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公共交通と地方衰退(二)――国策と並行在来線

20150831 公共交通と地方衰退(二)――国策と並行在来線

(承前)
                                   田村伊知朗
3.第三セクター方式の問題点

 整備新幹線が建設されることによって、在来並行線はJRから経営分離される。鉄道事業者によって経営放棄された路線の経営は、第三セクターによって経営される。第三セクターの経営者は、地方自治体の首長あるいは幹部公務員、幹部退職者である。東北本線の盛岡―青森間のうち、青森県内の部分が青い森鉄道線として運営されている。青い森鉄道株式会社社長は、小林巧一・元青森県上北地域県民局長である。また、北海道新幹線が開業したことにより、第三セクター、「道南いさりび鉄道」が設立された。並行在来線としてJR北海道から経営分離される江差線の運営を担う。この会社の社長は、小上一郎(前 函館市農林水産部長)である。両者ともに、第三セクターつまり天下り先として設定された。
 公務員は経営者ではない。多くの行政職は2-3年の任期で交代する。その評価は減点主義である。リスクを取らない。加点主義ではないので、新規事業を妨げる傾向にある。このような公務員は、民間企業の経営をする能力に欠けている。国鉄を民営化する際に、この論点が焦点になった。にもかかわらず、公務員がJR各社に分割民営化された鉄道事業の経営を担う。国鉄民営化の意義を否定する。
 『毎日新聞』(2005年3月18日)において「江差線複線化」が提議された。もちろん、JR北海道・江差線は廃止され、第三セクター化された。複線化という提案は無視された。しかし、複線化しておれば、第三セクターの経営の裁量余地も増えたにちがいない。もっとも、前例主義をモットーにする公務員にとって、裁量余地のないことはよいことであろう。万事、前例踏襲という彼らの哲学が実現されるからだ。
 公務員労働の特質は、前例主義、減点主義、そして新しいことをしない(=リスクを負わない)ことにある。公務員組織、大企業、大組合等の大組織はこの病理から自由ではない。この点に関する詳細は、すでに論じている。
このような第三セクター方式しか、JR北海道から経営分離された在来線鉄道の経営を担えないであろうか。「『道南地域(五稜郭・木古内間)第三セクター鉄道開業準備協議会』について」を概観するかぎり、その方式を前提にしている。この前提自体は問題にされていない。天下り先の確保が前提になっている。それは疑問の対象にすらならない。
 しかし、税金の投入を前提にしながらも、実際の運営を民間会社に委託することも可能である。欧州で一般的な上下分離方式を活用することもできる。つまり、鉄道の設置と保線業務を地方自治体が担うが、経営は民間会社に委譲される。この方式を採用することによって、経営のより効率化が可能になる。本邦でも、役人の行為規範の一つである前例があった。たとえば、岡山電気軌道によって全額出資された和歌山電鐵が、和歌山県貴志川線を経営する。このような経営形態は、第三セクターの非効率経営を排除できる。

4.国策に対する思想史的意味づけ

 国策という概念は、戦前において国家の総体的意思を表象していた。明治初期における国策は、幕末において欧米各国と締結していた不平等条約を改正することにあった。この国策は不平等条約の改正という外交政策だけではなく、国民生活のあらゆる側面を変化させようとしていた。日本古来の習俗にいたるあらゆる生活体系を西欧化しようとした。
 また、昭和初期における対外戦争をめぐる論争、つまり南進論(英米仏との戦争)と北進論(ソ連との戦争)の選択に関する論争があった。歴史事実的には、英国のシンガポール植民地、米国のフィリピン植民地、フランスのインドシナ半島植民地を日本が解放し、その植民地にしようとした。南進論が選択され、それが国家全体の意思つまり国策になった。この国策にしたがって、外交政策、軍事政策だけはなく、国民の生活一般が変革された。国策とは、国家の部分的領域における意思ではなく、国家総体の意思を表象していた。
 この国家総体の意思としての国策は、最近の数十年において国策捜査として使用されている。佐藤優が国策捜査という概念を人口に膾炙させた。その意味をつぎのように定義している。「国策捜査はそれまでの時代に対するけじめとして新自由主義への転換を意味していた」。 鈴木宗男そして佐藤優をめぐる国策捜査は、国家の総体的意思の変化つまり公平配分型の政治から新自由主義への転換を周知するために実施された。
 また、徳洲会徳田毅衆議院議員に対する選挙違反問題も一種の国策捜査として位置づけられる。なぜなら、彼の選挙違反は21世紀において初めて生じたのではない。1980年代から彼の選挙区、徳之島を中心とした買収等は、週刊誌等で問題されていた。これまで30数年間、起訴されることがなかったにもかかわらず、突然に2013年11月から問題化された。それは、徳洲会に何らかの国策的意味づけの変化に基づいているように思われる。しかし、ここではその根拠を明白にはできない。
 このような国家意思つまり国策という観点から考察すれば、北海道新幹線は札幌新幹線である。その意味を明確にしたのが、『神奈川新聞』のインタビュー記事である。北海道新幹線の本質は、札幌と東京間の速達性を確立することでしかない。函館市は、この新幹線網から外れた都市である。
 国策自体の変革は、無意味である。日本の国策の変化、つまり公平配分型の政治から新自由主義への転換を対自化することは必要であるが、それ自体を変更することは不可能である。国策それ自体に対して、個人あるいは下位機関は無力である。もはや、支配層内における矛盾がないかぎり、その改編は不可能であろう。問題は、国策の不可避性を承認しつつ、その下位規範への対策を考察することでしかない。
 もちろん、この国策としての札幌新幹線に対して、別の原理たとえば北海道の各都市を均等に結合するような北海道新幹線を対置することも、思想上は可能である。しかし、それは資本主義に対して社会主義を対置することに相似している。それは現実的において、蟷螂の斧となろう。国策を対自化することによって、その副次作用たとえば人口の中心部への集中と、小都市の破壊等を対自化することでしかない。国策としての札幌新幹線を前提にしつつ、その対策を考えるしかない。たとえば、七飯車両基地をJR五稜郭駅周辺に設定することを提案すべきであった。

本記事は「公共空間Ⅹ」へ転載されている。
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/2666

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