠しーー改憲勢力の現実化ーー「支持政党なし」の意義

 7月11日月曜日に選挙結果が確定した。各新聞の見出しには、「改憲勢力が三分の二以上」という文言が躍った。しかし、マス・メディア各社は、投票日前の争点として、アベノミックスを挙げていた。変質漢と言われても仕方がない。商業新聞であり、各社とも銭のために記事をまとめているのは、明らかだ。なぜ、改憲を争点しなかったといわれて、それは自民党の戦略だったと弁明している。しかし、その戦略を肯定したのは、マス・メディア各社である。争点隠しは、マス・メディアの行為であった。憲法改正が今回の争点であるとみなして、小林節・慶應義塾大学名誉教授が、新政党を創立した。もっとも、この政党は泡沫扱いであった。泡沫扱いしのは、マス・メディア各社であった。もし、この争点が争点として喧伝されていれば、少なくとも泡沫扱いはされなかった。もっとも、政権党が争点を設定する。これは、政治学のイロハである。

 アベノミクス自体も問題が多い。年金基金を日本の株式市場に投入している。いつ、この株式を売却できるのか。売却すれば、株式市場は暴落する。株式市場を毀損する行為をいつ実施するのであろうか。また、現在の評価額でも数兆円の損失を計上している。このような馬鹿げた政策に対する批判は、少なくとも選挙報道の主潮流にはならなかった。

 また、政府、日銀を挙げて円安を誘導している。かつて戦前において、同様な行為をした政府は、右翼の憤慨の対象になった。「円売り、ドル買い」という政策自体が「売国奴」であった。もちろん、円安にも利点がある。しかし、その欠陥も報道すべきである。100円ショップは、「200円ショップ」、「150円ショップ」に事実上衣替えしている。国民の生活を毀損している。過度の円安誘導政策は、国民生活に危害を与える。

 このような状況で、一定の支持を集めたのが、政党「支持政党なし」、略称「支持なし」であった。60万票以上を集めている。100万票で一人の国会議員が生まれている。あとひと踏ん張りであった。
 この政党の公約はなかった。院内における国会議員による投票行動は、その都度、党員による事前のインターネット投票によって決定するとされていた。おそらく、ここで本人確認がなされているのであろう。国民全体ではなく、限られた党員による意思決定がここで肝要になる。

 既存政党は公約破棄が常態化している。TPP断固反対を公約にしていた自民党が、選挙後TPP推進にまわったことことは、記憶されてよい。選挙公約を破棄したことは、議会内の討論過程で生じたと弁明されれば、選挙民はどうしようもない。公約を掲げなければ、公約違反は零である。公約違反の無い政党は、近代史上皆無である。
 この政党は、ドイツの海賊党(Piratenpartei)と類似しているのかもしれない。直接民主主義の意義を現代の間接民主主義の体制下において実現しようとしている。少なくとも、間接民主主義と民主主義一般の間には、大きな差異がある。この意義を選挙運動において顕揚した意義は、称賛されるべきであろう。少なくとも、議会制民主主義そして政党政治のいかがわしさを国民意識に問うという効果はあった。

 選挙結果に関する討論会を実施する。1500字以上、2000字以内のコメントを貼り付ける。1500字未満のコメントは削除する。なお、この字数計算は、原稿用紙換算方式に基づいている。PCによる字数計算によれば、1000字以上、1500字以内である。コメントの期限は7月19日火曜日24時である。もちろん、若い人は、初めて選挙に行った経験を踏まえて結構である。棄権した人は、その理由と今回の結果を踏まえてもよい。

2016年7月20日

コメントを締め切りました。ありがとうございました。

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コメント

今回の参議院議員選挙のテーマを一言で表せと言われると、ほとんどの人が「改憲勢力が3分の2の議席を占めるか」を挙げるだろう。では、肝心な開票結果のほうはどのようになっただろうか。報道を参考にすると、改憲勢力が3分の2議席を獲得し、国会で改憲を発議する要件が整ったなどとあったが、私はこれに疑問を抱き、今回の参議院議院選挙のテーマである改憲勢力について調べてみることにした。そもそも、「改憲勢力」とは何を指すのか。「改憲勢力」とは、9条改正に前向きな意見を示している4党のことを指し、具体的には自民党・公明党・おおさか維新の会・日本のこころを大切にする党を指す。この4つの「改憲勢力」のうち、日本のこころを大切にする党は議席を獲得するに至らなかったが、日本のこころを大切にする党以外の3つの政党が3分の2の議席を獲得したのである。このことにより、事実上の9条改正が確実となったかのような報道がされているが、この報道は正しいのか。
安倍晋三首相は、7月10日夜にNHKの選挙特番に出演して「いよいよ憲法審査会に議論の場が移る」と改憲に向けた作業を進めることを示唆する発言をしていた。しかし、「改憲勢力」の1党であり、自民党との連立政権を組む公明党の山口那津男代表は同番組内で、9条改正について「当面、必要ないと思う。憲法解釈の限界をきっちり決めた平和安全法制の有効性を確かめるべきで、9条の改正は必要ないと思っている。」と話しており、一方で”非改憲勢力”である民進党の枝野幸男幹事長は「護憲ではない。私たちは憲法がよく変わる、なおかつ基本原則を前提にして微調整・微修正することは否定していない」と話し、同じく民進党の議員である蓮舫氏も「我々は憲法を一文字も変えてはいけないとは言っていない」と発言をしているのである。
このような発言からわかることは、実は公明党と民進党が100%改憲に賛成・反対であるとは断言できないということである。我々は実はマスコミに惑わされているだけで、今回の参議院議員選挙には、他に重要な争点がたくさんあったのではないかという感想を持った。
私は今回の選挙が人生で初の投票となり、ある議員に投票したが特に強いこだわりを持っていたわけではないのが事実である。現在の日本の中で主な争点を挙げるとすると、9条改正、子ども手当、TPP、米軍基地問題、保育や介護などの社会福祉問題などが挙げられるが、全ての争点において自分の考えと候補者の考えが一致することはまず100%といっていいほどないだろう。だからといってどの候補者にも投票せずに終わるのではなく、それぞれの争点に対しての自分が考える重要度を照らし合せて、自分の意見に最も近い候補者に投票するのが正しいのではないかと私は考える。
また、今回の選挙から投票年齢が18歳以上に引き下げられたことで、若年層の投票率が注目されたが、結果を見てみると今一つであっただろう。私も若者であるが、若者は「どうせ誰に投票しても結果は同じ」と考えているのではないか。日本はますます超高齢社会となっていき、若者の負担が増えていくのは目に見えている。この現状を少しでも変えていくためにも、若者に優しい社会にするためにも、若者が投票し、若者の力で社会を変えていく必要があるのではないかと私は考える。もちろん知識を身に付けた上での話であるが。

