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2000字による討論会 20151113 の世界史的意義

20151113 の世界史的意義を、20010911 あるいは20110311 との比較において論じる。
その際、イスラム国家は悪い、あるいは悪人を空爆によって殺戮せよ、という常識的観点だけでは、無意味であろう。イスラム国家の必然性を考察する、あるいは空爆という手段を批判的に考察する。
「イスラム国家は悪い」という命題の妥当性を疑問視できる。「近代国家の至上課題が生命と財産の保存である」という命題から、空爆の意義を考察することもできる。あるいは、善悪は国家を前提にしている。たとえば、死刑制度は、近代国家においてタブーになっているが、中東の人間には適用されない。これは近代国家の規範の妥当性範囲を問題にしている。どのような観点を採用してもかまわないが、近代あるいは近代国家の問題を取り上げることが望ましい。

締め切り 1月13日

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討論」カテゴリの記事

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2015年11月13日、フランスで思いもよらぬ出来事が起きた。パリ同時多発テロ。フランス・パリ、郊外にてサッカースタジアムや街中で銃の発砲や爆発などが立て続けに起こり、死者130人、負傷者300人以上とテロ事件で言うと2001年アメリカニューヨークで起こったアメリカ同時多発テロに並ぶ大都市でのテロ事件であった。犯行はイラク、シリア間をまたがって活動するISIS。2015年に日本人ジャーナリストを拉致殺害したことでも覚えのある過激派組織である。敵対視¥する都市の破壊やイスラム国に対するスパイなどの殺害と連日ニュースに取り上げられている組織である。今回のフランス・パリ同時多発テロの事件でも、世界に衝撃を与えた事件だったと同時にイスラム国の脅威を今一度味わう事件であった。しかし、この事件には必然性も感じられる。この要因として、事件の以前、フランスはイスラム国に対して空爆を行っていたのである。戦争というものは一方が攻撃をするともう一方が仕返しをし、その仕返しに・・・というように仕返しの連鎖、その悪循環によって、より国にも人にも深い傷となって刻まれていく。今回の事件も一方の攻撃から仕返しの連鎖で巻き起こった事件と言えよう。すなわち偶然フランスが責められたわけではないことが言える。必然性という言葉がこの事件のキーワードであるのではないだろうか。「20151113」この数字の表す意味は何十年何百年とこれから先も語り継がれ、二度と起こってはいけない惨劇と紹介され続けることだろう。このように数字だけで表現されて何が起きたかわかる事件がもう2つある。「20010911」と「20110311」である。「20110311」は東日本大震災。特に日本が大きくかかわった東日本大震災は人も建物もすべてが津波という脅威により飲み込まれた。自然の脅威は誰にも止められない。地震、水害など日本を最近になってよく苦しめるものも、誰にも規模と脅威を教えてはくれない。常に何が起こるかわからない状況の中で生きていく必要があるのだ。「20010911」はアメリカ同時多発テロ。この事件も世界に戦慄が走りました。複数の旅客機がハイジャックされ、パイロットを殺害、犯行を実行した人物が操縦した飛行機をアメリカの多くのビルに激突、墜落したという事件。こちらは日本人を含む死者2749人以上とおぞましい事件を物語っている。この事件と必然性のかかわり合いだが、それはパレスチナ問題が考えられる。簡単に言うと、パレスチナ人が、所有土地などの問題で対立していたユダヤ人国家イスラエルを、経済支援していたアメリカに対して行ったテロであるということなのだ。
この2つの事件を引き合いに出しても事件や災害は常に何かしらの必然性が付きまとう。裏で何かが問題となっているということや、人間にはその災害に巻き込まれる前にタイムラグや方法があったのではないかということ。何かをすればという言葉で片付ければすべてが平和にいくわけではないが、人がもっとすべきことをしていれば、防げるということも必然の出来事なのではないだろうかとも感じる。
 次にテロというものがもたらす危険性と何が問題なのかを論じていきたい。例えば極端に殺害したい人物を標的にその人物がいる地点に空爆を落とそうとした国があるとする。空爆を落とそうとする国は、その人物を殺したいという一心で空爆を落とす。しかし、その周りのことは考えているだろうか。空爆はピンポイントを攻撃するものではなく、周りにも被害を及ぼす。その周りにいた一般人(殺すという意思を持っていない人)にも被害が及ぶことは誰もが分かる。一人を殺そうとするとそれ以外の人に被害が及ぶ、これこそが悪循環を生む一つのきっかけではないのだろうか。「20151113」の事件ではISISとフランス、「20010911」の事件ではアルカイダ組織とアメリカ。この二つ事件でいくつの命が落とされたことであろう。落とすべきでない命を守っていくためにも、少しでも平和が必然の世界を構築するためにも今一度戦争を世界全体で見直し、反抗組織に何かしらの対応を整わせなくてはならないだろう。
 そしてテロや災害はこれからも起こってしまうことであろう。どれだけ防ごうとしても起こってしまうことは間違いない。これらのことを未然に防ぐことも大切だが、起きてしまったと時に人間が何をすべきなのか、何が必要なのかを世界が考えなくてはならないはずである。国際間のモノやカネの流通が激しくなっている現代社会で何かに関する税を高めたり、制限することにより、事件を未然に防いだり、起こさない努力となる。このようなことを続けて行っていくべきである。

