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ベルリン旅行者(四の二)――言語能力によって階層化された労働者階級――その例外

20140311 ドイツのホテルにおける労働事情(二)――言語能力によって階層化された労働者階級――その例外

数年前、以下のようなブログ記事を執筆した。それは、本日執筆した文章と全く異なっている。概略的に言えば、本日のブログは、

(1)英語しか理解しない。(2)英語とドイツ語を理解する。(3)ドイツ語しか理解しない。(4)ドイツ語とスラブ系言語を理解する。(5)スラブ系言語しか理解しない。」という(1)~(5)の階層分化を前提にしている。しかし、チェーン店に属していない小規模の老舗ホテルの場合、

(2)英語とドイツ語を理解する。(3)ドイツ語しか理解しない。」という階層分化を前提にしている。このような例外的なホテル労働現場もある。2007年のブログ記事は、このような例外的なホテルに滞在した経験に基づいている。ここでは、清掃業務もまた、ドイツ人労働者によって担われている。それゆえ、その仕事も画一的ではなく、また臨機応変になされる。また、部屋の清掃に関して、ホテル顧客の細かな要求にも対応できる。

このようなホテルもまた、例外的には残存している。強固な顧客網に支えられた伝統的ホテルに当てはまる。少なくとも、戦後すぐ、あるいは戦前からの伝統を持つホテルに当てはまる。地方都市、とりわけ人口数万程度の都市であれば、このようなホテルに滞在することも可能である。そのようなホテルを筆者もいくつか知っている。とりわけ、1週間以上滞在する場合には、とりわけ快適である。清掃労働者と会話を交わし、冗談も言えるからだ。クリーニング等も外注されず、そのホテルで完結している。

このようなホテルは、今後生き残れるのであろうか。

 

 

20071015 ベルリンのホテルと日本のホテルの差異――労働条件の差異

 

ベルリンのホテルと日本のホテルとの差異を論じてみよう。もちろん、同程度、三つ星、あるいは二つ星程度の筆者が宿泊したホテルとの差異である。超高級ホテルとビジネスホテルのサービスの差異を論じても仕方がないからである。また、その知識も筆者の体験に依存している。普遍性はほとんどない。

この両者の差異を論じるに際して、労働条件が問題になる。ドイツにおいて、基本的に年金のない労働は存在しない。あるホテルにおいて労働する労働者は、そのホテルに対して帰属意識を持つ。それにたいして、日本の場合、ホテルの中枢的労働、つまりフロント業務、営業等を除いて、多くの場合、派遣労働、パートタイム労働等の低賃金労働に依存している程度が高い。

それに対して、ドイツの場合フロント労働者と同様な年金つきの労働者が多い。もちろん、賃金の差異は職種に応じてある。しかし、同一の企業体に属するという帰属意識は同一である。

ところで、以下は全くの体験に依存している。ドイツのホテルに宿泊した日数も、日本の場合よりも多い。しかし、日本のホテルに宿泊した場合よりも厭な体験をした回数はすくない。最近も日本のホテルに宿泊したときにいやな体験をした。朝食のトマトジュースの中に、紙パックの蓋が入っていた。単純なミスである。しかし、このような単純なミスをドイツのホテルで体験したことはない。

その理由として、労働の在り方に関する両国の差異があるのであろうか。それとも、日本人はドイツ人に比べて勤勉ではなくなったのであろうか。私の個人的見解では、両者の勤勉性について差異はないであろう。

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ベルリン旅行者(四の一)――言語能力によって階層化された労働者階級

20140311 ドイツのホテル労働事情(一)――言語能力によって階層化された労働者階級

 ドイツにおいて、多くの老舗ホテルがその名称の変更を迫られている。地場に根づいてきたホテルが、全国あるいは国際的に展開するホテルチェーンの傘下に入っているからだ。そのため、労働者階級も複雑に階層化され、分断化されている。もはや、労働者階級という言説が、死語となっている。未だにこの概念に固執するものは、カルト集団とみなされるであろう。以下の言説において、ホテルチェーン総体と、ホテル(たとえば、ベルリンにある一個のホテル)という概念区別を用いる。

