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いしいひさいち官僚制論(その四)――全体的利益を追求する政治家?

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いしいひさいち『ドーナツブックス いしいひさいち選集』第13巻、双葉社、1986年、126頁。

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20140616いしいひさいち官僚制論(その四)――全体的利益を追求する政治家?

  官僚が視野狭窄であることは、必ずしも欠陥ではない。与えられた職務に忠実であればあるほど、そのような結果をもたらす。たとえば、かつての記事で中央省庁における一般職員が社長と呼ぶ対象について論じた。多くの一般的公務員は、課長を「社長」と呼ぶ。省益ですらない。自らの属する「課」の利益を追求する。あるいは「課」に属する国民生活に対する忠誠を遂行する。道路行政に関する「課」に属していれば、その利益を追求する。国家全体における公共交通の在り方に関して、ほとんど関心がない。

 官僚機構における国益という考えの欠如は、常識的には政治家によって補正される。政治家、本邦の組織形式を用いれば、大臣、副大臣、政務官等は、必ずしもその省庁の業務に関して精通していない。ほとんど素人同然である。全体的視野から、当該省庁の業務を概観することが求められている。

 しかし、政治家が個別的利益、つまり特定の業界利益、地域利益を追求すれば、国益という観点は看過される。日本沈没という国難に際して、大臣を統括する総理大臣も特殊利益を追求する。日本は沈没する。日本が物理的に沈没する以前に、政治的に沈没する。いしいひさいちは、この意味を明確にした。

 問題は、彼によって提起された地平の彼方にある。誰が国益を追求するのであろうか。多くの官僚は省益すら追求しない。課の利益がその主要関心事である。誰が国益を普遍的地平で考察するのであろうか。哲人政治家が求められる所以である。もっとも、哲人はどこからリクルートされるのであろうか。古色蒼然たる哲学部の卒業生からであろうか。日本には、哲学部という学部はない。たとえ存在したとしても、官僚機構によって追求される課益、省益には対抗できない。それを超えた地平が求められている。

 

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