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国立の中学――国立大学教育学部附属中学校と少年院

20150404 国立の中学――国立大学教育学部附属中学校と少年院
国立の中学校と言えば、国立大学教育学部附属中学校を思い浮かべる人は多い。この学校に通学する子供は、中学校入試を経験しており、大抵の場合社会的エリートの子弟が多い。地方であれば、老舗商店の子弟、地方公務員の子弟もそれに該当する。そもそも、地方では中学入試という慣習は、今でもほとんどない。
少なくとも、国立大学教育学部附属中学校に行くことで、後ろ指を指されることはない。その経歴によって、将来の可能性が閉ざされることはない。ノーベル賞受賞者、山中京都大学教授もまた、大阪教育大学附属中学校を卒業しているはずである。
しかし、国立の中学といえば、少年院を意味する場合もある。この経歴を記載しなければならない場合、ほぼ通常の就職は不可能になる。彼らの将来の選択肢はかぎりなく限定される。
 しかし、対極に見えても、両者はある共通項が存在している。それは、その卒業生がその経歴をそれぞれ意識化していることである。人生の岐路に立った場合、その経歴は彼らにとって決断に関して一定の役割を果たしている。

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