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公共交通原論あるいは路面電車原論

20150715 公共交通原論あるいは路面電車原論

1. はじめに

ここで地域内の公共的人員交通 (Öffentlicher Personennahverkehr=ÖPNV) の問題を原理的に考察し、その過程において路面電車の意義を明らかにする。すなわち、環境保護、街の性格づけ、人間の原初的能力等の観点から、後期近代における路面電車の意義を再検証する。
日本だけではなく、欧州の小都市においても、公共交通はほぼ瀕死の状態にある。東京圏等に居住していれば、公共交通が消滅することは夢想すらできない。しかし、公共交通に対して、地域社会そして州政府等が財政援助をしているドイツ等を別にすれば、バス中心の公共交通はほぼ使用に耐えなくなっている。本邦においても、20万人以下の都市では、公共交通はほぼ社会的役割を終えている。個人交通がそれに代わったからである。ただし、路面電車を維持している中小都市は、公共交通が一定の役割を果たしている。それゆえ、この再検証も無駄というわけではないであろう。

2. 地域内の公共的人員交通の概念――周辺概念との関係

 公共交通は、農村あるいは中世都市と区分される近代都市に特有な現象である。19世紀後半以来、近代都市はその政治的、社会的そして文化的公共性を形成した。この市民的公共性は、公共交通によって形成された。都市の性格づけの本質は、個別的建築物にあるのではない。万人に開放された公共交通の存在様式が、都市の公共性の存在形式を性格づける。
 地域内の公共的人員交通という概念は、その内に競合する交通主体から構成されている。それは単一の具体的主体から抽象化された概念ではない。地域内の公共的人員交通は、路面電車、都市鉄道、地下鉄、バス等の複数の交通手段から構成されている。それらは競合しながらも、相互補完的でもある。その構成要素を変化させながら、公共交通は前世紀初頭から全面的に発展してきた。
 ここでは、路面電車を他の公共交通機関つまり都市鉄道、地下鉄、バスそして自動車と比較しながら、非同一性と同一性の連関においてその意義を明らかにする。

3.地域内の公共的人員交通の概念における都市鉄道、地下鉄との比較における路面電車

まず、都市鉄道、地下鉄等の巨大鉄道輸送手段と比較することによって、路面電車の意義を考察してみよう。第二次世界大戦後、大都市における人口が急増した。旧植民地から大都市へと人口が移動した。しかも、大都市の中心街の多くは、連合国の空爆によって廃墟になっていた。中心街が居住地として不適切になった結果、大都市における新規流入者の多くは、その中心街ではなく、周辺の旧農地において新たな住居を確保した。1950年代初頭まで、中心街と居住地を結ぶ交通は、バスと路面電車に限定されていた。
次に、中心街の建築様式にふれておこう。中心街は初期近代以来、3-5階の中層建物によって構成されていた。しかし、戦後数10年間で高層化の一途をたどった。1950-60年代において発展してきた高層建築技術に対して、根源的な異議が提起されることはなかった。この技術は、人間的理性によって都市を計画することに対する信頼に基づいていた。初期近代において存在した美的意識は、画一的なコンクリートによって破壊された。
1950-60年代に、居住地区の郊外化と中心街の高層化に対応するために、新たな地域内の公共的人員交通が再構成される必要になった。とりわけ、大量輸送手段としての地下鉄の建設が喫緊の課題になった。地下鉄は、路面電車が走行していた主要幹線道路の地下に建設予定であった。同時に、並行路面電車の廃止が議論された。路面電車の主要停留所が地下鉄の駅になる予定であった。路面電車の乗客数が減少することは、明白であった。
さらに、高速性と大量輸送性という観点だけに基づいて、地下鉄が建設されたのではない。地下鉄を建設することと、路面電車を廃止することは概念的同一性を有していない。地下鉄の建設と路面電車の残存は概念的に両立可能である。にもかかわらず、後者は廃止された。その背景には交通様式の分離という思想があった。この思想によれば、自動車交通と、鉄道交通および軌道交通が同一平面において並行すべきではない。この分離の目的は、路面電車の廃止である。多くの都市における交通政策担当者が、この思想を受容した。西ベルリン等の大都市は、地下鉄建設を選択し、路面電車を廃止した。
しかし、軌道交通と自動車交通の分離という思想に関して、ドイツの多くの都市は、必ずしも西ベルリンと同じ結論を下したわけではない。地下鉄建設と路面電車の維持拡大という選択肢が、議論の対象になった地域があった。とりわけ、ミュンヘンの事例が著名である。ここでは、地下鉄の建設をめぐる議論において、公共交通一般の意義づけが問題になった。現在でも、地域内の公共的人員交通において路面電車が一定の役割を果たしている。
 地下鉄建設という巨大プロジェクトの意味を、より一般的に考察してみよう。道路上を走行する路面電車と比べ、地下鉄は道路の地下を走行する。両者における建設費用は比較しようがない。この巨大プロジェクトの目的は、都市住民の大量かつ高速輸送にある。しかも、地下鉄は路面電車に比べて、快適かつ近代的に人員を輸送可能である。しかし、それは重大な副産物をともなっている。地下鉄が建設されることによって、都市の中心街の性格が変更される。
にもかかわらず、地下鉄建設をめぐる議論における公共交通に対する投資の基準は、投資金額に見合う人員輸送の実行性の多寡でしかなかった。街の性格自体の変容までは提示されない。この巨大プロジェクトに関する是非は、投資効率の問題からだけ議論されるべきではない。にもかかわらず、それ以外の論点は看過された。地下鉄は数キロメートル毎に駅が建設される。地下鉄の駅周辺に繁華街が形成される。地下鉄の場合、駅前に集中して巨大なショッピングモールが形成される。小資本による家族経営の店舗等は排除される。中心街だけが栄え、他の領域はその繁栄から取り残される。地下鉄建設によって、街路そして都市の性格が変化する。地下鉄駅前を除いて、高密度な労働現場が消滅する。また、少なくとも50万人以上の人口規模を持つ都市にしか、地下鉄という巨大プロジェクトは適用されない。その投資があまりに巨大であり、その評価は曖昧性を含んでいる。
 対照的に、路面電車は街の商業、文化、居住構造を変化させない。初期近代において形成された都市の構造を維持しようとする。居住地から路面電車の停留所、そして路面電車の停留所から目的地までは、歩行が前提にされている。路面電車は、中世以来の伝統を持つ都市、とりわけその中心街の構造を維持する。中心街という概念は、人間の原初的能力を前提にしており、それを破壊することはない。
もちろん、路面電車と地下鉄との比較は地域内の公共的人員交通という概念内部の問題であり、地下鉄がこの概念自体を破壊することにはつながらない。しかし、次節で考察するバスは、地域内の公共的人員交通概念自体を否定することにつながる。

