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社会思想史という学問の衰退

20130525 社会思想史という学問の衰退

 

1970年代、遅くとも1989年のベルリンの壁崩壊まで、社会思想史は少なくとも大学生、大学院生にとって魅力的に映っていた。浅田彰、廣松渉、良知力等のアカデミズムの大御所が彼らの希望の星であった。彼らに論文を見てもらうことは、若い研究者にとって天にも昇る心地がしたし、仲間に自慢できた。また、彼らの本を持ち歩くことは、気の利いた学生のファッションであった。

 21世紀になり、社会思想史という学問はその名前を冠した学会は存続しているものの、学問領域からほとんど追放されている。科学研究費申請の区分でも、かつては社会思想史という細目があった。しかし、現在では思想史の細目として命脈を保っているにすぎず、経済思想の細目から削除されている。大学設置審議会の学問細目では、哲学・倫理学・宗教学に所属せざるをえない。

 また、その科目は、前世紀までは専任教員が配置されていたが、東京六大学等に属する有名大学を除き、専任教授はほとんど配置されていない。現在でも専任教授がこの科目を担っているとしても、その教授が退官以後、補充される見込みはほとんどない。

 このような絶望的状況下においても、社会思想史を専攻する若者は存在する。しかし、そのなかで、1970年、80年代にこの科目を専攻した若者の命運はかなり問題があろう。彼らは20歳、30歳前後、大学院生として将来を嘱望されていた。この科目を専攻すること自体が、エリートの勲章だと思われていた。

論文を執筆し、就職活動に勤しむ頃、この科目は社会から追放されつつあった。相変わらず、学会ではそれなりの水準の論文が量産されていた。しかし、本科目での大学への就職は絶望的であった。現在、50歳、いな60歳を超え、論文博士号を有している研究者で、定職を持たない人は数多い。彼らは優秀で、海外で学位を取得したとしても、事態は変わらない。著書を数冊執筆していても、同様である。彼らが学問的に勤しめるほど、他の学問分野において塵のような論文が量産される。塵のような論文を量産している研究者が大学教授様として君臨している。

かつての若き俊英は、このような教授様にどのように接すればよいのであろうか。

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