« 提言書の書き方(その五) 北海道渡島総合振興局函館建設管理部長の対応――市民の提案に対応しない官僚機構 | トップページ | 北海道庁渡島振興局の不可解な回答 »

 「函館市経済建設常任委員会」の傍聴――議事進行は「シャンシャン」

20141027 「函館市経済建設常任委員会」の傍聴――議事進行は「シャンシャン」

2014年10月27日に「函館市経済建設常任委員会」が開催された。その傍聴記を記しておこう。
 開催予定時間は10時であったが、10時8分にやっと開催された。それまでは議員同士の雑談時間であった。議題は、「街の顔としての函館駅前通りのにぎわいづくり」というかなり重いものであった。
議事進行は、委員長が事務局と共同して作成した議案書を読み上げることから始まった。5分ほど議長が書類を読み上げた。その後、各委員が意見を述べるのかと思っていたが、「異議なし」の唱和で無事、委員会は終了した。
 この委員会傍聴で、了解したことは以下の点である。

1. 基本的に委員長が事務局と相談のうえ、会議資料を作成する。その他の委員はその会議資料に基づいて議論する。彼らは、会議資料に掲載されていないことに関して知る由もない。ある事柄を会議資料に掲載するか否かは、委員長と事務局の専権事項である。
この傾向は、日本の官僚機構における会議の特色である。「異議なし」と唱和するか、語句の間違いを指摘するだけである。東京電力福島第一原子力発電所爆発事故直後の原子力に関する委員会の議事録を論評した際に述べた。1

2. この会議は傍聴可能である。しかし、傍聴人は私一人である。あとは、『北海道新聞』と『函館新聞』の記者2名である。彼らは仕事として傍聴に参加しているにすぎない。市民の関心は少ない。市民的公共性を形成するためには、議会と常任委員会への関心が不可欠である。事態は絶望的であろう。

3.議題は駅前の活性化である。この活性化のために、根本的な問題たとえば駅前への路面電車延伸あるいは新たな交通網の整備が議題になっているのかと想像していた。しかし、その内容は枝葉末節なことばかりである。これでは、市民の傍聴を促しても、多忙な市民は参加しないであろう。根本的なことは議会では議論されないのであろう。どこで議論されるのであろうか。



1. 20110414 馬鹿役人と馬鹿学者の政治学――国家の危機における原子力安全委員会の議論形式と、国家の危機を理解しない学術専門家

 かつて本ブログにおいて「日本官僚制の問題点――いしいひさいち役人論(会議の無駄)」(2010年2月27日)と題して、日本の官僚機構における会議の特徴を述べた。 1 この論説の中心点は、会議における議論が誤植の訂正と文章の若干の改変に終始して、本質的議論をしない日本の官僚制も対する批判である。落城の危機に際して、繁文縟礼を議論している重臣を揶揄した、いしいひさいち氏の4コマ漫画を援用しながら、この官僚制の問題を議論した。
 この日本の会議形式に対する批判が、平成23年3月25日に開催された第19回原子力安全委員会にまさに当てはまる。2 3月25日と言えば、3月14日における東京電力福島第一原子力発電所の第3号機の水素爆発を受けて、国家が危機的状況にあったときである。第2号機、第4号機も同様な危機的状況にあった。この東京電力福島第一原子力発電所の非常事態を受けて開催された原子力安全委員会は、たった42分程度で閉会している。しかも、PDFファイル12頁にわたる議事録の半分以上は、事務局によって作成された資料の読み上げに終わっている。その後の委員による議論の中心は、「『葉』になってございますけれども、これは平仮名の『は』でございます」、あるいは「平仮名の『に』を入れてください」(10頁)という文書の校正にある。
 委員としての専門知識は要求されていない。誤植の訂正であれば、村役場の庶務課長のほうが、より適切な指示を出せるであろう。このような議論しかできない専門委員は、役場の庶務課長に転職したほうがよいであろう。もちろん、庶務課長ほどの文書校正能力を有しているとは思えないが。
このような繁文縟礼に通じた専門家しか、専門委員になれない現状がある。専門知識よりも管理職的能力に通じた専門家のみが、大学教授になり、そして政府の審議会委員に抜擢される。そこで求められる能力は事務局と協調する能力と文書作成能力でしかない。
 専門委員には、事務局によって作成された資料を根源的に批判し、積極的な提言を求められているはずである。ここでの議論は、専門知識を要求されない事務局職員以下の水準にある。逆に言えば、このような専門家は、官僚機構にとって統御し易い人間である。自分たちを批判しない人間のみが、「専門家」として認知される。学術的専門家と官僚機構の癒着が生じる。
 彼らはこれまでいつもこのような議論形式に慣れてきたはずである。このような議論しかできない。それゆえ、彼らは「専門家」として認知された。国家の危機に際しても、このようにしか議論できない。


1. http://izl.moe-nifty.com/tamura/2010/02/index.html

2. http://www.nsc.go.jp/anzen/soki/soki2011/genan_so19.pdf

|

« 提言書の書き方(その五) 北海道渡島総合振興局函館建設管理部長の対応――市民の提案に対応しない官僚機構 | トップページ | 北海道庁渡島振興局の不可解な回答 »