4.地域内の公共的人員交通の概念におけるバスとの比較における路面電車

ここではバスについて論述してみよう。バスが、第二次大戦以前から地域内の公共的人員交通において全面に出てくる。バスが路面電車を補完するのではなく、地域内の公共的人員交通において主要な役割を担おうとした。代替選択肢としてバスが、廃棄された路面電車網を継承した。戦後の混乱期を除き、この傾向は1960年代に最高潮に達した。
路面電車が軌道に沿ってしか走れなかったことと対照的に、バスは道路を縦横無尽に走ることができた。地域内の公共的人員交通におけるバスと路面電車の優劣という観点からのみ、この議論は有効性を持ちえた。公共交通の存続という前提のもとで議論であった。この論拠に基づき、路面電車の多くの軌道が撤去され、バス路線に転換された。しかし、道路を自由に走行できるという特質は、バスよりも自動車が優れている。バスが停留所のある地点だけしか通行できないことと対照的に、自動車は道路上を無制限に走行できる。
自動車の特質は、歩行を媒介にすることなく、出発地から目的地まで移動できる点にある。バスを地域内の公共的人員交通の主要手段とするかぎり、自動車を排除できない。自動車の走行とバスの走行は、分離できない。バスの路面電車に対する優位性は、そのまま自動車の優位につながる。それに対して、路面電車は軌道によって自動車の走行と区別されている。
公共交通は多数の住民によって利用される。定時性と同間隔性が要求される。軌道走行によって、路面電車はこの二つの要素を確保する。さらに、俗流解釈によれば、路面電車は高額であり、バスは安価である。しかし、路面電車の車両は、中長期的には減価償却期間が長い。路線と架線が建設されると、その耐久年数は長い。公共交通の運行経費の約60%は人件費であるが、路面電車はバスと比較して大量輸送が可能であるだけ、それだけ運行経費はより低くなる。にもかかわらず、このような論点はほとんど考慮されなかった。地域内の公共的人員交通における路面電車に対するバスの優位という事柄だけが、公共交通における議論において焦点化されてきた。
 しかし、バスだけに依存した公共交通は、増大する自家用自動車の氾濫によって衰退の一途をたどる。渋滞にまきこまれたからである。この自動車主義に関する思想は、近代における大衆民主主義と関連している。この問題は別稿での課題になる。

注 1

この記事は「公共空間Ⅹ」に転載されている。

http://pubspace-x.net/pubspace/archives/2148

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