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討論会 記者クラブ制度の問題点――その二・新聞記者の劣化

記者クラブに関する討論会を開催する。下記の記事を参考までに掲示する。あくまでも、参考である。締め切りは、6月22日である。 500字以上、1000字以内でお願いする。締め切りを延長します。明日25日12時までにお願いします。

20140204

「記者クラブ制度の問題点――その二・新聞記者の劣化」

 

下記のような記者クラブ制度の問題点を、かつて指摘した。論点は「行政とマス・メディアの癒着」であった。さらに、この癒着構造から以下の点が導出される。つまり、情報源が行政機関だけであるかぎり、記者は取材も何もしないで記事が書けてしまうことである。行政から配布された資料にもとづき、新聞記事が執筆される。したがって、どの新聞も記事内容がほぼ同じである。同一の対象を市民が考察しようとして、多くの新聞を駅売店等で購入したとしても、無駄である。若干の修辞法が異なるだけで、ほぼ同一の記事内容しか見出すことはできない。情報源が同一の文書だからである。市民が複数の新聞を購入することは、ほぼ無駄であろう。

中央政治であれば、個々の記者の見識、新聞社の方針の若干の差異がみられる。しかし、地方政治であれば、ほぼ行政機関から配布された文書をそのまま要約するだけである。配布資料の裏を取ることもほとんどない。また、配布資料で伏せているより巨大な問題点を指摘することもない。巨大な問題点を伏せるために、小さな悪を公開することは、政治学の常識である。より大きな問題点を指摘することは、行政機関との関係が悪化することもある。垂れ流し記事が多くを占める。もちろん、すべての記事が垂れ流しであると主張しているのではない。独自の取材で地域社会の問題点を明らかにした記事も多い。たとえば、『新潟日報』による原発関連記事は、他紙の追随を許さないほど舌鋒が鋭い。

しかし、そのような記事はまれである。多くは、記者クラブで公開された情報に基づいている。ここでは、新聞記者の取材能力は問われない。むしろ、配布資料を如何に新聞記事としてまとめるかという能力だけが向上する。作文能力だけが問題になるのであれば、小学校教諭経験者が新聞記者のリクルート先として浮上しよう。

問題はそこにはない。記者クラブで配布された資料の背後に、どのような人間関係が伏在し、どのような情報が隠されているのかを洞察する能力こそが、新聞記者に求められている。それこそが取材であろう。

 

 

 

20100617

「記者クラブ制度の問題点」

記者クラブ制度が問題になっている。中央官庁の情報を加工せずに、そのまま流しているではないか、という疑惑が問題になっている。また、このクラブに属していないマス・メディアを排除しているという疑惑である。巨大マス・メディアと行政機構が一種の癒着構造にある。とりわけ、野中元官房長官が暴露した巨大マス・メディアの政治部記者に対する利益供与も、その温床になったのが、記者クラブ制度と言われている。

 しかし、新聞記者がその記事を執筆する空間は必要であろう。その場所を提供することは、必ずしも悪いことではない。そのあたりに、解決策もあるのかもしれない。誰もが利用できる空間として再整備すべきであろう。」(2010617日) 

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コメント

 先日、函館市役所の6階に設置されている記者クラブを訪問した。これまでもプレスリリースの投函等で記者クラブに入ったことはあるが、そこで話を聞いたのは初めてのことである。
 いつも記者クラブを訪れるとまず、第一の印象は中に人がいない、というものである。たくさん机が並んでいるのにも関わらず、多くて3人くらいしか見た事がない。初めて記者クラブを訪れた際、プレスリリースの投函場所がわからず担当者に聞こうと思ったが、そのときには1人しかおらず、声をかけるにも一苦労だったことを覚えている。
 当時は常時そんなものか、と思っていたが今回の訪問で説明を聞くうちにその仕組みがわかってきた。プレスリリースの投函箱や机は毎日新聞、朝日新聞などの全国紙をはじめとし、日本経済新聞や時事通信社までもあるのだが、常駐は北海道新聞と函館新聞だけであるという話であった。それはいつも人が2~3人しかいないわけだと納得するに至った。

 さて、その用意されている机であるが、北海道新聞が5つ、函館新聞が2つなど各報道機関にあらかじめ割り当てられているということがわかった。そこで率直に思ったことは、全ての報道機関が同じ数を割り当てられているのではないのか、ということであった。確かに北海道新聞・函館新聞は他社に比べて函館市における事象を扱う件数が多いことからこうなっているのかもしれないが、さすがに差をつけすぎではないだろうかと感じた。

 記者クラブでは他にもプレスリリースから記事にするまでの流れや、プレスリリースの投函を待つだけではなく、自分で各所のHPを随時確認することなどが行われているのだと知った。また、プレスリリース等で報道機関に伝えられたイベント情報などについては行ってみないとわからないとのことで、直接出向いて写真を撮るため、今日明日のイベントに関するプレスリリースを入口の掲示板に貼り付け、いつでも確認できるようにしてあるということが、よく工夫されていると感心した。

 記者クラブで席などに差があるといっても地域密着度が高いと思われる順になっており、函館市役所内の記者クラブでは積極的に地域の話題を取りに行こうとしている様子を垣間見ることができた。

