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路面電車による市民的な公共空間の形成――ベルリン市とハレ市の日常的空間における事例を中心にして(その一)

路面電車による市民的な公共空間の形成――ベルリン市とハレ市の日常的空間における事例を中心にして(その一)
                                               田村伊知朗

1. はじめに

  本稿は、日常的空間において路面電車が果たす役割を考察する。とりわけ、ドイツ連邦共和国(以下、ドイツと略)におけるベルリン市とハレ市の事例を媒介にしながら、この問題を考察する。日常的空間は非日常的空間すなわち祝祭的空間との対比で設定されている。市民が日常的に公共交通とりわけ路面電車を使用する際に、交通計画者によってどのように配慮されているかを報告する。彼らによって設定された技術的配慮によって、どのようにして市民が移動性(Mobilität)の自由を路面電車によって実現するかを考察する。本邦においてほとんど存在しない路面電車そしてその交通上の技術を紹介することによって、本邦の交通体系の改善を企図している。          
まず、二つの都市に関する一般的な地理的情報と路線網を紹介しよう。ベルリン市はドイツの首都である。1990年のドイツ統一によって、西ベルリンと東ベルリンが統一された。路面電車は、主として東ベルリンにおいて展開されている。
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西ベルリンの路面電車の路線網は、1967年をもって廃止されている。それ以後、ツォー、クーダム等の西ベルリンの伝統的中心街から路面電車の路線が消滅している。但し、ベルリンの壁周辺にあったレールテ駅が、統一以後ベルリン中央駅となった。ベルリンの壁内部とその周辺は荒涼地であった。都市間交通と都市内交通の結節点周辺に、路面電車網が新規に建設された(M5, M8, M10)。しかし、この3路線とも、その多くの路線部分は東ベルリンにあった従来路線を利用している。ベルリン市の路面電車は東ベルリン中心であるという命題は、総延長距離から考察すればほぼ妥当しているであろう。1
 ハレ市はザール河沿岸に位置しており、ザクセン・アンハルト州に属している。この州の州都はマクデブルクである。東独時代はハレ県の県都であった。この都市では路面電車が地域内の公共的人員交通において主要な役割を果たしている。
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ドイツ統一以後において、路面電車の延伸を通じて新たな市民的公共性を確立しようとした。とりわけ、統一以後、ハレ市に吸収合併されたハレ新市への路面電車の延伸で有名である。2 ドイツ統一当時、ハレ市は30万人超の人口を有していた。その人口はほぼ4半世紀経過した現在、20数万人へ減少している。10万人以上の人口規模を持つ大都市のなかで、ライプチヒ市と並ぶ人口減少地域である。3 東独が崩壊して以後、重化学工業が壊滅したからである。東独時代において重化学工業によって勇名をはせていた都市は、後期近代において縮小する都市の典型の一つである。

2. 中心街における市民的公共性の形成――教会と広場を中心にした空間

 西欧の都市は中心街を持っている。中心街が教会と広場を中核として展開している。この空間は市民的公共性を形成するために存在する。ここには、人間的コミュニケーションを確立するために、様々な場所が用意されている。
  この空間における移動性についてふれてみよう。中心街では、人間の原初的交通手段つまり歩行が前提にされている。自家用車、自動二輪等の動力化された交通手段が、可能なかぎり排除されている。
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 歩行と自転車による交通だけがこの空間において場所を占有することができる。唯一の例外が路面電車である。それが、中心街と郊外を結節し中心街を循環する交通手段として、歩行と自転車移動を補完している。路面電車を地域内の公共的人員交通の中核に据えることによって、中心街における環境を保護し、交通事故を減少させることを目的にしている。東独の工業都市であったハレ市における環境破壊は、世界的に著名であった。それは、通貨問題つまり東独マルクとドイツマルクの交換比率の問題と並んで、東独崩壊の原因の一つであった。
 近年、本邦において街づくりあるいは町の活性化が、叫ばれている。街の活性化は歩行者をどのように増加させるかに依存している。 そのためには、住宅政策が重要である。西欧そしてドイツの中心街において、伝統的な居住形式が残存している。1階の商店と2階より上部の居住階という形式が、今なお残っている。中心街は商店街として機能し、この領域において居住人口が維持されている。しかも、個々の建造物は4-6階の高さに制限されている。町の美観が保たれている。個々の建造物ではなく、街それ自体が観光資源である。街並みが美しい。本邦でも、函館市のように観光都市を標榜している街は多い。しかし、観光資源としての建物が点在しているにすぎない。その建物から一歩外に出ると、そこは観光資源にはならない建物が続いている。
 高齢化社会がドイツにおいても進展している。多くの高齢者は自動車免許状を保持していない、あるいはそれを更新していない。福祉政策の一環として公共交通が必要とされている。さらに、社会的に弱者とされる社会集団は高齢者だけではない。貧民、学生、外国人も高齢者と同様な社会集団に分類されている。ドイツ語では、Alten, Armen, Ausbildenden, Ausländer というAを頭文字にする4つの社会集団がそのようにみなされている。また、身体障害者あるいは知的障害者もほぼ同様な集団である。
さらに、前世紀末から移民そして難民が増加している。
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学術交流と並んで、外国人労働者の受け入れは戦後ドイツにおいて珍しくない。とりわけ、西独におけるトルコ人労働者、東独におけるシリア人労働者は、それぞれ統一以前から高い評価を受けている。シリアの政権与党つまりシリア・バアス党に対する国際政治的評価は別にして、この政党の理念としてアラブ祖国の統一、植民地主義から自由とならんで社会主義が掲げられている。4 この点から東独政権とシリア・バアス党の間には、親近性があった。シリアの教育程度は伝統的に高い。アラブの春と称される体制転換に際して、外国から武器、弾薬そして金銭がシリアに流入した。この内乱から逃れるために、多くのシリア市民が難民として西欧そしてドイツに流入している。シリア難民をドイツが受容する文化的背景は、国民意識に植え付けられている。
 このような社会集団は、個人的な交通手段から疎遠である。近代社会は国民的自由として交通権を保障している。快適な公共交通を市民に提供することは、州政府と地方自治体の責務である。

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