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シャルリ・エブド社(Charlie Hebdo)による風刺画(その二)――東京電力福島第一原子力発電所と福島県民を虚仮にする風刺画――手足が3本ある日本人

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シャルリ・エブド社(Charlie Hebdo)による風刺画(その二)――東京電力福島第一原子力発電所と福島県民を虚仮にする風刺画――手足が3本ある日本人


"Le Canard enchaîné" froisse Tokyo

Le Monde.fr avec AFP | 12.09.2013 à 08h10 • Mis à jour le 12.09.2013 à 09h17

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http://www.lemonde.fr/japon/article/2013/09/12/le-canard-enchaine-froisse-tokyo_3476202_1492975.html[Datum: 19.01.2015]

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(クリックすると、画像が鮮明になります)。

 シャルリ・エブド社(Charlie Hebdo)による風刺画をめぐる議論が本邦でも盛んである。この場合、イスラム過激派に対する共感は少ない。もっぱら、シャルリ・エブド社(Charlie Hebdo)による風刺画を肯定的にとらえている。その内容に眉をひそめる人も多いが、「出版の自由と言論の自由」を守るべきであるという御旗に逆らうことはできない。
 しかし、この風刺画を肯定する人間は、東京電力株式会社福島第一原子力発電所に対する風刺もまた、肯定しなければならない。東京オリンピック決定後に出された風刺画は、多くの日本人にとって屈辱的であった。日本の文化を代表する相撲を、手足が3本ある奇怪な日本人がとっている。事実、日本国政府はこれに抗議していたはずである。
 しかし、イスラム教に対する風刺画の存在自体を肯定する人間は、この福島と日本に対する風刺もまた肯定しなければならない。イスラム教に対する風刺はいいが、日本に対する風刺はよくないとは、二重基準にしかすぎない。
 一般的に言えば、風刺画は読者を憤慨させ、そして考えさせる。本当に東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故は収束したのであろうか。その意味で、凡百の評論よりも、この一枚の風刺画が福島事故を思い出させた。多くの日本人にとって、東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故は、ほとんど考慮の対象外である。安倍総理の言によれば、それは「制御されている」。しかし、この風刺画を見るかぎり、海外では少なくとも安倍総理の言葉は信用されていないようである。

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