投稿: 精神一倒 | 2016年1月14日 (木) 02時56分

2015年11月13日にパリにおいて、大規模なテロが引き起こされた。後にISIL(イスラム国)により犯行声明が出され、欧米諸国に大きな衝撃を与えた。フランス政府はこれに対し『報復』を宣言。仏ほか西側同盟諸国は中東のISIL支配地域への空爆を強化する事を発表している。
一体何故、パリでの悲惨なテロは起きてしまったのだろう。原因はいくつか考えられるが一つ挙げられるのが、フランス独特の社会構造だろう。フランスは知っての通り、非常に文化的に発展してきた歴史を持ち、それ故に自文化に対する誇りを感じている。その誇りは、自文化の防衛と他文化への攻撃を誘発する。実際として、フランスでは他文化に対する締め付けは強い。イスラム教徒においては女性に対しヒジャブ(体を覆う布)の着用が法律で禁止されていた。移民に対する姿勢も冷たい。現在問題になっている移民に対しても、入国した移民にはまずフランス語を話せるようになるよう徹底的に教育される事が求められる。
このようなフランスの対応にも理由はある。フランスは国家的理念として、国民全員が『フランス共和国の一員』である事を求めている。それ故に他宗教の人間や外国人が国内に入ってくる事に抵抗を感じやすい。なので、移民に冷たいのである。フランスには現在も多数の移民が暮らしているが、移民として実質に社会において低い立場におかれ、そこにネットにより過激思想・ISILが掲げる歪んだイスラム教の『救済』に移民系の若者達が魅かれてしまった事が、フランスのテロ発生に加担してしまったと考えるのに想像は難くない。
単純に『外』に敵がいると考えていてはこのようなテロは防ぐことは出来ないし、彼らが何故このような非道の行為を行うに至ったか、理解する事は出来ないだろう。パリのテロは、テロが中東だけで起こるのではなく先進国でも起こり得る事、そしてテロリストも元は『普通の』人間である事、この二つを雄弁に示している。前者については、既に9.11テロで証明されているはずなのに、未だ先進国は『テロとの戦い』を他人事のように考え、煽っている実状がある。9.11の後、アフガニスタンやイラクがどうなってしまったのか、アメリカ等が主導した『テロとの戦い』は、中東の人々に平和をもたらしたのか、我々は自らの過去と未来について改めて考える必要があるだろう。後者については、テロリストをただ『非人道的』『悪魔』と非難するのは何の意味も無い、という事だ。何故ならそれはテロリストであるISILにとっても同じだからである。彼らの言葉を言葉通りに受け止めれば、我々が空爆により彼らの同胞を無残に殺害し、それに対して彼らは報復を行っているのだけだ(そしてそれはフランスによる『報復』を呼んでいる)。もちろん、彼らの行動は残虐非道であり、許されるべきではない。しかし彼らが、捕えた欧米の人間の首を落とすと同時に、我々は彼らを爆弾で木っ端みじんにしている現実があるのだ。ISILがインターネットに処刑映像を流すのと、欧米の連合軍が空爆による『戦果』を発表するのと、いったい何の違いがあるのだろうか。
そもそも、中東でのテロが何故ここまで成長してしまったのだろう。これにも様々な事情はあるが、私はここに中東の人々の歴史の『薄さ』を感じてしまう。
欧米諸国は、先進国として早くから民主主義、立憲主義の考え方を少しずつ身に付けていった。同時に多くの戦争により、戦争の実効性と利益、そして惨禍と不毛さを、身をもって経験してきた。さらにその渦中の中、様々な思想も生まれ、社会制度も整えられてきた。それらはその土地の生活・宗教・法から生まれたのであり、緻密に創り上げられたものだ。この経験こそが欧米が先進国である所以であろう。
では中東はどうだろうか。欧米諸国がもたらした『自由と民主主義』により、国境は直線で引かれ、その土地の歴史・宗教を無視した国家体系が構築された。彼らが辿るはずだった歴史は、欧米の歴史によって塗り替えられてしまったのだ。そして持ち込まれた歴史は様々な歪みを生んだ。少数派民族が国家元首に奉られたことによる多数派の不満、外部から持ち込まれた『自由と民主主義』への懐疑と自らの宗教観との齟齬――それらは中東の国民に負の感情を与えた。その感情は鬱憤として溜まり、一方はテロによる暴力に、一方は『アラブの春』へと流れていった。ISILもその流れの一派に過ぎない。彼らは押し付けられた欧米の歴史・思想・文化を否定し、(歪んではいるが)昔ながらのイスラムを取り戻そうとしているのではないか。だとすれば、この戦いは欧米対中東のものでも、十字軍対イスラムでもない。彼らにとっての聖戦は、彼らが彼ら自身の歴史を取り戻すための戦いだ。そして我々にとっては、我々自身が生み出した歴史の闇との戦いなのである。
おそらくこの戦いは、中東の人々が自らの手で歴史を創り上げられるようになるまで終わらない。軍事的だろうと平和的だろうと、ゴールは欧米諸国に与えられるものではない。しかし何も出来ないというわけでは無い。我々は中東の人々の手を掴んで引っ張っていくのではなく、先を指し示して歩くのを促すべきなのだ。11.13は、ムスリムの歴史の歪みの表れであり、我々の歴史の証明である。暴力、すなわち過去の焼き増しは、過去の焼き増ししか生まない。我々はこの歴史を真摯に受け止め、未来を創っていかねばならない。

投稿: 有象無象 | 2016年1月13日 (水) 18時17分

2015年11月13日金曜日にパリで発生した同時多発テロ。これは2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ事件と同様に、世界中を大きく震撼させる事件となっている。この事件はテロ組織、イスラム国(IS)によるものであるとされ、その組織はイスラム教のスンニ派の過激組織である。
 パリ同時多発テロの事件概要はこうである。フランス、パリで現地時間11月13日の夜、コンサートホールやサッカー場などで銃撃や爆発が同時に発生した。犯行は無差別に行われ、死者は130名にもおよび、負傷者は300名以上となった。オランド大統領は非常事態宣言をし、テロリストの侵入を防ぐため、国境封鎖を行った。その後フランス軍はロシアやアメリカと連携をとり、軍事的対応として、イスラム国に対する空爆を強化した。2001年9月11日にもアメリカで同時多発テロ事件が起きている。アメリカの同時多発テロはどのような事件だったのか。現地時間2001年9月11日の朝、4機の旅客機がハイジャックされた。1機目が世界貿易センタービルのツインタワーの北棟に突入し爆発、続いて南棟に2機目が激突した。2機目がタワーに突入する瞬間は、テレビ中継が行われており、世界中に衝撃的な映像が流れた。この事件の犠牲者は、3000人以上とされている。テロ組織アルカイダにより実行された事件であるとされ、アメリカはアフガニスタンへの侵攻、イラク戦争を開始した。このようにアメリカ同時多発テロでは軍事的対応として戦争にまで至っている。
 2つの事件の首謀者とされているのが、イスラム国とアルカイダというイスラム教の過激派テロ組織である。この2つの組織の違いはどのような点なのか。イスラム国は元々、アルカイダから分裂してできた勢力で、イスラム国を建国することを目的としている。背景にあるのはイスラム教である。自爆テロといえばイスラム教の過激派というイメージが定着しつつあるが、イスラム教ではもともと自殺は禁じられている。9.11を起こしたアルカイダの実行犯は事件前に飲酒をしていたと言われているが、イスラム教では飲酒も禁じられている。こういった点からイスラム国やアルカイダは、普通のムスリムであるとは言えないであろう。そしてテロ組織としてアルカイダやイスラム国があるという理由で、イスラム教徒は過激な思想を持っていると、誤解を受けているイスラム教徒は数えきれない程いるだろう。しかし9.11、11.13の事件を受けて、どんどん過激化している宗教であると勘違いされていてもおかしくはない状況である。
 ではイスラム教とは一体どのような宗教なのか。イスラムでは政治と宗教を分立させる「政教分離」の考え方を持たない。イスラム教にとって宗教とは生き方そのものであり、政治を分立させて考えるということがないのである。そしてもともとのイスラムの社会にとって、国家の概念は希薄であった。しかし近代になり、国民国家の概念が世界全体で続々と誕生してきた。西欧列強による植民地化があり、それらの領域が戦後に独立して国家となった。そして本来概念を持たなかったイスラム社会と、西欧的な国民国家の概念を持った勢力との対立が生まれてくる。反国家的な思想が生まれてしまうのだ。そこでイスラム教に基づいた社会を理想とする、イスラム主義を掲げ、その目標達成への手段や方法は組織や考え方により様々な形をとる。そこで過激派、つまりテロ行為や軍事的手段により目標であるイスラム主義の達成を目指す組織がでてくるのである。
 今回のパリ同時多発テロ事件飲みに限らず、イスラム国の起こした事件の報復として「空爆」が用いられている。イスラム国の拠点ではない、民間人が住んでいる地域に空爆が行われたこともある。これにより大勢の無関係の市民が犠牲になっているのである。もちろん今回のテロ事件を含め、イスラム国の行為を肯定するつもりはない。しかし空爆という手段で、報復を行うことは、正しいことなのであろうか。これでは同じことを繰り返しているだけではないか。
 現在、日本も含め、世界では一連の事件をうけて、イスラムの過激化が大きく取り上げられている。しかし視点を変えると、ヨーロッパ側の反移民という意識が高まっているとも言える。ヨーロッパの排斥化に対するアンチテーゼとしてこのようなテロ事件は勃発してしまったのではないか。今回のパリ同時多発テロを通して、日本はこれまでのように無関係で、蚊帳の外にいるという考え方は通用しないであろう。日本でテロが起きてしまう可能性も0ではないのだ。イスラム教についての最低限の知識をもち、誤解や偏見に導かれることなく、理解する姿勢をもつことが重要となる。

