路面電車による非日常的空間の形成――バーゼル市、ハレ市の事例を中心にして(一)
路面電車による非日常的空間の形成――バーゼル市、ハレ市の事例を中心にして(一)
田村伊知朗
1.はじめに
本稿は、バーゼル市とハレ市における事例を中心にして、路面電車の役割を考察する。それは、日常的空間ではなく、非日常的空間つまり祝祭的空間における路面電車の意義を論述する。日常的空間における路面電車の役割を考察することと対照的に、かなり限定された時空間における事象を取り扱うことになる。
まず、バーゼル市の地理的基礎知識にふれてみよう。この都市はスイス連邦共和国の西北端に位置している。主要言語はドイツ語である。この都市はフランス、ドイツと国境を接している。スイス、フランス、ドイツという欧州近代史を規定してきた3国の結節点である。バーゼル市内にはスイス国鉄だけではなく、ドイツ鉄道専用のバーゼル中央駅も中心街に位置している。ライン川を挿んで、二つの中央駅が存在している。この国際金融都市とドイツとの関係は歴史的に深い。
この都市の公共交通についてふれてみよう。その際、世界的に稀有な点は、都市市街地からドイツ国境、フランス国境付近へと路面電車が運行されていることである。路面電車によって市民は、国境付近まで移動することができる。
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また、ハレ市はドイツ統一直後には30万人の人口を抱えていた。現在では20数万人の中小都市に属している。にもかかわらず、この中小都市は総延長87,6 km にわたる路面電車網を維持している。ドイツそして西欧においても、公共交通が充実している街に属している。
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2. 非日常的空間における路面電車
まず、バーゼル市の祝祭についてふれてみよう。この都市における最大の祝祭は、謝肉祭である。この地方では、ファスナハト(Fasnacht)と呼ばれている。春を告げる祭典であり、西欧でもっとも著名である。毎年、開催日は変更される。2012年は、2月27-29日であり、2014年は3月12-14日であった。この時期はホテルの宿泊費用も通常の数倍になることも多い。もともと、スイスフランは世界最強の通貨であり、バーゼル市の物価は高い。この祭典のハイライトは、異形に装った人々の行進である。このバーゼル謝肉祭において路面電車の運行が花を添える。祭りの行列は中心街における片側一車線を使用する。その対向車線と歩道において観客がその行進を見物する。その際、路面電車が緩行する。
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この車内において数人が飲食している。それに乗車できることは、市民の名誉である。行列と同じ速度で、観客を見下ろしながら、祭典を楽しむことができる。祝祭の参加者は、数両の路面電車車両を独占的に使用できる。 風景を楽しみながら、路面電車の車内において飲食できる。
また、ハレ市における祝典について述べてみよう。この都市では、中心街の中心部にある飲食施設が位置している。この建物において数々の人生のイニシエーションが実施される。とくに、結婚式あるいは金婚式が実施される。この施設へと路面電車の引き込み線が設置されている。
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祝祭参の参加者は、この引き込み線から直接、ハレ市の路面電車網へと移行する。この路線は、日常使用されることはない。祝祭的空間を補助するためにだけに、使用される。またこの都市の路面電車は、結婚式披露宴の場所として使用される。路面電車が個人的祝祭のため貸し切られる。
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さらに、馬車鉄道(1882-1891年)による路面電車開業100周年記念行事が、1982年10月17日に実施された。この祭典では花電車の行進が実施された。
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数十台の路面電車が連続して運転された。また、2016年4月17日には、電化された路面電車(1891-2016年)の開業125年を記念した行事が開催された。電化された路面電車の運行は、欧州でももっとも古いと言われている。 1 ここでも、路面電車による行進が実施された。このような行進のためには、非営業車両の保存が前提にされている。通常の場合、非営業車両は廃車され、鉄屑になる。しかし、ドイツでは東独時代から現在に至るまで、歴史的車両も動態保存されていた。この保存のためには、旧車両基地が維持されていた。次節ではハレ市における車両基地に関して論述してみよう。
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