人間的理性による世界把握と世界変革(その四)ーー欧州のホテルの床は、清潔かどうか
20150214 人間的理性による世界把握と世界変革(その四)ーー欧州のホテルの床は、清潔かどうか
研究者は特定の課題を追求する。その設定された課題において、最善をめざす。それはその限定された課題においてだけである。これを現実的生活において追求しようとすると、他者との関係が生じてくる。そこでは、他者は他者の基準で行動する。他者の基準と自分の基準が、矛盾する場合もある。
いつも使用しているサイトをログアウトしているかどうか、気になってしかたなかった。しかも、それは共用パソコンであった。強引に、お願いした。もちろん、ログアウトしていた。相手が気の弱そうな女性であったから、しぶしぶ承認してくれたが、ほかのややこしいひとであれば、どうなったかわからない。喧嘩になっていたかもしれない。
同様なことが、欧州のホテルの部屋でも生じる。欧州人の感覚によれば、ホテルの部屋は清潔である。毎日、清掃労働者が掃除機をあてている。しかし、日本人の感覚からすれば、部屋に土足で上がっている。路上と同一という感覚も残存している。多くの日本人は、スリッパを持参する。
しかし、よく考えてみると、ホテルの部屋に到着するまでに、ほとんどの塵はホテルの通路で落ちているはずである。もちろん、ミクロン精密の基準では、多くの埃が付着しているはずである。しかし、そのような基準を現実のホテルの部屋に適用することは意味がない。
現実社会に学問的厳密性を求める必要はない。
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