参考文献
・ 勝谷誠彦・中田考著(2015)「日本一わかりやすいイスラーム講座」アスコム
・ 佐々木良昭著(2015)「面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問」プレジデント社
・ 宮田律著(2015)「イスラムは本当に危ない世界なのか」潮出版社
・ パリ同時多発テロ事件:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/special/timeline/20151114-france/>(2016年1月13日アクセス)

投稿: 1218 | 2016年1月13日 (水) 17時09分

日本は戦後70年を経過し我々日本人の多くは、敗戦を機に制定された日本国憲法の9条により戦争を放棄した、いわば戦争とは無縁な平和な生活を送っている。しかし、長年戦争から無縁であった我が国も東アジアの情勢の変化により、自国領土への他国船の侵入などによって少しずつ不穏な空気が流れ始め、現在安倍内閣は集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制を成立させ、防衛費も11年ぶりに増額するなど諸外国をけん制する動きを見せており、恒久の平和を望むにはいささか厳しい状況に陥っている。
 その最中、イスラム過激派組織ISIL(イスラム国)が大規模なテロを繰り返し、世界を相手にした戦争を繰り広げている。彼らは日本にも宣戦布告を行っており、実際に日本人ジャーナリスト二名が惨殺されるといった事件も起きている。そして2015年11月13日にはパリ同時多発テロを企て、世界中に大きな衝撃を与えた。
 これらの記述だけを見れば、イスラム国が圧倒的な悪であるように思える。しかしこのようなテロを起こす要因となった背景を見れば少し違った視点から見えるかもしれない。
 かつて有色人種は白人に隷属を強いられ、中世期以後の歴史はキリスト教を信仰する白人が有色人種の領土を一方的に植民地化することによって繁栄していき、ほとんどの中東、東南アジア、アフリカの国々は白人国家によって分断されていた。この植民地化は近代国家が形成される際に起こったナショナリズムによって自分たちの文明を他国に輸出するという論理で正当化され、同化できない国に対しては文明遅れの人々というレッテルを張り、人種差別の対象としていた。このような排斥主義や同化主義をとっていた近代国家というものは、イスラム国によってテロを受けたフランスであり、2001年9月11日にアルカイダによりアメリカ同時多発テロを受けたアメリカである。
 近代国家であったアメリカやフランスは、現在のイスラム国やアルカイダよりも強大な力で世界を支配し続けてきた。イスラム国のテロリストの指導者が「我々はキリスト文明をすべて破壊するのだ」と叫んだことは、言い換えれば近代国家の考えをすべて破壊すると解釈することもできる。
 彼らにとっては中世以降の時代というものはまさに不遇の時代であり、キリスト教によりすべてを抑圧させられてきたといっても過言ではない。しかし東西冷戦の崩壊により、今までは服従するしか術のなかった国々が一気に反旗を翻すチャンスの時代が訪れ、さらにイスラム教徒の増加なども追風にかつて自分たちがやられてきたことをやり返すといった論理が働いてもフランスやアメリカは文句は言えないだろう。
 この20151113のパリ同時多発テロは何世紀にもわたって繰り広げられていた白人が支配していた世界に少しでも風穴を開けるという点で意義があったのではないか。おそらく2001911のアメリカ同時多発テロの意義もこれらと同じようなことが考えられる。
 こうして背景を知ることによって、イスラム国が絶対的な悪だという考えは一概にはそうは言えないように感じる。しかし、現代に生きる我々にとってはこのイスラム国のやり方というのは現在の尺度でしか正義か悪か測ることしかできず、もともとは近代国家として成立していたアメリカやフランスがやってきたこととは言っても、さすがにイスラム国に賛同することは出来ない。我々にできることは、彼らを近代のように淘汰していくことよりも、彼らの思想を認めその背景に隠された歴史を理解し、互いに共存が出来る世界を作り上げていくことなのではないだろうか。その意味で空爆というのは如何に無意味なものなのかということが、理解できてくるはずである。現状のように力を持って制するということをしたとしても根本的な解決には至らず、さらに民族同士の溝を深め平和とは程遠い社会が訪れるということを、イラク戦争が示してくれたのではないだろうか。
 イラク戦争では、確かにアメリカが一時的にはテロに勝利したが、テロは無くなっただろうか。答えはテロは起き続けており、解決には至っていない。今回も多国籍軍による空爆が行われているが、それによって新たに敵対視する人々を増やし、さらにテロを助長することになっているということをなぜ気づかないのだろうか。
 宗教対立など対岸の火事のように思っている我々日本人にとっても決して他人事ではなく、イスラム国により宣戦布告を受けている今、いつどこでテロが起きてもおかしくはない。そのため、政府には他国とともにイスラム国の殲滅に力を入れるのではなく、彼らを理解するという独自のスタンスを貫くことも必要かと考える。
 いつまでも他国の世話になるだけではなく、自分たちの国は自分たちで守るという強い意志を持つことが重要だと私は考え、それは決して武力だけではなく様々な形で国際社会を生き抜いていくということが、有色人種の国家として唯一近代国家を成立させた日本なら必ずできるはずだ。

