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大学における敷地内全面禁煙という馬鹿――小さな悪を攻撃し、大きな悪を導き入れる

20140811 大学における敷地内全面禁煙という馬鹿――小さな悪を攻撃し、大きな悪を導き入れる

 

 近年、学校及び大学において敷地内全面禁煙という愚行が流行している。馬鹿な小市民が喜んでいる様が容易に想像される。タバコは健康に悪いというお題目が唱えられている。このようなお題目を唱えているうちは、可愛かった。UFOは存在するというお題目をゼミナールで真剣な顔をして主張している学生と同じだからだ。その主張を完全に否定することはできない。地球外生命の存在と同様に、宇宙全体を思惟することは、不可能であるからだ。

 彼らがどのような信仰を保持しようとかまわない。大学内のゼミナールでは別の事柄を議論の対象にすべきであると主張すればよい。彼らが、UFOや地球外生命の存在を信仰しようと、大学教員には無関係であるからだ。

 しかし、煙草は健康に悪いという信仰を小市民が信仰することは、大学教員にとって問題ない。煙草は健康に悪いという命題と、地球外生命は存在するという命題は、同じだからだ。悪いと言えば、悪い。ただし、セシウムよりも健康被害は少ないであろう。基準値内のセシウム――食品における99ベクレル/キロのセシウムは、食べて安全であろう。むしろ、食べて応援というスローガンによって政府によって推奨されている。地球外生命の存在を主張する若い学生は、その信仰を他のすべての学生に強制することはない。その点で、禁煙論者よりも優れている。

 しかし、禁煙論者は喫煙者にも同じ思想を保持するよう強制する。ナチスでさえ、躊躇した禁煙の強制を平気で実施する。馬鹿教員が一部の大学・学校に存在する証明である。私は馬鹿を排除しようとしない。最高学部である大学でさえ、馬鹿は存在する。大学はそれぞれの小さな専門領域に秀でた者の集団である。大学教員は馬鹿でもなれる。専門的知識と教養は、何の関係もない。むしろ、発達障害を疑われるような大学教授が存在する。発達障害者の一部は、小さいことにこだわる。その小さいことが、剰余価値説の効用という問題であれば、この発達障害者は偉大な学者として尊敬されることもありうる。この命題を生涯の主題にすれば、少なくとも論文を多数執筆することもできる。

 ところが、馬鹿禁煙論者は自分で研究することもなく、敷地内全面禁煙という愚行を大学内で実施する。大学行政の責任者、とりわけ保健関係教員がその中心的絵図を描く。本人の信仰を平気で他者に強制する。

もちろん、煙草の健康における善を主張しているのではない。しかし、煙草は健康という一元的価値尺度において図られるべきではない。健康に良いことを実施することが、他の害悪を伸張することもある。健康であることと、悪一般とはいかなる係わりもない。健康な精神を維持するために、煙草を必要とする人間も存在する。尺度の一元化こそが、生き難い生活を強制する。

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