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第二次討論会

 美味しんぼの鼻血問題に関して、かなり意見の相違があった。まったく、異なった意見を選び、それを引用したうえで、再反論をお願いする。500字程度である。締切は、7月8日24時である。

討論会を終了します。

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討論」カテゴリの記事

コメント

 漫画『美味しんぼ』にて原発事故後の福島を訪れた主人公らが、鼻血の頻発や疲労感を覚えたという描写に対し、マスコミなど各種メディアは科学的根拠に基づかないものであるとして風評被害をもたらす恐れがあると報道し話題となった。HN:国民主権も、主人公らの症状の原因が曖昧なものであるとして否定的な主張を行った。
 確かに、国民主権が提示したように、身体に影響を及ぼすレベルの放射線は現在民間で立ち入ることができるエリアには残っていないという意見も多数あり、世間もこの件には否定的な見方が強いため漫画での描写は悪質な嘘であるとする報道がよくみられる。しかし、一方で放射線による身体被害は確かに存在すると主張する意見も多く、有名大学の教授や、放射線防衛を主として研究している機関が健康被害は存在しうるという見解を述べている。世論の流れを汲みとって一方の意見のみをとりあげた主張は公平であるとは言えないだろう。
双方の主張を比較して、放射線の専門知識を持たない私のような一般人は、どちらが真実であるのかを判断することは極めて難しい。私は、この美味しんぼ問題の本質は漫画中の描写が科学的根拠に基づくものか否かではなく、他のポイントにあるのではないだろうかと考える。

投稿: 国民投票 | 2014年7月 9日 (水) 13時53分

春夏秋冬さんへの批判
「個人の表現にどれだけ自由を与えられようと、そこにはそれだけの責任がついて回ることとなる。その責任が取れないのであるならば、そこには自由が認められないと考える。」

この部分に対して批判する。個人の表現の自由は認められていながら、責任が取れない場合は自由を認めないという文章そのものが矛盾をはらんでいると感じた。
どの作品であってもその作品を動機に行動を起こす人がいる。恋愛作品をみて恋をする人だっているだろうし、刑事物の刑事が魅力的で警察官を志す人もいるだろう。
逆もまたしかりで、表立って影響がないように見えても心に強く根差していて10年後に影響するものだってあるかもしれない。
要は不特定多数への悪影響が出ている作品に対して「責任」を負わせるというのなら、どこのだれがその判断を下すのだろうという疑問があるのだ。あるとするならその基準は個人のさじ加減では決められないはずだ。今回の件を風評被害ととらえるのは大いにうなずけるが、その責任を作者に求めるのは違うと思った。

投稿: 大原学園 | 2014年7月 8日 (火) 23時08分

民本主義
美味しんぼ〜福島の真実編〜について、実際に福島県に対し風評被害が出ているのだろうか。答えはイエスである。【出席確認】の言うように確かに、表現の自由もあるし、原作者がある程度体験したことに基づいて描いてあるだろう。原作者なりに原発反対という、一つの表現方法ということもできるだろう。しかし、実際に福島県では観光客がかなりの数がキャンセルされているという。例えば、福島県の有名な温泉である飯坂温泉では修学旅行生の数百名の客が保護者達の反対によりキャンセルした。福島第一原発からは結構な距離が離れているのであるがキャンセルされたというのは風評被害といえるのではないか。第一原発周辺が立ち入り禁止であるし、その近くに位置しているのであればまだ話は分かるし、風評被害とは呼べないかもしれない。だが、飯坂温泉はある程度福島第一原発から離れてはいるし、風評被害を受けたと言えるのではないだろうか。また、他の観光地においても同様に風評被害が出ている。鍾乳洞で有名なあぶくま洞では今だに放射能は大丈夫なのか、といった質問が後を絶たないようである。従って、私は美味しんぼは風評被害を助長したと私は考える。なんとかこのような現実を早く抜け出して欲しいものである。

投稿: 民本主義 | 2014年7月 1日 (火) 23時19分

投稿者:安全第一

『原作者は実際に福島に行き長期に亘って取材を行ってきたというが、その表現先は論文ではなくあくまで漫画なのである。』(引用先:一長一短)

私は「一長一短」のこの意見に対して、反論する。「一長一短」は美味しんぼの鼻血問題について表現の自由だとしているが、この表現の自由とはただ作者が自分の思っていることを漫画のキャラクターに代弁させているように捉えることが出来る。もし作者が福島の真実を知りたくて福島の赴いたのであれば、なぜもっと早くに福島に行かなかったのかという疑問が残る。このことから邪推ではあるが、私は作者自身が最初から福島は危険があると考えた上で福島の取材をし、作者の思っていたことをそのまま漫画で表現したのではないかと考える。また、「一長一短」の意見からは「漫画なのだからいいだろう」という意見も感じられる。しかし、今回のような実際の状況が完全には把握できていない福島の場合では、このような極端な表現に傷つく人たちがいるのも事実である。それを「漫画だから」と判断し、表現の自由で片付けてしまうことは間違いに思える。