投稿: 丸々盛々 | 2016年1月13日 (水) 15時25分

20151113パリ同時多発テロの世界史的意義~20010911アメリカ同時多発テロとの比較~
1. テロはなぜ起きたのか
 この2つのテロはなぜ起きたのか。その背景にある近代国家の問題という観点から考察していきたい。
 まずはアメリカ同時多発テロである。このテロの発生にはパレスチナ問題が大きく関わっている。このパレスチナ問題とは簡単に言うとユダヤ人vsアラブ人の土地の奪い合いであり、ユダヤ教徒とイスラム教徒の宗教的な対立構造も存在している。争いの果てにユダヤ人は、自国を作りたいと訴えた。これに対し国連はパレスチナを分断することで了承した。ここでアラブ人の国とユダヤ人の国ができた。そこに住んでいたパレスチナ人はユダヤ人に土地を奪われた部分もあるためイスラエルに対してパレスチナは抗議を始めた。これがパレスチナ問題である。
 ここにアメリカが登場する。アメリカはイスラエルを経済支援していた。アラブの国からすれば、経済支援をするアメリカは敵を援護している仲間である。そこからアメリカに対して敵意が生まれ、イスラム教徒であるパレスチナ人はアメリカに対してテロ攻撃を仕掛けた。これが9.11同時多発テロである。
 アメリカという国家はこれだけでなく様々な対立構造を作り上げてしまったという事実がある。先に述べたパレスチナ問題だけでなく、vsタリバンやvsアルカイダなど様々な、そしてわかりにくい対立構造が存在していた。このような問題を解決するのが困難となり、アメリカを中心とした国際社会に根強く残っている問題がある。このような問題を一つ一つ解決しようとしても、片方に手を貸せば片方からは敵視され対立される図式が絡み合う糸のように発生している。このような対立関係を作り上げてしまったことが、アメリカの国家としての問題であろうと考えられる。
 次にパリ同時多発テロである。このパリで起こったテロに関しては、アメリカの同時多発テロとは違った問題がある。
 パリでのテロはフランスとイスラム国(以下IS)との関連を考えることは必要不可欠である。そして、このイスラム国との関係において、テロの引き金になった国家としての問題が2点ある。それは「ISとの対立」と「国家としての姿勢」である。
 ISとの対立に関しては、まずISが生まれた必然性について述べる必要がある。ロシアや欧米諸国はISに対する空爆を行っている。これは、アラブ支配のための一環である。アラブ支配のための空爆であるので、中東地域でこの空爆の被害を受けた人々存在など最初から眼中にないのである。罪のない市民が爆撃の巻き添えを受けて亡くなってしまっても、全くもって無関心なのである。アラブ現地の支配層はともかく、そこで暮らすアラブの人たちが欧米やロシアに反感を持つことは必然である。そのような人たちが、反欧米感情を持ち、テロリストになって行くことは、何ら不思議はない。むしろ当然の結果であろう。このような背景からISが生まれパリでテロが起こってしまったのである。
2. 20010911から20151113にかけて世界はどう変化したのか。~世界史的意義~
 先に述べたように、テロはいわば復讐と憎悪の負の連鎖であり、そうならないよう世界は今踏みとどまる時である。
パリで起きた大規模なテロを受けて、アメリカの同時多発テロを思い出した人は少なくないと思う。アメリカでの同時多発テロが起こった時、アラブ・イスラム世界の一大中心都市であるカイロはどうだったか。それは、アメリカに一撃を与えたということで大いに喜んでいたそうだ。アメリカや欧米だけでなく、世界で憎まれているテロは、世界を変えればジハード(聖戦)と呼ばれ、美化されているということは紛れもない事実である。
そこにはイスラム教徒の教えが関係している。イスラム教徒のコーランの中に次のような言葉が存在する。「ジハードで亡くなったものは神アッラーの元で暮らしていける」というものである。わかりやすくいうと「自分たちを攻撃する敵と戦い死んでしまっても、天国で幸せになる」という過激な思想である。何があっても命を大切にしなければいけないという考えの真逆で、何かのためならば命を捨てる覚悟を辞さないという考えである。このような思想の違いがあのような悲劇を生んでしまったのである。
 この思想によって発生したテロを受け、アメリカはいくつもの行動をとった。一つはアフガン・イラク戦争である。この戦争ではあっけなく勝利したような印象を受けた。サダムフセインさえいなければ民主化が始まりテロはなくなるであろうという考えであったと考えるが、逆に憎しみを買い最悪の結果=イスラム国の誕生につながってしまった。テロとの戦いにおいて武力行使は必要であるが、住民の感情を軽視してしまったことは国家として大きな問題であろう。アメリカがテロ対策として取ったもう一つの行動は、民主化運動の推進であった。いわゆる「アラブの春」である。このアラブの春は結実した。
 このアメリカの行動の中で、戦争という選択が負の連鎖を招いていることは言うまでもない。それだけでなく欧米諸国がアラブ支配のために、空爆を繰り返し反感を招き、結果としてイスラム国の出現を招いてしまった。イスラム諸国の思想を考えると、衝突とは逆の相互理解が欠かせないのではないかと考えられる。衝突という選択は、敵を攻撃する為なら手段を選ばないイスラム諸国の過激な思想を増幅させることになり、結果としてパリでのテロを招いてしまったのである。
 世界の歴史の中で、敵に対して衝突という選択を取り続けてきた。その結果世界史においてさまざまな戦争が繰り返されてきた。この2つのテロ、すなわちアラブ・イスラムとの戦争を通して、日本や欧米諸国、アメリカがイスラム世界を理解しようとする姿勢を見せていくことが負の連鎖を終わらせることにつながるのではないかと私は考えた。

投稿: 怪盗少女 | 2016年1月13日 (水) 14時03分

20151113パリ同時多発テロの世界史的意義~20010911アメリカ同時多発テロとの比較~
1. テロはなぜ起きたのか
 この2つのテロはなぜ起きたのか。その背景にある近代国家の問題という観点から考察していきたい。
 まずはアメリカ同時多発テロである。このテロの発生にはパレスチナ問題が大きく関わっている。このパレスチナ問題とは簡単に言うとユダヤ人vsアラブ人の土地の奪い合いであり、ユダヤ教徒とイスラム教徒の宗教的な対立構造も存在している。争いの果てにユダヤ人は、自国を作りたいと訴えた。これに対し国連はパレスチナを分断することで了承した。ここでアラブ人の国とユダヤ人の国ができた。そこに住んでいたパレスチナ人はユダヤ人に土地を奪われた部分もあるためイスラエルに対してパレスチナは抗議を始めた。これがパレスチナ問題である。
 ここにアメリカが登場する。アメリカはイスラエルを経済支援していた。アラブの国からすれば、経済支援をするアメリカは敵を援護している仲間である。そこからアメリカに対して敵意が生まれ、イスラム教徒であるパレスチナ人はアメリカに対してテロ攻撃を仕掛けた。これが9.11同時多発テロである。
 アメリカという国家はこれだけでなく様々な対立構造を作り上げてしまったという事実がある。先に述べたパレスチナ問題だけでなく、vsタリバンやvsアルカイダなど様々な、そしてわかりにくい対立構造が存在していた。このような問題を解決するのが困難となり、アメリカを中心とした国際社会に根強く残っている問題がある。このような問題を一つ一つ解決しようとしても、片方に手を貸せば片方からは敵視され対立される図式が絡み合う糸のように発生している。このような対立関係を作り上げてしまったことが、アメリカの国家としての問題であろうと考えられる。
 次にパリ同時多発テロである。このパリで起こったテロに関しては、アメリカの同時多発テロとは違った問題がある。
 パリでのテロはフランスとイスラム国(以下IS)との関連を考えることは必要不可欠である。そして、このイスラム国との関係において、テロの引き金になった国家としての問題が2点ある。それは「ISとの対立」と「国家としての姿勢」である。
 ISとの対立に関しては、まずISが生まれた必然性について述べる必要がある。ロシアや欧米諸国はISに対する空爆を行っている。これは、アラブ支配のための一環である。アラブ支配のための空爆であるので、中東地域でこの空爆の被害を受けた人々存在など最初から眼中にないのである。罪のない市民が爆撃の巻き添えを受けて亡くなってしまっても、全くもって無関心なのである。アラブ現地の支配層はともかく、そこで暮らすアラブの人たちが欧米やロシアに反感を持つことは必然である。そのような人たちが、反欧米感情を持ち、テロリストになって行くことは、何ら不思議はない。むしろ当然の結果であろう。このような背景からISが生まれパリでテロが起こってしまったのである。
2. 20010911から20151113にかけて世界はどう変化したのか。~世界史的意義~
 先に述べたように、テロはいわば復讐と憎悪の負の連鎖であり、そうならないよう世界は今踏みとどまる時である。
パリで起きた大規模なテロを受けて、アメリカの同時多発テロを思い出した人は少なくないと思う。アメリカでの同時多発テロが起こった時、アラブ・イスラム世界の一大中心都市であるカイロはどうだったか。それは、アメリカに一撃を与えたということで大いに喜んでいたそうだ。アメリカや欧米だけでなく、世界で憎まれているテロは、世界を変えればジハード(聖戦)と呼ばれ、美化されているということは紛れもない事実である。
そこにはイスラム教徒の教えが関係している。イスラム教徒のコーランの中に次のような言葉が存在する。「ジハードで亡くなったものは神アッラーの元で暮らしていける」というものである。わかりやすくいうと「自分たちを攻撃する敵と戦い死んでしまっても、天国で幸せになる」という過激な思想である。何があっても命を大切にしなければいけないという考えの真逆で、何かのためならば命を捨てる覚悟を辞さないという考えである。このような思想の違いがあのような悲劇を生んでしまったのである。
 この思想によって発生したテロを受け、アメリカはいくつもの行動をとった。一つはアフガン・イラク戦争である。この戦争ではあっけなく勝利したような印象を受けた。サダムフセインさえいなければ民主化が始まりテロはなくなるであろうという考えであったと考えるが、逆に憎しみを買い最悪の結果=イスラム国の誕生につながってしまった。テロとの戦いにおいて武力行使は必要であるが、住民の感情を軽視してしまったことは国家として大きな問題であろう。アメリカがテロ対策として取ったもう一つの行動は、民主化運動の推進であった。いわゆる「アラブの春」である。このアラブの春は結実した。
 このアメリカの行動の中で、戦争という選択が負の連鎖を招いていることは言うまでもない。それだけでなく欧米諸国がアラブ支配のために、空爆を繰り返し反感を招き、結果としてイスラム国の出現を招いてしまった。イスラム諸国の思想を考えると、衝突とは逆の相互理解が欠かせないのではないかと考えられる。衝突という選択は、敵を攻撃する為なら手段を選ばないイスラム諸国の過激な思想を増幅させることになり、結果としてパリでのテロを招いてしまったのである。
 世界の歴史の中で、敵に対して衝突という選択を取り続けてきた。その結果世界史においてさまざまな戦争が繰り返されてきた。この2つのテロ、すなわちアラブ・イスラムとの戦争を通して、日本や欧米諸国、アメリカがイスラム世界を理解しようとする姿勢を見せていくことが負の連鎖を終わらせることにつながるのではないかと私は考えた。