投稿: 公私混同 | 2016年7月19日 (火) 23時49分

今回行われた、第24回参議院議員通常選挙では世界各国に注目されるほどの大きな出来事があった。それは、「支持政党なし」である。これは、○○党と同じような政治団体の一つであり、決して、「支持する政党がない人は必ずここにマークしなさい」という選択肢ではない。この政党は政策が一切ない。様々な議案、法案をその党の考えで賛成反対を言うのではなく、その議決や法案ごとに1つずつインターネットを用いて政治団体「支持政党なし」を支持する人々に、その議決に参加できるようにし、多数決を取ることで、それをこの政党の意見とすることにする方法を用いる。支持政党なしの代表佐野秀光はこの方法をとった理由としてこう述べている。「また支持政党がある方も、その政党の政策が10個あって7つ賛成で3つ反対でも他の党よりも賛成の政策が多いからこそ、その政党を支持して投票するだけで決してその党の政策が全部賛成で一括してお任せした訳ではないはずです。」。よって、このような政党が出てくることで選挙権は持っているが100%信頼できる政党がない人の票を大事にすることができるとうたっている。しかし、この名称は「まぎらわしい」「実際の『支持政党なし』と混合する」等といった批判的な意見が多くあり、こういった面でも注目を集めた。今回の選挙で支持政党なしは64万人の票を獲得しており、議席獲得にまではいかなかったがかなりの票を獲得した。しかし、先にも述べたように、名前は紛らわしく、間違えて入れてしまった人も中にいるのではないかと疑問が飛び交う中、代表の佐野は「勘違い票は100%なしだと思っている。」と断言した。また、もし議席を獲得したとして、議案や法案の回答を、インターネット等を利用し国民の意見を反映させたものする方法についても批判的な意見が多数ある。この方法で直接民主主義とうたってはいるものの、そのようなシステムをどのように作るのかという根本的な問題を克服できるのかははなはだ疑問である。世界各国にも数々のバッシングを受けており、「支持政党なし」なんて紛らわしい名前の政党を認めるなんて、日本人の政治に対する積極性、熱意はその程度のものなのか、といったような内容のものばかりである。
 たしかに、若者の投票率は低く、投票権を18歳からに引き落としたため、さらに日本全体の投票率が低くなることが予想されるからといって「支持政党なし」といったような政党をつくり、選挙に来ない人を減らそうとするのは少しおかしい気がする。他のアプローチで若者の選挙離れを改善できるのではないだろうかと私は考える。

投稿: 労働組合 | 2016年7月19日 (火) 23時43分

今回の参議院選挙は、選挙権が18歳以上に引き下げられて初めての国政選挙として大きな注目を集めた。そもそも選挙権が18歳以上に引き下げられた背景を見ると、これまでの選挙の投票率の低さの改善が一つの理由として挙げられていた。日本では様々な議論を呼んだ18歳選挙権だが、世界の国々を見てみるとそんなに珍しいことではないようだ。ただここで疑問に思ったのは選挙権を持つ人が増えたことで投票率は本当にあがったのかという点だ。結果から言うとそこまで大きな改善は見られなかったと言えるだろう。これで日本の若者の政治への無関心度が伺える。
 今回、この参議院選挙で争点の一つとなったのがこれまで政府、安倍首相の主体で進められてきた「アベノミクス」についてである。野党は口をそろえて、アベノミクスは失敗だ、経済はアベノミクスで改善されてないと演説で述べていた。しかし今回新しく選挙権を得た若者は果たして本当に政策やアベノミクスについて考えたうえで投票したのだろうか。また、憲法改正について、与党が参議院で過半数を獲得できるかも大きな争点となった。これは、本当に私たちの将来にかかわる問題だと私自身感じており、慎重に冷静に各党のマニフェストに目を通した。
私自身も今回初めての選挙だったが、私なりに新聞やネットでこれまでの政府の行ってきた政策や、野党の政策に目を通し私なりに考えて一票を投じたつもりだ。自分の一票が国の方針を決める大事な一票だと思うと、緊張をも感じた。このように述べてはいるが、選挙権を得る前はあまり選挙に興味なく、選挙があっても気に留めることもなかった。しかし、先ほども挙げた憲法改正案などがいよいよ実際に私たちの未来を左右することだと感じ、そのことについての自らの意思表示をするためには、選挙に行って投票を行うしかないと思い、今回行くことを決意した。
また、今回は「支持政党なし」という政党が注目を浴びた。以前からもこの政党はその名前からたびたび話題に挙げられていた。この政党は獲得した議席で、国会で議決する際に、賛成多数なら賛成に、反対多数であれば反対へ投票するという本当にどこの政党の支援や支持をすることがない。これはある意味、選挙に行ったが本当に支持する政党がなかった人たちの意見を反映していると私は思った。このような形で民意を国会まで届けるような政党はなかったのでかなり斬新にも思える。しかし、比例代表で投票する際にこの政党に投票するつもりがない人たちが、「支持なし」と書いて投票するとこの政党への清き一票となってしまう。一部のマスコミや評論家からは、詐欺まがいなどと批判も受けていたが、私はそうは思わない。投票用紙に「支持なし」と書いた時点で、「支持政党なし」が行っている議決権の使い方と全く同じだと思うからだ。
今回、初めての選挙であったが、せっかく持っている自分の意見を政治に反映させるための手段なので、これからも選挙には必ず参加しようと思った。

投稿: 横断歩道 | 2016年7月19日 (火) 23時31分

7月10日に行われた参議院選挙、大学に入学してから初めての選挙投票であったため、少し楽しみでもあり、また、緊張もした。最近では若者の選挙離れ、政治への無関心が問題視されるなかで、自分は一人の国民としての義務感などではなく、純粋に選挙という初めて行うことに対する興味という形で今回の参院選挙に臨んだ。しかしながら、これまでほとんど興味を持ってこなかったことから、選挙候補についても各政党についてもほとんど知識を持っていなかったので、それを調べることから始まった。現在、日本にある政党は非常に多くあり、国会に議席を有する政党から、地方議会に議席を有する、もしくは有したことがある政党、過去に国政選挙に候補を擁立したことがある政党まで、種類は幅広い。その中で自分でも知っているような政党から、初めて名前を聞く政党まであったが、正直どの政党の主張も現実味があまりないように感じてしまった。確かに選挙公約に出していた事を実際にやって見せる政治家もいるし、それがどんな政策であっても有言実行は評価されるべきことだと思う。しかし、選挙公約ではたいそうな事を挙げていても、当選したことをいいことに公約で挙げていたことをやらない政治家は非常に多い。もちろん、なかなかすぐには結果の出ない、実現が難しい事もあるだろうし、時間をかけねばならない事もあるだろう。だが、選んだ国民が納得するような政策などを国民の目に見える形で示してほしいと思ってしまうのは間違っているだろうか。結局は結果が全てであり、過程も大事ではあるが、政治家の仕事は結果を出すことであると自分は思う。実現ができないのなら、最初から公約で出さないほうが国民も期待を持たなくて済む。期待だけさせておいて最終的にはできませんでした、では、国民としてもたまったものではないだろう。と、ここまで否定的な意見ばかりを述べてしまったが、良くも悪くもその政治家たちのおかげでこの国は回っていることも忘れてはならないだろう。先述で選挙公約の話をしたが、今回の参院選では1つおもしろい政党を見つけた。政党「支持政党なし」である。冗談のような政党名ではあるが、この「支持なし」、なんと選挙公約を全く挙げていない政党であった。選挙公約破棄が常態化している既存政党の中で、この政党は全く公約を持たないため、公約違反は当然ない。当選したときに公約に縛られるのが嫌なのか、公約違反が許せないのか、ただ票集めがしたいだけなのか、本当のところは分からないが、公約違反が当たり前になってしまった現状に嫌気がさしている国民にとっては興味を引く政党であることは間違いないだろう。結果としては票数が届かず、国会議員は誕生しなかったが、一定の支持は集めていた。もし仮に、この「支持なし」が当選していたとすれば、どうだっただろうか。何かが変わっただろうか。実際には当選しなかったので分からないが、もしかしたら公約違反が当たり前になっている現状を少しでも変えてくれていたかもしれない。今後も選挙のことには関心を持っていこうと思う。今回の参院選で政党のことを調べたことがきっかけで、自分の中でも考え方が変わったし、一人の国民として知っていくべきだと思うようになったからである。

