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20151003 公共交通と地方衰退(四)――新幹線建設と在来線の廃止――急行列車「はまなす」の廃止問題に関して

20151003 公共交通と地方衰退(四)――新幹線建設と在来線の廃止――急行列車「はまなす」の廃止問題に関して

                                                             田村伊知朗
 

 『毎日新聞』によれば、JR北海道の急行列車「はまなす」が、2016年3月において廃止さる。「来年3月の北海道新幹線(新函館北斗−新青森)開業に伴う措置。JR北は、(1)青函トンネル内で客車をけん引している現在の機関車が使えなくなる。(2)経営が厳しく新型機関車を導入する余力がない。(3)新幹線の設備点検のため、夜行列車の運行時間の確保が難しい」。1 この『毎日新聞』の記事によれば、その根拠は、以下のように要約できる。(1)、「青函トンネル内」での現在の機関車の使用不能性
(2)、「青函トンネル内」での新規機関車の導入不可能性
(3)、「青函トンネル内」での運行困難

の3点である。これらの論点は、すべて急行列車「はまなす」の「青函トンネル内での運行」を前提にしている。この前提自体が、疑義に溢れている。なぜなら、整備新幹線建設にともない、多くの在来線、とりわけ在来線特急列車が廃止された。その例に従うならば、急行列車「はまなす」の廃止も当然の事柄かもしれない。もちろん、前例に従うという官僚的思考様式自体に対する批判は、当然である。官僚的組織であるJR北海道がこの前例主義に陥っていることに対する批判はここでも留保すべきであろう。この点に関する考察は従前に実施されている。ここで触れるまでもないであろう。2
 しかし、この廃止は、この前例主義にすら倣ったものではない。在来線の廃止は、並行在来線に限定されている。この例に従うならば、廃止すべきは、急行列車「はまなす」の在来線並行区間の「青森駅と、新函館北斗駅あるいは函館駅」の間である。新函館北斗駅と札幌駅の間の廃止は、前例主義的思考様式からすら逸脱している。新函館北斗駅と札幌を連結する意義は失われていない。また、営利企業の経営的観点すら逸脱している。この急行列車「はまなす」の廃止の根拠をここで批判的に考察してみよう。

(1)急行列車「はまなす」は、青函トンネル開通以後、本州と北海道を結節する鉄道として、開通した。もちろん、その主要目的は、本州と北海道の中心、札幌を連結することにある。本州と函館を結節するためではない。本州と函館駅を結節という意義が喪失したとしても、この急行列車と北海道新幹線によって、本州と札幌を在来線で結節するという本質は失われていない。この根拠からすれば、急行列車「はまなす」の意義は残存している。新函館北斗駅と札幌の間の整備新幹線は開通していない。本州と札幌を結節するという重要性は、この在来線急行によって担われている。
(2)理想は、本州と札幌を直接的に連結する点にある。新幹線網によって両者が連結される。もちろん、この点に対する意義は否定しようがない、しかし、問題はこの直節的連結は、数十年先の話である。この数十年をどのように考察するかが問題になる。新幹線網と在来線の結合様式が問題になる。理想的状態を前提した議論は、その過渡期における人間の交通様式を妨げることにつながる。
(3)経営的観点からのこの急行列車の残存が疑義にさられているわけではないであろう。もし、そうであるなら、数十年まえからこの急行列車の廃止が議論されていたであろう。2015年10月現在において廃止が決定されている留萌線と、この急行列車とは、経営的資質が異なっている。黒字化されている列車を廃止する根拠が、理解不能である。管見にふれるかぎり、このような議論はなかった。JR北海道は、その赤字体質によって批判の対象になっている。もし、この急行列車「はまなす」がその赤字体質の一翼を担うならば、この廃止も一定の根拠を持っているかもしれない。しかし、この列車が経営的観点から有用であるとすれば、この列車の廃止も疑義にふされるであろう。
(4)東京駅を起点にすれば、下り新幹線の終着駅は約24時前になる。現行の急行列車「はまなす」の函館駅始発、1時23分を前提にすれば、新函館北斗駅発でもそのような時間設定が可能である。その時間設定は技術的に問題ないであろう。東京駅と新函館北斗駅を4時間前後で結節するとすれば、東京駅最終は、20時前後である。このように夜遅くまで東京で過ごした後、翌早朝に札幌に到着することができる。20時前後まで東京駅周辺で労働が可能であるならば、それは十分航空機と競争できる。
また、現在、上り電車は札幌22時発、函館駅到着2時52分である。この時間を3時間程度遅らせ、札幌25時発、新函館北斗駅6時に改定すれば、新函館北斗駅の始発新幹線と接続可能である。仙台、宇都宮、大宮までであれば、飛行機よりも早くなる。労働開始時間に十分間に合う。寝台列車として、『サンライズ・瀬戸、出雲』と並んで、その役割を果たすことができよう。
(5)このように考えるならば、『毎日新聞』による急行列車「はまなす」の論拠、
「(1)、「青函トンネル内」での現在の機関車の使用不能性、(2)、「青函トンネル内」での新規機関車の導入不可能性、(3)、「青函トンネル内」での運行困難」は、ほとんど問題ない。もっとも、『毎日新聞』の記事と異なる見解を、JR北海道とJR東日本が持っていれば、この考察も無意味となろう。営利企業によるマス・メディアに対するプレスリリースは、額面通りでないもある。また、マス・メディアがそれを検証なくして、報道することもまれではない。JR北海道とJR東日本は、なぜ急行列車「はまなす」を廃止するのであろうか。急行列車「はまなす」を、青函トンネルを経由するではなく、新幹線網と接続することによって、地域社会の発展に寄与する可能性をなぜ考察しないであろうか。この列車の始発駅、青森という前提に捕らわれているとしか、考えられない。この列車の意義は、あくまでも本州と札幌の結合にある。その多様な展開を放棄するのであれば、JR北海道の存続意義が疑われる。

1. 「夜行急行:『はまなす』廃止へ 北海道新幹線や老朽化で」(『毎日新聞』2015年09月06日)http://mainichi.jp/select/news/20150906k0000e040120000c.html [Datum: 06.09.2015]

2. 田村伊知朗「書類至上主義という病理――下部組織による書類改竄に関する政治学的考察」『田村伊知朗政治学研究室』
http://izl.moe-nifty.com/tamura/2014/01/post-457b.htmll[Datum: 18.01.2014]

3 本記事は、「公共空間Ⅹ」へ転載されている。
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/2680

(たむらいちろう 近代思想史専攻)

                               

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