投稿: 怪盗少女 | 2016年1月13日 (水) 13時59分

2015年11月13日(金)にパリでISによる同時多発テロが起きた。この同時多発テロの原因となったのは主に2つ考えられる。1つ目はフランスによるシリアへの空爆である。これまでフランスはイラクへの空爆は行っていたがシリアへの空爆は2015年になって初めての出来事である。2つ目の原因として考えられるのはフランスには数多くの難民が流入し、そのことによって警備が手薄くなりテロを起こしやすい環境をつくってしまったということである。
 今回はこの2つの原因のうち、フランスが行った空爆について焦点を当てて空爆という手段について述べていく。空爆とは「空中から航空機によって行う爆撃のこと」である。空中から爆撃を行うということはその被害範囲は広く、その中で目的の相手のみならず関係のない人まで巻き込む可能性は高い。つまり全く関係のない人間を殺害することになるのである。この点においてパリの同時多発テロと共通しているといえる。どちらも国家間での争いに罪のない人が巻き込まれ大きな被害受けたということである。罪のない人まで巻き込まれたその国は攻撃をした相手に対し復讐を行うだろう。実際、パリの同時多発テロのあとフランスは11月16日、17日と2晩連続でシリア北部にあるISの拠点に空爆を行っている。そしてフランスのオランド大統領は、ISに「宣戦布告」をし、原子力空母「シャルル・ドゴール」の地中海への派遣を決定、EUはフランスとの集団的自衛権行使を決定した。また、フランスには全国民の8%(約470万人)のイスラム教徒が存在している。彼らの多くはフランス社会に同化し平穏な暮らしを求めているがこの事件をきっかけにイスラム教徒やシリア難民への差別が始まる可能性もあり、差別された彼らがIS側につくことも考えられ、フランス国内の治安は悪化、混乱に陥るだろう。さらにフランス国内の混乱は国内にとどまらずEU諸国などに影響を及ぼし国際的な問題に発展する可能性もある。また、今回の事件に関してISはパリの襲撃はフランスの軍事作戦に対する反応だと述べ、「お前たちが爆撃を続ける限り、平和に生活することはできない。市場に行く時でさえ恐怖を感じることになるだろう。」と警告している。空爆のように不特定多数の命を奪うことは復讐の連鎖を生み、徐々に各国巻き込み最終的には世界大戦に発展することも考えられる。空爆以外の攻撃を容認するわけではないが無差別的に殺害を繰り返すこの方法を続ける限り地球の平和が脅かされていく。
 ここで課題の文中にある「近代国家の至上課題が生命と財産の保存である」という命題について考える。近代国家を支えていた考え方は国王や君主が何者にも拘束されない絶対的な権力をもつという絶対主義であり、一元的支配形式をとっていた。この時代はヨーロッパだけでなく各地で戦争が続いていた。そのような背景をもとにホッブスは人間にとって最高の「価値」は生命の尊重と保存にあり、そのためには平和で安全な状態を保障できる政治社会=国家を設立する必要があると考えた。また、同時に近代国家はその正統性の根拠は国民の意思にあり、この意思の転換が国家の正統性を破壊することにもなると述べている。この考え方は現代の「イスラム国」に適用できる。「イスラム国」は実際に自分たちの領土があるわけではないが共通の宗教によってまとまりを持ち世界各地に「イスラム国民」が存在している。つまり「イスラム国」の正統性の根拠は国民の意思にあるのである。また「イスラム国」以外にもこの考え方を適用することができる。アメリカや日本、フランス等それぞれの国には領土があり、規律があり国として成り立っているがそれぞれの国民の根底には「わたしはこの国の住民である」という意識がありその意識があるからこそ自分を国民としてとらえ、その国の規律や社会に同化している。しかし、もしその根底にある意識がないとすれば自国の規範に従うことはせず、身勝手な行動をとるだろう。その上で「近代国家の至上課題は生命と財産の保存である」という命題を考えていく。この命題にある財産とは自らの持つ金銭や家だけでなく地位や「自分の存在意義」も含まれるとわたしは考える。この「財産」を守ることは自らのアイデンティティを守ることにもつながる。つまり、国の存続を求めるということは国民の生命やアイデンティティを含む「財産」を守ることになる。もし仮にISがフランスに空爆行ったとするとフランスに住むイスラム教徒の周りから人が遠ざかり疎外感を味わうだろう。そのような中で彼らは「自分の存在意義とは何か」と考え、次第にフランスという国に反抗し内乱が起こる。もちろん、これは推測での話であり必ず内乱が起こるというわけではない。しかしアイデンティティを失うということは国家が危機に陥る可能性もあるということである。現在、グローバル化が進むこの世界では1つの国を相手に空爆を行ったとしてもそれらに関連する国が反旗をあげ世界大戦に発展していくだろう。すべてを奪う空爆を行うということは世界を混乱に陥れ、生命と財産の保存は不可能となり国を亡ぼすということである。つまり「近代国家の至上課題は生命と財産の保存である」という命題から空爆という手段は不適切なものであると言える。では空爆以外の武力行使は認められるのかという疑問があがる。その疑問に関しても命題をもとに考えると認められるべきではないだろう。現在、生命と財産を保存しつつ国家間の問題を解決するために先進国では話し合いという手段が用いられているがその話し合いでも堂々巡りとなり長年解決に至らない問題が多々ある。武力でもなく話し合いでもない解決法を生み出すことで生命と財産を保存したまま平和的解決が可能となるがその方法は未だに生み出されていない。この問題に関しては今後の課題としたい。