投稿: 一日一服 | 2016年7月19日 (火) 23時16分

Unbekannter

今回の参議院選挙は18歳以上の選挙権が認められた初の選挙であり、結果は自民公明が議席の過半数を占める結果に終わった。北海道では自民党の長谷川岳氏が開票率0.3%の時点で当選確実となる圧勝を見せ、民進党の徳永エリ氏、鉢呂吉雄氏がその後に続いた。憲法改正の発議が争点となった今回において長谷川氏が当選した背景について考えたい。
政治がレトリックや人柄的な人気に左右されるのは当然のことであり、ここでその是非を論ずることはしないが、長谷川氏が北海道地区で64万票近くを獲得したのは、長谷川氏が学生時代に「YOSAKOIソーラン祭」を作り出したという経歴が大きく関係していると考える。だが政策の正当性の前にそうした経歴が表出するのは本来の選挙の姿なのだろうか。特に今回のような改憲の発議が懸かった重要な選挙で、政治家としての経歴ではなくその前の経歴が重視されるのは、正しい姿なのかと疑問に思う。今回の選挙に対しての正直な感想は、「『有名なイベントを作った』という政治家の政策と全く関係ないアピールで当選した可能性のある人が、本当に憲法改正について意見できるのか」という疑問である。
政治家は自身の立場を支える指針を持っているべきだと考えるが、それは一般市民も持つべきなのではないかと今回の選挙結果を見て考えた。政治家が自身の政策に一貫性を持つための指針を持つならば、一般市民も特定の政治家に投票した理由となる指針を持つべきではないだろうか。そういう指針を持っていない一般市民はマスメディアが流す報道のままに投票する危険性すらある。今回の例で言えば「有名なお祭りを作ったから」という漠然とした理由で長谷川氏に投票した一般市民は真の意味で選挙に参加したとは言えないのではないか。自分の周りにもそのような理由で氏に投票した人が多く、またメディアの街頭調査でもYOSAKOIソーラン祭の文字に惹かれて投票した方もいた。「それが民主主義である」と言われればそれまでだが、そのような思考停止がまかり通るようでは容姿の優れた人間が当選しやすいと言っているようなもので、もはや選挙をする意味すら薄れる。
自分は今回の選挙で初めて選挙権を持ち、また地域政策グループに所属していることもあって選挙権を行使してきた。投票自体の感想は想像していた以上に早く終了し拍子抜けしたのを覚えている。しかし地域政策グループでも特に理由も無く投票しなかった友人がいることにも驚いた。これは「地域政策グループの学生としての指針」が無いことを示しているのではないか。今回の選挙、そしてその結果は自分の中で「有権者が持つべき指針」の重要性を改めて感じさせるものとなった。今後自治体レベルでの選挙にも投票していく中で、「自分の指針」を忘れずに選挙に臨みたい。

投稿: Unbekannter | 2016年7月19日 (火) 23時13分

今回の選挙に私は参加しなかった。正直な一番の理由は、絶対に投票しよう、したいと思う候補者がいなかったことである。ありふれた理由ではあるが、誰が当選してもこの国の政治を大きく動かしてくれるとは思えなかった。
私のような理由で投票しなかった人、投票しに行っても白紙で出した人は少なくないのではないだろうか。講義中にあった「支持政党なし」という名前の政党に多くの票が集まったことから、先の憶測がある程度正当性があると考えられる。選挙にあまり関心がない人、投票の方法が曖昧な人の票を狙った政党名であることは明らかである。もちろん政党側はそんなことを認めないとは思うが。
今回の選挙の投票率がまた悪かったことがニュースに取り上げられているのを見た。何度も投票率の悪さをただ報道するのはいかがなものか。いつもそういったニュースを見ると、ただ報道するだけでなく、それの対策をもっと考えるべきなのではないかと感じる。本当に投票率をあげていきたいのなら、投票率が低いのはどうしてなのかをもっと深く掘り下げていくことが必要だ。私はこれの対策で手っ取り早いのは投票に行かなかった人に何らかの罰則、罰金を適応することではないかと思う。そうすると必ず投票する人は増えるだろう。選挙に行くのが国民の義務だというのならそのくらいやっても問題はないだろう。私もそういった制度が適応されれば、是が非でも投票にむかう。誰に投票するでもなく、おそらく白紙で投票するが。私が白紙で投票するのは、名前の響きや語呂の良さだけで適当に投票するのは投票に行かないよりもたちが悪いと思うからだ。それはあまりにも無責任が過ぎると思う。
改憲については正直よくわからないというのが私の意見だ。現首相は日本が戦争する国、できる国になるよう改憲を進めているという報道を以前見かけたが、本当にその解釈であっているのか。専門的な知識が少ない私にはその専門家が本当のことを言っているのか、首相を失脚あるいは支持者を少なくさせるためにそのようなことを言っているのかが判断できない。だから私は明言せずに、よくわからないという意見をもっている。戦争がある国になるのはもちろん恐怖である。
こういったことを考えるうえでは物事を多面的に見ることができる力が必要だと思う。一見正しそうな意見でも穴があること、事実と違うことがたくさんあるだろう。真実を見抜くためには正しい知識、考え方が不可欠だ。一朝一夕でつく力ではないだろうから、多くを見て感じてこの力を磨いていきたい。

