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ニートにおける恣意的な職業選択ーー風間やんわり『やんわり社会派宣言』

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風間やんわり「ニートピア」風間やんわり『やんわり社会派宣言』講談社、2008年、98-99頁。

 

 

 

本稿は風間のニート論に関する論稿である。ニートの特徴の一つは、自己の可能性を信じていることである。この漫画の主人公も、この場面では大相撲の力士になりたいようである。当然のことながら、著名な力士になるためには、中学校、あるいは小学校のころから稽古に励んでいたはずである。

 

戦後最強の横綱であった北の湖は、中学校時代にすでに角界に入門していたそうである。もちろん、そこでは兄弟子がたくさんいたはずである。兄弟子は「無理偏に拳骨」と言われた。彼の素質は当時からずば抜けていたであろうが、所詮は彼も中学生であった。最底辺からの出発であったことは、想像に難くない。拳骨を浴びたことは当然であった。彼の素質が豊かであればあるほど、兄弟子の嫉妬を買ったことは想像できる。しばしば、可愛がりを受けたはずである。底辺から頂点に駆け上る過程で、彼もまた幾多の辛酸を嘗めたはずであろう。谷町から接待を受けるだけではなかったはずである。

 

このような過程を経て初めて、彼は戦後最強の横綱になった。しかし、ニートにはこの過程を見ようとしない。いきなり、谷町から接待を受ける相撲取りという場面しか想像しない。このような接待はもちろん彼の職業生活の一場面を表現している。しかし、それがすべてではないことは当然である。

 

また、ニートはこれまで自己の生活と現在の自己の位置を正確に理解していない。「デコピン」に泣かされてきた自己の過去を認識していない。相撲における「ぶちかまし」が如何に過酷であり、彼の肉体がそれに耐えられないことを想像できない。25歳のニートは彼自身の現在と過去を理解していない。

 

もちろん、近代社会は「職業選択の自由」を保障している。しかし、すべての人間がすべての職業につけるわけではない。当然である。その職業に就くためには、必要な素質とそれを開化させるための修行期間を必要とする。角界に入門するためには、学生時代から数多の賞を獲得しなければならない。

 

また、近代社会とりわけ日本社会には、夢を実現できるという戯言が信じられている。正確に言えば、夢を実現する少数の人間がいるだけである。夢は実現されないという方が正しい。「宝くじの一等賞金一億円は当たる」という命題と「宝くじの一等賞金一億円は当たらない」という命題は、どちらが妥当性を有するであろうか。もちろん、後者である。その確率が高いからである。

 

風間やんわりという漫画家は、もちろんこのような現代社会の病理を知っていたはずである。それを漫画という形式において表現した。この漫画は優れたニート論として参照されるべきである。面白く、やがて悲しきニート論として。

 

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