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大学教授の質的劣化――教授会自治の自滅

20131124 大学教授の質的劣化――教授会自治の自滅

 多くの国立大学において教授会自治が実質上、残存している。もちろん、教授会自治という形式は尊重されるべきである。しかし、多くの教授に自治能力がない場合、教授会は単なる自己の利益の表出の場でしかない。教授会における言説が学部の利益、大学全体の利益、文部科学行政全体の利益から逸脱するとき、教授会はその歴史的役割を終える。大学理事会の伝達場所という意義しかないであろう。大学理事会、役員会からその意義に対して疑問符が付けられたとき、「面倒くさい」、「負担が増える」という言説では対抗できない。公に対しては、公を対置するしかない。多くの国立大学が抱える問題であろう。後期近代におけるその主体の大衆化という問題は、大学教員の世界をも席巻している。端的に言えば、教員の質が劣化している。自治能力のない教授が増大している。国立大学教授もまた、一種の公務員である。公務員の劣性的側面が教授という人格、教授会という場において頻出している。

 

 

 

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