投稿: 迅速果断 | 2016年7月19日 (火) 22時06分

7月10日の日曜日に初めての選挙に行った。私は選挙の投票所のイメージはものすごく厳重なイメージというものでしたが、そこまで重苦しいような雰囲気は感じなかった。また、私が行った投票所は商業施設の中で投票を行うというものだったため、普段買い物などで行っている分雰囲気が柔らかく感じたというのもあるだろう。また、商業施設内での投票に私がいったため、そう感じただけかもしれないが、若い人が投票所から出てくるのも見えて、世間で騒がれるほど、若者が投票していないというイメージはこの様子からだけではうかがえなかったのが意外であった。また、投票箱をはじめて見たのだが、かなり厳重そうなように見えた。そこからだけは重苦しい、堅いような雰囲気を感じた。また、今回の選挙で私がはじめて知ったことは投票所入場券というものが世帯に届いて、それをもって投票に行くということである。調べてみると、これによって二重投票を防いでいることを知った。また、誤字、脱字も無効票になるということを知り、書くときに緊張するものがあった。
今回の選挙が私にとって初めて投票権がある選挙だったため、今まであまり政治に対しての知識もなければ、あまりそういうニュースを見てきていなかったため、今回誰に投票すれば自分にとっていいのかということがわからず、少し調べただけで、投票してしまったという部分がある。そのため、次回の選挙の時にはあらかじめ誰に投票したい、どこに投票したいということをきめて投票に向かえるようにさまざまな情報を取り入れていく必要があると感じた。また、今回の選挙からきちんとこれからも投票していこうと感じた。
今回の選挙結果は現行の議員だった二名ともが当選し、新しく今回の選挙に出馬した人が当選したという結果になった。政党でいうと自民一名、民進二名が当選するという形になった。今回の選挙では今までと大きく変化したという感想は選挙に詳しくない私でも感じなかった。現行の議員が当選し、自民と民進から当選したという結果だったためである。選挙に興味がなかったり、投票に行かないと理由はこのような一回の選挙で大きく変わってしまうかもしれないといった緊張感のようなものがないからではないかと感じた。また、今回出馬した支持政党なしは私の意見としては本当に支持したい政党が無く、嫌みのような気持ちだったり、今の日本に対してのメッセージを込めて「支持政党なし」と書く人も少なからずいたのでは無いかなと考えていて、そのような人たちがこの政党に入れる気持ちだったり、応援する気持ちがないのに結果として票が入ってしまうという人もいただろう。そのため私は適切な政党名ではないと考える。

投稿: 一石二鳥 | 2016年7月19日 (火) 21時44分

今回の参議院議員選挙は自由民主党が最多の121議席、民進党が49議席、公明党が25議席、日本共産党が14議席という結果になった。

2015年6月17日に成立した公職選挙法改正により、選挙権年齢が20歳以上から高校生を含む18歳以上に引き下げられてから初めての国政選挙となった。

また、同年7月28日の公職選挙法改正で、今回から定数10増10減が実施される。宮城県選挙区・新潟県選挙区・長野県選挙区では、いずれも定数4改選数2から定数2改選数1に減らされた。鳥取県選挙区と島根県選挙区、徳島県選挙区と高知県選挙区とがそれぞれ合併され、定数2改選数1となった。北海道選挙区・兵庫県選挙区・福岡県選挙区はいずれも定数4改選数2から定数6改選数3に、愛知県選挙区は定数6改選数3から定数8改選数4に、東京都選挙区は定数10改選数5から定数12改選数6に、それぞれ増やされた。

自分は今回の参議院議員選挙から選挙権を有しているのだが、現在住んでいる住所で住民票をうつしていないため、今回の参議院議員選挙での投票をすることが出来なかった。

さて、今回の参議院議員選挙での争点は日本国憲法の改正、経済政策、またはアベノミクスの是非、TPP・農業について、原子力発電所の再稼働などが主な争点となった。
自由民主党・公明党の連立与党はあわせて70議席を獲得。安倍自民党総裁と山口公明党代表が目標としていた改選議席の過半数である61議席を大きく上回る大勝利となった。また今回の選挙の結果により、非改選議員を含めた参院全体では、自民・公明の連立与党、それに改憲に前向きな野党のおおさか維新の会・日本のこころを大切にする党、それに憲法改正に前向きな非改選の無所属議員を加えた「改憲勢力」が参議院における全議席の3分の2を超えた。衆議院・参議院の両院で3分の2を確保したことで、国会において憲法の発議をすることが初めて可能になった。
日本国憲法の交付・施行から70年以上の時が過ぎているが、これまでの戦後の日本はこの日本国憲法を改正することはなく、70年前に作られたままの憲法を中心に国家は成長していった。しかし、時代は目まぐるしく変わるものであり、70年前ではありえなかったことが今では当たり前になることもしばしばある。僕自身の意見としては、これからの日本を見据えた上での政策を作って欲しい。それは憲法改正も含まれると思う。いつまでも昔のままでは通用しないこともあるのではないかと考える。自分がもし選挙に行けたのならば、間違いなく憲法改正唱えている政党に一票入れたであろう。

投稿: 国民第一 | 2016年7月19日 (火) 21時33分

私は今回行われた参議院選挙の投票には足を運ばなかった。自分が投票する一票の価値をあまり感じなかったからである。選挙人名簿登録者数は一億660万人を超えており、自分の一票の価値は単純に考えて一億660万分の一である。恥ずかしながら選挙権を現住所に持たない私としては交通費や住民票変更の手間を考えると自分の一票についての重さを感じなかった。
しかし今では投票をしなかったことに後悔の念も感じている。一票に対する値段についての記事を見たからだ。その記事によると一票の価格は540万円に上るとされている。一票の価値は自治体の年間予算×政治家の任期÷有権者数で算出できるのだと言う。これによると今回の選挙は国家予算90兆円×参議員の任期6年÷有権者数約1億人=540万円となる。自分たちが普段払っている税金を無駄にしないためにも投票をするべきであるとも考えられるようになった。
 今回の選挙の結果として最も大きなことは、憲法改正に前向きである自民党、公明党、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の4党、つまりは改憲勢力が全議席の3分の2を獲得したということである。憲法改正原案が国会に提出され、衆議院・参議院の憲法審査会で過半数の賛成を得れば、衆参本会議が開かれる。衆参本会議でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成を得ることが出来れば憲法改正原案が議決されることになる。今回の選挙の結果で改憲勢力が議席の3分の2を獲得したことで憲法改正が発議される可能性はかなり高くなったと言っていい。今回の参議院選挙をきっかけとして改憲される可能性があるのは憲法9条だろう。この憲法9条を改正することにより憲法と現状のギャップを解消することが出来る。憲法では戦力を保持しないとしているが自衛隊が存在していること自体が矛盾しているのだ。改憲により海外での平和維持活動(PKO)にも十分に参加することが出来るようになるのではないだろうか。現在の憲法では自衛隊は武器使用の基準が厳しいため治安の維持のための活動がしにくく、人道支援が主な活動となっている。改憲によって治安の維持を他国任せにするのではなく自衛隊が行うことが出来るようになる。さらには海外での日本人救助も行えるようになる。昨今脅威となっているイスラム国などによるトラブルに日本人が巻き込まれた際に自衛隊が直接日本人を救出することも可能になる。憲法9条を改憲すれば他国に何もかも頼りすぎている現状を打開することが可能になるのだ。
 しかし9条改憲によるデメリットも大きく、他国での戦争に参加する可能性や徴兵制が復活するという可能性も挙げられる。これらは大学生である我々にとってはダイレクトに影響する部分であるため改憲について賛成か反対かをよく考えたうえで投票する必要があったのではないだろうか。ここにきて今回の参議院選挙に投票しなかったことを後悔している。

