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北海道における札幌市と、函館市及び釧路市との関係――日本銀行支店が残存している理由と、実体なき優越的市民意識

20141123
北海道における札幌市と、函館市及び釧路市との関係――日本銀行支店が残存している理由と、実体なき優越的市民意識

 47都道府県の県庁所在地のほぼすべてに日本銀行支店があると、思っている人も多い。しかし、厳密に言えば、そもそも支店が置かれていない県庁所在地も多い。盛岡市、徳島市、宇都宮市等である。経済規模に応じて、支店網が設置されている。もちろん、この経済規模は、歴史的観点も加味されている。さらに、経済的観点だけではなく、政治的観点も考慮されているのであろう。
 県庁所在地にすべてあるわけではない支店が、北海道には3都市にも設置されている。道庁所在地の札幌市は当然のことであるが、その他にも函館市、釧路市にも設置されている。北海道を除けば、同じ県において支店が複数設置されているのは、福岡県における福岡市と北九州市だけである。この二つの都市は別個の経済的、政治的意義を持っていたし、現在も持っている。また、両者とも、政令指定都市である。現在でも独自の経済圏を有しているし、新幹線のぞみ号も停車する大規模都市である。
 翻って、北海道における函館市、釧路市を考察してみよう。前者は中核市であるが、その人口要件である30万人人口を持っていない。それどころか、20年後には20万人都市に転落することがほぼ確実である。また、後者は現在ですら、20万人都市ではない。にもかかわらず、日本銀行支店が設置されている。その理由は以下の二つが容易に思い浮かぶ。両都市とも、歴史的意義を有している。つまり、両都市とも遠洋漁業の中心的基地であった。また、釧路市の後背地には石炭産業があった。その繁栄の程度から考察して、昭和20-30年代には膨大な富が集積されたことは間違いないであろう。現在では、遠洋漁業、石炭産業とも衰退しているが、往時の富は残存している。
 さらに、両都市とも道庁所在地から遠く離れている。特急で札幌市からほぼ4時間前後かかる距離に位置している。両都市と並ぶ繁栄を誇った小樽市における日本銀行支店は、2002年に廃止されている。小樽市は札幌の通勤圏であり、その衛星都市的役割を担っているからだ。それと対照的に、函館市と釧路市は札幌市の通勤圏とは言い難い。日帰り出張はかなり困難である。いな、札幌市への旅行は、出張とみなされている。小樽市民あるいは小樽市の地方公務員が札幌に行くとき、宿泊費用をともなう出張手当を要求することはほぼ無理であろう。
 この両都市に日本銀行が残存している理由は、札幌市から地理的に離れており、経済的、社会的に札幌市との関係が希薄であることにある。逆に言えば、自立的意識が強い。函館市では、今でも札幌市から赴任してきた役人、大企業労働者を「奥地」からきたと呼ぶ習慣が残っている。西日本の日常用語を使用すれば、「札幌、なんぼのもんじゃい」である。旧来から函館市に居住している市民にとって、「おらの街が第一」という意識が根強い。
しかし、行政的、政治的観点からすれば、この二つの都市とも道庁所在地に従属している。もちろん、両都市にも北海道総合振興局が設置されている。日常用語を用いると、支店のようなものにすぎない。また、国家公務員の経済事情からすれば、札幌から函館、あるいは釧路に転勤になると給料が下がる。地域手当がなくなるからだ。また、子弟の教育、文化的生活から考えて、札幌在住を好む傾向にある。民間企業でも札幌本社勤務と地方支店勤務では、様々な点から、困難が生じるのはやむをえない。
両都市、とりわけ函館市民にとって意識上は自分たちが格上である。地理的観点から、札幌市から相対的に自立している。日本銀行支店も設置されている。にもかかわらず、政治、行政、経済、文化的観点すれば、函館市は札幌市に従属している。この問題が様々な観点からの問題になる。この跛行的現実態が北海道における様々な問題を喚起している。

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