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世を忍ぶ仮の姿と、後期近代における貴賎意識―――花輪和一『みずほ草紙』における乞食への眼差し

 

 

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花輪和一「仙人」『みずほ草紙』小学館、2013年、138頁、143頁。

 

 

 

(クリックすると、画像が拡大されます)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20140720 世を忍ぶ仮の姿と、職業的位階制における貴賎意識―――花輪和一『みずほ草紙』における乞食への眼差し

 

 

 

 

 

 

 

 人間は何らかの事情で、世を忍ぶ仮の姿を取ることがある。たとえば、大学教授を目指す若者が、塾の講師をするということは、珍しくない。塾の講師をすることは、世間的に考えても悪くはない。国立大学の学生も、塾講師を第一志望の就職先に選ぶことは、よく聞く話である。ただ、多くの大学院生、そして元大学院生もそれを名刺に書くことはほとんどしない。世を忍ぶ仮の姿という意識が強いからだ。

 

 

 

さらに、どのように世間から蔑まされる職業についていたとしても、本人が意思を持っているかぎり、それは尊重されるべきである。ここで、蔑まされる職業を具体的に明示することは避けよう。現実社会において職業に序列があるにもかかわらず、理念的にはその序列はないことになっているからだ。

 

 

 

ここではあえて、世間から尊敬される職業として、県議会議員を取り上げてみよう。この職業を明示することが差別であるという論調はほぼない。市議会議員からすれば、憧れの対象である。いづれ、県議会議員になりたいと思っている市議会議員は多い。市民も県議を蔑むことはほとんどない。市民が後ろ指をさすことはない。

 

 

 

しかし、かつて竹下登元総理が田中派の陣笠議員だったころ、田中角栄元総理から以下のように言われたそうである。「県議上がりが、日本の政治史において総理大臣になったことはない」。竹下氏の前職つまり県議という職業が、蔑まされる対象であった。県議会議員は賤しい職業であった。もし、彼が大蔵省の役人であれば、このような言説は成立しない。大蔵官僚は、総理大臣のリクルート先として日本政治史に刻印されていたからだ。もっとも、彼はこのような貴賎意識を跳ね返し、総理大臣になった。

 

 

 

誰もが蔑む対象として、乞食が挙げられる。好んで乞食をする人はいない。しかし、何らかの個人的事由から、乞食をせざるを得ない場合もある。それを嘲ってはならない。その事由そのものが、その個人にとって不可避であったからだ。この漫画で描かれている女性は、地震によって家族と財産を喪失している。もちろん、物乞いの対象になっている人には、わからない。古代社会から初期近代に至るまで、社会的最底辺に住む人を嘲ってはならないという社会規範が日本にあった。平等意識あるいは職業に貴賎なしという建前が浸透する現代社会において、この規範はむしろ弱体化している。

 

 

 

職業に貴賎はある。このことが明示される社会において、むしろ最底辺に生きる人への眼差しは優しかった。その意味を花輪が解明した。乞食という仮の姿を取りながら、主人公は過去の自分を凝視していた。過去の自分の行状と精神を反省することによってしか、新たな自分を見出すことはできない。職業における位階制的秩序の最底辺に身を置きながら、新たな飛躍をなそうとした。乞食という職業なしに、新たな展開はない。

 

 

 

注記:乞食という用語は後期近代において差別用語だそうである。なんという御不自由なことであろうか。「生活一般において御不自由な人」と言い換えるべきかもしれない。しかし、花輪自身が使用しているので、ここでもこの用語を用いる。また、軽犯罪法第1条22 において、乞食という用語が使用されている。法律用語であるからには、この用語を差別用語と考える方が間違っている。差別用語を決定する権限は、どこにあるのか。もし、これが政府によってなされると、検閲に通じるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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