投稿: 一朝一夕 | 2016年7月19日 (火) 20時36分

今回の参議院選挙は自民党の圧勝だったともいえる結果だったと思う。今回の勝因は自民党の政策勝ちというよりは、他の党のアピール負けだったように感じた。アベノミクスという今となっては日本国内では知らない人がいないのではないかという政策を武器に自民党は選挙戦を戦っていた。メディアではアベノミクスによる恩恵が多く取り上げられていたような気がした。
 それに対し野党は、憲法改正に反対ということを掲げていたということくらいしかあまり印象になかった。政治によほど関心のある人間以外はどうしても自民党以外の政党が何をしたいのかがいまいちわからないために、自民党に投票してしまいたくなるような状況だったのではないのだろうか。
 民進党は憲法改正に反対、ということを掲げていたが、民進党は基本的には改憲勢力だったはずだ。今回の民進党の考えはあくまで「今回の自民党の政策には反対だが憲法を改正するつもりはある」といっているかのように思えた。
 自民党には、アベノミクスという財政面においての強力な武器を所持している。世論調査によると、参議院選挙において最も重要視する争点として景気、財政というものが上位二つとして挙げられていた。憲法という争点は国民の多数においてあまり重要ではなかったのかもしれない。
今回の参議院選挙から18歳以上の選挙権となったという背景があるわけだが、民進党はやはり10代の票を得ることができなかったようだ。10代の若者たちの願いを反映させられるような新しい国の制度づくりを提示してくれるようでなくては民進党がわれわれ若者を動かすことはなかなか厳しいのではないだろうか。
私は、今回は投票には行かなかった。突発的な用事が入ってしまったために行きたかったが行けなかったという形だが、行けなかったからすごく後悔をしているというわけでもない。投票の雰囲気を知ることや、投票をすることで選挙に対して関心を深めるということはとても大切なことだと思う。しかし、自分の1票の重大さというものはあまり感じることができないというのが現状だろう。1票の重さというものを改めて見直すことのできるような社会作りがやはり必要なのではないかと私は思う。
 結果として改憲勢力が3分の2を占めるということとなったわけでが、今後日本がどういった方向に進んでいくのかは私にはわからない。非常に不安だ。イスラム国の問題で世界中が危険にさらされているなかでそれらに巻き込まれるようなことは避けてもらいたい。改憲反対派の国民が少しでも多く存在していることを願うことしかいまの私にはできないのだろうか。

投稿: 忘却四字 | 2016年7月19日 (火) 20時00分

「参議院議員選挙について」
まず、わたしは、今回の参議院議員選挙の投票を棄権した。理由は、住民票が函館にないからである。自分と同じような理由で、今回の選挙を棄権した若い世代、とりわけ学生には多いように思える。長い歴史の中で大変な苦労の末人類が手に入れることのできた選挙権という権利を行使できなかった。しかし、勘違いしてほしくないことは、わたしは、選挙や政治に関心がないわけでは決してないということだ。若い世代の政治への無関心さや、自分の投票に意味がないと感じているということは、最近顕著に現れてきていることは事実である。実際、報道や新聞を見ると、若者世代の投票率の低下が囁かれているのが今の日本の現状である。自分自身選挙に関心が有るにも関わらずこういった理由で投票ができなかったということは、残念であるので、次回の選挙には必ず投票という権利の行使を実行したい。
 続いて、選挙の結果について触れていきたい。まず、与党である自民党は安定した議席数を獲得したが、それに対して、民進党は厳しい結果となった。その中でも、わたしが驚いたことは、「支持政党なし」という名前の政党があったということと、「支持政党なし」党が思いのほか得票数を獲得していたという状況である。理由は様々に考えられるが、わたしが考える理由は、やはり、選挙に行き投票を行うわけであるが、支持をする政党がない人が勘違いか定かではないが、「支持政党なし」に投票をしてしまったことにあると考える。ここで、この結果について考えてみてほしいことは、「支持政党なし」党の公約について、何割の人が理解し、投票を行っているかということである。わたし自身この政党の名前を知ったのは、SNSであり、その内容は、「支持政党なし」という名前の政党が存在し、どういうわけか得票数が高いので、他の有権者に注意を促すようなものであった。この情報は、勘違いでの投票を防ぐことに有益であったと考えられるし、反対に日本人が、各政党の公約に無関心すぎるということも助長しているのではないかということができる。
 そして、わたしが今回の参院選の結果を見て気になっていることは、日本国憲法の改憲の行方についてである。改憲派の政党が3分の2に迫る議席数を獲得しているというのが、今回の参院選の結果となっている。改憲することについてわたしはまだ明確な立場を提示することはできないが、改憲するのかどうかについての報道には注目していきたいし、いずれは結果がはっきりしてしまうことになっていく事案だと思えるので、自分の立場も改憲に賛成か反対かいずれはっきりさせていきたい。

投稿: 生活保護 | 2016年7月19日 (火) 19時36分

温故知新

 先日行われた参議院選挙では、自由民主党と公明党の連立与党により70議席を獲得し、改選議席である過半数の61議席を大きく上回った。今回の選挙では、争点がアベノミクスであること、18歳以上の選挙権、支持政党なしなどが目立って見られたと思う。
 今回選挙前では、争点としてアベノミクスが大きく取り扱われているように感じていたが、選挙後では憲法改正が目立って見られる。確かに選挙で、自由民主党の功績として選択する要因となるが、このアベノミクスを隠れ蓑とし、憲法改正を進めることは国民をだましているのではないかと感じる。このような争点の不明瞭化は、さして興味の持たない一般市民が多くいる日本では問題があるように感じる。考え方によれば、作為的なもので悪意が感じられるとも限られない。
 また、日本の選挙権を18歳以上とした初めての選挙であったが意味はあったのか。選挙権が18歳以上となると連日大きく報道され、いたるところで広瀬すずのポスターが目についたと思う。総務省の抽出調査によると18歳は投票率が51%であった。高校に通う18歳は高校での主権者教育などを受ける機会があることからである。一方で大学生や社会人が多い19歳では39%となり、合わせた投票率は45%という低い投票率となった。読売新聞の調べによると参議院全体の投票率は54%と過去4番目に低い投票率である。これに合わせ18歳、19歳の投票率はほかの年代に比べ低い傾向にある。この選挙権18歳以上というのは、国民にとって有益なものであるのか甚だ疑問である。初めての試みである今回は実験的なものとなったが、今後より良いものとなるよう対策がなされることを願う。
 今回の選挙では惜しくも議席が得られなかったが、大きな話題を作った政党が「支持政党なし」である。こちらの「支持政党なし」、略称「支持なし」だが、100万票で1議席が得られるが60万票と惜しくも国会議員を得ることができなかった。このネーミングセンスもさることながら内容も面白いものとなっている。この政党には公約というものがなく、インターネットによる投票により国会での投票行動を決定するのである。この政党は従来の間接民主主義とは異なるもので、国民の意見がより直接的に伝わるのではないかと思う。今回の選挙では投票前ではあまり話題に上がらなかったが、投票後では良くも悪くも認知されることとなったはずである。この政党、「支持政党なし」が今後国民からどのような意味を持たされ、活動していくのか楽しみである。