投稿: 五十歩百歩 | 2016年10月27日 (木) 16時16分

2016.10.26

記者クラブとは、役所や警察などの公的機関において取材を行うメディアが構成する組織である。取材をするメディア側には、建物内にデスクを構えることで取材が効率的になる、関係者と普段から顔を合わせることで情報をもらいやすくなるなどのメリットがある。公的機関側からしても、メディアという大きな影響力を持つ媒体を通して、地域の人々に対し、自分たちの活動を正確にアピールしやすくなるというメリットがある。

一方で、記者クラブに加盟できるメディアは大手が中心であり、彼らによって情報が独占されるということもあり得る。実際に、クラブに加盟していないメディアの記者やフリーの記者の入場を規制する会見も存在するようである。外国メディアに対する規制は特に厳しく、国内で発生した重大事件についての情報をうまく収集できない状況に陥る場合もある。これは、一種の情報統制状態ともいえるのではないか。

また、記者と公的機関の関係者が親睦を深めるということは、政治とマスコミの癒着をも引き起こす。メディアは公的機関から情報をもらう立場であるから、公的機関の関係者と良い関係を築く必要がある。その関係を良好に維持しようと思えば思うほど、公的機関にとって都合の悪い情報は流せなくなるだろう。

このように、本来国民の「知る権利」の代行機関という重要な役目を果たしているはずのメディアから構成される記者クラブは、その性格上「知る権利」を脅かす組織にもなり得るのだ。クラブへの加盟条件や関係者との距離感について、見直す必要があるのではないか。

投稿: 一姫二太郎 | 2016年10月26日 (水) 22時10分

 記者の活動の拠点として、主に政府や官公庁に設置されているのが記者クラブであり、そこには記者室を間借りした報道機関(新聞、テレビ局、通信社)の担当記者が常勤している。そして、そこで得られた情報が新聞やニュースとして報道されているとのことであった。
 この記者クラブは、記者なら誰であっても加盟できるというわけではなく、記者クラブに加盟している報道機関以外は取材することができないのである。つまり、この組織に加盟していなければ情報は得られないという訳であり、これは加盟することのメリットでもある。しかし、この、記者クラブの特徴の一つでもある「閉鎖性・排他性」には問題が潜んでいる。この「閉鎖性・排他性」とは、先にも述べた通り、加盟社以外は取材させてもらえないという点のことであり、すなわちこのことは記者クラブで得た情報をそのまま流すだけの報道になりやすいことを意味しており、メディアの果たすべき役割ともいえる「権力の監視」がなされない可能性があるのである。記者クラブは、日本独自の報道システムである。しかし、この閉鎖性や排他性は記者クラブ制度の弊害とも読み取ることができた。

投稿: 薬用養命酒 | 2016年10月24日 (月) 19時34分

市役所は何度か行ったことがあったのだが、あんなに中まで入っていったのは初めてのことだった。まず訪ねたのは市役所内にある記者クラブだ。そこには北海道新聞はもちろん、函新や毎日、朝日、読売など一度は耳にした事のある新聞社のデスクが一室に背中合わせで並んでおり、そこで日夜記事を書いているとのことだった。函館新聞にお勤めの方からお話を聞くことができた。お話の中で、新聞社は人の出入りが多い職業だということを初めて聞き驚いた。その方曰く理由はさまざまらしい。寿退社で辞めていく人もいれば、転職する人もいるらしい。新聞業界はそれだけさまざまな業界の人とかかわる仕事だということだろう。しかしこのことは、それだけさまざまな業界のことを知ることができる職業だということの裏返しでもある。私は文章を書くことがあまり得意ではないので、新聞記者という職業についてこれまで深く考えたことはなかったが、このような点ではこれはこれで非常に面白い職業だなと感じた。次に訪ねたのは記者クラブと同じフロアにある市役所の広報課だ。ここから、その日にあった出来事などを記者クラブにおろしている。そこでは、函館市の主な広報活動についての説明を受けた。日頃目にすることの多い「市政はこだて」の発行部数が約130,000部もあるということには驚いた。そのほかにも、テレビ・ラジオやウェブサイトとうで行っている広報活動に関しても知らないことがたくさんあり、どれも興味深かった。

投稿: unbekannt | 2015年6月25日 (木) 14時19分

函館市役所に来てまず思ったことは、暗い、ということだ。廊下がとても暗い。市役所だけあって節約節電が徹底されていると感じた。仮に電気をつけていたら苦情を言う人がいるのだろうか、などと考えてしまった。函館新聞で働く方の話を聞いて、新聞社があんなに人事の入れ替わりがあるということを初めて知った。様々な人と知り合い、話を聞く仕事だからこそ、世の中のいろんな世界を見ることができるのだな。新聞というのは情報を伝えるためにあるものだが、そこに他社との違いをどのようにして出していくのだろうか。別の視点からみた情報を記すことはオリジナリティのある記事を書くことに繋がるが、同時に読む人の考えを左右することに繋がる。非常に難しい仕事だと感じた。広報部の方から市役所の広報形態を教えていただくことができた。インターネットを介しての広報活動が盛んであることを知り、今の時代やはりインターネットを行政機関も使っているのか、と感じた。Web上での見やすさを重視したら閲覧数が増えたという話を聞いた。やはり見えにくいとその後何度も見ようとは思わないだろう。色や文字の大きさなどちょっとしたことで大きく変わっていくこともあるのだ。また、函館に住んでいなくても広報を見ることができるのがインターネットの利点である。今後行政がインターネットをもっともっと活用するようになるのだろう。そしてその活用の仕方次第で市の盛り上がりも左右されていくのだろうと予想する。

投稿: 笑顔満開 | 2015年6月24日 (水) 23時14分

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