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高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その一)――――働く奴は馬鹿だ

記事編集の都合上、日付を変更する。

20120705 高齢ニート(=ヒッキー)の優雅な生活(その一)――働く奴は馬鹿だ

 

安藤君(仮名、推定年齢45歳)は、優雅な生活な生活をしている。彼は生まれてから45年間ずっと労働しないで生きている。この安藤君は私の知人の子供である。私の知人からよくその子供、安藤君のことを愚痴られる。だから、彼のことはよく知っている。

安藤君は大学入学して1年ほどは在籍したようである。しかし、2回生のころからほとんど通学しなくなり、成人式のころに除籍されたようである。その時以来、自宅の自分の部屋で生活している。

家は親の所有物であり、住宅ローンの返済も終了している。親は安藤君から家賃を取ることを考えたことはない。その上、飯とオカズは、冷蔵庫に山ほどある。小遣いも少しもらっているようである。農村に住んでいるので、車は軽自動車ではあるが、自分専用である。ガソリン、自動車保険等は、遠縁が経営しているガソリンスタンド兼保険屋にお世話になっている。それも月末に親が支払っている。おそらく、親の名義の自家用車に乗って、つけで支払っているようである。趣味はパソコンによる音楽編集である。典型的な現代少年である。但し、年齢を除く、という条件が付く。通常の場合、20代前半でこのような生活をあきらめ、フリーターとして働くはずである。

しかし、安藤君はなかなかの論客である。彼にとって嫌いな物は、労働である。労働は人間を拘束し、その自由を剥奪する。後期近代は人間を労働から解放する物質的基礎を確立した。物質的条件のために労働することは、後期近代において非常に減少している。日本人そして西欧近代人もまた、平均年齢を80歳と仮定すれば、20歳までは労働しない。60歳からは年金生活者である。労働する年齢を20歳から60歳までとすれば、人生の半分は労働する必要がない。安藤君はこのような後期近代に関する哲学を近隣の人に吹聴しているようである。彼の哲学からすれば、労働する人間は馬鹿である。

彼の主張はどこかで間違っているようにも思えるが、なかなか魅力的でもある。今後、この安藤君の主張を取り上げてみよう。奇跡のように思えるし、またどこかおかしい。

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