投稿: 温故知新 | 2016年7月19日 (火) 15時14分

今回私ははじめて選挙権を得て、実際に投票した。もともと選挙に興味があったため、棄権する理由はなかったからである。個人の感想としては、比例代表の投票時に紙には政党名しか書いておらず、非拘束名簿式を導入している参院選では膨大な量ではあるが、名簿をつくることが必要なのではないだろうかと考えた。
また、党名がずらりと並んでいる中、一番右側に「支持政党なし」という欄があり、これは有権者にとって非常に厄介なものだと感じた。事前にある程度選挙について調べておけが、この「支持政党なし」というものが政党であることを知ることができるが、それを知ることができなければ比例区で支持政党がないという有権者が期せずして「支持政党なし」という政党に投票しているという可能性がある。一番右側に政党名がくるようにしているのも党の戦略だということからもそういった層の有権者を取り込もうとしているのは否定できない。
 私はこの「支持政党なし」の選挙活動に対しては否定的だが、この党の考えなどには好意的である。なぜならば、争点が非常に多く、公約も守られるか分からない現状の政治にNOを突きつけるための存在となり得ると感じたからである。それだけに選挙も真正面から戦って欲しかったと感じた。
今回の参議院選挙では国政選挙として初の選挙権が18歳まで引き下げられたという選挙であり、若者の投票率が注目されたように思える。しかし実際には各世代の投票率よりも低いという結果に終わり、私は同じ若者として残念に感じた。北海道選挙区では言えば、自民党が1議席、民進党が2議席という結果だが、3位で当選した民進党の鉢路吉雄氏と4位で落選した柿木克弘氏では約8500票差という接戦であり投票率によっては入れ替わっていた可能性があり、ほかの選挙区に比べても自らの1票の重みというものが感じられる選挙ではなかったのだろうか。
もう一点気になったのは1人区における民進、共産、社民、生活による野党統一候補である。そもそも主義、主張の違う4党がなぜ安倍政権に対しての不信感ということだけで連合を組むのだろうか。確かに1人区で一定の成果をあげることができたが、それが今後の政治運営にどのような影響を及ぼすかが非常に気になるところである。そして東京都知事選でも野党4党は統一候補として鳥越俊太郎氏を擁立しており、この選挙次第で今後の野党共闘の形が問われるように思える。

投稿: 毛根再発 | 2016年7月19日 (火) 14時21分

7月10日に行われた参議院議員選挙(以下参院選)は、改憲勢力が3分の2を超し、議席数は自民党圧勝の結果を迎えた。
 今回の参院選で話題を集めたのが、「政党支持なし」という名の政党が現れたことである。選挙において重要な部分を占める公約についても、「党としての政策なし」と掲げる。そして、とても興味深いのは、ウェブサイト上で法案ごとの賛否を募り、その賛否によって議場での投票行動を決めるという点にある。
 現代の社会では、間接民主制が一般的であり、直接民主制をとることは事実上不可能だ。日本では、内閣総理大臣が決まるときも、法案が可決されるときも、場所は常に議会の中で議員だけで行われ、それは国民の関与するところではない。
 近年は、国民の政治に対する無関心さが議論されているが、こうした流れを踏まえると仕方ない気もする。
 また、今回は改憲勢力の数が問われたが、当然、自民党の中にも改正に反対する者はいるだろうし、民進党のなかにも、改憲派はいるだろう。しかし、それを無視して党の意見として統一してしまうのは、私としては議員個人としての役割を一切なくしてしまうかのようにも思える。
 ここで、もう一度「政党支持なし」の方針を見てみたい。
 「政党支持なし」は、党としての方針をすべて国民に委ねるというものであった。つまり、内閣総理大臣の決定権も、法案を可決するかどうかも、全て私たちが直接的に関われるということである。
 また、「政党支持なし」は、少数意見を無視しないことをホームページでも明言している。ネットから簡単に投票できる点も、非常に現代に即したものだと思われる。
 こういった理由から、政治参加の意欲は十分に活性化されるのではないだろうか。
今回の選挙から選挙年齢が改正され、18歳、19歳の投票の行方について注目された。そのなかでも特に、18歳と比べた19歳の投票率の低さについて言及されている。
 18歳の投票率が51%なのに比べ、19歳では39パーセントにまで減少している。19歳というと、就労している者も多いであろうし、専門学校や大学の進学によって地元を離れる人も増える。ほとんどの者が高校に在学している18歳と比べ、こうした理由によって19歳の投票率は、大きく減少したのだろう。
 かくいう私自身も、今回の選挙は住民票が出身地にあるために投票をあきらめた。それが大きな理由を占めているものの、心のどこかでは、私ひとりが投票したくらいでは現在の政治を大きく変えることはできないのではないか、という思いもあった。
 今回、ブログの記事で「政党支持なし」の存在を知り、この政党では、自分の一票が非常に大事な存在として扱われることを知った。今後選挙がある際は、この党に注目して、意欲的に政治に参加してみようと思う。

投稿: 一騎当千 | 2016年7月19日 (火) 02時30分

 2016年7月10日に、第24回参議院議員通常選挙の投開票が行われた。今回の選挙から選挙権年齢が18歳以上に引き下げられる、改正公職選挙法が適用された。それにより、若者世代の選挙に対する姿勢について、以前にも増して非常に大きな注目を集めていた選挙であったと言えるだろう。私自身としては、満20歳で初めての選挙であった。しかしながら、住民票の移行を行っていなかったため、函館市で選挙に行くことができず、今回は選挙権をもっていながら参加することはできなかった。
 今回の選挙結果を見ると、自民・公明党は146議席で、与党単独による議席の3分の2以上の確保は達成されなかった。しかし争点の一つであった「憲法改正」に前向きな意向を示す勢力(改憲勢力)を合わせると161議席となる。今回の選挙は争点について多くの意見が飛び交っている。安倍首相は選挙前に争点について、アベノミクスの是非を国民に問う選挙であり、最大の争点であると強調していた。しかし選挙後の今、本当の争点は「憲法改正」であったという声が高まっている。経済の話を争点に挙げられていても、実際のところ、国民側としては理解しにくい問題である。アベノミクスを争点としてあげていながらも、与党の本当の狙いは憲法改正であったと言えるだろう。事実として安倍首相は選挙戦中の街頭演説で憲法改正についてほとんど言及しておらず、国民の目を憲法改正から遠ざけるようにしていたのではないか。しかしながら選挙後には改憲への意欲を明言している。今後の議論は憲法改正に向けたものが行われるであろう。国民はこれからの政治の動向を注意深く見ていく必要がある。
 注目したいのが、今回「支持政党なし」という政党が64万票も集めた。インターネットを利用し、国民に賛否を問い、その結果により議決権を行使するという形の政党である。ネット時代である現在だからこその政党である。今回議席を獲得することはなかったが、64万票の人が支持しているというのが事実である。新たな形の政党に今後も注目したい。
 選挙方法について調べてみると、住民票の移行を行っていなくても、選挙に参加できる方法があること知った。周りの選挙に参加した人に話を聞いてみると、やはり選挙に行くということがまず大切なことであると感じた。選挙について詳しく知っていなくとも、選挙に行くことで少しずつ理解が深まり、興味を持ち、自分も政治を動かすことのできる、小さくとも大きな一票をもっているということを実感することができるのではないかと考える。私自身も含め、若者世代はそういった実感がまだあまり感じられていないのではないか。次回の選挙では自分のもっている一票、意志を無駄にせずに、責任を持って選挙に参加したいと感じた。