 ところで、全国展開されているホテルの労働者は、その言語能力によって下記のように階層化されている。

(1)英語あるいはフランス語しか理解しない。多くのホテルは、フランス系資本、たとえばアコールホテル・グループに統合されている。この領域において、フランス資本は欧州において想像を絶するほど強大である。

(2)英語とドイツ語を理解する。ベルリンにおいて支配的言語は、ドイツ語である。

(3)ドイツ語しか理解しない。

(4)ドイツ語とスラブ系言語を理解する。

(5)スラブ系言語しか理解しない。ドイツのホテルにおいて、最下層の労動力、たとえば清掃労働等は、スラブ系あるいはギリシャ系労働者によって担われている。

(1)(2)(3)(4)(5)の順に階層化され、指揮命令化にある。報酬もその秩序に対応している。(1)の人間が最高の命令権を持ち、最高の報酬を獲得する。(5)の人間は、年金賦与権すら怪しい。日本でいえば、派遣労働者に近い存在であり、そもそもこのホテルに帰属しているという意識を有していない。

(1)この階層に属している人間は、ホテルチェーンの本部に属している。彼らは、当該ホテル、たとえばベルリンのホテルの最高責任者である。彼らは、英語あるいはフランス語しか解さない。欧州であれば、ドイツだけではなく他の国でも勤務する可能性がある。チェーン本部に対して責任を負う。

(2)この階層に属している人間は、英語とドイツ語を理解する。英語によって、(1)の人間の命令を(3)(4)(5)の人間に伝達する。但し、(3)の人間を介してである。また、ホテル業界という特殊性から、彼らの労働能力がとりわけ必要とされる。顧客の多くは、英語しか理解しない場合が多い。このホテルにおいて上層に属している。このホテルに対して、帰属意識を持つ。

(3) この階層に属している人間は、ドイツ語しか理解しない。ただし、彼らが、このホテルの実質的仕事を担う。食料等の物資の調達、監督官庁との折衝等は、ドイツ語を介して実行される。契約書はドイツ語で書かれている。

(4) この階層に属している人間は、ドイツ語とスラブ系言語を理解する。この階層の人間は (3)の人間の命令を受けて、(5)の人間の労働を監督する。ここまでが、このホテルに属しているという意識を持つ。

(5) この階層に属している人間は、スラブ系あるいはギリシャ系言語しか理解しない。したがって、文書を介した労働には従事しない。客室清掃等の単純労働に従事する。(4)の人間の命令を受けて、労働をする。その労働は(4)によって点検される。不備があれば、やり直しである。この労働は規格化され、交換可能である。彼らは毎日この労働に従事することは、まれである。

 

 従来の労働者階級は(5)によってイメージされていた。しかし、(1)(2)(3)(4)の人間もホテルを経営する際に、必要である。清掃労働だけでホテルが経営されていると考える学者は、もはやいない。労働者階級という言説が、その言語能力によってバラバラに階層化されている。清掃労働者にとって、英語とドイツ語を解する労働者を自分の仲間であるという認識はない。

 

 この意味はそれだけにはとどまらない多くの論点を含んでいる。本日は階層化された労働者階級という論点だけを押さえておこう。

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ベルリン旅行者(三)ーーベトナム人と日本人

20140309 数年前のブログ記事を編集上の観点から本年に移行する。 

20070923 ベルリンのホテルーーベトナム人労働者

 ベルリンのホテルで目につくのは、もちろん外国人ではなく、ドイツ人である。しかも、年金生活者である。彼らが圧倒的である。この年金生活者の問題を除外すれば、近年増大しているのが、(ラオス人等を含む)ベトナム人である。ここではインド支那半島出身者という意味で用いている。彼らは、10年前には、中級ホテルではほとんど目につかなかったが、最近では欧州国内、及び母国から団体で、あついはビジネスとして、大挙して進出している。

 その理由として彼らの経済状況の好転を除外すれば、欧州、とりわけドイツ、オランダ等で外国人差別が少ないことが挙げられる。もちろん、民族主義的排外主義は日本も含めてどこでも見られるが、少なくとも公共的圏域において彼らが排除される機会が少ないこともその原因の一つであろう。

