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「政治とは二つを足して、二で割ることだ」―――北海道新幹線における新駅名称における新函館駅(仮称)から新函館北斗駅へ

20140702 「政治とは二つを足して、二で割ることだ」―――北海道新幹線における新駅名称における新函館駅(仮称)から新函館北斗駅へ

 

かつて金丸信自民党副総裁が次のように言ったことがあった。「政治とは二つを足して、二で割ることだ」と。この言葉を聞いた多くの政治学者は嘲笑をもって応えた。政治とはそれほど簡単ではないと。二つの相異なる主張は、その強度、支持基盤、時間等の様々な要素が複雑に関係しており、複雑な数式を必要としている。

しかし、単純化された金丸氏の主張は、 (AB)÷CD

 

という図式そのものは真理をついている側面がある。対立する二つの相異なる主張を取り入れ、両者が満足する結論を引き出すという点は、政治学の基本である。あるいは、ヘーゲルの弁証法における正・反・合もその図式と似ている。もちろん、2という単純な数字ではなく、複雑な係数等が必要であろうが・・・。

しかし、今回の新駅名称問題において、「政治とは二つを足して、二で割ることだ」という政治の基本的図式そのものを破壊している。もはや、政治ではない。北斗市の主張する函館北斗駅と函館市の主張する新函館駅を足しただけである。

二で割ることは、新たな水準において事柄の本質を揚棄するはずであった。しかし、今回の新駅名称問題は、足しただけである。足して「新函館函館北斗駅」から重複する函館を引いただけである割り算まで至らない。

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