投稿: 日進月歩 | 2016年7月19日 (火) 01時42分

18歳の人にも選挙権が施行されて初の選挙となった、7月10日に行われた参議院選挙。今回の争点の1つの憲法改正については、改正には議会の3分の2の賛成が必要で、衆議院はすでに与党が3分の2を占めているので、この今回の選挙で与党が3分の2に届けば、憲法改正の可能性が出てくる選挙であった。
 参議院の任期は6年で、3年ごとに半数が入れ替わるので、今回の参議院選挙では半数の121人が選出された。参議院は選挙区選挙と比例代表選挙があり、選挙区選挙は、投票は名前のみで、1人の名前を書いて投票するものであった。一方、比例代表選挙は全国単位で、政党名もしくは各政党の比例代表の名簿に載っている名前で投票する。候補者に希望がなければ政党名で、希望があれば名前で投票するものであった。それぞれの政党名に投票された数と各政党の名簿に載っている候補者に投票された数でその政党の票数が決まる。比例代表選挙という名前の通り、各政党ごとに投票された割合で議席が決まるものである。このように、投票は2回行った。
 選挙の結果は、参議院の3分の2議席は162議席であり、自民121議席、公明25議席で与党は146議席であった。憲法改正に賛同しているおおさか維新の会と日本のこころを大切にする党を加えると161議席。改憲に前向きな無所属、諸派の4議員を加えて165席となり、結果は3分の2議席になった。だが、これはきわどい数字で政党所属議員だけだと161議席でぎりぎり1議席足りていない。無所属議員を入れると憲法改正が可能になる。やはり政局はまだ不安定であり、無所属議員の動向などで、改憲の可能性は大きく変わることが予想される。憲法改正に関して国民の信任を得たと解釈するには微妙なところであって、憲法改正を実現するためには、与党はこれからやることが多くあるだろう。
また、今回の参院選は、2015年6月に公職選挙法が改正されて、選挙権が18歳に引き下げられてからの初の国政選挙であり、若者の投票率は、18歳から19歳の投票率は45.45%で、全体の投票率54.70%をはるかに下回った。はじめて未成年へ交付された選挙権であるにもかかわらず、投票率は半数にもとどかなかった。半数はさすがに行くと予想していたが、届かなくて残念だった。やはり、この国の若者の政治への関心はぜんぜん無かった。私たち若者が今後の政治や社会を担っていくのに選挙に行かない人は、これからの社会がどうなっても文句を言わないのかと思う。当日いけない人のために、期限前投票などがあるから、絶対に行くべきである。実際にいってみて、はじめてしっかり政治のことについて考えさせられたし、社会の一員だと実感した。いい経験であった。

投稿: 大学最高 | 2016年7月18日 (月) 18時37分

交通安全

今回の参議院選挙では、選挙権が得られる年齢が18歳に引き下げられたことが話題になった。しかし、総務省が発表した速報値によると、18歳の投票率が51.17%、19歳の投票率が39.66%で、若い世代の政治への関心の低さが表れるような結果となった。選挙に行かなかった人に理由を聞いてみると、政治に興味がないから、投票日に予定が入っていたから、住民票を移してないからなど様々な理由が挙がった。しかし、選挙は私たち国民が今行われている政治に対して評価をすることができる数少ない機会の一つであり、選挙権を与えられて何もしないのはもったいないと感じた。投票日に用事があるなら期日前投票に行って投票すればいいし、特に支持している政党がないのであれば白票かあるいは支持政党なしに入れるなど自分の意思を表示する方法は少し考えれば思いつくはずだ。何も行動を起こさないでただ文句だけ言っているだけでは、当然世の中は変わっていかないと思った。また、今回の選挙に関してその争点がいったい何だったのかを振り返る必要があると感じた。私は改憲に必要となる三分の二の議席を与党がとれるのかどうかについて注目していたが、メディアの報道では安倍政権が今まで行ってきたアベノミクスが重視され、憲法改正について触れられることは少ないように思えた。もしこのまま順調に事が進んで国民投票をするとなったときに、今回の選挙の結果というものはとても重要なものになってくる。メディアが世間に与える影響力は強力なので、偏った情報や嘘を知らされるようでは公平な選挙を行うことは到底できないだろう。さらに、民進党や共産党など野党側に関しては、今の政府を批判するだけでこれからの政治に関しては明確に示しておらず、仮に政権交代が起こったとしても前回のようにできもしないことを言って失敗するような気がした。そんな中、選挙に行ってみて興味を持ったのは先にも述べた支持政党なしという政党があることについてである。最初は何も知らなくて、この政党に投票しても白票入れるのと変わらないと思っていたが、公約を掲げていないだけでそこから国会議員が出ることを知り斬新で面白い発想だと思った。今まで政治といえばニュースや新聞で目にする程度のもので自分に関わるようなものではなかったが、今回の選挙を通じてその距離はぐっと縮まった。一人一人が与えられた選挙権に責任をもって行動を起こすことが何より大切なことである。

投稿: 交通安全 | 2016年7月18日 (月) 14時03分

討論:選挙

今回の参議院選挙の目玉と言えば、18歳から選挙権が与えられたことだろう。選挙期間中、マスコミにて、18歳の投票の様子が多く取り上げられていた。立候補者の政策にも、給付型奨学金の創設など、若者を意識したようなものも見受けられた。とはいえ、若者の投票率は依然低い水準に留まっている。最も多い理由が、面倒くさい、ということではないかと思う。選挙日は日曜日であるから、家から出るのが億劫になるのかもしれない。また、その背景として、自分の一票では何も変わらない、どの候補が当選しても政治は変わらないという諦めがあるのではないかと思う。確かに、何万何十万単位で差がつく選挙結果を見ると、たった一票がどの候補に渡ろうと結果には全く影響が無い。今回の参議院選挙でも、私は投票に行ったが、自分の一票で政治を変えてやるなどと意気込んでいたわけではない。しかし、現在の政治に不満があれば、少なくとも「ノー」を突きつけることは必要ではないかと思う。また、様々な政策がある中で、それらすべてに対する自分と候補者の考えが一致することはごく稀だ。従って、自らの中で政策に優先順位をつけ、譲歩しても良い部分と譲れない部分を決めた上で投票する人を決めることが必要になる。その優先順位づけや、そもそも、現在の政治に賛成したり不満を持ったりするためには、政治に関心が無ければならない。テレビや新聞を読むことも良いと思うが、選挙に行く、投票者を考えるというプロセス自体が政治的関心を持つきっかけになりはしないだろうか。まずは、一度、選挙に行くのだ。軽くでも良いから候補者のことを調べ、自分なりに譲れない部分を持ち、投票を行う。そうすれば、自分が投票した候補者の当落や、自分が重視していた政策の行方などについて、自ずと気になるものだろう。以前、「政治について詳しくわかっておらず、こんな状態では投票に行けないから、行かないのだ」という意見を耳にしたことがあるが、政治というものに対してのハードルが上がりすぎているのだと思う。今は、ネットでも様々な情報を見ることができ、わかりやすく解説してくれているサイトもたくさんある。私も政治には詳しくないが、ニュースや選挙新聞を参考に投票する候補者を決めた。とにかく、方法は何でも良いので、まずは、雰囲気を味わうくらいのつもりで選挙に行ってみるのも良いのではないだろうか。

