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「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その五 山本太郎と三宅雪子)

「自民圧勝 ねじれ解消」という新聞各社の一面の見出し (その五 山本太郎と三宅雪子)

――話し言葉を書き言葉に挿入すること

山本太郎は、このような近代合理性を打ち破った。世論調査の多くは、彼を次点、あるいは次次点と予想していた。大方の予想によれば、巨大な組織票を持つ二人の候補者には勝てないと見られていた。しかし、彼は自民党と民主党の候補者をおさえて、堂々の4位当選であった。もちろん、「生活の党」等の支持者が、勝手連的に彼を応援していた。それを差し引いても、世論調査という合理的手段によって基礎づけれた学問的結論に対して、彼とその支持者は異議を申し立てた結果になった。

その要因は、演説のスタイルが従来型の政治家とは異なっていたことにある。彼の演説方法が従来型の政治家とは異なっていた。彼は日常用語を駆使していた。脱原発という政策も客観的、合理的なものとして把握され、発話されていたのではない。その政策は、山本太郎という人格と密接に関連していた。脱原発であれ、原発容認であれ、多くの政治家はその政策がいかに合理的であるかを述べる。ある命題の妥当性が問われるとき、発話主体の個人的要素は捨象される。発話主体の学歴、家族構成、家柄、性、年齢等は問題にならない。その客観的な論理的合理性のみが問われるからである。ここでは、その発話主体の固有の問題等は捨象されている。

また、彼の学歴も高校中退である。彼の現在の職業は俳優であるが、仕事を回してもらえない状況にある。俳優としての山本太郎は、仕事をしていない。彼の状況は、失業者とほぼ同一である。中卒の失業者という経歴は、現在の日本社会では否定的に把握されている。にもかかわらず、彼はその否定的側面を演説の前面に出していた。それが彼のスタイルであった。通常の政治家の場合、否定的側面は隠されるべき点として認識されていた。派遣労働者として生きている若者にとって、その言説内容とともに彼はよき仲間つまり「俺たち」であった。社会的に恵まれない層に理解可能な言語が、駆使されていた。その言説は、客観的かつ合理的ではなかった。それは山本太郎という個人と関連しており、日常用語の域を超えていない。

山本太郎とほぼ同一の言説を述べていた候補者が、三宅雪子(「生活の党」比例区で落選)であった。彼女は、山本太郎と選挙期間中、東京において一緒に演説することが多かった。多くの有権者が、新宿歩行者天国、巣鴨地蔵周辺等で、この二人のコラボレーションを見ていたはずである。二人の演説内容もほぼ同一であった。にもかかわらず、獲得票数において両者の間に雲泥の差異があった。なぜ、彼女は山本太郎と同じカリスマ性を獲得できなかったのであろうか。解答は、彼女の言説が客観合理的でありすぎた点にもあったように思われる。

通常の候補者とは異なり、彼女の経歴が山本太郎とは逆に作用した。彼女のパンフレットによれば、三宅雪子は石田博英元労働大臣の孫である。また、彼女は著名な大学を卒業している。これらの要素は、通常の候補者の経歴として問題にならない。むしろ、好ましい。しかし、山本太郎を熱狂的に支持した労働者にとって、彼女は「俺たち」ではなく、「あなた方」に属していた。彼女の言説が客観的に合理的であればあるほど、空疎に響いたのかもしれない。

 

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