投稿: 文武両道 | 2016年1月13日 (水) 11時51分

2015年11月13日現地時間夜、いつもと変わらない日常を過ごしていたパリの市民を震撼させる出来事が起こった。いつもと変わらない街がテロにより一変、一瞬で惨状と化したのだ。この同時多発テロで120人以上が犠牲となり、重軽傷を負った人も350人を超えた。このテロ事件は世界中で報道され、事件の起きたフランスのみならず世界中をも恐怖に陥れたほか、海外とつながりがある人々などを中心に日本でも大きな影響を及ぼした。
 このテロ事件の一報が入った際、私たちは何が起きたのかがすぐに理解できなかっただろう。テロが発生したのはこれまでも標的になっていた中東などではなく、ヨーロッパのしかもフランスの首都、パリであったからだ。ISが中東以外の先進国にまで攻撃範囲を広げたということは先進各国も油断することができないことを示していただろう。
 ただ、なぜフランスがテロの標的となったのだろうか。考えられる理由は、「空爆」である。フランスは有志連合の中核として空爆を行っており、一般的にもISによる「空爆」に対する報復行動であるとの考え方が強い。空爆にはフランスのみならずアメリカやイギリスも参加しているほか、ISへの攻撃にサウジアラビアやアラブ首長国連邦などが大きく寄与していることから、これらの国にもテロが広まるのではないかと危惧され、警戒が続けられている。
このテロ事件の背景としてフランスは移民国家であり、国籍にあまりこだわらないほか、武器を入手しやすいといい、テロリストたちにとっては事件を起こしやすい国であったという見方もされている。また、EU内の国境の移動は自由であることも、テロリストが移民を装いトルコを経由してフランス或いはEU各国に入ることが容易にさせている。
 テロといえばもう一つ、2001年9月11日にアメリカで発生したアメリカ同時多発テロが思い浮かぶ。これはイスラム過激派組織アルカイダが犯行に及んだとされており、アメリカに対する不満ともいえるものが原因とされているようであるが、このテロではテロリストの目的やテロリストが求めているものは明確にはならなかったと考えられる。そのためか、アメリカでは「陰謀説」という考え方も出始めている。一方、ISによるフランス同時多発テロではテロリストの目的がある程度明らかにされた。それが空爆への報復である。そういった意味で、フランス同時多発テロはアメリカ同時多発テロと違い、なぜテロ事件が起こされたのかが分かりやすかったと言えるだろう。ただ、この二つに共通して言えることは、イスラム教を信仰しているということであり、そのイスラム教ではジハードと呼ばれるイスラム世界の拡大や防衛のための戦いを行って死んだものは神・アッラーの元へ行くことができるという思想があることから、死をも覚悟して戦いに臨むテロリストが多く、このような残虐なものが行われているとの考え方もある。イスラム教徒のその思想が少なくともテロリストの中には存在することでこのようなテロ事件が行われるのかもしれない。ただ、この考え方については本来のイスラム教徒のするべきことではないとの批判も多くなっている。
 ISは様々な戦闘で多くの人の命を残虐な手法で奪っている。フランス同時多発テロもそうである。しかし、多くの人の命を残虐な手法で奪っているのはテロだけではなく、テロリストに対して行われている「空爆」もそれに当てはまるのも事実であろう。手法と結果だけで言えばテロも空爆も同じことなのかもしれない。ISはこの「空爆」に対して、「ある意味同じ集団で」報復したとも言えるのかもしれない。そしてその報復に対してさらに「空爆」という「ある意味同じ手段で」報復することにより、ISと有志国軍は同じことを繰り返しているとも言えてしまうだろう。空爆によりIS関係者のみならず民間人も犠牲になっていることはニュースでも取り上げられており、民間人を犠牲にするという意味でも空爆はテロと同じような手段となってしまっているだろう。
 ISのテロに対する「空爆」は本当に意味があるのだろうか。現実のところそれ以外に抑止効果があるものはないのかもしれない。ISの残虐なテロをやめさせるには現在のように空爆しかないのかもしれない。当然、無差別で攻撃を仕掛ける同時多発テロなどはあってはならないことである。しかしながらテロと「空爆」、残虐な手段で犠牲者を出すという点では同じような位置にある手段を使い、両者がやり合うことに本当に意味があるのか。世界各国の人々はこのことを慎重に考えていく必要があるだろう。

投稿: 天下一品 | 2016年1月13日 (水) 00時29分

イスラム国に対する対応手段 

2015年11月13日、フランスのパリ市街と郊外のサン=ド二地区でイスラム国の戦闘員と思われる複数人の人物が同時多発テロを起こした。この凄惨なテロでの死亡者は130名、負傷者は352名にのぼった。このテロはいうまでもなく世界に衝撃を与えた。フランスのオランド大統領やドイツの外務大臣が観戦していたサッカースタジアムのすぐ傍でテロが起きたことは計画的なテロであったことがいえ、フランス国内ではイスラム国に対する敵意が充満することとなった。そしてフランスは報復としてイスラム国に対する空爆を開始することとなる。このことで思い出されるであろう事件がアメリカの同時多発テロだ。このテロは2001年9月11日にイスラム国のテロ集団が航空機をハイジャックし、そのまま世界貿易センタービルやアメリカ国防総省に突っ込み3000人以上の死者を出した史上最大規模テロ事件だ。アメリカ政府は報復として軍隊を派遣しイラン戦争が始まることとなった。これらフランスとアメリカでのテロを比較してみると、いくつかの共通点がある。まずは相手方がイスラム国であること、そして大規模なテロであったこと、最後には必ず報復をしたことだ。このことから思想史的意義を前提にしつつどのような対応手段が適当なのかについて考察する。イスラム教という宗教は神アッラーの加護を絶対的なものとして捉えている。なぜテロを行うのかというとそれはジハード、つまり聖戦だという理由である。これは相手が異教徒であればその対象となりジハードはイスラム教においては正当化されている。また自爆などによる死も殉職攻撃であるとされ死後には安寧が約束されていると説かれている。しかしここで注意すべき点はイスラム教徒全員がいわゆる過激派のメンバーではなく。むしろ過激派は少数派なのだということだ。そこで考えられるのがテロを行ったイスラム国に対して空爆や地上戦として軍隊を派遣するのは正しいのかどうかだ。なぜならこのような少数派への報復のため空爆を実地するといわゆる普通の民間人も大量に死ぬこととなる。彼らは自国内では恐怖政治のごとく体制で縛り付けられ、同じ宗派であるにもかかわらず日常的に虐待、強姦、処刑などに怯えている。他民族と口をきけば見せしめという名の拷問や処刑がまっている。そんな中今度は軍隊がやってきて空爆、もしくは銃撃戦に巻き込まれ死亡、これではあまりにもその人たちが救われないだろう。百歩譲って一度軍隊を派遣して相手を根絶やしにしたらテロがなくなるのならわかるが、現実は逆でそれに対する報復としてテロがまた起きるといった負の連鎖が続く。ではどのように対処するべきかというと、私はその国で行われている悪しき宗教教育を廃止し民主主義的な教育を行わなければならないと考える。いくらテロの当事者や首謀者を殺しても宗教教育が永遠に行われている限りそれはなくならない。そのため新たに生まれてきた子供たちには一切合切を白紙にした民主主義教育を行うのだ。もちろんイスラム教をつぶせと言っているわけではなく過激思想にはしらないように外部から監視、教育をする。そして政教分離政策をおしすすめ政治と宗教の過度な絡み合いをなくし多様な意見を反映させることができれば大幅にテロの発生率を防ぐことができるだろう。しかし、問題がある。今生きている過激派思想に走った人間はどうするのかである。これについては殺害までしなくても監禁、拘束といった強硬手段をとらざるえないだろう。敗戦後の日本がアメリカに一時占領されたようにどこかの国が一時的に占領ししっかりとした体制が生まれるまではかなり厳しく圧力を加えるべきだろう。最後にもう一つきにかかることだがテロによって家族や恋人、友人を亡くした人たちだ。彼らはおそらくテロを起こした相手を殺してやりたいと思うだろうし、もし自分がその立場なら考えただけで怒りと悲しみでおかしくなりそうだ。そのような人たちがいるという一方で積極的に平和的解決を図るのはとても難しい選択だとは思う。それでも怒りにまかせ実力行使をしてもまた第二、第三の惨劇を生むことになり結果としてそういった人の数が増えてしまうだろう。宗教は人を幸せにするために生まれたはずなのにいつしかそれは人を傷つけるための口実になってしまっているように思える。そうならないよう国際社会が一致団結して問題に取り組むべきだ。