また、候補者の演説が行われるのは昼間が多く、学生は学校に行っている時間であるため聞くことができないという問題点もテレビで指摘されていた。選挙の実施側としても、演説の時間帯など、次回以降改善されるべき部分があるだろう。

 今回の参議院選挙で目を引いたのが、「支持政党なし」である。国会に参加する際は、ネットで多数決を取り、それに基づいた主張を行う、一種の直接民主歳のような政党である。これまで、国民は自分たちの代表者を限られた選択肢の中から選ぶことしかできなかったのだが、支持政党なしの場合は自分たちの意見を直接届けることができる。各政党の中でもかなり異色で、前述の政策に関する優先順位づけも行う必要が無く、面白い政党であると感じた。ただし、ネット環境の無い人はこの方式に参加することができない。また、ネット選挙についての議論でも言われているような、第三者による結果の操作などの危険性は無いのか気になるところである。
(1,390字)

投稿: 木綿豆腐 | 2016年7月17日 (日) 15時18分

選挙権の年齢が引き下げられ初めて手にした選挙権だったが、私は今回の選挙に参加をしなかった。予定が合わなかったのもある。期日前投票の存在も知っていた。行かなかったのはやはり自分一人が選挙に行かなくたって…という気持ちからだ。選挙に行かないと変わらないことは理解しているが、どうせ自民党が圧倒的に勝つのだろうなと思っていたし、そのことに何ら不満がないからだ。ほぼ選挙結果が決まっているような選挙に行っても面白くないし、候補者は公約などを掲げ選挙が近づくと頑張っているけど、選挙が終わってしまえば、当選した候補者は掲げた公約を実現するために動いているのかなどはわからない。世間にいい顔をしていれば、知名度があれば当選してしまう選挙になんの意味があるのだろうか。
 現在日本では、間接民主主義という体制が取られている。自分の意見に近い候補者を国民の意見として、選出する。私たちの意見は選挙という場面という選択肢の限られた場面でしか意思表示をすることができない。先程も述べたように、選挙結果がおおよそ見えている、当選者のその後がわかりづらい、そのような状況でただ選挙にいき満足しているのでは、見せかけの民主主義に騙されているだけである。
 そんななか一風変わった政党名を目にした。その名は「政党支持なし」である。政策は一切なく、議案ごとにインターネット上で投票を行い、その結果を議決権として行使することで直接民主制による民意を国政に反映させ得る仕組みだとしています。議会制民主主義に反対する勢力として出てきたものだと思われる。有権者によるインターネット投票が国会に反映されるということで国民の政治的関心を集めることはできると思うが、実際に当選してしまったら問題はたくさんできると思う。ネット投票のシステムであったり、ネット投票で決めるわけだから、議員はなにもしない。その議員に税金が支払われるわけだから文句も出るだろう。
 選挙前はSEALDsなどの動きもメディアが取り上げられるようになった。丸井今井の前でも憲法改正反対、安部政治反対、原発反対などの紙を持った人を目にした。その中の一人に僕は、憲法改正したら君たちみたいな若いのは戦争に行かなければならなくなるんだよと話しかけられた。憲法を改正したからって日本が戦争を仕掛ける側に回るとは思えないし、集団的自衛権や安保制の問題から今のままでは憲法邪魔になる。自民のやり方は多少強引だったとは思うが、必要なことではあると思う。力の差が付けば付くほど戦争にはなりやすい。その力の差を縮めるための集団的自衛権だ。憲法9条があったからといって日本が攻められない根拠にはならないのだ。
 知識がないと、SEALDsのような声の大きな団体に流されやすい。人の意見をうのみにするのではなく一度自分で考えることが大事だ。そのためには知識が必要である。
 正しい知識、根拠のある自分の考えを持ったうえで、候補者の中から自分の考え日階人物を選び投票に行くことが大事である。(1.227文字)

投稿: 焼肉定食 | 2016年7月16日 (土) 15時25分

まず今回の参議院総選挙において、私は投票を行えなかった。理由は住民票の変更をおこなっていないためだ。しかし、選挙権が18歳からに引き下げられて初の国政選でありどのような結果になるのか個人的に関心が大いにあった。また世間の注目もあびることとなった。選挙権の引き下げにともない、各党とも以前よりは学生を視野に入れた公約が増加したように感じた選挙となった。票を得るためには、このようなことがおこるのは当然とも言えるのだろう。しかし、今回の選挙では政権交代することなく自民党の勝利に終わった。
私は、幼少期から成人したら選挙には必ず行くものであると思っていた。しかし、投票することで自分自身の意見がどれだけ反映されているのかを近年疑問に思う。国民に審議を問う選挙といえども、少数者の意見は加味されず、多数者の勝利となる。これでは真の民主主義とは言えないのではないだろうか。多額の税金を費やしてまでおこなう価値はあるのかと問いかけたい。
 そのような中で今回、政治団体「支持政党なし」という党が設立された。面白いネーミングだ。どの政党に投票しても同じではないか、支持するところなどない、という国民の選挙に対するマイナスな考えを巧みに利用した政党名ではないだろうか。インパクトの大きさや、興味心をくすぐる非常に上手い戦い方であったと感じる。事実64万を超える票を獲得している。しかし、政党名ではなく、単なる「支持なし」と勘違いを招いて投票する恐れがあるとの指摘も存在する。
 先ほども述べたように、今回の選挙は18歳に選挙権が引き下げられて初の国政選挙であった。私自身選挙権の引き下げには反対であった。より多くの国民の意見を反映させることは可能であるが、18歳という年齢は国政を考えるにはまだ若すぎると思う。私自身成人しているが、情報を見極め十分な判断をして選挙に挑んでいるとは思えない。ましてやまだ高校生の子には荷が重過ぎるはずだ。選挙権を引き下げるまえに、国政選挙についての知識を豊富に身につけることが優先すべきことではないだろうか。
 政治家は、それぞれ様々な公約を掲げ選挙に挑むが、その公約はどれほど達成できているのか、自らの私利私欲のために動いていることはないのかと思うことがある。政治家である前に、1人の人間であるから利益を優先させることも大いにありえる。そのような人が当選するような選挙ではあってほしくない。そうさせないために、私たち有権者も変わっていかねばならないように思う。国をよりよい方に導いていくには政治家だけの力ではなく、国民総力で動かねばいけないと考える。

投稿: 人生万歳 | 2016年7月15日 (金) 14時17分

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