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1868-1968 テロリズムとしての近代革命

1868-1968
――テロリズムの勝利としての1868年明治維新、そして1968年以後のテロリズムの敗北

鳥羽伏見の戦いが始まる1868年は、正確に言えば慶応4年である。年号が示しているように、未だ幕藩体制の内にある。のちにこの年は明治元年と改称されるが、勝利した革命派による歴史の書き換えである。
当時の社会の規範そして法規範もまた、幕府によって規定されていた。この法規範と社会規範に対して、テロを行使した武装勢力が薩長である。彼らはこの法規範に対して、まさにテロリズムによって対峙した。もちろん、この武装闘争は維新すなわち革命と名付けられる。まさに、正統化される。しかし、実体は武力による政府転覆とほぼ同義である。
1968年の前後、近代における最後の武装闘争が世界的に実施された。東京だけではなく、ニューヨーク、フランクフルト、そしてパリでも青年運動が広範囲に起こった。その運動は社会的に支持されていた。この運動のなかから、武装闘争を実施する集団が分離した。しかし、彼らに社会的承認が与えられることはなかった。日本の赤軍派、ドイツの赤い旅団等が有名である。彼らの武装闘争は、テロリズムとして社会的に葬られた。

この論点に関して討論会を実施する。7月26日24時までに、1000字以上1500字(字数はPCの字数計算ソフトに依存する)のコメントを貼り付ける。その際、4文字の熟語を個人名称とする。実名、大学名、職場名、講義名称等を書かないことが必要である。個人が特定される場合、そのコメントは削除される。

参照「後期近代と暴力革命」
http://izl.moe-nifty.com/tamura/2006/04/post_9fe9.html

近代における暴力の社会的承認
http://izl.moe-nifty.com/tamura/2006/04/post_77b2.html

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