 さらに、事態をより複雑しているのは、1989年のベルリン革命以前において旧東独、旧東欧に住んでいたベトナム人の問題である。彼らは革命以後、本国に召喚されたかもしれないが、全ての社会主義政権下のベトナム人が本国に帰還したわけではない。そして、その子弟が現在20代、30代の若い労働者として活躍している。彼らは、幼少、小学校、中学校からドイツで学び、彼らと同一の教育を受けている。親の世代とは異なり、ドイツ語もほど不自由なく喋れる。そのようなベトナム人が増えている。そのなかで、経済的に自立した階層が出現するのも当然である。

 しかし、多くの日本人は大学、大学院から留学している。彼らとは幾つかの点で、異なっている。日本人が専門知識という観点からドイツ人とほぼ同一であるとしても、生活者という観点では多くのベトナム人に敵わないと思われる

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ベルリン旅行者(二の三)ーーシングルでツイン?ーー事柄の不可視性

20140309 数年前のブログ記事を編集上の観点から本年に移行する。 

20070922ベルリンのホテルーーシングルでツイン?ーー事柄の不可視性

 シングルのホテルを予約しても、ツインの部屋をあてがわれることもある。とりわけ、4つ星のホテルの場合が多い。4つ星以上のホテルでは、そもそもシングルの部屋が少ないからであろう。その場合、部屋は分不相応の広くなる。王侯貴族のような気分になる。5人用のソファがある。クローゼットには、100着の衣類を収納できそうだ。灰皿も、5つもある。トイレに1個、小さな机に1個、大きな机に1個、洗面所に1個、トイレに1個ある。もっとも一人しか宿泊しないので、ほとんどの灰皿が綺麗なままである。いつも、新しい灰皿を使用できるのは、快適である。

 このような幸運に出会えるのは、4つ星以上の高級ホテルか、星のないホテルである。3つ星、2つ星の中級ホテル、ビジネスホテルではありえない。そもそも、シングルの客しか想定されていない場合が多い。倹約旅行か、少し余裕のある場合にのみ、このような幸運に出会う。

 それは、多くの素人の場合、ホテルの経営状況まで把握できないからだ。おそらく、年に何回もベルリンに滞在する人は、稀である。多くの旅行者にとって、数日の滞在期間しかない。

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ベルリン旅行者(二の二)ーーホテルの格付け星ーー事柄の不可視性

20140309 数年前のブログ記事を編集上の観点から本年に移行

する。 20070918 ベルリンのホテルーー星についてーー事柄の不可視性

4つ星ホテルがかなりサービスの点で優れていることは、言うまでもない。ただ、非常に優れている点は、ベッドの大きさにある。多くの4つ星ホテルは、かなり大きめのベッドを用意している。それに対して、3つ星ホテルの場合、かなり狭いベッドを提供している場合も多い。これは、経験上の事柄であり、必ずしもすべてのホテルに当てはまることではない。

 星の数の少ないホテル、あるいはそもそも星の対象にならないホテルのベッドが狭いともいえない。かつて宿泊したフランクフルト郊外のホテルは、1泊3000円程度であり、風呂もなかった。ただし、天井は高く、ベッドも広いし、部屋も広かった。おそらく、星の対象外のホテルであったかもしれない。しかし、そのホテルは非常に気に入っていた。数週間宿泊したにもかかわらず、文句を言った記憶はない。数日後には、有料のシャワーを使用できたこともあり、かなり満足していた。

   もっとも、3つ星ホテルは、ほとんど風呂タブはない。シャワーだけである。その空間もかなり狭い。多くの日本のホテルの場合、3000円程度のビジネスホテルであっても、小さなバスタブが附属している。この点は、風呂習慣の西欧と極東の違いであろう。ドイツで困ることは、洗濯物を干す空間が小さいことである。ここで、そのコツを披露しよう。まず、洗面台で下着とワイシャツを手洗いする。干せるまでの状態にしておく。そして、髭剃り、シャワーを狭い空間で済ませる。そのあと、洗濯物を干す。とくに、ワイシャツはぼたぼた水が落ちる。シャワーの空間に水が落ちるようにする。そして、朝起きたときには、ほとんど乾いている。今度は、居住空間に干す。

 ただ、3つ星ホテルに宿泊したときのベッドの狭さには閉口した。現地通貨で直接支払えば、2万円以上したにもかかわらず、かなりの不満があった。これは運なのであろうか。それとも、ベッドの大きさを確かめる術はあるのでろうか。ベッドの大きさ以外の点では、さすがに3つ星ホテルであった。朝食は素晴らしかった。しかし、ベッドの狭さがそれを帳消しにしている。

 この点からすれば、星の多さと宿泊料金の高さは宿泊の快適性とほとんど関係のないものでしかない。もっとも5つ星ホテルには宿泊したことはないし、これからもないであろうが・・・。

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ベルリン旅行者(二の一)ーー安い4つ星ホテル?