投稿: 天下布武 | 2016年1月12日 (火) 23時29分

2015年11月13日フランスパリで起こった事件について世界史的意義を考察する。
まず事件概要について説明する。フランスパリで、コンサートホールやサッカー場など6ヶ所を標的とした同時多発テロが起きた。オランド仏大統領は、過激派組織イスラム国によるものであると断定した。このテロにより、現段階で128人が死亡、300人以上が負傷している。この事件はイスラム国の犯行であることが判明した。
 イスラム国について次に説明する。イスラム国とは国の名前ではなく、イスラム教スンニ派過激組織が、イラクの北部のモスルという地域を制圧後、2014年6月にイラクとシリアの国境地帯に勝手に国家の樹立を宣言。シリア、イラクをはじめとするイスラム周辺諸国や欧米諸国には正式に承認されてはない。自前の軍や政府、警察組織、裁判所等まで有し、むりやり税金を徴収する、強奪するなど、非常に手荒な手法を用いて着々と勢力を広げ、国家としての体制を確立しつつある。また、奴隷制を肯定しており異教徒を奴隷化することを正当だとしている。現に、イラク北部に住むヤジディ教という宗教の信者たちを奴隷化している。
イスラム国に賛同している彼らの顔や名前はわからないため、彼らが私服に着替えて母国に帰ってきても一般人と見分けがつかない。よって、その状態で母国でテロでも起こされたら防ぐことは困難である。イスラム国は、主にシリア人で構成されているが、インターネットを駆使し、世界約80カ国で外国人戦闘員の募集を行っており、各国から高額の給料で外国人を受け入れているという大きな特徴がある。

今回のテロを受けて思い出されるのが2001年9月11日のアメリカ同時多発テロである。捜査の結果イスラム系テロ組織アルカイダの犯行であると分かった。アルカイダは、イスラム原理主義組織、イスラム法を規範として統治される政府と社会の構築を目指す政治的組織で、ISISと同じくスンニ派を主体とした国際的なネットワークである。アルカイダの指導者であったウサマ=ビン=ラディンは、1991年の湾岸戦争時にムスリムにとっての聖地であるメッカとメディナがあるサウジアラビアに米軍が駐屯したことから反米感情を募らせ、2001年のアメリカ同時多発テロの他、様々な対米テロを実行したとされています。アルカイダは、イスラム法による共同体の構築を目指しているので、スンニ派以外の宗派に対し兵士だけでなく民間人をも巻き込んで残虐な行為を行うイスラム国とは一切の関係がないと宣言している。

なぜ今回フランスが標的となったのだろうか。フランスはアメリカやロシアなど比べ侵入が容易だったことが考えられる。アメリカやロシアとは異なり、EU圏には国境の検問所が無く行き来が容易であり、テロリストにとって侵入することは容易なものであったと考えられる。またフランスは、「有志連合国」と呼ばれる対テロ組織の参加国で、世界各地でテロを起こしていたイスラム国に対し攻撃を行ってきた。空爆に対する復讐が最も行いやすい場として、フランスが対象となったと考えられる。観光客が多く集まる場所で事件を起こせば、世間の注目度が高くなるとかんがえたのではという声もある。
イスラム国からすると、自国の領土を空爆されているので、事実上フランスと戦争になっているという認識をしており、本土を攻撃されたら相手国の本土を報復攻撃するのは当然のことだと考えている。世間はそれを「一般市民への無差別攻撃だからテロだ」と言うが、戦争を行っている国同士が、どんな攻撃しようとそれは戦争なのだから仕方ない、というのが過去に何度も行われてきた戦争における暗黙の了解である。だがフランス側からすると、テロだと言うことにしないと都合が悪くなるので、そう言っているのだという見方も存在する。

このテロを受けて、テロを封じ込ませるために、欧州各国がヒトやモノの移動を制限し始めている。エッフェル塔や凱旋門など主たる観光地が閉鎖されており、観光業に、経済を依存しているフランスは、旅行客の減少によって受けるダメージは大きいだろう。観光産業だけでなく出張するビジネスマンも減少するだろう。事実、フランスに拠点を置く日本企業の多くが現地への出張を自粛している。
またこれまで、難民の受け入れをめぐって、ヨーロッパ各国で議論の中心にあったのはテロの可能性よりも、財政的に長期間の受け入れが可能かという問題や、難民受け入れによって自国民に対する福祉などに影響が出るのではないかといった懸念であった。しかし今回実行犯に難民がいたことが発覚し、テロリストが難民を装ってヨーロッパに簡単に入国や移動できる可能性が指摘され、今後難民を受け入れていく体制が厳しくなっていくと考えられる。国境や空港での出入国管理が厳重になり、大勢の人が集まる場所でのセキュリティ管理を徹底することが求められる。