投稿: 安全第一 | 2014年6月24日 (火) 22時23分

HN:国民投票の意見に対する批判

 『美味しんぼ~福島の真実編~』における鼻血描写において、国民投票の主たる意見は、美味しんぼの描写における福島県全体への風評被害であった。
 この件において、美味しんぼの作者が信憑性のある取材活動によって、この題材を取り扱ったのかはいささか疑問が残ることは確実である。また、少なからず風評被害の恐れがあるということもまた、否定しがたい。
 しかし、この作者の意図したところは鼻血の描写うんぬんということよりも、福島第一原発における、現在の国の対処の仕方に警鐘を鳴らしたところにあるのではないだろうか。
 福島第一原発のメルトダウン以降、その除染作業の大半は、国から委託された民間企業が行っていたと聞く。その労働環境、待遇の劣悪さも、聞くに新しいことではない。また、昨今の報道でも、「東日本大震災を忘れないようにしよう」などというスローガンが永遠と繰り返され、原発による汚染区域の実情等を報道するような番組はほとんど見ることができなくなった。
 日本人の今の東日本大震災に対する意識である、震災を忘れない、などといったことは口では良く語られるが、そのことに対して一体どれだけの人々が深く考え、行動を起こそうとしているのだろうか。
 そのような国民意識に対して、もう一度働きかけたという点で、美味しんぼの今回の題材は、風評被害の恐れこそあれど、ある意味有効なものだったのではないかと私は考える。

投稿: 国民主権 | 2014年6月24日 (火) 15時45分

春夏秋冬さんに対する反論

紅茶花伝
原発と鼻血の関係について、科学的な根拠が立証されていないと書かれていたが、北海道がんセンターの西尾正道名誉院長によると、高線量被爆によって鼻血が出ることは充分あり得るらしく、逆にストレスによって鼻血が出ることの方があり得ないという。また、もしこのような証言が無かったとしても、科学的な裏付けと実際に現場で起こっている事実のどちらに重きを置くべきであるかは明白なことである。近年の日本全体の問題として、科学を過信しすぎている点が挙げられると思う。科学という一見して完璧に見えるものを盾にして鼻血が出たという事実を広く公にしないことは何の利益も生まないと思う。その点において、やはり『美味しんぼ』という知名度の高いマンガによってその事実を広めようとした原作者は責められるべきではなく、むしろ福島県というブランドに対する風評被害を止めようとして、実際に被災地に住む人々の被爆による直接的な被害をあたかも原子力発電所の事故とは全く関係がないかのように振る舞い、無視している県などを批判するべきであると私は考える。

投稿: 紅茶花伝 | 2014年6月24日 (火) 15時22分

出席確認
人気漫画「美味しんぼ」の中で、東京電力福島第一原発事故後の鼻血の頻発やひどい疲労感についての表現が描かれた問題について、大々的に取り上げなくても良い問題であると考える。
反論
私は、取り上げても良いと思います。なぜならこのことは誤解などではなく事実、可能性のある事象をすべての人に伝えるべきだと思う。確かにあまり大々的に取り上げてしまえば野次馬や変に心配にされてもと思うのもわかる。しかし風評被害についての問題はこのままにしておくわけにはいかない。伝えるべきであると思う。事実どのようにして放射能が私たちの体に害を与えるのか、福島に 住んでいる人々にどのような影響を与えているのか、これからどうしていけば良いのかなどあまりわかっていない。実際に専門家や医師は科学的な事実関係は事故と鼻血の関連を否定していることに対し「因果関係は否定できない」といっているので、まったく関連がないとは思えない。そしてそのような症状もあるなら隠されるよりもその可能性もあるという情報開示をすべきであると思う。それ以上に私たちに与えられる事実というものがあまりにも少ないと私は思う。私は美味しんぼの鼻血問題は大々的にとはいかなくても良いがなるべく取り上げ今の日本の現状を伝えるべきだと考えます。

投稿: 出席確認 | 2014年6月24日 (火) 15時17分

確かに自身の実体験であるなら、なおさら表現の仕方にはその人の自由が許されるものだと思うが、今回の場合は雁屋氏の描く漫画の社会への影響力とその記載箇所に問題があり、今回の件については風評被害と捉えるのが妥当ではないだろうか。
以前にも例として挙げた魚の話だが、検査をして安全だと確認が取れたものであるにもかかわらず、やはり消費者は念のためにとその商品を避けるのである。誰も「もしかしたら危ないもの」に手を付けたがる人はいないだろう。被ばくの恐ろしさを知っているがゆえに、ただでさえ自己防衛の形を取りやすい。雁屋氏は福島の辛さを訴えかけようとしたとしても、それを受け取る側の多くはそれよりも不安を抱くかもしれない。表現の自由は認められても、社会的知名度のある漫画家が今回のような表記を、美味しんぼという有名な作品に記載し社会に向けて発信したことに問題があると思う。
個人の表現にどれだけ自由を与えられようと、そこにはそれだけの責任がついて回ることとなる。その責任が取れないのであるならば、そこには自由が認められないと考える。

投稿: 春夏秋冬 | 2014年6月24日 (火) 08時26分

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