20140309 数年前のブログ記事を編集上の観点から本年に移行する。 

20070909ベルリンのホテルーー安い4つ星ホテル?ーー事柄の不可視性

 航空運賃価格は正規料金の場合、異常に高い。ベルリンー東京往復で60万円近くするはずである。しかし、多くの旅行者は高い時期でも20万円以下で、閑散期であれば10万円以下でエコノミークラス座席を確保できる。10万円であれば、正規料金のほぼ六分の一である。このような価格落差は、通常の商品であれば、ありえない。たとえば、日産の同一車種の新車自家用車の販売価格が、隣の店では、半額以下であるとは、誰も考えていない。せいぜい、数万円の値引きしか期待できない。

 この航空運賃と同様なことが、海外ホテルの宿泊料にも当てはまる。直接購入すれば、3万円以上の料金のホテルの部屋が、代理店経由であれば、1万円位で入手可能である。インターネット取引による数パーセントの違いなど、ここでは問題にならない。直接取引では、かえって高くついてしまう。代理店経由であれば、かなり安価に購入可能である。おそらく、一括してホテルの数室を押さえているのであろう。航空機の座席販売と同じ論理が貫徹されている。大口顧客に対しては、安く売るからである。

 本当の値段という概念がここでは、ほぼ崩壊している。適正価格という考えも同様である。すべては、市場の論理が貫徹しているだけである。問題は、この論理と日常論理がかなり乖離していることである。そして、多くの素人にとって、市場論理とは疎遠なままである。ただ、この論理によって、多くの日本人が欧州を安価な価格で旅行できる。しかし、この論理を多くの人は知ることがないというのも事実である。

 逆も真なり、もありうることは、肝に銘じていなければならない。

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ベルリン旅行者(一)ーー豚肉とイスラム教徒

20140309 数年前のブログ記事を編集上の観点から本年に移行する。 

 

20070904 ベルリンのホテルーー豚肉とイスラム教徒ーー差別?ベルリン、そしてドイツはハム、ソーセイジの本場である。世界的に有名なハム、たとえばシンケン、ザラミ等は、ほとんど日本語になっている。このような著名なハムの多くは、豚肉から作られている。この豚肉を忌避しているのが、イスラム教徒である。敬虔であるなしにかかわらず、彼らは豚肉、及び豚肉から作られたハムを見ることすら、忌避している。たとえば、日本人は豚肉に対してアレルギーはないが、ウサギの肉、蛇肉に対してあまりよい印象を持っていない。たとえば、食事のメニューに蛇肉しかないレストランには、あまり行きたがらないであろう。

 このような食事に対しては、各国の習慣、宗教的事情が絡んでいる。ベルリンの中級、高級ホテルでも事情は複雑である。多くの世界からの旅行者は、ベルリンのホテルでハムを食べる。そして、多くのホテルは宿泊客に対して朝食をかなり安価でふるまっている。しかし、その肉類、ハム類の多くは、豚肉から作らている。本当にうまい。

 しかし、多くのベルリンの中、高級ホテルの朝食の場所で、イスラム教徒をほとんどみかけることはない。もちろん、五つ星のホテルには宿泊したことがないが・・・。これは、差別であろうか。イスラム教徒は豚肉追放運動をすべてのホテルに要求することができるのであろうか。そのような要求は、滑稽である。ベルリンのホテルの朝食から、全ての豚肉製品をなくすということは、ドイツの文化を無くすることである。そのようなホテルの朝食をイスラム教徒が忌避するだけである。逆にいえば、ベルリンのホテル業者は、イスラム教徒の宿泊客を減少させている。結果として、イスラム教徒はホテルで朝食をとることはほとんどない。この結果を彼らは、別に悲しんでいるようにはみえない。

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