投稿: 喜怒哀楽 | 2016年1月12日 (火) 13時51分

所所在在

11月13日に起こったパリの同時多発テロでは、少なくとも130名がイスラム過激派によって殺戮され、350人以上の負傷者が出た。この事件ではスポーツスタジアムやレストラン、コンサートホールや劇場がターゲットにされた。このことから分かるのは、比較的警備体制の希薄であり、何れにしても誰でも簡単に出入りできる建物であるということだ。今回の事件の首謀者であるイスラム過激派は移民や難民に紛れて国境を通過したと言われており、国境審査の強化や対策を練っていく必要があり、それはヨーロッパ諸国だけではなく、勿論日本においても同様なことが言える時代に突入してきているのは間違いないだろう。
 さて、2001年に起こった9.11事件以降世界的に注目をされているイスラム国家だが、その存在意義や必然性、また、組織の目的は何なのかという点を踏まえ、イスラム国家に対し今後どのような関わり方していくべきかについて考察していく。
 1993年の世界貿易センター爆破事件や1998年ケニア・タンザニアのアメリカ大使館同時爆破事件、2000年のアメリカ駆逐艦爆破事件、そして2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件にせよ、全ての事件がイスラム過激派による犯行である。アメリカ同時多発テロに関しては、半年以上前にアメリカに潜入して飛行学校に通いジェット機の操縦を訓練するなど、非常に念入りな準備をした上での犯行というのが特徴の一つであり、なぜここまでしてさらには自らの命を捨ててまでこの計画を実行したのか。ここには近代的な思想とは全く反対の思想が存在していると言えるだろう。ここで言う近代的な考えとは、個人的な利益やその組織だけの利益を得ようとするエゴイズムのような考えであり、別の表現を使えば生命や財産を守るという考え方のことに当たる。しかし、イスラム過激派にはこのような思想は存在しない。共同体である組織のために自らのエゴイズムを捨てているのである。この点に関しては、大日本帝國時代の日本における第二次世界大戦下の特攻隊と類似していると言わざるを得ない。自爆テロや空爆は我々には到底その心理は理解しがたい。逆に言えば、近代とりわけここ20年ほどのイスラム国家の思想や行動というのは、全く近代的ではないことを露呈している。近代において貧富の格差は拡大し、それによって平等性を前提とする公共性は破壊され、同時に人間は道徳性を喪失するというルソーの理論を、イスラム過激派はそのまま当てはめたような言動が見られる。
 パリの同時多発テロは、冒頭でも軽く触れたように移民や難民の中に紛れて国境を通過し計画的に行われたテロであることはすでに世界中で周知されている。国境審査の強化や対策は今後一層重要視しなければならないのだが、ここでイスラム教徒や移民、難民の受け入れを拒否することはかえって逆効果をもたらすのではないかと考える。確かに他国からの侵入によってテロが企てられることもある。しかし、2005年のロンドン同時爆破事件以降、テロの実行犯は現地の人間である。このようにホームグロウンでの犯行というのは国境審査以前の問題である。また、下手に外国からの人々を排斥することで何が懸念されるかというと、結局その行為自体が差別としてみなされ、また別の差別や暴力を生むことになり、イスラム過激派を暴走させるだけという悪循環を生んでしまうことである。したがって、入国審査の厳重化はさほど問題ではなく、出国審査に対策の重きをおくべきではないだろうか。
 20151113事件によって世界に安全な場所は無くなったと言っても過言ではないだろう。世界中にイスラム過激派がはびこり、いつどこで次のテロや今回のような世界的事件が起こってしまうのか政府の力を結集させたところで恐らく無力だろう。だからと言って我々市民国民はそれに対して恐怖や不安で押しつぶされるのではなく、もし何か事件が起こってしまった時にいかに冷静な行動と考え方ができるかが重要になってくる。今回のパリでの事件が我々にもたらしたのは、テロへの恐怖心ではなく、いつ自分の町で起こるのかもわからなくなってきているテロへの警戒と、世界情勢に目を向けてできる限りの準備と覚悟をしておくことの重要性だと考える。
 日本は島国で小さな国であるため、中国や韓国などのアジア圏も含め世界に敵を作らず、どの国とも中立的な立場でいることが最も良いのではないかと考える。近代化して貧富の差が世界中で出来てしまったことはもう防ぎようがない問題で、今後その差を解消していくことも非常に難しいだろう。だからこそ先進国の日本はどの国とも中立で貧富の差を超えるコミュニケーションを各国ととっていかなければならないだろう。その効果は大きな目で見ればテロ対策になりうるだろう。

投稿: 所所在在 | 2015年12月25日 (金) 16時33分

所所在在

11月13日に起こったパリの同時多発テロでは、少なくとも130名がイスラム過激派によって殺戮され、350人以上の負傷者が出た。この事件ではスポーツスタジアムやレストラン、コンサートホールや劇場がターゲットにされた。このことから分かるのは、比較的警備体制の希薄であり、何れにしても誰でも簡単に出入りできる建物であるということだ。今回の事件の首謀者であるイスラム過激派は移民や難民に紛れて国境を通過したと言われており、国境審査の強化や対策を練っていく必要があり、それはヨーロッパ諸国だけではなく、勿論日本においても同様なことが言える時代に突入してきているのは間違いないだろう。
 さて、2001年に起こった9.11事件以降世界的に注目をされているイスラム国家だが、その存在意義や必然性、また、組織の目的は何なのかという点を踏まえ、イスラム国家に対し今後どのような関わり方していくべきかについて考察していく。
 1993年の世界貿易センター爆破事件や1998年ケニア・タンザニアのアメリカ大使館同時爆破事件、2000年のアメリカ駆逐艦爆破事件、そして2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件にせよ、全ての事件がイスラム過激派による犯行である。アメリカ同時多発テロに関しては、半年以上前にアメリカに潜入して飛行学校に通いジェット機の操縦を訓練するなど、非常に念入りな準備をした上での犯行というのが特徴の一つであり、なぜここまでしてさらには自らの命を捨ててまでこの計画を実行したのか。ここには近代的な思想とは全く反対の思想が存在していると言えるだろう。ここで言う近代的な考えとは、個人的な利益やその組織だけの利益を得ようとするエゴイズムのような考えであり、別の表現を使えば生命や財産を守るという考え方のことに当たる。しかし、イスラム過激派にはこのような思想は存在しない。共同体である組織のために自らのエゴイズムを捨てているのである。この点に関しては、大日本帝國時代の日本における第二次世界大戦下の特攻隊と類似していると言わざるを得ない。自爆テロや空爆は我々には到底その心理は理解しがたい。逆に言えば、近代とりわけここ20年ほどのイスラム国家の思想や行動というのは、全く近代的ではないことを露呈している。近代において貧富の格差は拡大し、それによって平等性を前提とする公共性は破壊され、同時に人間は道徳性を喪失するというルソーの理論を、イスラム過激派はそのまま当てはめたような言動が見られる。
 パリの同時多発テロは、冒頭でも軽く触れたように移民や難民の中に紛れて国境を通過し計画的に行われたテロであることはすでに世界中で周知されている。国境審査の強化や対策は今後一層重要視しなければならないのだが、ここでイスラム教徒や移民、難民の受け入れを拒否することはかえって逆効果をもたらすのではないかと考える。確かに他国からの侵入によってテロが企てられることもある。しかし、2005年のロンドン同時爆破事件以降、テロの実行犯は現地の人間である。このようにホームグロウンでの犯行というのは国境審査以前の問題である。また、下手に外国からの人々を排斥することで何が懸念されるかというと、結局その行為自体が差別としてみなされ、また別の差別や暴力を生むことになり、イスラム過激派を暴走させるだけという悪循環を生んでしまうことである。したがって、入国審査の厳重化はさほど問題ではなく、出国審査に対策の重きをおくべきではないだろうか。
 20151113事件によって世界に安全な場所は無くなったと言っても過言ではないだろう。世界中にイスラム過激派がはびこり、いつどこで次のテロや今回のような世界的事件が起こってしまうのか政府の力を結集させたところで恐らく無力だろう。だからと言って我々市民国民はそれに対して恐怖や不安で押しつぶされるのではなく、もし何か事件が起こってしまった時にいかに冷静な行動と考え方ができるかが重要になってくる。今回のパリでの事件が我々にもたらしたのは、テロへの恐怖心ではなく、いつ自分の町で起こるのかもわからなくなってきているテロへの警戒と、世界情勢に目を向けてできる限りの準備と覚悟をしておくことの重要性だと考える。
 日本は島国で小さな国であるため、中国や韓国などのアジア圏も含め世界に敵を作らず、どの国とも中立的な立場でいることが最も良いのではないかと考える。近代化して貧富の差が世界中で出来てしまったことはもう防ぎようがない問題で、今後その差を解消していくことも非常に難しいだろう。だからこそ先進国の日本はどの国とも中立で貧富の差を超えるコミュニケーションを各国ととっていかなければならないだろう。その効果は大きな目で見ればテロ対策になりうるだろう。

投稿: 所所在在 | 2015年12月25日 (金) 16時31分

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